タイトル:北欧の貴族娘マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/26 23:27

●オープニング本文


『皆さんはご存知でしょうか! かのUPC軍の、欧州での振る舞いを!!』
 激しい雪の中を彼女が久々に地元に近い町へ帰ってきた時、その演説は聞こえてきた。
「なに? あれ」
「‥‥お聞きした通りかと」
 髪に雪が混じるどころか紛う事なき白髪の老執事が、主人に答える。
「まだこっちは平和だと思ってたけど」
「直接戦火が及んでいないからこそ、内通者、スパイ、親バグア派、そのような者達が暗躍するものです」
 2人が呆れて歩く間にも、小さな町中に響き渡るような拡声マイクで演説が続く。
『――私は先の戦いの折、スペインに行ったのです。こんな私でも少しでも、少しでも! UPCを手伝い、人を救おうと! しかしそこで行われていたのは‥‥なんと被災者に対する悪逆非道な数々! さらに能力者などと言っていますが、その実――』
 気持ちの良いものではないが車――補強済のカブト虫を停めた場所から少し遠くまで思わず歩いてしまったのが、運の尽きだった。
 仕方ないでしょ‥‥1年以上帰ってなかったんだから、つい散歩しても。
 などと自分に言い訳しながら、少女――ヒメがなお進む。そこに、
「本当かねぇ?」「さぁ‥‥でもこれだけ堂々と言ってるのよ?」
「でもね、でも、確かに私も去年旅行した時にね‥‥」
 町の住民の話が聞こえてきた。
「あんなのを信じられるの?」
「このような辺境は情報も入り辛いですからな」
 執事と話す間にも、演説は進行する。2人がカブト虫に乗り込む頃には、先日のバグア側による声明の録音まで流し始めていた。

 そうして町を抜けようとしたその時。後部席に座るヒメが病院に殺到する十数人の女性を発見した。
「停めて」
 ややあって停車。外に出てみる。演説の声が煩いが、それどころではなさそうな気配。近寄って改めて見てみると、それぞれの女性がぐったりした子供を抱いていた。怒声と言っても過言ではない程の、切羽詰った叫びが伝わってくる。
 1番外側で手を拱いている女性に話を聞くと、インフルエンザのような高熱を発して子供が突然倒れたという。このご時世、ワクチンや特効薬等も一病院にそう常備してあるものでもない。が、それでも、病院以外に即座に頼れる場所がないというのも事実だった。
「爺や」
「連絡、ですな」
「ん。目の前で見たものはなんとかしたいし。それとここ、親バグア派が活発みたいだから準備は万全に、と。後でUPCにも『市民の声』を届けないと」
 テキパキと指示していく彼女だが、ふと思い至った。
 この町の近くに高速艇が着陸できるのか、と。
 海岸線から入り込んだ山間。さらにこの天候。期待しない方がいい。ならば。
「特効薬とか何かとりあえず色々持ってこさせて。私が港で待ってるから。出来るだけ早く」
「承知致しました」
 執事が近所の家へ走る。家の電話であれば少しは通じるだろう。
 ――絶対、こんな所まで親バグア派だなんだでめちゃくちゃになんかさせないから‥‥!
 ヒメは静かにカブト虫のトランクを見つめる。
 そこには彼女愛用の、携行式対戦車砲や指向性の対車輌用散弾が詰め込まれていた‥‥。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
稲葉 徹二(ga0163
17歳・♂・FT
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
真白(gb1648
16歳・♀・SN

