タイトル:夢幻の花嫁マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/30 23:46

●オープニング本文


 しとしとと、空から涙が降り続ける。灰色で覆いつくされた青森県某所、その細い道を唯一彩るのは鮮やかな紫陽花達だった。
 ぽた。ぽた。
 街路樹に遮られた雨粒が、少しずつ花に落ちていく。
 ぽた。ぽた。
「そういえばさ、知ってる?」
「えーなになに?」
「ここの花の事」
 地元の中学生がその道を通る。真上の北海道、あるいは首都東京が大規模な敵の攻勢を受けているのは知っているものの、だからとて別所でまで教育を完全停止するわけにはいかない。青森県南部、太平洋側のこの小さな町では、辛うじて学校教育が存続していた。
「この前聞いたんだけどね」

 ――そこの樹の下、何かいるんだって‥‥‥‥

「きゃあぁあぁぁんっ」
「あははっでねでね、そこ紫陽花みたいな葉っぱがあるらしいんだけど」

 ――何故か今年は咲かないんだって‥‥‥‥!!

「ひっ‥‥‥‥ごく」
「くっくっく」
「‥‥え、嘘‥‥?」
「愛いやつめこの! ここさ、今年咲いてない花あるじゃん? あれあれ」
 1人が小道の片側を指差す。横に30cm程だろうか。確かに周囲の雰囲気としてはそこにありそうな筈の紫陽花の花が咲いていない。急に紫陽花が途切れた感じで、すぐ隣の樹の周りを囲むように、妙に青々とした緑の葉があるだけだった。しかも全く揺れていないから、なかなか怖い。
「あれを元に考えた誰かが広めたんじゃない?」
「うぅぅぅうぅう――」
 2人が通り過ぎていく。ぽた。ぽた。ぽた。ぽた。何かが動く。
 なんとなく、誰かに見られている気配を感じて2人は振り向いた。ぽた。
 ぱしゃん。
 2人は不意に力を失ったように倒れた。あとには、不思議な甘酸っぱい匂いが残されていた――――。

 ◆◆◆◆◆

 ラストホープ、本部。
 今日も今日とて結婚に縁のない傭兵達がヤケになって見つめる悲しみのモニタに、微妙に薄ら寒い依頼が提示された。
 曰く。
 一昨日病院から連絡があって以来、入院した娘の様子がおかしい。虚ろで、そうかと思えば凶暴に暴れまわる。これはキメラの仕業に違いない。そうだ、紫陽花の小道で倒れていたらしいからそこに何かあるに決まってる。なんとかしろ絶対娘を治せ。
 と。
「ジャパニーズ・ホラー、怖いんだよな‥‥」
 独りの小柄な男が、人知れず身震いした。

●参加者一覧

幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
白鴉(ga1240
16歳・♂・FT
流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
木場・純平(ga3277
36歳・♂・PN
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
ティーダ(ga7172
22歳・♀・PN
斑鳩・八雲(ga8672
19歳・♂・AA
蒼き刃(gb0791
18歳・♀・GP

●リプレイ本文

「では蛙が多い、と」
 木場・純平(ga3277)の確認に、町の奥方が頷く。
「他には何かありますか? 紫陽花の道について」
「そうねぇ‥‥どれだか忘れたけど最近妙に成長した樹があったわ」
 なるほど、と渋く相槌を打つ純平に、流 星之丞(ga1928)が遠くから。
「そろそろ急ぎましょう! これ以上、被害を出さない為に‥‥」
 ふむ、と純平も聞き込みを切り上げ、件の道に向かう。その前に奥方に振り返り、
「助かりました奥さん。今日の雨は冷たい。帰ったらゆっくり温まるべきでしょう」
 では、と純平はサングラスをかけ直し、仲間の許に歩いていった。

