●リプレイ本文
●屋久島・一湊ULT出張所前
「嫌な状況ですね」
メイ・ニールセン(gz0477)からの通信を受け、クラーク・エアハルト(
ga4961)が苦々しく呟く。状況で言えばよくある事で良くも悪くも慣れた事だが――だからと言ってこの状況が好ましいわけではない。
(厄介事ばかりだ)
「‥‥どちらも一刻を争う事態のようだが、とりあえず俺は琉の方に回ることにしよう。メイ達の方は頼んだ。きちんと護りきってやってくれ」
「任せてよ! 今度こそ、絶対に無傷で守りきってみせる!」
榊 兵衛(
ga0388)の言葉に、自前のサビクに乗り込んだ刃霧零奈(
gc6291)が今にも発進しそうな勢いであるが、その前に美具・ザム・ツバイ(
gc0857)が立ちはだかり、ボンネットに両手を乗せて覗き込む。
「また突っ走るでないぞ?」
「‥‥信用無いなぁ。わかってるって」
ポリポリと頭を掻く。
美具と零奈のやり取りを眺めつつ、同じく自前のSE‐445Rにまたがっていた黒木 敬介(
gc5024)が、本当に小さくだがおもしろくなさそうにため息をつく。
(ちぇ、なけなしの義務感とか優しさとか出したらすぐこれだよ‥‥仕方ないな)
彼自身、メイとはちょっとした『関係』を持ったことがある。関係のあった昔の相手なんて隣に居たってめんどくさいだけ、新しい人間関係を作るなら自分は居ないほうがいい――それが彼の持論なのだが、大怪我の後なので見舞いに来た結果が、これだ。ため息もつきたくなる。
「ともあれ、ウェスト博士の警戒が功をなしましたね――聞こえてましたね、博士」
通信機で声をかけると、嬉々としてドクター・ウェスト(
ga0241)がコッチは任せたまえ〜と頼りになる返事が返ってくる。
屋久島周辺でバグアの動きあり、という話を聞いてから彼は警戒して格納庫で待機していたのだ――もっとも、実のところを言えばメイの見舞いなど、願い下げだったからでもあった。
彼にとっては能力者であるというだけでも不信感がぬぐえないと言うのに、メイに至っては洗脳されていたとはいえ人類の敵だった時があったのだ。そんな彼女が信用できない――仕方ない事だ。
「クールビューティ‥‥で済む間に片をつけませんとね‥‥」
BEATRICE(
gc6758)の呟きに美具は頷き、自らもSE-445RにまたがるとBEATRICEをやや狭い後ろに座らせる。
「まずは冷凍保管庫前の確保じゃ。黒木殿、刃霧、道は頼んだぞ」
「ん、了解」
「わかったよ」
小さく2人が頷き、満足げな美具はエンジンをスタートさせる。
「あとはしばし、籠城じゃね。とにかく急ごう。メイ殿の機転で海殿に危険は少ないものの、冷凍庫の中となればゆっくりはできまいて」
「まあ‥‥死んでしまいますね‥‥」
不吉な事を口走るBEATRICE。だが、もっともな言葉だ。
「では、御武運を」
クラークが軽く敬礼すると、4人は民宿へと向かい、急行するのであった。
残された兵衛にクラーク。彼らとて、のんびりとはしていられない。
「急ごう」
「ええ」
2人は格納庫へと向かって、駆け出すのであった――。
「暖気だけは済ませておいたね〜。吾輩は一足先に戦域に向かってるよ〜」
2人のKVの暖気だけは済ませ、リヴァイアサンに乗り込んだウェスト。
メイの応援要請に彼らしくもなく格納庫から飛び出しそうになったが、蒼 琉(gz0496)の緊急信号を受け、踏み止まったのである。
本来ならどちらも能力者であるため、どちらも助けたくはないのが彼の本音なのだろうが――どちらとも人類から助けてくれとお願いをされたことがある。それならば自分は助けるしかない――自分は地球が戦うための武器なのだから。
そしてメイと琉を天秤にかけ――自分と同じ、バグアを憎む者をとったという事だ。
「さて、行くかね〜」
こうして、さほど気負わずにウェストは海を行くのであった。
「見えた!」
サビクの零奈が叫び、急停止して飛び降り――鴉羽、一閃。
人の形だけ整えたキメラの、首が飛び――血をまき散らし、ごとりと地面に転がった。
「アンタ達! 舐めた真似してくれたね!」
