タイトル:狂い散るはおろかなる幻マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/14 23:01

●オープニング本文


「‥‥組織の場所は、イタリア中東部の‥‥」
 ヴィレッタ・桂葉の証言が部屋を支配する。机を挟んで彼女の目の前には直接尋問を担当しているUPC職員。その隣には淡々と記録を残している職員がおり、部屋からは分からないが、壁の向こうにはガラス越しにそれを見守る数人。
「次に、君が行った活動についてですが‥‥」
 しかし尋問と言っても苦痛を伴なう方法は行っていない。彼女を確保し、連れてきた傭兵が彼女の説得に成功したからだ。
 傭兵を罠に嵌めて自らはLHから逃亡した当初は、彼女自身の精神的にもどうなる事かと戦々恐々だったものだが、今となっては心にとっての危険領域も抜け、協力している。
 これも、苦悩に対して人と正面からぶつかる事ができ、さらに様々な状況を知る事ができたからだろう。もっとも、やはり内心では彼女の恋人――ロドリゴ・トパラッティを拘束した事自体に憤りを感じているのかもしれない。が、今の彼女はその怒りの捌け口を見つけるよりも先に彼との幸せを望んでいた。
「‥‥なるほど。ご協力に感謝します。また、一連の件が終わったのちには、UPCに不利益を生じさせ、バグア側に与しようとしていた事について何らかの形で‥‥」
「はい。覚悟しています。‥‥ただ、その、時々でいいですから‥‥彼と」
 ヴィレッタが今にも消え入りそうな声で言うのに対し、職員は自らの胸が高鳴るのを感じながら、
「大丈夫です! 結果的には大した事はなかったわけですから、むしろ今回組織を潰せたらあなたにお釣りが来るくらいですよ! 俺も上司に噛み付いてでもあなたの擁護をします!!」
「ぁ、ありがとう、ございます‥‥」
「お礼は傭兵に言ってやってください」
 職員はちょいちょい、と耳を寄せさせると、小声でこう続けた。
「ここだけの話、あなたが以前みたいな感じで捕まっちゃってたら、そりゃーもう‥‥」
 ごほごほん。記録係によるストップがかかる。
「あー‥‥まー、それにあなたがあのまま組織にいたとしたら、きっと今のような感情ではいられなかったと思いますし。鮮血の結末、回避ってやつです!」
「私語は慎んでください‥‥上に報告しますよ?」
「あはは‥‥それでは、これから突入作戦を煮詰めて一両日中には進攻しなければなりませんので」
 職員が立ち上がろうとした時、彼はヴィレッタから思いもよらぬ事をお願いされた。

 ラストホープ、本部。
 今日も今日とて傭兵達の社交場と化したこの建物に、また新たな依頼が舞い込んできた。
 モニターには、親バグア派組織突入作戦の文字。続いて詳細、UPCからのメッセージが表示される。

 ――――先日イタリア中東部の親バグア派組織本部の位置が特定された。今回依頼を受ける傭兵には、先立って地下本部に突入、敵性戦力の殲滅を頼みたい。
 UPC軍は現在、過日の大規模作戦等の余波により殆ど数は出せない。しかし現地警察のみに任せる事もできない。よってこれは、ほぼ傭兵1小隊のみによる組織制圧となる。
 相手本部、地下と、何が起きても不思議ではない状況となるが、是非生きてこれを成し遂げてほしい――――

 そして最後に、背景と同じ色でちょこんと厄介な文が記されていた。
『なお、今回の作戦には本人たっての希望により情報提供者が同行する。提供者はヴィレッタ・桂葉。自らの目で全てを見届け――』

 ◆◆◆◆◆

「‥‥さて。2人とも、呼び出された理由は分かっていますね」
 一室。こげ茶で幅広の机の前に座る妙齢の女が、直立不動の男2人に話かける。いや、それはむしろ宣告といってもいいだろう。何故ならば‥‥。
「‥‥は。どのような処罰も覚悟の上です」
 黒髪を適度に後ろに流した若い方の男が答える。
「‥‥あなたに任せすぎた私の責任でもあります。よってあなたは騙されたという形に『しておきましょう』。しかし」
 女がもう1人にちらと目をやる。
「た、確かに私が『彼女』を組織に連れてきました、ッですが‥‥」
「今、あなたに発言を許してはいません。慎みなさい」
 2人の男のうちの年老いた方がうな垂れる。コツコツと評価を上げていくタイプだった彼にとって『今回の失敗』は致命的すぎた。
「‥‥おそらく彼女はUPCに懐柔されているでしょう。そして、あのような不安定な者をここに引き入れたのは早計としか言いようがない」
「わ、私は彼女の忠誠心を信じ‥‥」
「報告書を読ませていただきましたが、彼女にあるのはここへの忠誠心などではありませんね」
 老人が押し黙る。もはや組織における彼の立場は無に等しかった。
「‥‥ですが、これは組織にとってチャンスであるとも言えます。地の利のある場所に能力者を誘い込む事が出来、またそれによって能力者の体を手に入れられるかもしれない‥‥」
「奴らの死体を大量に得られれば、バグアの中での我々組織の重要度が増す、という事ですね」
 若い方がそう言って賛意を示す。
「そうです。‥‥そこで処罰の事ですが」
 女が重々しく立ち上がり、地下室にヒールの音を響かせた――――。

