タイトル:乱れ散るは艶なる情熱マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/31 04:17

●オープニング本文


「あたしにもっと力を‥‥!」
 イタリア、某所。多少手狭な地下講堂に、ヴィレッタ・桂葉の声が響く。彼女は今、イタリアの親バグア派地下組織の一員である一人の老人に身を寄せていた。スパイ容疑でUPCに連行された彼を救う為。そしてそれを手助けしたULT、傭兵という存在に復讐を果たす為。その為ならば何でもできた。諜報活動を行い、地方でUPCの所業を公表する。求められれば身体すら捧げたであろう。精神さえ朽ちなければ、人は生きていられるのだ。たとえそれが、どんな事でも。
「お願い、彼を‥‥!!」
「まだ時機ではないのだ」
「そんな‥‥」
 いつなら彼を助けられるの。
 ヴィレッタは溢れ出そうな言葉を呑み込む。
 ここを離れれば、彼を――今はラストホープ精神病棟に閉じ込められているロドリゴ・トパラッティを助ける手立てがなくなってしまう。一度は侵入に成功したものの、もはや次に成功する確率はゼロに近いだろう。
 しかし。
「‥‥いつならいいんですか」
「‥‥私がより戦力を投入できる地位になるまで」
「ッそれはいつなんだよ!!」
「‥‥‥‥。すまないね」
 喉がイガイガする。思いつく限りの罵詈雑言を吐きたくて、それでも我慢しなければならない現状に。
「私がキメラを直接に管理できる立場にあればよかったのだが」
 ヴィレッタの横に座る老人が。言うなれば、彼こそが今のヴィレッタが生きる希望であるのだが。
「‥‥キメラを、管理‥‥」
 彼女は思いつく。手っ取り早い、その方法を。
 ああ。これできっと救える。
「分かりました。サヨウナラ」
 老人を見る彼女の目は、酷く濁っていた。

 ――夜。
 地下講堂隣の一室に、彼女はいた。
「‥‥ねえ」
 乱れた髪をくしけずり、ヴィレッタが言う。ベッドサイドの間接照明が、彼女の上気だった頬を残酷に照らす。
「今度、ね。あたしにキメラ、ちょうだい」
「ん――‥‥そうだな‥‥」
 男は横になったまま気だるげに生返事を返す。組織NO3。立案などを任される、実質的な組織の牽引役。だがそんな面影はこの場に微塵もない。ここには、色に惑わされた一人の愚かな男がいるのみだった。
「つよォいの。3コくらいね」
「あ――。何に使うんだ」
「心配しないで。他のはぐれキメラが出る所に買い物に行きたくて」
「ハ。キメラ避けにキメラ、か」
 手配しておく、と男。
「アリガト」
 もぞもぞとベッドに潜り込む。先にまどろんでいる男を見て、ヴィレッタも静かに目を閉じる。
 これで、誘き出す。そして1人を捕まえて彼を連れてこさせる。
 あたしさえいれば彼も目を醒ますに決まってる。起きて、あの声であたしの名前を呼んで。
「愛してる‥‥」
 その日、ヴィレッタは久しぶりに彼の夢を見た。

 ◆◆◆◆◆

 ラストホープ、本部。
 今日も今日とて情報の戦場と化したこの建物に、また新たな依頼が舞い込んできた。
 内容はキメラ討伐。3体のキメラが、ある街の郊外の丘に陣取っているらしい。今のところ動く気配はないものの、このままでは行商もできず、また住民の恐怖となるので退治して欲しい、とのこと。
 ただ一つ。未確認情報ながら、そのキメラに守られるように1人の少女が立っていたかもしれない、という点がなかなか興味深い。
 そしてそこに記されていたのは、ヴィレッタの街の名だった‥‥。

●参加者一覧

如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
佐竹 優理(ga4607
31歳・♂・GD
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
比良坂 和泉(ga6549
20歳・♂・GD
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
堂本透(ga8142
30歳・♀・ST

