タイトル:西欧の予兆マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/06 03:07

●オープニング本文


「なんだ?」
 ある森の能力者が『それ』を見つけたのは、偶然以外の何物でもなかった。
『それ』は生物とは思えない無機的な浮遊感で、地表を滑っていく。南西から、北西へ。
「いや待‥‥!!」
 ぼーっと眺めていた彼だったが、『それ』が森に近付き、詳細が見えてくるにつれてのんびりともしていられなくなった。何故ならば。
「なんだあれ、亀??!!」
 亀のくせに微妙に浮いていたりするのはまだ許そう。問題はかなり平たいはずの上半身。普通なら綺麗な甲羅が乗っているであろうそこには、放射状に広がる銃身達が。それらの隙間にも何かが蠢いている気がする。
「ッULTに連‥‥」
 ラ・マンチャの能力者が櫓を降りかけた時、その亀は森から離れた西を通過していった。
 胸を撫で下ろす彼。しかし彼はすぐさま思い直し、外部との連絡に走った。
 そう。この森の西を北上すれば、辛うじて人類の保持するマドリードがあるのだから。

 ◆◆◆◆◆

 俄かに慌しくなる大隊司令部。既に付近を哨戒していた小隊が連絡を絶ち、新たな敵の出現を危惧していた矢先の、本営からの報告だった。
『――巨大‥‥亀のような‥‥南より急速接‥‥‥‥。近隣戦力と共に迎‥‥』
「そんな! 我々は先程キメラの襲撃をなんとか追い返‥‥」
『――貴様の意‥‥。‥‥迎撃せねば‥‥‥‥終る。それだけ‥‥。‥‥闘を祈る』
 一方的に途絶える通信。
「‥‥新たな敵? イベリアでまた何か動き出したのか‥‥?」
 嫌な考えが浮かぶ。今まででさえ、なんとか騙し騙しやってきたのだ。傭兵と共に迎撃し、陸を守り、空を守り。つい先日も大規模な空戦を繰り広げたばかりである。それなのに。
 と、そこに突然雑音まじりの報告が届いた。
 すなわち、亀とやらがここに到達したという、聞きたくもない情報が‥‥。

「おおおおぉぉおぉおおぉぉ!!」
 味方の身体が不自然に踊り、後ろ向きに倒れゆく。一瞬だけ、もはや焦点の合わない瞳が後方の仲間達を捉え、そして倒れ伏す。野戦服には限度を知らないように弾痕が刻まれ、その周りからじわりと紅く染まっていった。
 5m程か。足の代わりにホバークラフトのような装置を組み込まれた亀は、その背の銃身から9mmと12.7mmの凶弾をばらまき、時に浮遊移動特有の唐突さで回転して突っ込んでくる。また中央には榴弾砲らしき砲身が紛れて聳え立ち、脅威としか言いようがない。
 それを必死にかわし、あるいは哀れな犠牲者となり、敵の勢いを文字通り身体でほんの僅かずつ削る前線。だが。
「ッこんな人数じゃどうしようもねえだろ畜生! 応援まだか!!」
「もう何度も呼びかけてますが‥‥」
「クソ! だからこんな所来たくなかったんだよ‥‥!」
 また敵が硝煙に包まれ、申し合わせたかの如く最前列の人間がくずおれる。小隊どころか中隊規模で押し込まれてきた。
「大体何でこんな所を保持できてんだよ‥‥ここがなけりゃ今頃内地で優雅にティータイムだってのに!」
「でしたら今からパンケーキでも喰らってやりますか?」
 平たい敵を見やり、のたまう伍長。色を妥協すると蝋燭かフォークを挿したパンケーキに見えない事はない、かもしれないが、流石にそのセンスは疑わざるをえない。
 その間にも亀――もといパンケーキは回転を増し、マドリード南東防衛線の一角にさらに食い込んでいく。既に付近は立っている者の方が少ない。
 誰もがほぼ確実にやって来る死を感じ取っている。そんな部下達を見回し、
「馬鹿野郎、パンケーキってのはもっと甘いに決まってんだろ! クソ‥‥」
 軍曹もまた、悲壮な覚悟を決めた‥‥。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
熊谷真帆(ga3826
16歳・♀・FT
諫早 清見(ga4915
20歳・♂・BM
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN

