タイトル:狂信者の末路マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/09/10 23:10

●オープニング本文


 バリウス閣下が、死んだ。
 その信じたくない、しかし確かな報せを聞いた時、彼の中の何かが音を立てて崩れ落ちた。
「は、はは‥‥嘘だ‥‥に、に、ニンゲンどもの謀略に決まっている‥‥そんなわけ、そんなわけある筈がない‥‥閣下が――――■■■■が、■■■が、■■■■■■が敗れる筈‥‥」
 彼は――ドゥアーギはうわ言のように繰り返す。バリウス閣下の、いやバリウスという人の皮を被る前の勇姿を、思い浮かべながら。
 あの方が負ける筈がないのだ。な、なのに何故そんな与太話を持ってくるのか。謀略だ。謀略でしかありえない。本当は奴らの本拠地を落とし、今しもこの大陸に戻ってきているに違いない。ニンゲンどもはそれを機に我々が勢いを取り戻すのを恐れているのだ。だからこんな謀略を仕掛けてくる。ならば狼狽するべきではない。謀略だ。閣下が戻ってすぐ逆襲に転じる準備を整えておかねば。謀略だ。謀略だ。それが己の役目。例え閣下の覚えが悪くとも、手となり足となり動くのが己の矜持。謀略だ。謀略だ。謀略なのだ!!
「ドゥアーギ様、次のご命れ」
「煩い黙っていろ木偶人形め!!」
 そうだ、準備だ。ニンゲンを壊し尽くす準備をしなければ。反攻の狼煙となるような、閣下に捧げる盛大な花火を準備しなければ。
 最も多くニンゲンを壊し尽くすにはどうすればいいだろう。壊す‥‥破壊。効率よく破壊するには重点を破壊すればいい。ならば地球を壊そう。そうすれば閣下に最高の贈り物ができる。地球だ、地球を壊せばいい。そうと決まれば早速動かねば。地球は地面のプレートがどうのと、この脳が伝えてくれる。ならば話は簡単だ。そのプレートとやらに穴を開ければ地球は連鎖的に崩れ落ちていく。つまり地中奥深くまで穴を開け、そこで大爆発を起こせばいいのだ。なんだ簡単ではないか。さぁ、行こう。閣下に地球を捧げる為に!
 ドゥアーギは自らが調整した特別製の人型機械体を押し退け、足早にティターンの許へ向かう。
 ――この機体で穴を開け、その穴の奥で自爆させればきっと充分に違いない。
 そう信じて機体にエネルギーを注ぐと、重々しい足取りで機体を歩かせていく。
 その瞳はどこまでも澄んでいる。そしてそれが映し出すこの世界は、この世の何もかもが力を与えてくれているかのように、全てが晴れ渡っていた‥‥。

 ◆◆◆◆◆

 ドォ‥‥ン‥‥!!
 その轟音は、軍がモザンビーク島へと渡り、完全なる制圧に乗り出すべく裏道の1本1本から見回っている時に起こった。
 島全体を揺るがす程の地響き。振動だけで古い建物は崩れてしまうのではないかとすら思えるそれに、軍も足並を乱しかける。だが完全にパニック状態に陥る事はない。なんといっても島にいる者達は北アフリカからずっと戦い続け、そしてここまで辿り着いた歴戦の戦士ばかりなのだ。
「爆発‥‥?」
 その中の1人、アロンソ・ビエル(gz0061)が油断なく左右を警戒しながら独りごちた。
 轟音の後にも振動は小刻みに続いている。
 彼らは素早く周辺の分隊と連携を図ると、その振動の元を探らんとする。島の北東部だろうか。町中のようだが、やや離れていそうな感じではある。分隊が小隊へ。そのうち上級士官の命令が飛び、見る間に2個中隊にまで発展した。
 彼らは震源と思しき北東部へ、じっくりと近付いていく。震源地を南側180度から半包囲する形で、少しずつ、確実に。
 その間にも振動は再び大きくなりつつある。建物の間から、空へ朦々と立ち上る砂煙が見えた。一際高い轟音が耳朶を打ち、直後、ガラガラと形ある物が連続して崩れ落ちたような音がした。
 アロンソ達が駆け出す。凸凹の舗装路を踏み締め、古臭い煉瓦の建物の横を抜け。そして裏道から飛び出すと、途端に視界が左右に広がった。正面は煙が充満しており分かりづらいが、どうやら結構な広さがあるようだ。
「敵が破壊したのか‥‥?」
 銃口を煙に向け、引鉄に指をかける。次第に煙が晴れてきた。目を細めて見定めんとすると、その時、煙の向こうから大音声が響いてきた。
「そ、そ、そこに貴様らニンゲンどもが虫けらのように集っているのは分かっているぞ! だが‥‥ははは、だが絶対に邪魔はさせぬ! こ、これぞバリウス閣下への忠誠の証!! か、か、か、必ずや私めが反逆の狼煙を上げてみせましょう!!!!」
「この声は‥‥」
 その宣言には多分に狂気が含まれているのが分かった。だがアロンソをはじめ軍の兵達もそれを気味悪がっている余裕はなかった。
 何故ならば、煙の先には多くの敵がひしめいていたからである‥‥。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
舞 冥華(gb4521
10歳・♀・HD
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER
黒木 霧香(gc8759
17歳・♀・HA

