●リプレイ本文
●旧パークス天文台・周辺
「――まだ終わらないんですね‥‥」
意図のわからない襲撃に不安が隠せないでいるモココ(
gc7076)が、呟いた。
「大ボスはすでにいないというのに、テロ活動とはのう」
様子を窺いながら美具・ザム・ツバイ(
gc0857)が、ふっと溜息をつく。
「狙いは聞きたい所よね。どうしてここを狙ったのか」
メイ・ニールセン(gz0477)がそう口にすると、呼応する様に刃霧零奈(
gc6291)が不敵に笑い、パイロープを装着した指をぽきぽき鳴らしていた。
「親友を狙ってくれるとは‥‥ホント許しがたい連中だねぇ‥‥」
「狙われたのはあたしじゃないけどね」
メイが苦笑しながら若干の違いを修正すると、あたしにとっては同じだよと握った拳に力を籠める。顔にこそ出していないものの、美具とて似たような気持ちでいた。
もっとも彼女の場合、メイが親愛から信愛、さらにもう一段階変化しつつあるミル・バーウェン(gz0475)の、大事な部下であるがゆえに助ける、という事情もあったりする。
(じゃが、エミタの無駄遣いに思うところがないわけでもないのじゃが‥‥)
「職員の方々に何かある前に急いで向かいましょう」
装備のチェックが完了し、腰のホルダーにコンバットナイフを納めたセレスタ・レネンティア(
gb1731)が腰を浮かせたが、もう少しだけ待ってくださいと、まだ突入前なのに蒼と白の粒子を身に纏い、ダンダリオンを取り出して何かをしている秋月 祐介(
ga6378)。
「‥‥つながりました。これで、奴等には気づかれずに状況把握が出来る程度のデータを通信室に送れた筈です」
「つまり、ボクらが救助に来た事は伝わったわけだねぇ」
気だるげながらも張り付くような笑みを浮かべ、鍔をカチカチと鳴らしていたレインウォーカー(
gc2524)は天文台に目を向けた。
黒服の強化人間達はやっと1階の探査が終わったのか、2階の階段へと向かっていくのが見える。
「1匹、捕獲しておきたい所じゃの。少々尋ねたい事もあるでな」
「殺さないことに異論はありません」
美具の希望に、モココが即座に応答する。
(これ以上誰かが殺されるのも、殺すのも止めたいですから‥‥)
「世論を考慮すれば、問答無用は難しいですからな」
「世論がどうとかボクには関係ない。命を賭ける覚悟を持って戦場に出たのならば殺し合う――それだけだろぉ」
思案顔の祐介がぼやくが、今まで通りにやれない堅苦しさなど、道化には関係ないようであった。
「そこの事情が少しばかり変わってきていまして‥‥建前ですが、まずは警告、敵対行動を止めぬ場合は躊躇せず対処という事で」
眼鏡をかけ直し妥協案だけでも提案すると、仕方ないねぇとあっさり引き下がる。
「では、作戦開始します」
隙を見て建物へと距離を詰めるセレスタ。美具と祐介もそれに続き、メイが動き出そうとすると、その手を零奈が掴んで少しだけ引き止める。
「無茶して大怪我とかしたら、絶対に許さないからね? 安全第一だよ?」
零奈の言葉に、あんたもねと返して行ってしまった。
レインウォーカーとモココも動き出すと、零奈も後を追うのであった――。
天文台の正面に立ち、祐介はメガホンを構えていた。隣にはメイがいる。
壁にへばりつくように背中を預け、窓下で待機しているセレスタと美具。
「じゃ、行くよぉ」
天文台の裏から、強化人間達が背を向けたのを確認し駆け出すレインウォーカー。モココと零奈も続く。
森を抜けほんの少しだけ建物との距離を縮めると、3人の姿が掻き消え、尋常ではない速度で壁を駆け上がっていったが、重力のせいで3階の窓まで半歩足りない。
「こんな時の為にってねぇ」
バックルからフック付のワイヤーを取り出し、屋上に向けて投げつけ身体を固定すると、背中を押してモココと零奈を投げる様に押し上げる。