●リプレイ本文

 間断なく銃声が響き、四方に9ミリ弾が飛散する。兵卒がトーチカに隠れ、敵を窺う。移動自体は驚異的に速い訳ではないが、その外見と凶弾が恐ろしすぎる。
 その現場に市内から幸臼・小鳥(ga0067)のジーザリオともう1台が到着する。やや遠めで停まるや、即座に跳び下りてその陰に身を伏せた。
「南からって事は報告書にあったグラナダの要塞? で作られたのかな」
 ハットを被り直し、諫早 清見(ga4915)。ロッテ・ヴァステル(ga0066)が陰から顔を出す。
「おそらく、ね‥‥」
 偶然を伴った銃弾が耳の脇を抜ける。しかし眉一つ動かさない。
「あれがラ・マンチャに行かなかったのは‥‥」
「僥倖、とも言ってられないわ。戦略的にはもっと危険になってる。‥‥だけど、ね」
 智久 百合歌(ga4980)が冷静に述べる。だが彼女が冷めている訳ではない事は、姿を見た事のある者の誰もが解っていた。
「どちらにせよ私達がやるべき事はただ1つ」
「必ず食い止める。敵が何であろうがな」
 ロッテに月影・透夜(ga1806)が続く。
「ロッテさん‥‥透夜さん‥‥頑張りましょぅー」
 同小隊として気心の知れた3人が目を合わせた。
「うん。ここで首尾よく撃退できたら、次の攻撃に敵も躊躇して時間が取れるかもしれないしね!」
 清見が建設的な考えを示す。彼ら8人は本営が急ぎ派遣できた戦力、少ないながらも能力者としての期待があった。そうして食い止めておいて徐に水面下の動きを増す。その為の一歩なのだ。
「僕もここに縁がない訳ではないからね。護りたいものだ。‥‥にしても」
 甲羅に蠢くもの。今のところ見えないが、収納でもされてるのか。
 国谷 真彼(ga2331)が双眼鏡でカメを観察しながら。
「硬い上にこの移動砲撃‥‥空飛ぶ戦車ね‥‥」
 同じく詳細を見つめて、緋室 神音(ga3576)。
「なんとかして‥‥おいしく料理しないと‥‥いけないですねぇ‥‥!」
「回転と精密照準は同時に行えません。状態変異する隙を見切ればちゃんと料理できます」
 熊谷真帆(ga3826)が前向きに的確な予測を述べた。近頃義姉がこのスペインで有力機撃墜に貢献しただけに、意気が上がる。
「いかな万能小要塞キメラとて、此方の攻撃が偏れば手薄な面が生じる筈ですから」
「‥‥周辺部隊に砲撃してもらうか」
 透夜が敵を、次いで周囲を見やる。相変わらず高速回転して弾雨を撒き散らす敵に、兵卒は散発的に銃撃を加えては物陰へ引っ込む、という状況だった。
「少しでも意識を逸らし、その隙にどうにか近付く。多少力技だが」
「近付けなければ近付けるよう、身を隠す場所を作るまでよ」
「俺達が装甲車を弾きながら、遮蔽物を動かして接近する?」
 清見に頷きつつ、百合歌。
「付近で使えそうな物は‥‥1台、ね。コレでは貫通した時が怖いから」
 コツ、とジーザリオを叩く。
「いざとなったら‥‥私の車も何かに‥‥使って下さぃー」
「薄い場所の補強に私の盾を」
 小鳥、神音などが意見を出していく。
「ついでに突撃する時はぶち当てましょう。万能そうな敵の弱点は『想定外』です」
 真帆の補足で大筋の作戦が決まる。あとは臨機応変。突然の来襲の為、特に罠等も思いつかなかった。

