●リプレイ本文
サロンの喧騒は、今にも艦外で作業を始めんとしていた2人の耳にも届いていた。
「何だ?」
「メガコーポの話、でしょうか」
時枝・悠(
ga8810)と鐘依 透(
ga6282)だ。
歩く度に磁力靴がカンカンと音を立てる。悠が拗ねたように口を尖らせた。
「ま、どうでもいいや。電子戦機に狙撃銃推奨しやがったりしない限り、ね」
「あはは」透が苦笑して続く。「僕もまぁ、入らない方がよさそう、かな」
「あんたもメガコーポに恨み事でも?」
2人の眼前に横たわる巨大な艦。所々損傷した部位があって痛々しいが、それでもその威容は見る者を無条件に圧倒する力を持っていた。
アーシア少尉の指示が飛び、修理艇が近付いてくる。透はそれに手を振ると、悠に答えた。
「いえ、その。‥‥ミカガミへの想いが溢れそうなのでっ!」
「‥‥あぁ、そう」
「いいですよねぇミカガミ! だ、だってまず何より内蔵雪村が凄い! それに思い出してみて下さいあの姿‥‥ほら、希望に溢れた姿だと思いません!? 僕はね、あ」
「あ、危ない」
ゴヅッ!
スイッチが入りかけた透の体に、悠の手渡された装甲板が直撃した。
●パスタかソーセージか、はたまたカレーかハンバーガーか
「はふ‥‥疲れ‥‥ましたぁー‥‥」
出来立てのオムライス――玉子でボール状に包んだそれを数十個器に入れ、幸臼・小鳥(
ga0067)は盛大にため息をついた。後ろには所在無さげにロッテ・ヴァステル(
ga0066)が佇んでいる。
「‥‥偶には私にも料」「だめ‥‥ですぅー」
厨房は女の戦場とばかり主張する小鳥である。一方で森が主戦場のロッテは借りてきた猫状態だ。
小鳥の良心が痛むが、ここで甘い顔をしてはいけない。小鳥は片手で器を持ち、ロッテの手を引いてサロンに向かう。無表情ながら若干俯いたロッテ。遂に耐え切れなくなった小鳥が「今度おうちで‥‥一緒に作りましょぅー」と声をかけた。すると、
「必ず唸らせてあげるわ‥‥!」
途端に前を向くロッテである。小鳥が苦笑してサロンの扉を潜る。
と、そこに例の口論が飛び込んできた。何やらヒメが仲介に入り、植松・カルマ(
ga8288)やルナフィリア・天剣(
ga8313)が口を挟んでいるようだ。
「何とも元気な事ね‥‥私達は食べていましょうか‥‥」
「ですねぇー。あ‥‥皆さんも‥‥どうぞぉー‥‥」
我関せずと卓に陣取る2人。オムボール(仮名)をクルーに配ると、彼らはありがてぇありがてぇと次々手を伸ばしてきた。というか人が群がりすぎて小鳥が埋もれていた。
「まぁ、騒ぎを肴に楽しみましょ」
「っふぁ‥‥たしゅ‥‥ひぁあぁ〜っ!?」
論争と別の場所で新たな騒ぎが起きていたが、気にしてはいけない。
「で。最初に訊いときたいんだが、お前らがしたいのは喧嘩か議論かどっちだ?」
「んぁ? ンなもん知らねぇよ、イチャモンつけてきたのは貴族サマだぜ?」
「何を言うか貴様! 貴様が我が‥‥」
じとー。小柄ながら物怖じする筈がないルナフィリアが絶対零度の視線を送る。緋色の瞳が妙に怖い。
「どっちだ?」
「まま、ほら、喧嘩じゃねーけど議論っつーか愛の叫びっつーか? そーいうもんがあんのよ、男には! で、これ大事なんスけど。愛を語るなら人の邪魔せず愛を語れっつって」
颯爽と場を混乱させるのは当然カルマだ。彼は右手のカクテル(ノンアル)を飲み干すや、卓に上って仁王立ちした。
「そんな事より聞いて下さいよ俺の運命と書いてフィアンセ的な人のハナシ!」
「いきなり何始めやがった」「何だ何だ?」
ざわ‥‥ざわ‥‥と浴びる注目。カルマは気にしない。むしろ愉悦! 圧倒的愉悦! 幾千(誇張)の視線がカルマを昂ぶらせる!
