●オープニング本文
前回のリプレイを見る「やはりベルリンに来たのは失敗だったんだ! せめてドレスデンやミュンヘンなら‥‥」
ベルリン、青の党仮拠点。
怒りを露わにするように幹部の1人が机を叩き、男女――タルティーニとエリザ・ブシェッタを睨みつけた。
「分かってますか、ベルリンで入党した人間は未だ20を超えてすらいません。たった14人ですよ、10日で!」
極論すれば、青の党の理想に党員の数はそれほど重要ではない。が、入党する数が少ないという事は結局知名度や共感やそういったものが足りない事に繋がるわけで、そちらの方は理想にとってなくてはならないものだった。無論、ここに住む人間がUPCの甘い汁を吸っているのも原因の1つなのだろうが。
エリザが反射的にすまないと頭を下げるが、それをタルティーニは止めた。
「貴女は間違っておりません。UPCのお膝元で活動してこそ、弱小たる我々が社会への影響力を強める事ができるのです。それにね、君、え、ミュンヘンですか。君は自らが主導してビアホールで演説したいようですな。それとも得意顔になって市内をデモ行進でもしてみるかね?」
「な、なに、それは俺が●●野郎とでも言いたいのか!? 同志に対する侮辱だ! エリザ、奴を追放しろ!!」
「落ち着け、諸君。ここで我々が言い争ってしまえば我々の理想は遠のくだけだ。ひとまず食事でもして気を静めよう」
エリザが何とか場を宥めると、ようやく室内は仮初めの平穏に包まれた。TVからはアフリカの快進撃を伝えるニュースが流れ、次いでUPC欧州軍本部前からの中継が映し出された。
レポーターが何やら宇宙におけるバグアの動向やUPCの成功を説明し、会見場へ移動していく。
先程激昂した男はそれをふと眺め、不意に席を立った。嫌な予感を覚え、エリザが慌てて呼び止める。
「どうした、サビーノ君。今日はゆっくりと休み、そして明日からまた努力しようではないか。力を持たぬ我々には、バグアを恐れUPCを妄信する危険性を訴える事しかできぬ。だがそれはいずれ皆に理解されよう。何故ならばどんな人間でも親類や友人から1人や2人は確実に兵となり、亡くなった者すらいる筈なのだから」
「はい」
「‥‥安易な手段になどは絶対に走ってはならんぞ! あ、あんな‥‥あんな理不尽な暴力は絶対にダメだ。それをしてしまえば我々は奴らと同じになってしまう‥‥」
「‥‥分かっています」
男――サビーノの表情は、やはり晴れなかった。
2200時。一般的な生活リズムで活動するエリザと、早朝と夕方に二度の短時間睡眠を取って活動するタルティーニが、共に雑務をこなす数少ない時間だ。
エリザは先程のサビーノの様子を思い出し、深く息を吐いた。
「タルティーニ君」
「はい」
「暫くサビーノ君を監視‥‥もとい彼に着いていてくれんかね」
「分かりました」
「決して彼を責めんでやってくれ。不安なだけなのだ、彼も‥‥ただそれを発散しようと、思わず心にもない事が頭を過っただけ‥‥」
エリザは自らに言い聞かせるように呟き、背もたれに身体を預ける。
――もし。
もしもこの党までもがUPCやバグアと同じになってしまったら、非力な――いや臆病な一般人たる我々はどこに居ればいいのだろう。
◆◆◆◆◆
「青の党とやらだがね、先日入り込んだ君らの‥‥何と言ったか――ともかく彼の報告により、一部に反政府的活動の兆候が見られる事が分かった。いわゆる、テロだ」
UPC欧州軍本部、一室。
集まった傭兵達を前に、参謀科の少佐が資料に目を落としたまま言った。
「よって諸君には先手を打ってもらう事となった。なに、おそらく君らにとってはそこまで大変な事ではない」
配られた資料には相手拠点の情報や幹部の行動等が詳細に書かれており、お膳立ては万全といった態勢だった。
まず党の本部拠点だが、ベルリン中央に程近いパンコウ区――プレンツラウアーベルクの大通りからやや外れた古びたアパートの2階で、周辺には多くの人や店が集まっている。時代を感じさせる街並みは破壊する事のできない歴史の重さがあり、街に愛着のある者にとっては大々的に踏み込むのが憚られそうな場所と言えた。