●予備砲撃
「砲撃を頼む。亀の手数があれだけとは思えないしな。そして俺達が直接、叩く」
 ロッテの無線で一般的な軍周波数に合わせ、透夜が周辺に要請する。微かに戸惑う気配が伝わってきた。
「一瞬でいい。それで私達はやるわ」
「僅かでも、キメラが止まる隙を作りたいんです」
『あ、ああ‥‥だが奴が‥‥たら‥‥』
 真彼も声をかけるが、未だに乗り気でない。第一撃での衝撃が彼らを消極的にさせていた。が。
「此処を抜かれたら後はない。覚悟を決めなさい‥‥!!」
 傭兵とはいえ、年下の女にそう言われては軍人として引き下がれない。ヤケ気味に『クソ解ったよ!』と返ってきた。
「‥‥直接掩‥‥いえ」
 言いかけ、口を閉ざす真彼。
 敵側背から此方に合わせて射撃を加える等、もう一歩踏み込んでくれれば、よりやりやすくなる。しかしその分、人は多く死ぬ。戦争は兵卒の命で行われるのだと解ってはいる。けれど。
「‥‥砲撃の際は煙幕等でよく掩蔽して。ここにはパインケーキを作ってくれる友人がいます。無事に帰れたら紹介しますよ」
 あの綺麗な人か? などとざわつく雰囲気が伝わってくる。全ての声を聴き届けようとする真彼。そして強く、それを実現すべく言葉に出した。
「だから、無事で」

「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
 神音を先頭に転がっていた指揮装甲車の陰へ移る。彼我の距離は70m程か。車の接近で此方に向かってくるとして、あまり余裕はない。
 カウントが開始される。
『3』
「――――Prestissimo,Spiritoso,Energico」
 大胆かつ繊細な戦いの旋律を。百合歌が鬼蛍の柄を握り締める。
『2、1』
 狙撃銃の引鉄に真帆の白い指がかかる。一瞬の空白。のち、
「――ルヴェ・ル・リドー!」
 ロッテの声を遮る砲撃の大音声が開幕ベルを奏で、同時に清見と百合歌が装甲車に獣突を繰り出した。

 硝煙が辺りを包む。低姿勢、あるいはトーチカから敵に銃弾が浴びせられ、徐にヒュルルと音がするや、敵頭上に榴弾が炸裂した。2、3発と続く。乾坤一擲。人間ならば逃れられない全方位射撃が敵を襲う。
「北陣地退避!」
 お返しとばかり敵から発射される榴弾。素早く反応した真彼の警告が飛ぶ。数名が犠牲になる。さらに敵はコインを落とした時のようにその場で傾き回転して、仰角30度程に固定された12.7ミリを水平にぶっ放してきた。一部のトーチカが崩壊し、損害が出る。
「異星人の奇想天外に人類の機知が負けてなるものかっ!」
 真帆の狙撃が火を噴く。装甲車に敵銃弾が突き刺さる。
 20秒。真彼の督戦のおかげで損害は減ったが、数十秒で30名から死傷する。
 しかし。
 彼らの命を賭したその一斉攻撃は、見事敵の回転を、進行を止める事に成功していた。そして。
「敵の姿勢が崩れた、今だ!」
 8人が装甲車ごと突撃する隙を創り出していたのである‥‥!

●誤算
 至近に迫っていた装甲車。直接敵に当てるべく、清見が最後の獣突を敢行する。度重なる獣突、そして大口径の銃弾に晒された装甲車はボロボロとなり、いつ爆発してもおかしくない。それが棍棒に弾かれ、敵に飛来する。透夜は豪力を活かして方向を調整し、ついでに道中で拝借した手榴弾を敵に投げ込んだ。
 前後するように真彼が初めに突っ込みそうな仲間に強化を施し、カメには弱体をかけ、
「伏兵には気をつけて‥‥!」
 そして彼自身は中衛で盾を突き立てる。
 と同時に。
 耳を劈く爆発音。
 敵に直撃し、間近から大量の銃砲弾を喰らった指揮車が、遂に爆発していた。
 高温の衝撃波と破片が降り注ぎ、8人に大小様々な傷を刻む。だが止まる事はできない。黒煙の中を間髪入れずに陰から飛び出す4つの影!
「お前の行進曲は此処までよ!」
「連携して一気に叩くぞ‥‥!」
 ロッテが足を止めずエイミング。キューを突き、超出力弾を飛ばす。それは前面に展開する12.7ミリの根元に衝撃を与える。4連突き。非物理の衝撃が敵体内に直に響く。
 その隙に左側面へ出る神音。滑るように薙ぐ。さらに月詠を抜くと、左右二刀の月詠を斬り上げ、下ろす。まだ終わらない。銃身を斬り飛ばし、刀身半ばまで突き刺した。一方で右へ回った透夜、百合歌は傾いて露出した敵下部に潜り込みながら、柔らかいであろうその腹を抉る。
「ナイフとフォークじゃなくてごめんなさいね」
 百合歌が鬼蛍を紋様に沿って刺しいれると同時に、左手では装填していたショットガンの銃口を押し当て、引鉄を引く。気持ち悪い体液が舞う。
 少し離れ、ホバー開口部の1つを銀槍で貫く透夜。彼は貫いたまま
「‥‥独楽の回転を止めるには軸を狙う。簡単な事だ!」
 ぐぐ、と僅かに紅く輝きだした槍で強引に薙ぎ払った。
 連続攻撃に移ろうとした2人。だがすぐ脇の甲羅の一部が格納庫のように開くと、中から小鼠と手榴弾のような物が転げてくる。それらの幾つかは突如光を発するや、回避する間もなく爆発した。
「ッぐ‥‥」「見え透いた手を‥‥!」
 堪らず目を瞑った。焼けた空気が鼻腔を侵略する。辛うじて両腕をかざし致命傷を避けた2人は、急ぎ退避した。
「出てすぐ自爆するとは‥‥!」
「大丈夫‥‥ですかぁ‥‥?!」
 跳び退り着地。透夜は追ってきた鼠1匹を一閃して片付け、小鳥の声に反応する。彼の悪態も当然だった。母体の近くで爆発したのだから。しかしその衝撃はカメ自身にも少なからず影響している。間を空ける事なく小鳥、清見、真帆が果敢に接近していった。

