●リプレイ本文
●屋久島・民宿『海の家』
‥‥何時間、そうしていたのだろう。目を覚ました津崎 海は、身を起こした。
外はもう真っ暗だ。
のろのろと立ち上がって、外灯と玄関の電気を点ける。
電気の点いていない寒々しい廊下に、海はぶるっと身を震わせる。
「――しっかりしなきゃ」
重い一歩を、踏み出す――と。
「ああよかった、いたのね。こんばんは」
「こんばんは、お久しぶりです。ご宿泊ですか?」
一度ここで出迎えた相手は忘れない。こういう商売では、かなり役立つスキルである。
「ええ、そうね。この近くの学校で1週間、給食室で臨時のアルバイトをする事になったのよ」
ニッコリと微笑む百地・悠季(
ga8270)。
「他にもあと4名、それとちょっと先だけど、1名追加の計6名、突然だけどお部屋の用意は大丈夫かしら?」
「大丈夫です、お好きな部屋を選んでください」
すると、カラカラと玄関の戸が開いて、3人が入ってきた。
「わふ、着きましたですよ」
先頭を歩いていた少女に、海は覚えがあった。シルヴィーナ(
gc5551)である。
「結構、大きいですね」
物珍しい感があるのか、きょろきょろと見回すモココ(
gc7076)に蕾霧(
gc7044)の3人であった。
蕾霧は海の前にたつと、手を差し出す。
「初見だな、蕾霧と云う者だ。暫くお世話になる。宜しくな」
海が笑顔で握り返すと、おずおずとモココも手を差し出し声を絞り出す。
「‥‥モココです。よろしくお願いします」
しっかり握り返す海。
「ここかぁ?」
開けっ放しの玄関から、ひょっこり姿を現す大男。苦労人こと、砕牙 九郎(
ga7366)だ。
「来たな、砕牙」
「なんか人手が必要らしいし手伝いに来たんだが‥‥なんだろう、周りが女性ばっかで物凄いアウェー感を感じる!?」
たじろぐ九郎に、気のせいだと蕾霧は告げる。
いっきに賑わい、お風呂のお湯をいれてきますと、なんだか明るくなった廊下を駆けだす海。
「男湯は私がいれてきてやろう」
蕾霧が動き出すと、次々と女性陣が動き出す。
「んじゃあ俺はちょっくら、もの凄い事になってた横の林の倒れてる木とか、どうにかしてくっかな」
――海が談話室に戻ると、勝手に使わせていただきましたと、モココが人数分のお茶を入れていた。
シルヴィーナと蕾霧もそれぞれ席に着くと、悠季も腰を下ろす。
「あ、そうだ。焼きリンゴでも作りますね。うちのお風呂大きいから、溜まるまで1時間くらいかかっちゃうんで」
お茶を飲み干し、立ち上がる。すると蕾霧も立ち上がった。
「海は料理が得意と聞いた。それでな‥‥私に指南してもらえんだろうか」
いいですよと承諾し、2人は厨房へと向かうのであった。シルヴィーナも、ついていく。本人なりに海を安心させるためだ。
残された悠季とモココ。引っ込み思案なモココは、会話を切り出すきっかけがつかめずにいると、悠季が口を開いた。
「期間が一週間拘束というのは、ちと感覚的に長いかなという気がするけども――そこはお仕事なので、引き受けたからには万全を期しないとね」
「そう、ですね。こんな広い家で1人なんて‥‥それは寂しいですよね‥‥」
「寂しいのは、あなたもじゃないかしらね?」
くすりと笑うと、モココは顔を赤くしてうつむいてしまう。
「まあお互い様でしょうけどね――そしてあの子も、ね」
「ちゃんと手際はしっかりしてるじゃないですか」
「だがどうにも失敗してばかりで‥‥今のままでは、彼女と一緒になった時ろくに手料理も振舞えんのでな‥‥」
後半部分だけは海にだけ聞こえる様に、こっそりと耳打ちする――たくさんあるからとリンゴにかじりついていたシルヴィーナには聞こえていたが、別段反応はしなかった。
