●リプレイ本文
●理由
机に頭をこすりつけている冴木 玲(gz0010)の上司を前に、集まった面々は互いの顔を見合わせる。
最初に口を開いたのは、比較的この中では玲との面識が多い方にあたる榊 兵衛(
ga0388)であった。
「‥‥少尉殿でもしくじることがあるとは、な。別段功績が欲しいわけでもないし、裏方に徹するのも悪くはない」
その言葉で顔を上げると、兵衛に期待の眼差しを向ける。
「冴木少尉を必ず救出し、任務を達成して見せよう」
「まだまだバグアは残っているのだ、『武器』はまだ必要だろう〜」
それは承知したと言う事なのだろう。ドクター・ウェスト(
ga0241)が腕を組んだままそう告げる――が、それでも本心は別にあった。
(傭兵や軍への転向、『エミタ』除去の自由など与えず、今後のエミタの影響を観察するためにも全ての能力者を管理、処分すればよいのだよ〜)
バグアを憎悪している故にバグアからもたらされたエミタすら憎んでいる。とどのつまりそれを有する能力者も同列とみなして嫌っていた。だからこそ玲の力を危険視して、帰ってこない事を願っているかもしれないという上層部の意見には同意である。
だがそれでもまだ必要性のが高いから、不信感はあれども協力はする。
あとおまけに言えば――
「不安なのか、目障りなのか。飛び抜けた力があった所で、個人にできることなんて高が知れてるんですけどね」
新居・やすかず(
ga1891)がウェストの言葉を代弁する。
「結局は腰抜けの集まりってことだろ、上層部ってのは――それよりも、何故そんなミスを犯したのかが気になるな」
酒の席でとはいえ、自分をずいぶん痛めつけてくれた玲がキメラごときに後れを取っているのが不思議でたまらない須佐 武流(
ga1461)が、疑問を口にしながらも玲の上司を睨み付ける。
説明しろ――そんな視線だ。
「‥‥20年。そんな長い間共にしてきた家族同然の犬を、仕事の直前に亡くしたそうだ。親との思い出でもあると聞かされたこともある。
ずいぶん後悔していたな。忙しさのせいで前兆に気付かなかったこと、宴会だとなんだと自分だけ楽しんで死に目に会えなかったことをな」
玲本人は有名だが、人物像はあまり知られていない故の意外な一面。それが皆の感想だった。
「身内を無くされていた、ということなのですね‥‥」
他人の幸せを見ると、自分まで幸せになる性格なレスティー(
gc7987)。それはつまり感受性が高いということであり玲の悲しみもわかってしまうだけに、胸が苦しくなる。
(身内が亡くなった時に任務にあたるのは、何だかやりきれないわね)
やりきれないと感じたのはクレミア・ストレイカー(
gb7450)も同じであった。
だが説明を促した武流に関しては、憮然とした表情を浮かべたまま黙って部屋を後にする――それに続き、任せておけと言い残して兵衛が、仕方ないね〜と肩をすくめたウェストが出ていく。
今こうしている間にも玲が追い詰められている可能性があるのだ。これ以上の問答よりは即行動、正しい決断である。
レスティーとクレミアも続くのであった。
1人残ったやすかず――彼はこう切り出した。
「では出発前に少しだけお願いがあるんですが――」
●行動
「これから僕らが合流します。現在位置がどこかわかりますか、冴木さん」
ビルの近くに到着したやすかずは、会話できる状況か確認したうえで玲と無線で連絡を取った。
「助かるわ――現在、12階に降りてすぐの部屋ね」
「ではこれから向かいます。鈴の音がしたら、僕達が近くに居ると思ってください。それではどうか御無事で」
