タイトル:ドン・キホーテと少年マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/08 02:14

●オープニング本文


 スペイン、ラ・マンチャ地方某所。
 適度に深く、それでいて気持ち良く森林浴ができそうな美しい森。意外と広大なその森には、隠れ潜むように数十人が暮らしている村がある。バグアとの戦いが近いところまで来ていても決して逃げず、攻撃はできずともその支配活動に抵抗する。そんな村が。
 その村が、少し前にキメラの襲撃を受けた。木々は悲鳴を上げ、家屋は倒壊し、小さな畑は蹂躙され。それでも死者が出なかったのは、村民の高い意識と能力者達の活躍の賜物だった。
 そしてこの日、1人の青年が村に凱旋したのである。

「村長。只今、戻ってまいりました‥‥!」
 青年が、大きなアリスパックを背負って。その家の中、あるいは周囲には、彼の無二の親友や家族、村の殆どの人が集まっていた。
「うむ。能力者の島とやらは、どうじゃったか」
「街は明るく活気があり、防衛能力も高く、現在のスペインとは輝きが違いました」
「‥‥そうか。向こうにおりたかったのではないか、アロンソ」
 青年――アロンソ・ビエル(gz0061)が激しくかぶりを振る。
「俺はこの村で戦う為に能力者になったのです! もう絶対、あんな思いは‥‥!!」
 視線を下げ、堪えるように唇を震わせる。
 思い出すのはキメラの凶悪な姿。何もできなかった自分。そして、怯む事無く戦う能力者。村の子供を救い出した傭兵。山道での襲撃を撃退した傭兵。可愛らしく美しい女性までもが傷つき、戦う光景。彼女の傷口から飛散した紅い雫の、生暖かい感触。
 もう、何もできずに見ているだけではない。きっと戦える。
「‥‥そうか。じゃが無茶だけはするでないぞ」
 村長が優しく微笑んだその時、男が村長宅に駆け込んできた。その男はまさに遠路戦勝の報を届けた使者のように家に転がり込むと、盛大に呼吸をして戦勝とは正反対の内容を矢継ぎ早に言い放った。
「ッ‥‥村が、襲われ‥‥ここも危険かもしれ‥‥ッ!」
 正確に話せない程に荒い息。しかしそれだけで全ては伝わった。
 奴らに、襲われている。
「どこの村だ!?」
 アロンソが詰問する。使者はアロンソの大きな荷物に目をやりつつ、少しずつ整ってきた声で返す。
「ッここから北の村で‥‥」
 胸がざわめく。
「キメラか‥‥!?」
「2Mはある闘牛みたいな奴と、妙に外套の膨らんだ魔女みたいな奴で‥‥」
 北の村。北に森を抜けてすぐ側にある村。普段の交流は勿論、以前ここが襲われた際にはその村に避難した事もあり、なんとかしたかった。
「数は!」
「牛5頭前後くらいと、魔女1人でして」
 アロンソが荷物を担いで走ろうとし、しかし立ち止まって村長の方を振り返る。言葉はない。だが漢として、その視線には強い思いがあった。
「行ってやってくれ、アロンソ。わしらは北に警戒線を敷き用心しておけばよいからの」
「ッ分かりました‥‥!」
「頼むぞ」
 やや咳き込んで村長が言う。アロンソはこくりと頷くと、使者と共に走り出す。右目が次第に真紅に染まりつつあった。
「UPCに連絡は?」
「しておりますが‥‥ところであなたは‥‥?」
 使者は共に走る彼を頼もしく感じつつも、素直に疑問を口にする。
「‥‥俺は、奴らをぶちのめせる人間だよ」
 アロンソが躊躇いつつ。気概だけならば誰でも吐ける。問題はその意志を以て結果を出せるか否かだ。尻込みなどしていられない。その結果を出す為に能力者となり、短期間だが基礎訓練を積んだのだから。
 狙い打つ。俺のドラグノフで、俺の反撃の一歩を踏み出す。
 と、そこでアロンソは使者に問いかけなければならない事を思い出す。十分な状況把握が大切なのだと教わったではないか。
「他に何かないか? 気になる事は」
「あ、それが市場に奴らは突っ込んできたんですが、丁度市場を抜けた広場でロデオ大会をやっておりまして、その‥‥」
 まさか。
「その牛が逃げ遅れまして‥‥」
「牛くらいならまた仕込めば‥‥」
「その時に少年が乗っておりまして‥‥」
 もしかしたら逃げ遅れて市場の中に隠れているかもしれない、と。
 何の因果であろうか。アロンソ自身が能力者になるきっかけとも言えるのが、子どもの救出とキメラ退治だったならば、自らが初めてキメラと戦うのも少年救出とは。
 だが逆に良い初任務だ。あの時出来なかった事を今度こそ成し遂げる。全てはそこからだった。
「分かった。俺は先にその少年を捜しに行くから、傭兵が来たら伝えてくれ。俺が絶対に少年を保護して、市場の牛の寄り付かなそうな場所で待機していると」
 完全に覚醒する。右手がやや震えた。しかしそれを無理矢理押さえ込む。
 これが村を守る為の初陣なのだ。アロンソは心に強く思った――――。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
赤霧・連(ga0668
21歳・♀・SN
鯨井起太(ga0984
23歳・♂・JG
アイロン・ブラッドリィ(ga1067
30歳・♀・ER
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
ケイン・ノリト(ga4461
30歳・♂・FT
勇姫 凛(ga5063
18歳・♂・BM