「にゃー! それ以上は‥‥やらせない‥‥のですぅー!」
 透夜、百合歌の脇を抜け、2人を護るように小鳥は機関銃を撃ち続ける。小柄な体で反動を押え込み弾着を確りと見て。金切声を上げて敵銃弾が飛来し、擦過傷を作る。
 その小鳥を追い越し接近を試みる真帆。彼女は小鳥の弾幕の間を縫うように駆け、小型盾で敵弾を弾きながら張り付くと、持ち替えたスコーピオンで残る開口部へ鉛玉をお見舞いした。3連射。小爆発。即座に退避する。彼女の腹を鼠の体当りが襲った。
 左側面では神音が小物を片付けつつ完全な背後へ抜け出す。その穴を埋めるべく清見が接近、強化棍棒で銃身を叩き折る。次いで回転させながら一点を突き、深く衝撃を与えた。が、その時、遂にカメが再始動しだした。ホバーが2ヶ所やられているが、まだ不安定に浮く事はできるらしい。つまり。
 包囲を脱するべく、遮二無二回転し始めたのである。
「にゃっ‥‥今ならまだぁ‥‥! この距離なら全弾‥‥当てられますぅ‥‥!」
 右側から猛烈に射撃を加える小鳥。敵の反撃も考えず張り付くと、ゼロ距離から有りっ丈の力を機関銃に、一気に引鉄を引いた。
 轟音が鳴り響く。カメの動きが鈍くなる。安堵しかける小鳥。だが。
 そんな彼女の体を鼠が、手榴弾が襲う。さらに全身を打ち砕かんとカメが標的として捉えた。
 ――ひんっ‥‥!
 突出しすぎた。我に返り、身を強張らせた瞬間!
「‥‥人の事は言えないけど」
 付かず離れずで的となりカメの射撃をかわし、周囲の被害を減らし続けていたロッテが。
「無茶は程々に」
 地を縮める超高速で小鳥の許まで走ると、タックルするように抱えて押し倒した。
 直後、風の切れる衝撃。甲羅に仕込まれた銃剣が、すぐ頭上を通り過ぎる。小鳥のワンピ腹部がはらりと切れ、血が一筋流れていた。
「っろ、ろぉっれさぁん‥‥」
「泣かない」
 低姿勢で一旦退避する2人。しかし機関銃の物量がなくなった事で、カメは再び回転を増していく。清見が弾き、神音が流れに逆らうように薙ぐが、それだけでは止まらない。そのまま近くの人間を弾くと、盛大に空気を撒き散らし市内方面へ突撃していく。
 脅威に感じた相手は振り切るよう設計されていたのか。
 攻撃に参加した誰もが予想外の事に出遅れる。ロッテ、清見、百合歌が脚に意識を集中した。敵は一気に加速すると、土煙を上げ包囲を抜け――――、

「簡単には通さないよ」

 ガァン‥‥!
 刹那。今回常に中距離から後方支援に徹していた男が。その突進を、盾と体で以て受け止めた。
「‥‥ケーキを切る時は、片方で押さえ、ないとね。さあ」
 ロッテに支えられた小鳥の体が淡い光に包まれ、傷が癒えていく。
「仕上げと、いこうか」
 盾を挟んで5mの敵を必死に抑える真彼の震える声が、無線に響いた‥‥!

