タイトル:【海】俺の記憶をマスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/09/18 22:51

●オープニング本文


●民宿・海の家
 まだ夜も明けきらぬ早朝。
 自室の布団の上に蒼 琉(gz0496)は、目を閉じ、横になっていた――もう何時間こうしているか、わからない。
 敵なのではと疑念を抱きつつも、認めたくない一心から聞き出せないまま無為に過ごした日々。あの日々の間に何かをすれば――生嶋 凪(gz0497)と自分について、何か分かったかもしれない。
 一目見た時から、凪については何かが気になっていた。その何かもわかったかもしれない。
 腕時計についても、気がついていた。大きさは違えど、同じ型――ただの偶然なのか、それさえも聞く事すらなく、もう会う事もなくなってしまった。
 そして最後に残した言葉――亮一。
「いまさらなのは、分かっているのだがね‥‥」
 いつも以上に静かな『海の家』に、琉の呟きがこだましてはかすれて、消える。
 ――現在、ここには琉しかいない。
 というのも、つい先日バグアの襲撃を受け、改修せざるをえなくなったために休業中。ついでにキッチン入れ替えだとかで厨房では水も使えない。
 生活に不便と言う事で、海はメイ・ニールセン(gz0477)ともどもULT出張所の居住スペースに間借りしているのだ。
 そして琉はというと、夜間に誰もいなくなるというのは色々と不安があるため、寝泊りだけはしていたのである。
「‥‥だが、1人でいると余計な事ばかり考えていかんな」
 起き上がって、部屋に飾ってある開封済みのウィスキーを手に取り、ショットグラスに注いで飲み干す。
 頭を振り、空のグラスをウィスキーの瓶にかざす琉。
「‥‥先生、やはりやるしかないですよね」

●ULT出張所・居住スペース
 ボトリ。
 胸の上になにかが落ちてきて、目を覚ますメイ・ニールセン(gz0477)。
 普段なら落ちてくる前に気付けただろうが、今回ばかりは仕方がない――うっすらと目を開け、落ちてきたものを確認する。
「のぉぉぉぉぉぅ!」
 よくわからない悲鳴を上げ、片手で『ソレ』を払いのけて跳ね起き――部屋中いたるところに『ソレ』がいる事に気がついた。気がついてしまった。
「ほわわわわわっ!」
 敵を前にしても冷静でいられる彼女が慌てふためき、震える痩せた片足で立ち上がりどうしましたとむくっと起き上がってきた海を抱きかかえ、一目散に玄関へと向かい、外へ逃げだしたのであった――。

「ええっと‥‥どうしたんですか?」
 犬の全身パジャマ姿(某貿易商人からのプレゼント)で寝ぼけ眼の海が目をこすりながらメイに質問すると、メイはこめかみを押さえ、今の惨状を必死に忘れようとしつつも何とか思い出そうと頑張ってみる。
「なんか黒光りしてでっかいキモイ虫が部屋にたくさん‥‥」
「――もしかしてゴキブリですか?」
 思い当たる節がる海が、窓から室内を確認する――室内にはうごめく影がかなり多数――そしてその形状を確認し、海は頷いてメイに振り返り直る。
「うん、やっぱりゴキブリですね」
「あれがうわさに聞く『G』‥‥」
 ブルルと身を震わせる。タンクトップにパンツ姿と、薄着のせいではない悪寒がメイの背中を駆け抜ける。
「初めて見たけど‥‥うわ、だめだ、あれは無理。キメラよりもずっと無理だわ」
「苦手なものとかあったんですねぇ」
 キメラを前に怯むこともなく自分を守ってくれた女性の意外な一面に、海はクスリと漏らす。
「けど、ここら辺のはあまり家の中に入ってこないはずなんですけどね」
「あー‥‥しばらく住んでなかったせい、かもしれないわねぇ」
 こっちにきてから、居住スペースに足を踏み入れる事はほぼなかったメイは一筋の汗をたらし、頬をかく。
「参りましたね。とりあえず煙で退治するやつはうちにあるんですけど」
「ムーリー。あたしはもうあの中に入れません」
「琉さんにでもしてもらうとして――とりあえず、早朝なのが幸いでしたね。早い所うちに行って、メイさん着替えましょう」
 人が通るかもしれない所で下着姿のメイに、自分の方が恥ずかしくなっている海はそう提案すると、それもそうねとメイはうなずき、裸足のままひょっこひょっこと、民宿へと向かって歩き出したのであった。

