タイトル:【落日】あの人に花束をマスター:楠原 日野

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/02/17 09:06

●オープニング本文


●カルンバ
 軍服に身を包んだ見た目は優男だが、首などを見るからにしっかりと鍛えられている若そうな男がこれまでの資料に目を通していると、やたら力強いノックが響く。
「どうぞ、開いていますよ」
 入ってきたのは白いスーツ姿に赤い縁の眼鏡をかけた少女――ミル・バーウェン(gz0475)であった。
「失礼するよ――おや、高官殿は‥‥」
「前任の方の事ですかね? 宇宙から帰ってきたおかげで人員が補充できた分、復興が遅れ気味なここを再編成する運びになりまして‥‥」
「ふむ――ずいぶん急な話だね?」
「ええ、まあ‥‥急を要する事となりましたといいますか――こちらの都合ですね」
 ほーほーと何度も頷くミルだが、どことなく白々しい。それは目の前の現・高官も感じ取ったらしく、なるほどと呟いては頷くのであった。
「ご満足いただけましたか?」
 その言葉でミル自身も色々と、彼が何を察したのか、察した。
「満足かどうかはともかく――そうなると君ならば、私がこのタイミングでここに来た理由はわかっているね」
「わかっているかどうかはわかりませんが、何となく察しはついています――ひとつ驚きなのは、ここの再編成にあたって意欲のある兵士のほとんどが、人も強化人間も殺した事のないという点ですね」
「ふふーん、復興にはその方がずっといいだろう?」
(そうなるよう、傭兵を中心に動かしたのだしな――変態の時はちょっと熱くなったが)
 得意げなミルを前に、目の前の男は実に助かりますねと小さく笑みを作った。
「さて、要件はわかっていそうなのでこれにて、だ」
 かわした言葉は少ないのに実に話がスムーズである事にミルは満足し、笑みを浮かべ手で会釈すると踵を返す。
「正式に資料をまとめ、あとで許可をもらいに来るので失礼するよ」

「あんなんで通じるのかね、お嬢」
 部屋の外で聞いていたであろうグレイが、そんな事を口にする。
「まあな。いい人材は宇宙に回されてばかりと聞いていたが、なるほどと私が納得できるくらいにはデキる男だね」
「‥‥で、ここの復興から手を引くってのは――」
「事実だ。引くというか、譲るのだね。とある世界で一番有名な大企業様に」
 背後で少しばかり渋い顔をするグレイの気配を感じ取り、苦笑してミルは続けた。
「君の思っている通り、これまでの功績も彼らのおかげという認識が広まるだろうね。今までいたのは子会社みたいなものだったのか、などど思われて――だが、それはたいして問題じゃない」
「ほう?」
「私自身の会社が撤退するでもないし、貿易も続けれる。しかも復興に関して、これまで以上にスムーズになるね。再編成でなかなかに優秀な軍と密な企業様、それに住民達の信頼度もだいぶ違うからかなり協力的だろうし、彼らに頼る事に躊躇もないだろうからな」
 自分の表向きの会社も決して小さくはないが、それでも業界的では知る人ぞ知るレベルで、老若男女誰でも知っている大企業から比べれば、胡散臭い会社と思われても仕方がないのだ――事実、胡散臭いのだし。
「それに、そのかわりに許可も貰えるのでね。結果的に、私のもう一つの目的は前進する事になる」
「許可と目的‥‥?」
 何の事かはわからないグレイ。おいおいわかるさとだけ、ミルは教えるのであった。
「だがね私がここで何かをしていた痕跡だけはしっかり残すつもりだ」
「なにをするのかね」
 くるりと振り返り、笑顔で両手を広げる。
「後世まで残るであろう、毎年恒例にする一大イベント――その名も『あの人に花束を』だ!」

●参加者一覧

/ ミア・エルミナール(ga0741) / 愛輝(ga3159) / 藤村 瑠亥(ga3862) / 錦織・長郎(ga8268) / キア・ブロッサム(gb1240) / 美具・ザム・ツバイ(gc0857) / 滝沢タキトゥス(gc4659) / 村雨 紫狼(gc7632) / 高縄 彩(gc9017

