●リプレイ本文
‥‥?
窓際から外を眺めていたムーグ・リード(
gc0402)は何故か世界が回る感覚を覚え、咄嗟に壁に寄りかかった。
窓越しに聞こえる演説。天井が遠く近く前後し、ムーグは目頭を押えた。
「どうした」
「‥‥イエ」
杠葉 凛生(
gb6638)がシャツの襟元を崩し、上着を羽織る。腰を絞ったスーツを大胆に着崩す凛生を見、ムーグは天井がまた遠のくのを感じた。
「‥‥行キ、マショウ」
「ああ。欧州の地盤を揺るがす訳にいかん。‥‥アフリカの為にも、な」
何かから逃げるように床だけを見て言う凛生。
ムーグは吐き気を堪えるように唾を嚥下し、無理矢理足を踏み出した。
●白組
「なッ‥‥とくいきませんわ! どうして、どうしてこんな‥‥」
「まぁまぁ麗華さん、今のところは落ち着いて下さいです♪」
更衣室。憤懣やる方なしとばかり地団駄を踏む大鳥居・麗華(
gb0839)を宥めるようにして持っていた服を押し付けたのは伊万里 冬無(
ga8209)だ。怒りのあまり尻尾をおっ立てた麗華は無意識のままそれを手に取り、愚痴りながらいそいそと服を脱ぐ。そしてブラウスのボタンを留め、髪を後ろで纏め、伊達眼鏡をかけたところで漸く「って何ですのこれはぁ!」とツッこんだ。
「麗華すごい。そののりつっこみならあいどるできちゃう」
舞 冥華(
gb4521)が褒める(?)が、麗華には堪ったものではない。麗華が再び脱ぎかけた時、冬無が笑って引き止めた。
「まま、お仕事ですからここは少し我慢して下さいです♪ 言うじゃないですか、縄は解かれた時も気持ちいい」
「意味が解りませんわ」
「そ・れ・に。冥華さんを見るですよ♪」
長椅子に腰掛けた冥華は7分丈のズボンから覗く白い脚が可愛く、Tシャツや野球帽と合せて少年のようだ。それを視界に捉えた瞬間、麗華は盛大に咳込んだ。
「う?」
きょとんと首を傾げる冥華。無垢は罪である。
「ま、ま、まぁ? 今回は伊万里に免じて我慢して差し上げますわ」
麗華が依頼遂行を渋々承諾すると、冬無が露骨に盛り上げる。
そんな騒がしい3人から離れ、
「若い娘は元気ね」
ケイ・リヒャルト(
ga0598)が苦笑した。
「‥‥ケイさん、おばさ‥‥」
「あらセシリア、何を言うつもり?」
妖艶な笑みが逆に怖い。セシリア・D・篠畑(
ga0475)は静かに黒髪ショートのウィッグを被り、生真面目にケイへ返した。
「‥‥冗談、です‥‥」
会議室。天野 天魔(
gc4365)が徐に中佐に話しかけた。
「軍の方にはここ1ヶ月の市の監視カメラを当っていただきたい。あらゆる店内、市内のものを」
「手当り次第ですか」
「ええ。特定の店に演説者や例の女が映っていればその付近に拠点があるかもしれないので」
「無策よりはマシ、と」
首肯し、中佐は即座に副官に指示を出す。ついでに天魔がそれとは別に2人の兵を借りたい旨も伝えると、そちらも了承してもらった。
とそこに、
「そうだ中佐さんよ、聞き忘れた事があるんだが」
凛生が来るや、市街の地図を片手に以前の尾行はどこからどこまでできたのかを尋ね、地図に印をつけていく。
そんな周到な2人に、中佐は信頼感を抱いた。
●活動、それぞれ
発見済の郊外拠点へ車を走らせたセシリアは、見回るように一度通り過ぎ、戻って路肩に停めた。木陰に停まっていた別の車の後ろにつけ、少しでも存在を隠す。
拠点周辺は道路脇に家が疎らにあるだけという長閑な景色で、隠れられる場所もなさそうだ。そんな中に屋敷のような拠点があるのだから、逆に監視しやすいとも言えるが。
セシリアが一息つき、双眼鏡を覗く。とそこに、ケイが窓をノックしてくる。
「どう? 様子は」
「‥‥先程見回った時に裏口で1人見ました。‥‥ケイさんは‥‥」
「アレは近所の家に置かせてもらったわ」
いざ尾行となった場合は隠したバイクでケイが追跡する。それまではセシリアのファミラーゼで監視というのが2人の手筈だった。
1240時。太陽は高く、車内のエアコンが静かに働き続ける。
「ねぇ」
「‥‥?」
「今度この辺回らない? 少し行けば海もあるし」
「‥‥はい。でもその前に‥‥仕事です」
解ってるとばかりケイは手鏡を取り、変装をチェックする。
艶やかな金糸と海の如き瞳。革ジャケットの胸元を大胆に開いた姿が目に眩しい。
「人がいるなら侵入はしない方がいいわね、残念」
拠点から1人出て行ったのをセシリアが秘かに撮影する。その音を聞きつつケイは考える。
何故こんな大っぴらにやらかしたのか。最終目標は何なのか。非合法の親バグア活動をしたい場合は地下活動に徹した方がやりやすい訳で、ならばテロ等はないのか?
