タイトル:激動のドン・キホーテマスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/12 22:00

●オープニング本文


 死力を尽くした戦いの結果、イタリアを奪還したUPC軍。欧州防衛において重要な、アフリカに対する厚みを取り戻すと共に、奪還したという事実そのものが、人々の光として世界を駆け巡った。‥‥たとえ、被害が甚大であったとしても。
 そうした動きの中でスペインもまた、正式なUPC欧州軍としての抗戦を放棄されたという意味で『被害』のひとつだった。バグア軍はイベリア半島に次々と戦力を送り込み、UPC側はピレネーという天然の要害で守りを固めた。それでもなおスペインで生きる人間はいる。少しでも抵抗し続ける事が、未来に繋がると信じて。
 細々とした地下ルートによる物資、あるいは空からの一瞬の投下物資。完全な陸の孤島となる事はないが、それでも辛い戦いになる。各都市への反攻作戦は。スペイン解放は。全ては、未定。
 そんな中、ラ・マンチャに住む能力者も、陸路、ひたすら隠れるように森の中へ戻ってきたのだった‥‥。



「‥‥で、またあいつらか」
 アロンソ・ビエル(gz0061)は処置無し、といったように首を振った。というのも。
『きょうかいのきらきらをとってきます』
 との書置きを16時過ぎ、つまりつい先程、母親が発見したのである。子供の名前は姉のミシェル(11)と弟のフアン(6)。以前にもキメラ騒ぎの折に村で大人とはぐれてしまい、結局傭兵達に助けられた事があった姉弟なのだが‥‥。
「教会のキラキラってのはなんなんだ?」
「ええ‥‥」母親が頬に手を当てて上目に思い出しつつ「今日のお昼にそんな事を言って‥‥」
「聖母像とかステンドグラスか? 屋根の十字架はないとして」
 アロンソが根気良く尋ねる。
「なんだか、今朝に教会の上に何かが落ちたのを見たとか言っていた気が‥‥」
「て事は教会の中か近くにいるんだな」
「多分」
 心許なげに言う母親を安心させるように、アロンソは胸を張る。
「まあ、俺も少しずつ能力者としての経験は積んでる。これからも頼ってく‥‥」
 言い差した時、ピ――‥‥と呼笛の澄んだ音が村に鳴り響いた。それは第1の警戒信号。敵らしき影が櫓から遠く双眼鏡で見えたという証拠だった。
「ッ方角は‥‥?!」
 再建中で見晴らしもまだ良すぎる村の中央で、四方を見る。北、異常なし。東、異常なし。――西、当たり。人の流れが激しい。誰もかもが行ったり来たりを繰り返していた。
 そして西と言えば、村の外れには件の教会。
「あぁっ」
「何であのガキどもがいなくなると騒ぎが起きるんだ‥‥!!」
 我が子を心配するあまり失神する母親を受け止めながら、アロンソが毒づく。そこにさらに音声信号。
 ピ――、ピ――。
 ピ――、ピ――。
 本格的な信号など、やろうと思っても全員は覚えきれない。間単な合図程度に留めておいた、信号。長音の2連続を2セット。それは小隊規模のキメラが、こちらに近付いている合図だった。

「どうなってる、状況は‥‥!!? UPCに連絡は!」
 村長宅に駆け込み、アロンソ。うむ、と村長が敢えて落ち着いてみせる。
「今、北の村に使いと連絡を遣ったところじゃが‥‥スペインがこうなってしもうては軍に確実に連絡できるかどうか」
「敵は‥‥!?」
「双眼鏡で覗いた限り‥‥」
 報告を受け情報を整理していた村長が、アロンソに伝える。
 前衛に3m大の左右対称のような、赤一色と青一色の異様に背の盛り上がった剣虎牙が2頭。後衛に小型の猿3頭と『人形でも入りそうなバッグを持った女1人』。
 彼自身は報告を聞いただけだったが、最後の女の『バッグ』にひどい既視感を覚えるアロンソ。が、今はとにかくなんとか北へ避難する時間を作るべく、森の罠、あるいは壕、土嚢を利用して抗戦、傭兵が来るまで出来る限りの‥‥。
 アロンソが頭で動きを組もうとして、
「ッ‥‥、あいつらはどれだけ間の悪い‥‥!!」
 教会にいるであろう、ミシェルとフアンの存在に頭を抱えた。

 ――村周辺の略地図――   ■:地下避難所付多目的ホール(建設中)
   森            北の村↑
        櫓                      櫓
            村長宅           ■
 教会――小道――             食材屋
敵→                          備蓄庫

