●リプレイ本文
寒風吹き荒び、暗闇に砂塵が舞う。砂粒が装甲を撫で、ざあざあと音を立てた。
「良い月だ」
榊 兵衛(
ga0388)が機内から夜空を見上げると、そこには真円に近い月が浮かんでいた。月明りが砂の海を照らし、稜線を切り取る。砂丘の上から眺めた景色はなかなか幻想的だった。
これから幻想とは程遠い仕事をせねばならないのが極めて残念だが。
「まずは休息と情報収集とするか。敵が無人機なら夜間に奇襲する利点は少ない」
「ですね。あの中の敵はレックスに仕掛けたら出てくるのかな」
月影・透夜(
ga1806)と流 星之丞(
ga1928)は2つの建物を見下ろす。視線の先では2体の恐竜が互い違いに歩き続けている。
山猫型KVの中で幸臼・小鳥(
ga0067)の猫耳が力なく垂れた。
「命令者がいないのに‥‥ずっと守り続けてるん‥‥ですねぇー」
「まあ、それが兵隊蟻の役割だ」
井筒 珠美(
ga0090)機ロングボウは膝をつき、じっと観測装置を敵拠点へ向ける。暗視装置起動。モニタに白黒の世界が現れた。珠美が機体位置を微調整し、可能な限り姿を隠す。
「どうだ、敵の動向は見えるか?」
「クリア。事前情報通り」
「となると、やはり無人機に間違いなさそうだな。軍の情報にもう少し補足があれば言う事なしだったが」
シュテルンG――流星皇内で苦笑する白鐘剣一郎(
ga0184)。
それが聞こえた訳ではないだろうが、砂丘に身を隠す軍の同伴者が8機を見上げ、小さく何か独りごちた。
その言葉は誰も気付かず霧散する――事なく、秘かに軍人を注視していた龍深城・我斬(
ga8283)の知る事となった。
――さっさと片付けねえのかよ、ね。
そういえば、と我斬が思い返す。要塞でも時折刺すような視線があった。それは我斬個人というより傭兵に向けたもので、不信感、戸惑い、そんな眼差しだった。
「妙に刺々しかったな」
さらに思索に没入せんとした我斬を遮るように、ロッテ・ヴァステル(
ga0066)がスレイヤー――La mer bleueを暖機状態に落し、告げた。
「とにかく‥‥今は温存しましょう。先は長いわ」
夜討ちでなく朝駆けを選択していた8人。つまり動くまで10時間あるのだ。そうして8人は休憩と警戒に入った。
確かに朝駆けという選択自体は戦術的に正しい。しかし彼らは失念していた。できるだけ早く終らせてほしい、という軍の要望を‥‥。
●月と砂漠
全機暖機状態にしての待機を提案したロッテだったが、結局即応態勢を整えておくに越した事はないと兵衛や我斬らの主張する2班交代案が取られる事になった。
到着までの消費と合せ7時間相当の消費となるが‥‥。
「拠点規模を鑑みれば、それで大丈夫だろう」
剣一郎が暗い機内でシミュレートする。
星之丞機スフィーダは砂丘に伏せ、目標を見下す。卸し立ての機体が砂に塗れ、鈍く月明りを反射した。星之丞が操縦桿を操り、各部を駆動させる。
「きみの初陣、僕も頑張るよ」
「‥‥それにしても」
兵衛機雷電――忠勝は両膝をつき、背を伸ばした姿勢で微動だにしない。普通に腰を落しただけなのだが、武者鎧と兜で身を固めた忠勝がやると正座のようだ。
「こんな忘れられた拠点攻略に結構な精鋭が揃ったものだ。この面子ならばティターンがいても何とかなるのではないか」
「いや、7機いたら拙い」
「6機までは‥‥何とかなるんですかぁー‥‥!?」
しれっと言ってのけた透夜に突っ込む小鳥である。
と、小鳥のお腹がくぅと鳴った。無線からは反応なし。小鳥が「良かった誰にも聞こえてない」なんて安堵しかけた次の瞬間、
「レーションなら持ってるぞ」
唯一持参していた透夜が無残に希望を打ち砕いた。
「小鳥‥‥うとうとしておでこを打たないようにね?」
粥を少し貰った小鳥が機内に戻った直後の事だった。
「そんな事‥‥しないですぅー」
ロッテに抗議する小鳥だが、席の脇には枕常備だ。