●リプレイ本文

 砂塵が晴れるに従い、キメラの群とその奥に聳えるティターンの姿が露わになってくる。
「俺達はこのまま全力で敵に当ろう!」
「応!」
 声を張り上げ兵と連携するアロンソ。村に帰ったら若衆のリーダーとしてきっと立派にやっていける。ロッテ・ヴァステル(ga0066)は秘かに彼を見やり、
「アロンソ、背中は任せたわ‥‥」
「了解!」
 2人が兵の前に立ち、敵群を見据えた。と、そこにけたたましい音と砂塵を立て何かがやって来る。それは敵前線を食い破って突っ込んでくるや、甲高い音を上げ2人の傍で止まった。
「ん、冥華のでばん? むこーでてぃたーんがあなほってたけどきめらいっぱーいでにげてきた」
 騎龍突撃で強引にやって来た舞 冥華(gb4521)。いそいそとAU−KVを装着する彼女の頭をロッテが撫で、懐の閃光弾のピンを抜いた。
「えぇ、出番よ冥華。私と一緒に、目の前の奴らをぶちのめす簡単なお仕事‥‥!」
 ロッテは閃光弾を投擲するや、先手必勝、紅の散弾銃を放った。

●迂回強襲
 ガァン!
 銃声と共に始まった正面の戦いを尻目に、彼らは右翼から広場を回り込む。
「ドゥアーギ‥‥何か壊れてますねぇー。薄い所を‥‥一気に突破して‥‥何とか近付かないとぉー」
 幸臼・小鳥(ga0067)が正面側を心配そうに見る。
 建物や瓦礫の陰から陰へ、南東から東へ回り東北東まで辿り着く。鐘依 透(ga6282)がティターンを見つめ、独りごちる。
「‥‥バグアは嫌いだ。でも」
 きっとあのドゥアーギという敵はバリウスを敬愛していたのだろう。大切な何かを失うのはどちらも同じで。だから。
「終らせよう」
「声が泣いてるのよ‥‥でも、だからってこんなのは間違ってる」
 慕う人を亡くせば悲しい。でも、だったら本星に帰って死を悼めばよかったのだ。こんな破壊を振り撒くから、戦う事になってしまう。
 リズィー・ヴェクサー(gc6599)の眉が悲しげに歪み、真ん丸な瞳が揺れる。瞑目し、深呼吸。瞼を開けると生々しい瓦礫が映った。最悪の結果になっても暴走は止めねば。
「‥‥やらせない。やらせないんだからっ!」
「ですね」
 地に手を当て振動感知せんとする黒木 霧香(gc8759)。
 一個人として同情はできる。気持ちも解る。だが戦士として、それで心を乱した彼を肯定する事はできない。だから全力を尽す。戦士の本分を果す為に。
「重い音‥‥10時方向――正面側に対KV装備の敵や大型も順調に集中しているようです。ティターン周辺は‥‥振動のせいで判読不能ですが」
「こないだの人型機械体が傍に侍ってるかもって事ね」
 なら自分がそれを処理しよう。愛梨(gb5765)は得物を持つ手に力を込める。
 と、遂に北側のキメラまで南へ移動し始めた。そろそろか。5人が視線を交わす。愛梨がもう1人――朴訥で、心も体も大きな同僚の姿を思い浮かべた。
「3、2、1」
 誰かのカウントが耳朶を打つ。蠢く群を睨み、そして爆ぜた。
「GO!」
 鋭い呼気と共に加速する5人。剣牙虎を透が一閃し、愛梨が犀を袈裟斬りから払って倒す。小鳥、リズィー、霧香が左右を固めた隙に5人が突き抜け――真正面に対KV砲を持った猫がいた。砲口が光る。間に合わない。強烈な砲撃を覚悟した時。
 パッと砲が、敵が弾けた。一瞬遅れて銃声。愛梨が逡巡するより先に叫ぶ。
「今のうちに早く!」