●民宿・海の家
「む‥‥2人ともどうしたのだ?」
「りゅ、琉さんこそお早いですね――メイさん、急いで部屋に引っ込んでください!」
 工事しやすいようにと余計なものを片付けていた琉に驚き、海はぐいぐいとメイの背中を押す――が、その手を琉が掴む。
 何か言おうとした海だったが、いつも無愛想気味で分かりにくいが、それでも琉の表情に気がつき、押し黙って琉の言葉を待った。
「すまないがメイ――皆を呼んでくれないか?」
 ただならぬ覚悟を感じたメイ。黙って次の言葉を待つ。
「‥‥俺の記憶を戻す手伝いをしてほしい、と」

「呼ぶのはいいんだけど、それって『傭兵』の仕事なのかしら。医者とかエミタメンテの人とかのが、普通じゃない?」
 海ともども着替えたメイは談話室の比較的まともなソファーに腰をおろし、琉にもっともな事を問いかける。
「一般の医者からはいつか治る、くらいしか言われんのでね。エミタメンテの人だと、エミタの事はともかく、人としての記憶部分はちょっとと言われたのだよ」
 気にしていない風で、しっかりと気にしていたようである。
「それならば、君らの中には様々な経験や知識を持つ者もいるだろうし、医者では勧めないような方法もとる事もできるだろう。今すぐどうにかするという無茶な話は、得意だろうしな」
「ずいぶんなお言葉だけど、否定できる要素がないわねぇ」
 医者や研究者、知識を持つ者、無茶な方法を取ろうとする者――そしてそういうお節介とも呼べる行為が大好きな者を思い浮かべ、苦笑してしまうメイ。
「ん、わかったわ。とりあえず特殊依頼として募集はかけてみるけど‥‥来てくれるかは分かんないわよ?」
「構わない――今は可能性に頼るしかないのでね」
「りょーかい。じゃちょっと出張所に行ってくるわ――と言う事で、海ちゃんちょっと留守番宜しくね」
「‥‥はい」
 2人は立ち上がり、琉は肩を貸そうと言って右足を引きずるメイに肩を貸し、海を残して出張所へと向かう。
 そう、始終不安げな表情の海を残して――。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
クラーク・エアハルト(ga4961
31歳・♂・JG
狭間 久志(ga9021
31歳・♂・PN
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
シルヴィーナ(gc5551
12歳・♀・AA
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

