タイトル:ソラの家族マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/27 01:06

●オープニング本文


 地球と月を結ぶ大回りの軌道。その途上に、鋼鉄の彼女達はいた。
 目的地は地球から見た時に月の裏側となるL2にある物資集積地――L2D。輸送艦は腹にたくさんの物資を詰め込み、静かにL2へ突き進む。
 そしてそれを護衛しているのが、エクスカリバー級巡洋艦――カリブルヌスだった。
 でっぷり太った重装甲。その姿は『田舎のおっかさん』を髣髴とさせ、好意的に言えばクルーにとって親近感が湧く‥‥かもしれない艦である。
 カンパネラの宇宙港を出て早数日。
 彼女達は敵と遭遇する事もなく、ただひたすら目的地へ向かっていた‥‥。

「異常は?」
 その『おっかさん』の艦橋で、艦長――ゲイリー・ジョーンズ中佐はもったいぶった口調で尋ねた。若い男性士官がコンソールを叩いてレーダー等を改めて確認する。
「ありません、艦長」
「うむ」
「うむ、なんて似合わないです、艦長」
「‥‥」
 茶化してくるのは新人女性通信士、アーシア・フレーニ少尉。悪い意味で度胸が有り余る新人少尉だった。
 中佐が咳払いして警告する。
「任務中だぞ、少尉」
「は、申し訳ありません!」
 素直に謝罪してくるところがまた逆に胡散臭い。
 中佐は盛大にため息をつくと、眉間を押さえて席を立った。と、慣性航行中で無重力だった為、ややバランスを崩しそうになる。それを見た少尉がくすと笑いかけるが、中佐がキッと睨みつけて封殺した。
「副長、後を頼む。何かあれば艦長室に通信を繋いでくれ」
「了解」
 敬礼してくる副長。中佐は軽く答礼すると、疲れたように艦橋を退出したのだった。

 ◆◆◆◆◆

 同じ艦船に乗り込んだクルーはいわば家族のようなものだ、とはよく言われる事である。
 それは臨時召集されて乗り込んだ傭兵達にも適用されるようで、傭兵達がサロンで寛いでいる時にもクルーから話しかけられる事がしばしばあった。
 そんな、和やかなサロンの一角で。
 20歳を少し過ぎた程度の男性クルーが、何やら悩ましげに頬杖をついてぼんやりとしていた。
 同じテーブルに座る同僚が声をかける。
「ヘイ、どうしたダニー。『おっかさん』に何か異常でもあったのか?」
「いや、違う。そういうのじゃないんだ‥‥」
 ダニーと呼ばれた彼が、ぽつぽつと言葉少なに語る。傭兵達の幾人かの耳に、何とはなしにその話が入ってくる。
 曰く、先日のレクリエーションで艦橋勤務の女性少尉に惚れただとか。しかしそのアーシア・フレーニという女性少尉は、妙に艦長と仲が良く見えたのだそうだ。
 いち機関士である自分と、順調に艦長まで出世している男。流石に勝ち目はなさそうで、アタックする気も起きないが、かといって簡単に諦める事などできる筈もなく。けれども100%負けが決まっている戦いを仕掛けるのもつらいわけで。せめてヤケ酒でも飲めればいいのだが、長期航行を予定しているせいでそれもできない。
 こんな気持ちは初めてだ、とか何とか。
「どうしたらいいんだ、ジル」
「そりゃ、お前」
 諦めきれないなら、どんな結末になるにしろ突っ込むしかない。が、ダニーにそんな勇気はなさそうだった。
「‥‥、宇宙で風俗でも見つけて行くか! もしかしたらバグアさん(人妻)がいるかもしれんぞ、おいおいその時は俺もご相伴させてくれよ兄弟!」
「いくら何でもバグアを抱く気にはなれないよ‥‥」
 何とも微妙な空気が流れるテーブルである。
 ともあれサロンの時間はゆっくりと流れ、勤務外のクルー達は各々その時間を楽しむ。
「しかしKVの本格整備ができないのはつらい‥‥」「確かにその辺、整備班としてもやり甲斐がねぇなぁ‥‥」
「調査艦隊の方はどうなってるんだ?」「最新の情報では‥‥」
 そんな心地良いざわめきの中、傭兵達は静かに席を立った。