 うっすら漂う硝煙。平屋の屋根に寝そべりムーグ・リード(gc0402)は本命へ銃口を向けた。
「‥‥ナクシタク、ナイ、デス、ネ」
 プロトン砲を地に向け、掘り続けるティターン。非効率極まりないそれはムーグに憐憫の情を抱かせるに充分すぎた。
 無論これまでの奴の蛮行は絶対に許さない。外道に変りはない。そんな奴ですら、敬愛する者を失った孤独に負けた。その耐え切れぬ哀しみだけは、共感できた。とはいえ、
「‥‥早ク、終ラセ、マショウ」
 ――それがムーグの狙いを狂わせる事は、1mmとてない。
 撃つ。地獄の番犬から放たれた力は過たず胸部装甲に着弾――弾かれた。連射連射連射。同箇所を削っていく。遂にはそれを嫌ったか、ティターンが立ち位置を90度変えた。ムーグが再装填して体を起す。
 戦況は有利。正面ではロッテ、冥華、アロンソを始め能力者が前衛として獅子奮迅の活躍をしており、また迂回した5人は機体に取り付かんとしていた。
 その5人の中には勝気な、けれど繊細な少女もいる。もしかしたら自分という存在が、彼女をこの泥沼に引き摺り込んだのかもしれない。だから。
「‥‥モウ、喪わセタク、ナイ‥‥喪いタク‥‥」
 ムーグが立ち、瞬天速も利用し跳躍せんとする。が、偶然を伴った敵砲弾が平屋を直撃した。崩れる屋根。舞う砂塵。間一髪ムーグが屋根から跳ぶ!
「ヌ、ゥゥア、アアアアアア!!」

●モザンビーク島決戦
 絶え間ない銃声。響く鬨の声。2個中隊が正面から敵群とぶつかる。
 ロッテが散弾をぶっ放せば、冥華は斧をぶん回す。アロンソが軍と共に撃ちまくれば、敵から砲弾が飛んでくる。初速の速いそれは傍若無人に人を殺傷していく。
「意地と誇りに賭けて踏み止まりなさい!」
「ろってきちく」「何か言ったかしら?」
「ぴぃ‥‥」
 びくびくアロンソの傍まで退き、アロンソを盾にして戦い始める冥華である。ロッテが宙に発砲した。
「よく狙いなさい、貴方達の敵はここよ!」
 跳躍して敵中へ突っ込むロッテ。正面の敵を着地と共に蹴り殺し、体を屈めて背後の斬撃を躱す。下段で左を崩すや、跳び上がって敵背後へ着地。敵を盾に散弾を右左と放つ。直後ゾク、と総毛立つ気配。ロッテが盾ごと振り向くと同時に体を持っていかれる衝撃が彼女を襲った。砲撃。盾を捨て射線の元へ肉薄、ロンダートから後転、捻って踵落しが猫に炸裂する!
 脳漿をぶち撒ける敵。ロッテが仁王立ちし、腕を伸ばしてクイと指を曲げた。
「さぁ、いらっしゃい」

 ロッテが敵中で暴れる程、軍への圧力は格段に減る。アロンソは虎に鉛玉をぶち込むと、流れるように再装填。別の敵に銃口を向けたところで、不意に昔を思い出した。
 無力だった自分と能力者になるきっかけ。憧れは目標になり、そして今、こうして戦っていられる。止めようのない何かが、胸に込み上げた。
 敵砲撃がアロンソを直撃する。全身の裂傷と火傷でかなり痛いが単発ならそれだけだ。
「粘るぞ! あの機体は友軍がやってくれる!」
「あろんそがもえてる。‥‥ぶつりてきに」
「え、ふおぁっ!?」
 砲撃の火焔が裾にまとわりついていた。バタバタ転がって消火するアロンソの姿はふしぎなおどりそのもの。冥華はこてんと首を傾げ、
「かくしげー?」「違う!」
 冥華とアロンソ、軍能力者が奮闘する。硝煙と砂塵で再び薄くなった視界には、虫を払うように動くティターンが見える。向こうは苦戦しているようだ。
「うー、おじゃまなきめらがいっぱーい」
 思いきり冥華が竜斬斧で薙ぎ払うと、周囲の敵が乱れ飛んだ。