「流れるようなキレイな髪とおでこが萌え萌えきゅん☆ で、もー俺にベタボレっつーかでも素直になれないっつーか? そこがまたカワイイんスけど!」
「ノロケか!」「てめーふざけんな」
「え、ナレソメが聞きたい?」「言ってねえ!」
「ありゃいつだったスかねぇ」
鼻の下を伸ばして話すカルマ。ふと観衆の中のヒメと目が合い、ウインク(できてない)をすると、物理的に本気で刺さりそうな視線が返ってきた。
カルマが咳払いして本題に入る。
「んでんでんで。女に惚れる時ァ人種で惚れるんスか? そーいうアレな人もいるかもスけど、でも普通違うっしょ。俺にとっちゃKVも一緒ッス。昇天盛りもあげぽよも前世的なサムスィンがこうビビっとね」
ちなみに昇天盛り、あげぽよはカルマのディアブロ、ピュアホワイトの機体名である。
クルメタル信者の男が神妙に頷こうとし、しかし首を捻る。
「確かに正論ではあるが‥‥どうにも君に言われたくないのは何故だろう」
「ちょ、折角俺すげーイイ話したのに!」
「それに君のお仲間は‥‥ほら」
男が促す先を見てみる。そこでは、
「まぁメガコーポは‥‥強いて言えばドロームかねぇ。なんと言ってもパピーとイカを兵器として生産体制に持っていった功績は大きい」
ルナフィリアがカプロイア信者に長広舌を振るわんとしていた。
「そう、パピルサグとクラーケンだ。そうだな、まずKVというものの開発思想は元々汎用性を重視したものだ。数を補って余りある汎用性。空にいた10機が次の瞬間には陸で戦う。それが理(中略)」
●グズグズしてる奴は天の川に叩き込まれる(嘘)
『次はセクション3――そうです、時枝さんから見て左、お腹側の――はい』
「了解、と」
アーシア少尉の指示に従い、装甲の上を磁力靴でぺたぺた歩く悠。視界の下に艦があり、上にはドックに立つ少尉が逆さで映っている。左右には別の艦が停泊しており、至る所で作業が行われていた。
現場に着くと、溶けかけの装甲板がすぐ判った。脇で端末操作して板同士や艦との接続を緩め、板を浮かせる。悠は慎重且つ大胆に板の端に指をかけ、気合一発思いきり引き剥がした。
「作業が終った暁には畳返しを習得できてそうだ」
畳より大きい装甲板を膂力に任せて保持し、修理艇を待つ。
修理艇が来たら外した板をゆっくりそちらへ押し出す。それを修理艇の補助腕が受け取ると、今度は艇から悠の方へ新たな板が渡される。悠は宙でそれを受け取り、後転して勢いを殺す。そして新しい装甲を嵌め込んで端末を操作すれば、1枚交換完了だ。悠は最後に周囲の板との接続を確認し、少尉の指示を仰ぐ。
これを延々と繰り返すのだ。
「おめぇら、それが終ったら新型試すからな! きっちり配線しとけぇ!!」
「「「まぁじッスかぁ!?」」」
遠くから整備班の悲鳴が聞こえる。
こっちにあんな班長いなくて良かった。悠は秘かに思った。
一方で透は艦右舷を駆け回る。もとい、飛び回る。
修理艇で新しい板を貰うと、少尉の指示に従い破損箇所へ。やはり端末操作で板を浮かせ、慎重に除いて新装甲を嵌め込む。そして古い板は自らが乗るようにして修理艇へ持って行き、処理してもらう。
修理艇の動きとしては、透に新装甲を渡して悠の方で作業し、透の所へ戻って作業するとまた悠の方、という具合だ。透と悠の作業が期せずして交互に合致した事になる。とはいえ。
「脚ブレーキ!」
迅速に作業を行わんとすると、修理艇から艦に向けて飛び出す速度も増す。そこで透は板と艦の間で緩衝材の役目を果たすのだが、それが重労働だった。
「っうぇ‥‥」