●リプレイ本文

 白魔が町を覆い隠す。身を裂く風は窓に当たって音を立てた。
 光芒が次第に町を離れていく。
 その軌跡を、2対の瞳がじっと見つめていた。

●零度
「アーブルは現地の地図を。私は軍の復興支援記録でも持っていくわ」
「はい。‥‥UPCや私達の事を知ってもらえれば」
 まだ戻れるかもしれない。
 高速艇が揺れ、持参する資料を探るロッテ・ヴァステル(ga0066)とアグレアーブル(ga0095)が僅かに体勢を崩す。機首遥か前方に密度の高そうな雲が立ち込めていた。
「予想以上に状況は悪そうで‥‥」
 備え付けの情報端末に私物のPDAを繋ぎ、辰巳 空(ga4698)が検索をかける。
「一般的なスウェーデンの一地方のようですが、吹雪いているのが問題です。親バグア派に一気に傾く可能性は‥‥まだ解りません」
「先行した際に判断するしかないわね」
「そろそろ‥‥着陸みたいですよぉ‥‥」
 ロッテが軽く息を吐いた時、前方から幸臼・小鳥(ga0067)の声が響いた。

「人助けはやぶさかでないとはいえ、こんな所でも親バグア派、でありますか」
 極寒の地に降り立ち、稲葉 徹二(ga0163)。港の雪はまだ視界を覆う程でないが、それでも踏み締める音が鳴る程度は積もっていた。
「私達の敵に与する人。‥‥それに」アグレアーブルはヒメにちらと目をやり「私とは、違って‥‥」
 その言葉は雪に溶け。視線を外すと、彼女はポンチョに身を丸くする。
「? まず急いで病院へ。私が、対処できればよかったけど‥‥ッ」
「自分の力で出来る事を。でも自分で出来ない事は、みんなでやればいいんですっ」
 真白(gb1648)が跳ねた拍子に、ニットからはみ出た髪が揺れた。そこにシャベルを担いで植松・カルマ(ga8288)が降りてくる。
「まま、めんどい話はナシよ!」
 彼はそのままヒメに笑いかける。
「こりゃもう運命ッスね! 2度も駆けつけちゃう俺マジ紳士、みたいな」
「ム、紳士と言えば僕が手本を見せたいところですが‥‥うー、手ェ寒!」
 自慢の怠惰グッズを披露すべき場面だが、細工の為に手が空かない翠の肥満(ga2348)である。
「グリーンは手元に集中なさい」
「僕にかかればこんな‥‥あ」
「翠さん‥‥」
「いや嘘、大丈夫!」
 ロッテとアグレアーブルが嘆息して翠を見る。その翠はというと、アタッシェケースに何やら仕込んでいた。
「医療活動は神速を尊ぶ。出発しましょう」
 焦れるように、空。皆が首肯して各々の車へ向かう。その直前、ロッテは小鳥の頭の雪を払った。
「小鳥、転ばないようにね?」
「はぅ‥‥頑張り‥‥ますぅ。そちらもケガとか‥‥雪とか気をつけて下さいねぇ」
 涙目の小鳥。もはや保護者感覚だった。

直進:ロッテ、アグレアーブル
大回り:<小鳥、翠><空、カルマ><徹二、真白>

●雪中暗躍
「宜しくお願いします。‥‥何とお呼びすれば」
 雪に隠れる白のインデースを駆り、アグレアーブルが執事に尋ねる。地元の彼にナビしてもらう事で格段に速度と安全性が増す。天候を考慮して1時間程か。
「私は執事。それだけでございます」
「プロ、ね」
 ロッテが後部座席から外を警戒する。流れる景色は白ばかり。色があればすぐ解るが、工夫すれば逆に隠れやすい。
 一方で運転するアグレアーブルは
「キメラ等を近辺で見たりというのはあるのでしょうか?」
 少しでも情報を得るべく。故郷でなくとも、そこにある平穏が破られるのは心が痛むから。
「海岸線に近い場所には時折現れるようで」
「ここも生活が厳しくなってきている?」
「流通ルートが限られますからな。どこも逼迫しているでしょう」
 親バグア派と、混乱に身を投じてしまう人。アグレアーブルは静かにハンドルを握り締めた。
 その間にも車は進む。白銀の世界、カルマがタイヤに施したチェーンだけが車内に音と振動を伝えていた。

