●リプレイ本文
「情報は大事だから、ね‥‥」
背後に一兵卒、巡査を引き連れ、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が誰ともなく語りかける。窓越しに目標の家を眺め、手元の資料に目を落とす。そこには2人の能力者の登録証もあり、顔写真だけでなくある程度の戦闘方法まで見て取れた。
すなわち、両者共カウンター型。超機械で削り、状況を利用し、接近されて初めて剣を抜く。なんらかの暗器まで用いていたらしい。
「1人でも逃がしては、周辺の組織まで活気づくでしょうから」
地図を手に、敵味方双方の逃走経路を計算するティーダ(
ga7172)。2人は現地に先乗りし、綿密な事前調査を行っていた。
「後は昼時の敵の位置、それに近況も付近の方に聞いておこう」
「了解です」
目標裏の家の女性が紅茶を持ってきたのに対し、ホアキンは落ち着いた声で礼を言う。
実行は明日。直前に避難してもらう予定だった。
閑静な住宅地を前に、8人と刑事、少佐が顔を合せる。背後には1個中隊程度の警官集団が作戦の開始を待っている。
時刻は1100。1130までに隠れて配置につき、そこからが傭兵の出番だった。
「それにしても、今回はホアキンさんを除いて女の子ばっかりだね☆」
あまりにも堂々と、神崎・子虎(
ga0513)。その空気に、
「そうで‥‥え。と、登録証によると神崎さん、だんせ‥‥」
遠倉 雨音(
gb0338)が一瞬同意しかける。
「えー酷いーっ」
「本人の心がそうならば、確かに女性ではないかな」
「は、はい‥‥?」
ホアキンの言葉に生返事で苦笑するしかない雨音である。こほん、と雨音は本題に無理矢理戻す。
「厄介ですね。出来るだけ拘束したいところですが、自爆すら厭わないとなると」
「まあ、2人程生きていればいいんじゃない。あの刑事さんが納得さえすれば」
迷う事でもない、とばかりに黒崎 夜宵(
gb2736)が言い放つ。
「件の家ごと消滅して頂きたいですが、仕方ありませんわね」
たおやかな容姿に反して不穏な事をのたまう緋桜(
gb2184)。右の虹彩に朱と藍が混じり、僅かに覚醒の兆しを見せた。こなした依頼もまだ少ない彼女らにティーダが、
「バグアに加担する輩に容赦してはいけませんよ」
自らにまで言い聞かせるように。
「嫌な世の中ですね」
リディス(
ga0022)の愁う声が耳朶を打つ。
「ですがそれが、現実です」
「何故人がバグアに与するのか。彼等による進化に縋る感情が私には解りません‥‥」
鳳 湊(
ga0109)がハンドガンを弄りながら。
虐げられ、反抗する力すらない無力感。一般人と少しずつ乖離していく能力者。これからの戦争で大きな要素を占めそうな問題だった。
「‥‥全く、嫌な世の中です」
再びリディスがその台詞を吐く。と、少佐が声をかけてきた。
「そろそろ位置についてくれ。敵の対処については本当に任せる」
見れば既に15分経過している。
「厄介な場所だ。慎重にいこう」
ホアキンが皆に呼びかけた。
正面陽動:リディス、ティーダ、雨音、夜宵(湊:狙撃)
潜入:子虎、ホアキン、緋桜
●突入
「扉の見張りを」
『了解』
「3、2‥‥」
ティーダが脚に力を溜め、斜前家屋2階に陣取った湊と合せる。見張りは2人。手前を瞬天速、奥を狙撃する算段。
何気なく道に姿を見せる陽動班。見張りがこちらを向く。湊は引鉄に指を置いた。
作戦、開始!
ガァン!!
銃声と同時に消えるティーダ。さらに銃弾が奥の敵の手足を穿った時には、ティーダは手前の敵の懐に入り込んでいた。
「ULTです。ここは私達が制圧します」
神速を半身に、そのまま当身を下から喰らわせる!