吠えながら一般人からすれば恐るべき数のキメラの群れに飛び込み、その腕の刃を降らせる前に腕を斬り落し、首をはねていく――KV戦闘こそ新米のようなものだが、こと生身戦闘においては幾度もの死地を潜り抜け、強敵と戦ってきたのだ。
いまさら数だけのキメラを、恐れるはずもない。
「やれやれ‥‥まずはメイの確保って事だよね」
「うむ。先陣は任せたぞ黒木殿」
相変わらず真っ先に突撃していった零奈に肩をすくめ、バイクを降りた敬介はDF−700を片手に民宿へと向かって駆け出すのであった。
「建物損傷は‥‥あまりなさそうですね‥‥」
目を光らせ、建物の周囲を遠目ながらも確認するBEATRICE。美具の後ろから降りると、随分と可愛らしいドライバーを手に持つ――少女向けアニメ『ティピーリュース』の主人公が扱う魔法のドライバーを模した、れっきとした超機械である。
「それはなによりじゃが――それでも損壊は免れんじゃろうな。急ぐか」
冷凍保管庫前、メイの攻防はいまだに続いていた。
単純な作りの単純な攻撃しかしてこないごく単純なキメラ。
このくらいはまだ余裕だろう思っていたメイだったが、久しぶりの戦闘なのと、脚が使えないハンデは予想以上に大きく、時折左腕で刃を払いのけたりもするせいで、左腕にはずいぶん傷跡を作ってしまった。
しかも踏み込みもできないため、一撃で首を落とすには相当な腕力を使い、疲労の溜まりも早い。
(何とか持ちこたえないと‥‥!)
刃をナイフで弾き、首へと一閃――が、中ほどで止まってしまう。ダメージは深いが、倒せなかった――その事実はメイのピンチに直結である。
かろうじて生きているキメラの刃が高々と掲げられ――ナイフを引き抜いて受けようにも、首の筋繊維に絡みつかれてすぐに引き抜けない。
そして、刃が振り下ろされる。
迫りくる、刃。
「‥‥っぅごけぇ!」
気合を入れ、力任せに左手で左の太ももを殴り飛ばし――メイは突撃するように立ち上がり寸前で刃をかわすと、肩で押さえつけてナイフを首から抜くと、切り替えして改めて首を跳ね飛ばす。
崩れ落ちるキメラの前で、ハアハアと息を切らせるメイ――震えてはいるが、確実に自分の足で立っている。
(美具達に、感謝かしら‥‥)
リハビリが功をなしたのか、そこはわからない――が、立てるだけの筋力だけはなんとか保持できていたようである。 とはいえ、まだ動くのは左足のみ。しかも今の急激な運動で、とっくに限界を超えてしまっている。
まさしく立っているのが精いっぱい、であった。
「‥‥けど、待ってはくれないわよねぇ」
次々と迫りくるキメラを前に、メイは何とかナイフを構えるが――足元が安定しないのは致命的だ。
一撃を受け止め、よろけて踏ん張る事も出来ずに尻餅をつく。
振りかざされる凶刃――とそこにスドォンッと、キメラの頭が吹き飛んだ。
「――どうやら、間に合ったようだね」
「黒木‥‥!」
全身細かな傷だらけながらも、DF‐700を携えた黒木が厨房へと押しかけ、ぽんとメイに今しがた使っていたライフルと弾倉を投げてよこす。
「ナイフよりはこっちのが今は便利でしょ」
そして彼は腰の如来荒神を抜き放っていた。
ライフルを受け取ったメイは数瞬だけ悩み――結局ライフルを手にするのであった。
「ま、確かにね。ポリシーだとかそんな事言える状況じゃないものね――助かったわ」
「メイさん!」
スコーピオンでキメラを牽制しつつやってきた全身を赤く染めた零奈が、無事だった友を強く抱きしめる。
「よかった‥‥」
「どうやら‥‥無事のようですね‥‥」
零奈のあとから、美具とBEATRICEまでが顔を出し、抱きつかれて嬉しそうに困惑しているメイを見るとほっと安堵の息を漏らす。
「メイ殿、海殿、無事か?」
「うん、無事よ美具――あと、美具達のおかげで持ちこたえらせる事ができたの。ありがと」
心配してくれた仲間達に微笑み、ゆっくりとだが左足を動かす――その事に、零奈と美具が声をあげ驚いていた。
オーストラリアでの一連を知っている彼女たちは、誰よりもより、メイと親しいからだ。