 3台の車が山を避けるように走る。左手に見える山中の町へ。一度北上した後に南下するだけに、2時間はかかりそうだった。
「医療品持っている間は‥‥絶対転ばないようにぃ‥‥」
「言った方が転びそうですな」
「ぅー。現地まで‥‥何もないといいのですがぁ」
 先頭に翠車。次いでカブト虫、最後尾に徹二車の縦列陣形。
「‥‥実は僕、雪道の運転苦手なんですよね」
「‥‥‥‥ぇ、ふぇえぇっ?」
 平和な先頭車である。
 途切れがちなその声を無線で聞きながら、不安げに真白が運転席の徹二を上目に見る。
「て、徹二さんは大丈夫ですよね〜‥‥」
「初見の道でありますからな」
「し、信じてますから!」
 多少無理矢理な真白の声が無線に乗る。
 行程は半分を越えていた。

 それは、インデースがトンネルを前方に見た時に起こった。
「‥‥入口に人影」
 アグレアーブルの警告に、ロッテが窓を開ける。何気ない風を装って前を見据えてみるが、他には何の異常もない。人影自体もあからさまな物は持っていないようだ。
「兎に角、私達は急ぎましょう」
 隠した短剣を意識する2人。アクセルを踏み込むアグレアーブル。妨害に構っている暇はないのだ。町が完全に道を踏み外す前に。
 一瞬で男の横を通過する。トンネルに入った。直後。
『止まれ! 今から臨検を行う!!』
 出口の方からくぐもった声が。
「察知されていましたか」
「でもこっちの正体は知らない‥‥」
 封鎖されている可能性まである。どうするか。
「行くしかないわ。下っ端を今説得したところで無意味よ」
 速度を上げる。猛烈に重力が体を押し付ける。
 出口の光が見えた。多少のバリケードが張られている。だが。
「了解」
 みるみる出口に向かう。人の表情すら何故か鮮やか。20m。一定間隔の照明が途切れる。敵の驚愕が目に映る。
「――衝撃に備え」
 ッ暗転。耳を劈く轟音。
 一瞬の浮遊感と共に、3人はそこをぶち抜いた!
 右ライトを破損しながら疾走する車。後ろから控えめな銃撃を加えてきた。後部硝子全体にヒビが入る。
「薄い‥‥行けるわよ!」
「敵の地盤が固まっていなかった事が幸いしたようですね」
 一行は強引に駆け続ける――!

●雪崩
「もうね、マジパネェの! 俺らがチョッパヤで行ってみたらヤベェのがビーム出してんスよ!」
 カブト虫を運転するカルマが助手席のヒメに話しかける。道中を楽しく、とカルマなりの心意気なのだが‥‥即座に方針転換する。
「お嬢様はLH来ないんスか? 俺案内するッスよ。俺マジ紳士なんで」
「私――非能力者がそんな所に行っても無意味でしょう」
「じゃ俺お嬢様ン家見てえッス!」
 ‥‥。ワイパーの音が妙に大きかった。
「それより。速度を上げませんか。刻一刻と病状は悪化しま‥‥」
 空気を読んで空が言い差した刹那、雲に覆われた左手の山が動いた気がした。
「な、だれ‥‥?!」
 その疑問に答えるより早く。カルマは踏み込んでいた。
「峠のウルフと言われた俺のドラテク、見せてやるッスよ!」

『天災か人災か。雪崩が起こるかもしれません。急ぎましょう』
 無線から空が警告を発し、先頭車の2人を急かす。シフトを上げる翠。フロントに雪が叩きつけられ横に流れていく。
「だから僕は雪苦手だっつーに!」
「なら少し‥‥安全運転でぇ‥‥っ」
「ですが‥‥」
 回るエンジン。唸るシャフト。ギアが組み変わり、一気にGが倍加する。
「雪崩に巻き込まれるよりゃマシでしょう!」
 クラッチ。さらに翠がシフトを上げたのを、小鳥は医療品を抱きかかえながら見ていた。

