●リプレイ本文
大通りから折れた細道。尖った屋根に陽が当たり、古い煉瓦が姿を現す。そこは、そんな場所だった。
「好きな人にプレゼントしたいと女の子が頑張る日。‥‥俺なんかでも協力したくなった」
「まだ誰も訊いてないよ?」
気まずそうな愛輝(
ga3159)にツッこむのは呉葉(
ga5503)。愛輝が咳払いして店に入り「3人」が続く。
そう、残る4人はCM撮影へ赴いており、つまり今、男は1人なのだ。何か言い訳したくもなる。
「でも、そうね。年に1回の勇気を出せる日。応援しなくちゃ♪」
曰くありげに微笑む智久 百合歌(
ga4980)に呉葉が食いつく。
「百合歌さんも何かあったんですか?」
「あのね‥‥あ、これは私とアノ人だけの想い出だからダメ」
「ええ〜」
頬に手を当てる百合歌。桃色空気が洋菓子の匂いと混ざり、女の子空間だ。
「そんな事より」ぴしゃり、と最上 空(
gb3976)が言ってのける。「お店の準備をしましょう。早速空に新作とやらを間近で見せていただきたいのですが」
店に出ていたジャンに頭を下げる空。その瞳はショーケースの洋菓子を狙う狩人である。
「じゃ、あたしチラシとか作るね。一緒にやろ?」
呉葉が愛輝の手を引いて店の一角に陣取る。
甘い戦いは始まったばかりだった。
●小さな奇跡verBoys
「大丈夫かな?」
遠巻きに野次馬群がる夜の街で、新条 拓那(
ga1294)が3人を見回す。とはいえうち2人は芸能活動しているだけに慣れたもの。残るフィオナ・シュトリエ(
gb0790)にしてもこんな事で緊張しない。
「はい、一応女優業をしていますので、拓那さんをめろんめろんにしてあげたいと思います」
「それは俺、覚醒した相方に怒られそう」
意気込む風間由姫(
ga4628)と、苦笑する拓那。持参したCM案で各々主演を務める事になっていた。拓那は軽い化粧で若作りである。
照明テスト。1本目の配置につく。レフ板に反射した光が顔を照らす。
「凛達は精一杯の愛、表現しよ」
「羨むくらい、思いっきりね」
勇姫 凛(
ga5063)とフィオナが頷いた時、監督の声が響いた。
――冬の街角。パンしていくカメラ。大学生らしい拓那がうな垂れ夜を歩く。
カップルとすれ違う。女――フィオナが身を寄せ、男――凛はコートで彼女を包む。
「‥‥大好き」
拓那は直視できず、その後ろ姿を目で追った。
「‥‥俺も由姫に‥‥、は。ありえねぇ、か」
寒さに顔を顰める。喧騒から逃れ、ふと引き寄せられるように細道を曲がった。
トン‥‥。
じくじく痛む胸に何かがぶつかり。そこには、心に過ったあの恥ずかしげな瞳が――。
●小さな奇跡verGirls
「カット!」
監督の声がかかり、拓那は息を吐いた。変わらぬ笑顔で由姫が話しかける。
「お疲れ様です」
「大変だねぇ‥‥俺、挫けそう」
「なーに言ってんの! ほら」
スタッフから貰った珈琲を、フィオナが皆に渡す。
「次。気持ち入れ替える」
「凛くん待って〜」
「早くしないと監督に怒られるから」
流石に芸能界は厳しい。
「2本目いきまーす」
「次は女の子視点? 由姫、頑張れ!」
フィオナにふにゃ、と平和な顔で応え、由姫が付近の一般家庭に入っていく。資金がない為、家庭にお願いしたのだった。
――鍋からチョコが爆発したように飛び、薄い水蒸気の中で由姫が座り込む。
涙が頬を伝う。全てを投げ出し家を飛び出した。でも捨てきれないのはこの想い。
ギリギリまで頑張った、ブレザーにエプロン姿。寒さが染みる。見上げると鮮やかな星。
立ち止まったそこに偶然あった店のケースを見る由姫。突如、店の光が遮られた。
「君が想いを込めれば、大丈夫だから‥‥」