「そうか‥‥じゃが積もる話はあとじゃな。籠城戦、始めるぞい。それとまず海殿をそこから出すのじゃ。そのままでは死ぬぞ」
「そうね――ごめん、刃霧。車椅子に座らせてくれる?」
「うん、どーぞどーぞ♪」
ほぼ変わらぬ身長の彼女を抱きかかえ、にこやかな顔のまま車椅子に座らせ――紅い疾風が厨房の入り口に吹き荒れ3匹のキメラが一瞬にして細切れと化す。
「アンタらにやらせる訳にはいかないんでね‥‥さっさと死ねよ」
怒気をはらんだ声の零奈が、キメラを睨み付けていた。肩をすくめる黒木が一回優しげな瞳をメイに向けてから、表情を引き締めて口を開く。
「頭に向かって2キロの鉄塊を振り下ろせば獅子でも死ぬ。だが相手も避けるからそんな見え透いた攻撃は喰らわない。
――なら避けられない速さの攻撃を繰り出せばよい‥‥って話だとさ。じゃ、いくぜ」
ダッと駆け出そうとして、一歩踏み込み、思いとどまって黒木は振り返って茶化す様にさわやかな笑顔を浮かべた。
「ああ、あと惚れ直したりしないように」
「バーカ」
メイのよく知っている軽いノリの黒木――だが、そんな表情はほぼ一瞬にしか過ぎなかった。すぐに表情を引き締めると冗談だよと言い残し、零奈の後を追う。
「‥‥会わない間に、色々あったようね。お互いに――」
少しだけ寂しそうに笑うと、メイは保管庫の扉を開放する――と、中では海がしゃがんでうずくまっていた。
「海殿、大丈夫か」
うずくまっている海に、長時間なら生命に関わるのではと危惧していた美具が寄ると、海は顔をあげ、少しだけ弱々しいがいつもの笑顔を美具に向けるのであった。
「あ、こんにちは。美具さん」
「挨拶はあとじゃ、これでも少し飲んでおけ」
懐から瓶を取出し海に渡すと、すぐに外套とマフラーも着せるのだった。
便を受け取った海が、蓋を開け、中身を一口――すると、ひどく咳き込み、確実にむせていた。
「なにそれ」
「コスケンコルヴァじゃよ」
名称を聞いて、ぶっとメイが吹き出す。
「60度以上の酒じゃない! せっかく助かったのに海ちゃん死んじゃうから!」
「省ける起動手順は省きましょう」
自分のビーストソウル改に乗り込み、必要最低限の手順で済ませようとするクラーク。
「ああ、そうだな。だがウェストがここにいてくれて、実に助かった」
同じようにリヴァイアサンで、クラークと同じことをしている兵衛が洩らす。
兵衛の言葉にはクラークは頷き、まったくですと同意する。ここに来るまでにすでに暖気されているのと、ここに来てから暖気するではだいぶ違う。
だいぶと言っても数分ほどではあるが、今の現状は一分一秒も惜しいと言える。
(生嶋さん、無茶しなければよいけど。蒼さんも大変だな)
「‥‥よし、これで十分でしょう。自分はもう向かいます」
「ああ。すぐに追いつく」
本当にざっくりと起動を済ませると、海へと急ぎ、一足先に向かうクラーク。
そしてそれから数分後に、兵衛も海から急行するのであった――。
「ふむ、無事かね〜。リュウ君」
戦闘域に入ったと感じたところで、ウェストが琉に呼びかける。
「――‥ちら、生嶋 凪。蒼 琉と‥もに無事です」
通信に若干のノイズ。この現象には覚えがある――が、今はそんな事を気にしてもいられない。
機密に人を乗せるなんてと思うが、とにかくまずは全速で、いまだに交戦中のはずの凪のロジーナへと距離を詰める。
(本来沈む機体を無理に浮かせているからこそ、下降に関しては水中機とほぼ同等かそれ以上なのじゃな)
移動こそは遅いが、機体を常に上へとゆっくり浮上させつつ、魚雷や敵の太刀が来た時だけ斜めに滑り落ちるように沈ませ、それを回避してみせる凪。
(そして掴む行為そのものは遜色なし――だからあやつは必ず片手を空けていたのか)
凪の脳裏に、この機体とやりあった時の記憶が思い浮かび、自然とゴーレムの腕を取って背後にまわるとほぼ密着して魚雷を発射――それと同時に敵を蹴り、爆風に身を任せて離脱する――とてもじゃないが水中キットをつけた量産機の動きには見えない――そうウェストは感じてしまった。
(本当に地球人類側か?)
