●リプレイ本文
夜も更けた頃。雪の降る中、白いバンが寂れた道を北上していた。曲がりくねったその先にあるのは一軒の山荘。バンが暗い森の木で掩蔽された場所で止まる。そして6人の傭兵が下りてきた。現地に先乗りしていたアイロン・ブラッドリィ(
ga1067)とホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)と合流する。
「ごきげんよう、私はアイロン・ブラッドリィと申します。よろしくお願いしますね」
アイロンが6人に言うと、みんなが互いに声を掛け合った。
「それで、何か分かった事はあるか?」
愛輝(
ga3159)が早くも仕事の話に入ると、武田大地(
ga2276)が呆れたように返す。
「なんやなんや、もっと気楽にいかなあかんで。せやないと大事なとこでヘトヘトになってまうわ」
「‥‥これは仕事だ。常に緊張感」
「ま、ま、まあ、これから仕事という事で、しっかりしましょう!」
愛輝が言い返そうとした時に横から赤村 咲(
ga1042)が仲裁してきた。それで愛輝も引き下がる。元々誰も依頼を前に無意味に口論する気もない。
「それで‥‥何か特別には‥‥?」
崎森 玲於奈(
ga2010)が尋ねると、2人が報告を始める。
まず巡回ルート。これは昼の組、そして相手をせねばならない本日夜の組とも変わらず、短い方は3名ずつが北と南から庭の中間付近を1周し、残る2名は玄関警備、1名が小屋で指揮という配置。屋内巡回の時は、北と南が2名ずつとなり、玄関と小屋に1名ずつ、屋内は3名という事だった。
「つまり正面からは難しいという事‥‥?」
朧 幸乃(
ga3078)が疑問を口にすると、ホアキンが即座に答える。
「いや、人を置く事で逆に玄関は疎かになって施錠していないようだ。外の警備を引き離した隙に、という事はできるだろう」
「夜、そして天候を味方に、ですか。しかしあの衣装では‥‥」
翠の肥満(
ga2348)が衣装の不安を吐露する。服、特に侵入班はあの赤い服を着用するようにしていた。それが聖夜仕事人の矜持だと感じたのだ。
「その事やけどな‥‥自分は反対や。が、それやとプライドが許せんゆうやつもおると思う。せやからせめて隠れる時は白いモンで覆ってほしい思てな」
大地は言うと、バンからシーツのような白い布を出して侵入班の3人――咲、アイロン、翠に手渡した。それにホアキンも同意すると、3人は素直に布を手荷物に加えた。
「肝心のセンサーについてはどうだ?」
「それは多少危険を伴いますから、揃ってからと思い‥‥」
「じゃあこれからで。予行演習も兼ねてボクら侵入班が行きましょう」
本格的な作戦の開始だった。
「子供の夢は金では買えない‥‥か。この聖夜、あなたに良い夢を届けたいものだ、イリス」
ホアキンの言葉が、静かに雪に溶けた。
●決行
当日未明。薄暗闇の中をしんしんと雪が降り、森に囲まれた山荘は現世と隔離された様相を呈していた。
耳が痛くなる沈黙の世界で、雪を踏みしめる様に動く影があった。その影達は山荘を取り囲むように位置取ると、気配を殺して双眼鏡で山荘の方をじっと眺め始める。
「点呼」
山荘の間近、しかし向こうからは見えない位置に乗りつけたバンの横で、大地が無線を使って呼びかけた。
「‥‥正面、完了している」「山荘右手は大丈夫だ。イリスに笑顔がもたらされるよう、最善を尽くす」「邸左手も準備完了しています‥‥」「裏手も同じく。だがもう少し早い時間でもよかったんじゃないか?」
森の中からそれぞれの側面監視に当たる、玲於奈、愛輝、幸乃、ホアキンが応える。