鈍い音と共に敵は路上を吹っ飛んだ。痙攣する男を警察に任せ、ティーダも玄関へ迫る。
銃声。3発目が玄関前の見張りの左足を撃ち抜き、気絶させる。その横をリディス、雨音、夜宵、邪魔な刑事が先に抜けた。
「UL‥‥」
「ご丁寧に挨拶なんかする必要もないわ。退いて」
雨音の声を遮り、夜宵が何かを投げつけた。数瞬の空白ののち。
爆発。
「ッ‥‥!」
見張りの腰から奪った手榴弾で、盛大に扉を吹き飛ばす。煙の奥、家の中から多くの足音が聞こえてきた。
「っそんな野蛮な‥‥」
「あなただってそれ、投げるでしょう」
抗議しようとした雨音だが、その手に軍公認の閃光手榴弾が握られていては何も言えない。リディスがとりあえず寄ってきている敵の足下に散弾銃を放つ間に、雨音はピンを抜く。
「いきます。皆さん、目を瞑って耳を塞いでお腹に力を――!」
澄んだ声で、凶悪な屋内制圧武器を投げ込んだ‥‥!
隣家に隠れ、納屋を窺う3人。銃声が秋風に乗り、間近にいる錯覚を起こす。
「こっそりこっそりー‥‥見つからないようにGO〜♪」
子虎が先頭で盾を構え、素早く進む。陰から陰へ。納屋の西の壁に張り付かんとした時、ドォン、と爆発する音が響き、びくと子虎の体が反応した。
「向こう、派手にやってるねー。これなら楽に行けるかも?」
「少々お待ち下さい」
緋桜が神経を張り巡らせる。SESが反応し、見えざる気配が奔流となって緋桜の脳に入り込む。暗い、嫌な予感がした。
「罠はないようですが」
「キメラ、だろうか」
1階窓から中を見るホアキン。そこに突如無線の雑音が鳴った。
『おそらく、大丈夫です‥‥っ』
雨音の合図。3人は僅かに扉を開け、滑るように侵入する。が。途端に解る臭い。戦う者にとっては慣れたこの‥‥、
咆哮。そして鋭い牙が噛みあう嫌な音!
最後尾の緋桜めがけ、横から跳び上がってくる影。2m大の蜥蜴らしきそれは緋桜の左腕に喰いついた。痛みを堪え、腕を振る緋桜。その間にホアキン、次いで子虎がイアリスで襲い掛かる。前者の刃を背に受けながらも距離を取る蜥蜴。口元から緋桜の血が垂れる。遅れて緋桜も刀を構える。
「拙いな。俺達が迅速に裏から急襲しないと、本館2階に敵が拠った場合‥‥」
「っ僕が敵の気を引くから、攻撃は任せたよ♪」
考える暇もない。子虎が盾となるべく正面から蜥蜴に斬り込んだ。敵もだらりとしていた前足を振り上げ、子虎に狙いを定める。盾と爪がぶつかり、金属音が甲高く響く。
「狭いですが、左右同時に‥‥!」
緋桜とホアキンが敵を見据え――――!
●本領
閃光。玄関が白く光り、直後に味方が内部へ入っていく。
湊はそれをスコープ越しに眺め、目を外す。やはり昼時で油断があったのだろう、未だ外から迂回する敵もいない。背後に警官の気配を感じながら、素早く装填する。
――脳裏を過るのはAWの折の敵官の演説。自立進化せずして何が人間なのか。
眼下で影が動く。微妙に銃を左に動かし発砲。次いで右の陰から玄関に回り込んできた敵を一発で無力化した。薬莢が部屋に落ちる。
――仮初の進化。バグアに降る事こそ、そう呼ぶべきでしょう。
「違いますか?」
湊は同じ2階に能力者らしき人影を見つけ、そちらに銃口を向けた。
カン、カン。閃光弾が転がる。
両者に訪れる間。敵は武器を持つ者すら半分程で、こちらは無闇に殺したくない。そんな思惑がこの空間を凍らせた。
「突‥‥」
「皆さん伏‥‥」
ッィィイン‥‥!
徐にリディスと雨音が口を開き。前後するように突き抜ける刺激が炸裂した。
目と耳を覆い4人は数秒だけ我慢すると、次の瞬間に一気に駆け出した。ここでも瞬天速で先頭を切って正面部屋に入るティーダ。すれ違い様に3人の突撃銃を叩き落し、さらに昼食の乗ったテーブルを思い切り蹴りつけた!