募る不信感――と不意に機体が大きく揺れる。
「ぬうぅぅぅ吾輩としたことが、とんだ油断だね〜」
疑問があればまずそちらを優先してしまう。研究者としてのサガだ。
振り返りざまに氷雨の一太刀――それを漆黒のビーストソウルがクローで受け、弾く。
「ジョン・レイブンウッド、Bloody Orcaが貴様の相手をする!」
「けっひゃっひゃっ、我輩はドクター・ウェストだ〜」
粒子砲をレーザークローで払いのけようとしたところ、腕をがっちりとクローで挟まれ、ほぼ0距離から粒子砲が撃ち込まれ、機体が大きく揺れる。
相当なダメージを受けた事を示すアラートが鳴り響く。
行動力ではこちらが上だが――機動性では向こうの方が上。加えて海は専売特許なのだ。単体ではさすがのウェストも防戦一方であった。
「まだ死ぬわけにはいかないのだよ〜」
トラウマとなった少女の事を思い浮かべながらも、何とか急制動の繰り返しで致命傷にはならぬよう回避を続ける。
凪の方も弾数が心もとないせいかあまり積極的には動けず、戦況は決してよくはなかった――。
「一歩も通さぬぞ!」
美具が吠え、集まってくるキメラの攻撃を一身に受け止める――が、この程度の攻撃では彼女にはかすり傷1つつく事すらない。
「一撃必殺、てね」
淡く光る手で、とても重い渾身の一撃を神速のスピードで振りぬきキメラの頭部を確実に破壊していく黒木。速度でイニシアチブをとり、決して深追いせずに一撃離脱を繰り返す黒木。
ときおりタイミングが合わない時でも、柄や峰でキメラを押しこんで皆の攻撃の基点となるよう心がけていた。
「正面ばかり‥‥というのも気になります‥‥」
美具の側で練力の肩代わりを果たしていたBEATRICEが依頼での教訓からか、厨房の横長の窓から慎重に外を窺う――と近くの林にうごめく影と、誰かがいるのを鋭敏となった眼が発見する。
「‥‥やはり正面だけでなく、横にもいますね‥‥それに‥‥バグアらしき人も‥‥」
「あたしが向かうよ、ここは任せたよ黒木さん」
「ん、了解。無茶しないようにね」
黒木が窓を開け、窓から飛び出す零奈――そのタイミングを見計らったように、ボゴンと厨房の横の食品庫から音が聞こえる。
厨房の中を駆けるBEATRICE。
タンッと引き戸を開けると、食品庫の壁に穴が開いており、そこからキメラが腕となる刃を出していた。一度崩れてしまうとあとは脆いもので、穴に押し込まれるようにしてキメラが壁を破壊し、雪崩れてくる。
後ろを見ると、海を介抱している傷だらけのメイ。入口でキメラを引き付けている美具。食堂、談話室と動き回っている黒木――自分がやるしかない。
「少々、恥ずかしいのですが‥‥」
マジカルドライバーを振るい、唸る電磁波。足止めするためにもキメラで穴を塞ぐように、順々に倒していくBEATRICEであった。
(見つけた!)