ほんの2、3言で会話は終了。身を潜め神経を研ぎ澄ませている玲の事を考え、努めて連絡は最小限に留めたのだ。
「そんなわけです、持っていない方はこちらをお使いください。頼んで貸していただきました」
そう言って鈴を差し出す。これが出発前の『お願い』であった。
兵衛とクレミアとレスティーの3人は自分で用意していたが、用意していないウェストが伊達眼鏡に、武流は手首に鈴を巻きつける。玲に伝えた手前、着けないわけにはいかないという判断のようだ。
これで全員に鈴が行き渡ったとやすかずは満足げに頷き、ビルを見上げた。
「行きましょうか」
薄暗くなりつつある通路を全力で駆け抜け、曲がり角の手前で壁に背をつけると、やすかずは鏡でカブトがいないかを確認してから皆に合図を送り、先へと進む。
いくつか部屋はあるが無駄な戦闘を避けるためにも寄らず、ただひたすら最短にして最速で階段へと続く通路を行くのであった。
「エレベーター待つよりかはこっちの方が早いか‥‥?」
「使用中に停止などの危険性があるならば、迂遠でも階段を使う方がいいだろうさ」
武流が口にした疑問を兵衛が答え、それもそうだなと納得する。
挟撃されないかと後ろに気を配っていたやすかずが、ある事にふと気がついた。
「ほとんどどうやら部屋にこもってるようですけど、僕らが通過した後は部屋から出てきてるみたいですね」
そして一定時間の経過で部屋に戻る、そんな感じでしょうかと続ける。
それならばこれまでにカブトに会わない説明にもなるし、玲が通った後なのに通路には出ていない説明もつく。
「行きはよいよい帰りは辛いって事かしら‥‥」
「という事なのでしょうね――冴木さんはわたくしがお守りいたします」
うへぇと顔を青ざめてうんざりするクレミアの言葉に、レスティーがほんの小さく笑いながらも、その目は決意であふれていた。
「そんな命令が組み込まれているのかもしれないね〜。ビルの外に一切いないのも、何かしらの命令が出されているままなのだろう〜」
研究者であるウェストにとって多少なりとも興味のある話だ――が。
(かといって停止させての研究など、虫唾が走るね〜。そんなものさっさと破壊してしまえばいいのに〜)
興味以上に憎悪が勝る。
そして突如足元から覚醒紋章が全方向に展開され、配列が変化するとエミタの力がさらに増幅、曲がり角を確認するでもなく跳びだすと、エネルギーガンを放っていた。
バシュン!
薄暗がりの向こうで青白い光が明滅――だが、まだ蠢く気配を感じる。
「ふむ、堅いね〜。超小型のワームといった感じだね〜」
並のキメラなら、今の一撃で十分に消滅していてもおかしくはないのだ。情報の通りである。
「KV並の外郭を持つというのなら‥‥こういうのはどうですか?」
やすかずが白銀の銃身で銃弾を撃ちだす――まっすぐに伸びた弾丸は膝関節を撃ち抜き、カブトの膝を折れさせる。
弾を替えさらにもう1発。
貫通力を増した弾丸はまっすぐにカブトの頭と胴体をつなぐ節、ちょうど外殻と外殻の隙間へ吸い込まれていった。
動きを止め怪しげな体液をまき散らし、その場に崩れ落ちていく。
「そろそろ暗くなり始めてきましたね」
まだ暗視スコープをつけるほどではないにしろ、もはや明るくはない。まさしくそれは一刻の猶予もない、ということである。
「急ぐかね。上に行けば今のような戦闘も増えるのだろうしね〜」
「榊古槍術、榊兵衛、いざ参る!」
武流の弓とクレミアの援護射撃をその背に受けて、ヘルムの外に付けた髪飾りの鈴を鳴らしながら、兵衛が槍を構えたまま突進する。
「榊の槍の冴え、その身でとくと味わうが良い」
関節部分に矢と銃弾を受けたカブト達の群れの前に詰め寄った。