●屋久島・ULT出張所前
 狭間 久志(ga9021)は戦友の弟子が『海戦の師匠で追いかけている相手』が居るというので、軽い気持ちで様子見がてら手伝いに来た――。
「とは言ったものの記憶を取り戻したい‥‥か。人間の記憶に関わる事なんてデリケートなものだし、思うような結果が出ない事もあるよね」
「美具は今回の件については反対じゃ」
 メイ・ニールセン(gz0477)から説明を受け、開口一番、美具・ザム・ツバイ(gc0857)は鼻を鳴らして告げる。
「記憶を取り戻したところで、誰も幸せになれん。味方側に蒼殿が記憶を取り戻してメリットがあるような人間が一人もいない場合は、特にな。過去の記憶に何か素晴らしい価値があるような考え方をするのは自由だが、あの凪とかいうバグアとの関係がわかるくらいなんじゃないかと思うのじゃよ」
「そうですね‥‥記憶を取り戻したとして、どうするのか。凪さんが親しい者だった場合、今はヨリシロとはいえ戦えるのか――」
 蒼 琉(gz0496)、生嶋 凪(gz0497)ともに面識のあるクラーク・エアハルト(ga4961)が、不安げとも見える悲しそうな目をして、海の方向を見ていた。
「そう、バグアは倒すべきものであることには変わらんし、今更よりが戻せるわけでもなし。蒼が向こうについたら追随者まででかねん。何も思い出さんまま、第2の人生を歩んだ方がよいと思うがね。すでに賽は投げられているのだから」
 腕組みをして、淡々と述べている美具。いつもよりも口が回るのは、それだけ納得がいかないと言う事なのだろう。
(それでも記憶を取り戻したい‥‥か)
 今の美具の話を聞いて目を伏せながらも、刃霧零奈(gc6291)は独りごちる。間違いではないし、その方がいいのだろうとは思う。だが――自分は弟子なのだ。
「失ったモノを取り戻したいって気持ちは解るし、協力は惜しまないけど‥‥ちょっと複雑‥‥師弟とか今の関係が壊れそうで、ね」
「過去を思い出して『蒼 琉』を忘れてしまう事もあるのかも知れないから、そこはご本人と皆さんにはもう一度、確認しておきたい所」
 ぐるりと、全員の顔を見渡す久志――他人事のように言えるのは、彼がこの中では確実に接点のない他人だからだ。
「そうなったところで、吾輩の知った事ではないね〜」
 これまで興味ないと言わんばかりに口を閉ざしていたドクター・ウェスト(ga0241)が口を開き、肩をすくめる。
(とはいえ、ちょっと関わりすぎたかね〜)
 と、あきらめ顔であった。
「確かに思い出した記憶が幸福とは限らない。ですが、過去に引き摺られるか未来へ進むかは蒼さん自身の問題――受けた任務は果たそう」
「あたしは複雑だけど‥‥でも師匠が望むなら」
 クラークも零奈も、腹はとっくに決まっている。
 そして一同、美具に注目する――と、渋々と言わんばかりにため息をつき、頭をかいてそっぽを向く。
「‥‥まあ乗りかかった船でもあることであるし、本人たっての希望じゃからな――全力は尽くそうぞ。ただし、あとで思い出さなければよかったなんてのは、無しじゃよ」
 傭兵達の目的意識は統一され、話は終わった――そこでやっと、ぼんやりと空を眺めていたシルヴィーナ(gc5551)が目を輝かせ、クラークの袖を引っ張る。
「わふ、難しい話は終わったですか? おとーさん」
「うん、終わったよシルヴィー‥‥シルヴィーと一緒に海にでも行っていようか」
 娘の頭をなで、目を細めるクラーク。そして皆に向き直ると、島の人から蒼さんの無意識行動などないか聞いてきますと言い、シルヴィーナの手を引いて後にするのであった。
「さて、あたしらも行動しますか――メイさん。できたらでいいんだけど、生嶋凪か生嶋亮一の除籍抄本の入手をお願いしたいんだけど‥‥」
「無茶言うわねぇ。時間かかるわよ?」
「これを使いたまえ」
 紙の束をメイと零奈の前に突き出すウェスト。それには生嶋凪と生嶋亮一の死亡情報について色々と書かれていた。
「新婚旅行のさなか船舶がバグアによって撃沈、行方不明になっていたのをどうやら誰かが死亡届を出したようだね〜」
 資料の概要を伝えるウェスト。彼は個人的に色々と調べていたのだ。
「はっきりした出身地までは探しきれなくてね〜これ以上はちょっとわからなかったよ」
「ならその先はあたしに任せて。幸い、九州というのは分かってるみたいだし、オペ仲間とお嬢の関連ある人達の情報網から色々探ってみるわ」
 ウェストの資料をめくり、メイは力強く頷く。
「ん、頼んだよメイさん――あとは海ちゃんから流れ着いた日を聞いて、新聞とかから事故についてもっと詳しい話とか調べようかな」
「それは僕も手伝おう。丁度調べるつもりだったし」
「吾輩も吾輩で、もう少し調べてみるかね〜」
 そして美具はというと、もう少し考えてみるのじゃよと言っていたので、美具を残し3人は動き出すのであった――。

「――シルヴィー、一応目的は遊ぶことじゃないからね? ‥‥多少は良いけど」
 漁港で漁師から聞き込みをしていたクラークだが、砂浜を発見し目をキラキラさせたシルヴィーナを制止するも、少々弱い。それには理由がある。
「じゃあちょっと遊ぶのです!」
「‥‥仕方ないか。親子で過ごすの久しぶりだからね」
 聞き込みも今一つ手ごたえもなかったところだったので、クラークは久しぶりに親子で遊ぶ事を決め、喜び勇んで駆け出すシルヴィーナの後姿を眺め、微笑んでいた。

「やっほ師匠」
 1人せっせと瓦礫除去作業をしていた琉に挨拶する零奈(ウェストは一足先に町のデーターベースを管理する図書館へと向かっていた)。そして海ちゃんはと問いかけたが――。
「海なら今日は学校だ」
「あ‥‥そりゃそっか――」
 久志が前に出て手を差し出した。
「初めまして、狭間 久志と言います」
「‥‥そうか、よろしく頼む」
 ぐっと力強い握手を交わすが、その手がなかなか離れない。
「過去を思い出して『蒼 琉』を忘れてしまう事もあるのかもしれない――それで忘れられてしまうかもしれないと危惧している人もいる。それでも、取り戻す覚悟がありますか?」
 じっと久志は琉の目をまっすぐに見る――やがて重々しく琉が、ああと、短い返事をすると、満足したのか久志は手を離すのであった。
「では必要な事を。流れ着いた日付けはわかりますか?」
「2008年7月の20日だ。今の俺の誕生日でもあるがね――それと先生が白ゴーレムを撃破できた日でもある」
「なるほど‥‥そういえば、その腕時計は見つかった時から着けてるんでしたっけ?」
 零奈から少し聞きかじった情報で、関係ないかもしれないが気になった事を聞いてみた。
(相応の仕様なのだろうね)
「ああ。調べてみたらバンドは別売りの物でカジュアル仕様にしているからわかりにくいが、1000m防水などちょっとした指輪くらいする、レディースダイバーウォッチだ」
 久志の予想通り、どうやら時計は相当な代物のようではある。
「結構するんだねぇ‥‥そうだ、亮一さん。新婚旅行のさなかだったみたいだよ?」
 あえて亮一という名で呼ぶ零奈。琉の表情が、ぎくりと固まる。しかし、そうかと短く答えるだけでそれ以外の変化はなかった。
「じゃ、もう少し調べることあるから、またね亮一さん♪」

