●リプレイ本文
シエスタに入ろうかという時間帯。堂々と歩いてきた威力偵察小隊を完全撃破すべく、傭兵が緊急出動した。3機は正面から東の敵を待ち受け、5機が低空から静かにピレネー山脈に降り立ち、北向き斜面に潜む。西の味方が引き付け、北の対車両用散弾で気を引き、南から一気に突入する。理想的な作戦を行おうとしていたのである。
「しかしヒメさんって人も無茶するなあ」
井出 一真(
ga6977)が機内で独りごちる。
バグア本隊がピレネーに迫る中、5人は無事潜伏に成功していた。しかしその声は虚しく消える。成功率を高める為、無線を封鎖していたのである。さらに出力を落とし地形で掩蔽。短時間で出来る限りの配慮だった。
「来ました。‥‥結構数がいますね、骨が折れそうです」
蒼い機体のコクピットを開き、宗太郎=シルエイト(
ga4261)が眼下を窺う。敵影を各々確認し、それぞれが計器類の最終点検に入る。
「どうあろうと、敵を殲滅する。それだけです」
優(
ga8480)の右腕で、彼女に何かを伝えたいようにプロミスリングが揺れた。
「ま、いっちょお姫様の為に働きますか!」
優と共にギリシアでも依頼人――ヒメの世話をしたエミール・ゲイジ(
ga0181)が首を鳴らした。隣、ワイバーンの機内ではロッテ・ヴァステル(
ga0066)の深い蒼髪が、彼女の戦意を明確に表す。
「そう、来なさい‥‥狂騒の劇場へ‥‥」
崖下で3機のKVが西に後退していく。
この舞台はまさに狂乱のボレロ。ゴーレム4機という獲物を、灼熱の盤上で踊らせる。
「奇襲に単純計算なんて関係ない、やれるはずだ‥‥!」
一真の心を映すように、阿修羅が心なしか身震いする錯覚。そして。
ガガァ‥‥ン‥‥!!
殲滅開始を告げる爆発音が響いた。
●第1段階
「はい、お願いします」
『了解。‥‥絶対に、殲滅する事。通信終了』
セラ・インフィールド(
ga1889)は無線を切り苦笑を漏らした。
「完璧にしないと後でうるさそうだ」
気合を入れてやるとしよう。セラの左隣で威龍(
ga3859)が遥か東から来るゴーレムを見据える。敵からも見えている筈だが、全く動きに変化はない。スカイクラスパーの電子装置を起動させた。
一方で逆隣の白・羅辰(
ga8878)は、敵を前に妙に目を輝かせていた。
「うぉガタイ良すぎだろ! あの上腕筋にあの大腿筋‥‥て邪魔なんだよあの野郎!!」
肩口に寄生したスライムに憤る白。
ともかくも接近してくる敵4機と低空キメラ7匹。こちらは全開。ワイヤーを、レーザーを、機関砲を構える3機。100mを切った。爆発寸前。前哨戦の幕が切って落とされた!
セラ機、威龍機からレーザー砲が放たれ、先頭のゴーレムを穿つ。次いで白が機関砲をばら撒いた。俄かに慌しくなる敵陣形。敵4機は菱形、キメラは後ろに半円を描くような形で、塊となって一気に接近してくる。
「喰いつきましたね」
「毒餌にってか」
セラがディスタンの姿勢を低くする。軋む関節。
「皿まで喰われないようにな」
威龍が後退を開始しようとする。その時、中距離にいた先頭が一瞬にして急加速と急停止、目にも留まらぬ速さで懐に入り込むや、沈んだ姿勢から掌底を突き上げた。さらに胴体部に左拳打。鈍い衝撃。
「かっけェ格闘かよ!」
白の歓声とはよそに敵の連携はそれに留まらない。攻撃の隙を狙い、セラが距離を離そうと斬りかかるが、それを肩にいたスライムが跳んで受け止め、白煙を上げる液体を放射した。
「酸?!」
しかしセラは構わず、再びディフェンダーを振り下ろす。それは今度こそスライムを両断した。だが勢いを殺がれゴーレムには損傷を与えられない。
菱形左右のゴーレムも射程範囲にまで高速移動してくると、機関砲でセラと白を縫い付ける。逆の手には丸まったスライムが握られており、どう動くのか気味が悪い。
「ガチは後に取っとこうぜ敵さんよ!」
白が横にスライドして機関砲で牽制。その間に距離を取る。
付かず離れず。敵より少ないのが功を奏した。特に全力で攻撃するわけでもないこちら側を、警戒する事もなく追撃する敵。
そうして50mは下がっただろうか。時折突っかかってくるゴーレムをいなし、予定の散弾地点を通り過ぎた。敵先頭がそこの真ん中を越える。前進してくる敵小隊。まだ爆発しない。先頭が抜けそうになる。まだか。
「ッ私が起爆させてき‥‥!」
焦れたセラが言いかけた瞬間。
盛大な爆発音‥‥!
