●リプレイ本文
――振り向いて。誰か、私に振り向いて‥‥!
「よっしゃ、今日はミリとかいうのと遊んでやるぜー」
白・羅辰(
ga8878)が元気に宣言した。
LH本部内、休憩エリア一室。そこがこの妙な依頼を受けた8人の集まった場所だった。
「ベタですが寂しいんでしょうか。だけどイイコのミリアさんは直接表現できない‥‥」
「おぅ! だからこそ、俺達が一緒に楽しむ! それが1番!」
「‥‥‥‥」
一直線な白に呆れ気味なミンティア・タブレット(
ga6672)だが、敢えて突っ込まず。
「それで直接言えないから、あまり伝わらない言葉を使ってるんでしょうかねー」
「わたくしも思わずそんな言葉になったりするらしいですけど‥‥彼女のは危険かもしれませんわね」
そこにあったぬいぐるみをにゃーんとしつつ、竜王 まり絵(
ga5231)。
「ですね。明らかに正常じゃないと思います」
「切羽詰ってるみたいだし、放っておけないです」
古郡・聡子(
ga9099)が年の割にしっかりした口調で、次いで草加 真緒(
ga8724)が同意する。
「まずは暗号解読、でありますな。‥‥これも仕事であります」
「どんな所でフギャフギャなったのか気になるだべなー」
多少苦笑いの稲葉 徹二(
ga0163)と和みの魔力持ちな内藤新(
ga3460)が、件の擬態語について考える。
「周囲に話を聞いてから、だな」
愛輝(
ga3159)はもはやその瞳に映る事の無い妹の姿を重ねつつ。
「助けを求めてきた‥‥なら、俺は全力で彼女を救う」
心からの救済を求める事ができ、それに応えてくれる人間がいる事への僅かな憧憬を抱きながら、愛輝。
「では学校と‥‥家族には連絡がつけばいいですが。それと近所のおばちゃんとかにも」
「めんどくせーなー‥‥こーいうのは魂! それだけだろ!」
「その魂でこまたれぶーする為に、周辺調査するのですわ」
白に謎の解説をするまり絵。
「彼女が、びあん、めるしーになればいいですねー」
ミンティアのみ正確に理解していた。
「‥‥誰か訳してくれ」
「こまたれぶーはフランスの幸せな挨拶で、びあんは幸せな証拠です」
降参する白と、ふわふわなまり絵。
謎の依頼の雰囲気が、傭兵達にまで伝播していた。
●学校と家族
「如何に傭兵と言えど戦場ばかりでは荒みます故。解放戦の息抜きといった所であります」
徹二が教師らを適当に騙し、校内散策を承認してもらう。他に愛輝、ミンティアが校内を巡り、各々級友らにUPC繋がりという点でミリアの様子を訊いていく。そして解った事は。
基本温厚で目立つ方ではないが、誰とも適度に仲良くしている事。周期的に不可解な行動に走る事もあったが、特別いじめられた事はないらしい事。最近、休みがちな事など。
「本当でありましょうな? もし嘘であったら‥‥」
「マジだっての。恋バナとかしても反応薄いのが微妙だけど」
依頼という事を明かさずにいるのに思わず徹二が暴走しかけるが、なんとか自制する。
「クラスで浮いてはいないけど、溶け込めてもない状態でしょうか」
ミンティアが推察する。
「‥‥あとは直接会ってから、か」
愛輝が締め、3人は彼女の家に向かった。
まり絵と白は彼女の義父ソリダスター大尉の線から状況を探ろうとしていた。所属部隊を聞き、特例として司令部を通しての通信にこぎ着ける。が。
『育児は妻に。番号は――』
一方的に切られる通信。
「ッそりゃ頭ヘンにもなるぜ‥‥!」
白がミリアの気持ちに痛い程同調して壁を殴る。
「家族、ですのにね」
まり絵が次に母親に電話してみるが、こちらも、
『本当に良い娘で。何でも話しますし、最高の娘で最高の理解者です』
仕事が、と数分で途切れる始末だった。
「あにゃ‥‥会話できてないようですわ」
「もういい。早く行こうぜ。てか俺が養ってやる!」
「遂にわたくしの顔見知りから犯罪者が‥‥」
ほろりとまり絵。
ともかくも2人、ソリダスター家へ。
●嵐の前の?