 艦長室。
 艦橋から戻ってきたゲイリー・ジョーンズ中佐は、慎重に椅子に腰掛けて背もたれにぐっと体重をかけた。天井を仰いで瞼を閉じ、一息ついてから机の引き出しを漁る。そして錠剤タイプの頭痛薬を取り出すと、水も使わずそのまま飲んだ。
「はぁ」
 机の上には家族の写真が収められた写真立てが固定されており、中佐はそれを見て心を休ませる。
 写真の中の妻と息子はいつも無垢な笑顔を向けてくれる。かけがえのない生き甲斐だ。
 声が聴きたい。肌に触れたい。匂いを確かめたい。4歳になる息子と一緒になって妻の柔らかな胸に顔を埋め、怒られたい。
「‥‥はぁ」
 全く、誰でもいいから少尉を教育してくれ‥‥。
 目を瞑って呟くと、中佐はまどろみの中に落ちていった。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
マヘル・ハシバス(gb3207
26歳・♀・ER
舞 冥華(gb4521
10歳・♀・HD
御法川 沙雪華(gb5322
19歳・♀・JG
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA

●リプレイ本文

 落ち着いたサロンのざわめき。
 それを吹き飛ばす勢いで近くの卓に詰め寄ったのが、村雨 紫狼(gc7632)だった。
「まーグズグズ言ってやがるのが聞こえてきた訳だが!」
 乗り移るかの如くダニーに肉薄した紫狼は、そのままドカッと椅子に腰を下して責め立てる。
「お前さあ、ここにゃ麗しい女子がいっぱいいるの。そんな子達に情けねーグチ聞かせてーの?」
「ヘイ、待て待て傭兵さんよ。いきなりその態度はないんじゃないか?」
「っとわりー、俺村雨ってんだけど、で――」
「自己紹介すりゃいいって問題じゃ」「いいよ、ジル」
 突っかかろうとする同僚を制止し、ダニーが紫狼に先を促す。すると紫狼は「よしきた」とばかり本題に入っていった。

 その光景をマヘル・ハシバス(gb3207)は眺め、ダニーの事は任せますかと柔らかく目を細めた。
「男の人は元気ですね‥‥」
「そうでもないかと」
 返したのは御法川 沙雪華(gb5322)。
 言われて改めて周囲の様子を探ってみると、確かにサロンには『落ち着いた』というより『閉塞感』と言える気配が見え隠れしていた。暗黒の宇宙が侵食してくるような、そんな重さ。
 耳を澄ますと、なんと艦長まで覇気がないとか何とか噂話まで流れている。
「どこもこんなもんじゃないか?」「心に彩りは必要かもしれないわね」
 それを見て取った時枝・悠(ga8810)と智久 百合歌(ga4980)が、同時に正反対の感想を告げる。思わず百合歌が苦笑した。
 そんな2人の間にいた舞 冥華(gb4521)は、何を思ったかこんな事を言い出した。
「ん、冥華いちおーあいどるさんだからみにらいぶするー」
 ‥‥。
 ‥‥‥‥。
「冥華がお歌うたう。やろーども、じゅんびしろー」
 偶然、丁度、百合歌と視線を合せて、言った。
「誰が野郎よっ」
「ん、百合歌もいっしょにする? 悠もがんばるってきーた」
「どこで聞いたんだ‥‥」
 気怠げな悠だが、演奏が必要だというなら吝かではない。悠が荷の中のケースを一瞥した時、百合歌が「ユニット結成ね」と声を弾ませ賛成した。

 ミニライブの報せは瞬く間に艦内を巡る。そしてそれは競技室で準備体操していたロッテ・ヴァステル(ga0066)の耳にも入ってきた。
「じゃあそれまで汗を流しましょうか」
「了解です! あ、私が能力者じゃないからってハンデとかナシで。戦力になってみせます!」
「よく言ったわ。よろしくね」
 意気軒昂なアーシア・フレーニ少尉にロッテが微笑む。相手チームは『伍長』とかいう能力者や以前プレイしたエリカ等、曲者揃い。ポインター勝負も白熱しそうだ。
 が、その前に。
「少尉が気概を見せたところで。小鳥‥‥貴女は何してるの?」
「ふぇっ!?」
 突然の名指しに、通路で人混みに揉みくちゃにされていた幸臼・小鳥(ga0067)はびくんと跳ね上がった。拍子に天井と激突したが、それはスルーして小鳥が入室する。
 ‥‥その懐が、異様に膨らんでいた。
 ロッテが刑事宜しくまさぐると、そこには、
「チョコ、ね」
「っななな何も‥‥ないですよぉー?」
「‥‥賭博」
「物々交換‥‥ですぅー」
「成程ね。ところで小鳥はどっちに?」
「折角なので‥‥私はこのロッテさんの扉じゃなくてチームを選‥‥にゃぁっ違いますぅー!」
 まんまと自白した小鳥をロッテがデコピンし、試合の準備に入る一行。
 そして試合開始を告げる機械音が鳴った――。