彼女という言葉に海はぴたりと手を止め、首をかしげて蕾霧を凝視する。
「私は同性愛者でね――いや、好きになった相手が女性であった、それだけの話か。恋愛とは、どうなるかわかったものではないな‥‥恋愛絡みで何かあったのか?」
恋愛という言葉にも反応し、暗い顔を見せた海が気にかかった蕾霧が問いただすと、暗い顔ながらも海はあっさりと失恋したんですと告げる――相当吹っ切れているが、完全ではない。そんな様子である。
「そうか‥‥で、海は恨んだり憎んだりしたか? そうでなければ、この経験は糧になる。清い心に家事上手に器量良しだしな、これから良い出会いもあろう。それこそ、海を振った者が羨む程の良い女になってやれ」
優しく微笑む蕾霧――だが無粋な声が正面の窓から聞こえてくる。
「裏がありそうな笑顔だなぁ」
窓の外から九郎が苦笑いを浮かべていた。蕾霧は即座にフォークを掴んで投擲。
九郎は頭をそらし――ゴンっと後頭部を窓の桟にしこたま打ちつけ、痛みで反射的に屈んでしまうと、頭にフォークが突き刺さる。
「うぼあああああっ!?」
悲惨な目のはずだが、海は思わずクスリと笑ってしまい、そのまま笑いが止まらないでいた。その様子に3人は、顔を見合わせ、安堵の表情で笑い続ける海を見守っていた。
(まぁ恋なんて、頭じゃなくて心の問題だからなぁ。コイツばっかりは色々考えてもどうにかできるものでもねぇし、まぁ溜め込んでるもの聞いてあげてスッキリしてもらうくらいしかできねぇかなぁ?)
頭に刺さったフォークを抜いて、人のいい九郎はそんな事を思うのであった。
「‥‥え、これ俺の分?」
九郎の前には炭化したリンゴが置かれている。蕾霧の前にもだ。
他の4人の前には、綺麗に焼けてツヤツヤな焼きリンゴが置かれていた。
「失敗した責は私にある。故に折角の食物を捨てたりしたら、農家の方々に申し訳が立たん」
「おめぇさんの失敗かよ!」
「私の手料理だぞ? 遠慮せず食え。そして風呂に行くがいいさ」
容赦なく口に炭化して小さくなったリンゴを突っ込む蕾霧。予想はしていたのか、黙ってガリゴリと九郎は噛み砕いていた。
「やや砂糖が多かったりはしましたが、オーブンの設定温度を確認していれば、成功したんですけどね」
「甘い方が美味いだろうし、温度が高い方が早くやきあがるものだろ?」
「‥‥おめぇさんはあれだ、料理の基本、味見とレシピの手順、分量を護る所から教えて少しずつ改善させてくか」
人のいい九郎は腕組みをして風呂へと向かって行った。
「『時雨』が片言を喋るわ、立って一歩二歩歩ける様になったくらいにやんちゃになりつつあるし、年明けるとそろそろ家族計画の次を進めたいしねえ」
悠季が娘で惚気ながらも女性陣で楽しく談笑し、さてみんなでお風呂でもと腰を上げたところで風呂場から、九郎の悲鳴が響き渡る。
ピンときた海が、蕾霧に真顔で問いかける。
「うち、お湯と水別の蛇口なんですけど‥‥水の蛇口もひねりました?」
「‥‥蛇口は1つしか開けておらんぞ」
こうして賑やかに初日は過ぎたのであった――。
「これが制服ですかー! 初めて着ましたです」
海の予備の制服を着てはしゃいでいるシルヴィーナ。
お昼はお楽しみにねと悠季は先に出て、モココ、蕾霧はお客が来た時の対応を教わって、留守番する事となった。
九郎は臨時の用務員なので、朝一で学校の鍵を開けに行ってしまっていた。
そしてシルヴィーナと一緒に登校する運びになったのである。それもなんだか短期留学生と言う事で。
「ふふふ‥‥狼と呼ばれるこの私が居るからにはもう安心ですよ!」