3階の窓の正面に到達した2人は頷き、モココが蛍火でガラスを三角に斬りつけ、くり抜いたそれを零奈が掌底でずらして森へと放り投げた。
窓の桟に足をかけ、今しがたできた出入り口に手を添えて身体を固定する。
窓の入り口からそっとモココが潜入、続いて零奈、そしてワイヤーを巻き取ったレインウォーカも室内へと潜入した。
1度覚醒を解いた零奈は、通信室の戸をノック。
「助けにきたよ。もう安心してもらっていいよん♪」
中にいるリズ=マッケネン(gz0466)が零奈と若干なれど面識があり、その言葉を信用し、気を付けてくださいねと返事をするのであった。
(さすがはメイさんの妹さんってとこかな。能力者じゃないのに、肝が据わってるや)
「私がここで最終ラインとして待機しますけど、終わるまでバリケードはそのままにして下さいね」
モココも声をかけると、わかりましたと素直に従ってくれる。
そしてモココをその場に残し、2人は二手に分かれ通路を行く――。
祐介が頷くと、セレスタは身を隠したまま窓ガラスにサブマシンガンを突きつけ発砲。
派手な音を立てて窓ガラスを割ると、祐介がメガホン越しに声を張り上げる。
「不法侵入者に告ぐ、直ちに退去せよ。警告に従わず抵抗する場合は、遺憾ながら実力を以て排除する」
‥‥反応がない。セレスタが再び警告する。
「こちらはUPC! 施設へ侵入中の武装勢力へ告ぐ! 直ちに武装を解除し投降せよ! 投降の意思なき場合は実力を行使する!」
確実に聞こえているはずだが、返事はない。
2階の窓からの撃ち気を感じ取ったメイが祐介の後ろ襟を掴んで持ち上げると、片足を引きずったままとは思えない動きで出入り口まで一気に運んでみせた。
その直後、祐介とメイのいた位置に弾の雨が降り注ぐ。
「それが答えという訳ですな」
着崩れたスーツのジャケットを整え、眼鏡を外しポケットへ。すでにその両の眼は蒼い光を宿している。
「あたしは多分足手まといになるから、出入り口の確保に努めるわ」
「お願いしますよ、メイさん――あぁ、社長にとある事件について記録は無いが記憶はある、と言っておいて下さい。多分、それで察してくれるでしょうから」
(これで社長は、どう反応するかですね‥‥)
秋月が駆け出すと、セレスタと美具が割れた窓から身をひるがえし、着地。
美具は途中途中にある扉を開け、しらみつぶしにざっと確認しながら後を追う。
周囲を気にかけながら階段を一気に駆け上がるセレスタ――と、上がりきる前に一度身を伏せ、ゆっくりと顔をのぞかせ――伏せる。
その直後に、銃撃の雨が頭の上を通過。
「既に退路は無い! 投降せよ!」
腕だけ伸ばし後ろ向きサブマシンガンを構え、本当の最後通告を呼びかける。
だが残念ながら銃撃が止む気配は、ない。
「投降の意思なしと判断、これより武力行使を始めます」
サブマシンガンで牽制の弾幕を張り、気づかれないようにそこにそっと忍ぶように祐介が閃光手榴弾を投げ込む。
轟音と閃光。
銃撃が止み、閃光が消えると同時に祐介は本を片手に立ち上がり、セレスタはサブマシンガンを撃ちながら3人の強化人間へと距離を詰めていく。
敵はPDWを構えるが、それよりも早く祐介は声を張り上げていた。
「やらせませんよ!」
強烈な電磁波が強化人間を包み込む――その敵に肉薄したセレスタはコンバットナイフに持ち替え、一瞬で体を捌いて側面に回り込むと短い息吹と共に脇腹へと突き刺し、のけぞってがら空きになった顎下から刃を突き上げる。
そして射線上に絶命した彼を蹴りつけ射線を塞ぐと、死角から一瞬にして回り込み、次の標的の側面にぴたりと張りつくセレスタ。
動きに無駄がなく、実に流れるようであった。