時はゆっくりと過ぎ、2人はじっと監視を続ける。
「さて、どこに行きますです? 交差点で露‥‥」
「あのいけ好かない演説を聞くのでしょう。全くわたくし‥‥って何を言いかけましたの!?」
「交差点で露店巡り、ですが? あれあれ麗華さん、ナニ考えたのか教えて下さいですよ♪」
演技せずとも繁華街に溶け込んでいる冬無と麗華である。いや会話だけ取れば怪しさ抜群だが気にしてはいけない。
冥華が2人と無関係な感じで前方をとてとて散歩する。そのうち演説している歩道橋に差し掛かった。大音声の主張が痛い程に耳朶を打つ。
冥華がててっと歩道橋の欄干に駆け寄り、隙間から下を見るフリをする。
「たかー。これくらいからびゅーってとびおりるすてーじやりたいかも」
その後ろを冬無達が過ぎ――たと思った直後、冬無が「やっぱりこれ聞いてみよ?」と振り返り、演説者から5m程で立ち止まった。
配置完了。そして暫くすると、のっそり疲れたようにムーグがやって来た。
まさに欧州人の想像通りの戦争難民という風体で、場の視線は全てムーグに注がれる。それを意識してムーグは緩やかに進み、どっかと歩道橋の上で腰を落す。ズルズル引き摺ってきた荷袋からウォッカを取り、一口含んだ。
「‥‥ンア、ァ‥‥」
ムーグは見事に演技、もとい10年前の己を再現する。アフリカから逃げてきた当時を。億劫気に周囲を見回すと己を見下す好奇の視線とぶつかる。演説者までこちらを見ていた。
思惑通りのこの景色。なのに、この時になってまたムーグを視界の混濁が襲った。
――別、ノ、世界、ノ、ヨウダ‥‥。
フラつく頭に鞭打ち、暫く聴き入るように演説者を見つめる。そして徐に立ち上がると、接触すべく演説者に近づいた。
昼休みを過ぎたオフィス街。
人々がビルの内外で仕事に励むのを、天魔は寂れた屋上から眺めた。ついで演説している街頭周辺へ双眼鏡を向ける。借りた兵2人は注文通り演説者から見えない道を巡回しているようだ。
「これで女が見つかればいいが」
天魔が呟いた時、演説者に凛生が近付くのが見えた。じっと双眼鏡越しに気配を探る天魔。が、どうやらすんなり入り込めたらしい。演説者が携帯で誰かと話すと、少しして車が来た。凛生が躊躇なく乗車する。
「ふむ‥‥上手くいきすぎているか‥‥?」
GooDLuckを使って監視を続ける天魔だが、こちらも幹部が来る様子はない。天魔は自ら羽織った軍服を一瞥し、少し突いてみるかと一計を案じた。
●拠点へ
何故反UPC感情を煽るのか。
ナポリ風のスーツを着込んだ凛生は、意識して後部座席中央に尊大に座り、思案する。
――能力者を誘き寄せてテロ‥‥にしてもリスクが大きすぎねえか?