●リプレイ本文

●2月1日『あの人に花束を』贈る日
『あの人に伝えたい、送りたい言葉がある。贈って伝えてみませんか? 花束と共に』

 感謝してもしきれぬ、今生きている人、遠くへ行ってしまったあの人、そして亡くなった方――そんな人にメッセージを添えて花束を贈りませんか? 直接言葉で伝えてもいいし、カードでもいいから、日ごろ言いにくい感謝の気持ちなど伝えてみるのも悪くありません。
 もちろん、感謝の言葉だけでなく、伝えにくい想いを乗せる事も出来ます。
 あなたにはいませんか? そんな伝えたい相手が――。


 そこは昔、2人でよく歩いた公園だった。
 花も葉もなく、ただじっと暖かくなる日を待ち望んでいる木の蕾を見上げていた滝沢タキトゥス(gc4659)は、今の自分に近しいものがあるかもしれないと思いながら、花束を片手に待っていた。
(彼女を捨て、今日という日までずっと1人で耐えてきた――再び咲くとは思えないけど、それでもすがりたい)
「‥‥久しぶりだな、滝沢」
 声をかけられ振り返ると、昔と変わらぬ君がいた。
 金色の髪に、赤く冷ややかな瞳――だがその根が心優しい事をよく知っている。だからこそ余計に、すがりたかった。
「久しぶり――」
 自分が能力者になるのを反対した彼女。その時に離縁し、お互いにずっと連絡は取らないでいたから、久しぶりに連絡を取って会う約束まではこぎつけたが――正直、来てくれるとは思っていなかった。
 それほど、自分は酷い事をしたのだから。
 色々言いたい事はあったが、どんな言葉をかければいいかまとまっていなかった。見つめ合う僅かな時間で、何とか言葉を選び抜く。
「本当にゴメン‥‥もう今更、誤ってもダメなのかもしれない」
 スッと花束を差し出す。
「けど‥‥自分にできる事はこれだけだから」
 しかし彼女は、こんなものはいらないと受け取らず手で払う。花束は地面に無残な姿をさらす事となった。
「もう目の前に現れるな、滝沢‥‥迷惑だ」
 ――予想はしていた事だった。
 だから、怒る気もないし、泣きもしない‥‥ただ、寂しげに笑う。
「そうだよな‥‥今更ここに来たところで、あなたが許してくれるわけないか」
 無残な花束に自分を重ねる――心が苦しい。
 さすがにこれ以上はと踵を返し、彼女に背中を向けると別れを告げる。
「さようなら‥‥あと、今までありがとう」
 伏せていた顔を上げ、上を向いて歩き出すと、小さな声で続けた
「それと――ごめんなさい」
 その背に、意気地なしという言葉が投げられた気がした――気のせいかもしれない。だがもう決して振り返らない。
 視界が滲む。涙が自然と溢れ出てきたのだ。
 久しぶりの涙――だが、悲しいからではない。
(これでよかったんだ)
 過去への清算ができたその証を拭い、彼は迷う事無く颯爽と自分の道を歩くのであった――。