彼女宅周辺での聞き込みをしていた新、真緒、聡子と各グループが合流する。周辺の噂では、やはり両親があまり家にいない事が有名だった。
呼び鈴を鳴らす。玄関から少女が姿を現し、無言で促される。家に入り、2階へ。家人は他におらず、家具も少なく閑散としている。そして彼女の部屋という今回の戦場に足を踏み入れた。
中は暖色を基調としてファンシーな小物が随所に置かれた可愛く広い部屋。が、それと対照的にミリア自身に表情はない。今はどんな状態なのだろうか。
「フギャフギャって、ふにゅふにゅとは違うのか?」
愛輝が腰を下ろしつつ早速切り込んでいく。
「‥‥違います。もっと尖ってガリガリなんです」
解らないんですかとミリア。ミンティアが和ませようと鞄から何かを取り出した。
「一緒に牛乳でも飲みましょう」
「いりま‥‥」
「あ、みかんも食べます?」
強引に手渡して親しくなった合図と決め込むミンティアである。白がその手からみかんを奪い雑に皮を剥き、自らも一房いただき残りをミリアに渡した。
「こんないっぱい来て緊張すんだろ? 適当に遊ぼうぜ! てか俺が遊びてぇ!!」
「‥‥じゃあゲーム。買ってきて」
お金はあるから。白のノリに気圧されつつ、ミリアが引き出しから財布を出し投げて寄越した。
同い年ながら妙に堅い徹二はその態度にぴくりと反応するが、
「他に、何か?」
「ぬいぐるみを抱いてたらオカーサマがシアワセな顔をします」
「わたくしがしっかり買ってきますわ」
「あたしも行きます!」
早速徹二とまり絵、真緒がお使いに出る。幸いここはLH。10分もあればある程度の物は買えたのである。
扉を閉める音が響き、部屋が広くなる。改めて見ると、家も部屋も、少女が暮らす割に広く思えた。
「フギャフギャはいつ、何に感じただべ?」
新が訊くが、答えは、
「いつとかないです。気付いたらにゅうにゅうなんです」
「最近、何かあったか?」
「言われて、貴方はありますか?」
「俺は‥‥」思いがけない返しに愛輝が僅かに目を伏せ「俺も、くしゅくしゅでほろほろかも、な」
「そうですか」
冷めたような、だがほっとしたようなミリア。ここぞとミンティアが攻める。
「そういえば。お父さん、軍人さんなんですね。お母さんとも上手くやってます?」
「‥‥。‥‥別に、ちゃんと仲良くしてるみたいです」
長い沈黙の後に、微かに漏れる声。
「みたいです?」
「や、まあいいだろ。俺が兄ちゃんとして守ってやるからなーミリ」
聡子がその違和感に突っ込もうとしたところに、白が勢いよくぎゅむとミリアを抱き寄せて。動いた跡の絨毯の毛が逆立ち、太い腕の中でミリアはそれを見ていた。
「それも大事だけどよ、ゆっくり向き合おうぜ」
「ああ。少しずつ自らの事を自覚させ、俺達に出来る事を見付ける。それがいいだろう」
愛輝が焦らないよう方針を決めた時、お使い班が戻ってきた。
「にゃ〜ん」
まり絵が大乱闘なんとかというソフトと、妙な柔らかKVを少女に渡す。
「兄ちゃんは実際に乱闘する方が得意なんだけどな。やろ‥‥」
「やっぱりしない」
「ッうぉい!」
良いお兄ちゃんぽくはあるが、多少イタイ白である。
「そんなに暴れたかったら、うちの掃除でもして下さい。ふぐふぐ」
やや凍る空気。
「よ、よし、俺にかかればそんなのすぐだぜ! 誰か手伝ってくれ」
「それくらいなら‥‥本当は体力ないんですけど」
ミンティアに愛輝、徹二も名乗りを上げ、
「じゃああたしも!」
真緒も立候補した。
「大丈夫かしら。先程も走ってましたし、意外と広いですし」
「‥‥努力と根性で! 多分」