「近接乱戦になってしまえば、もはやこちらのものです」
零奈が壁に寄り添い身を潜めていると、複数の足音が向かってくる。
そこに閃光手榴弾を投げ込み轟音と閃光と同時に、その身を薄く発光させた彼女は飛び出し、先手を取った。
適当に乱射する3人の強化人間に向かって、多少肩や腕に弾をかすらせながらも一瞬で距離を詰める。
「残党は残党らしく大人しくしてろっての!」
SESの甲高い音をまき散らし、屈んで懐に潜り込んだ彼女は鳩尾に深い一撃。体がくの字になった所をアッパーで眉間を打ちぬく――急所への2連撃だが、彼女にしては珍しく、殺してはいなかった。
「世間体ってのは大事なんだけど‥‥ちょぉーっと厄介だねぇ」
あっさりと閃光手榴弾に引っかかってくれた、やや張り合いのない他の強化人間も、零奈の手によって昏倒させられるのであった。
「警告は一度だけ。武器を捨て速やかに投降すれば生命の安全は保障する。警告を無視して攻撃してくるならば死の覚悟があると判断し殲滅する」
抜身の小太刀を構え、嘲る笑みに剥き出しの殺気――まさしく建前だけの警告であった。
戦い慣れしていないのか殺気に押され、青ざめる強化人間達。それでも彼らは銃口をレインウォーカーに向けた。
だが向けた時、すでに彼は懐に。敵を盾にして――そう思っていたが、彼らは一瞬の躊躇のうち身を丸めた味方ごと撃ってきた。
それに動揺する事もなく彼は地を蹴り、壁を、天井をと、まさしく縦横無尽に動き回って弾の雨を回避する。
そしていくらFFがあるといえど、貫通力の高いPDWに撃たれても無傷の強化人間を目の当たりにし、防御特化型と判断した彼の腕が淡い光を放つ。
「嗤え」
交差していた腕を神速の剣撃で跳ね上げ、無防備となった喉にもう一刀を突き立て横に薙いで斬り落す。
「防御が硬くても、弱い部分を守るのはセオリーだもんねぇ。あからさますぎなのさぁ」
血飛沫を受け赤く染まりながらも嘲笑する道化を前に、残された2人の強化人間は乱射し、突撃をかけてくる。
地を蹴り壁に着地すると、加速してかなりの速度で通り抜けようとする強化人間――だが突如、宙で体をくの字に曲げて止まってしまった。
「こいつにはこういう使い方もあってねぇ」
バックルから伸びたワイヤーが、窓の桟まで繋がっていた。
だが動きを制限されてしまったのは、道化も一緒。足の遅い方の強化人間はゆうゆうとワイヤーを潜り抜け、先へと行ってしまった。
追おうとする道化だが、その前に機動特化が生意気にも立ち塞がる。その表情には決死の覚悟を感じさせた。
「そうかい‥‥ちょっと一緒に踊ろうかぁ」
通信室前で待機していたモココが2足音にぴくんと反応し、飛びだすと同時に敵と見るや足を薙ぐようににターミネーターを掃射していた。
足を撃たれうっと漏らすが、それでも彼は止まろうとはしない。
「これ以上戦って何の意味があるんですかっ! もう戦うのはやめてくださいっ!」
たまらず呼びかけるモココ。彼女は降参してほしいと切に願っていた。
だが彼には全く届かない。
「意味を聞きたいのはこっちなんだ! 邪魔しないでくれ!」
PDWを向けられるが、それよりも一瞬早く距離を詰めたモココは蛍火で武器を破壊する――しかし、もう1つ持っていた彼が至近距離でモココに銃口を向ける。
だが。
「どうしたぁ? お前の敵はここだよぉ」
背後で小太刀を振り上げる、レインウォーカー。
意識が後ろに逸れ、狙いがぶれた銃口から弾が発射される。
その至近距離で下がって回避するでなく、肩口に直撃を受けながらも無理に一歩踏み込み、心の臓を一突き――貫きながらも、モココは涙していた。
「もっと前に‥‥君を救えなくて、ごめんね‥‥」
彼女の言葉に、男の頬に一筋の涙。そして道化の刃が、首を落とすのであった。
バンッ!
