●リプレイ本文
開けた湖畔のキャンプ地で数人の男女がテントを張っていた。
「そこにも杭を打ってもらえるかのう」
藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)がテントの角に杭を打ちながら、少女についでを頼む。
「ここでありますか」
杭を打つ少女――私服で学校の生徒というリアリティを出そうとしているが、その剣呑な目つきがあまり只者ではない事を語っている美紅・ラング(
gb9880)である。
ただ普段の野営とは違う目的で動いている今に、ふつふつと愉しさがこみあげてきていた。
「何かお手伝いできることは‥‥?」
おずおずと申し出るモココ(
gc7076)だが、地味な服装にいつもの眼帯ではなくサングラスのクラーク・エアハルト(
ga4961)が笑顔を向ける。
「一般人のフリをして遊んでいただければ、それだけで十分ですよ。――こんなの上手く誘き出せれば良いんですがと心配していましたが‥‥」
(気配丸出しで偵察とは‥‥)
遠くの森の中でチラチラとした反射光に気付いていたクラーク。
こんな所を昼間から双眼鏡で覗き込む相手――ミル・バーウェン(gz0475)に頼み、流してもらった課外授業の準備という偽情報に引っかかった強化人間に違いない。
(偵察に出るには、情報の真偽もまだ定かではないでしょうに)
「少々自分にはものたりないかもしれませんね」
あまりにも色々な事が甘すぎる敵に、戦場しか知らない男は苦笑する。
「周辺住民の協力もあってじゃからのう。まあ今回で面倒なのは捕縛であって、奴らがたいしたことないのは知っていた通りじゃし」
「そうよね――とにかくメイの邪魔はさせないわ」
クレミア・ストレイカー(
gb7450)がメイの為にと、熱くなっていた
「まあややこしいのは大人達に任せるのである。美紅は適当に遊んでるから、よろしく」
シュタっと丸投げのお願いをした美紅は、モココの手を引いて駆けだすのであった。戸惑いながらも、引かれるままについていくモココ。
「まあ彼奴らの注目は美紅殿達に任せ、我らはトラップの準備にいそしむかね」
「そうね――手間ばっかりかかるしね」
これから釣りでもするかのようにクーラーボックスを担ぐ。
中身は色々、釣り道具ではない物が入っている――ある意味これも釣り道具であるが。
「さてさて、向こうはどうなってるかしらね」
(この地での戦闘もいよいよ最後かぁ‥‥長かったねぇ。しかし、メイさんが教師とはねぇ、平和的でよかったよ♪)
刃霧零奈(
gc6291)は学校に向かう間、仲間達には悪いが浮足立ってそんな事を思っていた。
お互い色々あったが、落ち着くところに落ち着いた――それが何より嬉しい。
「やあ来たね」
校門に入った所で、背が高い初老の男性に声をかけられる。
「うん、遅れてごめんね、エドさん」
そう、彼は潜入捜査はお手の物な元凄腕諜報員――いや現在進行形のエドワード・マイヤーズ(
gc5162)であった。
「あ、いらっしゃい2人とも。お待ちしておりました」
学校の玄関からメイが両手を広げ、しっかりとした足取りで2人のもとへ歩み寄る――ただそれだけの事に零奈は少し涙目でメイの手を取って、振り回す。
「お嬢から聞いてたけど‥‥よかったねぇ♪ ホント‥‥良かった‥‥」
彼女の視線はメイの両足に注がれていた。そう、ちょっと前までは車椅子を使っていた彼女の両足を。
「大げさね‥‥とは言えないか。とにかく2人とも歓迎するわ。刃霧と、エド・ライヤーさん」
ちゃっかり偽名まで使っているエドワード。
こうして2人は臨時講師として、潜入するのであった。