ともあれ8人は交代制の警戒に入った。暖機中に仮眠を取り、2時間して交代。また2時間すると仮眠する。
その2周目、0210時。
珠美は暗視画面に映る朽ちた拠点を凝視しながら、4ヶ月の事を思い返していた。
長期契約で、主な任務は北アフリカでの哨戒や護衛。昔――陸自にいた頃のように、ただ一兵卒として任務をこなした。
それと、今この時。何が違うのか。ただの傭兵に戻ればまた復讐心が燃え上がるとも思ったが、そうではない。と言って全くなくなった訳ではなく‥‥。
「ん? 何かあったか?」
無線で息遣いでも聞こえたか、我斬が声をかける。珠美は「いや」と淡々と返す。
「恐竜の行進とキメラの観衆。何の変化もない」
「良い事だ」
兵衛は飽く事なく月を仰ぎ、嘆息した。
「‥‥これで酒でも飲めればもっと良いんだが、な」
●奇襲戦
0450時。
まだ日も昇らぬ暗闇で、8機は秘かに拠点の北、北東、東に分かれた。砂丘に隠れ、ゆっくりと機体を戦闘可能状態へ。排気煙が足元の砂を巻き上げる。闇にカメラが煌いた。低い駆動音が漏れる。
「時間だ。行こう」
剣一郎機流星皇が前傾姿勢のままその時を待つ。
そして0500時。北東2機を除く6機は、一気に稜線から飛び出した。
「狙撃なら‥‥任せろー、なのですぅー。リンクスの‥‥本領発揮ですよぉー!」
アンカーを砂に埋め機体固定。稜線から上半身のみ出した恰好で小鳥機の狙撃銃が火を噴く。レックスは丁度北東正面と、両施設の間。先に後者に銃口を向けるや進路予測、2発目が敵胴体を直撃した。
よろめく敵。そこに、剣一郎を先頭とした北班が突っ込んだ。
一方で珠美機ロングボウは北東正面の敵の脚を正確に撃つ、装填、撃つ!
転倒する敵。レックスが砂丘の上を向くより早く、東の透夜達が襲い掛かった。
が、銃声によって内部の敵にも気付かれたらしい。両施設向い合せの形である施設入口から、ゴーレムが2機ずつ姿を現したのである。さらには外のキメラ――猫が3体こちらに駆けてくる。
「幸臼、きみはゴーレムを。私は」
珠美機が稜線に立ち、機関砲を構えて言った。
「露払いをするとしよう」
透夜機ディアブロ――月洸弐型が先陣を切って東の斜面スレスレを滑空する。狭まる視界。目標は赤いレックス。ブースト、透夜機後方に噴炎が立ち上る!
「一気に懐に飛び込む!」
「キメラは私が処理するわ‥‥!」
ロッテ機が斜面を蹴って中空から銃弾をばら撒く。砂煙が一直線に伸び、立ち塞がった敵を屠った。その屍を越えて透夜機、星之丞機が瞬く間にレックスに迫る。敵が地に横たわったまま光線を撒き散らした。物ともせず突っ込む透夜。星之丞機が小跳躍で躱す。
「そう簡単には当りません‥‥この勇気の証に賭けて!」
跳躍の頂点、星之丞のマフラーが意志を持ったようにふわと浮かぶ。落下に合せて1.25インチを応射。敵が器用に立ち上がりつつ胴で受ける。その隙を衝き、
「――こっちだ」
スラスター制御、鋭角に潜り込んだ透夜機が、勢いままに必殺の槍を突き出した。
『――■■』
敵から漏れる機械音。一撃で土手っ腹に穴を抉じ開けた透夜の攻撃はしかし、それだけに留まらない。根元まで突き刺さった槍を引き抜き敵を前蹴り。後方へズレながら建御雷で斬り上げるや、止めに銃弾の嵐を降らせた。
爆散。暗闇に鮮やかな炎が浮び上がる。
ロッテが付近のキメラを掃討して透夜機に追いつき、声をかけた。
「一段と動きのキレ‥‥るわね」
「奇襲だっ‥‥。本番‥‥からだ」
雑音が酷くなっている。
3機は狙撃班に2度尋ねて情報を受け取り、他班の許へ急ぐ。
「おおおぉおおおおお!!」
敵はレックスとキメラ。丁度両施設の間、入口の見える位置。我斬機シラヌイS2剛覇が噴炎を曳いて斜面を駆け下り、前方へグレネードを射出した。
着弾。金属片が飛び散り炎が広がる。キメラが苦しみながらこちらへ来る。兵衛機忠勝が機関銃をばら撒いた。敵が散り、一筋の道が見えた。剣一郎機流星皇を先頭に3機が突っ込む!