北から瞬間的に飛来する鉄球の幕。4機ともが有効範囲にいたゴーレム達は完全に算を乱す。よろめきながら北に向かって最後尾が光線を放つが、それは平野に穴を開けるだけだった。
「なかなか良いタイミングじゃねぇか」
焦らせやがって、と白が通信をオンにして。
『脱出します。後始末、お願い‥‥!』
「おう、後は任せな!」
3機が各々の武装を重々しく構えた時。
右手、南の山から一陣の嵐が駆け下りてきた――!
●第2段階
爆発。
真下でゴーレム達の和が乱れる。低空キメラも半数が死傷し、良い戦果と言えた。
5機が出力を上げる。駆動音が辺りに響き、モニターに種々の数字が踊る。
「システムフルドライブ! 一気に行くぜぇ!!」
「さって突撃だ」
景気良く行こうか。
フルに操縦する為に覚醒して豹変した宗太郎と、覚醒しても相変わらずのエミール。2機が滑るように発進した。
「大人しく廃棄場で眠りなさい‥‥!」
その2機を跳び越え先行するのはロッテの駆る獣。そして3機のすぐ後ろには一真の阿修羅と優のR−01。
直線距離で100mもない敵の群へ、急斜面を駆け下りる。こぶを跳び木々を抜け。さながらそれはランサーの放った必中の槍。横腹から投擲された槍は、眼前の敵の心臓を貫くまで走り抜ける!
獣が2機と人型3機。波のように崖を下る5機。中空に伸びた枝葉の間を抜け、跳んだ。急激に開ける視界。青い空。そして。
すぐそこに居座るゴーレム!
「開演の時間よ‥‥お客様が待ってるわ!」
先頭でロッテがミサイルポッドを発射する。それは敵の頭上に到達するや、未だ西と北を向き事態を把握できない敵に苛烈な鉄のシャワーを降らせた。1機が直に浴び、他の3機も突然の事に体勢を崩す。敵がばらけた。
土を巻き上げて着地。
勢いに乗ってロッテを追い越すのはナイチンゲールとスカイクラスパー。エミールと宗太郎の機体が最前衛で当たり、一真と優はそれに連携するように駆け抜ける。ロッテ機は数秒遅れて突入した。
『私達も援護します!』
西でセラ達が離れつつ援護射撃で敵の頭を抑える。
「生身はともかく、KVなら接近戦も‥‥ッ喰らいやがれ!」
エミールが絶大な威力を誇る超出力の剣――試作型雪村で、威龍に格闘戦を仕掛けたゴーレムを腰から薙ぐ! その恐ろしい斬撃は敵を半ばまで両断。直後、優のドリルが頭部へ、一真機のチェーンソーが脚部へ攻撃を加える。
「邪魔です‥‥弁えなさい、操り人形」
「いける‥‥俺は戦えるッ!」
ガァン! 数秒にして廃材と成り果てる敵。
次いで3機は三角形になると各々レーザー、機関砲、機関銃を周囲に撃ちまくりながら北へ離脱する。
一方で宗太郎とロッテは、残りの3機相手に北へ駆け抜けながら大暴れしていた。奇しくも2機共に主武装は爆裂槍ロンゴミニアト。宗太郎機が荒々しく一閃すれば、その後をワイバーンが鋭角に脚を穿っていく。反撃の暇などない。一気呵成に通り過ぎる波は、無傷で敵に甚大な損傷を与えていた。
「宗太郎‥‥!」
「ッ羅ァ!!」
2人の前の最後のゴーレムをほぼ同時に左右から削っていく。
『うぉおぉッこのぶつかり合い! 俺も行きてぇ!』
『確かに、滾る‥‥!』
『包囲ですから突出はダメです』
白と威龍をセラが止める。だが熱くなるのも無理はない。正面から当たれば一般的なKVなら苦しめられる陣容に対して、奇襲第1撃は大成功。見事なまでに敵を翻弄し尽くし、突入後たった15秒で1機を撃破、3機を中・小破にまで追い込んでいたのだから‥‥!