●リプレイ本文

 8人はその街に入ると、北の郊外を見渡せる街の適当なビル屋上に上がった。
「ここに降り立つのも三度目、ですか‥‥」
 比良坂 和泉(ga6549)が街を見下ろして。やはり初めて来た時より纏う雰囲気が締まっていた。
「因果というか、予感というか」
 と、ここである親バグア派の人間を巡る依頼をこなしてきたレールズ(ga5293)は複雑な表情を見せる。
「お前らもか。‥‥アイツ、だろうな」
 アンドレアス・ラーセン(ga6523)が呟くと、如月・由梨(ga1805)がじっと下を向いたまま同意する。街の名に聞き覚えがある傭兵は来いとの「彼女」の言葉無き意志を汲んでいたと言える。
 彼女と以前に接点のあるもう1人、佐竹 優理(ga4607)が、手すりに寄りかかり双眼鏡を覗いたまま声を発した。
「ラーセン君、大正解だねぇ」
 樹の下に佇む彼女――ヴィレッタ・桂葉を見つける。また懸念材料だった敵キメラ配置については、彼女の前にヒドラと一つ目巨人が並び、前衛と彼女の間に人間大の角付き弓兵がいるという単純な陣。上からざっと見る限り、今のところ周囲に他の影は見当たらない。勿論生い茂った常緑樹や稜線で掩蔽されている可能性を考え警戒は怠らないのだが。
 その情報に、アンドレアスが右足で屋上の縁を軽く蹴り、深く息を吐いた。
「やっぱりかよ、イカレ女‥‥」
「‥‥彼女は敵と成り果てたのでしょう」
 国谷 真彼(ga2331)が珍しく無機質な声で。しかしそれも一瞬。次の瞬間には、
「あ、これどうぞ。落ち着いていきましょう。猫を愛でるように」
 と普段の天使の微笑で堂本透(ga8142)に向き、照明銃を手渡した。
「‥‥‥‥。」
 真彼の謎の台詞に、若干こめかみを引き攣らせ受け取る透である。
「女としては彼女に幸せになってもらいたいところだが‥‥にしても」
 親バグア派か、興味は尽きないな。透が秘かに目を輝かせると、周防 誠(ga7131)が、
「必ず連れ帰る‥‥彼女自身の為にも、親バグア派の情報の為にも。逃がすわけにはいきませんしね」
 と双眼鏡を手に、黒髪を風に任せて応じた。
「‥‥彼女自身の為」
 それはどうする事なのか。どうすればよかったのか。由梨は揺れる瞳で郊外を見やる。そこには、少し違った未来の自分自身がいるように思えた‥‥。

●一気呵成
 8人は街でレンタルしたバンで大胆に正面から近づく。見晴らしの良い丘である以上、側背を突くのは余程上手くやらねば成功せず、ならば迅速に各個撃破を、との考えだった。丘の手前で降りる。中腹へ。120M。
「ヴィレッタさん、ですね」
 レールズの声が涼風に溶ける。相手は木陰でこちらを見下ろしたまま。艶やかな黒髪と甘めの黒衣が激しく踊る。
「大人しくこちらに来ては‥‥」
「ッお前らが壊した!!」
「くれませんね」
「罪を償って。彼を返して」
 問答無用。3体の敵が動き出す。
「キメラをやらなければ何も通じないでしょう。倒しても通じるか解りませんが」
 真彼が不機嫌そうに高出力銃を構える。ヒドラと巨人が肉薄する。
「では作戦通り‥‥!」
 誠も自身の愛銃を取り出し。
「了解」
 巨人には由梨と透、ヒドラには和泉と真彼がそれぞれ当たり、その間に優理、レールズ、アンドレアス、誠が後ろの弓兵を倒す。効率重視の作戦だった。
 散。一気に駆け出す!