 横殴りの雪中を駆け抜ける。60、70。メーターは頂点へ。タイヤと速度、限界点の鬩ぎ合い。翠車の巻き上げる雪が視界を覆う。
 もはや雪崩が起こりつつあるのは確定的だった。何故ならば、連鎖反応を起こすように道路近くまで地響きが伝わってきていたのだから。
「イクぜゴルァ!」
 カルマの左腕が素早くハンドルを切り、同時に右腕はレバーへ。マフラーが煩く啼き命が宿る。地響きが強くなってくる。空が山肌を見ると、確実に波は近付いている。今は中腹。麓まで届くのか。
「薬は私が絶対に守ります。患者の為に、ここで呑まれるわけにはいきません‥‥!」
「お嬢様も掴まっとくッスよ」
 ぱらぱらと左の斜面が動く。横目に見ながらカルマはぬらりと唇を舐めた。
「あ、今忙しいから俺の腕は勘弁ね!」

「SSの後がコレでありますか!」
 バックミラーを重点的に見ていた徹二だが、無線を聞くまでもなくその状況は感じられていた。
 立ち往生する事はできない。ならば今1番危険なのは最後尾。徹二と、真白だ。
「わわ私でも出来る事っ」
 後部座席に移り、BとCの医療品を体で覆う真白。その腕で十字架が揺れた。
「運転お願いしますっ! 私が薬を!」
「多少荒れ――!」
 雪煙が視界を塞ぐ。いよいよ地響きが接近する。真白が左の窓を見る。圧倒的な質量が木々を薙ぎ倒す。すぐ頭上に感じた。白い津波が次々新雪を吸収する!
 ――間に合‥‥っ!
「俺ァこんな地面でくたばるわけにいかねェんだよ!」
 右脇へ逃れながらアクセルを踏み続ける徹二。滑りかけるタイヤを押え込み、流れるテールを誤魔化し。卓越した徹二の操縦技術が、雪崩の魔手を跳ね除ける。
「ってつじさん、行っひゃってくださいぃ!」
 6人中トップクラスの技術だからこその突破。暴れる車がそこを駆け抜けた直後、白い波が車のテールを削って通り過ぎた‥‥!

●町の灯
 右ライトは欠け車体は凸凹。そんな車が、町の病院前に横付けされた。扉が開き、2人が降り立つ。閉ざされた入口に殺到する女性陣がそれを呆然と眺めていると、ロッテはその集団にゆっくりと口を開いた。
「安心して。薬は持ってきたから‥‥まずは落ち着いて、病院に入りましょう。じき後続の仲間も来るわ」
「ULTの者です。医者に伝えて下さい。出来る限りの医療品を持ってきたと」
 秘かに中からも様子を窺っていたか、見える範囲の院内が慌しく動き始めていた。
「アーブルはここを。私は親バグア派の演説とやらを見てくるから‥‥」
 胸元から簡易セットを出し手渡すと、ロッテは再び吹雪く町へ戻っていった。先行班の役割はこれで果たしたと言える。しかし能力者として、一方的な口撃に黙ってはいられなかったのである。

『――我々は、自身の手で生き残るしかないのです!』
 寒空のテント内から叫び続ける男。天候が幸いして目前の聴衆はいないが、このままでは町人皆が影響されかねない。
 ようやく探し当てたロッテは、資料を手にテントへ乗り込んだ。
「邪魔するわ‥‥」
 静かな怒りと憐憫、願いを携え睨みを利かせる。動けば容赦しない。風に翻り胸元の短剣が僅かに覗いた。
「ULTの者よ。今から読み上げる報告が、UPCには記録されている‥‥信じるか否かは任せるけれど」
 真実が少しでもマイクに乗るように。訥々と名古屋からの記録を語る。戦果と戦災と、その復興計画。吹雪をも貫かんとする声が、町を震わす。
「忘れないで。この地に戦火が及ばないように戦う人がいる事を。その上で、貴方達自身が考えなさい‥‥」
 その言葉は、町に入ったばかりの迂回班の耳にも届いていた。