一方で党のベルリン拠点は郊外――ケーペニック地区の小さな一軒家だった。名義は地元の人間で、交渉して借りたのか無断使用しているのかはまだ確認していないようだ。
また幹部を10日間追った結果、行動パターンもある程度は把握できていた。10日という2週間にも満たない期間であるだけに不正確な部分もあるだろうが、ひとまず指針にはなる。
「君らの考え次第だが、我々は君らと同時刻にケーペニックに踏み込もうと思う。無論そちらにも多少は人をやるし、逆に君らがこちらに来ても構わんがね。突入時刻や方法等は任せるよ」
後で報告してくれ、と少佐は言うと、踵を鳴らして部屋を出て行った。
空調の無機質な音が小さく響き、曇りがちな空は青の党がベルリンにやって来たその日とは打って変わって無味乾燥としている。低く垂れ込めた灰色の雲は、戦場の空に集まる硝煙の煙のようだった。
●リプレイ本文
UPC本部、一室。そこには担当の少佐と現場指揮官、そして天野 天魔(
gc4365)がいた。
無機質な光が部屋をまざまざと照らしている。天魔が微笑を浮かべた。薄く、妖しい笑みを。
「少佐。構成員の周辺――家族等も協力していた可能性はある故、徹底的に尋問する事をお勧めしたい」
「そこはまあ‥‥臨機応変にやりたいところだが」
「大尉。確保の際は必要なら殺してしまって構わない。彼らはテロリスト、しかもUPCのお膝元まで入り込むような敵だよ」
「その方が容易ではありますが‥‥」
「市民の安全を第一に考えねば」
「‥‥は、了解」
犠牲もない喜劇では機械仕掛けの神に運命を委ねるしかなくなる。だからこそ、天魔にとってこれは悲劇であらねばならないのだ。
●ムーグの提案
杠葉 凛生(
gb6638)は資料室に篭り、軍の傷病退役者を探っていた。
ジーノ。エリザの弟とされる者。
「こいつか、タルティーニか‥‥」
エリザは潔癖すぎる。黒幕とは言わずとも彼女に入れ知恵した人間は、彼女と別の思惑を抱いている可能性があった。そこで凛生は弟を当っていたのだが。
「至極全うな討伐任務、そして退役‥‥」
思想等も少なくとも資料に違和感はない。退役後も平穏な日常を送っている事になっている。
「やはり実際話してみないと解らないか」
独りごちるや、凛生は黴臭い部屋を後にした。
一方、パンコウ区の相手拠点と真向かいのアパートを一時借りた傭兵達は、昼夜問わず監視を続ける。
「いちもーだじーん」
舞 冥華(
gb4521)がペタペタ壁に貼るのは、ケイ・リヒャルト(
ga0598)がセシリア・D・篠畑(
ga0475)と共に尾行を繰り返して撮った幹部や出入りした建物の写真だ。
ケイが窓際で屈んで時計に目を落す。1012時。外を見る。古びた石壁や煉瓦が曇天と相俟って陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
伊万里 冬無(
ga8209)が拠点を監視する大鳥居・麗華(
gb0839)の背にしな垂れかかったまま意気込む。
「こんな茶番は早々に終らせるに限りますです♪」
「とはいえもしテロを計画してなければ大ごとですし、無茶もできませんわ。不本意ですけれど。不本意ですけれど!」
口を尖らせる麗華。冬無が「まぁまぁ」と首筋に軽く息を吹きかけるが無反応――いや獣耳が飛び出ていた。
「か、監視! しますわよ」
麗華は窓の外を見続ける。
その視線の先、煉瓦の向こうで、ムーグ・リード(
gc0402)はタルティーニとサビーノ含む幹部数人相手に策を仕掛けていた。
「有名、ニ、ナレバ、党員、ガ、自然、ニ、増エル、ナラ。噂、ダケ、流シ、誤認逮捕、サレル、ノハ、ドウ、デショウ」
それが報道されれば有名になり、有名になれば党是に共感する人間も増える筈だと。