 明日で部屋に行くのは最後にする――ミア・エルミナール(ga0741)にそう聞かされた愛輝(ga3159)は花を買い、彼女が来るのを待った。
 チューリップやガーベラなど春の花が中心で、花束全体がオレンジ色で統一された明るい色の花束であった。
 ただ、女性に贈る花の代名詞とも言えるバラなどは入っていない。
「俺にはバラなんて洒落た花、似合わないからな」
 誰に言い訳するでもなく、花束を見つめて独りごちる。
 コンコン。
「お邪魔様っと」
 ミアが姿を現す。その手に花束を持って。
 そして彼女は部屋を見渡した。
 やさぐれ、やる気をなくしてドロップアウトのつもりで転がり込んだ部屋。それでも何も言わずにおいてくれた事に密かなありがたさと、居心地の良さを感じていた部屋。
 ――だがもう決めたのだ。自分は行くと。
 ライラックとヒャクニチソウ、ヒルガオで構成された花束――花言葉に意味はあるが、それはあえて言わない。決意が揺らいでしまうかもしれないから。
「随分世話になっちゃったね。ここが閉まったら、妹と一緒に従姉妹くっ付いて復興ライブで世界中を回るつもり」
 こんな時でも笑顔は見せない彼女――彼女が笑えなくなったのには理由があるけれど、彼女はその理由を墓場まで持っていくつもりだし、愛輝は自分ではどうする事も出来ないと思い、問いかける事はしない。
 いつの間にか笑顔を見せなくなった事は残念だし心配でもあるが、それが彼と彼女の関係でもある。
「そうか‥‥ミアに会えて良かった。色々と世話になったな、ありがとう。春には故郷へ帰るけど、どうか元気で」
 傭兵になった頃から現在までと、随分長い付き合いである。そこまで付き合いがあるのは、彼女だけだったりする。
 家族を失い孤独となり、自暴自棄気味に傭兵となった自分にとっては身近にいてくれる人は大切な宝のような存在なのだ。
 そして彼女はなぜかよく、そばにいた。そばにいてくれたのかもしれない――そこはわからないが、とにかく感謝している。
 それだけは伝えたくて、彼は言葉と共に花束を差し出した。
 本当は他にも伝えたい事はあるのだけれども、何よりも大切な存在だというのに、何もできない自分は彼女にとって不要なのだ。
 そう彼は考えているからこそ、伝える気は無い。
 そして、花束を受け取った彼女も。
(我ながら、どうしてこうなった‥‥なんてね)
「近くに行った時、顔を出せたらいいかな? だからさよならは言わない。言うのは『ありがとう』と、『また会おう』よ」
 彼女も言葉と共に花束を彼に差し出す。
 彼の表情は終始穏やかで、微笑みを浮かべていた。普段、表情の変化に乏しく、たまに笑ってたまに冗談を言う程度の彼が、ずっと。
「そうだな。また、会おう。日本へ来る時は教えてほしい。ライブを見に行くよ」
 花束を受け取り、2人の視線が交差する――。
「じゃ――あ、少し早いけど、誕生日おめでとう――それじゃあね」
 あっさりと視線を外し、部屋を後にする彼女。いつまた会えるかわからないというのに、さらりとしていた。彼も同様に、引きとめたりはしないであっさりと見送る。
 それこそがお互いの『覚悟』なのだ――。