   森      火薬庫             訓練所
        櫓                      櫓
               南の平野↓

※村の周囲に壕がぐるりと掘られており、西は教会と村の間、教会寄りの位置を掘っています。村側には土嚢が積まれ、身を隠す事もできます。また森の中には地上十数センチに鳴子の罠が張り巡らされています。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
諫早 清見(ga4915
20歳・♂・BM
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
勇姫 凛(ga5063
18歳・♂・BM
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
白・羅辰(ga8878
17歳・♂・DF

●リプレイ本文

 アロンソが疾る。西へ。西へ。薄暗い木漏れ日が連続する瞬間を写し出す。小道に入り壕で板を渡りやすく移動、もう1枚の板を引きずり跳躍。木に立て掛けさらに西へ。森にぽかんと空いた教会敷地。光が溢れる。敵はまだ。息が切れる。ライフルを両手に。深呼吸。ガシャ。装填。
 1人でも、持ち堪えてみせる!
 教会の扉を押した――。

「アロンソくんに死なれちゃ困る! 全速力です!」
 ラ・マンチャ牛乳の為に! 翠の肥満(ga2348)が北東から侵入した森を駆けつつ敢えておどけてみせる。それにロッテ・ヴァステル(ga0066)が。
「グリーン‥‥貴方はもう少し真面目に‥‥」
 しかしそれを遮る形で翠は人差し指を立て、
「僕はこの村の牛乳が、飲みたいんですよ」
 コートを力強く翻す。全く、と彼独特の表現に呆れるロッテ。
「この村、何かあるのかな。出動要請多いよね」
「流石スペイン、欧州の前線に少しも休みはないのね」
 諫早 清見(ga4915)と智久 百合歌(ga4980)、2人が颯爽と土を蹴る。並び走るもう1人の獣人、勇姫 凛(ga5063)が、
「‥‥こうなったら、どれだけ来てもこの村には指一本触れさせないんだからなっ!」
 黒髪を風に踊らせて。
「それにしても空気読めない敵だな! ぶっ壊してやるぜ!」
 素直に熱血する白・羅辰(ga8878)と、横で、
「キラキラ、か。子供心鷲掴みだな」
 一見冷静な龍深城・我斬(ga8283)。だが小枝が軽く腕を切るのも構わず走る姿は、紛れもなく白とも通じる精神が流れていた。
「そちらは‥‥お願いしますぅ‥‥!」
 村への入口が見える。幸臼・小鳥(ga0067)がB班の3人に。
「そっちも、な」
「後退の時しっかり援護するよ」
 我斬と清見が速度を緩めず左に折れ、最後に翠も
「村へは誰一人無断通行を許しませんよ」
 と離れていった。

救出遊撃A班:ロッテ、小鳥、百合歌、凛、白
援護迎撃B班:翠、清見、我斬

●救出作戦
「アロンソさん‥‥待っていて下さいねぇ‥‥!」
 A班はそのまま北の壕沿いに西へ向かう。主にキメラに当たるロッテ、百合歌が先頭、直後を小鳥が駆け、凛と白はやや離れて直接子供に向かえるよう心がける。
「‥‥私は貴方を信じているわ」
 二者択一などではない。どんな時にも、可能性に賭けて不確定な未来に踏み出せる力を。
 木々をすり抜けロッテが独りごちる。枝が揺れる。鳴子を跳ぶ。
「敵は今どうなってんだ!?」
 焦れて叫ぶ白。左に曲がる。西面。疾走。緑が次々視界を流れる。連絡から1時間余り。時間はギリギリ。状況は。
 ガァン! 教会方向から連続する銃声。張り詰める空気。走る、走る。
「見えましたぁ‥‥!」
 小鳥が反射的に真デヴァステイターを抜く。木々の間に敵影。教会北東に虎1頭。猿3匹は教会南を過ぎ村に向かっている。敷地に入る。邪魔な木々が消えた。
「間に合えっ!」
 百合歌が虎に衝撃波をお見舞いする。よろける青虎。ロッテは強靭な脚力で一瞬にして猿に迫る。
「ここからなら‥‥射程内‥‥先制攻撃ですぅ!」
 小鳥の特殊銃が火を噴く。2発。虎は横腹、猿の1匹は腕。ロッテが猿の真横に現れる!
「次から次へと懲りないわね‥‥」
 勢いままに跳ぶ。斬。左足の刃を一閃。短い悲鳴を上げる猿。着地。見据える。村を背にロッテが立ち塞がる。距離を取る3匹。と、その向こうから悠然と女が歩いてきた。瞬間的に注目せざるをえない。
 それを見逃さず猿が散開する。北東に2匹、南東に1匹。
「私が遊んであげるわ!」
 南にナイフを投擲、自身は2匹に向かう。伸身前転の要領で接近、右踵を振り下ろす。1匹の肩にめり込む。浅い。そこを支点に捻って左の刃を繰り出すが避けられる。さらに回る視界の中で、南の猿が短剣を避けていたのが映る。猿は反撃もなく、ただ村を目指す。
 3匹。どうするか。一瞬の逡巡。その時小鳥の銃声が耳に入る。
B班を信じ、今は子供を。ロッテが虎に向かった。
 一方で教会北東窓近くにいた青虎は、百合歌と小鳥によって次第に南に押されていた。
「貴方の相手は私。さあ」
『競奏曲』を奏でましょう。百合歌が敢えて一般的でないコンチェルトを表現する。鬼蛍で斬りつけ散弾銃で傷を広げる。反撃。上着が裂ける。小鳥の銃弾が背に命中。外壁沿いを南下していく。そこにようやく
 ガァン! 背後で動きが見えた。