●リプレイ本文

 雑然とした市場。店の品物は地に転がり、道幅6Mの通りはさながら大地震の被災地。南西から郊外広場と飲食店の間を突き抜けるように来たキメラが、この一角を我が物顔で闊歩していた。
「子供の救出‥‥因果、ね」
 ロッテ・ヴァステル(ga0066)が警戒しながら。
 傭兵達は北から侵入、広場に近い肉屋と工芸品屋の間で通りを窺う。広場には暗い毛並の牛4頭と明るい牛1頭。そして人型の『魔女』。黒い外套と顔を覆う三角帽子が魔女らしい。
 逆、中心方向にも何か気配はある。
「アロンソ君とはまた会えそうな予感はありましたが‥‥まさに以前の状況ですよね〜」
 感慨深げに言うのはケイン・ノリト(ga4461)。以前にアロンソと会った事のある傭兵は皆、少なからず奇縁というものを感じていた。
「しかも今回は彼もこちら側として、ですから。急ぎましょう」
 先輩らしく、颯爽とね! 翠の肥満(ga2348)が、今日は秘密のコート背部に収納していた得物を取り出す。
「ええ。早急に少年共々救い出しましょう」
「凛が、きっと無傷で助けるから!」
 アイロン・ブラッドリィ(ga1067)と勇姫 凛(ga5063)が。夢を、人を守る為の力の行使。それこそが能力者だと。
「アロンソさんも、子供も‥‥無事だといいですがぁ」
 幸臼・小鳥(ga0067)は思案顔で。対して同い年の赤霧・連(ga0668)は端から無事を信じているらしく。
「ほむー、きっと大丈夫だから私の胸にも届いたのです。任せて下さいなっ」
「ボクに不可能はないさ」
 鯨井起太(ga0984)が胸を張る。だが内心では警戒は怠らない。特に敵の『魔女』には注意を払う。
 敵は今ロデオ大会で装飾していた広場に夢中のようだ。だが何の策もなく通りを横切ろうものなら即座に反応するだろう。やはり手筈通り、敵を相手する班と捜索班に分かれた方が得策。
「キメラはこちらで‥‥アロンソさん達を‥‥お願いしますねぇ」
 小鳥が仲の良いロッテにショットガンを手渡して。こくり、と各々が覚醒する。
「私達は、私達の役目を」
 ロッテが丁度そこにあった小鳥の頭に手を置いて。
 先手必勝。戦いは先に流れを掴んだ側が勝つのだ。8人は3つの固まりになり、店の陰から一気に飛び出した。