 白鴉(ga1240)と智久 百合歌(ga4980)――現・菊地百合歌は地元警察等に一時的な通行止めを要請していた。そちらはULTの威光で数時間程度なら今すぐ可能だったのだが、
「本部もこれくらい心が広かったらいいのに」
 味方の所へ戻りつつ白鴉が愚痴る。
「傭兵も沢山いるし、向こうは向こうで大変だと思うわ」
 心なしか幸せそうな百合歌。白い指にリングが光った。
「うー、なにその余裕」
「気のせいじゃない?」
 くすくすと百合歌が微笑んだ時、ティーダ(ga7172)が、
「私の知人が智久さんの披露宴に出席したとか」
 タオル類をまとめ買いして合流する。その言葉に驚いたのは。
「‥‥なんか、次元が違うよね」
 結婚話はまだ早いのか、白鴉が漫画の感想のように呟いた。

●忍ぶれど
 北陸のこの地を小雨が襲う。仄かに立ち上る梅雨の匂いが、陰鬱な気配となって町を覆う。16時を越え、不可視の者が跋扈するに最適の時を迎えた。
 冷雨は傭兵を少しずつ濡らしていく。
「雨にけぶる紫陽花‥‥これだけなら、何とも叙情的なのですがねぇ」
 斑鳩・八雲(ga8672)が困った笑みで張り付いた髪に触れる。
「はぃー‥‥雨の中の紫陽花は‥‥結構好きなのですけどぉ‥‥雰囲気によってはぁ‥‥」
 白衣とワンピから透けた学校指定水着を隠すように、幸臼・小鳥(ga0067)がふるると身体を震わせる。その横、別の意味で一瞬身震いさせたのは初依頼の蒼き刃(gb0791)。
「う、うー‥‥緊張する‥‥で、でも」
 頑張らないと、と自らの頬を叩く。
『雨に紫陽花‥‥花嫁の幽霊でも見たのでしょうか?』
 ティーダが小道の西側から無線を飛ばす。西には星之丞も待機する事になっていた。逆の東には待機班に加え、初めに接近する小鳥、白鴉、蒼も準備を整えていた。
「色の違う花、なら『下に死体が』が定番なんだけど」
 百合歌の台詞に勢いよく反応したのは、ゴーグルをはめた白鴉。
「ふっ、まさに綺麗な花には棘があるってやつ?」
「今回、薔薇のような棘はないがね」
 純平は頭にターバン、目にサングラス、口はタオルで覆い、愉快なオヤジの様相を呈していた。被害者の倒れた原因をシアン化水素と考えた8人だけに、対策として他の者も大差ない姿となっていたが。
「うげー、かっこわるぅ‥‥」
 白鴉が白タオルも装着した。
「格好悪いだけで済めばいいのですが」
「不審者の集団‥‥ですねぇ‥‥」
 八雲と小鳥が同調したように。
「なんか、兄貴みたいな‥‥」
 不審者=兄貴と定義付ける蒼である。
『仕方ありません‥‥何にしても、気をつけて。何かあった時はこちらからも僕達が駆けつけますから』
 星之丞の声。彼も自前の物で口元を覆っている筈だった。
「お、俺が倒れても放置プレイだけは勘弁してね」
 じゃ、いきまーす、と白鴉が元気よく飛び出す。それに小鳥、蒼が追従し、作戦開始となった。

初期突入班:小鳥、白鴉、蒼
待機班:東・純平、百合歌、八雲/西・星之丞、ティーダ

 3人が慎重に進む。車道を低姿勢で、まさに肝試しか泥棒かの動きである。
「敵だとしたら‥‥どういうタイプの‥‥キメラなんでしょうねぇ」
「あ、あたしは想像も‥‥全然‥‥」
 やはり緊張の抜け切れない蒼に白鴉が
「大丈夫! 俺がまず近付いてみるからさ」
 と先輩風を吹かした。小鳥も任せて、と拳を固めてみせるが、そちらはへにゃっと頭を撫でられ涙目である。が、思い直したように
「風と言えばぁ‥‥あの紫陽花‥‥揺れてない‥‥?」
 例の西から2番目の樹の周りを見る。そこだけ緑が樹を囲むように成長している。ただ、花が咲いていない。事前情報、そして純平の情報を思い出す。『妙に成長した樹』。また紫陽花は、葉に雨粒が当たる直前に何かに弾かれているかのように、静止していた。どれも怪しい。
「蛙か‥‥蝸牛か‥‥紫陽花自体も‥‥? 幽霊ではないと‥‥思いたいですがぁ」
「ゆ、幽霊まで戦うんだ‥‥?!」
「そうだよ〜。この間なんか人魂に囲まれて‥‥!」
「っごく」
 つい作り話に走る白鴉。
 今の所は順調、やはりあの樹周辺だけがおかしかった。垂れ下がった枝が影を作る。10mに迫った。
「よ、よし、とりあえずここからは匍匐前進で」
「‥‥‥‥」
 タオル等で顔を覆い、白鴉が地面を這う。憐憫の目の女性陣である。が、その時。
 ふわ、と甘酸っぱい香りが鼻腔を刺激し。
 同時に後ろの首筋をぬるい風が撫でた‥‥!