「念には念を、ちゅうてな。さすがにこの時間ならあそこのボンボンも寝とるやろ」
時刻は午前3時すぎ。緊張感が緩んでくる時間。
「侵入班、準備ええか?」
「テディベアも包装済みです」
翠は、子供ほどのぬいぐるみを綺麗に包んだ袋を、リボンが解けない様に慎重に肩に背負う。
「あとは合図で潜入できるよ」
「私が前、赤村さんが後ろを警戒いたします」
咲、アイロンが屈んで金網越しに山荘を見やる。警備兵は、玄関で2名が所在無さげに、南からの巡回が裏へ回っているところだった。その手には厳しい環境の必需品AK。
「見れば見るほど要塞のようだな‥‥」
無線から玲於奈の声が伝わる。
「これなら野良キメラごときでは陥落するまい‥‥」
「そやなぁ。こんだけ雇う金も洒落にならんで」
「それだけ家族が大事なんだ。命は、何物にも代えられない‥‥」
愛輝の独り言のような言葉が、傭兵達の耳に微かに届いた。そしてその事は、誰もが身に沁みて解っていた。人は死ぬ。ドラマティックなものなどない。ただ、そこにあったものが消える。その瞬間が今の世に溢れていた。その中で出来る事をやる。それが、傭兵。
「だからこそ夢を、笑顔を与えてあげましょう‥‥」
幸乃が言い聞かせるように。
5分の見回りが終わった。次の屋内巡回。勝負の時は15分後だった。
「侵入班、作戦を開始する」
●侵入――フェイク
侵入班――咲・アイロン・翠
監視班――指揮:大地、正面:玲於奈、左手:幸乃、右手:愛輝、裏手:ホアキン
西の森。隠密潜行に移行する。侵入班が金網を潜る。センサーを偵察する際に低く破った所だった。アイロン、翠、咲。中腰になると、そろそろと山荘に進む。センサーに細心の注意を払う。
咲は後ろ歩きで足跡のついた雪をならしながら。アイロンがセンサー、翠は警備兵係だ。
「3分経過」
雪を踏む音さえ響きそうな中、ようやく山荘横に到達する。2つの客室の間。すぐの角を曲がれば玄関、小屋が見える。予定通りそこで待つ。うつ伏せると、アリスパックからシーツを出してかぶる。闇夜、激しくなってきた降雪が視界を覆う。
「任務の正確性を重視しましょうか」
翠が不承不承、しかし依頼の成功を第一に考える事にして布の下に潜り、ひとまずの安息を得る。
「山荘到達」
「了解。第2段階に移行」
「‥‥警備、異常無し」
冷静に。はやる気持ちを落ち着けて。次は大巡回が始まってからだ。
‥‥‥‥。戦闘とは違う緊張感。
時の流れが遅いような感覚に囚われた時、待望の連絡がくる。
「巡回開始」
「了解。‥‥まだやで」
「玄関開錠。屋内巡回開始‥‥」
「ホアキン、裏で南北2組の簡易連絡が始まったら報告してくれ」
無線が慌しくなる。
「今、兵が玄関を横切って曲がる‥‥」
緊張の瞬間。庭の中央、つまり山荘から25メートル地点からこの環境で、雪に伏せて掩蔽した3人を見破る事など不可能に近い。しかしふと近付けばバレる危険性もあった。
息を潜める。風の音の合間に人の歩く音が聞こえる。ざ。ざ。遠ざかる。
「‥‥西、通過中。異常無し」
安堵が漏れる。3人はシーツを畳み、伏せる。
「裏手、広間前で連絡開始。北グループにグラップラー」
第2段階、開始。
まず東で雪玉を投げてセンサーを作動させる。そのライトがパッと輝き、小屋でそれに対応したスイッチの光が点く。小屋前に詰めていたスナイパーが不審に思って持ち場を離れる。
離れると同時に西側でも動く。西南、センサーを作動させると共にそこに立っている大きめの常緑樹に雪玉を当て、葉を揺らす。玄関の人間が気付く。そちらに歩く。客室の角など気にする事もない。侵入班の眼前30メートル先を通過する。
今!