店員――凛に微笑と共にケーキボックスを渡され、それを持って大通りへ出る。と。
人にぶつかった。その人の靴は、腕時計は、由姫のよく知るあの人の――。
●小さな奇跡・完結編
「これで最後だね」
2本という利点を活かした物語仕立てとなるCM。撮影も遂に肝心のチョコを渡す場面のみとなった。拓那は照明の熱さで出てくる汗を拭う。
「お疲れ様。後は2人だよ。1番肝心な所なんだからなっ」
「CM特有の難しさがありますし、私ももっと‥‥」
凛と由姫が演技について話していく。やはり業界人らしい姿である。
「これで少しでも勇気を出せる子が増えたら嬉しいな。あたしは‥‥投げ渡しそうな気がするけどさ」
「それはそれで嬉しいと思うよ、男も」
苦笑するフィオナに拓那。
「でも相方持ちが皆ソロ参加って意外だったなぁ。うちの兵舎のノリなんかだとCMが桃色空間になりそうだし」
「私も桃色に頑張ってるんですけど‥‥」
由姫の潤んだ瞳に一瞬言葉を詰らせる拓那だが、マイペースに由姫は「演技で」と続けた。
「そ、そうだね。いいもの、創ろう!」
男と女、2本共通のラスト。これを撮れば、後は編集作業のみ。夜の寒さを振り払い、監督が大音声を発した。
――2人がぶつかり、時が止まる。鼓動が妙に大きい。
唇を少し開き、でも言えなくて。由姫は先程貰った店の小さな箱を前に出す。
拓那は驚き、そっと受け取る。下を向いた由姫のうなじが見え、目線を逸らし。
「考えてたんだ。君から貰えたらどんなにいいかって」
抱き締める。腕に納まる由姫。2人がお互い勇気を貰ったように見つめあう。
「‥‥だいすき、です」
カメラは上にティルト。そしてフェイドアウトした。
「カーット!!」
●甘い物への道!
「こーいうの。どうかな?」
呉葉が手書きでチラシ草案を描く。暖かな洋菓子店らしさを活かし、B5程度の紙に滑らかな曲線で外枠を作る。上にクリクリと店名が書かれ、最後の「e」の線を伸ばし星をつける。
「ん。上出来だ」丸テーブルの横に座る愛輝が頭を撫で「ケーキと店頭の写真を撮ってきた。これを貼り付けよう」
「あとはぁ」
甘さ控えめ、オススメ、などと写真を紹介し、下に『La premiere etoileで生まれる小さな奇跡』と弧を描くように記した。
「秘かなブーム、隠れ家的洋菓子店、と入れましょう」
居心地悪そうに言うのは空だ。むしろ兄妹な世界に無遠慮に入れる人は尊敬する。
「キャッチーながらこの店らしく‥‥こんな感じ?」
店名の左横に、リボンのように書き足す。
「次はどうする?」
「内装かな。あ、メッセージカードとか作りたい!」
「なら手伝おう」
「やたっ♪」
そのふわふわ空間に空は「店主と相談してきます」と奥へ向かった。
丁度その頃、百合歌が店に戻ってきた。彼女は街で純白のフリフリ服を探していたのだ。
「百合歌さん、どうでした?」
ひとまず8人分の制服の入った袋3つを呉葉に見せる百合歌。流石に既婚者は買物も上手い。
「男の人もメイドさんですか!?」
「あら、それもいいかもね」
「にゃあぁ!」
はしゃぐ呉葉をよそに、百合歌は細かい仕立て直しと名札の作製にかかった。白にコサージュでワンポイント。ウェディングのような清楚系制服になっていた。
「リキュール系はどうでしょうか。チョコが苦手な方に贈る為に」
「確かに、大人はその方が良いかもしれん。試してみよう」
空の提案に呼応し、ジャンが手早く新作を形作っていく。繊細且つ大胆に。手に触れる時間が少ない程、良い風味になる筈だと言わんばかり。ハート型、故郷のリキュール入りボンボン。
またリキュールを使ったケーキも急遽並べる気になった。
