●リプレイ本文
駅から広場に入り瀟洒なガレリアを抜けた先に、荘厳な建物がある。そこでは様々な幻想が描き出され、人々は舞台に酔いしれる。時に目の肥えた紳士が罵声を浴びせ、時に美しい淑女が花束を投げる。幻想は客に夢を与え、人々は一時の幸福に浸る。
建物の名はスカラ座。イタリアはミラノ、夢の劇場である。
●ロビー
「よーし、頑張ってハムちゃんズをやっつけようね!」
夕闇の中で潮彩 ろまん(
ga3425)が誰とも知れず呼びかけ、入口の扉に手をかけた。
「キメラ退治の依頼は初めてですけど、しっかり頑張ります!」
「洒落の判る奴は嫌いじゃないけどね」
女性陣――瞳 豹雅(
ga4592)と真紅櫻(
ga4743)が続く。
「‥‥くるみ割り人形、か。ネズミ型だったら笑えないな」
その勢いにやや圧倒されていた男性陣だったが、月影・透夜(
ga1806)の一言で気を取り直して歩き出した。
ろまんが扉を開ける。
軋んだ音を立てて扉が開かれ、落ち着いた入口が見え。
中央に異形の獣がいた。
「発見!」
ろまんが言うや、覚醒して一瞬でロビーを走る。
気合一閃。一気にロビー中央に進出したろまんが一太刀。キメラの身体が傾ぐのを見て、ろまんは仲間の方に元気に笑いかけた。しかしキメラが最期の反撃に爪を振るう。 ろまんは気付くのが遅れる。そこに。
ろまんの脇を抜ける影。
「あなたは慎重に行動すべきだね」
木場・純平(
ga3277)が呆れた口調で、振るわれた爪を素早く弾き返し、逆に止めを刺す。
ろまんがやはり笑いながら礼を述べていると、他の仲間もロビーに集まってきた。
「ま、まずは1体倒した、ということで。じゃあ探索に移りましょうか」
セラ・インフィールド(
ga1889)が苦笑を浮かべながら。そこで4組のバディを編成しているところに、びくびくと老人が近づいてきた。
「あなたがたがULTの‥‥?」
上等そうなスーツがすっかりよれよれだった。
「貴方が支配人か?」
桜崎・正人(
ga0100)が訊く。
「左様でして。その、私やお客様はどう‥‥?」
「客を避難させたいのは分かるが、パニックになる恐れがある。客には出来るだけ気取られないようにしてもらいたい。貴方も客席にいてくれ。その方が安全そうだ」
「了解いたしました」
「あと見取り図と、怪しまれないような服か何かがあったら助かるんですけどねぇ」
ケイン・ノリト(
ga4461)はへにゃっとした笑顔である。
「でしたらこのIDカードを首から提げてくだされば、ええ。見取り図はこちらに」
支配人が内ポケットからカードと劇場図を出して配ると、では私は、と手近な扉から中に入っていった。
「あはー。不謹慎だけどこういうのもちょっと楽しいねぇ」
ケインが首にかけながら。そうするうちに皆の準備が整っていた。
透夜が仲間を見回して言う。
「連絡を密にな。撃ち洩らしたら大変だ。数が不明な以上無理はするな。やばいと思ったら応援を呼べよ」
「一般客に知られる前に、穏便に済ませたいものだね」
「じゃあ、くるみ割り人形よろしくネズミ退治といきますか」
純平とケインも声をかけ、そしてそれぞれ散開した。
「なんだか仕事人って感じだねっ!」
入口近辺を担当する純平・ろまん班と、舞台裏を担当する透夜・セラ班が正面階段を上っていた時だ。舞台裏班は2階から別れる。
「だからあなたは緊張感を‥‥」
「あ、あはは‥‥大丈夫なんでしょうか、この2人」
「戦闘を見ただろう。一応、息は合っているさ」
舞台裏組が呆れ顔になっていた時。踊り場を折り返した所で1匹のキメラを発見した。4人が即座に戦闘態勢を整える。