『鐘依さぁん、大丈夫ですかぁ?』
「だ、大丈夫でーす」
強がる透である。
とそこでドックに警報が鳴った。赤色灯がぐるぐる回り『ゲートを開放します。作業員は退避して下さい』と警告が流れる。慌てて奥へ逃げ込む整備兵達。全員の退避が確認されるや、ごぅんと低い振動と共にゲートが開き、エクスカリバー級が入渠してきた。
壮大な艦が巨大なドックに収められる。再び閉じられていくゲートの地響きが、脚から伝って腹を震わせた。
カリブルヌスの許へ戻り、透が改めてでっぷり太った艦を見上げる。
「‥‥いいなぁ。何か、安心する」
「でしょー。私の艦ですからっ」
「アーシアさん? え、あれ、艦長は?」
「艦長や副長にはご隠居いただく予定なので!」
嘘か真かとんでもない事をのたまう少尉である。そこに悠が気怠げに来る。
「艦長と言えばその後調子はどうなんだ」
「調子?」
「胃とか」
「あー、少しはマシになったでしょうけどねぇ。でもカウンセラーも来ましたし、艦長業務に集中したら良くなるかも。そんな難しく艦長やらなくていいと思うのになぁ」
「そか」悠がいやらしく口角を歪め、「そこで少尉が下剋上って訳だ」
「くひひひっ、ですよぅ♪」
悪の女幹部ご一行である。透が苦笑しながら嘆息した。
「さ、作業再開しましょう!」
――お姉さんかお母さんかと思ったら、家庭を盛り上げる悪戯好きな妹だったとは‥‥。
●All you need is‥‥
「――でだ、パピーの拡張性の高さは他の追随を許さない訳だが、それが重要だ。特に我々傭兵のような遊撃戦力が戦力である為にはそれが欠かせないと思う。武装を換えれば海でも宇宙でも行ける。それこそ浪漫だろう。懐にも優しいし。それに何よりあのサブ――」
いつ終るとも知れぬルナフィリアの情熱。いや情熱に終りなどないのだ。それを体現したかの如き彼女の姿が、そこにはあった。
「――う理由でやはり私はメガコーポより何よりもパピーこそ素晴らしいと思う。そしてそれに次ぐのが、イカだ。こっちは陸戦はできないんだが、そこは低空からの対地攻撃で補えるだろう。拡張性はまぁまぁなんだが、何と言っても触手――」
白い肌がやや上気しているのはサロンに熱が篭っているからか。ホワイトボードに絵を描きつつ熱弁を振るっている。
序盤で存在感を示したカルマもいつの間にかヒメと共にロッテ達の近くに着席していた。彼女達は完全にクルーに溶け込んでおり、今すぐ戦闘しても連携できそうな勢いだ。
ロッテが粘性の高いカレーを口に運び、咀嚼する。宇宙食と思えぬスパイスの香りが鼻腔に抜けた。
「元気すぎるわね‥‥」
「熱い‥‥ですねぇー。私は特に‥‥拘りもないんですけどぉー」
多くのKV所有権を持つ小鳥だが、それは必要に駆られたからだ。反対にロッテは1機のみ。相棒として大切ではあるが、それは機械への愛でなく人間への信頼というか、微妙に温度が違う。
「それにしても‥‥ヒメさんはカウンセラー‥‥なれたのですねぇー。初めてのカウンセリングは‥‥カルマさんでしょうかぁー」
小鳥がオムボールを頬張る。ヒメが水を口に含んだ。
「コレにそんなのが必要だと思う?」「ちょ‥‥」
「た、確かにぃー‥‥」「小鳥ちゃんまで!? イケメン泣いちゃう!」
隣の煩いのはとりあえずスルーだ。
と、小鳥が近くの空いた皿を持ち、厨房へ向かう。ゆっくりふわふわと慣性に従い浮遊するが、もはや当然のようにその右脚が椅子に引っ掛かった。
「ひぁっ!?」
皿をぶちまけながら縦に半回転した小鳥。その勢いは彼女の頭に集約され、目の前の卓に炸裂した。
ゴッ!