「その目には効くだろう?!」
「っ迷いは、奥歯へ‥‥」
 巨人が透の照明銃に怯んだところに由梨が飛び込んだ‥‥。

「これも伝説のように不死なのか。試してみますか」
 多頭のうち3つの首が真彼の弾丸に弾かれた隙に和泉が大上段から斧を振り下ろす。
「此方の敵は俺が‥‥急いで下さい!」


 2つの巨体を抜け弓兵へ向かう4人。接近する間にアンドレアスが敵に超機械による呪縛を展開した、次いで誠の銃を強化する。
「お前らは後な」
「ラーセン君のイ・ケ・ズ☆」
 優理は軽口を叩きつつレールズと高速で間を詰める。そこに誠の携帯用大口径拳銃が火を噴く。緩やかとはいえ丘。巨体を足止めしている所からは十分な射線が取れず、近づく必要があったのだ。
 恐ろしい初速のそれは過たず敵の頭を撃ち抜くが、敵は踏み止まる。後退しつつお返しとばかりに前衛2人に射ると、さらに誠を狙う。優理の左肩を掠り、レールズがかわす。誠に向かった矢は風に流され足下に刺さった。
「遅い!」
 身を低く槍を前に突撃するレールズ。刃が肉を刺す鈍い抵抗。絶叫を上げる敵。
 さらに優理が正面からずれるように胸部を薙ぐと、足捌きで背後に回り渾身の力で袈裟に斬り下ろした。右肩から斜めに両断され、崩れ落ちる弓兵。
 レールズは優理の背後、あまりの速攻に驚愕するヴィレッタの姿を見た。銃は不自然に膨らんだ胸元か。しかし今はキメラの方を。
「周防さん、彼女の警戒もお願いします!」
 誠がそれまでの弓兵の位置――ヴィレッタと巨人の中間から援護射撃、3人は仲間の許へ舞い戻る。主武装の射程の長さが活きる形だ。
「了解。にしても、参ったね」
 こんなに簡単に片付くとは。敵ながら同じ後衛として、もっと粘れよと思わずにいられない誠だった。

●傭兵の2つの試練
 4人が弓兵に向かった時、一つ目巨人には由梨と透が相対する事になる。見事照明銃を敵の目にぶち当てる。目を瞑り左腕でごしごしと擦る敵。さらに透は由梨の月詠を強化する。
「まずは、キメラを‥‥!」
 全ての事は、それから。
 由梨が一気に巨人の懐に入ると、重力を感じさせぬ動きで敵の横に回り、赤く輝く刀身で腹部を斬り裂いた。低い声で呻きながら反撃する4Mの巨人。由梨の方に腕をぶん回す。それをあるいは避け、あるいは刀で辛うじて受け流す。もはや巨人の意識は2人にしかない。
 そこで透が巨人を弱体化させる。だが意外と素早い敵は何をしたのか、今度は雷光のように薄く体表が光りだす。透は知覚攻撃を試みるが敵は意を決したように不動。由梨に焦点が合う。
「ッ如月、退‥‥」
 透の警告も間に合わない。敵はそのまま足下の由梨を踏み潰さんとし‥‥、
 ガァン!
 巨人の後頭部を穿つ銃弾。よろめく巨人。誠の正確無比な狙撃が敵を撃ち抜く。
「ラーセン君!」
「待たせたな」
 蛍火を脇に構えて催促する優理。即座にアンドレアスが淡い祝福を優理とレールズの得物に宿らせる。
「如月さん、前後で!」
 レールズの意図を察して体勢を整える由梨。呼応して巨人の足を斬り上げる。
「――――!!」
 奇声を上げて倒れる敵。レールズが胸を、由梨が太い首筋を斬り裂く。
「‥‥先に向こうに行こっかねぇ」
 優理が蛍火を構えたまま寂しげに独りごちた時には、巨人は死出の旅についていた。