●家族模様
 サロンは急遽ライブ会場へ変貌していく。面白がって手伝う者がいれば、邪魔するまいと退避する者もいる。そんな空間のど真ん中をパネルが横切っていく。
 冥華監修の設営が順調に進む中、マヘルは医務室へ向かう事にした。次いで沙雪華が退出せんとした時、
「どこか行くの?」
「えぇ‥‥チラシでも作ろうと思いましたが、航行中では難しそうですので‥‥ウグイス嬢のように宣伝しようかと」
「私もお供していいかしら」百合歌がヴァイオリンを構え、小首を傾げて「ね?」
 実演があった方が格段に宣伝効果はあるし、しかも百合歌の演奏欲も満たされる。万々歳だ。かくして2人きりのちんどん屋が出陣した。

「で、だ」
 騒然としたサロンの片隅。紫狼達は周囲が見えないかの如く男だらけの恋バナに花を咲かせる。
「艦長とオペ子ちゃんがデキてる裏付けは?」「それはないけど‥‥」
「コクる予定は? 段取りは? そもそも頑張ろうと思ったか?」「‥‥だから俺なんかじゃ無理で‥‥」
「ッだーもうなに自己完結ってんだYO!」
 焦れたように自らの頭を掻き毟る紫狼。ジルが落ち着こうぜとジェスチャーするのを無視し、紫狼は卓をバンと叩きつけた。
「明日には宇宙の藻屑になるかもしれねーんだぜ!? グズグズするなよ!!」
「解ってる、解ってるさ‥‥」
「だったらよー‥‥ッ、これを見ろ!」
 煮え切らないダニーの前で、紫狼が懐から何かを取り出す。勢いよくそれを掲げると、紫狼はその妙に巨大なチョコをまるでそれ自体が愛する人であるかの如く、熱烈に告白した。
「俺はッ! 嫁がッ! 宇宙一ィッ! 大好きだああああああああああああああああ!!」
「‥‥」
 きっと彼女か誰かに貰ったのだろう。それはまぁ、理解できる。
 とはいえダニー達、唖然だ。周りで作業していた人も何事かとチラ見してきた。が、構わず紫狼は主張する。
「お前は胸を張って彼女への愛を叫ぶ勇気はあるか! 俺には、ある!」
「それがないから諦めてるんだけどね‥‥」
「愛って何だ? そう、躊躇わない事。違うか?」
「う、うーん」
 若干引き気味なダニー。同僚ジルがぼそっと「いや食ってやれよ」とツッこんだ‥‥。