「手筈通りここは俺達がやろう。ひとまず1階に誘き寄せるからその隙にあなた達は裏へ」
純平の指示に首肯する2人。
「おいっそこのネズミ! 皆が楽しんでる時間を、お前達に邪魔させはしないぞ!!」
ろまんが叫んでチーズを投げつけると、思惑通りにキメラが階段を駆け下りる。4人はもとのロビーに降りると舞台裏班が真横の壁に張り付く。キメラはロビーに飛び出して突進してくる。
正面に構えたろまんが華麗に避ける。
「行け!」
純平の声を聞くまでもなく、透夜とセラは階段を駆け上がっていた。あとはここで倒すだけだ。
「えーい、波斬剣!」
半身で避けた勢いをそのままに斬りつける。かなり深く斬り裂くが、まだ倒れない。さらに純平のファングが空気を裂いてキメラを捉える。そしてもう片腕でネズミの首を引き裂いた。
しばらく小刻みに震えていたキメラだったが、やがて完全に絶命する。
2人が同じように息を吐く。えへーと笑うろまんと、しまった、という純平。
「ボク達ぜっこーちょーだよ! 息もぴ‥‥あ!」
純平は途中で言葉を切ったろまんを訝しげに見る。
「売店があるっ、食べ物あるところを襲ってるかもしれないから見てみようよ!」
心なしか目がお菓子のようになっているろまんに、純平は人知れず嘆息した。
『――ロビー、もう1体撃退した』
●博物館
「‥‥このキメラは頭は良くないようだな」
正人の呟きに、ケインは笑いながら頷いた。
「配電室を荒らさなかったキメラに感謝だねぇ」
ロビー左手の扉から博物館に入った2人は、ネズミ捕りを設置しながら慎重に展示物の間を進んだ。
そして博物館を半分ほど進んだ頃、1体のキメラが姿を現した。やや雑然とした空間だがなんとか動ける。そこで集中して殲滅する事になる。
敵の気付かないうちにケインが隠れて接近し、相手が後ろを向いた瞬間に居合い抜きで斬りつける。背が割れるが、キメラは反撃してくる。両爪を振るう相手の攻撃がケインの左腕を掠める。
しかし正人が飛び込んで追撃を許さない。爪をいなしてナイフで喉を狙う。動脈を切るも敵は未だに動き続ける。
突然。どこに隠れていたのか、そこにもう1体のネズミが飛び掛ってきた。
猛然と突進してきた敵をケインが受け止める。
「大丈夫か!?」
「こっちは任せて!」
「了解!」
瞬時に分担した2人がそれぞれ相対する。
正人はナイフで再び狙う。もはや正気を失った敵の爪を掻い潜って攻撃する。斬。まだ死なない。敵の右爪をナイフで受ける。しかし得物の差で僅かに力負けする。
「ハッ‥‥!」
じり貧を嫌った正人が勝負を決めんと短く息を止めて姿勢を低くし、懐に入り込んで斬り上げる。それは正確にキメラの首を捉えていた。血が吹き出る。そして今度は致命傷となった正人の攻撃は、今際の際さえ与えず死出の旅へと誘っていた。
初撃を受けたケインは防戦に回っていた。キメラの攻撃を時に受け時にかわし、機を見る。周囲の展示物にまで気を遣って、なかなか一刀両断とはいかなかったのだ。
そこに、やや離れた所で戦闘を終了させた正人の姿が映る。視線でキメラの気を引くよう頼む。正人は軽く頷くと、銃を取り出して安全装置を外し、敵に構える。
キメラがその殺気に気付く。咄嗟に横に跳ぼうとしたキメラだったが、その隙を逃すほどケインは甘くない。
「無粋な奴には手痛いお仕置きだよ‥‥!」
ケインが豪破斬撃で袈裟に斬る。間髪入れずに突き。薙ぐ。
その連続攻撃に耐える事は出来ず、キメラは奇声を上げて横にずれると、着地叶わず胴体を床に打ち付けて動かなくなった。
ケインが刀を納める。
「ケガは‥‥軽いようだな」
「そうだねぇ。助かったよ、桜崎君。キメラの気を逸らしてくれて」