それだけ憎いのだろうか。
ふと凛生は左右を見て脳内で地図と照らし合せ、位置を確認する。が、何やら好ましくない方へ向かっていた。
「チ‥‥」
「何か?」
「いや。今日はタマが少ないのを思い出しましてな。お前さんらに碌な土産も用意できそうにない」
「いやいや、支援して頂けるだけで有難い事ですよ」
会話するうち、車は刻一刻と街を外れていく。向かうは――郊外拠点だった。
屋敷に到着した車は地下駐車場へ乗り入れた。降車し、凛生が男に追従して屋内へ入る。中は比較的明るく清潔だった。階段を上るとそこは外に面した通路で、数部屋の扉が開いていた。通り過ぎながら覗くと、室内では数人の男女が黒板に向かっている。黒板にはキメラの傾向、小隊行動、銃や爆弾の扱い方等が書かれていた。
「あれは」
「ああ、勉強ですよ。やはり反UPCを掲げる以上、軍事に精通しなければ『無知は黙ってろ』と言われますからね」
道理ではある、が、1つ間違えれば危険な方向に進みかねないとも言える。
僅かに眉を顰めた時、男が扉を開けた。凛生がそこを潜ると中には難民――に扮したムーグがいた。
「‥‥」
「ッ‥‥貴方、モ、入党、デスカ?」
思わず反応しかけたムーグが取り繕う。凛生が「まあそんなところだ」と手を差し出した。
「さて新たな出逢いを経験したところで、我が党の事を‥‥」
凛生を連れてきた男が2人にソファを勧め、話し始めた。
「ムーグに凛生。潜入はできたようだけれど」
ここでのトップとの面会はできても党幹部とは会えない可能性が出てきた。となると時間がかかりそうだ。
ケイは車内で整った眉を歪めて独りごちる。黒蝶の時計に目を落すと、いつの間にか短針が4に差し掛かっていた。
「誰か出て行く人を尾行するわ。多分ここには戻れないけれど、定時連絡は入れるから」
「‥‥了解。お気をつけて‥‥」
セシリアが返す。暫くすると屋敷から4人の男が出てきた。彼らは正門で車を待つと、乗車して街へ走っていく。
ケイが車外へ。そしてバイクを隠した所へ行き――かけたその時、偶然見送りに出ていたらしい1人が正門からこちらを見た。男は顰め面のまま駆け足で車に寄ってくる。窓を開けるセシリア。ケイがドアを閉め、寄りかかった。正面から目を合せる。
「息せき切ってどうしたの? 素敵な顔が台無しよ」
ケイが蟲惑的な笑みを浮かべ、機先を制する。青年はケイの胸元を意識し、咳払いして詰問してくる。
「あ、あんたらここで何してる!」
「旅行よ。もっと南下してシチリアでも行こうかと思って」
「じゃあ何でここにいるんだよ!」
「‥‥友人とここで落ち合う約束をしたんですが‥‥来ないので待っていました‥‥」
淡々と言うセシリアに、ケイが加える。
「そこのお屋敷目立つじゃない。ここなら迷わないと思ったのだけど」
困ったものね、と肩を竦めるケイ。それでも警戒心を解かぬ相手に、ケイはウォッカを差し出した。
「貴方、男は余裕がないと格好悪いわよ。お屋敷の守衛か知らないけれど、お酒でも飲んで男を上げなさい。それとも、これからあたしと‥‥」
「け、け、結構だ! 旅行なら早く行ってくれ。それとあんたは身嗜みをちゃんとしろ!」
何やら赤面して屋敷に戻っていく青年。ケイは苦笑すると、先程の車に追いつくべく足早にバイクに向かった。
「ところで。もう一度詳しく聞きたいのですが、お2人はどういった理由で我が党を?」
拠点内。
男が凛生とムーグに問いかけた。凛生がソファの背もたれに体を預け、口を開く。
「うちとしては戦後UPC――いやUPCが解体するか何かした後のあちらさんが万が一何らかの経済市場に出てこられると困るんでね」