「それ墓穴のつもり? 自分のかバリウスのか知らないけど、墓穴を掘る=破滅って意味よ!」
『は、はは! 墓穴! 成程ある意味墓穴に違いない!』
 盾で機械体の銃撃を防ぎつつティターンに叫ぶ愛梨。敵の1体に素早く接近して刀を振るうが、横合いから牽制射撃が入り剣先が鈍る。敵は腕で受け、払い撃ちして退く。
 霧香が錫杖を翳して退避した先を穿つ。敵2体がカバーする形で霧香を狙った。
「‥‥」
「傀儡子、ですか」
 一直線に土煙を上げ弾着を伸ばす弾幕。躱しきれない。霧香が堪えて反撃するが、4体目が煙幕を展開した。一糸乱れぬ集団戦闘だ。
 透が1体に衝撃波を飛ばす。飛び散る血潮。敵がその場で撃ちまくる。各々躱す5人。霧香が3体の敵を牽制した隙に愛梨が肉薄、慈悲を与えるが如き一撃を半死の敵に見舞った。直後、ティターンが動く。右半身で地に固定したプロトン砲はそのまま、手足で叩き潰さんとしてきたのだ。
 咄嗟に盾を翳す愛梨だがその上から吹っ飛ばされた。リズィーが敵機右側に回って躱す。小鳥がまともに喰らった。が、少女は飛ばされて尚すぐ弾頭矢を番え胸部目掛けて射る。さらに小鳥が弓を引かんとし、しかしガクと膝が落ちた。
「っ、ぁ‥‥! 流石に痛い‥‥ですねぇー」
「ティターンは何で砲身を‥‥?」
 リズィーが練成治療して考える。これが反撃の狼煙に繋がるのか。正常な判断ができなくなっているようだが――正常な、判断?
 バグアの目的は人間の蒐集とその後の破壊の筈。その順序や手段と目的が逆転していたら?
 地球を壊せば人間を捕まえられる、と。
「っ、やめるのよ! そんな事してもバリウスのおじちゃんも喜ばないんだからっ!」
『虫けらが閣下を語るなあ!!』
 砲身を棍棒のように振り下ろしてくる。リズィーが間一髪横に跳ぶが、粉砕された土塊が左脚を抉った。顔を顰めた時、敵機正面から小鳥と透が撃ちまくる!
「何をやろうとしていても‥‥これ以上‥‥やらせないですぅー!」
「貴方が今やっている事を僕は許せない。でもどうしようもなく苦しいってのも、解る。解るから‥‥だから僕は戦う! 終らせる為に!」
 乱れ飛ぶ斬撃と弾頭矢。対してティターンは泣き腫らす子供の如く破壊を振り撒く。敵死角を利用するのはリズィーのみ。その、正直すぎた戦いの結果――。
 機械体と戦う霧香が背に敵機の蹴撃を受け、血反吐を吐いて倒れる。リズィーが陰から飛び出し治療する。愛梨が重過ぎる一撃を盾で辛うじて受けるが、直後に機械体の銃弾が躍るように彼女を弄んだ。献身的なリズィーは愛梨の許にも駆けつける。が、そこまでだった。治療の最中に敵の拳を脳天から叩きつけられた。手足を狙う小鳥だが散発的で効果は薄い。透は裏拳を躱しきれず吹っ飛ぶ。体力が半分以上削られたが死力を尽して立ち上がり、
「僕は、忘れない‥‥だから絶対に、貴方を、倒す!!」
 何度繰り返したろう。魔剣から迸る斬撃。それが胸部装甲に弾かれんとした。瞬間。
「スミ、マセン。敵ノ壁、ニ、阻マレ、遅レ、マシタ‥‥」
 背後から敵機に跳び乗った巨漢が、斬撃に合せて零距離から撃ち下した!
 ガァン‥‥!
 尾を引く銃声が轟き、誰もが沈黙する。そんな静寂の中、徐に天岩戸は開かれた。