慎重に、迅速に。侵入班が壁際を一気に走りぬける。建物に近い位置には所々常設灯があるだけだった。10メートル。
「玄関警備兵が木に到達」
「スナイパーが戻りだした」
間を置かず報告される情報を聞きながらアイロンが玄関の扉を開ける。手がかじかんで数秒戸惑う。
「玄関が戻り始める‥‥!」
開く。滑り込む3人。咲が扉をゆっくりと。
キィ。
「スナイパー、小屋に戻った。無線で連絡中」
かた、ん。
‥‥‥‥。
「玄関も戻った。扉は気付いていない。同じく無線連絡中」
3人は息を吐く。贈り物の包装にやや雪が乗っていた。
「侵入成功」
「山荘内部の状況は解りますか?」
「裏手、2階ベランダに一名。庭巡回が再開」
「2階広間から寝室方面に2名いるようだ‥‥」
「1階はおらんようやな。今のうちに1階奥でやり過ごすんや」
中腰で1階北西広間に向かう3人。ここで焦って屋外巡回に窓から見つかるわけにはいかない。また翠は持参したタオルで体と包装の雪を拭う。その細かな注意に感心し、2人もタオルを借りた。
●侵入――邂逅
広間で機会を伺っていた3人は、階段から聞こえてきた音に耳を澄ませる。足音は3つ。慎重に気配を探る。コツ。コツ。キ‥‥。
「ん?」
遠くの声。
「どうしたんすか?」
「いや、絨毯が濡れていたような気がしてな」
心臓が跳ね上がる。
「俺らじゃないっすか? 雪がひどいっすから」
「そうか‥‥」
かたん。扉の閉まる音。玄関先で何事か話す声。
「彼が能力者だろうね」咲が冷や汗を流して。「こうなれば早く任務をこなそう。勘が鋭そうだ」
「ええ。同業者として心強いとはいえ、現在は危険な相手です」
「では、あなた方は先に2階侵入路を」
翠がプレゼントを担ぐ。咲とアイロンが走る。応接室前。ロビーを抜けて広く長い階段。2階広間は北の扉を通って寝室へ。
取っ手を引く。が、開かない。
「どうする‥‥!?」
誰も鍵開けの道具など用意していなかった。いや、持っていたとしてもこんな時に一発で初見の鍵を開けられるプロは少なかろう。
「こちら正面口。中から出てきた一人が玄関警備と話した後に無線で連絡を取っている」
「ベランダから参りましょう」
「いざとなれば割るしか‥‥!」
2人が踵を返して2階広間へ向かう。そこから外に出て、私室を回って寝室ベランダに。そこに翠が合流する。
「緊急事態、一人が内部に再び突入‥‥!」
急ぐ3人。ベランダに出て私室を回る。そして。
「敵は1階リビングを抜けた‥‥」
「現在応接室へ向かっている!」
「あかん! はよいけぇ!」
大地の声が無線機を震わす。
「僕が任務を失敗するわけにはいかない‥‥んですよ‥‥!」
翠が全力で駆け抜ける。寝室西窓。北、西、東は壁が殆どないほどの巨大な窓だった。
「頼む‥‥!」
一気にガラスを横に。開かない。
ダンダンダン!
階段を踏む音が外まで漏れる。
「ぐ‥‥!」
「引くのでは?!」
アイロンが僅かな突起を掴んで思い切り引く。
コンコン。「ポールさん起きてますか?」
窓が開くと同時に寝室ドアの外から声。
「翠さん」
「了解」
「ブラッドリィさんは脱出の準備を」
翠と咲が中に入る。咲は罠の確認を、翠がその直後を進む。寝室中央、キングサイズのベッドに父娘が寝ていた。その傍ら、ナイトテーブルに赤い靴下と願い事カードがある。たどたどしい文字。翠がテーブルの足にテディベアを置く。
「入っても?」
廊下から。
翠は急いで懐からカードを出し、靴下の上に添えた。
「‥‥失礼いたします」
ガチャリと音がする。窓から飛び出す。その寸前、咲は肩越しに幼い寝顔を振り返ると「メリークリスマス」小さく独りごちた。
●逃亡――スイス怪奇伝説
「任務達成! これより離脱をはかる!」
「よっしゃ! 正面と西は警備が集まっとる、北や! 監視班も撤収!」
「了解‥‥」「俺は脱出を援護する」3人が応え、北のホアキンが気を吐く。
外に出た2人は、アイロンの指示でロープに飛びつくと、落ちるように脱出、直前にブレーキをかけて飛び降りる。雪のおかげで衝撃もない。
「ご無事ですか!?」
寝室から男の声。
2人が着地するのを上で見届け、アイロンがロープを外す。
「そこか!!」
警備――ファイターが先手必勝とばかりにナイフを投げつける。それはアイロンの真横を通過し、弧を描いて落ちる。アイロンがベランダから飛び降りる。下にいるであろう2人を信じて。浮遊感。なびく銀髪。その見つめる先には‥‥。
シーツを広げ、受け止めんとする仲間の姿!