「此方の敵は俺が‥‥急いで下さい!」
 和泉が赤く光る斧をヒドラの首に振り下ろす。数は9。しかしその凄まじい第一撃で、縦に3つの首が斬り落とされる。続いて地に着いた斧を支点に一回転して胴薙ぎ。敵は痛みに身を捩らせるも、間髪入れずに爪を振るう。柄で受けるが勢いは殺しきれない。衝撃に腕が痺れ、気付くと小さく肌が切れていた。
「ッさすがに‥‥ですが荷が重かろうが、決めた事! やり通すまでです!」
 不意に敵は白く輝く息を吐き出す。まともに浴びる和泉。身を刺すどころではなく斬られるような極寒の息に、和泉は片膝をつく。牙で追撃してくる敵。辛うじて後ろに転がって致命傷を避ける。上着の肩口が赤く染まる。
「比良坂君、少し下がりましょう」
 真彼の声。同時に暖かい空気が和泉を包み癒す。
「胴体を見てください。落とされた首は復活していませんが、胴は次第に治りつつある。つまりある程度の再生能力があるんです」
 真彼が光弾をそこに撃つ。が、その弾痕も僅かながら塞がる。
「一気にやる必要があるという事ですか」
 素早く立て直す2人。そこに、
「あっちの巨人さん、私の出る幕なくて‥‥来ちゃった、エヘ☆」
 きょるん♪ 律儀に刀を胸の前に両肘で挟むポーズまでして優理が駆けつける。
「っ‥‥佐竹君。今夜、空いていますか?」
 ‥‥‥‥。
 3人の時が止まる。敵の咆哮が遠く聞こえた。
 ガガァン! 誠が今度はヒドラを穿つ音が、彼らを現世に戻した。
「‥‥冗談です」
 独特な空気を醸し出しつつ、多頭撃破の心積もりをする。真彼が静かに敵を見据えるや、敵の動きが目に見えておかしくなる。そして和泉の斧には祝福を。
「茶番は終わりです」
 真彼が中央の首を撃つ。だらしなく垂れる首。優理、和泉も間合いを詰める。
 優理が沈むように踏み込み、抜刀の要領で右下の首を斬り上げる。流れるまま逆胴そして逆袈裟の連撃。敵が後ずさる。そこに横から脳を破壊する攻撃が入る。
「盛大にイきやがれ!」アンドレアスが電磁波をメロディのように奏でて「比良坂!」
「い、イかせます!」
 和泉が若干無理して台詞を合わせる。そして嵐の如き猛攻。一撃、二撃、三撃。首を、足を叩き斬るその膂力に任せた攻撃に、敵はもはや耐えられなかった。どす。和泉が斧の先を地に置いた時、ヒドラもまた残る2つの首を地に横たえていたのである。血液を飛び散らせ、先に生命自体が終わりを迎えていたのだった‥‥。