 ――一方その頃同じくサロンの片隅にいた悠は!
「あー、ドーナツでもないかなー、もちもちの」
 ちびちび水を飲みながら設営作業を眺めていた‥‥。

 こんこん。
 マヘルが控えめにノックすると中から「入れ」と返ってきた。水と珈琲、2つのボトルを持ち、マヘルは慎重に入室する。
 薄暗い室内。ベッドと机と棚があるだけの簡素な部屋で、棚にも本等の私物は殆どない。
 椅子の背もたれに体重をかけた姿勢のまま艦長が口を開く。
「確か‥‥臨時召集した傭兵か。どうした」
「医務室で見かけたものですから、飲み物の差し入れに」
「あぁ、すまんな」
 適当に返す艦長。独りにさせてほしいと言外で露骨に語っていたが、マヘルは敢えて無視して扉を閉め、机の前に立った。
 ボトルを手渡す。
「ここだけの話にします。ですから話してみませんか?」
「‥‥ん、ああ。実は最近宇宙ガエルがベッドに現れてな、寝不足なんだ」
「艦‥‥いえ、ゲイリーさん? 私は、真剣に話してます。私は軍の人間ではありませんし、貴方も休憩中でしょう? 1人の人間として、会話を楽しむのは如何ですか? 例えば」
 マヘルが机上の写真立てを一瞥し、やや悪戯っぽく微笑する。
「ご家族の話、とか」
「勘弁してくれ‥‥今それを話すと貴重な水分が流出しそうだ」
「そんな一大事に備えて」
 水を持ってきたんです、とボトルを指差すマヘル。ぽかんと彼女を眺めていた艦長は暫くして負けたとばかり苦笑し、珈琲に口をつける。そして舌でしみじみ味わうと、艦長がゆっくり話し始めた。
 ただでさえ裏方では満足しないクルーも多い上、割と長期間宇宙を飛ぶ事になる孤独感までフォローせねばならない。だがその辺が得意ではない自分では上手くできていると思えず、逆に申し訳なくなってくる事もある。いやそもそも自分自身が感情を制御できてないのだからクルー以前の問題だ、と。
「要は器じゃないのさ。副長タイプなんだよ、俺は」
「不安になるのは当然です。宇宙艦の艦長なんて前例がありませんもの。でも、ゲイリーさんは上手くやれてると思いますよ」
「新人少尉すら管理できないのにか?」
「気を遣われているんですよ。きっと貴方が家族を求めている事を感じてるんです」
 そんな殊勝な奴かね、と嘆息する艦長。だが嘘だとしてもそう思い込んでいたい、そんな魅力的な見解ではあった。
「次の補給でまた手紙が届きますよ。何ならビデオもお願いしては?」
 マヘルが言った時、再び扉がノックされた。艦長が許可するとそこにいたのは、
「失礼しま‥‥あら?」
 百合歌と沙雪華だった。艦長に目で入室を促され、2人が進む。通路から差し込む人工の光が艦長とマヘルの目に染みた。
 沙雪華がライブの話を艦長に切り出す。と、ふと机の写真に目が留まった。
「まぁ‥‥可愛らしい」
「ん? ああ、自慢の息子だ。こいつは俺より凄いんだよ。何たって4歳なのにもうボールを蹴れる! しかもアメフトのだ!」
「ふふ‥‥将来有望ですね。それにお優しそうな奥方様です」
「だろう。俺には過ぎた妻なんだが、拝み倒したんだ。結婚してくれないと死ぬ、ってな」
 なんて惚気てくる艦長。その顔はどこかすっきりしたような、少なくとも一時的には気が紛れているような表情だった。
 百合歌が写真と今の艦長から受け取った雰囲気を乗せ、ヴァイオリンを奏でる。
 優しい旋律で、低音と高音が繰り返されては離れていく。その間隔と音程が次第に近付いていき、そして最後に1つの主旋律に溶け合った。ほぅ、と息をつき百合歌。
「ライブ、艦長もいらっしゃると嬉しいわ」
「そう、だな」
 最近の歌を勉強させてもらおう、と艦長が笑った。

●これも訓練(たぶん)
 機械音が鳴る度に無重力の攻防が繰り広げられる。
 先手必勝とロッテが素早く跳べば、何だかんだで小鳥も正確無比なポインター射撃で『伍長』を追い詰める。アーシア少尉が壁を這うような鋭角跳躍で敵射撃を躱すや、ロッテが攻撃権を奪うと信じて壁を蹴り、宙で滑りながら端末を構えた。
「くひひっ、これぞ我が家に伝わりしニンジュツ!」
「あからさまにイタリア人でしょう貴女‥‥」
「おーっと手が滑っちゃいましたぁ!」
 少尉は小鳥の真横に着地すると、宣言した後で手を滑らせた。その手は目論見通り小鳥の両脚の間に入り込み、そのままひらひらしたワンピ裾をめくり上げる!
「っにゃぁあぁっ!!?」
 咄嗟に裾を押える小鳥だが、その拍子にバランスが崩れて宙をくるくる浮遊する。そして小鳥の頭は磁石のように備え付けの金属棒へ吸い寄せられ、正面衝突した。
 ごいんと嫌な音が響く。少尉が小首を傾げててへぺろした。
「やーごめんごめん、無重力って怖いネ」
「うぅ‥‥踏んだり蹴ったり‥‥ですぅー」
 せめてもの救いは小鳥のような幼女体k‥‥腕の中に収まる慎ましい女性に並々ならぬ情熱を傾ける観客がいなかった事だが、
『少尉ぃ! チビ嬢ちゃんじゃなくてそっちの色々でけぇ嬢ちゃんにして下せぇ!』
 なんて観客から囃し立てられるともう何というか、死にたくなる。
 頭より心に傷を負った小鳥が気を取り直して端末を構える一方、試合は順調に進む。まさに縦横無尽に跳び回るロッテと、喰らいつく伍長。瞬間的に人が入り乱れ、連鎖的に光線が迸る。楽しむ事を第一にした彼女達の動きは快く、端から見る者にもそれが伝播したような不思議な一体感があった。
 いつまでも楽しんでいたい熱気。だが試合とは無情なもので、1人また1人とアウトになり、そして、
「私達の勝ちよ!」
 ロッテと小鳥、2人の端末から照射された光が十字砲火となって伍長を貫いた‥‥!
 終了の機械音が響く。両チームが床に戻って握手を交わし――たところで、少尉が嫌らしく口元を歪めてのたまった。
「さぁて、お待ちかねの罰ゲームの時間ですね〜★」

