●リプレイ本文
『頼むぜ、そち――よ。――敵――速く――艦を守りながらじゃまとも――』
オープン回線から絶え間なく水中の様子が流れ、否が応でも緊張感は高まる。
「拙いな。この戦況の1分は痛い」
『心配しないで‥‥』
奥歯を噛み締めた月影・透夜(
ga1806)の耳にロッテ・ヴァステル(
ga0066)の声が届く。魔弾――戦争初期からずっと小隊を組み続けた片翼の、頼もしい声が。
『私達が引っ掻き回す‥‥生身でもそれならできるわ』
『ロッテさんの水責め‥‥ではなく水練が‥‥奏功しましたねぇー』
無線の向こうで幸臼・小鳥(
ga0067)がふにゃっと笑うのが目に浮かんだ。透夜が「悪い。任せた」と返す。
そこに格納庫へ駆け込んできたのは何故か水着のアロンソだった。
「‥‥アロンソ」
「はぁ、はぁ、俺も一緒に出」
アロンソを遮り、透夜が苦虫を噛み潰して、
「こっちに寄越されたのは解る。だがその恰好で荒い息を吐くのはやめろ」
「皆でいくぞ! せぇーの!」
機械任せでのんびりKVの装備変更している余裕はない。夢守 ルキア(
gb9436)機オロチ、オイジュスは整備兵に囲まれ急ピッチで作業が進む。
ルキア自身も機内でコンソールを確認し、無線に呼びかける。
「水中の人、聞こえるかな? 直ぐに行くからちょっと持ち堪えて! 弾幕トカで騙し騙しって感じで」
『――了解。――てる間に援――って何だありゃ、水着の女――』
どうやら生身班が戦闘を開始したようだ。こっちも早くせねば、とルキアの指が目まぐるしく盤上で踊る。その時、
「んー、そこのいかにきーめた」
格納庫に響いたのは舌足らずな少女の声だった。
少女――舞 冥華(
gb4521)は夕飯を決めるノリでKVの1つを差すや「ちょーせーよろー」といそいそ上って機内に潜り込んでしまった。
「おかねは冥華のほごしゃとあろんそがだす。あぱーむ、まにゅあるもってこーい」
「お、おう」
呆然とした整備兵だが、動かせる人間なら誰でもいい状況ではあると納得し、慌しく準備に入る。
冥華が機内で適当にこれかなと起動。なんとなくレバーを引くと、クラーケンから触手がうねうね飛び出した。
「おー。手がいっぱいふえた。これでろってもこわくないかも」
不穏な台詞を吐きつつ操作してみる冥華である。
ともあれ。格納庫という戦場を整備兵が駆け回る――!
●人の戦い
「面倒な‥‥」
舌打ちして埠頭の端まで走る杠葉 凛生(
gb6638)。その彼を追い越しムーグ・リード(
gc0402)が桟橋まで進むや、全力で大跳躍した。
「ッ‥‥ヌ、ゥウ!」
「ムーグ!」
「‥‥凛生サン、ハ、岸カラ、フォロー、ヲ‥‥!」
艦の傍へ盛大に着水するのを凛生は銃を構えて見つめる。するとすぐムーグが海面へ顔を出し、凛生は秘かに安堵した。
舷側から艦を上っていくムーグ。一方で凛生が周りを見回すと、
「もうっ‥‥うちの人以外にあまり肌は晒したくないんだけど」
「タイミングが良いというか悪いというか‥‥」
智久 百合歌(
ga4980)、ロッテ、小鳥が到着した。
「敵は海中。陽動や撹乱に気をつけてくれ」
「了解。人の考え事を邪魔してくれちゃったお礼はしてあげなくちゃね!」
百合歌が勢いよく服を脱いで水着を披露する。さり気なく凛生が視線を外した時、ロッテと小鳥が右舷側に駆け出した。
「待っていても仕方ないですし‥‥私達が‥‥打って出ますぅー」
「KVが来るまで‥‥何をしてでも守りきるわよ‥‥!」
気合を入れて海へ飛び込む2人。百合歌は屈伸して左舷側を見やり、やはり躊躇なく飛び込んだ。
「全く、最近の若い奴は‥‥」
『‥‥凛生サン、モ、若イ、デス、ヨ』
「うるせえよ。基本はお前が左舷、俺が右でいこう」
『‥‥了解』
凛生とムーグは畝る波間に目を向け、息を殺して待ち続ける。
水中は薄暗く、静寂――もとい水を伝う鈍い音で溢れていた。
付かず離れずで動き回る敵群。時折斉射で牽制するKV。その合間に飛び込んだ3人は迷う事なく敵群へ突撃した。
――水中は奴等の土俵ね‥‥でも‥‥!