カブトが腕を振るうが、それよりも外の距離から体重を乗せて踏み込む。
柄がしなり生きているかの如く軌道が変化する槍は、的確に首の付け根を貫き、時にはそのまま斬りおとす。
「ふむ、援護の必要性は特になさそうだね〜」
そう言ってウェストは壁に手を置くと、意識を集中させた。
エミタを通し、壁の向こうに居るであろう玲に伝達する。
「視覚情報までは送れないが、周囲の状況がわかれば、レイ君も楽になるだろう〜」
もうそこまで来ている。それが伝わるだけでも、だいぶ違うものだ。
やすかずが錫杖を鳴らすと電磁波がカブトを覆い、動きの鈍った所で武流が前に出る。
脚甲でその膝を蹴りつけ、膝が折れ完全に足の止まったカブト。その頭部を篭手で覆われた手で掴むと、直接電磁波を叩き込んで返り血に警戒してすぐに距離を取った。
前線の様子を窺いながらタイミングを計っていた、レスティーとウェスト。
クレミアの援護に合わせ、2人は部屋へ滑り込む。
もはや暗いと呼べる部屋に、じっとしている人影が――
「冴木さんですね、わたくし達は貴女の救助に来ました」
その言葉で暗闇の人影から緊張が解けるのがわかった。
「私なんかの為に迷惑かけて、ごめんなさいね」
自分をまだ責めている。そんな事が読み取れる玲の口調に、微笑みを浮かべていたレスティーの顔が引き締まる。
「長年の伴侶が亡くなられた悲しみ、良く解ります。ですが、もしメシアさんが同じ状況になってもきっと悲しむと思うんです。生きる事、それがメシアさんの想いに応える事になる。そう、私は思います」
「‥‥やっぱり、気落ちしているのがバレバレのようね」
「ん、無事だったようね――どう? 目は見える?」
援護をしていたクレミアも部屋に入ってきてそんな事を尋ねると、我輩が軽く診察しようと鈴を鳴らしながらウェストが玲に近寄り、診察を始めた。
「詳しく調べなければ分からないが、まあ、失明の心配はないだろう〜。とりあえず焼けただれた外傷くらいは治しておくかね〜」
ウェストが手を触れると、目の周りの火傷のような外傷がみるみるうちに小さくなり、すぐに元のきれいな肌に治るのであった。
たださすがに、目は開かないらしい。
(失明していれば後々楽になるのだがね)
口にこそ出さないが、内心、そんな事を考える。もっとも、心配がないと言ったのは自分なので、それはないだろうと少しばかり残念そうであった。
そんなウェストの心情などお構いなしに、レスティーが見せる様に頭に付いた鈴の髪飾りを玲に向け、チリンチリンと手で鳴らす。
「この鈴の音がわたくし達のいる証です。音で貴女を誘導しますね」
「肩を貸すわ」
通路と違って乱雑に物がある部屋では歩きにくかろうと、クレミアがそう申し出て返事も待たずに玲の腕を取り、肩を貸した。
「ごめんなさい、私の為に」
「誰にだって気の迷いはあるわよ。そんなに自分を責めないで」
通路に出ると、ご無事でしたかとやすかずが声をかけ、そこでも玲は頭を下げる。
それほどまでに彼女は、申し訳ないと感じているようだ。
この階のカブトはほぼ殲滅したのか、通路の奥から槍を肩に担いだ兵衛と武流が姿を現し、1人増えている事で安堵の息を吐いた。
「‥‥最悪の事態にならずにすんで安堵している。
任務は我らが引き継ぐので、大船に乗った気でいて貰ってかまわないぞ」
頼もしい事を言ってのける兵衛に玲が微笑んで、頼もしいわねと応えていると、横を通りかかった武流が肩に手を置いた。
「事情が事情なのはわかるさ。それについて忘れろとか悲しむなとか耐えろとかとは、言わない。
だがな――それは今じゃないよな。