●最終段階 ▲――スライム付ゴーレム ・――低空キメラ ×――撃破ゴーレム
エミール 一真
優 宗太郎
白 ▲1 ロッテ
セラ ▲2・▼3
威龍 × ・
―――――――――――――――――
南から北へ、5機のKVが土煙とゴーレムの破壊音を撒き散らせて抜けていく。西ではこの罠に引き込んだ3機が既に包囲の準備を整え、薄い煙が風に流れるのを泰然と見守る。
敵の北に辿り着いた5機のうち2機――ロッテ機と宗太郎機はその機動性を活かして東へ回り込む。これによって南を山とした半包囲が完成した。
敵はこの間に辛うじて事態を把握する。そしてどうするのか。なんとしても逃げ帰るのか。玉砕覚悟で戦うか。しかし無人のAIが演算を済ませる前に。
『きっかけは?』
誰の声か。戦場の空気が無駄な情報をカットする。
『――この瞬間‥‥!』
『オーケイ、ボス』
3方向から一斉に詰める8機。
「逃げ場はねぇんだ。余計な事は抜きにして‥‥」
精々楽しく踊ろうや!
ロッテと宗太郎が動く。地上を駆け一気に目前のゴーレム1に飛び込み槍を突き刺すと、即座に南東方向へ舞い戻るワイバーン。それに続いて宗太郎が急接近、ワイヤーで機関砲の着いた腕を絡め取る。電流を流しつつ引き付けようとしたが、敵の急加速で解かれてしまう。
次に動いたのは威龍、セラ、エミール。
ディスタンの心強い姿が重々しく地を蹴り、KVより多少大きい筈のゴーレムに正面から立ちはだかる。
「全力で、殲滅します!」
セラが操縦桿横のスイッチを押すと腕からジャラジャラとワイヤーが射出され、それを器用に操り至近のゴーレム2の腕の自由を奪った。
「お願いします!」
「ついでにスライムも焼くか!」
威龍とエミールのレーザー砲。十字砲火となったその攻撃は、機関砲の腕を根元から切断し、背中の大剣を破壊した。さらに2人が迫る! が。
『――■■■ッ!!』
判読不能の軋みを上げ、ゴーレム2が左腕を振るった。何事かとそちらをモニターで拡大すると、そこにはあの丸まったスライム。それはゴーレムの豪力も相まって高速でセラ、威龍の方に飛ぶ。
外からだからこそ解りやすい。エミールが素早く考えを巡らす。あの軌道。あの投げ方。あの使用法。それはまさに。
「ッ手榴弾か‥‥?!」
「な‥‥味なマネしやがる‥‥!」
白が右腕の機関砲をそちらに向けた――!
その一方で一真と優は、宗太郎の捕縛から抜け出たゴーレム1に向かっていた。敵の機関砲をあるいはかわし、あるいは逸らし、目標に接近する。
轟‥‥!
一真機が右足、優機が左足を各々のドリルで穿った。ドォン、と膝をつく敵。追撃しようとするが、敵はズタズタだった右腕、そしてスライムの盾で受け止める。千切れ飛ぶ右腕。スライムは軟体故か、KVの一撃にも耐え抜いた。
ゴーレム1は立ち上がれぬまま左手で土を掻き周りに投げる。驚異的な機動力でその背後に回る宗太郎のスカイクラスパー。
「もう生きる望みはねぇ‥‥解ったか?」
槍が胴体を貫いた。黒煙と共に倒れる敵。その瞬間。
激しい閃光が辺りを包む。ゴーレムの懐で、スライムがはち切れんばかりに膨らむ。
『退‥‥!』
優の注意も間に合わない。
土を撒いたのはこの罠の為か。
西と北東。2ヶ所が同時に爆発した‥‥!