こうして5人が1階に下りていったのだった。
「こりゃ相当溜まってるようだべ」
「ぶに〜ん☆」
そんな中、低反発KVはまり絵の猛攻に晒されていた。
●『ソリダスター』
階下で豪快な掃除音が聞こえる中、2階はまったりと進む。
「私、お父さんと仕事で話が合わなくて、時間もすれ違い。寂しいですよね」
「‥‥‥‥、私もお母様‥‥」
「はや〜ん♪ 癖になりそうですわ」
「竜王さん」
せっかく話し出したのに、と聡子が柔軟KVと戯れるまり絵に呆れる。が、そんな雰囲気が逆にいいのか『フギャフギャ』はしていないようだった。
「冗談です。ちゃんと見ていますわ。ミリアさんの事」
その言葉に、ミリアの瞳が揺れた。それを見逃すまり絵ではない。優しく。
「何かあったのかしら?」
無言。だが後少しで何かが。
そこに、掃除していた5人が勢いよく扉を開けて入ってきた。
「終わったぜ! さっすが俺、プロもびっくりのこの、早‥‥」
びくぅ。恐ろしく空気感が違っていた。
「‥‥自重しろ」
突っ込む愛輝と、涙目の白。
「わ、わり‥‥俺‥‥」
わなわなと震える白が、突然ずさーっとミリアの前に頭から滑り込んだ!
「っ少しでもミリに笑ってほしかったんだ! 少しでも楽になって、自分を見つめられるようによぅ!!」
「ぁぅ‥‥その‥‥」
「遠慮せずに言いたい事を言ってみるのはどうです? 我慢もいいけど、あなたの心も大事ですから」
聡子が促すと、彼女はおずおずと白の肩に指先で触れ、こくりと頷いた。
「お母さん達はいつもいないんですか?」
絨毯に座った白の懐にすっぽりと収められたミリアに、ミンティアが訊く。
「‥‥そうですね。お仕事で」
「嫌?」
「‥‥別にないです」
「大尉――父については実際の所どうでありますか?」
徹二が突っ込んで聞いてみると、ミリアは窓の外に視線を向けた。白から離れようと身じろぐ。
「気に入らない事は言ってやればいいんですよ? こっちが何も言わないと親は勘違いしますから‥‥」
妙に実感こもった発言はミンティア。
「‥‥でも、別に、お母様との問題ですから」
卓に置かれたグラスの中で氷が音を立てた。日が傾いてくる。それでも、この部屋以外に人はいなかった。
「あ、学校はどうです? 友達とは仲良くしてます?」
「ハイ。イイに決まってるじャないですか」
ミリアが間を空けず返答した。
「友達と言えば、私この前お店で唐辛子入れまくってたんです。好きだから。‥‥でも体に悪いからやめろって。はぁ」
あの美味しさを理解されないと悲しいです。えへ、と聡子が何気なくグチってみる。が。
「私達は全てを理解してますだから仲が良いんです絶対に!」
突然、白の腕を払って立ち上がり、部屋いっぱいに声を響かせる。
「アナタとは違ウ私は友達もいるしシアワセなんだからッ!」
それは、とても。
「大丈夫ですわ。ほら、ゆっくり、お話をしましょう?」
脅迫されたかの如き『友達』関係。ふわふわとまり絵が両手で右手を包み込んだ。すると少女は糸が切れたようにぺたんと再び座り込む。しかし。
『躁と鬱の間隔が短くなっています』
まり絵が小声で。そこで愛輝は話を変えようとするが。
「‥‥今、会って話したい人はいるか?」
「解りません‥‥」
「今、誰かに伝えたい想いはあるか?」
「解りません‥‥!」
「ミリ、なんか嫌いなとこってあるか? 俺達に出来る事ってあ‥‥」
最後の質問は白がなるべくこっちの気持ちが伝わるようにと。しかし。
「解りませんッ」
1番心が近かったであろう白の声すら、耳を塞いでしまった。
「ミリアさん‥‥言いたい事は言わなきゃ伝わらないんです。こん‥‥」
