●リプレイ本文
「時間もないので、行きましょう。ここと、あと2ヶ所に仕掛ける必要があるので、私を護りつつお願いします」
すっくと立ち上がったイリーナ――だが、他の傭兵達は身じろぎもせず、グリゴリーの遺体に視線を注いでいた。
ぽんと、月野 現(
gc7488)は気丈にも耐えているイリーナの肩を叩く。
「彼の供養は、作戦を成功させる事だ。そう信じよう」
「グリゴリー大尉‥‥。何も出来なくて、申し訳ない‥‥」
片膝をつき、己の無力さを噛みしめていた鎌苅 冬馬(
gc4368)が、立ち上がる。
「ちッ‥‥グリゴリー‥‥。良いぜ、その意思、俺らで全うしてやろーじゃねーか。見てろよ」
ヤナギ・エリューナク(
gb5107)は煙草を吐き捨て、強く何度も足で踏みにじっていた。
そしてグリゴリーの傍らにずっといた那月 ケイ(
gc4469)は黙ったまま、遺体を担ごうとする。
その様子にイリーナは一度閉じたはずの思いが再び頭をもたげようとしたが、それを抑え込み、努めて平静を装いケイに尋ねた。
「‥‥どうするんですか」
「このまま放置したくないんだ――手近な出口から、地上の部下へ託してもいいですか?」
そんな提案を述べる、ケイ。
(工作を優先するべきなのかもしれない、でも‥‥)
守れなかった自分への後悔――そんな念が彼の中に渦巻いていた。
彼の提案に、すがるように皆を見回してしまったイリーナ。誰1人とて、反対する者はいない。
「後方へ秘匿連絡しておいたよ。僕らが入ってきた出入り口に、待機しているのではないかね」
錦織・長郎(
ga8268)の言葉にケイはありがとうございますとグリゴリーを背負い、注意深く通路に出ると、一度来た道を引き返し、地上へと向かった。
「どれ、僕が警護しておこう」
案外面倒見のいい長郎が、ケイの後を追う。
長い階段を注意深く、それでいて急いで上がっていくケイ。背中の冷たさが、自分の足を重くする。
「またなのか‥‥」
「後悔はあとさ」
背後の声に驚き振り返ると、音もなくしなやかに長郎が背後にぴったりとくっついていた。
「肝とも言うべき攻略作戦の一環。速やかにやってのけないとね」
「すみません。俺の我儘で時間を使ってしまって」
「なに、ヨリシロ化されても拙いからね」
地上にたどり着き扉を開けると、決して余裕があると言えないはずの彼らだが、それでも皆率先してグリゴリーを引き取ろうとする。
そこに、彼の人間性を見たような気がした。
感謝を述べ、敬礼をする1人の兵士が、撤退しないのですかと尋ねてくる――撤退したいからではなく、あなた達にはそこまでの義理がないはずだからと、付け足す。
長郎はともかく、多くの傭兵が軍に所属しているわけではないから、もっともかもしれない。
だがケイはさも当然のように戻り、長郎は肩をすくめ、笑う。
「くっくっくっ‥‥責任者が欠けたぐらいでは、撤退する訳には行かないのでね」
(ボマー君も放っておけないしね)
「みなさん‥‥感謝します」
頭を下げるイリーナに、ベストタイプのボディーアーマーを冬馬は差し出す。
「絶対にイリーナさんを守り切れる、とは限らない‥‥。
念の為、ボディアーマーBを用意している。見た目は宜しくないが‥‥安全の為に着て頂ければ‥‥」
彼の心遣いを素直に受け取る彼女。見た目がどうとか言える状況でないのは、よくわかっているからだ。
「約束したからな。何があっても護りきろう」
誰に、とは言わない。だが現自身の決意でもある。
(作戦の都合上、危険は多々あるだろうが失敗は許されない――約束は絶対に守るし、ミルの部下を失わせる訳にはいかないからな)