牛型殲滅班:ロッテ・小鳥・ケイン
魔女狙撃班:起太・アイロン・翠
捜索合流班:連・凛

●牛と魔女
「牛の気を引くといえば、これでしょう〜」
 広場の入口から見える位置でケインが闘牛士の如く布を躍らせる。ちらり。牛がこちらを向く。さらに横で散弾銃に弾を込め終えたロッテが、
「さぁ、御出でなさい‥‥!」
 可愛がってあげる。徐に広場に銃を撃ち込んだ。
 銃声に興奮したのか、4頭は体勢を低くすると猛烈に土煙をあげて突進してきた。思惑通り。だが。
「あぅ‥‥そんなに突進してきちゃ‥‥だめですぅ!?」
 予想以上の速さ。数歩で最高速に達した牛は、纏まったまま広場から市場通りに殺到した。小鳥が必死に弓を顔面に射る。2本が突き刺さる。しかし怯まない敵。苛烈すぎる波が3人に押し寄せる。
 前衛2人が受け流そうとするも、勢いに店一軒分吹っ飛ばされた。両隣を通り過ぎた風に小鳥の髪が激しく靡く。
「後退!」
 ロッテの言葉で小鳥も動く。ジグザグに、倒れた立て看板までケインが蹴り上げて。それを物ともせず走る敵。工芸品屋、金物屋、酒屋、八百屋。広場から離れていく。
「闘牛じゃなく牛追い祭り、だね‥‥ッ」
「追われて‥‥ますぅっ」
「正直おじさん、にはしんどいです」
 苦笑するケインにロッテが、
「今度遠泳に連れて行ってあげましょう」
 それともクロカンか。微かに嗜虐的な笑み。
「虐めないで下‥‥」
 ケインが言い差した時、前方からも1頭の牛が現れた。暗い毛並。
 広場の明るい牛はロデオの‥‥!
 ロッテが逸早く距離を詰める。敵の顔は堅い。ならば。
 八百屋の幌に飛び乗る。さらに跳躍して敵上空へ。前に一回転した力をそのまま右踵に、牛の背骨を撃ち砕く!
 鈍い破砕音と共に着地するロッテ。牛は逆海老に折れながらも生きている。そこに飛来するのは小鳥の矢。その2本ともが首を貫通し、ようやく敵は生命の動きを止めた。残るは釣り上げた4頭。場所的にはアロンソが潜んでいそうな所から離し、また魔女の介入もないはず。
「闘牛の時間よ」
 ロッテは歩いてケインと並び、構える。姿勢を低く溜め。爆ぜる。
「血祭りにしてあげるわ‥‥!」

 狙撃班は殲滅班が牛と対峙した隙に広場に近い肉屋へ入る。通りから狙撃するより2階の方が死角が発生しづらく、また殲滅班を援護する場合も誤射の可能性が減るからだった。
「ここには少年達はいらっしゃらないようです」
 アイロンが店先にいた捜索班に報告する。
「ほむ、ありがとうございます。ではそちらも気をつけて下さいネ」
「彼らの事、よろしくお願い致します」
「ハイなっ」
 連と凛が向かいの店に行く。それを見届け、3人も木造の2階に戻る。広場に面した窓と通りに面した窓から覗き見る。魔女は中央、ロデオの牛に悠然と腰掛けていた。牛は全く暴れない。
「やはり指揮官の役割でしょうか?」
「1体だけ異質なのが紛れ込んでるのは、いかにも厄介だね」
 起太が慎重に敵に銃口を向ける。翠は通りの窓枠に軽く座ってスコープで。牛がのっそりと左に歩く。
「ふむ‥‥外套の中に魔物でも住んでるのかな?」
「別のキメラが出てくる可能性も?」
「いい考察です。どうでしょう、アイさん。その極意を教えていただく為に今度僕と牛乳パーティ‥‥」
「では、星が私達の前で流れた時にお願い致しますね」
 あっさりかわすアイロンである。それを横に見て起太が、
「じゃあボクとお米パー‥‥」
「鯨井さんも。そのような事は大切な方におっしゃる事ですよ」
 めっ、なアイロン。気を引き締め、部屋の中央で弓を片手に敵を観察する。こちらの準備は完了。あとはタイミング。
「この哀しみはあの魔女で晴らす事にしましょう」
 むくれる起太に翠が提案する。
「‥‥だね」
 逃がさないよ。うん。間違いなく逃がさない。起太は広場の窓の隅に銃身を置いて。
「カウント、いきます」
 9、8。キリキリとアイロンが矢を引く音。フルドロー。
 5。広場と反対で激しい戦闘音。
 2、1。引鉄が絞られ、弦が解放される!
 ガァン! 一定の間隔で連続する銃声。
 弾丸が強烈な勢いで魔女の頭、胸を穿つ。さらに左肩を矢が襲った。攻撃は終わらない。魔女は操られるように踊る。部屋には硝煙。
「手応えは十分ですが」
 その時、翠は見てしまった。敵の掌に昏い何かが集まるのを。
「退‥‥!」
 身を伏せる。直後。窓から飛び込んでくる闇色の弾。爆発。黒いそれは家屋に一切の破壊をもたらさず、3人の身体にのみ影響を及ぼした。激しい鈍痛。が。
「守らなければならないのです‥‥っ」
 窓から離れていたアイロンが、敵の隙を狙う。空気を切り裂く影の一矢。それは狙い違わずこちらを向いた魔女の額を突き抜けていた。牛から崩れ落ちる魔女。動く事はない。
 結局、膨らんだ外套は最期まで用を為さなかったのである。
「‥‥次はあの牛達のお相手だ」
 身体のダメージを確かめ、起太が素早く切り替える。そして通りの窓から見たものは――。