まさか、一緒に付いてきてくれるなんてそんなの誰も望まないだろ普通。自分までここで死んでどうするってのさ」
肩から手を離し、階段へと向かう。
そして振り返らずに、続けた。
「全部終わって帰ってから、好きなだけすればいい」
常にレスティーが玲の側に寄り添い、玲を護ると同時に誘導していた。
時には横から不意に現れるカブト。
「冴木さん、前へ!」
とにかく玲に注意を払っているレスティーがその身を盾にするかのよう間に割って入り、盾でむしれやすい膝関節を叩いて無力化させるのであった。
敵と言えども自身の手で命は奪いたくない――それが彼女の本心だ。
「なるべくとどまらずに、通過したいものですね」
やすかずが後方を警戒しつつ、遭遇するカブトの関節や眼を狙い撃ち、動きを止めて通過する。
「けっひゃっひゃっ、我輩はドクター・ウェストだ〜。キメラごとき、我輩の道を止めるすべもなしだね〜」
多少数が多くても、ウェストの圧倒的な手数を前にカブト達はなす術もなくその身を焦がし、倒れるのみだ。
極力不殺を心掛けるレスティーはほんの少し辛そうな顔をするが、今は無用な問答をする時ではないと黙っていた。
倒すではなく脱出を優先し、なおかつ下に行けば行くほどカブトの絶対数も減っていったので、思いのほかすんなりと外に出る事が出来た。
もちろん玲に新たな外傷はない。
「あとは上に行った皆さんのご活躍次第ですね」
そうつぶやき、上を見上げるレスティーであった。
兵衛、武流、クレミアの3人が最上階にたどり着いていた。
着くまでに多少なりともカブトと遭遇はしたが、そんな程度で進撃が止まるほど彼らは弱くなどない。
「さすがは最上階と言ったところか」
部屋を開けるなり飛びこんだ武流が、少数の群れを相手に脚甲で振り下ろされる腕を蹴りつけそらしながら、拳に纏った電磁波を叩き込む。
頭はさすがに無理だったが、とれやすい間接を捻じりもいでは離れるを繰り返していた。
「俺の本気を見せてやろう!」
槍を持つ手が淡く光っている兵衛が前に出ると、目にも止まらぬどころか目にも映らぬ神速の一撃を急所に突き刺す。
一撃必殺。
こうなると兵衛は止まらない。
ランタンを構え室内を照らしつつクレミアが膝を撃ちぬき、動きが止まったカブトを突き刺す。
それだけでなくプラントへ続く道にいるカブトを、次々に屠っていくのであった。
兵衛の作った道をクレミアが駆け抜け、プラントへと到着する。
停止作業の間、鬼神の如き兵衛と武神の如き武流が多数のカブトを相手に圧倒していた。
「近づけさせんよ!」
「目障りなんだよ、お前ら」
2人が時間を稼いでる間に進む作業――フッとクレミアが息を吐いた。
「‥‥これで停止になったはずね」
「そうかい」
短く返事をした武流は何を思ったかプラントへ向って跳躍、翼の紋章を脚甲の周囲に舞わせるとその身を捻り、ドリルのような一撃がプラントへと吸い込まれていく。
ゴゴゴゴン!
決して小さいとは言えない装置だったが、武流の放った一撃により見事に大破するのだった。
「おいおい、任務は停止だったろう」
槍を突き出しながらも呆れた兵衛。
ゆっくり立ち上がった武流が振り返る。
「知るか。こんなもの、ない方がいいに決まってる」
実にもっとも。兵衛もクレミアも苦笑するしかなかったのであった――
●救出後
「そうか、破壊してしまったか――まあ今回は、目がやられていたためという理由があるから何とかはなるが、上層部の心象は少しだけ悪くなるかもしれんな」
報告を受けた玲の上司が苦笑。だが咎める事もなく、彼は玲を無事に助けた傭兵達を労う。
こうしてらしくもないミスを犯した玲は、無事に救出されたのであった。
『生き延びなきゃ―― 終』