「爆破順はジャミング装置集中管理室からメイン動力炉で行くかね。頼むゼ、イリーナ。アンタは俺らが護ってみせる」
「中心部と端との中間あたりをショートカットしていく感じで中心部に寄リ過ぎぬよう、移動じゃな――ヤナギ殿、なかなかいい尻じゃのう」
全身、アスタロトに身を包んだ藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)がヤナギの尻を撫でまわしている。
特に嫌がるでもなく、かといって喜んでもいないヤナギはお返しに藍紗の尻を撫でまわす――もちろん、アスタロトのアーマー越しになるが。
「そう言う藍紗も硬くてゴツイ、いいケツじゃねーかよ」
「この状況でも余裕があるとは豪胆だな」
セクハラでじゃれあう2人を前に、現が感心したように呟く。
ただ、場の空気が少し和らいだのか、遠巻きに見ていた冬馬はフッと笑い、イリーナは意外と赤くなっている。
イリーナが赤くなっているのに気付いた藍紗は、ターゲットを変え、ほぼ同じ身長のイリーナに近づいて密着しそっと耳元で囁いた。
「ふふ、この程度で赤くなるとは‥‥うい奴よの。終ったら我が閨で可愛がってやろうか?」
言葉に乗る艶に、冗談ではなく本気を感じ取ったイリーナは後ずさりながらも、スカーがいるから結構ッスといつもの彼女に一瞬だけ戻った。
ふふっと笑い、ふと気づく。スカーと言う名前と、彼女の口調。
「このような所で会うとはおもわなんだ、ボマー‥‥いや、今はイリーナ殿と言ったほうが良いかの?」
鬼面バイザーを上げ、素顔を晒した事でイリーナもやっと気づいた。
「ああ、お嬢に迷惑かけられた人ッスね――ですね」
ボマーと名乗るイリーナの現上司、ミル・バーウェン(gz0475)の依頼でほんの少し面識のある2人。会話をしたのはこれが初めてかもしれない。
故に2人とも、ここに至るまで気づかなかったという訳だ。
「貴殿に何かあればミル殿の無茶を聞く者が減ってしまうからの、しっかりと仕事をさせてもらうのじゃ」
「そういう事だね」
戻ってきた長郎が藍紗に相槌を打つ。当然、ケイも一緒だ。
「お待たせしました――手間取らせたぶん、完璧な作戦遂行に最大限尽力しますよ」
全員がそろい、手短に打ち合わせる。
「では、修羅に行くとしようか」
鬼面バイザーを下すと同時に、練力の残滓が白髪を形成する。その姿まさしく、白鬼夜叉。
「敵に発見されるまでは焦らず静かに進むとしようか」
ヴァーミリオンの弾倉を確認し、思考が冷静になっていく現。
「そうだね。無用な戦闘は避け、出来る限り目的へ邁進しよう――むろん止む得ぬ状況なれば撃破し先に進むがね」
長郎の眼が、すっと蛇眼に変化した。
「敵発見次第さくさく倒して行くとしますかね‥‥っと」
妖艶な雰囲気と眼差しになったヤナギはぷっと煙草を吹き出し、空中の煙草は爪で一瞬にして分解される。
「大尉の、遺志を継ごうか‥‥」
決意の表れのように、冬馬は全身から青白いオーラを放ち始めた。
「――そうですね。大尉の為にも」
ケイの前に赤い盾の紋章が浮かび上がり、さらに金色の光が覆いかぶさる。
「行きましょう、みなさん」
地上では大規模な戦闘が行われ、戦闘の音がわずかに廊下に木霊し、空気が振動している。
その音に紛れるかのように藍紗が気配を殺して進み、角に張り付いて鏡で確認し、敵がいなければハンドサインでヤナギとケイを呼び寄せ、進攻の安全を確保する。
そして順次、現、イリーナ、冬馬、長郎と、お互いの死角と後方を警戒しながら、静かに、かつ迅速に行動していた。
イモリ型のキメラがいると判断すれば、その道を避け、すぐ近くの脇道を通る――と、ジャミング装置の部屋の前まではすんなりと進行する事が出来た。