「待ってて、今、凛が行く!」
 3人が交戦に入った時、凛と白は静かに接近、教会北東の窓から中を見た。殺風景な部屋。侵入する。扉の向こうに見えるのは礼拝堂と破られた入口と。
「やべェ!」
 赤虎に迫られるアロンソ、そして子供達の姿! 彼の銃弾が虎の足に命中、その隙にこちらに走る。
「こっち! 凛達が援護するから!」
 凛が猛然と礼拝堂へ突進する。獣突。3mの体躯を南に吹き飛ばした。間髪入れず引き返す凛と白。
「わり、ちょっと暑苦しいかもしれねぇけど我慢してくれな? 勇姫さんは姉ちゃん頼む!」
 白が強引に弟の方を抱き上げ、全力で後退を開始する。窓を跳び外に転び出た。次に獣人らしい動きで凛が姉を背負って。最後にアロンソがなんとか脱出し、
『――■■!』
 直後赤虎からの火球が頭上を通り抜けた。
「ッどうする!」
 アロンソが肝を冷やしつつ。素早く見回すと、ロッテが猿を多少足止め、青虎に向かっている。小鳥と百合歌はその青虎と対峙。じき赤虎も出てくる。また女も危険。これは。
「大丈夫」凛が微笑み「さぁ、一緒に急いで帰ろう」
「キラキラ‥‥」
 見つけてないのか、弟が名残惜しそうにするのを白が「後で探そうぜ!」と東に出発する。
「‥‥でもキラキラって」続いて首を傾げつつ凛。
「皆も後退してくれ!」
 2人を追うようにアロンソが森に入り、退却が始まった。

●戦線防衛
「西以外も続けて警戒頼みますっ」
「女性と子供は隠れちゃいましょ!」
 村を抜けながら清見と翠が叫ぶ。ついで我斬が細かく経路等を指示し、再び速度を上げる。完全に狼人となった清見が地を縮めたように跳び、翠と我斬も全力移動。そうしてA班が接敵する前に、西の壕に辿り着いたのである。
「では僕は狙撃手らしく櫓で援護しましょう」
 翠が北西の櫓に向かう。
「バッグ持ったキメラ、前にも似たのが来たんだって?」
 壕の村側に積まれた土嚢に隠れつつ、我斬。渡し板を隣に置く。同じく清見も土嚢後ろに座って寄り掛かる。共に拳銃に装填する。
「だね。前は空のバッグだったんだけど‥‥何か入ってた気がして」
「道理だな。意味なく鞄を持つ筈がない‥‥と来たか」
 ガサガサと全力で走る音が近付く。こんなに早く、味方の筈が、ない。
「ここは通行止めだよ!」
 清見が中腰になりS−01を解き放つ。敵は猿2匹。4連射が左に殺到する。
「向こうでかなり足止めできてるようだ」
 我斬は右に特殊銃を撃ち込む。この2匹も足止めがなければ体勢が整う前に接触していた筈だった。たった10秒弱差が、守備側に絶対的な優位を与えていたのだ。
 パァン! 右の猿が足を、腕を撃ち抜かれる。高所からの狙撃が冴え渡る。猿が尚も前進する。礫弾を土嚢で防ぐ。清見と我斬が各個射撃で動きを止める。が、櫓の方で盛大な音が響いた。