 花屋の前で煙草をふかしながら、本を読み佇む藤村 瑠亥(ga3862)。
「お待たせしてしまったかしら」
 声をかけられ、本を閉じた瑠亥は声の主に視線を向ける。
 キア・ブロッサム(gb1240)――彼の大切な者。だが自分には恋人がいて、彼女も胸に秘めている相手がいるのを知っている。
(何かがどこかで違っていたら――いや、よそう。今互いに近くにいる、それだけでいいし、これからもきっとそうだろう)
 今回、恋人への花選びに付き合ってほしいという口実で誘ったのだ。それを彼女は快諾。そういう仲なのだ。
 それは彼女も同じく思っていた事であった。
(僅かに歯車がずれていたのなら‥‥ま、もしもを願う事はなく、今では笑い話ね)
 今回、頼まれて花を見繕いに来た――好都合である。
 彼は煙草を消し、本を懐へと。
「いや、待ってなどいない。今日はすまないな、わざわざ」
「いいのですよ。私と貴方の仲ですから、ね」
 短く数度言葉を交わし、2人は店内へと踏み込む。
 むせるような花の匂いに慣れない彼は少しだけ頭を振っていると、数種の花を眺めていた彼女が口を開いた。
「今は‥‥あまり御逢いできずにいるのでした、ね」
「ああ」
 短く頷く――だが、それ以上は何も言わないし、彼女も理由を聞こうとしない。今何を思っているのか、言葉にする必要がないから。
(彼女の事は知らぬ故、彼の気持ちを形にしよう、と‥‥彼女と作る未来――その日を待つ。そんな彼の想い‥‥)
「でしたら」
 そう言って赤と紫のアネモネの花を指し示し、店員に花を束ねてもらう。
 それを受け取り、両手を添えて瑠亥の前にそっと差し出す。
「赤は愛を‥‥そして紫の色に込めるは『あなたを信じて待つ』」
 瑠亥が手に取った所で、続けた。
「どちらの色も‥‥枯らさぬように、ね」
「ん、言われるまでもなくかなと‥‥約束も、あるのだしな」
(遠いかはわからないが確実にある先に、キアを招待するとな)
 花束を手に、カウンターに向かう瑠亥。包んでもらっているうちに、すでに決まっている伝えるべき言葉をメッセージカードに書き込み、花束へ添える――と、彼は花束を受け取りながら声を低く、小さくし、店員に述べた。
「彼女にも、一輪程度、見つくろってもらえるかな‥‥」
 待っている間ついでに自分の分もなのか、別の花束を作っている彼女へ視線を向けながら伝えると、店員は笑顔でわかりましたと、彼がこっそりと頼んでいるのを汲んでくれたのか、彼女の視界で目立たぬよう、自然な動きで一輪だけ抜き取ると、ラッピングしてくれた。
「キア、先に出てるからな」
「了解しました」
 花束で一輪のフリージアを隠しつつ、外へ――この一輪は今日の礼もあるが、これまでと、これからも共にいるであろう彼女に対しても、贈りたいと最初から決めていた。
 でも彼女はそれを主目的とするのは嫌がるだろうから、こうして回りくどい方法をとったのである。
「親愛なる、か‥‥やはりそれが一番しっくりくるな」
「なにが、でしょうか」
 丁度出てきた彼女が首をかしげるが、瑠亥は何でもないとだけ答えた。
 そんな彼の前に、花束を。黄色の薔薇の花束である。
 吉凶問わず多くの意味を持つ黄色の薔薇は、彼女の気持ちに最も合っていた。
(憎しみも、嫉妬も彼女に向ける大切な心。それが無くば――きっと今は無かったのですから)
 目を閉じこれまでの人生を振り返ると、他者など信用できなかった。だがそのはずの自分が、今こうしてここにいる。
(ただ数多の想いの中に一つだけ伝えたい言葉を添えるのなら、この薔薇は『深き信頼』を冠するのでしょう‥‥)
 だが、さすがに本人に直接渡すのは気恥ずかしい。
「御付き合いの礼代わり‥‥妹様へ届けて頂けます‥‥?」
「わかった」
 花束を受け取り――スッとラッピングされた一輪のフリージアの茎をキアに向け、差し出した。
「今日の礼も兼ねて。それと、キアにありがとうと伝えるために、なと」
 彼女は少しだけ目を見開かせると、微笑み、一輪だけのラッピングされた白い薔薇――花言葉がどうとかよりも、それはただ、彼女の一番好きな花――を同じように差し出す。
 考える事は、互いに同じであった。
「御互い‥‥次はもう少し巧く驚かせねば、ね‥‥」
 交換するかのように、受け取り、手渡すと瑠亥もフッと笑う。
「そうだな――ありがとう、キア」
 2人の間に礼以外の言葉は、もはや不要だから――。

 艶が押さえ気味の銀色スーツ上下一式、黒のワイシャツに白ネクタイの錦織・長郎(ga8268)が花束を片手に待っていた。
 彼の姿を発見し、金髪の女性が駆け出しそうになるのをこらえ、ゆっくりと歩み寄る。その表情は嬉しさを隠す様に口元が強張った、笑顔であった。
「ごめんなさい、待たせた?」
「古今、女性は男性を待たせるもの、そして男性は女性をいつまでも待つものさ。問題ないよ」
 肩をすくめ、いつもの低い笑みを漏らすと、彼女――ミル・バーウェン(gz0475)の部下、シスターが釣られるように自然と微笑む。手は後ろに隠して。
「それで、今日呼んだのはやっぱりお嬢のイベントに便乗?」
「まあ、そんなところだね‥‥便乗する形で申し訳ないが、そこは許してもらいたいね」
 シネラリアに赤と白の薔薇をメインにした花束。赤薔薇には複数の蕾を含ませている――さんざん吟味した結果だ。
 花束をシスターに向け、空いた手で眼鏡のブリッジを押さえる。
「シェリル君、君ならば銃後の備えも安心して居られるのでね。その部分も含めて共に前に進めると値するので、是非とも受け取って良い返事を頂けるかな」
 こういうのに慣れていない彼女は、きょとんとして首を捻る。何を意味するのかよくわかっていない、そんな表情だ。
「とかく、プロポーズというやつさ。こうして約束通り、花束を用意したのだよ――だから言わせてもらうかね」
 正面から、目を覗き込むように見据える。
「シェリル君、陳腐で拙い言葉だが――愛しているよ‥‥残りの人生、僕と共に歩んではくれないかね」
 ほんの数人しか知らない本名を呼び、かつて夢の中で向けた言葉を繰り返した。
 今にも涙が溢れ出そうな彼女は涙を堪え、何とか笑顔を作り上げる。
「喜んで――それと、これを」
 彼の言葉と花束を受け取ると、後ろに隠していた数本だけだが赤いクロッカスの花束を長郎に向けたのであった。
「愛しすぎるから心配‥‥それとも私を信じてください、かね」
 丁度調べていたので、花言葉がすんなりと思いついた長郎だったが、贈った本人が意外そうな顔をする。
「――そんな花言葉なの?」
 その直後、彼女は少し青ざめ、口元に手を当て眉根を寄せた。気分が悪くて吐きそうなのを堪えている、そんな感じが見て取れた。
「気分がすぐれないのかね」
 支えるように抱きかかえる長郎だが、彼女はほんの少し顔をそむける。
「‥‥ん、まあちょっと。こればっかりは仕方ないって言うか‥‥」
 言葉を濁しつつ、どうしようかなと呟き、口元と、腹部を押さえている彼女。
 長郎には思い当たる節があった。
 だからこそ、そういう場合も想定して用意しておいた大輪咲きしたピンクの薔薇を数本まとめた花の束を、彼女の顔の前に差し出した。
「何、責任を取れる大人の関係であるのは承知だから。その結果も面倒見るのが当然だね――まあ、早くても大丈夫さ」
 彼が何を察し、何を言いたいのか察した彼女はただ黙って頷き、彼の腕に身を預けるのであった――。