ただやはり部屋の前となると、イモリがべったりと張りついていて、戦闘は避けれそうにもない。
藍紗のハンドサインに、ケイが頷き、真っ先に飛びだした。
一斉に飛びかかるイモリ達。
それに合わせ、藍紗とヤナギが飛びだしてケイの横を通り抜けざまに、一閃。イモリの間を潜り抜け、部屋の扉を静かに開け滑り込んでいく。
室内から次々に聞こえる悲鳴――その間にケイはシエルクラインで天井のイモリを撃ち落し、近づいてきたものを盾で払い、それを援護する形で撃っている現。
敵が固まったところで冬馬が距離を詰め、機械剣αで屠っていく。
そして音を聞きつけ後ろからやってくるイモリを、長郎が片っ端から真デヴァステイターで迎撃し、全く寄せ付けさせない。
リロードの隙はイリーナの側にいる現が、埋めてくれる。
藍紗が手招きすると、全員がイモリの動きに注意しながらも開けっぱなしの扉から室内に滑り込んで扉を閉めた。
「これで一つ、と。予想通り簡単にはいかせてくれないか」
機材を広げ『工作』を開始しているイリーナの側に立ちながらも、現は呟く。
「俺らの存在を、仲間に伝えられると厄介だから連絡はとらせなかったぶん、マシだゼ」
煙草を吸いながら足元に転がる強化人間を一瞥する。その多くは喉を掻っ切られていた。
「まあ爆破すれば、否でも警戒されるじゃろうがね」
銃撃音などは外の音に紛れるだろうが、さすがに内部からの爆破となると勝手が違ってくる。次に向かうメイン動力炉では、守りが固くなると容易に想像がつく。
「ここから先は時間との戦いということだね。これまで以上に気を配って移動しないとだ」
ランタンでイリーナの手元を照らし肩をすくめた長郎の言葉に、冬馬が頷く。
「周囲に気を配る事を忘れない‥‥大事な事だな」
「設置完了しました」
ほんの短い会話の間に、既に設置を完了させたイリーナが立ち上がる。ヤナギが一本吸い終わる前に、だ。
「早っ!」
「半年くらい前に爆破工作した時、なまってるな感じて訓練していましたから」
ケイは驚いているが、藍紗や長郎、現などはさすが彼女の部下なだけあるとしか感じなかった。
「ここまでの通路はマッピングしてあるから、退避には来た道を使うか」
「だな。まあ何処から敵が湧いて出るか分かんねェ。警戒だけはしとくゼ」
警戒しながらも来た道を戻り、メイン通路一本分ずれたところに退避する。
「ほいさ、起爆」
心の準備もなしに、いきなり起爆させるイリーナ。
間近で大気が震えるほどの轟音――そして細い路地からは粉塵が舞い上がり、冷たい空気が流れていく。
「さて、こっから急ぐかの」
これまで通りに鏡で確認しながら進む藍紗だが、確認時間がこれまでよりも短く、多少イモリがいてもお構いなしに突っ込み、ソニックブームで天井のイモリを一掃し、壁ごと爪で縫いとめるヤナギ。藍紗が牙を鉄扇で受け流しては、ケイと共に殲滅させる。
多少の取りこぼしを現が盾で受け止め、距離に応じて冬馬がS−02で狙いを定め、止めをさしていく。
後方からの気配は相変わらず、出現と同時に長郎が絶っている。
「あそこか、っと」
前に出てヤナギがM−121を構え、掃射。高速で嵐のような弾丸がメイン通路を埋め尽くした。
先ほどよりも集まっていたイモリが綺麗に、ミンチと化していく。
注意を払いながらも躊躇せず、メイン動力炉の扉を開けて飛びこんだケイが咆える。
「動くな!」
強烈な存在感をかもし出すその一言に、部屋の中にいた強化人間達武装している途中で一斉に彼に目を向けた。
その一瞬の間に、後ろから白鬼夜叉と黒い影が。
黒い影に爪で喉を切り裂かれ、反射的に剣を突き出した者は閉じた鉄扇で受け流されて、体が泳いだところに広げた鉄扇が襲い掛かり、その首を鉄扇の上に持っていかれる。