「悪しき敵には絶望与え、善き味方には希望与える」
 単独になった翠が、狭い櫓の上で狙撃銃に弾を込める。暖かい日射しが屋根に当たり、独りその陰で小道をスコープで覗く。時折木が邪魔するが、猿の動きは楽に見て取れた。
「戦場の外からの勇ましき一閃」
 昔を思い出す。「翠の肥満」として各地を暗躍していた日々を。その時と違うのは。
「人、それを『狙撃』という!」
 パァン!
 ただ、人外の敵が現れ、愛らしい相棒が出来たという事だけ。
「今日も鷹の目は好調のようだ」
 Mr.Fatcat――翠の右手甲で猫の影が鳴いたように見えた。だがその時。
 真横の木々から、もう1匹の猿が櫓に飛び移ってきた! 銃把で受ける。腕に痺れ。さらに連続攻撃で肩口を切り裂かれる。
 拙い。一度移動を。
 一瞬で梯子に手をかけると、一気に半分まで下り、そこから跳んだ。着地。横に転がる。
「1匹侵入です! こちらを!」
 翠が2人に報せる。同時に猿が櫓から跳び下り、奇声と共に翠を引掻く。足で押し退け後退。猿が跳ねて再び翠に向かう。そこに我斬が、
「安易な跳躍は隙を作るんだぜ。知ってたか?」
 懐の菖蒲を抜き、左逆手で横から赤く光る刀身を叩き込む。連続攻撃。ここぞと翠も無理に短距離を狙い撃つ。崩れる敵。
「早くこっちも!」
 短時間1人で2匹相手していた清見が再装填して。小道の猿は身体を赤く染めつつも壕に迫っていた。1匹が跳び越える。清見がそこを撃つ。墜落。1匹撃破。もう1匹が壕の中から跳び上がる。そこにアロンソからの無線。
『悪い、突然だが‥‥』
 ほぼ同時に、小道の向こうから土煙がやって来た‥‥!

●本格交戦
「誰か、お願い!」
 先頭で凛が大音声で。前後するように架かる橋。駆け抜ける。白も渡りつつ、
「猿型か‥‥なぜだ、なぜ果てしなく自分と重なるんだ! い、いや気のせいだ――!」
 飛び出した猿を目の仇とばかり引き裂き、心の嘆きと共に村方向に遠ざかっていく白である。そしてアロンソは板を渡りきると土嚢裏で迎撃に加わる。
 また白に連携するように清見が最後の猿に接近し、ルベウスに装備し直した両腕で死出の旅へと追いやる。
 その間にA班の3人が虎を引き連れて壕の正面にまで到達していた。小鳥が先頭を必死に走り、脚力の点で余力のあるロッテ、百合歌が時折振り返り軽くいなす。虎は赤と青が左右交錯して偽装し、まるで1個体の如き連携。その遥か後ろの小道を歩くのがバッグの女。
 壕にぶち当たる。我斬の援護射撃が唸りを上げて通り過ぎる。翠は再度櫓に上る途中。清見は架けた板から外に渡り、その前に立ち塞がった。
「絶対通さないよ‥‥帰してやる気もないけどね!」
 右足を後ろに引き、半身で腰を落とす。
 一方でロッテと百合歌も我斬と、いち早く振り返った小鳥の射撃で後退体勢から迎撃態勢へ移っていた。共に服は裂け、所々に裂傷が見える。それは損傷を最低限に、紙一重でかわしていた証だった。
「さぁ、お仕置きの時間よ」
「ヴァステルさん、集中攻撃でいきましょう」
「Ensemble――行くわ」
 ロッテが青に突っ込む。
「良い音色を響かせて、あげましょう!」
 百合歌が赤を警戒しつつ青の隙を狙う。ロッテが正面、右ハイ転じて横蹴りで体勢を崩し、左の蹴り上げで顔面を縦に斬る。突進。受け止める。百合歌が横から刀を振り下ろす。敵背中の瘤が半分になる。中にはどろりとした何か。だが確かめる暇はない。
「堕ちろ‥‥ラ・ソメイユ・ぺジーブル」
 沈み込むように虎の懐に入り込み、バク転して左足の刃で首筋を引き裂いた。溢れる血潮の中、がくりと倒れる青虎。2人は赤虎を見た。