「なんとか‥‥到着しましたねぇ。急ぎましょぅー」
「はい! 小さなコが泣いてるのは見たくないですっ」
 小鳥に真白がすぐさま飛び出し、自動扉を潜る。その後ろを、同じく医療品を担いだ白衣の空が颯爽と駆けた。
「お嬢様もどうぞ!」
 機敏に降りて助手席側へ回るカルマ。その間にヒメも降り、リュックを手に立っていた。
「俺が持つッス。さっさと片して2人の‥‥」
「僕は院内を見た後に町も回るつもりですが、どうします?」
「‥‥私も」
 カルマがオトナな展開を画策するが、彼女には目前の使命の方が重要らしい。銀のケースを持った翠の見回りの方に惹かれていた。
「ちょ待、俺も行くッス! 紳士てか俺騎士なんで!」
 3人に遅れ、最後尾に徹二。
 さり気なく周囲を警戒し病院へ。あえてロビーの椅子に腰掛けると、胡散臭そうにじろじろと見てきた近くの婦人に声をかけた。
「お子さん、大丈夫ですか」
 子供に注射と点滴を打って寝かせていた彼女は、一段落して少しは安心しているようだった。
「自分はグラナダに行った事があるんですが、あれは酷いもんでした。これの何倍も人が苦しんで。人質‥‥子供まで大勢働かされてましてね」
 疲れた笑顔を意識して作り、徹二。親バグア派と関係ないとしても、一般人に生の感情を伝えていれば強固な地盤となる。なかなか巧い搦め手である。
「耐えて、耐えて。半年かかりましたよ。助けられなかった人もおりますが‥‥」
 悲劇を見たこの確かな感情が届くように、徹二は言葉を紡いだ。

 翠達3人は院内を歩いて回る。彼らも本来の依頼は完了しているものの、今回はアフターケアこそを重視していた。
「初めまして。私はジム・フェルプス。医療関係に従事してましてな。具合はどうでしょうか?」
 話を聴き、様子を探り。積極的に翠が接触する。そこに
「もういませんか?! お母さんも気分が悪かったりしたらどうぞ!」
 処置室から顔を出す空。医者でもあるだけに中心となって活躍していた。アグレアーブル、小鳥、真白も助手兼雑用として動く。と、小鳥とヒメの目が合った。途端にとててと近付いてくる。
「そのぉ‥‥精一杯悔いなく‥‥頑張ればいいと思うのですぅ。私達だけでは‥‥足りない部分がありますしぃ‥‥っ」
 以前依頼で会った時言えずじまいだった言葉。それを、今度こそ小鳥なりの早口で伝える。
「‥‥そう、ね」
 目を瞑るヒメ。今まで、キメラを直接排除する事ばかり考えていた気がした。
「あとは外、か」
 不意に戻りだす翠。慌てて2人が追いかける。
「何を」「じき解ります」
 要領を得ないが、町を見ておきたい事は確かである。
 そこで3人が外に一歩踏み出した時、左手からロッテが戻ってくるのが見えた。
 翠が演説者の様子を尋ねる。ロッテは多少逡巡したのち
「やれる事はやったつもり」
「フムン、なら念の為に‥‥」
「だから何をするつもり?」
 焦れるヒメに、翠は極めて当然の如くケースを叩き。
「市民の声を届けるなら少しは役立つでしょ。後でテープを渡します」
 寒そうに身を震わせる翠。ケースの方をよく見てみると、プレートの一部に穴が開き、微かにレンズが光って見えた。
「よくそんな事を‥‥」
「奇想天外が大好物ですんで」
 飄々と言ってのける翠である。
「貴女も」ロッテがそれを見てヒメに「即応できる個人だからこその戦いをやれないかしら。別の戦いを」
「‥‥、どうしても」
 直接は戦えない、か。ヒメが口惜しげに息を吐いた。理想を諦める、息を。
「ったく。ガキどもは生きてんだし、パーっとやるッスよ!」
 シリアスは勘弁とばかりカルマが3人の肩を叩いていく。これからの事はなるようにしかならない、と。
 そんな彼らに、苦い微笑をヒメが漏らす。
 かくして依頼の成功と共に、ヒメの分岐点ともなる雪中行は幕を閉じたのだった‥‥。