やや広いリビング、ソファの横に立ってムーグが幹部を見回す。タルティーニが成程と頷いた。
「反UPC派も増え、UPCはより弾圧に走る。そこで我々が立ち上がり、晴れてベルリンの春という事か。だがUPCが白を黒と言い、報道もそれに従う可能性は否めないな」
「奴らなら当然そうするだろうよ」
相変らずUPCへの敵意を隠さないサビーノ。
ムーグは台所で珈琲を淹れて戻ると、彼に手渡した。
「貴方、ハ、何故、ソコマデ、憎ム、ノ、デスカ。無論、私モ、UPCハ、バグア、同様、好キ、デハ、アリマセン、ガ」
「‥‥関係ないだろう、あんたには。俺達は同志としてここにいる、ただそれだけなんだ」
「デスガ」
食い下がるムーグをタルティーニが止める。ムーグは謝罪した上で、話を戻した。
「‥‥例エバ、2日後――水曜、ノ、夜ニ、デモ、全体、デ、先程、ノ、件ヲ、話シ合イタイ、ノ、デスガ」
●状況開始
水曜、2125時。
ざあざあと強い雨が降り続き、生温かい澱んだ空気が街を覆う。通りに人は少なく、多くの店には閑古鳥が鳴いている。それは傭兵達に有利と言えたが、一方で視界が悪いという面もあった。
「軍曹達は上下左右の部屋の住民保護を」
「了解」
天魔の指示で4人の私服兵がアパートに入っていく。こちらに配置された残る兵6人は冥華と共に拠点からの逃走路で待機しており、正面にいるのは4人の傭兵のみとなった。
とはいえ内部にムーグもおり、またエリザの弟がこの拠点で生活していた為、逆側の窓からは凛生が突入予定となっていた。よって手数が足りない事態にはならない筈だ。
暗い大通りからアパート2階を見上げる。窓越しに人影が過った。
「もうすぐ突入時間ですわね。伊万里、準備はよろしくて?」
「早くしてほしいくらいです♪」
冬無が口角を歪めて笑う。
作戦直前の長いようで短く、短いようで長い時が瞬く間に過ぎていく。
2150時。4人がアパートに入り、慎重に階段を上る。狭い通路。2階、3番目の扉の左右に4人が位置した。2158時。濡れた体が気持ち悪い。雫が床に落ちた。カウント開始。冬無、麗華が閃光弾のピンをゆっくり抜く。20秒。壁に手を当てセンサーを発動する天魔。雨の振動で不正確だが、リビングに6人と左右の部屋に1人ずつか。10秒。天魔が抜刀の構えのまま静止した。4、3‥‥。
「吶喊!」
天魔の一閃が紙の如く扉を斬り裂くや、冬無と麗華が閃光弾を中へ投げ入れる!
光と音の爆発。直後、後詰のセシリアを除く3人が拠点へ突入した。
「UPCですわ! 抵抗せずに大人しく捕まりなさいな! そうすれば痛い目だけは見ないで済みますわ、よ!」
麗華が玄関間近にいた男に軽く当身を喰らわせ吹っ飛ばすと、その脇を天魔が抜けてリビングへ、呆然とした6人の男女の前で子守唄を口ずさむ。
「ッ、う‥‥」
ばたばたと昏倒していく彼ら。その中にムーグもいたが、彼は眠るフリでやり過ごす。
そんな中に冬無が悠然と踏み込み、
「あは、あっはははははは、何やらほざいていた割に呆気ない幕切れですねぇ♪」
手近な男の腕を縛り始めた、その時。
「脱出しろ、同志ブシェッタ!」
左の――台所から天魔目掛けて何かが飛んでくる。天魔はそれを躱すが、拍子に子守唄を中断してしまった。その隙に女がよろけて窓際へ逃げていく。冬無が台所の敵に肉薄、鋏を敵の右腕に突き刺した。麗華がエリザを追わんとし、だがそれより早く天魔の左腕が正面に向けられ、電磁波が女の命を奪う――寸前。
誰かが、女を庇うように抱き寄せた。
正面の派手な突入音が響く。
凛生はそれを聞き届けると、ベランダから窓を割って侵入した。場所はリビングの隣。真っ暗な部屋を見回す。どうやら寝室のようだ。凛生は油断なくベッドに近付き、影に声をかけた。
「ジーノだな。悪いが、同行してもらう」
「‥‥了解」
凛生はひとまず弟をベッドに拘束する。そしてリビングに繋がる扉を開けた、瞬間だった。その光景が飛び込んできたのは。