●参加者一覧

如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
西島 百白(ga2123
18歳・♂・PN
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
神無 戒路(ga6003
21歳・♂・SN
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
比良坂 和泉(ga6549
20歳・♂・GD
堂本透(ga8142
30歳・♀・ST

●リプレイ本文

「お前には、まだ振り返るには早ぇと思うんだがな‥‥」
 イタリア中東部。判明した敵地下本部への入口のある小屋の前で、アンドレアス・ラーセン(ga6523)が不機嫌に呟く。
「イカレ女からアホ女か」
「ですが自分の目で、という感情は理解できますし、しっかり護衛しましょう」
 比良坂 和泉(ga6549)が諦めたように。沈んでいたヴィレッタは味方を見つけ、
「ありがとうっ、運転しゅ‥‥」「比良坂です。能力者です」
 言われると思ってました。涙目の和泉である。
 そこに地元警察と最終確認をしていた4人が戻ってきて口を開く。
「これ以上、どんな形でもこの戦争の犠牲になる方が増えないように‥‥」
 貴女の彼も心も、きっと癒える。如月・由梨(ga1805)はヴィレッタを見る。
「徹底的に排除しましょう」
「‥‥ええ、全力で」
 国谷 真彼(ga2331)とレールズ(ga5293)が続く。そのままレールズはヴィレッタの方を向くと、
「あなたは俺達が守り通しますから」
 頼って下さいね、と天然女殺しな微笑。同じく警察と話していた堂本透(ga8142)がそれを見、将来どんな女とデキるのか気になるねぇ、と茶々を入れつつも気を引き締める。
「いよいよ親バグア派の本丸か‥‥色々とデータを手に入れたい処だ」
 透は不敵に笑い、その後、宜しくなと改めて目礼した。
「誰であれ、狙い打つだけだ‥‥」
「‥‥前衛は‥‥任せてくれ」
 親バグア派を潰す。ひたすら任務に向かうのは神無 戒路(ga6003)と西島 百白(ga2123)。各々にキメラへの因縁があり、『敵』への並々ならぬ思いがあったのである。
「そういや海岸に洞窟があるか調べてくれって」
 伝えてくれたか? アンドレアスが4人に訊こうとしたその時、警察の進捗状況がもたらされた。
「周辺の封鎖完了、現在海沿いを探索中であります」
「‥‥行くか」
 百白が早くも覚醒する。
 まだ地下本部の生臭い道の先は判らないが、確かにのんびりしていては封鎖まで気付かれる。
「ぜ‥‥ってぇ、離れんじゃねぇぞ!」
 アンドレアスがヴィレッタの肩を掴んで振り向かせる。
「はい。‥‥優しいんですね」
「っ‥‥るせぇよ」キマリ悪そうに舌打ち。
 空は灰色。1時間後にはどうなっているのだろうか。
 傭兵達が、小屋の扉を開けた。