「ッ解んない!! 私うまくやってる! 解ったように勝手に言わ‥‥ッ」
言葉が詰まる。嗚咽が漏れる。やり場の無い感情が小さな身体から溢れ出ようと繰り返し、その度に少女は無気力に何かを諦める。
「ぉ、ミリ‥‥」
「消えてよ‥‥ッお願いだから、私を自由にさせ‥‥チガウ私幸せなの!!」
それは自分自身。周りの幸福を壊さないよう、頑張って、頑張って。
少女がグラスを叩きつける。さらに乱暴に机に近付くと、通学鞄から教科書をばらばらに放り投げた。それが窓ガラスを突き破る。音を立てて割れる。
「もうい‥‥っ私を‥‥!」
●『私に振り向いて』
テーブルをひっくり返し、クローゼットのフリルを引き裂く。ぬいぐるみが無情に空を舞えば、メイクされたシーツはくしゃくしゃに丸められた。それが少女を映し出しているかのよう。
「はっは‥‥壊れた物は直らねェもンで」
気をつけましょうや、と徹二が写真立てに飛来したぬいぐるみを片手で受け止める。そこには、母親に抱かれる幼きミリアが写っていた。
「だめ、もうザワザワ治まんない。ッ‥‥フギャフギャイタイの!! いっぱいいわないで‥‥」
ミリアが焦点の定まらないまま嗤う。リモコンを傭兵の方へ投げつけた。
「ああ宿題しなきゃトモダチに見せてあげないとだめなの」
「ちょ、ミリ、少し休め! な‥‥!?」
髪を振り乱したまま机に向かうミリアを、白が止める。あまりにいたたまれなかった。さっきまで体温を感じていたのが、今は幽鬼に囚われたような躁状態。危険だった。
しかし壊れたようにその腕を、身体を体当たりで跳ね除ける。急な事で聡子にぶつかってしまう。愛輝が静かに、それでいて臓腑に響く声で言い放つ。
「一度失くしたら二度と元に戻らない」
零れ落ちそうな心を引きとめるように。
「おまえはまだ失くしてないだろう! 俺は」
『ミリア自身に笑っていてほしい‥‥!』
かつて彼が失ったモノを、ミリアの後ろに見た気がした。
「あ、あは。だって私何も失くさないように頑張ってるんだもん。当ぜ‥‥」
その時、
パァン!
豪快にまり絵の平手が頬に炸裂した。
「彼は、貴女自身も捨ててほしくないと言ったの。解る?」
『貴女のしたいようにしていいのですわ』
そして赤くなった頬を撫でる。
「普段から毒を出していけばいいんですよ。案外受け止めてくれます」
「おぅ! お前みたいな可愛い妹ならどんなお願いも大歓迎だ」
「‥‥ロリ?」「ち、ちが‥‥!」
ミンティアと白の暖かい声。そこにいる、実感。
「‥‥ぃっく、ぃらぃ‥‥いたいの‥‥〜!!」
その時になって初めて、ミリアは涙を流した――――。
「友達、会いに行きましょう! 親にも」
一度溢れた涙は止まらず。しばらくして少し落ち着いた頃に、真緒が言い出した。早いうちに言いたかった事を伝えよう、と。しかし。
「‥‥ゃだ‥‥こわい」
「自分だけで何とかしようと思わん事です。今は、自分達もいますし」
徹二も促してみるが、彼女は白の膝の上で首を振るばかり。ならば、と愛輝が提案した。
「手紙を書けばいい。言いたかった事、辛かった事‥‥伝えたい事」
「‥‥ぅん」
ゆっくりでいいから、先に進もう。生きて、ここにいる限り。
「っしゃ、それが終わったらゲームしようぜ!」
「あたしも! あ」真緒が改めてミリアに向いて「あたし、草加真緒、マオね。ミリちゃん」
「ぁ、はい」
「待て。兄である俺を通‥‥」「邪魔」「ああぁあ妹よ‥‥」
えへへ、と夕闇に映える雫。
「‥‥ウソです。お兄ちゃん」
長い一日の中で、傭兵達はその時初めてミリアの純粋な笑顔を見たのだった‥‥。
<了>