「あの膨らみ‥‥気になりますぅー‥‥何か使われる前に‥‥いきますぅ!」
「おらおら、余所見してる余裕なんて与えない!」
 赤は小鳥、我斬の特殊銃で縫いとめられていた。遠距離から弱らせる。清見も追撃に参加、敵の爪を爪で受ける。
「うー‥‥」
 小鳥が再装填、痺れてきた右腕に鞭打ちSESをフル稼働させる。
「これで終わり‥‥ですぅ!」
 両手の引鉄をほぼ同時に引き絞る。連射。急所狙いの影撃ち。
 結局誰の銃弾が止めとなったのか。もはや解らぬ程の嵐に、赤虎は無残に散っていった。出来るだけ瘤を守るように弾を受けていた事を、誰にも気付かせないまま。

 櫓に戻った翠が戦場を見はるかす。虎はいけるか。ならば。
 狙撃銃を僅かにずらし、女、いやバッグに合わせる。未知の存在をまず奪わねば。威力を上げる。発砲。
 不意を突いた弾丸がバッグを射抜く。女の手から離れる。2発。鞄が道に転がる。だが感触がない。ならばと女の胸中央を撃つ。持ちこたえる。リロード。だがその時には女の命運は尽きていた。赤虎は制圧できると踏んだロッテと百合歌が、急接近していたのである。

●少年玩具
 これでひとまず村の脅威は消えた。
 その後2人が女を撃破し、検分を行おうとした時だ。その『少年』が向こうの木陰から現れたのは。
「おにーさん」
 虚ろなような、はっきりしたような。いや、自意識であるかのように書き換えられた人格。それが1番しっくりきた。だが。それにしても。
「この前の‥‥?」
 北の村で牛キメラから助けた少年が、そこにいた。
「この村、面白いよね」
 にぃ、と。それだけで解った。敵に、組み込まれているのだと。こちらを揺さぶる傀儡か、実際キメラを率いているのか。とにかくもうどうしようもないのだと。
「また遊びに来るね」
 少年の言葉と同時に、赤虎の瘤から何かが飛び出した。擬態していたのか。少年より小さい体躯の鳥が飛ぶ。少年が足に掴まる。
「逃がさないから!」
 丁度戻ってきていた凛が衝撃波を放つが墜ちない。種々の銃弾が飛来し半分が当たるが、まだ足りない。そのうち鳥は高度を上げ木に隠れていく。
 結局。跡には木の葉と数枚の羽が舞っているのみだった‥‥。

●お礼?
 とはいえ今回も村の防衛には成功した。ひとまずの吉報としてそれを喜び、明日の糧とする。それが傭兵だった。9人は避難所へ戻り、村の無事を確認する。笑顔が戻る。
「で、キラキラって何だったんだ?!」
 白が興味津々で姉弟に尋ねるが、未発見なだけに2人にも謎との事。我が事のように落ち込む白である。
「あ‥‥これ、あげるよ」
 突然、凛がアロンソに渡したのは。
「ナリタサンのお守り。これで運、良くなるから」
「ッありが‥‥!」
 実感が籠もるアロンソ。それに対して小鳥も
「どうぞー‥‥約束‥‥通りにぃー」
 と何故か猫耳を出してきた。
「あ、ありがと‥‥」
 小鳥の笑顔に苦笑いのアロンソである。さらに翠はお疲れ、と言いつつ
「『お礼』に期待しているよ、アロンソくん。‥‥解るね? 無かったら、毎晩夢に出て『牛〜乳〜よこせ〜』て囁くかんね」
 くっくと黒い笑みを漏らした。そんな光景を見て思う所があったのか。ロッテが徐に近付き、何かを弾く。受け取って手元を見ると、アームリング。理由を聞こうと顔を上げた瞬間。
「‥‥それ、あげるわ」
 ――まだ頼りないし、ね。
 彼の頬、唇の端にロッテの体温が一瞬触れた。
「ッ――!!」
 小鳥の方が驚いて卒倒しかける。当然アロンソも困惑の極みだが、当のロッテは既に何もないように姉弟の方に向かっている。
「ロッ‥‥」
 彼は刹那考え、今は謎のご褒美は置いてリングについて、
「ありがとうございます! でもまだ装備するわけにはいきません。俺が、自分で一人前の傭兵になれたと思った、その時‥‥!」
 彼らしい、漢の意地を誓った。
 そう。どの程度か解らないが、この村は敵に目を付けられたのだ。強くならねば。彼は自分が救った筈の少年の姿を浮かべ、近い将来の激突を予想していた‥‥。