突入制圧班:由梨・百白・真彼・戒路・透
護衛班:レールズ・アンドレアス・和泉

●地下講堂の翁
 簡素な部屋と、床の隠し扉。慎重に床を開けると、冷たい空気の匂い。静かに下りる。
 垂直距離で40Mだろうか。護衛班は階段半ばでまず様子を窺う事にする。見張りはなし。準備万端という事か。
 そして突入班が装飾もない扉の許へ。得物を構える。誰ともなく目配せして取っ手を一気に、
 ダァン!
「戦意なき者は武器を捨て投降しなさい!」
 煌々と輝く広い講堂に真彼の声が響く。と同時に間近でピンと何かが抜ける音。突入班後衛だった透がソレに気付き、素早く空中で掴んで上に投げる。爆発。
「扉に手榴弾‥‥ベタな事やるじゃないか」
 罠が失敗したと見るや、散発的に銃撃が加えられる。それを真彼が盾で防ぐ間に由梨と百白が走る。
 講堂に2階はない。ならば長椅子と柱の陰!
 姿勢低く真ん中を疾駆する2つの影に敵は対応しきれない。中心線から左右に分かれた長椅子十数列を見る。瞬く間に右の1人を百白が確実に屠り、左の2人は由梨が神速の峰打ちで昏倒させる。
 やはり一般人では真っ向から戦えない。悟った『指揮官』が右奥の作戦室から姿を見せる。
「私から幹部、そして今度はUPCですか」
「その声は」
 由梨が反応する。指揮官――かつてヴィレッタを拾った老人はヴィレッタに淡々と話しかける。
「今度は誰に売ったのですか?」
 老人の舐め回すような視線に彼女がびくりと反応する。
「どれだけ咥え込‥‥」
「ッ敵側に加担した罪諸々により貴方を拘束します‥‥!」
 由梨が遮る。
「逃げられた女性を貶めるのは赦せませんね」
 真彼はもはや不可避の戦闘に備えて由梨に7色の福音をもたらす。続いて百白と戒路を透が強化。
 由梨と百白はゆっくりと中央に戻り、扉の3人と前の老人の間に入る。
「‥‥。私はね」
 老人が卓を大音量で叩いた。
「UPCのそのような処が大嫌いなのだよ!!!」

 右手前の扉、両奥の扉から低い影が飛び出してくる。背後でも激しい音。そちらは進撃路が狭く数も少なかろう。突入班は予定通り前を。
 戒路が右手前の敵に向かって2連射、左に飛び出し前方の影付近に銃弾をばら撒く。さらに百白がその影――剣牙虎の方へ走る。一刀両断。右からの敵数匹を相手取る。
 その間に由梨は中央で、奥から出てきた剣牙虎達と対峙していた。敵の牙をかわし、受け流す。流した隙に華麗に斬り上げ小型1匹を葬る。まさに誰も後ろに通さぬ決意。
「っ貴方は何故、バグアに与するのですか‥‥!?」
 由梨が老人に叫ぶ。以前無線で問答して以来、わだかまっていた思い。3匹に押されやや後退する。
「何故『ラストホープ』に絶望し‥‥」
「お嬢さん。貴女は何故そこに身を寄せているのですか」
「‥‥私の、正義の為です」
 過日より強く。日々を生き、揺らぐ中で成長していくのが人間なのだから。老人は何の感慨も抱かぬように。
「『正義』の議論をする気はない。貴女はそこが『最後の希望』だからその傭兵となったのでしょう‥‥」
 講堂の傭兵全員がその言葉を無言で聞く。
 キメラに蹂躙され、家族、土地、全てを失った事を。一方で移動島を「最後の」希望と呼称している事への怨嗟を。
「他の地を、そこで怯えながら生きる人間を‥‥ッ希望ではないと切り捨てるその傲慢さそして、安全圏から災害救助派遣などと踏み込む愚かさ!」
 そこで生きてきた人間は何を恨み、何に縋る。
「『希望』に従い殺される。ならば私達は、町の者とバグアに従い生き残る」
 由梨と百白は確実に敵を仕留めながら、その堂々たる演説に耳を傾ける。
「奴らが勝ったらあんたらはどうなるんだろうね」
「そんなものはその時まで解らん。しかし『希望と共にある事』は確実に害をもたらす」
 透が疑問を発しながら由梨と百白を癒す。
 戦う力がなければ、そう考えてもおかしくはない。例え勝ち残った後にどうなるか解らずとも。
「‥‥そして、バグアの力ですか」
 真彼が温度のない声で。
「なんて独りよがりで愚かな幻想――人間は確かに弱いが」
 前に進み出ると、粒子銃で由梨と対峙していた最後の剣牙虎を撃ち殺す。
「そんな強さは論外だ」
 拘束しましょう。皆に話しかけた時、個室への扉から槍兵が突進してきた。