外に出ると、シルヴィーナは制服姿で原形を留めていない愛用のバイクにまたがり、うしろ、乗りますですかーと誘いをかけるが、当然のごとく、スカートを押さえて海は首を横に振っていた。
15人しかいない生徒の前で、シルヴィーナは元気いっぱいに手を挙げる。
「短期留学生として来ました、シルヴィーナ=フローズヴィトニル=リュイセンヴェルグと申しますですっ! 短い間ですが、どうぞよろしくお願いいたします!」
異国の少女が珍しい――と言う事もなく、海を含め、生徒達は好意的に迎えてくれた。
だが、言うべき事は名前だけではない。
「えっと‥‥こわがらないでくださいですね‥‥?」
前置きを入れてから、自身が能力者である事を明かす――が、それでも好意的であった。海の母親の渚達が、この島を護ってきたおかげと、のんびりとした人達であるおかげだろう。
すぐに打ち解ける事が出来るのは、彼女の強みであり武器かもしれない。
休み時間、実験用の氷をもらいに給食室へ向う海とシルヴィーナ。学校が嬉しくて、きょろきょろ見回しているうちに海から少し離れてしまい、追かけようとして――銃が物にぶつかる僅かな金属音。
ふともものホルスターからブラッディローズを2丁抜き放ち、後ろを振り返る――とそこには臨時用務員のお兄さん、九郎が様々な食材を両腕に抱えて立っていた。
「わりぃ、胸ンとこにアラスカ隠してあんだ」
「砕牙さんなら、撃ってもよかったですね」
「いや、よくないよ!?」
2人がそんなやり取りしている間に、海は給食室にたどり着き、そこでは悠季がせかせかと動いていた。
「氷、もらっていきますね――あれ、今日のメニューってもしかして‥‥」
「そう、昨日話してたメニューよ。要望も取り入れて、栄養バランスは考慮してるから好き嫌いしたら駄目よ」
(この立場はある意味毒見役みたいなものだけど、そこは余り考えないでおくかな。要するに各自で得意な事をやりつつ
見守ってれば良いのよ)
ニッコリと微笑まれ、ミニトマトから視線をそらしつつ、がんばりますとだけ海は答えるのであった――。
その日の夜、旬野菜を手に任せろという事で、九郎が厨房に立ち、当然蕾霧も一緒に立つのであった。
一抹の不安を抱えながらも、シルヴィーナに宿題を見てもらう海。途中聞こえる九郎の悲鳴やツッコミは聞こえないふりをする――そしてふと気づく。
「モココさんは?」
「わふ、宿題と聞いてからお風呂に行きましたです」
少し考えてから――一緒に入りましょっかと、シルヴィーナも誘って風呂場に向かうのであった。
3人仲良く広い浴槽に浸かり、おずおずとモココが切り出した。
「1人でいると、寂しいですよね」
「‥‥ですね。琉さんやメイさんが来る前は、そこまで寂しいとか感じなかった気がしますけどね」
そういう感情は今一つうまく言えないシルヴィーナは、黙って湯船でタオルを膨らませて遊んでいる。
「私も1人じゃなくなってから寂しいと思うようになったんです‥‥彼の優しさに触れてから‥‥よく泣くようにもなりましたしね」
「彼氏さんがいるんですねー‥‥優しいんですかぁ‥‥」
「優しいけど‥‥時々鈍感で私の気持ちに気付いてくれないことも‥‥」
鈍感という言葉に、海は苦笑せざるを得ない。
「男の人には、乙女心がわからないものなんですよ――でも幸せそうで羨ましいです」
「きっと海ちゃんは幸せだよ。何があっても、今の生活は手放しちゃ駄目だからね――ですからね?」
わざわざ敬語に言い直す――敬語抜きで話したいけど、いきなりそれは厚かましいんじゃないかと考えてしまうのが彼女らしい。
「敬語、なしでも大丈夫ですよ――大丈夫だよ?」