●ドゥアーギ
 ロックが不完全だったのだろう。上下両面からの衝撃に、不完全なそれは耐えられなかった。抉じ開けられた機内に、果たしてドゥアーギはいた。
 肩部に乗った巨漢――ムーグが身を躍らせ滑り込む。ドゥアーギが機内で身構えた。その脇を山刀がすり抜け、渾身の天地撃が炸裂する!
「ソノ、身ヲ、曝セ。我ラガ、大地ノ、モトニ!」
 力任せに敵を引き寄せたムーグが諸共体を宙へ投げ出し、巨体で押え込んで地上へ転落した。
「ッぐ、うああああああああ!!?」
 地が震える墜落に、敵は身動ぎもできず苦しむ。いや何とか腰を捻って抜け出すや、這う這うの体で彼から距離を取った。吐瀉物が地を染める。荒い息のまま敵が無理矢理哄笑してみせた。
「はっ、は、ハハ、はハハ!」
 何故嗤うのか。
 満身創痍のリズィーは朧げな意識のまま、それでも必死に思考を巡らせる。そして思い至った。既に機体に自爆や破壊行動を入力し終えているのではないか、と。
「っ、ボ、クが‥‥」
 攻性操作。この中で使えるのはリズィーだけだ。
 端正な顔を歪め、少女は一心不乱に立ち上がる。1歩ずつ。壊れそうな体に鞭打ち、ひたすら敵機へ。銃弾が横切った。少女の治療で生かされた愛梨、霧香が機械体を阻害する。リズィーが敵機の脚に触れた。スキル発――動、できない。割れそうな頭が、エミタが、少女を止めた。
 ごめん。ごめん。ごめんね。
 糸が切れたように少女の体は地に落ちる。意を汲んだ小鳥が跳躍して機内へ入り込む。せめて物理的に破壊せねば。縋る思いで壊さんとした小鳥はしかし、システムが働いていないと直感した。仔細は判らないが、何の気配もないのだ。
「何も‥‥細工されてませ‥‥!?」
 高所に上ったせいで敵銃弾が十字砲火となって小鳥を襲う。右脚から腰を撃たれた。既に限界を迎えつつあった小鳥はそれに耐えられず、力が抜けるように踏み外して転落した。
 まんじりともせず睨み合うドゥアーギと4人。透が息をつき、
「もう、やめましょう」
「ハ、破、爬はHAハ! か、かっかがしぬはずがない、お、わ、ワタシコソカッカダイイチノシモベAハハハHAハハHAHA■■!」
 もはや話し合いもできず、殺し合うしかない。そう悟っていながら、けれど傭兵達も明確な殺意を抱けなかった。――ムーグを、除いては。
 誰より早く肉薄して撃つムーグ。釣られて愛梨、霧香と攻撃を始め、透が続く。敵は戦闘の体すら保てず暴れるばかり。そのうち4人に圧された敵は大穴の傍まで後退し、そして、
「カ、か、閣下に栄光あれ! 我が身を以て閣下の礎となりましょう!!」
 大穴へ、身を投じた。
 4人が淵に立って見下す。すると奥が見えない程深いその先で、数秒後、カッと閃光が瞬いた。目を灼く光が溢れ、爆風が穴を駆け上る。4人が数歩後退した時、爆風に煽られたのだろう、姿勢を崩したティターンが主人に追従するように穴へ吸い込まれ、中途で爆発した。

 左手に散弾銃、右手に閃光弾を持ち、敵中で舞を披露していたロッテは、激しい地震に動きを止めた。
「これは‥‥」
 見るとティターンが消えている。至近の蜥蜴人を散弾で殺し、後ろに跳んだ。
 奮闘を続ける冥華達の傍に着地し、小鳥に無線で呼びかける。が、不通。地震の影響か?
「どうやら事態は動いたようだけど‥‥どちらに傾いたか」
「ん、じしんでちきゅーどかーん? それもたのしそだけど近所めーわくかも」
 と、砲弾が冥華の装甲に命中し、爆発する。爆煙から飛び出した冥華が斧を地に叩きつけて礫を飛ばすと、怯んだ敵群の中に砲口を向けた猫が見えた。アロンソの狙撃が敵を貫く。
「万一失敗していても、何とかなるさ」
 気負う事なく、アロンソが笑った。

 大地震が辺りを襲う。が、それだけだ。深さと火力が足りなかったのだろう。
 霧香は静かに穴を見下し、直前の敵の姿を思い返す。
 子供だった。孤独な子供。両親が入院して泣いた、昔の記憶が蘇った。あの時の自分には慰めてくれる人がいたが、敵――彼には誰もいなかったのだ。
「さようなら」
 霧香が言う。愛梨は意識を失ったリズィーを介抱し、独りごちる。
「ドゥアーギ‥‥最低なヤツだった。けどこれで漸く‥‥アフリカを取り戻せるんだ」
 同僚の顔は、見れない。どうしようもなく胸が苦しいから。代り、ではないけど助けてくれた少女の頬を撫でた。
 信念を貫き、人を信じて疑わない。その生き方は眩しくて、何故か自分まで救われる気がした。
「‥‥、――」
 巨漢の男は、他の者には聞き慣れぬ言語を呟く。この場の誰も判読できない。だが誰もが、その思いを理解できた。
 埃臭い、熱い風が広場を吹き抜ける。その風に攫われ、男の慟哭が広場を満たした‥‥。