林の間を駆け抜けていた零奈は、キメラの群れの中、緑髪のショートボブの女性――ジーン・グレイシスが、めんどくさそうな顔をして立っているのを発見した。
「アンタが張本人って訳ね‥‥こんなコトした代償はアンタの命で支払ってもらおうか‥‥」
怒りを露わにした零奈が、ジーンが動き出す前にスコーピオンで牽制しつつ、翼の紋章が一瞬強く輝き、鴉羽を神速で抜き放つ――が、ジーンは近くのキメラを引き寄せて盾にすると、自身はさっさととと踵を返して逃げていく。
(ジョンにそこまでの義理立ては必要ないだろうし、こんなもんで十分‥‥こりゃ勝ち戦にはならなそうだねぇ)
つまらない戦とは感じていたけども、やれば勝てるというジョンの言葉に付き合っての行動だ。勝てる戦いが大好きな彼女にとってやれば勝てるというのは魅力的だったのだが――実に楽しくない結末に加え、また凪からの説教が待ってるのかと思うと、渋い顔になってしまう。ちょっとだけ、嬉しくもあるが。
複雑な心境のジーンの背中を目で追い、残された統率されていない烏合のキメラどもを確実に潰していく零奈。以前の彼女なら激情に任せて追いかけていたりもしたかもしれないが――。
(今はメイさんと海ちゃんの救出が第一だからね)
以前よりは成長を見せた彼女は、確実に脅威を取り除くのであった――。
「待たせたな!」
開口一番、兵衛は当てるつもりもない対潜ミサイルを撃ち、ジョンとゴーレムの注意を引いて、ロジーナとの間に割って入る。
「その声は兵衛か。恩に着る」
「何、いいという事さ――槍の兵衛、参る!」
ベヒモスを持った兵衛のリヴァイアサンがゴーレムに突撃。散らばっていくゴーレムを追いかけていく。
ダメージを受け過ぎたウェストは下がりながら、ジョンを相手にアサルトライフルで応戦し、なるべく距離を保とうとしていた――と、そこに。
「魚雷に当たらないで下さいよ」
小型魚雷がばら撒かれ、誰に当たるでもなく爆発。辺り一面が気泡のカーテンによって覆い隠される。
そしてタイミングよくなのか、ダウンカレントにより、全ての気泡がその場にとどまるという、幻想的ながらも実に厄介な現象が起きる――だが、それは好都合であった。
機体の速度差で兵衛に抜かされたものの、先に出た分にブーストをいくらか使ったおかげで、数分遅れにとどめる事が出来たのだ。
「よかった‥‥生嶋さん、こちらに引きながら合流できますか?」
「そ‥声はエアハルトさ‥。行けます」
クラークとの距離はわりとあったが、気泡のカーテンのおかげで凪、そしてウェストまでもがクラークの近くへと移動する事ができた。
ウェスト自身、能力者への不信感はまだぬぐえないが、今は協力するしかない――そう判断しての事だ。
「よくもやってくれたものだね〜」
アサルトライフルでレーダーを頼りに適当に撃ち、牽制の時のライフルの弾道の流され具合をもとに、小型魚雷ポッドを上から下に流す様に発射する。
気泡が晴れる前に、再び爆発――レーダーの反応がいくらか消える。
「全体的にゴーレムの多くが凪さんの所に、それ以外は分断する様に配置されていましたから、まっすぐ撃つだけで実によく当たりますね――蒼さんも無事ですね?」
「ああ。助かったよクラーク」
お互いの声を聞き、安堵の表情を浮かべ――クラークは表情を引き締めた。
「凪さん、これを使ってください。今のままでは火力不足でしょうから」
ガウスガンを凪のロジーナに渡すと、敵機に心ともども向き直る。
(今出来る事を、全力で‥‥今はそれで良い。戦場にいる以上‥‥今この瞬間は、力こそが全てだ)
「元シャスール・ド・リス隊長、現オルタネイティブ平隊員クラーク・エアハルト‥‥行くぞ」
クラークも来た事で防戦中心から撃退へと切り替え、下方向へと回り込んで兵衛と動きを合わせる。
(ほ、さすがじゃの。個々の判断が的確で早いわい)
クラークから渡されたガウスガンを、こちらにこだわって動いているジョンに適当に外しつつも適度に当てている凪が感心したようにうなずく。
「さて、仲間がこうして来た以上、倒させてもらおうか」