ふにゃーと答えるケイン。一瞬前とのギャップに、正人は面食らう。
「‥‥ああ」
「探索再開しようか‥‥とその前に‥‥」
展示ガラスはかなり割れていたものの、展示物自体はほぼ無事だった。そうして無線でやり取りを始めた2人を、マリア・カラスの肖像は優しく見守っていた。
『博物館、2体倒したよー』
●レストラン
一旦外から搬入口に向かい、そこからレストランに向かったのは豹雅・櫻の班だった。1階に無残に喰われた人間を発見したが、どうする事も出来ずキメラに付着した血痕を追う。着いた所は案の定レストラン内部だった。
「人がいないのは助かりますね」
豹雅が櫻に話しかける。
「でも物陰が多いから気を付けないと‥‥」
いた。奥のテーブルの下で、ごそごそと。テーブルクロスが邪魔をしており、注意していなければ先制を取られていたかもしれない。
「って、か‥‥可愛くない! 何かダメっぽい‥‥!?」
見るからに嫌悪感を示す櫻である。
しかし櫻がそちらに気を取られる一方で、豹雅もキッチンの向こうから物音を聞いていた。
「うぅ‥‥まずはテーブル下?」
「はい。一気にいきましょう」
2人が覚醒する。
気配に気付いたキメラがこちらに顔を向けた。口元が紅く染まり、いやが上にも咀嚼を連想させた。豹雅が思わず顔を背ける。それを見て突っ込んでくるキメラ。途上のテーブルは吹き飛ばす。
「豹雅さんはキッチン! もし1体じゃなかったら戻って。応援を呼びましょ!」
「あ、し、承知です!」
豹雅が瞬天速で左手に向かう。
「あんたみたいなグロいのは‥‥」
櫻が突進する敵をかわしながら。猫の尻尾をぴんとして。
「私が狩ってあげる!」
すれ違いざまに斬り裂く。しかし敵も本能で腕を振るって応戦する。ナイフを持つ左腕にそれを食らう。櫻は右手の細剣で突く。腕、即座に抜いて次。それを爪で弾かれるや、詰め寄ってナイフで薙ぐ。
踊るように敵を翻弄する櫻。白猫のワルツに踊らされるネズミは、見る間に傷を増やしていく。
ついに櫻の細剣がキメラの胸を捉える。人で言う右肺だ。
生存本能から逃げるキメラに瞬間的に追いつき、後頭部から突き刺す。キメラはびくびくと震え、やがて剣が抜かれて支えを失い倒れ伏した。
櫻はクロスで剣を拭き、キッチンを見た。
「おーい、終わったかな?」
キッチンに入った豹雅は、敵が1体だったことに安堵する。そして敵が食料を漁っている間に両手で掌打した。キメラが逃れようと跳び退るが、豹雅も同方向に走ると敵の着地際に再び攻撃。敵の爪が腕を掠める。だが臆せず左手で首元の体毛を掴んで右手で殴り続ける。首。顔。鳩尾。急所と思われる箇所を延々と。敵も足掻く。短い腕を振り回して豹雅の身体に傷をつけ。
肉弾戦。
しかしやはり武器の差か。キメラが動かなくなっていく。
「おーい、終わったかな?」
声が聞こえたのはそんな時。止めとばかりに両腕でハンマーのように横殴りにしたところに、櫻がやって来た。
「ってわ、すご」
「‥‥はぁ、‥‥ちょっと装備間違ったかもです」
キッチンのそこここにキメラの血が飛び散っていた。
「や、うん‥‥、あの、独占欲は強い方?」
「? 多分人並みには」
「‥‥豹雅さん、人の家で刃物、持っちゃダメだからね‥‥」
妙に疲れた2人であった。
『‥‥レストラン、2体撃破したよ‥‥』
●舞台袖
舞台脇に到着した透夜とセラは、2ベルとともに探索を開始する。
楽屋、リハフロア、支配人室。上がりながらチェックする。警備員のいる場所は、凶暴な野良猫が入り込んだから何か気配を感じたらすぐ逃げるよう警告してスルー、鍵のかかった部屋は中の気配を探り、人のいた部屋には顔を出して同様の警告。それの繰り返しで進んでいく。