●少年と牛
「凛と連、響きもいいし、いいコンビが組めそうだね」
 捜索班が姿勢を低く道を横切り、肉屋から飲食店へ行く。いや、正確には飲食店だった場所へ。ここは初めに牛が突っ込んできた地点の至近。半分以上が倒壊していたのである。
「ほむ、デュオで歌手デビューですネ! がんばります!」
「それは判らないけど」
「あとぬいぐるみ仲間でもあるのです♪」
「な‥‥り、凛はそんなの好きじゃ‥‥!」
 軽く見回し、次の工芸品屋に急ぐ。牛型は殲滅班が完全に引き付けており、魔女はのらりと広場。迅速に通りを横切れた。ごちゃっとした店内を注意深く探るが、気配はない。
「ほむー、ここか雑貨屋かと思っていたのですが」
「とにかく探そう。凛達が、守る」
「‥‥です。胸に届いちゃったのですから」
 連がこくこくと精神再注入した時、近くから金属の澄んだ音が微かに聞こえてきた。ここにそれらしき物はない。が。
「隣の金物屋でしょうか?」
「早く、行こう‥‥!」
 工芸品屋を出てすぐ隣に入る。殲滅班の方は、前衛2人が4頭を掻い潜りながら一撃ずつ攻撃を加えていたのが僅かに見えた。早く援護に行くべきだろう。その為にも見つけなければ。
 店に足を踏み入れると。
 光り物な鍋と棚のバリケードが。刃物の類は出来るだけ散乱するように。しかしその中でも中央腰元に銃眼らしき隙間がある。少ない時間でやれる限りの防衛。無闇に飛び出さずに守る決意。それが、見て取れた。
「お待たせ致しました!」
 連が鍋をノックと共に、元気一杯。驚いたのか、がたっと一角が崩れる。‥‥果たしてその奥に、2人はいた。
「遅い。待った」
「たはは‥‥お隣かと」
「‥‥。‥‥いや、単なる八つ当たりだ。‥‥助かる」
 愚痴ろうとして、連の眩しすぎる笑顔に心が折れるアロンソである。
 少年はアロンソの横でじっと能力者を見上げていた。その目は何を考えているのか判然としない。それ程に衝撃的だったという事だろうか。
「少年クンは強い男の子です。だからおねーさんの事、守って下さいネ?」
 では移動しましょうか。連は優しく微笑んだ。
 一方。もう一つの再会を果たしていたのが、
「また会ったね」
 宜しく、と凛。
「これであんたに世話になるのは三度目か‥‥」
 アロンソの呟きに凛が頷く。そして唯一の出入り口から外に出ようとし、
「でも今日は」
 やはり振り向いて。
「凛の背中は任せたから。前は任せて! 連も」
 今は、戦い、守る事が出来るのだと。そう言ってくれているようにアロンソは感じた。
「‥‥ああ。命を賭けても」
「ほむ、気負いすぎるのもよくないのですよ」
 少年といつの間にか手まで繋いでいる連が。そして唯一の出入り口から一行は出る。退避、また必要ならば別働隊の援護をせねばならない。数的に不利なのが気がかりだった。
 見ると市場通りの村中央に近い位置で、殲滅班は戦っていた。さすがに慎重に、こちらが損害を受けないのを第一に。ならば逆側の人間が均衡を崩さねば。
「凛さん、道を切り拓きましょう」
 ごめんね、と少年に断って手を離した上で、連が矢を番える。横で目立たないようにといつもとは違う槍を持ってきた凛が、得物を腰に構える。
「刺し穿つ‥‥凛の想いを雷槍に宿して!」
 神速のローラーブレードで凛が突撃した――。