課外授業予定日まで、エドワードとクレミアは密に連絡を取り合っていた。特に変わりばえあるわけではないが、クレミア自身、メイの事が気にかかってしょうがないのかもしれない。
クラーク達は薪を拾うついでや、森を散策する合間にトラップを仕掛ける。その間もずっと美紅やモココ、時には藍紗までが混じって存分に普通のキャンプを楽しむというか、はしゃいでいた。
そして決行日当日。
少し大きめの施設である宿泊ロッジから、楽しそうにはしゃぐ子供達の声が建物の外まで木霊する。
そこに向かう道をノコノコと歩いている、多数のキメラを引き連れた強化人間達――離れの建物から周囲を警戒していたクラークが、間抜けたちを発見する。
「‥‥戦闘開始」
無線のスイッチを一瞬入れて切る。それが合図だ。
(強化人間4、カンガルー型8、山羊角ライオン型9)
冷静に数を確認しながらも強化人間の足取りもチェックを入れ、思わずため息が出てしまった。
「数は多いが、ほぼ素人か――ここでの最後の仕事かな」
ケルベロスにサプレッサーを装着させ、呼吸を整える。
近くではSE‐445Rにまたがったままのクレミアもサプレッサーを取りつけ、無線に向かって小声で問いかけた。
「エド、そっちはどうかしら?」
どすんと、資料の詰まった箱を落すエドワード。箱の落下音でクレミアの声が紛れる。
散らばった資料を集めるメイと零奈――エドワードはしきりに頭を下げていた。
「ああ、手伝わせて申し訳ない。何しろ資料が多くてね‥‥」
屈み、自分も資料を集めながら零奈に近づき、こそっと耳打ちする。
「来たようだね」
「だね。あたしの方も小型無線で確認したよ」
2人の会話が聞こえた訳ではないが、メイが顔を向けるとエドワードはこれ見よがしに腰を伸ばして叩く。
「あ〜持病の腰痛がまた再発しなきゃいいんだが‥‥」
「無理せず授業だけをしてくれても、よろしいんですよ?」
「そうもいかん。せっかくみんながんばってくれてるのなら、私も頑張らねばならんよ」
再び箱を持ち上げると、教師エドは廊下に消えていった。資料を運ぶという名目で校内を巡回しているのだ。
「みんな、か‥‥じゃ、メイさん。行こうか」
親友同士、肩を並べあって歩き出す――と、メイが苦笑する。
「にしても、あたしが言えた義理じゃないけど、あんたが体験とはいえ臨時の教師ねぇ‥‥とりあえず、慣れるまであたしも一緒に授業を進めるわ。と言うか、2人である程度分担した方が効率はいいんだけどさ」
「さすがに、教師は経験少なくてね‥‥助かるよ♪」
一緒の方が意識をそらしやすいしと、内心で付け足す。
「ま、将来的に戦闘以外で仕事をというのは悪くないし、そのお手伝いは喜んでさせてもらうわ」
メイの心遣いに、お嬢からの依頼である事がチクリと胸に刺さるが――これも彼女の為と零奈は開き直り、窓の外に目を向け今まさに戦闘のさなかであろう仲間達の安否を気遣うのであった。
けたたましい音と共にロッジの扉が破られ、多数のキメラが押しかけてくる。
だがそこで待ち構えていたのは子供の声がする数台のラジカセに、完全武装姿の藍紗やモココ、それと美紅だけであった。
「うわー、キメラだー。助けてー」
あまりにも適当な悲鳴を上げながら、キメラが破った出入り口から逃げ出す美紅。ラジカセも楽しげな子供の声から一転、悲鳴などに切り替わる。
「ごめんね、私‥‥少しだけ許して‥‥」
眼前に蛍火をかかげ、黒い炎を巻き上げ抜き放つ。その表情には狂気が宿っていた。
飛びかかってきた山羊角キメラを力まかせに縦一閃。地面に叩きつける様に両断――死骸を飛び越え、カンガルーの脚を狙い斬りつける。
「あはははっ! もっと私を満たしてよ!」