 海岸沿いの切り立った崖の上に、誰が立てたのか、名の記されていない追悼碑がそこにあった。
 その前に佇む村雨 紫狼(gc7632)はいつになく、真剣な眼差しで見つめていた――否、睨んでいた。
(数度、中にはたった1度だけの奴らもいた――だがそのたびに俺は命を懸けていたから、よくわかる)
 視線を外し、海の彼方、そして空の彼方を見据える。
(いったいどれほど生きてきたのか知らねぇが、あいつらはあいつらなりに必死に生きたんだ。そしてアイツらも滅びの運命を受け入れて、最後まで足掻きぬいた)
「善悪抜きにして‥‥あいつらの生命にだけは敬意を払う。だから俺はここに来た」
 花束を追悼碑に投げつける――『去って逝った友人達』に手向け。
「皮肉な話だが、俺をここまで成長させたのは隣にいた恋人や仲間たちでも、背中で守り抜いた無辜の人々でもない」
 お前達だったんだなと、寂しそうに呟く。
(だから俺は立ち止まらない。俺の命は、お前達の命でもあるからな)
 そしてフッと苦笑。
「こんな事を言ったら、背信行為だなんだと言われちまうだろうな‥‥」
「そうは思わん者もいるだろうさ」
 1人だと思っていた紫狼が振り返ると、そこには胸部装甲が可哀そうなミルが紫蘭を5本、手に持って立っていた。
「‥‥今、失礼な事を考えていなかったかね?」
「いや」
 シレッと答える――本人は本気で失礼ではないと思っているからだろう。
 胡乱な眼差しのミルだったが、コホンと咳を1つして横に並ぶ。
「まあいい‥‥言葉の節々しか聞いてはいないが、君が誰に手向けたかはだいたいわかった――そしてそれを背信とも思わんよ」
 黙って耳を傾ける紫狼。
「私とて、彼らにも手向けるつもりでいるのだしね――」
 紫蘭を一輪取り出し、追悼碑へ。
「楓門院、君の残した爪痕は深い――が、より強固に再生するためのものだったと私は思う事にする。人類がより強くなれる事に感謝する」
 今度は2本。
「ネマ、そして矢神。商人らしく自分の命すらも計りにかけ、人類に恨まれても、自分の命を無駄にしないよう自ら悪人となった君らには敬意を払う」
 そしてもう1本。
「津崎 渚、君の復讐に巻き込まれた者達は何とか無事だった。君の苦悩は忘れない」
 最後の一輪に軽く口づけをかわしてから、追悼碑へと。
「エリック――私は自分の罪を忘れない。そして迷わない。私が世界を平和にしてみせる。だから‥‥見ててくれたまえよ、私の愛すべき弟君」
 踵を返し、それでは失礼するよと紫狼を残して去っていった。
 残された紫狼はミルの後姿を見送り、平和かと、ポツリと洩らした。
「俺達が掴んだ『平和』が真実のものなのか、それとも上っ面だけの邪悪なものなのか‥‥」
 再び石碑に向き直る。
(先に地獄に逝ったあいつらに笑われないよう、俺の命燃え尽きるまで、この世界を守り見届けてやるさ‥‥じゃあな、ダチ公ども!)
 石碑に向かって紫狼が無意識のうちに取っていたのは『敬礼』の姿であった。
 涙こそ流さなかったが、無言なれど男の詩がそこにあった――奇妙な友情が、そこにあったのだった――。