海もわざわざ言い直し、大丈夫である事をアピールすると、モココは満面の笑みを浮かべ彼氏の話で惚気たり愚痴ったりと、引っ込み思案な彼女のわりに、はしゃいでいるようであった。それはきっといい傾向なのだ――。
滞在期間もあとわずかと言う日の朝。遅れてやってきた夢守 ルキア(
gb9436)。つい昨日まで、仕事で琉達と一緒だったのだ。
「私は生きてる。勿論、琉君もだ。ま、私はバイトがあって早く帰って来たんだ」
琉の無事を聞き胸をなでおろす様子に、伝えるダケでもしておいてよかったと1人頷くルキアであった。
「不安なら、不安で良い。無理しちゃダーメ。あ、手でも繋ぐー? ガッコウ、って行ったコトないんだよねー。でも、悠季君の給食、お肉、お肉!」
シチューを楽しみにしつつ1日をずっと警戒して過ごす彼女。
その日から教えるのもやってみたかったのですよー! と、シルヴィーナが壇上に立ち、教え方は独創的だが分かりやすい授業を展開していた。ただ、すぐに脱線するので、結局はあまり進まない。
その日の夜はきみが眠るまで私は起きてるからと、ルキアは海の寝室までついてきていた。
緩やかにハーモニカを吹き鳴らす、ルキア。
「他人が出来るコトなんて、心に寄り添うコトダケ。乗り越えるのはきみだ」
でも寄りそいたいとは思うよと笑いかけると、海も笑顔で返す。
やがてぽつぽつと、自分が琉を好きであった事なども打ち明けると、ルキアは聞き役に徹していた――むしろ聞くしかできない。
「私が愛するのは、セカイ――そのヒトのセカイ、それが愛おしいと思う」
そっと手袋越しに指輪に触れる。
「笑って欲しい、それダケ」
最後の言葉を聞く前に、海は眠ってしまっていた――そっと部屋を抜け出し、月夜に照らされる海を眺める。
ふと、膝まで海に浸かり己の狂気を押さえるべく一心不乱に刀を振り回している少女の姿に気づき、少女を撫でる様にガラスを指で撫でた。
(きみも、自分のセカイを愛する事ができればいいね)
「わりと一週間、あっという間だったわねぇ」
昼に全力をかけた悠季がしみじみ呟くと、九郎が苦笑いを浮かべていた。
「そうだなぁ‥‥結局、改善すべきは性格だったのかもしれねぇ‥‥」
「酷い事を言うな、砕牙」
「いちいち面倒だで計量しないのは、どこのどいつさ!」
蕾霧に色々教え込んだがなかなか身に付かず、海との協議の結果、水炊きだけはなんとか学習させる事に成功したのであった。水炊きだけ、とも言うが。
「もう少し早く来れてたら、よかったんだケドね」
「わふ、学校は楽しかったです」
やや不完全燃焼気味なルキアと、燃焼しきったシルヴィーナ。2人とも、学校が気に入ったのかもしれない。
「それじゃ、お世話になったわね」
「またのお越しをお待ちしております」
ひらっと手を振り悠季が出ていくと、他の者も続いて出ていく――が、1人だけ残った。モココである。
「一週間、ありがとうござ――ありがとう。楽しかった、です」
「こちらこそ」
笑顔を向けてくれる普通の女の子が眩しくて、少し意地悪をしたくなったモココは握手をして耳元に顔を近づけ、海に表情を見せずに呟いた。
「私が人殺しでも‥‥友達になってくれる?」
一瞬、驚いた表情を見せる海だが――本当に一瞬だった。
「私のお母さんも、私は人殺しなんだとたまに漏らしていましたけど――普通のお母さんでした。
ですからモココさんも――普通の女の子ですよ。友達として、また来てね」
普通の女の子――その言葉にモココは顔をくしゃりとさせるのであった――。
皆が帰ってまた広くなった自分の家――だが、もういつもの家だ。
「よし、がんばろ」
そして玄関の戸が開くと、海は笑顔を向ける。
「あ、おかえりなさい!」
『海ちゃんの【海】』