ガウスガンで敵の連携を阻止しつつも、距離を詰めていき、兵衛に気を取られたゴーレムの下からクラークがハイヴリスで突き刺し、兵衛のベヒモスが胴体を2つに分ける。
上昇を続けるクラーク。通り抜けざま兵衛の後ろに回り込んだゴーレムに最大射程でハイヴリスを頭部に突き刺し、兵衛が振り返って両断――と同時に小型魚雷ポッドを広範囲にわたって周囲に展開。潮流の流れを理解すると、もう一発今度はちゃんと目標を絞って、当たりそうな位置に潮流の影響も考慮したうえで魚雷ポッドを発射――続けざまに対潜ミサイルをピンポイントで撃ちこむ。
広範囲の小爆破に加え、極一か所での中規模爆破、そして大規模爆破を起こしているゴーレムまでもいる。
広範囲にわたっての気泡をかき分け、弱ったゴーレムに対して潮流に乗って蒼い軌跡を描きつつ兵衛が距離を詰めるとベヒモスを振るい次々に屠っていく。
(疑似的な慣性制御、じゃの。芸の細かい男じゃ)
巧みにブーストを使い、潮流の影響を回避している兵衛に感心している凪――足止めをしていていたジョンが方向を変え、兵衛の下から回り込み、4連の魚雷を撃ちこんで急上昇――退路を塞がれた兵衛の背後、ジョンのクローが突き刺さる。
「ぐお!」
アクティブアーマーで受け止める事さえできず、深々とクローが突き刺さる。ベヒモスで後ろを突き立てようとするがそこはしっかりと動きを読まれていて、蹴りつけると同時に多量の魚雷を撃ちこまれる兵衛。回避はできない。
「くぅぅぅぅぅ!」
身を丸くして、出来る限りはアーマーで受け止め被害を最小限にする――が、もちろん軽微とは言い難い。
「せめて1機だけでも落させてもらうぞ!」
「調子に乗らない事だね〜」
「やらせないに決まっているでしょう!」
アサルトライフルを撃ち続けながら接近し、自身に注目を集めるウェスト。ジョンの上からブーストで距離を詰めたクラーク。インベイジョンで機体をフル活動させ、不意打ちからの最大射程ハイヴリスがジョンのビーストソウルに突き刺さる。
「ビーストソウル‥‥バグアに下ったか。その姿、見るに忍びん」
引き寄せ、レーザークローを操縦席めがけて振り下ろす――が、それよりも早くジョンは肩にクローを突き立て腕を止めると、凪に向かって多量の魚雷を撃ちこんでいた。
リヴァイアサンであそこまでの損害を与えるならば、ロジーナならば一発で沈みかねない量の魚雷が降りかかる。
「しまった!」
いまさら無駄でもあるが、ジョンを無視しロジーナへ向う。
(当たるわけにはいかん!)
急降下をかけ範囲外に逃れようとする凪――しかしとてもじゃないが逃げ切れはしない――だが、凪の狙いは機体の運動方向を下に向ける事だけだった。
迫りくる魚雷。先頭の一発目を手で押し、すぐ隣の魚雷に着弾――爆破。そしてその爆発は全ての魚雷に誘爆していくのであった。
あらかじめ期待を下方向に流していたロジーナは、その爆風に巻き込まれる事無く押しだされる形となる。
「無傷だと‥‥!」
「当てられたら、辛いですからね」
回線から凪の声――それでジョンはやっと理解したのだ。ロジーナを使っているのは凪である、と。
そこにジーンから、失敗したとの報告を受ける。
「予定よりも早すぎるな――撤退する」
作戦も失敗し、沈めるべき機体に凪がいる以上――もはやこうなっては撤退せざるを得ないと判断したジョン。
生き残ったゴーレム数機とジョンは、潔く速やかに撤退するのであった――。
●一湊漁港
「敵の敵は味方と言うことで一時的に協力した訳だが、おぬし、何者だ? ただの人間がそうも巧みにKVを動かせる訳はないからな」
陸に上がって兵衛は真っ先に凪に問い詰める。最後に見せた回避行動に、人外レベルを感じたのだ。
重い空気が、兵衛と凪を中心に広がっていく――とそこにBEATRICEが顔をのぞかせた。
「海亀が来るかもと聞いたのですが‥‥」
「あいにくだが、もうその時期は過ぎたかな」
緊張を緩和させるBEATRICEの言葉に、琉は苦笑して便乗する。
それが功をなしたのか、2人の間の空気もだいぶ軽くなったのであった。