●ヴィレッタ
 突入班が前の敵と相対した時、背後の階段からも2頭の剣牙虎が駆け下りてきていた。護衛班は講堂への前室のような小空間にまで下り、レールズと和泉が前、アンドレアスがヴィレッタを庇うように位置取る。
「あなたには近づかせませんよ」
 直刀を牽制に薙ぐ。レールズの微笑にこくりと頷く彼女。
「頭は常に冷静に、そして」
 飛び掛ってきた虎を得物で受け止めると、返す刃で顔を裂く。
「心は熱く!」
 和泉が横から斧を振り下ろして地に沈める。アンドレアスは2人の得物に祝福を施す。さらにレールズがもう1頭を倒した頃、異様に巨大な虎が下りてきた。3M。前室の半分以上が支配される。
「じっとしてろよ」
 アンドレアスがヴィレッタを後ろ――講堂に押しやり、敵を呪縛で絡める。和泉が真正面に立つと、斧で斜めに斬り下ろした。レールズが側背から第一臓器を狙う。が、その前に敵は器用に首を回すと、炎を吐き出した。そのまま和泉の方にまで向き蒸し殺そうとしてくる。
 地下で炎は危険すぎる。レールズは小さな隙間を抜けて完全な背後に、和泉らは講堂側に下がりつつ斧で少しでも遮ろうとするが、どちらも完全には防ぎきれない。しかし炎が消えぬうちに。
 背後から一太刀。二。三。流れるようなレールズの斬撃。そして、
「ッ終わりです!」
 熱せられた斧を右に引き摺るようにして突っ込む和泉! 直前で振りかぶり。
 轟。凶悪な刃が脳天から虎に入り込み、一瞬で顔面の中心線を駆け抜けた。
 飛散する脳漿。崩れる虎。まともに血飛沫をかぶる和泉だが、近づいてきたヴィレッタが、タオルを手渡してきた。
「‥‥何と言うか、驚かされてばかりですよ‥‥」
 さり気なく指に触れないように警戒する和泉である。
 そこに、講堂から死に向かう人外の声が聞こえてきた‥‥。

「‥‥そこだ」
 百白の斬撃。由梨が追撃する。
 講堂中央、指揮官をすぐそこに見つつ、槍兵を全員で攻撃する。敵はもはや1体のみ。しかし余程強化してあるのか。人間大のキメラ1体を5人は速攻では倒すに至らない。槍を回転させ反撃する槍兵。
 ここで真彼が3発を両足に撃つ。さらに独り離れるように別角度から戒路が強弾撃を撃ち込み、透が敵の動きを制限した。百白が由梨をかばうように敵の突きを受け、刃を返す。全ては最後の一撃の為。そして控え目な掛け声と共に。
 由梨がその一撃をお見舞いした。斬り崩したところを赤く輝く刀身がずぶりと胸を貫く。その光景は神に捧ぐ供物。からん。槍が落ちる。
 こうして組織のおそらく最後の強敵が、墜ちたのだった。
 そこに丁度護衛班も合流する。服がやや煤けていた。8人が包囲する。
「‥‥私はただ」
 平穏に暮らしたかっただけなのに。老人は抵抗する事もなく。
「拘束します」
 貴方も彼女を救おうとしたのではないですか。由梨が手錠をかけるのを見ながら真彼が言う。
「彼女もまた絶望していた」
「希望に絶望したら‥‥未来なんて消えるじゃないですか‥‥!」
 レールズが様々な感情を内包して吼える。
「LHが唯一の希望、かね」
「っ俺達はそんな傲慢じゃない‥‥ただ俺達が戦っていられるのは、世界中で暮らしてる同胞が、人間がそこで生きてるから、そこに光があるからだ!」
 真直ぐな想いが地下を満たす。アンドレアスも後ろから
「世界に絶望すんのは簡単だ。けどそこで考えるのをやめる奴はただの馬鹿だ。助けてくれんのは‥‥もう判ってんだろ」
「‥‥遠くの希望よりも近くの‥‥」
 老人が呟いたその時、物音が。そして奥に足音。真彼が迅速な全施設の制圧を呼びかける。老人を連れ、まずは幹部個室へ。
「一度掴んだ手は絶対に離しませんから。あなたの希望も」
 老人を見たヴィレッタの僅かな心の揺れを見逃さないレールズ。一行は左奥の扉の最奥を目指す。