「ミルやい」
 市内へと戻ったミルを出迎えたのは、白のタキシードに真っ赤なネクタイ白い山高帽と、通常から男装に近い恰好で美しさよりカッコよさを好む、美具・ザム・ツバイ(gc0857)であった。
 いつもよりも気持ち、パリッとめかしこんでいる。
 ただその手にある大量の真っ赤な薔薇の花束(推定100本)によって、顔が隠れてしまっていた。よく抱えきれているものだ。
「ミルには美具の、そして姉妹達からの感謝を贈ろうと思うのじゃよ」
「ほう、感謝とな――何に対してかね?」
「出会ってくれて、受け入れてくれて、そして共に生きて終戦を迎えれた事に」
 感謝の意を述べ、大量の薔薇の花束を差し出す美具。受け取ったミルは、ありがとうだねと愛しい相手に微笑む。
(まあ今後どんな感じに落ち着くかは想像の域を出んが、揺れることなく確固たるものになる事を願うばかりじゃ)
「あとはミルの親父殿にも、ちゃんとあいさつしなければのう‥‥」
 小さい小さい呟きにミルは首をかしげるが、美具は何でもないと言って1枚の――いや1束のカードを取り出す。
「姉妹からもメッセージがあるのじゃよ。全員分だと日が暮れるので、かいつまんで」
 パラリパラリとめくり、読み上げる。
「めんどくさかった。たぬきんぐさん、超かわいい。これからが本当の闘いなのです、お互いガンバ。遺伝子提供はいつでも歓迎であります――」
 そこまで読み上げたところで、ミルの後ろから誰かが抱きついてきた。
「見つけたんだよー、ミルさん」
 長い黒髪を揺らしギュッと力強く抱きしめるのは、高縄 彩(gc9017)だった。
 ほんの少し前、彩は花屋にいた。
(思い浮かぶ人は色々いるけどー‥‥やっぱり、ね)
 オレンジとピンクの薔薇、それに銀木犀とジャスミンを手にとり、それを店員に綺麗に仕立ててもらったのだ。
 そして一番渡したい人を探し――思わず飛びついてしまったりする。
「その声と、この弾力は愛しきふれんどか」
 声はともかく、後頭部に当たる弾力で判断できるほど、随分抱きつかれ慣れしてきたミルである。
 彩は一歩離れ正面に回り込み、照れ笑いを浮かべながら仕立ててもらったブーケを薔薇で埋もれているミルへと差し出す。
「ミルさん、あのね、えっと‥‥大好きだよ!」
 信頼と絆、感謝、初恋、私は貴女についていく――そんな想いが詰まったブーケである。
 花言葉にはそれほど明るくはないミルだが、その想いと花束を受け取り微笑みを浮かべ、ありがとうだねと嬉しそうに言葉を返す。
「き、気に入ってもらえるといいなー‥‥薔薇の2種類は出会ってこれまでに他の2種類は今とこれからに、なんだよ〜」
「ふむ‥‥花言葉かね。意味は?」
「そ、それはあとで自分で調べて欲しいんだよ〜」
 薔薇には詳しい美具だが、あえて言わない。他の2種類もなんとなくわかるが、やはりそれもあえて言わない。
 おそらく、自分と同じ気持ちであろうから――だから気恥ずかしくもあるから、言わないのだ。
 ‥‥急に照れていた彩が、手を合わせ、少しだけしゅんとして、重々しく口を開いた。
「ミルさんが大変な時に一緒に居られなくて、ごめんなさい」
 大変な時があの件だと察した美具は、ここでも口を挟まない。自分があの場に居れたのも運が良かったとしか言えず、もし居れなかったら今の彩と同じように思っていただろうから。
「そんな私だけど、これからも一緒に居させてくれたら嬉しいんだよー。今までちゃんと言えてなかったら改めてー」
 深呼吸1つ――意を決して言葉を続けた。
「ミルさん大好きだよ! あ、愛してるー‥‥」
 意を決したはずだが、どうしても言葉が尻すぼみになってしまう。しかも言ってしまった後、手で顔を押さえ1人悶えるのであった。
 しかし、ミルはちゃんと聞こえていたらしく、こちらもなんだか身悶えていた。
 目の前でいちゃつかれるとさすがに面白くないらしく、ずいと間に割って入り大型のハート形チョコを取り出す。
「メッセージの最後に美具の気持ちの証として、ミルにはこれを差し上げるのじゃよ」
 どう見ても、バレンタイン仕様のチョコ――友チョコ、義理チョコ色々呼び方はあるが、美具の気持ち――愛の証としてのチョコであった。
 それを大事そうに両手でかかえ、ミルに贈る。
 すると今後は彩が美具の頭上から、腰にぶら下げていた小さな鉢植えを両手で差し出してきた。
 プリムラ――和名をサクラソウ――の、鉢植えを。
「今月はミルさんの誕生日だよね、2月24日の誕生花なんだよ〜。花言葉は希望なんだってー」
 ニッコリ、微笑みかける。
「新しい1年にっていうより、これからずとっとミルさんが希望で照らされますように!」
 差し出された2人の確かな愛――それを迷う事無く受け取ったミルは、そのどちらにも唇を重ねた。人前だろうがそんな事、お構いなしである。
 相変わらずの不意打ちに、少したじろぐ2人。
「愛しているよ、2人とも」
 微笑みかけ、はっきりと2人の想いに応えるのであった――。