「‥‥、大丈夫か?」
「‥‥ふぁぃー」
頭を支点につんのめって止まる小鳥である。ちなみに皿の方は金属製だった為、事なきを得ていた。小鳥は何事もなかったかの如く改めて皿を集め厨房へ入っていく。
一方でルナフィリアの方はまだ終りそうにない。が、そろそろ彼女の独演会になりつつあるのも事実だった。ずっとクルーとの友好を深めていたロッテが嘆息して彼女達に近付き、手を叩いた。
「結局どれも命を預けるKVである事に変りはないでしょう。双方拘りがあるのは解るけど、強要せず尊重し合う事が大事ではないの? 例えば」
ロッテがルナフィリアを見、
「彼女は存分に語っていたけど、強要はしてないわ」
「んな事ぁ解ってらぁ! いざって時ぁ関係ねぇよ、でもこんな時くれぇやり合ってその後で『へ、お前にゃ負けたぜ』とかやってもいいじゃねぇか!」
「‥‥は?」
「そういうの解んねぇかなぁ!」
なぁ、とカプロイア信者がクルメタル信者に呼びかけるが、相手の方は「う、うむ?」と困惑気味だ。
「思いきり言い合ってすっきりしてぇ時だってあんだよ。な!」
「お、おう」
「合せないで反論なさい」
ロッテのツッコミにクルメタルが目を背けた。ロッテは果てしない徒労感を覚えた。熱弁を中断されたルナフィリアは、我に返ったように言う。
「ストレス発散ならいい。酔って口喧嘩もまぁいい。だがそれでも人の思想信条主義嗜好は否定せん方がいい。無礼講の中にもルールはある」
「‥‥まぁ、確かに酔いすぎたよ」
しょぼんと俯く男。が、次の瞬間ガバッと顔を上げるや、
「お前ら飲み直すぜぇえええええええ!!」
などと囃し立てた。周囲の者も唖然だ。そして真っ先に新たな酒を飲み干す彼を見、ロッテはこめかみを押えた。
「これじゃ艦長が苦悩するのも当然ね‥‥」
その様子は、サロンの片隅に座るヒメとカルマも見て取れた。
――早まったかな‥‥。
自らの決断を後悔しかけるヒメである。だがやりがいがあると思い直す事にした。
「アー」
「何?」
カルマがガタガタと椅子を近付ける。卓に片肘をつきドヤ顔で、
「来たッスよ、使い潰されに」
「‥‥そ」
「遂に来たって感じッスねぇ、ここまで。リィカちゃんいなかったら俺ここいなかったかも」
「貴方ならどうあっても勝手に目立って勝手に戦果を上げてると思うけれど。それと。いなかったら〜なんて依存は嫌いよ」
ジト目で見返すヒメ。カルマがてへぺろして自分の頭を叩いた。
ヒメが嘆息して水を飲む。白く細い喉が微かに動き、吐息が漏れた。卓にあったチョコを手に取る。あむと口元を隠して食べ――不意に、カルマが肩を抱き寄せ顔を近付けた。
一瞬の口付け――もとい、でこちゅー。
「‥‥、ぇ?」
ヒメがそれを認識するのとカルマが唇を離すのは同時だった。途端に顔を赤くしてカルマを押し退けるヒメだが、無重力のせいで両者があらぬ方向へ倒れかけた。
咄嗟にカルマがヒメの手を引く。
「っ、な‥‥何をし」「でこちゅー」
こんな所でと呟きながら俯くヒメに、カルマが堂々とのたまう。
「この戦いが終ったら‥‥言いたい事があんだけど」
こうも真正面から危険なフラグを立てられると困る。うん、とヒメが沸騰しかけた頭で頷くと、カルマは突然いやらしい笑顔に戻ってツッこんだ。
「あっるぇー、顔赤すぎじゃねッスか?」
「う、煩いなあ!」
暫くして艦外作業の透と悠がやって来る。彼らは1時間で9枚の装甲板を交換する事に成功していた。艦全体で見ればまだまだだが、少しでも作業が進んだのは確かだ。一方でサロンでは飲み直しが始まる等、クルーの結束はさらに高まりつつある。
最後の決戦に向け、この先どの艦も右へ左へ駆り出されるだろう。そんな土壇場でこそ、この瞬間の記憶が皆の原動力になる事は、間違いない。
『作業完了は18時間後の予定である。2班は勤務、3班は待機に入れ』
艦長の放送に呼応する声が、艦内に響いた。
<了>