暗闇に浮かび上がるレックスは緑。それを確認するや3機は知覚兵器に持ち換えた。地表を飛ぶ剣一郎機が練剣を振りかぶる。その時、視界の両端――両施設の入口から何かが出てくるのが見えた。その何かが横合いから銃弾を浴びせてくる。構わず兵衛がレックスに発砲。敵の応射が足元を削った。剛覇が跳ぶ。流星皇が肉薄する。そして、
斬‥‥!
流星皇が唐竹に斬り下し、剛覇は横に一閃。見敵必殺を体現した攻撃が炸裂した。
「RCを撃破、これより次にかかる」
油断も驕りもなく、ただ敵を討つ。熟練の操縦者らしい機動で、爆散の余韻収まらぬその場から間髪入れず跳躍した。直後、3機のいた空間に集中する銃砲火。
3人が左右を見る。入口に居座るのはゴーレム4機。うち、右の施設の1機が突如頭部を失った。一瞬遅れて銃声。
『私が‥‥援護しますぅー』
小鳥の狙撃か。判断よく剣一郎が操縦桿を倒すや、ブースター全開、右へ突っ込んだ。
「こっちは俺がやる」
「応!」
剣一郎は頭部を失った敵機前面へ着地すると獅子王を薙ぎ払った。凄まじい金属の悲鳴。漏電激しい敵機が無理矢理流星皇にしがみ付いた。もう1機が槌を振り上げ、諸共粉砕せんと振り下す!
脳を揺さぶる衝撃。しかし。
「少し、足りなかったな」
分厚すぎる『少し』を敵が認識するより先に、流星皇は槌を持った敵機を獅子王で貫き、絡みつく敵へ光線銃を叩き込んだ‥‥。
一方で左に目標を定めた兵衛と我斬は左右45度から敵2機を挟むように位置取ると、着地と同時に弾雨を浴びせた。敵が後退しつつ応射。迸る光線が暗闇を一瞬照らし、それが逆に2人の照準を確かなものにする。
間合いを測る2人。と、施設に完全に入らんとした敵の1機が躓き――もとい小鳥の狙撃で転倒した。それを合図に2機が詰める!
「前座の出番は仕舞いだ!」
我斬機剛覇の拳が唸る。敵腹部を下から抉ると、小爆発を起して敵が宙に浮いた。兵衛機忠勝の自動迎撃装置が火を噴く。すかさず我斬が合せて撃つ!
爆散。残る敵が剣を大上段から振り下す。兵衛は兜で刃を滑らせ、フットバーを踏み抜いた。千鳥十文字の連続刺突。基本に忠実なそれが頭部、胸部、腰部と敵を穿つ!
忠勝が槍を振ると敵機が塵の如く砂に転がった。それを一瞥し、兵衛は独りごちた。
「無人機とはいえ。ちったぁ骨のある奴はいねえのか」
●屋内戦
キメラを片付け、入口に集合する7機。珠美機が砂丘中腹で待機し、全体に目を光らせる。逆に入口には透夜機、我斬機が留まり、5機が内部に踏み込む事になった。
「宜しく頼む」
『うーい』
珠美は静かにカメラを走査させ続ける。
その時、漸く地平線の彼方に太陽の一部が見え始めた。とはいえまだ地上は暗い。暗視モードと切り替えつつ、20分、30分と眺め続ける。時折戦闘音が聞こえ、割れた窓にカメラを向けると、発射炎がコマ送りの如く内部を浮き彫りにした。
と。
「‥‥」
右の施設裏から何かが回り込んでくるのを『感じた』。素早く銃口を向ける。敵は砂の30cm下を掘り進んでいるようだ。照準を合せ息を吐くと、珠美が無感動に引鉄を引いた。低伸した弾丸は正確に敵を貫き、砂を吹っ飛ばした。
『敵か?』
「ああ。排除は完了している」
そして珠美機がじゃこ、と排莢したその時、左の施設を制圧し終えた5機が戻ってきた。
「構造は吹き抜け、工場のように様々な機器が‥‥」
行ってきた内部の様子を報告するロッテ。物陰が多い為、残る施設も同じ構造の場合、7機で制圧した方が早く安全に終りそうではあった。
『外は私だけで充分だ。緊急時は連絡しよう。救援が来るまでならばこいつで何とかなる』
珠美機ロングボウが砂丘中腹でミサイルポッドを掲げてみせる。かくして7機で内部に突入した。
中は、ひんやりとした暗闇だった。
7機から伸びる簡易的なライトが慰め程度に屋内の一部を照らす。先に制圧した施設では中央の中2階にCWが浮いていたのだが、こちらは違うらしい。一行は3機と4機でやや距離を保ちつつ、物陰から物陰へ移動する。
駆動音が妙に響く。足元の工具を蹴ってしまい、金属音が反響した。と、踏み出さんとした透夜機脚部に突然違和感。透夜が眉を顰めて操縦桿を倒した直後。
ガァン‥‥!