「わふー!」
 零奈たちが去ったあと元気よくシルヴィーナが玄関から飛びこんできて、自信満々に5円玉を取り出す。
「ふっふっふっ‥‥私の最終兵器を用意したのですよ‥‥」
「言っておくが、暗示法はほぼ全滅だったぞ」
 いきなり自信を打ち砕かれたシルヴィーナ――だが、めげずに琉をしゃがませると、目の前で5円玉を揺らす。
「あなたはだんだんねむくなるー‥‥」
 ――しばらく頑張っていたが、やがて諦めたシルヴィーナは5円玉を懐に戻すと、ろうそくを取出し火を灯す。
「だんだん‥‥あなたは火の中に吸い込まれていくのですよ」
 まだめげないシルヴィーナは、必死にろうそくを揺らしていた――が、クラークの諦めなさいの一言で、大人しくなるのであった。
「ところで蒼さん。夫婦や親族なら、相手の誕生日は覚えているモノですよ。カレンダーを見て、思い出せませんか?」 壁にかかっているカレンダーを指さすクラーク――だが、琉は首を横に振る。
「‥‥あいにくと思い出せなくて、な」
「そうですか‥‥少々、海の方へと向かいませんか? 何か思い出せるきっかけが、あるかもしれません」
(美具さんに海に連れだしてきてほしいと、頼まれましたのでね)

「あった。7月20日、バグアとの交戦によって連絡船沈没、行方不明者は生嶋凪19と生嶋亮一24。ウェストさんの情報は確かだったんだね」
 図書館で当時の新聞をあさり、記事を発見した零奈・
「漁師、海保、海軍の行方不明者記録をどうにか見せてもらったけど、その名前はなかったね――とはいえ戦争中じゃなければこういう記録は、アテになったんだろうけど‥‥」
 眼鏡を拭きながら、ストンと零奈の横に座る久志。記載漏れが否定できない現状を、嘆いていた。
「交戦していたのが、師匠の先生なんだろうねぇ‥‥そして撃墜されたバグアが、凪さんに憑依したってところかな」
「そういうことだろうね。あとはこの亮一という人が、琉さんなのかと言う事かな」
「それはほぼ確定したようだよ〜」
 いつの間にか2人の背後に立っていたウェストが、1枚の画像をパサリと新聞の上に置くと、踵を返して去っていった。 2人が覗き込む――メイのサインが入っているそれは卒業写真を抜粋した物らしく、琉の顔が載っていてその下に生嶋亮一と書かれていた。
「――狭間さん、ちょっと無線機貸して。美具さんにお願いがあるんだ‥‥」

 浜辺で戯れているシルヴィーナを、クラークと琉は並んでただ黙って眺め――ふと日光が遮られ、背後から不穏な影が伸びているのに気付いた琉が、振り返るより早く横に避けていていた。
 その横をすごい速さの巨大なピコピコハンマーが通過する。
「確実性はないが、強い衝撃が通説だからね〜」
 改めて振り返ると、そこには眼球を輝かせた白衣の男――ウェストがピコピコハンマーを手に持っていた。
「‥‥いくらそんなものでも、覚醒してまでだと物理的に痛いぞ」
「え? 非物理で殴った方がよかったかね〜」
 白衣から装着式超機械を取り出し、手を通す――もちろん、その方がシャレにならない。だが本人はしれっとしていたが、突如真面目な顔になり、これまでの資料を全て琉に見せた。
 生嶋亮一が確実に琉である事、そして死亡記録がある事を。
「事実を知れば、吾輩は君を敵とみなすかもしれないね〜」
「‥‥俺がバグアかもしれない、と言う事か?」
「エミタも作動するようだし、元地球人類である事は確かなのだがね〜。その先はつかめずじまいだよ」
 死亡記録がある――それを聞いたクラークがケルベロスを抜いて、弾を込める。
「蒼さん‥‥もう一度、死んでみますか?」
 名を呼ばれ振り向いた琉。ケルベロスで眉間に狙いを定めているクラークが目に入った瞬間、クラークは引き金を引いた――が、不発。
「‥‥おかしいな、ペイント弾とはいえこんな時に不発だなんて」
 ペイント弾と聞いて胸をなでおろした琉。
「俺は悪運が強いらしくてね――だから俺だけ助かったのかもしれないなと、先生は言っていたよ」
「なるほどの。ならもう少し無理してもよかろう?」
 太陽を背にし、美具が仁王立ちで不敵に笑っていた。