「ところで。勿論腕は信用しています。が、若い子の感性を試さねばならないと思うのですが。宜しければ空が仰せ付かりますよ?」
空は『本題に』入った。新提案をし、その後で既存の物も試食してみると。話の展開が上手い。
「あくまで味見です。こう見えて空は甘い物を求めて渡り歩いてきたのです。本当ですよ?」
「‥‥食べたいなら食べていい。それこそ俺の本望だ」
「味見です。空はお店の為に、心を鬼にして味見するのです」
では、と空は心なしか足取り軽く店に戻るや、ケースから1個ずつ出していく。
「いただ‥‥いえ、味見を始めます」
クレープミルフィーユをマイフォークで削る。仄かな甘い香り。粒チョコが零れた。口内へ。咀嚼。しっとりした生地が舌を優しく蹂躙する。苺とみかんの酸味が鼻から抜けた。
「はぁあ‥‥」
「ツマミ食い?」
「はい‥‥空だけに許された快楽で‥‥」
夢見心地で百合歌に答える空だが、一瞬にして正気を取り戻し、市場調査だと言い直した。
「あれ、奥にやろ?」
「あの風車のような物か」
呉葉が愛輝にお願いし、外から中が見えるようにする。出窓には玩具の宝石的な石を並べ、中央に小さめのアレンジフラワーを置く。
「あと上が寂しいからキラキラしたいかな」
「ま、待っ‥‥」
「はーやーくー」
頭にサテン布を巻かれ急かされる愛輝。じゃれてくる呉葉に愛輝は目を細め、胸を刺す痛みを無視した。
「百合歌さんはどんな感じ?」
所狭しと呉葉が店を駆ける。心底楽しそうだ。
「任せなさい」
テーブルで裁縫していた百合歌が、純白メイド服を広げる。
「あのね、羽とか可愛いかなって」
「まさにキューピッドね」
「です!」
準備は続く。多少各々の欲望を含みつつ‥‥。
その夜の事だ。秘かな衝撃が電子の波の一部に走ったのは。
人知れず凛は自身の公式HPのブログに、ある文章をエントリーした。
『CM撮りだったよ。
場所はLHの――。
凛が前から好きだったお店。ケーキのキメが細かくて美味しいんだ。
凛の役は今は内緒だけど、優しく女の子を応援できるようなものになったと思う。お店と、皆の力になりたかったから。
だから14日、皆もがんばって。あとお店の事も知ってくれると嬉しいな』
と。その後、凛はベッドに潜る。が。
――あんまり流行ると凛が買えない‥‥!
気付いた時には、既に多くのファンにチェックされていたのである。
●スイーツ・ウォー
翌日。手伝いを開始する8人が店を開ける時に目にしたのは、7人程の開店待ちの女の子だった。
「わ、実は人気です?」
「‥‥眼鏡とか、あるかな」
純粋に驚く由姫と、少し困った体の凛。その姿だけで凛が何か宣伝したであろう事が、7人には解った。
「予備の物なら私‥‥」
「ありがと、由姫」
「ま、暇よりいいよ! 近くにライバル店あるしさ、ブランドで負けてるなら別の所で勝負しないとね。頑張ろう!」
フィオナが底抜けの笑いで凛の肩を叩く。
10時半。開店。
「逆チョコを女友達に贈ってみませんか?」
細道の前の大通りで、純白の制服を着た愛輝、百合歌、呉葉、空が声を上げる。時刻は15時を迎えようとしていた。第1の勝負所だ。
「どうぞー! 今夜からCMも流す、知る人ぞ知る名店ですよー!」
羽をぴこんと動かしOLにチラシを渡す呉葉。愛輝は基本的に男性や年齢が上の人を狙い、呉葉は若い女の子狙いで。上質紙のチラシにはアールヌーヴォー的なレイアウトが載り、確かに隠れた名店的な匂いがする。
そしてチラシに目を落とした瞬間、ダメを押すのが
「試食もありますよ? ‥‥あむ。美味しさは空の舌が証明します」
「ぅー。あたしも」
「残念ながら余分がなくなりました」
試食用のショートを一口摘む空だ。役得感溢れる自作自演だが、確かに惹かれるものはある。