ロッテが小鳥と合せ右舷後方へ。敵は共に大型。横合いから小鳥が適当に弾をばら撒くと、敵がこちらに気付いた。KVからの銃撃を躱し1体が突進してくる。槍を構えたロッテがタイミングを合せ、
「ッ‥‥!」
刺突――躱された。と思う間もなく敵がロッテを撥ね飛ばす!
咄嗟に身を捻るロッテだが脇腹を深く削られた。周りを回って再度突進してくる敵をロッテが眉を歪めて見据える。小鳥が下から撃ち上げるがやはり躱された。1方向からの射撃ではどうしようもない機動力に、小鳥も唇を尖らせる。
――魚は‥‥水揚げしてあげないと‥‥ですねぇー!
小鳥が剣に持ち替えた時、ロッテと敵が再度ぶつかる――寸前、ロッテが槍を引いた。
敵の体躯が水を切り裂く。それを見定めるロッテ。敵の巻き起す水流が肌に触れた――刹那、ロッテが筋肉を引き絞り水を無理矢理蹴る!
――小鳥‥‥お願い!
一瞬を制し、突進を躱したロッテが上から敵を突く。敵が身を捩って速度を緩めた。下から突き上げる小鳥。ロッテも下へ回るや、2人で敵を押し上げる。そして――。
ごぽごぽと水泡激しいそれを、凛生が見逃す筈はなかった。
「あいつらか? 水着でよくやる‥‥」
右手をやや曲げ、左手は銃床に。力を抜き、ただ人差し指を引鉄に添える。深呼吸、長く息を吐き――水面下に、影が見えた。ざぁんと水を押し退け飛び上がったそれを、
「お疲れさん」
銃撃、連射連射!
完膚なきまでに狙い撃つと、水面に紅が咲いた。
――トビウオ、ね。
ワンピ型の水着に身を包んだ百合歌は敵群へ邁進するや、横からちょっかいをかけた。パラパラと撃ちまくって気を引き、やや潜って仰角に敵を見る。こちらの敵はどうにも余裕がありそうだ。
KVからの弾幕が敵群を切り裂くも損傷は与えられない。百合歌が身振りでKV隊と時間を合せ、1人静かに接近していく。
エアを吸う音が妙に大きく聞こえる。遊弋する敵の数体が百合歌を流し見た気がした。腕を振ってカウント。5、4‥‥。
――トビウオはトビウオらしく飛んでなさい!
KV隊からの斉射、同時に百合歌が突っ込む!
小型2体が百合歌を向いた。槍を繰り出す百合歌だが敵は難なく躱し、突進してくる。柄で横面を叩いて弾く。回り込んだもう1体がまともに百合歌の脇腹を抉った。ごぽ、と漏れる血と空気。絶対に逃がさないと百合歌が脇を締めて敵を掴むや、咄嗟に逆手に持った槍を突き刺した。
――1匹!
もう1体が水泡を吐き出すや、泡に紛れて突っ込んでくる。正面から受け、振り払うように海面へ打ち上げた。
残る6体が完全に百合歌を向いた。百合歌が覚悟を決めた時、KV隊の援護が敵群を縫い止める。が、でっぷり太った1体が抜け出してきた。銃撃、躱される。立ち泳ぎとなって完全に待ち受ける百合歌。心臓が早鐘を打つ。
敵が速度を上げた。百合歌が先回りするように槍を突き出す――失敗。水を蹴って後退するも巨躯の割に小回りのきく敵に食いつかれた。柄で往なして連続刺突。敵は怯まない。百合歌が膝で蹴り上げて構え直すが、それより早く敵が腹にめり込んだ。
――くっ‥‥!?