「‥‥本来ならその機体ごと沈めても良いんだが、確たる証拠がないからな。今回は知らなかったことにしてやる」
「ありがとうございます」
「師匠!」
BEATRICEに続き零奈も姿を現し、今にも飛びつきそうな勢いで琉に駆け寄る。
「無事だったんだね」
「ああ――心配かけてすまないね。そっちもメイ達は?」
「同じく、無事よ」
海や美具に手を貸して貰いながらも、ひょっこひょっこと片足を引きずりながらメイが姿を現し、歩いている事実に琉が驚愕する。
一方、黒木はキメラを殲滅できた時点で長居は無用とのことで、さっさと帰って行ってしまったのだ――彼らしいのかもしれない。
「建物の被害は結構なものだったけどね――何はともあれ、皆のおかげで助かったみたいね。ありがと」
「リズ君の頼みがなければ、吾輩は君など助けたりはしなかったがね〜」
軽い手当てを済ませたウェストがぼそりと呟いていたが、誰も気には留めなかった。
「うむ。皆無事で何よりなのじゃよ」
「そうです‥‥ところで凪さんと蒼さんの御関係は‥‥?」
随分突っ込んだ質問を繰り出すBEATRICE。だが凪は微笑んで肩をすくめる。
「ただの知り合いですよ‥‥今はね」
意味深な凪の言葉。そして皆は民宿へと向かうのであった――が、ウェストは凪を呼び止め、2人きりとなる。
「君は何者だね〜。戦闘中の通信が気になったが、人間の生体電流にしては異常な強さ、物体への影響が実際に出そうなほどだね〜」
ヒュン――持っていた小石を凪に投げつけ、当たる直前の不自然な止まり方を見て、疑惑は確信へとかわる。
「いやよく知っている、伊達に多くのバグアを倒してきたわけではないね〜!」
エネルギーガンを凪に向ける――が、ウェストと凪の間に大きな紅い触手が横たわる。走って戻ってきた琉が、その様子に目を見開かせていた。
「生嶋様。迎えに参りました」
「‥‥ぬしも一枚噛んでいたようじゃの。あとで話は聞かせてもらうぞい」
海底から姿を現す紅いクラーケン――調整中とはいえ、ここまでは乗ってきたようである。触手に乗り、ウェストと琉を見下ろす。
寂しげな顔で。
「‥‥それではの。楽しかったですよ、亮一さん」
そして凪は、クラーケンと共に海の向こうへと行ってしまった。
残されたウェストと琉。皆も何事かと引き返してきたが、全ては終わった後。
「亮一‥‥?」
ウェストが皆に凪の正体を解説している中、琉はただただ、凪の消えていった海を見つめるばかりであった――。
●どこかのバグア基地
「さて、何か言い訳はあるかの。ジョン」
腕組みをしている凪の前で、ジョンは悪びれる事もなく堂々としていた。
「ありません――私は我々が勝つためにした。それだけですから」
「海乗りが海以外で動こうなど、言語道断じゃ。それがわかったうえでの発言か?」
バグアらしい威圧感を放ち、凪は殺気に満ちている。それほど今回の事は腹が立っているのであった。
当然、自分が危なかったことに、ではない。くだらない方法に、だ。
「もちろんです――俺はあなたの強さに憧れますが、やはり凪様のそのぬるさだけは理解できません」
「ぬるいじゃと? 海乗りが海にこだわって、当然じゃろうが」
「こだわっているのは、あの島か、人間の男かじゃないですか?」
指摘を受け、面白くなさそうに押し黙る凪。
「‥‥どうやら、考え方に相違があるようですね。このままでは連携も取れないでしょうし、私は離別させていただきます」
「――勝手にせい」
はき捨て、背を見せる凪。その凪に長い一礼をすると、ジョンは踵を返し後にする。
残された凪はいらただしげに、ソファーに座るのであった。
「ジーン、お前も来るか?」
ジョンがジーンに声をかける。あまり好きになれない相手だが、ジョンについて行く部下が思ったより少なかったため声をかけたのだ。
「さてね。ま、勝てそうな作戦があったら呼んでくれても構わないよ」
言外について行かない――そうはっきりと言っている。
「そうか――それではな」
すっきりした表情で、ジョンは歩を進める。
こうしてジョンは、凪の下を離れる事となったのであった――。
『【海】1つお願いが 終』