弾丸のように反撃の間も与えず次々と屠るヤナギに、舞う様に流れる円の動きで攻防一体の藍紗。
後ろに抜けようとした敵の四肢をケイがカミツレで払い、動きを止めたところで冬馬が止めをさす。
通路から続々と侵入しようとして来るイモリを撃ちながらも、視界の端に暗闇でうごめく存在に気付いた長郎が叫ぶ。
「そこにいるね」
銃口を向けようにもイモリの数が多すぎて、向ける暇がない。
物陰から飛び出してきた強化人間は、あきらかに戦闘に参加できていないイリーナめがけ一直線に突進し――そこに現が咄嗟に割って入り、腕でナイフを受け止める。
「っく‥‥!」
盾で受けるだけの余裕もなかった現は少しだけ顔をゆがめ、至近距離だがヴァーミリオンで応戦し距離をとる。
そこに冬馬が駆け寄り、ナイフの一閃を一歩後退してやり過ごし、一瞬で懐に飛び込み機械剣で切り刻んだ。
「大丈夫ですか‥‥」
「ああ、なんとか」
己を盾にした現は腕の傷を押さえ、独りごちる。
(誰かが犠牲にはなるのはこれ以上は見たくないからな‥‥)
殲滅が終わり、現が冬馬の応急手当てを受けているうちにイリーナは設置を完了させていた。
通路に飛び出し一本横に移動しようとすると、どこから駆け付けた強化人間が部屋に入ろうとしたが、その前を衝撃波が通り抜け、壁を抉る。
「邪魔はさせねェ」
ヤナギがそう吐き捨て、強化人間の足が止まったのを確認すると、すぐに後を追う。
「時間がねぇ、やっちまえ!」
ヤナギの言葉に合わせ、起爆――轟音に紛れ、いくつかの悲鳴も聞こえる。
そしてあたりが一瞬真っ暗になり、ぼんやりとした頼りない明りに切り替わった。
藍紗は胸部のヘッドライトをつけて皆の後方から照らし、ヤナギは腰に、それ以外の者は手にランタンを持って照らし薄暗いながらも暗闇の死角を減らす様、お互いを照らしていた。
「視界は最悪とは言わないが、厳しいな」
それでもイモリを近づけさせず、進撃。
「この道をまっすぐ行けば地上のはずです!」
駆け出すイリーナ――が銃声音とともに、前へ弾き飛ばされる。
「そこかね!」
武器に赤い光を宿し、長郎は後方の暗闇に一発――うめき声と、倒れる音。それとは逆にイリーナは起き上がる。
「びっくりしたッス」
アーマーで防げたとは言え、撃たれたにもかかわらず緊張感のない彼女であった。
気が緩んでいたわけではないがと悔やんだ現がびったりとイリーナの背後を固め、前ではケイが。完全な布陣となって全員地上へと向かうのであった――。
「実は久しぶりの実戦でな。緊張していたんだよ」
緊張を解す為に大きく息を吐く現。
地上班と合流すると、即座に撤収し、ベースで一息ついていた。
「固くなるのは困るが、硬くするなら歓迎じゃがね――ハーレム状態で眼福眼福」
相変わらずのセクハラ発言の藍紗に、冬馬は汗をたらしている。
「舐めきってるよかはマシだゼ」
ヤナギは長郎の奢りのウォッカ片手に、紫煙を吐き出す。
「さて、あとは奪還作戦の成功を祈ろうではないかね」
――テントの外ではイリーナがずっとグリゴリーの手を握り、黙祷を捧げていた。時折、その口がとうさんと形作る。
けっして彼女の父ではないが、彼女にとっては父のようなものだった。そしてグリゴリーにとっても‥‥。
傍らにケイがたたずみ、作戦中は考えようとしなかった事がぐるぐると頭の中で巡る。
失ったのは、失わせてしまったのは、これで何度目だろう、と。
「少しは強くなったつもり、だったんだけどな‥‥」
全てを守るにはまだ足りないのかと、彼の言葉は冷たい空気に溶けていくのであった。
『【RR】底意に踊る道化達 終』