 船で沖合に出た一同――零奈の姿だけは、ない。
「確実に戻す方法なんて皆目見当つかんでな。喪失時に近い臨死体験をしてもらおうと思うのじゃよ」
「つまりは、記憶をなくした状況を再現とかどうだろうってね」
 久志が琉の両手両足を縛っていた――そして縛りながら、ぼそぼそと小声で琉に伝えていた。
「過去の記憶も貴方だし『蒼 琉』も貴方でしょう。どっちが本当でどっちが偽りかなんて事はなくて、そのどちらも同じ位重い筈。
 過去は過去で大事だろうけど、今の貴方を案じて首突っ込んできてくれる人がこれだけ居るんだから『蒼 琉』という今を軽視して欲しくないかな」
 縛り終えた久志が離れると、美具が琉の両手を掴む。
「なに、ヤバくなったら監視しておるから大丈夫じゃよ」
「溺れさせるのかね? 靴と靴下をはかせておくと上手く泳げなくなるらしいね〜」
 実にさわやかな笑顔でさらりと怖い事を言ってのけるウェスト。
「どうなんだろうなぁ‥‥この方法」
「つべこべ言わずに、行ってこい!」
 美具は少し楽しそうに、琉を海に投げ捨てる‥‥海に投げ出された琉は、チクリと頭が痛んだ。
(今の感覚は‥‥?)
 疑問に思った次の瞬間――海底からやってくる白い機体に思わず目を見開かせ、彼は何かを叫んでいた‥‥。

「浮かんでこないのう」
 海面が盛り上がり――白いビーストソウルが頭をのぞかせ、手で琉をすくいあげ、甲板に降ろすのであった。
「ふむ‥‥大丈夫じゃ、気絶しているだけじゃよ刃霧」
「‥‥そっかぁ」
 白いビーストソウルから零奈の声が漏れる――美具達と話を合わせ、海に投げ出された再現に加え、強襲された再現という二段構えだったのである。
 ――だが、目覚めた琉の死ぬかと思ったぞという一言で、全員がっくり肩を落とすのであった――。

 静かな夜。琉は砂浜に向かっていた。呼び出すには珍しい人物から、呼び出されたのだ。
「どうしたのかね? こんな時間にこんな所で」
 砂浜に佇んでいる珍しい人物――大鎌を持ったシルヴィーナがゆっくりと振り返る――と、突如黒い狼を具現化し殺気を剥き出しで淡い光をまとったまま、琉に斬りかかってきた。
 横に避けた琉の足元に鎌の刃が刺さり、横なぎにされた柄で、波打ち際まで弾き飛ばされる。
「ぐ‥‥!」
 そして地面に転がった琉めがけて大鎌は振り下ろされ――直撃する寸前で、刃が止められていた。
「‥‥わふ。思い出せませんか?」
 その一言で、思い出させるための芝居と理解した琉は苦笑し――砂浜に座ったまま、天を見上げた。
「君くらいには、言っておくか――もう全部、思い出したんだよ。船での一連でね」
「‥‥どうして黙ってるですか?」
「久志の言葉が、ね。今の俺を心配してくれている皆がいて、思い出す事で忘れてしまうのではと危惧している人間がいるなら――皆のために俺は今のままの俺でいい。そういうことだ――凪と戦えるのか、心配している節もあるしな」

 シルヴィーナと琉のやり取りを影ながら見ていたクラーク。
 2人が帰った後も、彼はしばらくそこで月を見ながら待っていた。来るはずのない人を。
「さて、来ないとは思いますがね‥‥待ってみますか」
 そうして夜は更けていくのであった――。

「あ‥‥退治してもらうの忘れてた‥‥」
 九州から戻ってきたメイは、Gの存在を思い出し、居住スペースの前に佇むしかなかったのである‥‥。

『【海】俺の記憶を 終』