「私ハ‥‥私、ハ、ドンナ、形、デモ、イイ。一刻モ、早ク、安寧ヲ、得タイ、ノ、デス。アフリカ、デ、静カニ‥‥ソレニハ、バグア、モ、能力者、モ、イラナイ‥‥」
切実なムーグの言葉。それは多分に真実が含まれていて、だから男にも、凛生にも痛い程伝わってくる。
――ムーグ‥‥。
「成程。まぁ我々は貴方達を歓迎します。つきましては‥‥」
凛生はちらとムーグの横顔を一瞥する。疲れたような、そんな表情だった。
「‥‥そういえば、お前さんらの党首はどんな人なんだ? 経済支援する以上、知っておきたいんだが」
「あぁ、ブシェッタさんですか。20代なんですが、彼女もね、苦労したみたいですよ」
「面会はできないか? お近付きの印に土産でも渡したいが」
「それがね、忙しそうでして。何でも近々ベルリンかどこかに行くとか」
「そう、か」
凛生はその後も話を続け、党の情報を着々と入手する。
UPCや能力者に縛られない場所を作りたい事。その為には国家を超えた枠組みが必要になる事。現状活動を始めたばかりで党員は少ない事等。
そんな話を聞きつつ、ムーグは男が言った1つの言葉を脳内で反芻していた。
ありのままの自分でいられる場所。ムーグにとってのそれはアフリカで。なら凛生のそれは?
彼は深みに嵌りそうなその思考を無理矢理閉じ、男の話に集中した。
●女の行方
「何をしている!」
天魔が偶然現場に遭遇した風を装い、街頭演説の場に踏み込んだのは1700時を過ぎた頃だった。
兵1人を「苛立ち紛れに言論弾圧する」ように演説者と絡ませ、そこを軍服着用の天魔が制止する。言うなれば自作自演だ。男がマイクで『これがUPCのやり口』と言い掛ける寸前に天魔が突入した為、観衆への悪影響もほぼないだろう。一方で党側もこれを疑う可能性は少なく、しかも何か動きがあるかもしれないのだ。
そんな計算をしつつ、天魔は誠心誠意の謝罪を繰り返す。
「同僚の非礼をお詫びします‥‥現在軍務で巡回中でして。全くこいつは普段から愚図のくせに音に過敏で。今日こそ自分が嫌と言う程言って聞かせますので何卒‥‥」
「あ、ああ‥‥」
瞬く間に責められない空気を作ってしまう事で追求を逃れる。そうして天魔は兵を引っ張って屋上へ戻り、監視を再開した。
が。結局演説者は一度携帯で会話しただけで、1900時に撤収したのだった。
「全くつまらない演説でしたこと」
繁華街。女の手掛かりも掴めずに終った為、麗華は苛立ちのやり場なく口を尖らせる。冥華もそれに追従した。
「ん、冥華つかれた。麗華あいすー」
「ア、アイスなんてありませんのよ!?」
と言いつつコンビニを探す麗華である。
そんな2人の後ろを冬無はひたひた歩く。
――んふ、んふふふっあははははははは! 必ず炙り出してあげますですよ。その時あのお馬鹿な人達が何と言うか、蓋し見ものです‥‥♪
3人は夜の繁華街を去り、大学の脇を通って軍へ報告に戻る。
その、大学構内。そこに女――エリザはいた。
「なあ、今日こそ付き合ってくれるだろ?」
「‥‥そうね、私の話を聞いてくれたら」
慣れない若者言葉で思わせぶりに男を釣る女。そうしてその人を見極め、質と思想の点で合格なら幹部候補として党に引き入れる。街頭演説からやって来る人間など構成員にしかなり得ないのだ。
――暫くここで勧誘したら次は‥‥。
ベルリン。憎きUPCの欧州本部がある都市。いきなりそのお膝元で活動するのは無謀だろうか。ならばその周辺?
エリザは嘆息しかけ、それに気付いて自ら息を呑み込んだ。弱気になるな。成し遂げねばならぬ事があるだろう。
――私が作らねばならんのだ。幸せな‥‥バグアにも能力者にも支配されない幸せな世界を!
女は自己暗示をかけるように独りごちると、男の腕を取って夜の街へ消えていった‥‥。