●色に出でにけり
「咲かない紫陽花‥‥何者かに養分を吸い取られているのか、紫陽花自体が犯人なのか」
 動き出した3人を見つつ、星之丞が呟く。顔の半分を覆った黄のマフラーが雨で真下に垂れていた。
「こうして見ると何の変哲もない小道なのに」
「外見に変化がないモノこそ、真の敵と言えます。洗脳された者。憑かれた者‥‥擬態した者」
 紫陽花に限らず樹の幹、枝、地面と警戒するティーダ。星之丞はその相貌を苦しげに歪めた。
「それでも。この町の皆さんの不安を少しでも早く払いたい」
 ――たとえ望んで得た力でなくとも、それで僕に出来る事があるならば。
 前髪が彼の憂いを隠す。
「ええ。当然です。しかし未だ正体が判らないとなると、この道自体既に、という可能性も」
「それは‥‥どうすれば倒せるのでしょう‥‥」
「‥‥難しいですね」
 任務中にしては珍しく、ティーダが冗談気味に仮定を述べたその瞬間、彼女の視界で何かが動いた。
 それは星之丞も同様。視線がより鋭くなる。僅かに突入班の足下と頭上に違和感。
 風か‥‥?
 2人が自らを納得させようとしたその時、今度ははっきりと。
「ッ敵の正体が判りました!」
 ティーダは叫ぶと同時に、驚異的な速度で飛び出していた!

 直感に従い小鳥と蒼が咄嗟に前に転がる。
「後ろ?!」
 斬。はらりと髪が一房落ちた。小鳥が散弾銃を構えようとし、再び頭上からのソレに払われた。左肩口がぱくりと裂ける。蒼はさらに前方――西に跳躍するが、途中で長い枝に阻まれる。
「樹の方かよっ?!」
 伏せていた白鴉がその体勢で槍を振るう。外れる。その隙に1本が小鳥と蒼に絡みつく。
「あぅ‥‥っ」
 2つの呻きが漏れる。蒼が手首を動かし攻撃するがそこまでヤワではない。締め上げる。白鴉が立ち上がり槍で払おうとした瞬間、横の紫陽花から3匹の蛙が飛来する!
「な‥‥ッんだここ!」
 体当たりで体勢を崩される。なおも2人を締め付ける枝。振り解かねば。苦悶の表情に変わる。
 そこにやって来たのは。
「離れなさい‥‥!」
「女性にそのような攻撃はいただけない」
 瞬く間に東西から詰めたティーダと純平の姿。ティーダが蒼、純平が小鳥の枝を爪と超機械で引き剥がす! 次いで瞬速縮地で地を踏み締めた百合歌が、虚闇黒衣を纏い樹の幹を鬼蛍で突き刺す。だが手応えがない。
「っ枝だけに擬態‥‥?」
 しかし枝へと向かえない。周りの紫陽花の葉から蛙が百合歌に飛びついてきたのである。
 疾走してきた星之丞がそれを見、即座に枝の根元を目標に定める。左奥歯を噛み締める。かち、と自らを鼓舞するいつもの感触。
「原因がキメラなら僕達で対処出来る‥‥本当の怪談より何倍もマシです!」
 跳躍。両手剣を振り下ろした。着地と同時に、枝が落ちてくる。太い部分から4つに枝分かれしていたそのキメラは、1本を脚として地面に突き立った。
 そこに遅れて到着した八雲が、そのまま右足を踏み込み神速の居合いで斬りかかった。1本を斬り落とす。即座に回避しつつ片手に拳銃を構えた。
 10秒の攻防。
 不意を突いた枝キメラの攻撃に始まった戦闘は、たったそれだけで目まぐるしく推移していた。
 小鳥、白鴉、蒼が援護を受けて紫陽花と反対の車道北端に一時退避し、西から星之丞とティーダが、東から純平、百合歌、八雲が再び数mの距離を取って包囲する。相手はその中心で三又となった枝が屹立し、4匹の蛙がその枝に乗っている。
 だがまたどこから蛙等が出るか解らない。8人は慎重に敵を、さらに周囲の紫陽花と街路樹を警戒しながら対峙する。
 しとしとと雨は降り続ける。触れれば斬れそうな緊張感。
「そういえば‥‥さっきの香り‥‥」
 小鳥がつい独りごちた台詞が、激突の合図となってしまっていた――――。