視界が暗転する。大型が百合歌を抜け艦へ向かった。KV隊も群を止めるだけで精一杯で間に合わない。
鈍い衝撃。艦首側の船腹、喫水線付近に一撃加えられた艦がやや傾いた。KV2機が敵に向き直り――その時、海上から何かが舞い降りた。
「‥‥拙イ、デス、ネ‥‥」
百合歌が途中で打ち上げた小型を屠った以外はじっと、ただじっと獲物を待ち続けていたムーグが、動いた。
艦へ直進してくる大型の影。地獄の番犬から幾つもの鉛が吐き出されるが、影はそれをぬるぬる躱す。ムーグが番天印に持ち替えた。が、
――速イ‥‥!
阻止するより早く、敵が艦へ体当りした。大きく揺れる艦。ムーグが海へ跳躍、宙で真下――船腹に突き刺さった敵を撃つ撃つ撃つ。
「‥‥ソレ以上、サセマ、セン‥‥!」
敵の背に飛び乗るや、銃口を接してさらに撃ちまくる!
感情の乗ったその攻撃に、敵は抗し切れなかった。力を失って船腹から抜ける敵。水が艦内へ流入し始めた。ムーグがそこから艦内に入り、応急を頼んで甲板に上がる。そこで目にしたのは――待望の、増援だった。
●KVの戦い
格納庫を真っ先に飛び出したのは透夜機影狼だった。
人型のままブーストして跳躍、一気に低空を突っ切っていく。それに何とか喰らいつくアロンソ機。見る間に2機が艦上と岸に降り立つと、機体能力に任せて水中へ撃ちまくる。
「友軍へ、とにかく敵を打ち上げて数を減らせ。上に来た奴から狙い撃つ!」
『OK、Bro』
「アロンソ、お前は岸から全体的にフォロー頼む」「了解」
透夜機が膝をついて狙撃銃を肩当て、左舷正面の水泡激しい地点を狙う。少ししてムーグも並び立った。2mの巨体とKVの並ぶ姿は、妙に様になる。
5秒、10秒。じっと待機せねばならぬ苦痛に耐え、そして、
『Bro、あんたにそろそろ頼りそうだ』
「任せろ」
言った直後、水面の一部が盛り上がった。同時に引鉄を引く。再装填、発砲!
青と紅の飛沫に彩られた魚が息絶えたまま宙を跳び、沈む。が、それを喜ぶ暇はない。水中で敵味方が正面からぶつかり、2体が抜け出した。そこに――。
「いかーのしょくしゅーはいったーいかも? いかすみたべれー」
格納庫から遥々運ばれ、遅れてエントリーした冥華機クラーケンが右舷より回り込んで敵と艦の間に入り込む。そして冥華が触手を展開させるや、閃光を解き放った。
2条の光が敵を貫く。敵が傾いだ。直後ルキア機オロチが横合いから機関砲を叩き込む!
「待たせた分、暴れないとね!」
ソナー投下、周囲を撮影して各機とリンクし、ルキアが索敵――発見。敵は4体が輪形陣となって混乱を治めると、そのまま突撃してきた。
冥華機、ルキア機から魚雷が次々放たれ、敵群手前で爆発。激しい気泡で視界が白くなる。泡の幕を2体が抜けてくるや、友軍の隊に突っ込んだ。
入り乱れた格闘戦。百合歌が万一に備え艦の傍まで戻り、代って冥華機が加わる。ルキア機は百合歌と共にラインを作り遠距離で仕留める形だ。
「とりあえず敵を弾き出してほしいかな?」
「ん、がんばるー」
冥華が警告して友軍機を引かせると、機関砲をばら撒き敵を追い立てる。意図を察した友軍が弾幕を重ね、そこから逃れんと敵が上下に散った。瞬間。
ガァン‥‥!