 ――一方その頃サロンの悠は!
「んー、私はもうちょっとゲテモノ系のデザインが好みだなあ」
「ミサイルパーリィやらかすようなのってか? やめてくれ、俺達が過労死しちまう!」
 中年整備士と意気投合していた‥‥。

●冥華のうたをきけー
 GMT1930時。
 ロッテ、小鳥、少尉がシャワーを浴びた後で薄暗いサロンに来ると、そこは既に熱気溢れるライブ会場となっていた。最初の曲が終ったのだろう。大歓声が艦外にすら届きそうだ。
 そんな中、一際不思議な掛け声が。
「Mayちゃーん! め、めーっ! メアアーッ! メアーッ!!」
「あっれー、罰ゲームなのに声小さいなぁー」
「めああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 嗾けたのはアーシア少尉だ。
 負けていたら自分がアレをしていたかもしれないのかと戦々恐々のロッテと小鳥である。
 ともあれ3人は席を確保していた紫狼の許へ。そこには当然ダニーもいる訳で。少尉と念願のご対面だ。が。
「ぅ、その」
 赤面して俯くダニー。紫狼が小突いて急かすが、ダニーは突然の機会に思考が追いつかない。「あ、先日はどうも‥‥」なんて当り障りない会話を切り出したその時、艦長を連れたマヘル、沙雪華がやって来た。
「む? 少尉か」
「お疲れ様でーす。艦長もこーいうのお好きなんです?」
「まぁ‥‥たまにはな」
 同じ艦橋勤務だけに会話が自然に繋がる。それを見たダニーは悟ったような微笑で光り輝くステージに向き直った。
 その変化を感じた沙雪華が何とかせんと思うが、今となってはどうしようもない。
『2曲めは冥華のもちうた。ばんそーは百合歌と悠がひとばんでやってくれたー』
『一晩もなかったけど』
 MCが終り、次の曲が始まる――。

 百合歌のヴァイオリンが軽快なイントロを紡ぎ、斜に構えた悠はそこにフルートの伸びやかな音色を乗せる。爽快なリズムと弾むメロディ。百合歌が軽く体をスイングすると、冥華はボックスを踏んで歌い出した。

♪私は ここに 貴方は ここに〜

 布テープを底に貼り付けた靴で懸命に踊る冥華。やや舌足らずで不安定な歌声が妙な中毒性を醸し出し、会場はさらに白熱していく。

♪〜前だけむき つきすすむの〜

 弓を指揮棒の如くふりふりする百合歌に合せ、悠が最前線に躍り出る。その場でターンしながら小跳躍すると、宙で体を捻って回転を増した。回転が鋭くなるにつれて声を高くする客。それが充分に高まったところで悠は両腕をバッと広げ、短くシャウト!
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 声援に応えるように右手を掲げる悠。彼女はそのまま全身で回転を緩めて天井を押し、床に戻った。
『この後は食事会にしましょ? もうすぐ到着なんだから少しくらい贅沢を、ね』
 と百合歌が秘かにダニーに向けてウインク。
 冥華が歌う。百合歌が導く。悠が啄むような音を乗せる。3人は即興ユニットらしい不器用さと勢いを武器に次々曲を披露し、
『次は、ねくすとどあ。みんながげんきになりますよーにって』
 そして、

♪〜とびらの先にまつ 未来 信じて 歩きつづけよう〜

 ライブは最高潮を迎えた――。

<了>

 GMT2200時。
 冷めやらぬ熱気が体を満たす。
 艦長はライブ後特有の高揚感を噛み締め、艦橋の扉を潜った。
「何かご用ですか? 交代はまだの筈ですが」
「いや」
 怪訝顔の副長に、艦長は晴やかな笑顔を浮かべて言った。
「1番に月を見たくなってな」