低空を飛んだそれは座っていた2人に直撃、簡単に昏倒させる。その後ろから
「確保ォ!」
雨音に守られた刑事が乗り込んできたのを見届け、ティーダは階段へ戻る。
リディスと夜宵は左の部屋へ。突撃銃3人、狙撃銃2人。
拳銃片手に処理しようとした時、夜宵の研ぎ澄まされた眼が奥の棚の長方形を認識した。
「それ。C‐4だったり、ね」
狙撃銃の男があからさまに反応する。その2人が長方形の方へにじり寄ろうとした刹那、夜宵は無感情に引鉄を引いていた。心臓、そして頭部へ。後方の壁に紅い花を咲かせる。その間にリディスが他の3人を銃床で次々殴りつけ、地に沈める。
「刑事さん、爆弾処理お願い」
1つの危険が回避されたが、まだ安心できない。
2人も階段へ戻る。そこでは、階上の敵と階下のティーダの攻防が始まっていた。
「やぁんっ」盾の横から尻尾で痛打された子虎が「せっかくの服破れちゃうっ! 女の子にはもうちょっと優しくしないと嫌われちゃうぞー!」
言いつつもしっかり味方の動きまで読んでいる子虎は、盾を押し出し間合いを詰め、右の剣を下から斬り上げる。蜥蜴が爪を繰り出す。左腕に衝撃。眼前に鋭い乱杭歯が迫る。子虎が不敵に微笑した。
「綺麗な薔薇には棘があるんだよ?」
自らも手首を返し力を込めるや、逆胴に斬り抜けた。と同時に左右の物陰から飛び出す2人!
「俺が前に‥‥!」「でしたら私は死角から刻んであげましょう」
物から飛び降り、ホアキンが左の剣を脳天へ斬り下ろす。反対側の下からは緋桜が伸び上がるような斬撃で足、そして尻尾を払う。一太刀、弐、参。連撃が三方から蜥蜴を刻む。緑灰色の血潮が飛散する。
『――■■ッ!』
絶叫も3人の動きを止めるに至らない。
「さ・よ・な・ら☆」
子虎の唇が動いた時、ホアキンの一撃が敵を貫いた。その剣に弛緩した体が寄り掛かる。引き抜くと前のめりに倒れ、二度と起き上がる事はなかった。
軽く息を整える3人。壁の向こうから銃声が聞こえる。
「いこ! 皆に迷惑かける人には手加減しないんだからね!」
子虎を先頭に、抜身の刀そのままで梯子を上り、渡り廊下を走る。そして本館への扉を開きかけた時、手榴弾の衝撃が肌を刺激した。
●追撃戦
螺旋階段の上から手榴弾が落とされ、さらに敵超機械による電磁波がティーダを襲う。
「ようやくお出ましですか。私がお相手しましょう」
攻撃を潜り抜け、流れるように駆け上がる。途中、低姿勢で死角から飛び込んできたファイターがそれを阻むべく大剣を薙ぎ払った。間一髪で跳び退るティーダ。一回転して階下に着地する。人数をかけられない為、攻めあぐねる4人。リディスが突っかけ、呼応して雨音と夜宵が下から銃で狙う。
体勢を崩す敵前衛。肉薄するリディス。爪が敵の腕を抉る。が、直後に大剣から回し蹴りの連撃を放つ敵。それを受け、下がる。見ると、敵の傷は既に塞がりかけていた。
人数を限定した場所での防衛。それが見事に機能していた。
――別角度からの狙撃が、なければ。
無慈悲に絞られる引鉄。腕全体に衝撃。長い銃身を抜け、弾丸が回転しながら大気を突き破っていく。それは正面のガラス窓を穿ち、さらには2階廊下で援護していたサイエンティストの右肩、脇腹を貫いた。
弾着を正確に観察しながら、さらに銃声。銃声。死角からの影撃ちに敵はなす術もなく踊る。
次々と射抜く湊。ガラスが完全に割れる。倒れるように屈む敵。湊が苛立たしげに目を細める。
「今です。吶喊して下さい」
無線に湊の声が乗った。
「抵抗は無意味ですよ‥‥!」
無線が聞こえるや、ティーダ、リディスが先頭となって再び階段を上る。やはりファイターが立ち塞がるが、今度は下からの援護射撃がじわじわと効いてくる。ティーダがしゃがんで大剣をかわし、その後ろからリディスが散弾銃を放つ。防御する敵だが、その攻撃は確実に体力を削っていく。
ティーダの下段蹴り。崩したところで身を起こしながら爪を振り上げる!