耳を劈き、目を灼く爆発。がくと膝をつく透夜機月洸弐型。見ると、床にスライムの死骸が散っていた。
「自爆か‥‥面倒な」
透夜が呟いたその時、どこかから銃声が響いた。
7機が各々咄嗟に回避行動を取る。銃弾が床や機械で跳ね、火花を散らす。音が反響して敵の位置が判りづらい。レーダーも不鮮明。7つの光芒が屋内を懸命に照射する。その1つに赤い影が一瞬映った。
刹那の判断。通常ブースト、メテオブーストを同時起動し、星之丞機が空気の壁を突破した。噴炎が淡く屋内を照らす。敵はタロス2機。うち1機に星之丞機が肉薄する!
「星々の煌きを乗せ、今打ち貫く!」
2階ロータリーのような所を横移動していた敵。その敵を、全ての力を乗せた槍が下から突き上げた!
が、敵は大剣を振り下して反撃。星之丞がペダルを踏み、槍を支点に回転。2階に着地するや槍で突く。敵光線が胴を直撃、大剣に左腕を両断された。我斬機が横合いから牽制射撃で敵を止める。星之丞機が正面から刺突刺突、漏電する敵機を渾身の力で貫いた。
爆発が周辺の機械を破壊し、数秒の光となる。
その間にもう1機に向かう魔弾3機と兵衛機。剣一郎が素早く砲口を向け引鉄を引くと、屋内に12本の光が迸った。敵機――角のようなアンテナを見るに指揮官機だろう敵機が遮蔽物を利用しつつ後退。剣一郎の光線が角を折った。小鳥機が雑多な物を避けるように中空に跳ぶや、重々しい大口径を構え、それを解き放った。
「命令から解放して‥‥あげますからぁー‥‥!」
轟音を響かせ、一瞬で敵機胴体に着弾するアグニ。敵がよろめきつつ遮蔽物に身を隠し、真上に光線を撃った。穴が空く施設。逃げる気か。兵衛、透夜が咄嗟に撃ちまくる!
「逃がさん!」「奴の足を止める! 行け、ロッテ!」
「了解‥‥やるわよ、ブルー」
ブースト、安定装置起動。跳躍から限界突破、ラダーを踏み込み機体制御。狭まる視界に確実に敵を収め、手甲作動。煌く大剣を脇構えに隠し、機体ごと突っ込む!
脱出せんと宙に浮いた敵。ロッテがスラスター操作、雷の如き機動で敵背後に回り、下から大剣をぶん回す。剣戟。そのまま勢いを駆って圧し掛かったロッテ機が、敵胸部に大剣を突き刺した‥‥!
盛大に機械の上に落ちる2機。埃が舞う。屋根の穴から少しずつ光が差してきた。
敵に動きはない。ロッテは機体を立たせ、息を吐いた。
「ふぅ‥‥良い機体だけど、まだ慣れないわね」
そして数分後、一行は頭痛の種だったCWを地下で発見し、撃破に成功する。
その後、再度施設を見回るも、敵影は無し。かくして忘れられた拠点での作戦は終了となったのである。
時刻は0620時。
軍の期待からは半日遅れた終了だった‥‥。
<了>