 ロッテが牛を縦横に翻弄し、ケインが紙一重でかわし刃を返す。突進しようとした敵には小鳥がやや弓なりに矢を浴びせ、その隙に前衛が詰める。ヒット&アウェイで繰り広げられる市場の戦いは、1頭の力は弱いながらも数と体力、体当たりで押してくる牛型に、3人は攻めきれないでいた。軽く攻撃を加えても、敵は目の前の人間を壊す事にしか興味がないように戦うのである。
「うー‥‥突進は、危険なんですぅ‥‥!」
「まさに、猪突猛進ね」
 鞭か何かで調教すれば良かったかしら。ロッテが焦れて散弾銃を撃ってみるが、やはり致命傷以外に意味はないらしい。
「ッまだ、まだやれます!」
 流し損ねた敵の角を、ケインが正面から蛍火で受ける。牛はそのまま右に捻り、ケインを酒場の壁に吹っ飛ばした。立とうとして一瞬膝が笑う。が、気丈に立つ。
「‥‥お、おじさん、引退するかも‥‥」
「‥‥無事、ね。今度雪山訓練にも連れて行ってあげましょう」
 とはいえ。ケインの弁明を聞きながらロッテが素早く巡らせる。
 敵は死の直前まで向かってくる。このままだと数が少ない分、こちらの方が先に体力が尽く可能性も。多少の怪我を覚悟してでもまず数を減らすべきか。
 ロッテが小鳥に目配せして攻めようとした時、牛のさらに向こうから声が響いた。
「みなさぁん!!」
 合わせてくれると、どうしようもなく信じきったような声が。
 同時に2本の矢。そして、
「凛が守るから!」
 殲滅班から遠い位置に隠れていた牛に、凛が獣突を叩き込んだ。
 牛の群に混乱が生じる。このチャンスを逃す者などいない。
 ケインは先程体当たりされた牛を交差気味に薙ぐと、横合いから腹を力の限り斬り上げた。さらに首の根元から頭へ突き刺す。どすんと地に伏す牛。
 その脇を抜けるように小鳥の矢が別の牛に向かう。渾身の力で引き絞り、一瞬の虚を突いたその二矢は、敵の胸に半ば以上突き刺さった。さらにロッテが首を刈る左上段蹴りでその牛を沈め、最後の1頭を視界に入れる。
「大いなる大地に眠れ‥‥」
 地を縮めたかの如き接近。ロッテはスライディングで潜り込み真下から蹴り上げる。そこに再び矢を番えた小鳥が。
「とどめですぅ‥‥!」
 人の傷つく姿を見たくない。強い想いを乗せたその矢は見事に敵のどてっぱらに穴を開けていた。
「ラ・ソメイユ・ぺジーブル」
 ゆっくりと立ち上がったロッテに、ケインがハンカチを手渡した。

●少年と‥‥?
 村中央。少年を囲んで家に送るところだった。少年の横にはアロンソ。
「初任務、おめでとうございます。これであなたは『戦友』ですよ」
 それが良い事なのかは解りませんけどね。翠が話しかける。
「お疲れ〜」
 小走りで追いついたケインが、何かを投げる。緊張の疲れか、取りこぼすアロンソである。改めて見ると、歪ながら健康そうなオレンジだった。拾って服で拭く。
「なんとか子供は無事だったが‥‥隠れるだけでなく、倒せていれば」
「覚悟はいいけどまだ無理、だね」
 ボクならやれるけど、といつものように起太が。厳しいようだが、確かに新米1人だけでは大した事は出来ないのだ。
「ほむ、出来得る最善の事をやる、それが大事なのです」
「今度は‥‥ちゃんと自分の手で‥‥守れたんですよぉ‥‥よかった‥‥ですねぇー」
 連は陰一つない笑顔、小鳥はロッテに隠れつつも今度はアロンソの視線から逃げずに。
「それに基礎訓練は1ヶ月だったんだからすぐ」
 凛がさり気なく励ます。
「凛は仕事もあって時間かかって‥‥べ、別に成績悪かったわけじゃないんだからなっ!」
「今回アロンソさんが為した事は重要な事だと、私は思います」
 アイロンが少年をたおやかに眺めて。アロンソは先輩傭兵の言葉をしっかりと記憶に留めて頷く。
「アロンソ」ロッテが訊く。能力者となった『覚悟』を。じっと見つめて。
「‥‥俺は、護りたい。今は村だけでも精一杯だ。それでも」
 その答えは世界から見れば小さいかもしれない。だが、能力者たるべき意味が籠っていた。ロッテは静かに目を伏せる。
「ならばあなたは『化物』ではない。その気持ちを、絶対に忘れないで」
 しんみり。
「あ」
 そんな空気を切り裂いたのは。
「勝利の牛乳、部屋に忘れてきたぁ!!」
 涙交じりの翠の絶叫。その声は遠く、妙にいつまでも響いていた‥‥。