『――ロビー、もう1体撃退した』
連絡が届いたのは、裏を回り始めてすぐの事だ。
『舞台班了解』
透夜が即座に応答する。
「これで2体。どれくらいいるんでしょうね」
「さあな。恐怖で多く報告されたかもしれないし、逆に少ししか見えなかった可能性もある」
「最悪を想定して計15体としておきますか」
それに、俺はただ仕事をこなすだけだとつれない透夜。しかし階段を走り抜ける際や探索中など、透夜が何気なく相互連携できる位置を律儀にキープしてくれている事はセラにも分かっており、それを考えると忍び笑いが漏れるセラである。
そんなやり取りをするうち最上階端まで辿り着き、再び戻り始める。
通信が入る。
『博物館、2体倒したよー』
『舞台班了解。怪我はないか?』
『2人とも大丈夫ー』
『あー、ボク達の時は訊いてくれなかったのにー』
『‥‥‥‥。』
『ねー木場さん! ふこーへーですよねっ』
『悪い、月影君‥‥』
『大変だな。あんたも』
『桜崎君か。ああ、突然売』
もう一つの班の報告が弱々しくなされた。
『‥‥レストラン、2体撃破したよ‥‥』
『どうした?』
透夜が声を上げる。
『‥‥将来の惨劇を予測?』
『な、何? 自分が何かしちゃいましたか?』
『え、豹雅さんはそのま』
途切れる。溢れる妙な空気。
『と、とにかくこれで6体撃破ですから、このままいきましょう!』
セラが強引にまとめた時には、2人は2階に下りる所だった。
そんな時に舞台の方から妙な衝撃音とどよめくような音が聞こえてきた。
不穏な空気を感じて袖に走る。そこで見たものは。
舞台上。最後のネズミを葬らんとした時計人形の前に降り立ったキメラの姿。
「どうしましょう‥‥!?」
逡巡したのはほんの数瞬。
「踊るしかないだろう‥‥!」
透夜が舞台に飛び出す。続いて覚悟を決めたセラも、青白い光を纏って躍り出る。煌々と照らされたステージに突如現れた2人に、観客はさらに惑う。バレエの衣装でもなければパの基本ポジションすらなっていないのだから当然だ。当惑していた客も次第に怒りに染まり、出演者は2人を押し留めようとする。
2人が人垣を割って出た時、ネズミ型キメラはまさに襲い掛からんとするところだった。1体。2体。3体。咄嗟にダンサーを庇って攻撃を食らう2人。罵声を浴びせようとしていた客もその迫力に声が出ない。
尋常ならざる気合で反撃して透夜が1体を一気に倒す。セラも豪破斬撃で1体を攻める。敵の攻撃を防御する2人。避ければ出演者が危ない。
セラが1体目を交差気味に撃破したと同時に。透夜は2体目を怒涛の攻撃で血の海に沈めていた。
唖然とする観客。出演者はなんとか舞台を続けようと踊りだす。
常軌を逸した新演出に客の1人が声援を送る。が、それは常連客に黙殺される。ここでは「上演中は無粋な行為厳禁」なのだ。つまり。客はそれを「上演」だと認めたのである。勢い舞台に上がった2人が前を向くと、そこには奇妙だが刺激的な「演出」にのめりこむ客。命の危険など微塵も感じていない人間ばかりだった。
「これは最後まで俺も‥‥?」
「あはは‥‥」
小声で嘆く2人の顔には冷や汗が流れていた。
一方。全く応答しなくなった舞台班が気になって袖に集まった6人は上手から、舞台で踊る2人と下手へハケられた死体を眺めていた。
「うー、いいなー」
「‥‥俺はあんな見世物はごめんだ」
「自分も人前は‥‥」
各々感想を述べる能力者と、くすくすと嗤う櫻。
「会場が炎上したら、それはそれでネタだったんだけど? これも面白いからいっか」
ひとしきり和んだのち、傭兵達は再び散開する。
そして2人のダンサーが休めたのは、アンコールまで応えた後の事だった‥‥。