 ――かちり。つい昨日埋め込まれた装置を、老人は静かに噛んだ。

●終焉
 最奥の部屋へ入る直前の廊下、老人が突然がくと倒れた。白目。明らかに毒だった。外傷はない。組織が命令していたという事か。由梨はその身体を仰向けに、瞼を閉じさせる。
「‥‥これ以上、こんな‥‥!」
 百万言が喉から溢れそうで、由梨は儚い瞳を一度閉じる。
「‥‥、行きましょう」
 気丈に扉を開いた彼女を迎えたのは、
「ご苦労様でした。貴方達の遺体は再利用させて頂きますが、それは私の命を以てお許し願いましょう」
 簡素な部屋と、この組織頂点の女だった。
「どうやって遺体にするのか教えてもらいたいね」
 透の疑問には別の音が答えた。どこかで激しく崩落する岩盤の大音声が。
「彼の奥歯に起爆装置を」
「‥‥では、どうして貴女が残ってるのですか?」
 真彼が訊くが、女は微笑し、
「ここに貴方達が残っているのが理由では?」
 足止め。
「元々キメラの重要機密などこんな組織にある筈がない。気を引く人間がいなければ誘い込めませんから」
「でしたら貴女を連れて脱出して聴取するのみです」
 和泉と透が女を拘束しようとした時、この部屋の天井にまで亀裂が走った。がらがらとそこかしこから崩れる音。一刻の猶予もない。
「ッ何故貴女はそこまでバグアに加担するんですか!」
「‥‥教えてあげない」
 女は懐から何かを取り出すや、即座にそれを飲み込んだ。
「ッ本格的にやべぇな‥‥!」
「脱出しましょう!」
 倒れ伏す女、部屋の書物に後ろ髪を引かれながらも急いで戻る一行。地響きと落石の酷い中、懸命に走る。講堂へ。が。
 落盤。階段への扉が、埋まっていた。
「こんな‥‥ところで‥‥!」
 百白がその落石の山に斬りかかるが、完全に埋まっているのか効果は薄い。
「右手前の扉へ! 廃棄場か何かだと外への道がある筈です!」
 真彼が促す。敵の本部。幹部の部屋に抜け道はある可能性が高いが、探すのか、それとも。
「その賭け、ノってやる!」
 アンドレアスがヴィレッタを庇いながら。速く。疾く。生臭い一本道を駆け抜ける。石が誰かの頭に当たり声を上げるが、誰の声かも判然としない。土煙が辺りを覆い、息苦しくなってきた。一本道を抜ける。そこは妙に開けた空間に檻や餌らしき生肉等があり、廃棄場というよりは、
「キメラ保管場所、か?」
 透は立ち止まり調べたくなるが、さすがに脱出を優先する。その時ヴィレッタの真上から巨大な岩が。
「ッ――!!」
 一瞬の間。次の瞬間には和泉が豪力で斧を斜めに斬り上げ、その岩を粉砕していた。
「こっちで――!」
 レールズが声の限りに叫んで誘導する。そちらを向くと、確かに横道が続いている。
「――!!」
 誰かが何かを言うが、もはや関係ない。自分を信じて駆け抜けるだけ。
 耳を劈く轟音と目も開けられない惨状の中、一行はそこに飛び込んだ‥‥!
 ‥‥‥‥。
 ‥‥。
 ‥。

●希望
「ぁ、――ぃぁ」
 3日後。LH病室。8人がそこを訪れると、虚ろな彼に寄り添うヴィレッタの姿があった。崩落の際アンドレアスらが庇っていたおかげで外傷は少ない。ただ。
『珈琲淹れますね』
 筆談。
 聴覚喪失。自らの声も聞こえない状況に慣れず、今は言葉も‥‥。
 あの時、講堂に戻らず即座に幹部の抜け道を探っていれば違う今があったのだろうか。
 アンドレアスは窓際で煙草を咥え、そこで病院だと思い出し吐き捨てる。
 情状酌量、執行猶予。生涯監視保護下での生活。彼女にはそれが科せられていた。
 自らを責めるような由梨の表情を見、彼女は微笑む。聴こえないだけだと。ただ、彼の声を二度と聴けないのが少し淋しいだけだと。それでも、幸せだと。
『補聴器も進歩していますから、きっと聴こえます』
 由梨が書く。
『君にしか救えない人がそこにいます。もう無茶はしないように』
『何かあったら連絡を。力になります。必ず』
 次いで真彼とレールズ。
「ぁ、りが‥‥」
 彼女が一人ずつに頭を下げる。和泉も今回初めて彼女の手に触れた。
 結局。組織は壊滅、逃げた幹部も活動できまい。だがキメラ等に関しては殆ど解らず。透には残念だが、続く戦いの中でまた機会もあろう。
 不意に。ヴィレッタの瞳が揺れ、抱き締めた由梨の胸を静かに濡らす。張り詰めた糸を解くように。
 犠牲はあったが、組織はなくなり、生きてここにいる。
 春の香に包まれる。少女が見た狂乱の幻は、今、柔らかな日射しに散っていった――――。