 少し薄暗くなった夜、お菓子の補充じゃんけんでわざわざ負け、2人を部屋に置いて夜の公園へと向かったミル。
 指定されたベンチに腰を掛けると、背後からクロッカスの花束が放り投げられ、ミルの隣にパサリと落ちる。
「まさか君からの呼び出しを受けるとはね、長郎」
 振り返る事無く部屋のドア下に置いてあったメッセージカードを指に挟み、後ろに向けて投げつけると、暗闇に溶け込んでいた長郎がそれを受け取った。
「シスターから聞いたよ。まあおめでとうと言っておこう――それとこの花の花言葉もね」
「くっくっくっ、ある意味この場に相応しいかね」
「で、まさかこれだけではあるまいな。公園の入り口に私の護衛がいるとは言え、わざわざ2人きりを願った理由が」
 振り返らず、淡々と語りかけるミル。それは親しい人間に向ける時のものと違い、表ではあまり見る事の出来ない『裏の顔』であった。
「当然だね‥‥さて、受け入れてくれた彼女は君からも僕からも共通項として『家族』の位置づけだろうが、君と僕との間で『契約証明書』とも取れる事にもなろうね。
 それを君と共通認識しておきたいね」
 シスターが聞けば怒りそうなことかもしれないが、それでもミルは黙って淡々と――いや、口元が歪み、楽しげにそれを聞いていた。
「で何を契約したいかは後日述べるが、僕自身は切り捨てられる立場になりうるのを自覚してるのでね、その安全策さ」
「なるほどね‥‥」
 一呼吸置き、低い笑い声を2人そろって漏らす。
「利用――実に頼もしい限りだ。契約内容はいくつか思いつくが、果たしてどれなのかまでは確証をえん。先が読み切れない話は実に楽しいな、長郎よ」
「くっくっくっ、まったくだね――とかく、僕も悪なのでね」
 花束を手に立ち上がるミルは、振り返る事無く小さく片手を挙げて歩き出した。
「では後日、だ。長郎よ――楽しみにしているよ」
 そして闇は静かとなる――。
(まさか今日という日でこんな展開になるとは、思いもしなかったな‥‥愉しい。実に愉しき日だった)
「さあて、せいぜいうかうかしてろよ、巨大企業共と宇宙よ! 私が引っ掻き回してやるぜ!」
 クロッカスを掲げ、帰路へとつくミル――お菓子の買い忘れでまた出る事になるのだが。

 こうして人により様々な出来事が起こったその日は、幕を閉じたのであった――。


『【落日】あの人に花束を 終』