●仕上げ
 真彼の作った時間を活かすべく、地を縮めたかの如き疾さで間を詰める3人。それを阻もうと、ゴムパインと鼠の残りが体当りをしかけてくる。だが。
「ロッテ、行け!」「お願い‥‥しますぅ!」
 透夜が割り込むと、槍を勢いよく回転させ敵を近寄らせない。透夜の旋風が敵を斬り裂き、動きを止める。それを小鳥の機関銃が捉えていく。その隙に清見、百合歌が再接近した。ロッテは彼らの攻撃より僅かに早く、連携のキッカケとなる崩しを作るべく中距離で構える。速度を下げ腰を落とすと、長いキューを首の真横に持ってくる。
「暗き世界へ堕ちよ‥‥ヴァ・アランフェール!」2度3度と高速で突き、その度に超自然の力がカメの動きを縛る。「地獄が待ってるわ」
 ロッテの知覚攻撃が直に効き、次いで真帆がスパークマシンを操りさらに隙を作る。何が空気を震わせるのか、カメが苦しげに怒り狂う咆哮を発する。
「それなら、私は悪魔のトリルでも弾いてあげましょうか」
 清見が棍棒を思い切り振って横方向の衝撃を与える。同時に突き出た銃身を折りながら飛び乗り、頭頂部の砲身を両断する百合歌。即座に鬼蛍を逆手に持ち直すと、甲羅に刃を突き立てた!
「緋室さん!」
「大丈夫‥‥」
 予想以上に硬く、一気に倒せない。8人中おそらく最大の物理攻撃力を誇る神音の名を清見が呼ぶ。だがその時には彼女は既に距離を詰めていた。清見の瞳に淡い光と黒髪が流れていくのが映る。
「夢幻の如く、血桜と散れ」
 月詠二刀が燐光を反射する。美しい2本の軌跡が敵へと吸い込まれ、そして
「――剣技・桜花幻影」
 傾き始めた秋空に、断末魔の絶叫が響いた。

●犠牲と、その先
 3時間が経ち、夜の帳が生者と死者に等しく下りる。
 それでもまだ戦場整理が行われていく。粛々と、死者を慈しむよう、ゆっくりと。
 真彼、清見、百合歌の3人は死傷者の収容を手伝っていた。
「軽傷の人は俺と智久さんが‥‥」
 声の限り、呼びかける清見。辺りを支配するのは生々しい呻き声と、
「あの馬鹿が。クソ‥‥」
 悲痛な感情。それらを糧に勝利を積み重ねるしかないのだと、否応無く思い知らされる。
「マドリードは無事よ。被害は‥‥」
『そ‥‥ですか』
「村の方に来なくて‥‥よかったですぅー。その‥‥無事でぇ‥‥」
『‥‥鳥サン達こそ無‥‥‥‥ありが‥‥』
 ロッテと小鳥は森の能力者に連絡を取っていた。横で透夜が小鳥の肩に付いた砂を払ってやる。
 とそこに、夜目に映える金糸の女性がやってくる。彼女は医療班に素早く指示を出すと、誰かを探すように見回す。そして膝立ちの真彼の所で動きを止め、歩を進めた。
 足音に気付き顔を上げる真彼。僅かに目を見開く。数秒視線を交わし、治療を再開した。
「‥‥あんまり、心配かけさせないで。ね」
 その姿にやや怒ったような声色で、彼女。
「何か仕掛けでも作っておけば死ななかった人もいる。どうすれば良かったと思う‥‥?」
 何かを堪えるように。
 真彼のその問いに完全な解を与えられる者などいない。それでも戦場を見る度に思わずにはいられないのだ。
 そうして、様々な思惑と共に見慣れない実験的キメラの襲撃は終りを告げた。
 ‥‥激動の予感を、十二分に孕ませたまま――――。

<了>