完全には受けきれず雪に突っ込むアイロン。
ベランダに激しい足音。
「どこだ!!」
上から警備能力者が覗く。下を見る。が。見えるのは。一面に積もった雪の白さばかりだった。じっと目を凝らして探していた能力者は、しばらくして無線を取り出した。
「不審者が侵入している可能性がある。手の空いている者は正面及び北を‥‥」
その言葉を、侵入班3人は真下、シーツをかぶって聴いていた。小声で確認する。
「このままでは‥‥」
「突っ切りますか!」
「しかない、かな」
そこに無線からホアキン。
「一斉に北の森へ走れ。あとは俺がなんとかしよう」
顔を見合わせる3人。答えは当然――。
合図と共に走り出す3人。シーツはアイロンが左手に持って駆ける。30メートル。センサーライトが次々点灯する。20。右からぱらぱらと警備兵らしき影。翠、咲、アイロンの順。10。森の陰にホアキン。スナイパーの弾丸が雪を抉る。0。ホアキンと一瞬のすれ違い。しかし休む事無く北へ。しばらくして東から南下する予定だった。
一方ホアキンは。
10秒以上遅れて目の前にやってきた警備兵の前に、堂々と姿を現した。手にはスキー板。懐の無線をオンにして。
「なんだ貴様は!」
殺気立った警備兵を前に、彼は悠々と自説を揮い始めた。スキーに来て仲間とはぐれた事。森を彷徨っていたらお屋敷が見えた事。ちょっと訪ねてみようか迷っていた事など。
疑わしい事この上ないのは百も承知だった。それは単なる時間稼ぎでしかない。仲間がやってくるのを待つか、相手能力者が依頼を察知するのを待つか。
10分過ぎ、相手能力者も3人集まったその時。正面玄関でチャイムが鳴った。
眼前の不審者から目を離すわけにはいかず、また妙な深夜の訪問客を無視するわけにもいかず、ホアキンを連行して正面に向かう警備。そして正門の前にいたのは。
「こんな時間に申し訳ないんやけど」
バンを乗り付けた監視指揮班の4人だった。
「近くにスキーに来とったんやけどな、途中で友達とはぐれてしもてん。ほんで探しとったらぴっかー光ったお屋敷があるやん? もしかしたらここに来てへんかな思てなー‥‥」
一方的に喋くる大地。場の誰もが呆れ顔だ。
「ておるやないかホーちゃん!」
ベタ過ぎて逆に突っ込みづらい。その隙にホアキンをひったくる。
「助かりましたわー。ほれ皆心配してんで。んじゃ失礼しますわ!」
強引にバンに押し込み、運転席に急いで座る大地。
「そやそや。この辺雪女が出るらしいてな。あんさんらも気ぃつけー」
全速力でバック。怪しさ全開だ。少しして無線。
「――ザザ‥‥ちら侵入――」
「‥‥南方1キロ地点でピックアップを待て」
「‥‥解」
かくして、聖夜職業軍人の身代わり業務は終了した‥‥。
<了>
山荘警備小屋。
「奴ら、帰してよかったんすか?」
「ところで奴らでない不審者の姿を見た者は?」
「いません」
「俺は見たんだがな」
「どうでした?」
「‥‥雪女、のようだったな」
「ま、まさかぁ‥‥」
あははは。
聖夜の雪女伝説の始まりだった。