背を向けて窓から逃げんとする女。女に向けて腕を掲げた天魔。天魔の顔には酷薄な笑みが浮かんでいて、だから凛生は、考える間もなく反応した。
「やめろ!」
素早く女の手を引き、自らの体を盾にする。同時に強烈な衝撃が脳天まで駆け抜けた。顔を顰めて凛生が肩越しに振り返り、天魔を睨めつける。
「‥‥やりすぎだ」
静かに火花を散らす2人。が、その隙を衝き、エリザが凛生の腕をすり抜けて窓から下へ飛び降りてしまった。凛生と天魔が慌ててベランダに出て姿を探す――間もなく見つけた。どうやら想定ルート通りのようだ。
「全く、面倒を起してくれるね」
「‥‥確保できれば文句はないだろう」
凛生はセシリアに弟の身柄を頼み、早速追跡せんとする。が、その時床に伏せていたムーグが嫌な事実を口にした。
「申シ、訳、アリマセン。連絡、デキマセン、デシタ、ガ、3名、不参加、ノ、人間、ガ、居マス‥‥」
●バー・ラインゴルト
2130時。
ケイはとあるバーの一角から3人の男を監視していた。
――ムーグから連絡はないけれど、彼らは欠席するのかしら。
流石に今日ばかりは携帯等の持込禁止となったのだろう。となれば、突入時間にここでやるしかない。胸元に隠した無線で軍と連絡を取って入口を固めてもらう手配をし、静かにその時を待つ。
バーの中は仄暗く、瀟洒な音楽が心地良い。客は男――サビーノ達を除けば4人。ケイは片肘をついて気怠げにマスターを呼ぶとカクテルを頼み、秘かに事情を説明して自然な様子で1人2人と客に出てもらった。
そうして店内に残されたのはサビーノ達とケイ、マスターのみ。3人の男は何やら自らの理想を語っているようだ。
――いい気なものね‥‥。
党是や感情は解らないでもない。だがそれで己に迷惑が降り掛かるなら話は別だ。独逸など早く立ち去ってしまいたいけれど、面倒な火の粉は払わねばならない。
こんな国でも、もう1つの故郷だから。
ケイは目の前に出されたベル・パピヨンという青から赤への色の変化が美しいカクテルを一口含み、熱っぽい吐息を漏らす。
2159時。徐に立ち上がると、3人の方へ歩く。ゆっくりと、太腿に吊った照明銃に手をかけながら。コツ、コツ。歩く音をカウント代りに。男の1人がこちらを見た。妖艶な笑みを意識し、己の唇に触れてみる。その拍子にワンピの肩口がずれ、胸元がやや開いた。男達の下卑た視線が集中する。そして彼らの卓に腰掛け――
「UPCよ。貴方達を拘束しに来てあげたわ」
甘くない誘惑を囁いた。
慌てて男達が椅子を引くが遅い。ケイは素早く照明銃を放つや、左腕で顔を覆ったまま手近な男の腕を掴んで引き倒す。倒れた背に膝を入れて流れるように手錠で拘束し、残る2人へ。1人は厨房、1人は入口から逃げんとしているが、一時的に視力を奪われたせいでフラついていた。ケイはその2人を作業のように処理していく。
そうして1分もしないうち簡単に3人を拘束すると、彼女はマスターに礼を述べたのだった。
●少女達の慟哭
雨の中、激しい足音が近付いてくる。冥華はその行く先を遮るように、裏路地から通りに出る道のど真ん中で仁王立ちした。
暗い雨の夜に、小さな体で。それは逃げてくる者――エリザにとって予想外すぎた。雨の向こうから走ってくると、彼女は冥華にぶつかる直前でびくっと驚いたように停止したのである。
「ご、ごめ‥‥」
「ん、つーこーどめ。青のとーはいちもーだじーんっていってた」
「っ、UPC‥‥! 何で‥‥何故こんな‥‥私達‥‥我々は利敵行為すらしておらぬ! こんな弾圧をされる覚えはない! そこを退くのだ!!」
「のいたら冥華えらい人におこられちゃう」
雨に濡れた冥華がふと顔を伏せた。「ん、えりざ」と小さな頭の中でぐるぐるした何かを吐き出す。
「えりざは能力者いらない? 冥華もふよー?」
冥華の瞳が夜目に鮮やかな緋色に変る。エリザがハッと息を呑んだ。
「冥華がんばってたけど、もういらない? 冥華はね、ころされちゃってもいーんだけど、でもたたかえない人がきずつくのやーだからがんばってて、でもでももう大じょぶなら冥華がみんなのとこいくじゅんばん?」