●花の香は?
 雨が霧雨へと変わり、甘酸っぱい匂いが辺りを満たす。が、タオルが効果を発揮しているのか、特に頭痛等はなかった。
「Poveri fiori――哀れな花。私が今害虫駆除してあげる‥‥!」
 翼を折り畳むように絞ると、実際に滑空するが如く低姿勢で枝に迫る。が、横合いから雨に紛れて何かが飛んでくる! 敢えて一歩踏み込み勢いよく伸身前転で回避。地面に落ちたそれは、その土をやや融かして消える。
 酸。見ると紫陽花の葉の間にナメクジが数匹いた。同じく東の純平と共に紫陽花と向かい合う。百合歌が紫陽花に当たらぬよう刺してみるが、ナメクジはぼとりと下に回避する。
「そんな所で殻に篭らないでほしいものだ」
 純平が超機械で1匹を狙う。電磁波が紫陽花全体を覆う。消滅する1匹。
「殻に篭るのは蝸牛じゃないかしら?」
 ダメージはないものの電磁波の影響で炙り出された2匹の片方を、百合歌が器用に鬼蛍の流し斬りから夏落の刺突で地に突き刺す。どろりと消える。
「‥‥1本取られた、と言うのかね。それは」
「どうでしょう?」
 残るは、1匹。

 百合歌の直後に動いたのは西班だった。しなやかな動きでティーダが突入する。その側背から二の太刀として星之丞。だが枝に向かおうとした2人を蛙4匹が出迎えた。2匹が爪と剣の前に身を晒し、あと2匹が回りこみつつ突進してきた。斬。浅い。
 星之丞が身体を半回転させて両手剣を薙ぎ払う。マフラーが激しく踊る。だがさすがに小さい的を狙うのは難しい。蛙は雨を利用して足下を飛び回る。ティーダが低姿勢で1匹に下から左爪を振り上げる。中空に浮いた所を右爪で串刺し、
「‥‥邪魔」
 一瞬で引き裂いた。死骸が地面に打ち捨てられる。
 3匹の蛙は連携して跳ねる。1匹の水弾が星之丞にぶち当たる。反撃。攻撃直後で動けなかった蛙を剣の重さで叩き潰す。さらに連携しようとした敵にティーダが突っ込み算を乱した。低い回し蹴りで1匹を牽制、ボディブローの要領で打ち上げる。そこを今度は星之丞が突き刺す。飛散する死体。
 2人はもう1匹に向き直った。