久しぶりに解放される狂気に酔いしれている、そう見えるほどにモココは次々と刀を振るっていた。
「負けておれんのう――」
鬼面バイザーを降ろし、ゆるりと舞踏のような踏込で前に出ると鉄扇を横に薙ぎ払う。真横に構えた鉄扇の上にはカンガルーの首から上が。
舞う様に自分の結界を作り上げ、踏み込むモノを容赦なく叩き伏せる華麗な動きの藍紗に、強引に力と速度と狂気で全てをねじ伏せているモココがたった2人だというのに14匹のキメラを圧倒していた。
「あれぇ? 私の身体ってこんなに軽かったっけ? ま、どうでもいいけどねっ♪」
さらに加速させ、とにかく敵に突っ込んでは刀を振るい続けるモココであった――。
走って逃げまわる美紅の後を、3匹のキメラが追いかけてくる。
「お助けー」
茂みの中へまたぐように飛びこみ、追撃してきたキメラも茂みの中へと足を踏み入れると茂みを大きく揺らし、前のめりに3匹とも倒れ込む。
その足にはワイヤーが絡んでいた。
「しょせんは獣であるな。飼い主そっくりなのである」
冷ややかに見下ろし、茂みを揺らしながら音を立て、その頭部に銃口を押しつけ発砲。18発の弾丸をすべて撃ちきると少しだけ憂さが晴れる。
「まったく、残党は殺すななどとは面倒な話なのである」
メイをからかうつもりが、思ったよりも人気者なのに興ざめして残党狩りに参加したものの、今度は依頼人の願いで強化人間は殺すなとのお達しに、ずいぶんと溜まっていたようであった。
静かになったロッジ――破られた扉から中を覗き込む2人の強化人間達は凄惨な大広間に思わず嘔吐する。
それはもちろん、ほとんど一方的に狩られたキメラ達の無残な姿にだ。
「遅刻かの? そんなコソコソせずに入ってくるといい、この檻の中にの」
入口の横の教卓から、鉄扇にキメラの頭部を乗せて完全武装の藍紗が告げる。
「大人しくお縄につくなら、よし 抵抗するなら死なない程度に叩き伏せるゆえ覚悟せよ」
藍紗に視線を向け、表情をこわばらせた強化人間の足元に、後ろからごろりとキメラの首が転がりこんできて、目を見開いて振り返ると、藍紗の対面側に蹴り足を上げたままのモココが笑っていた。
視線がモココに釘付けになっているうちに藍紗は扇嵐で竜巻を起こし、強化人間を1人天高く舞い上げ自分の前に落下させると、2つの扇で足を挟み込む。鈍い音と、短い悲鳴。
「そう簡単に死ねると思うなよ、死んで楽にさせる気なぞ毛頭ないからの」
踵を返した強化人間の前に、笑みを浮かべたモココがいつの間にか立っていて、足を撃ちぬく。
「ダメだよ? 逃げたらさぁ」
悲鳴を聞き、さらに楽しそうに顔をゆがめ続けざまに発砲を繰り返し、殺しはしないが存分に痛めつけていた。
目の前で仲間がなぶられ、扉の外にいた強化人間は逃げ出そうと後ろを向いたが、その足が撃ちぬかれる。
「降伏すれば、命までは取らんぞ? ‥‥死ぬほど痛いかもしれんが」
どこからかクラークの声が聞こえるが、その方向まではわからない。
だがそこであきらめるほど物わかりのいい奴らでもなかった。足を撃ち抜かれながらも駆け出そうとする。
「往生際の悪い奴らだ」
逃げ出す彼らの前にバイクでクレミアが横切り、その足元に弾をばら撒いてその前進を止める。
「本当に往生際悪いわね」
バイクを止め睨み付けると、生意気な事に睨み返してきた。もちろんそのくらいでは怯まない。
「なんだ? ミランダ警告でも読み上げるか?」
銃を構えたままゆっくり姿を現したクラーク。装甲服姿は十二分に存在感だけで威圧できる。
「なんだっけ、あなたは黙秘権を行使する権利を有するとかだったっけ」
「‥‥お前らが我々に権利など認めるものか――同じ化物のくせに!」