●すなおなきもちで
 8人が3体のキメラを沈めた頃、ヴィレッタは木の幹に体を預け、茫然自失といった様子だった。さもありなん。彼女が全開で戦う能力者を見たのは初めてだったのだから。
 長短異なる2つの銃を持つ誠の監視によって、隙を突いての逃亡も不可能。手詰まりだった。
「‥‥ヴィレッタさん、あなたを拘束します。キメラの件、組織の件。訊かなければならない事が山ほ‥‥」
「触れるな化物ッ!!」
 バンに連れて行こうとしたレールズの手を振り払う。その反応に8人の大半は、処置無しといった表情。
 イカレ女、か‥‥。アンドレアスは車までの短時間でも、と突き抜ける青空に背を向けるように煙草を咥えた。
「ま、オハナシは前から関わってる連中に任せるよ。あたしは親バグア派組織の事でも聞ければいい」
「今の桂葉に言ってやれる事なんざ、無いよ‥‥」
 透と優理が先にバンに向かう。それを見て、他の者も周囲を十分に警戒した上で戻り始める。
「親バグア派組織に繋がる鍵ですから、これからUPC等で尋問が続くでしょう。多少理不尽な方法でも」
 真彼が有無を言わさず服の上から簡単に身体検査して銃を取り上げると、腕を取り車に連れていってやや乱暴に放り込んだ。全員が乗り込み、和泉が車を出す。走行中に仮に襲撃を受けたとして、即座に対応できるのは遠距離攻撃のできる者に限られてくる為だった。
 高速艇へ急ぐバン。
「あたしも彼みたいにするわけ。あは。美しい『希望』! あはははは」
 ヴィレッタが凄惨に嗤う。右隣の由梨が沈鬱な表情で、しかし意を決して口を開く。
「‥‥私は。貴女を救いたいのです。出来る限りの事はします、何か‥‥」
「救う? ありがとう、その白い肌と女の証を引き裂かせて? あはは」
「っ伝わるんです、貴女の声が、痛い程に! 私も貴女の状況だったら‥‥」
 儚い叫びが響く。
「じゃあどうしてUPCに加担するの?」「私は、目に見える人を‥‥」
「じゃあどうして彼を連れ去ったの?」「それは、それが正‥‥」
「じゃあ、どうして、あたし達の幸せを、奪うの?」
 エンジンの音が妙に大きい。由梨は言葉を選ぶように。
「私は幸せを奪うつもりはありません。少し協力して下されば‥‥」
「お前らに協力なんて! あたしはあたしの力で、幸せな日常を、彼を取り返す‥‥ッお前らから!!」
「‥‥貴女がいないとロドリゴさんも、以前の日常も戻らない、私もそう思います。でも」
 貴女のやり方は間違っています。由梨がそれだけは断言するように。ヴィレッタの嘆きが耳朶を打つ。
「ッじゃあどうすればよかった!!? お前らは彼を利用するだけ、あたしは何も知らない状況! ねえ?!」
 藁に縋って手に入れた彼の情報。しかしその藁が麻薬で、いつの間にか逆に絡めとられていた。そんな時にどんな選択が出来るだろう。
「協力すればよかったんです」
 左隣のレールズが表情を抑えて。
「いえ、今からでも素直に協力してくれれば、出来る限りの待遇は保障しましょう」
「お前らが、今さら‥‥ッ!」
「いいですか? あなたも彼も、人を殺してないし最重要機密を漏らしたわけでもない」
 そんなレールズに真彼が「敵対した人間に甘いですね。ですが」小声で面白そうに耳打ちする。
「僕の興味は親バグア派の持つキメラの情報だけです。彼らを潰す事が、結果的に円満な解放に繋がりませんか」
 助言を受けてレールズがさらに畳み掛ける。
「逃げて帰っても、勝手に動いて捕まったあなたを組織は許さないでしょう。今のあなたの選択肢は2つ。独り檻の中で暮らすか、協力してUPCの保護下で彼と幸せに暮らすか。どうしますか?」
「っ‥‥彼をあんなにした、お前らが! あたしは赦せないの‥‥! この手で仇を取‥‥」
「仇、ね」
 窓際のアンドレアスがぴくりと。続くように由梨が語りかける。
「あなたは私達に復讐したいのですか? 彼と幸せになりたいのですか?」
「っそんなの、幸せになるその為に、お前らを殺‥‥」
「私は貴女の幸せを、手伝います」
「俺は、あなた達を助けたいんですよ」
 レールズは打って変わった微笑で。信じてくれませんか。由梨は彼女の手を取る。体温と共に想いも伝わるように。
 代償など何もなく触れられるその温もりは久しくて。優しく、強く。華奢な指で、自分が冷たいくせに氷を溶かすような。熱すぎて、どうしようもなく。
「っ‥‥幸せに、なりたい、の‥‥」
 愛してる。愛してる。ああ。何でこんなになったんだろう。
「たす‥‥て、‥‥ねがぃ‥‥!」
 耐えてきたものがとめどなく溢れて黒衣を染める。澱みを洗い流そうと。ただただ嗚咽が響く。その声は細く今にも折れそう。
 そこにいるのはただの少女。必死に幸福を掴もうと足掻き間違ってしまった彼女は、近くの藁ではない、手を伸ばした先の確かなものに触れたのである。
「きょう‥‥く、します」
 未だしゃくりを上げて。安堵する一行。
「お前ら、すごいお人好しだな。‥‥俺もあんま人の事言えねえんだけどよ」
 アンドレアスが2人に笑いかける。これで組織も潰せ、さらに‥‥。
「ここで終わりなら良かったんですが」
 和泉が運転席から空を眺めて。
「あれだけのキメラを簡単に与える。監視がない方がおかしいですね」
 真彼も溜息。見れば、後ろと横の空から結構な数の蝙蝠らしき黒い塊が。真彼、優理、誠が窓際になると、身を乗り出し発砲する。アンドレアスと透は近づく蝙蝠を超機械で狂わせ、由梨とレールズは彼女を落ち着かせる。
 アクセルを踏み込む和泉。激しい銃声と蝙蝠の奇声の中、派手に蛇行しつつ蝙蝠とチェイスを繰り広げる。そうして無事彼女と共にLHへ帰還したのは、9時間も後の事だった。

<了>

「は、ぃ。組織の場所は――――」