それは小さな少女がずっと秘めていた思い。死んでもいい。だって向こうにはお父さんお母さんがいるから。でも能力者になれるなら少しくらい頑張ってみよう。そしたらきっと皆褒めてくれるから。ここにいる理由ができるから。
「冥華はいらないこ? えりざがそー思うなら、うっていーよ。冥華をころして。そしたらにげられる」
「こ、殺すなど‥‥そんな暴力、私は絶対‥‥! の、退いてくれ、退いて‥‥早くお願いだから退いてぇっ!!」
冥華を殺す事もできず、引き返す事もできない。進退窮まったそんな少女の背に、残酷な現実が追いついた。
「ざぁんねんでしたぁ♪ これで茶番劇も終幕ですよぅ♪」
冥華に引き止められたエリザに、冬無が声を掛ける。こちらを向いたエリザの顔は絶望に彩られ、それが冬無の心を満たしていく。
「はぁん‥‥貴女の其の顔が見たかったんです。さぁ洗い浚い吐いて頂きますですよ、檻の中で♪」
麗華、凛生、天魔も追いつき、包囲を完了させる。生温かい雨の中、少女は水溜りにくずおれた。麗華と冬無が両側から体を支えて手錠をはめ、兵に引き渡す。
「若干暴れ足りませんが、これで終りですわね」
微笑む麗華。が、列車移動の際に捕捉できていなければ実際テロが行われていた可能性もあるだけに、紙一重とも言えた。
「エリザ」凛生がせめてもの慰みに「弟に怪我はない。それだけは安心してくれ」
「‥‥はい」
「‥‥理念を叶えるには力がいる。力が無ければ弾圧されるだけだ。だがそれでも貫きたい何かがあるならば、活動家を続けるといい。まあ、俺はお前さんには別の――教育者か看護士か、そんな道が合っているように思えるがな」
「‥‥私は特定の誰かを救いたいのではありません。何者にも侵害されない安寧を分ち合いたいだけ‥‥」
失意のエリザに今度は天魔が口を開く。凛生と正反対の言葉をかける為に。
「これから君達やその友人恋人家族、等しく尋問に遭う。弟も命を落すかもしれないね。これで解ったか? 逃げるだけでは全て奪われる。死ぬか、満足な豚となるか、不満足な人間として戦うか。君にはそれしか道はないのだよ」
「‥‥」
「俺としては、だ。女――君が再び立ち上がり、素敵な復讐劇を演じる事に期待しよう」
それが世界的な反UPC運動に繋がれば、能力者は戦後も軍と一丸となって生きていけるのだ。
そんな天魔の思惑にエリザが乗ってしまうかどうかは、兵に引かれていく彼女の姿から読み取れない。
と、そこに無線が入り、ベルリン拠点の方も無事制圧が完了したとの報が届いた。敵の半数を死傷させたらしいが、ひとまず目的は果たした訳だ。
「反UPCの機運が高まらなければいいが」
凛生が苦虫を噛み潰したように言った時、後ろからムーグが来た。
今や暗闇に溶け込み見えなくなったエリザの後姿を、ムーグは懸命に探す。
「‥‥ドウスレバ、良カッタ、ノ、デショウ、ネ‥‥」
混乱の芽を摘むと言えば聞こえは良いが、言い換えれば弾圧ではないのか。己と彼らにどんな違いがあったのだろう。
「さあ、な」
凛生が懐の煙草に手を伸ばし、しかし雨空を見上げて思い直す。
「ん、むずかしーはなしおわれー。冥華つかれた」
冥華が麗華に抱きつく。冬無が「そこは私のポジション」云々と抗議するが、冥華は絶対死守の構えだ。
ともあれ、かくして青の党事件は終りを迎えた。僅かな軋みを残して‥‥。
<了>
ライトアップされた川中の博物館島を眺め、ケイは傘を差したまま佇んでいた。
隣にはセシリア。2人はただ雨音に耳を傾ける。
――青の党。
戦後、きっと同じような派閥は世界各地で出てくるだろう。その時、自分はどうするのか。どうなってしまうのか。
エミタを除去して『一般人に戻った』自分は、一般人ではなく元能力者に過ぎないのではないか。そしてそんな『非一般人』を、彼らはきっと‥‥。
「なんて、ね」
ケイは一息つくと、遅すぎる夜食にセシリアを誘ったのだった‥‥。