さらにそれらの目立つ宣伝を包み込むのが百合歌のヴァイオリン。誰もが聴いた事のあるカノンが主張しすぎず弾かれ、強引な宣伝でも「まぁいいか」と思わせてしまう。BGMは巷に溢れども、やはり生の弦が震える音は目立つ。この布陣は2軒隣で今日も営業するライバル店の宣伝を完全に凌駕していた。
「バレンタイン用の新作やお昼の甘い物補給もありますので、この先の店内もご覧下さい」
弓と指は絶えず動かしつつ、百合歌が器用に微笑する。
今のところ宣伝は完勝と言えた。
「いらっしゃいませです」
また客が入り、由姫がケース奥で笑顔を見せる。店内に3席あるテーブルは満席。顔を隠し気味に凛が接客する。
「れ‥‥凛くん?!!」
「違う。りん‥‥おれ、よく言われるから」
「へー‥‥?」
演技力を発揮する凛である。
ともかくレジでは
「ご注文は?」
女の子2人組が指差すのを由姫が取り、拓那が手早く会計処理する。昨日まで客も殆どいなかった店とは思えない。大通りの宣伝が効いていた。そして極めつけで夕方のCMを1週間弱続ければ、味さえ良ければ定着しそうな気もする。
「ありがとうございましたぁ」
「フィオナちゃん、ボンボンとザッハトルテ、キャラメルのショートなくなりそうかも」
細やかな気配りが早い拓那。
「了解っ」
「手伝い、いる?」
「いいよ。プロの技を直で見れる機会だしね。趣味でやってる身としては面白いんだ」
フィオナはむしろ勿体ないというように返し、再び中に入る。
中ではジャンが次々と出来上がったスポンジに魔法の如く手を加えており、その辺でフィオナの出来る事はあまりなかった。が、それでも生地を練り、焼き、また果物を乗せる等の基本的仕事を手伝っていく。
「やっぱり違うね。あたしはそこまで細かくできないかも」
「食べる人と作る物への愛があれば、充分だ」
「トルテへの愛は溢れる程あると思うけどね」
口を動かしつつ作り上げる2人。数分後には補充分が完成していた。
1日は短く、あっという間に18時に差し掛かる。後3時間で閉店だが、その前にもう一山あった。CMである。あれが流れればきっと客は来るだろう。8人は店頭のテレビに注目する。と。
優しい調べと共に街のカットが現れ、拓那の姿が映し出された。カップルが通り過ぎ、15秒程で由姫とぶつかり台詞。夜空に移り、最後『La premiere etoileで生まれる小さな奇跡』とキラキラ細いテロップが左から書かれた。
大盛り上がりである。呉葉の羨望の眼差しに拓那は苦笑する。由姫と凛は慣れているとはいえ、1つの完成品を見るのは満更でもない。
「さ、もう1本は1時間後らしいわよ」
百合歌は店頭で弓を取ると、再び演奏を始めた。先程のCMで使ったエルガーの愛の挨拶。柔らかく爪弾かれる音色は夜空に映え、細道が一気に華やいだ。
――あれから1年。
幸せを掴んだ日々を百合歌が音に込めると、背後で拓那も愛しい人に想いを馳せた。ぬばたまの黒髪。素朴な匂いを。
――これで俺が貰えなかったら寂しいなぁ。
「‥‥ん。頑張ろう!」
時が過ぎる。CM効果か、主婦らしき人も来店し、本番前の自分用に買っていく。女の子編CMもいつの間にか流れ、それを目にした店頭班はやる気を再燃させた。
そして21時。今回のCM料2日分弱の売上を記録した1日は、大成功を以て閉店したのである。
<了>
「呉葉」
店主と別れ、帰途につく一行。愛輝が突然声をかけた。
「‥‥ケーキ?」
小さな箱を受取る。少し開けると、1個の苺のショートと
『いつも、ありがとう』
カードが。
「にゃあぁん‥‥」
呉葉は精一杯の笑顔で腕を取り、礼を述べた。
甘い匂いが街を包む。様々な愛が人々を癒して‥‥。