「よし黙れ‥‥それとも、『過激な話し合い』がしたいかな?」
少しは話し合いでもしようかとも思ったが、あまり面白い事は言いそうにない。
隙があるわけではないが強化人間は2手に分かれ逃亡を試みる――だが振りきれるほどの足は無い。
「逃がしわないわよっ!」
バイクで追いかけ追い越すと、後ろ向きにヘリオドールを構え、発砲。強化人間の目元にペイント弾が直撃し、視界を奪われた彼は悲鳴を上げしゃがみ込んでしまった。
そこに美紅が姿を現し、両腕と両足を順に撃ちぬいていく。
「お前らも大概あほであるな。さっさと投降しておけば戦争被害者で済んだものを」
もう1人は近かった森の方へと逃げたのだが、鳴子が逃げる方向を教え、その直後閃光と轟音が。だがそれでも足を止めない。
「やれやれ‥‥」
クラークが一瞬で逃げ惑う強化人間の前に躍り出た。片目を押さえながらどけと凄み、ナイフを振りかざして突進してくるが、その腹にクラークの蹴り足がめりこみ、悶絶して前かがみに倒れ込むのであった。
「銃だけではないよ」
猿ぐつわをかませ、布袋を頭にかぶせて拘束したあたりで、そこに1台の車が到着する。
「ふふーん、やはりもう終わっていたね。皆、ご苦労様だ」
「殲滅戦の方が、性分には合っているのだけどな‥‥」
「そう言うな、クラークよ。彼らには生きて伝えてもらわねばならん事もあるのでな――代わりではないのだが、そのうちに君の居住近くでキメラ狩りを君1人に任せるつもりだからね。その日までは我慢さ」
苦笑し、腰に手を当てたまま言葉がよく聞こえる様にと前のめりに、拘束されている彼らへ顔を近づける。
「君らは被害者であり加害者だ。そこには同情もせんし非難もせん――誰に扇動されたかは知らんが、君らに導く者がいなかった結果だろう」
「黒幕なんてものはいない。あるのはほんの僅かな悪意とボタンの掛け違えだけである」
大事を取ってミルの側で腕を組んでいた美紅が、口をへの字にしてそんな事をつぶやいた。その言葉にミルはゆっくり頷く。
「そうだな――だからそのボタン、私が正そう。君らのしたことを許すわけではないが、君らは生きてこの戦役の過ちを伝えていかねばならん。それがたとえ辛い余生であってもだ」
スッと腰をまっすぐに立てる。
「今はまだ私の牙は砥がれている最中だが、他の強化人間達にも伝えたまえ。君らを私が導くとな」
袋越しくぐもった嗚咽を漏らす強化人間達――そんな彼らに膝を折ってモココが語りかけた。
「急に変わることなんてできませんよ。あなた達も‥‥私達も‥‥でも、変われるように足掻いて生きましょうね」
立ち上がったモココはミルに少女らしい笑顔を向ける。
「また何か用事があれば呼んで下さいね。いつでも行きますので‥‥あっ!」
「敬語禁止と言っただろう、モココよ」
頬をつまんでみょいんと引っ張ると、モココは何か弁明しているが言葉にならないでいた。
「ふむ、イリーナもといボマー殿とイチャコラしておる間になにやら事件があった様じゃが、良き方向へ導かれた様で安心したのじゃ‥‥ところでミル殿は女もいける口かの?」
その質問に苦笑するだけで答える事が出来ない、ミルであった――。
帰り際、モココは学校の無事を確認――だが遠目から見るだけで、血濡れのまま純粋な子供達に会えないからと寂しそうに笑って去っていった。
そしてクレミアに校門へ呼び出されたエドワードが、こんな事を尋ねた。
「む、彼女に会っていかないのかね?」
「いいのよ。いつでも会える機会はあるんだから‥‥」
授業を進めているメイを遠くから眺めていた。その横で零奈がつまづいて転んだりしている様子に、ふっと笑みを漏らしバイクを走らせるのであった――。
『【落日】戦闘は最後かも 終』