血が舞った。一気に畳み掛けようとする2人。だがそこに
「退くぞッ!!」
手榴弾を投げつけるサイエンティスト。爆発の瞬間、敵ファイターは身を翻した。リディスとティーダが伏せる。
駆ける敵能力者。それを追って湊の銃弾が壁を穿っていく。敵の前には2つの道。
「クソこいつら‥‥」
「大丈夫だ、来るこた解ってたろ! 打合せ通り行くぞ!」
「応!」
彼らが北へ曲がり数秒後、渡り廊下から潜入班の3人が姿を現した。そちらの方がむしろ脅威とはいえキメラに思わぬ時間を使った事が、空白の時間を作り出していた。
『北へ。私は引き続き正面監視を行います』
湊の誘導が混乱しつつある2班に指針を与え、すぐさま行動を再開する事になる。リディス、ティーダがやはり瞬天速で先陣を切り、角を曲がる。扉が閉められいかにも時間稼ぎくさい。残る6人も全力で移動してきた。
「何かありそうですわね」「下にもあった爆弾かもね」
緋桜、夜宵が気配を察知する。特有の火薬臭というべきか、何かが五感を刺激していた。
「破りましょう。援護を‥‥」
限界突破、低姿勢から突っ込み爪、そして中段で蹴破るティーダ。
けたたましい音を立て内部に扉が吹っ飛ぶ。中は一般的な4人部屋といった様子。窓が開いている。その部屋に7人が雪崩れ込もうとした刹那、気持ち悪い悪寒が全員に駆け巡った。少なからず実戦を経験しているからこその反応。辛うじて踏みとどまった眼前で、
耳を聾する大轟音‥‥!
大量の粉塵と共に爆風が襲ってくる。腕を交差して目を庇う。
薄く前を見ると、部屋がさっぱり消えていた。火薬量が少なかったのがまだ救いか。朦々と漂う煙の向こうで人影が動いた。
「ッ、逃がしません‥‥!」
真っ只中に突っ込むティーダ。2階から地上に跳躍した。それを追ってホアキン、リディスの射撃が影に向かい、次いで雨音、夜宵がそれに続く。
影の方から小さく悲鳴が上がる。それを目印に、独りティーダが追い縋る!
先手必勝、意表を突く勢いで跳びこみ両の爪を内から外へ薙ぎ払う。断末魔の叫びすらなく、敵は致死量の血液を噴き上げ崩れ落ちる。同時に先を行く影が不意に傾いだ。動かなくなる。
しばらくして煙が晴れると、そこには引き裂かれたサイエンティストと、胸部に複数の銃弾を受けたファイターの死体が横たわっていた。
●後始末
「いや、助かるね。こんなに捕えられるとは」
軽傷7、重傷5、死亡4。流石に能力者相手では手加減できなかったものの、上々の首尾と言えた。
「多少街に影響もありますがね」
「ま、住宅地の爆発騒ぎは私ら警察が説明すれば済みますからな」
上機嫌の刑事と、呆れ気味の少佐。
「ささやかすぎるが、使用した物はこちらで補充しておいたよ」
気前の良い刑事である。一方で殲滅を考えていた少佐は頭に手を当て、
「傭兵ってのは完璧主義なのか? まあお疲れ。酒でも飲んで忘れ‥‥」
てくれ。言い差した時、
「ダメです! 未成年がいるのにお酒を勧めないで下さい」
「あは、雨音さん可愛い☆」
「な、神崎さん、何を、私は常識的な‥‥」
「ならば俺が紅茶でも淹れよう。あと昼食も作ろうか」
知る人ぞ知る料理好きを披露するホアキン。
「いや、酒の肴‥‥」
「ですから‥‥」
奥底に滞る、同じ人間を相手にした微かな不快感を騙すように。
しばらく、雨音の声が止む事はなかった――――。
<了>