美具が扉を開けると、いきなり弾雨が降り注ぐが、盾を構えがっちりと守りを固めた彼女の前にはそよ風に等しい。
受けながらも悠然と閃光手榴弾のピンを抜き、床に転がし、おまけと言わんばかりに上からも放り投げる。
閃光と轟音が支配し、閃光が収まる前に盾を構えたまま美具は突進、もだえ苦しんでいる強化人間の後頭部をゼフォンの腹で打ち付け、昏倒させて捕縛するのであった。
「これで10名のはずじゃね。さて――」
頭を鷲掴み、強化人間をひきずって歩きだす美具。零奈とメイも合流し、外へと向かった。
途中、強化人間の数を確認していたセレスタと出会い、セレスタはメイに作戦終了ですと告げ事後処理に戻る。
自爆の可能性を考慮して随分距離をとった所で気付けを施し、目を覚ました強化人間の胸倉を掴みあげる美具。
「2つばかし聞きたいのじゃが――お前らの武器、入手経路はどこじゃ?」
(もしや、バーウェン商会ではあるまいな‥‥)
「我々に協力する仲間はまだ大勢いる。その仲間が買った武器を、流してもらったまでだ」
危惧していた回答ではないが、間接的に関わっている気がしてならなかった――あの彼女は、武器商人なのだから。
「では、そんなものを手に入れてここを襲い、なにをするつもりだったんじゃ?」
「‥‥ソラに住まう、我らの神に、我々はどうしたらいいのか――それを聞きたかった。色々伝えたい事があったのだ」
我らが神。バグアの事であろう。
顔を見合わせるメイと美具。美具の視線の問いかけに、メイは首を横に振る。
「残念なようじゃが、ここでは奴らと交信するのは無理のようじゃぞ」
「それでも頼む、やらせてくれ‥‥」
簡単に口を割ったのは、同情して交信させてくれるかもしれない――そんな甘い考えだったのかもしれない。
そして実際、甘かった。
胸倉から手を離した美具は踵を返すと、冷ややかに告げた。
「貴様ら、我らを殺す気じゃったろ。通信室の人間もその気だったのではないか?
そしてこれまでにも――しっかり裁きを受けるのじゃな、犯罪者共」
「あたしからも1個。動きが全体的に素人くさかった気がするんだけど、訓練はされてないのかなと」
美具の言葉にうなだれていた男が、恨めしそうに顔を上げる。
「訓練を受けるまえに、楓門院様を貴様らが‥‥貴様らの下で裁かれるぐらいな――!」
男の覚悟が膨らむ――が、言い終わらぬうちに頭が胴体と切り離される。
「折角助かった命なのにねぇ‥‥」
血に染まった小太刀と返り血を浴びた零奈が、妖艶な笑みを浮かべ、頬に伝うそれをぬぐっていた――。
その様子を3階の窓から眺めていたレインウォーカーは、死体と横並びに置いた気絶しているだけの強化人間に目を向ける。
「自分の意志で自爆できそうなら、このままじゃ危ないかぁ‥‥汚れ役はボクのような道化に相応しいからねぇ」
気絶している彼らの前で、道化は小太刀を振り上げる――。
道化のその行動を物陰から見ていたモココは思わず目を瞑り、壁に背を預けずるずると座りこんで目頭を手で覆い悲愴な声を絞り出す。
「‥‥私は‥‥結局壊すことしかできないの‥‥?」
そんなモココの問いかけを聞いてしまった身を隠していた祐介は、その問いに答える事なく静かにその場を後にする。
(ご自分で見つけ出してください。納得できる答えを)
『【落日】襲撃あり 終』