水中に鈍い音が反響し、ルキアと水上、2つの火線が敵を穿った。
●産業府へ
「アリガトウ、ゴザイ、マス‥‥」
最小限の浸水に抑えた艦が接岸し、積荷の搬出が始まる。ほっと息をついてそれを眺め、ムーグはKV隊や作業員に頭を下げた。
まだこの地は助けがなければ生きていけない。いつか、この恩を返せる日まで絶対に覚えておこうと。
そこに、寒さを堪えて基地へ走っていく百合歌が通りかかる。
「あぁもう外は寒いし敵の突進は痛いし早く戻りましょ‥‥それに私は資料読んでたのよ!」
なんて愚痴っている彼女に、ムーグも苦笑を隠せない。凛生が煙草に火をつける。
「資料ってえと、あれか。産業府の」口に出そうか逡巡したように間を空け、「‥‥産業府、なぁ」
「何カ、問題、ガ‥‥?」
「‥‥いや」
メガコーポの如き巨大産業を目指せば、労働の場を生むと同時に社会の闇も生まれる。既存の軍産複合体、あるいはそういった何かが食い込んでくるかもしれない。となればここは利用されてしまう。現代社会の波に呑まれるかもしれないのだ。
「‥‥まあ、何でもねえよ」
隣の純粋すぎる男を見つめ、首を振る。
そんな危惧をしてしまう己が寂しくもある。が、勘繰ってしまう己だからこそ最後の防波堤になろうとも思う。ムーグや、この地の為に。
「それより資料にモニュメントの話があったが、お前は何か考えたのか?」
「‥‥ソレ、ガ‥‥難シイ、デス、ネ‥‥」
思いはそれこそ溢れる程ある。
この地を取り戻す為に戦ってくれた、そして散った人々を忘れぬよう。でもそんな彼らに心配させてしまう事にならぬよう。過去と未来の繋ぎ目。そんな抽象的な何かだ。
「コウイウ、モノハ、苦手、デス‥‥スミマセン」
眉尻を下げて謝るムーグ。凛生は苦笑し、
「いい加減すみませんは止せ。それが続けば、いつか言う方も聞く方も虚しくなっちまう」
「‥‥スミ‥‥ハイ」
「‥‥しかし」
ムーグの言葉を軸に考える。慰霊、それでいて希望。
「階段状の何か‥‥それで道程でも示してみるか? 俺達や兵士や、この地の住人が瓦礫を1つ1つ積み上げてな」
「成程‥‥確カニ、近イ、カモ、シレマセン‥‥スm‥‥アリガトウ、ゴザイ、マス」
早速謝りそうになったムーグを見、凛生が笑った。
シャワーを浴びてサロンに寄ったロッテと小鳥は、そこで透夜とアロンソを見かけた。お疲れと透夜が手を挙げる。
「まだまだ残存勢力のせいでゆっくりできそうにないな」
「統制されてない小物が多いから気楽だけどね‥‥」
「でも‥‥この時期の水泳は‥‥疲r」
自分の足に引っ掛かって前のめりに倒れゆく小鳥。両手をバンザイにして見事な放物線を描く彼女は、何故かコマ送りのように見えた。
「あっ」
エコーして聞こえる悲鳴。次の瞬間、小鳥は顔面着地した。
ずざー。
「エクストリーム・ドゲザか」「いや違う」
ツッこむ透夜も慣れたものである。
ロッテが小鳥を介抱して椅子に座り、懐から紙を出す。
「デザインだけど‥‥こんなのはどうかしら」
そこには兵と動物が入り混じって並び歩く絵が描かれていた。まさに未来を目指すイメージだ。
アロンソが感心していると、紙がめくられた。もう1枚には歓喜する兵と鳩が描かれている。
「いいな。なんとなく纏まりすぎてる気もするが」
「となると‥‥アフリカらしさ全開でキリマンジャロとかか?」
透夜が言う。慰霊碑としての台座と、その上に聳える霊峰。絵になりそうだ。
そこにとててと冥華が入ってくる。
「もにょれんろのおはなし? なら冥華もかんがえた。水ぎの女神ぞー。もでるはろってと小鳥と百合歌。さーびすで」
「何を言ってるのかしらねぇ、この子は」
冥華がびくぅと振り返ると、微笑の女神がいた。芸達者なルキアが咄嗟におどろおどろしい文字で「ドドドドド」と背後にフキダシをつける。
「私がサービスするのはあの人だけよ!」
「惚気か」
「惚気よ? とまぁそれはともかく、私はやっぱり音楽かしら。土着の楽器を演ってる人の像とか。No music No lifeってね」
「ん、そういう明るいのがいいよね。こんなのトカさ」
ルキアがフキダシを片付け、絵を描いていく。向かい合った人が握手して、満開の花が咲いて。幸せを前面に押し出す形だ。
アロンソがそれにも唸る。軍の企画者の悩む姿が目に浮かぶようだ。
ともあれ何が選ばれようと込められた思いは変らない。アロンソは結果公表を楽しみにして、デザイン談義に花を咲かせた。