「はぁはぁ、空気がっ、空気が吸いにくいいい!」
 ティーダと時を同じくして白鴉が叫びながら北から接近する。追従するのは小鳥、蒼。小鳥が俯角で突き立った枝の接地点を狙って影撃ち。バチ、と閃光。それは一応損傷は与えたのだが‥‥
「火花‥‥? やっぱりガス‥‥なんでしょうか‥‥ちょっと怖いのでぇ」
 小鳥がイアリスに持ち替える。
「そんな擬態して女の子襲うとか卑怯なんだよ!」
 白鴉が槍を振るう。二撃。対抗するように枝をしならせる。触手のように伸び槍を受け、さらに1本が白鴉に向かう!
 受けられた槍を支点に側方宙返りでかわす。ところが枝はさらに伸び続け後ろの蒼の腕を掠り、北端の土壁へ突き刺さらんとした。
「げ、あれも大事?!」
 白鴉が肩越しに見た時、影が躍り出る。それは、
「日本人として、守らねばならないでしょう」
 刀で受ける八雲の姿! ガガ。触手が刀に裂かれていく。だが勢いは止まらない。八雲の胸を強か打ちつけて触手は停止した。衝撃に手元がぶれるが、なんとか八雲は先端を斬り落とす。さらに戻る触手を掴み接近する。
「あ、あたしだって!」
「うー‥‥白兵は‥‥苦手ですぅ‥‥!」
 えい、と小鳥は慣れない刀、蒼は初の実戦で共にぎこちない動き。しかし2人の攻撃は確実に枝に損傷を与える。メットから零れた白銀と青の髪が舞う。連撃。なおも踊る。そして。

「終曲よ」「‥‥散りなさい」「終わりっ!」

 百合歌、ティーダ、白鴉の斬撃が、ほぼ同時に3ヶ所の戦闘を終わらせていた――――。

●夢幻の精
 敵の気配は完全に消えた。
 それでもしばらく街路樹を囲んでいた8人は、突然の遠くからの「皆さん!」との声に驚く。白鴉と純平が病院等に事前に変化があれば連絡するよう要請していたのだ。
「被害者の容態が快方に向かってます」
 それだけ言うと、今度は親に報せるのだとまた走っていった。
「ふむ。解決という事かな」
 純平が得物を仕舞いタオルを取る。両手で黒髪を撫でつけ、濡れすぎたスーツの形を出来るだけ整えようとし‥‥、諦めて脱ぎ肩にかけた。気付くと雨はやんでいた。
「大元倒したからかな」
「謎ですねぇ‥‥さっきの香りも‥‥害意というより‥‥」
 白鴉と小鳥が口を開いたその時、8人の目前で樹に絡みつくように成長していた紫陽花に僅かに彩りが現れた。
「敵‥‥!?」
 星之丞とティーダが警戒するが、敵意もなく。単純に、今、咲き始めた。養分を取られていたのか。
 不意に。
 ――――ありがとうございました‥‥。
 そんな声が頭に響いた気がした。
 8人は互いに見合わせるが、誰も解らない。ただ雨上がりの匂いが立ち上り、その中を淡い紫が咲いていく。静かに、ゆっくりと。解放された喜びを表すように。
「香りは‥‥紫陽花の警告‥‥だったら素敵ですねぇ‥‥」
「紫陽花。花言葉は強い愛情、移り気、絆‥‥。強い愛情でキメラから守ろうとしたのかもしれませんね」
 八雲が日本人らしく紫陽花の魂を信じて。
「『貴方は冷たい』は誰かしら?」
 私? クス、と百合歌は嗜虐的に紅い唇を動かし、ヘルムを取る。銀糸が緩やかに流れた。
 先程と打って変わり和やかな7人。そんな仲間達を横目に初の実戦だった蒼は独り、未だ微かに震える拳を握り締めていた。
「これが傭兵の‥‥、クソ兄貴も結構大変な仕事してるんだ‥‥あんな奴なのに」
 でも、そんな兄貴に、まだ遠く及ばない‥‥!
 蒼は急速に流れゆく雲を見上げた。
「まー、空気が美味しいって事で」白鴉が思い切り息を吸う。
「さて! 来た時よりも美しく! 遠足のお掃除は学校恒例行事! 終わったら放課後は俺の教室で遊ぶのですよ!」
 どこから持ってきたか、白鴉が箒と熊手を道の隅から引っ張り出した。8人はやれやれと掃除を始める。
 その姿を、昔ながらの小道に咲く小さな紫陽花が、優しげに見守っていた――――。

<了>