●逃走阻止
ロッテは独りゴーレム3を相手していた。とは言え敵は先の奇襲で中破、折角の狙撃銃も狙いが甘い。対して4足型の特性を活かし常に移動して的を絞らせないロッテ。敵を確実に追い込んでいく。
偶然を伴なった銃弾がコクピット付近を通過、後ろ足を掠るが、彼女は微動だにしない。逆にそれを好機とばかり、初めて一直線に肉薄した。
頭突きするように突っ込む獣! ガリガリと堅い物を穿つ音。そして。
「最期は美しく‥‥咲き誇れ!」
機槍の小爆発が狙撃型を四散させた!
戦場を把握するべく首を巡らす。ところがそれと相前後するように味方の方で爆発が起こった。通信。ザザ、と雑音ばかり。
「‥‥私の前で被撃墜なんて、許さないわ‥‥!」
咄嗟に黒煙に包まれる方へ向かうロッテ。が。
敵の最大の狙いはその隙だったのか。
思わず北に向いたロッテ機の脇を、低空キメラ2匹が南に抜ける。どうすべきか。刹那の逡巡。
仲間は信じるしかない。だが敵を撃ち落とすにも独りでは抜けられるかもしれない。そしてあれらは何かこちらの地形情報なりを持っているかもしれないのだ。
だがそんな心配は杞憂に終わった。何故ならば、
「ディアブロ‥‥俺に似て力持ちな上に速いな。こんなにガトリング背負って爆炎を走れるんだからよ!」
爆発地点に遠く、エミールより南にいた白が、西から追いついてきたのである。
「行くぜ相棒!‥‥ま、残りモンだけどな」
ディアブロに話しかける白、そしてロッテがキメラを中央に捉え、死のトリガーを――――!
●Un noble
夜。トゥールーズ。
スライムの自爆も生身ならば危険かもしれなかったが、KV相手では大それた割に損傷は重大ではなく。無事に作戦行動を終えた一行はお嬢様――ヒメに一言礼でも、とこの街のホテルに寄っていた。
「今回はちゃんと依頼してくれたみたいだな」
やはりエミールが彼特選の紅茶を淹れつつ。
「‥‥無駄に散らす命は持ってないから」
やや憮然としたヒメに威龍が、
「偵察に散弾、十分無謀だ」
嫌いじゃないがな、と芳醇な味わいに頷いて。
「ええ。いつかゆっくり話をしてみたいですね」
優の紅茶を持つ手で、ひたすら優の幸せを願うようにリングが揺れる。
「本当にありがとうございました。おかげで被害も少なく殲滅できましたよ」
「ですねぇ。完璧な奇襲の有効性、改めて実感しました」
一真に同意したのは、戦闘時と正反対の宗太郎。
「でもあまり無茶はなさらないで‥‥あいつらと戦う為に、俺達がいるんですから」
勿論一真の意図は単にヒメの身体を心配しての事だったが、そんな台詞に黙っていられる彼女ではない。
「SESも扱えない女は尻尾を巻いて家に入っていろと?」
「あ、すいませんそういう訳では」
「前に言ってたよな」
エミールが窓際で不意に真剣な顔。
「『貴族とは戦い護る者』って。なら俺達はヒメの剣だ。それを振るうのが戦いだろ?」
「私は、この手で掴み取ってこその‥‥」
ヒメが俯く。適性さえあれば、彼女の苦悩はなかったのだ。
「だからそう悩まなくてもいいんじゃないか。軍のお偉いさんになるか今のままか、また俺達を顎で使ってればいい」
「うるさい‥‥」
椅子で下を向いたヒメの頭をロッテが撫でる。
「気の強い娘は嫌いじゃないわ‥‥でも程々に、自分の戦いを、ね」
窓から星空。果たして欧州、世界はどう動くのか。全ては能力者など関係ない、人類みなの想い次第だった――――。