タイトル:陸軍士官学校の明暗マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/26 00:45

●オープニング本文


「軍の上の方へ食い込み、皆が生き残れる道へ転換する」
 ルカ・ロッドは寮の自室にある机に向かい、何度も思い描いてきた将来の道を辿る。
 今の状況が続けば続くほど、地球は疲弊する。外法によって新生した能力者が局地的な勝利を積み重ねてはいるが、結局犠牲となる人間の方が多い。地球外生命体たる彼らを万一追い出したところで肝心の生存者が100万人だった、などでは意味がないのだ。
 それならば、より上手いやり方があるのではないか。
 キメラを倒したところで、大局的に見れば自らを窮地に追いやっているだけではないか。
 このままでは、真綿で首を絞められるように死んでいくだけだ。
 首脳部に直接具申できるようになるには時間がかかる。今まではそれも已む無しと思ってはいたが、先日の傭兵の話を聞いた頃から多少変わってきた。
「次の演習で混乱を引き起こし‥‥。多少の犠牲を覚悟してでも、私は‥‥」
 その剣呑な瞳は窓に向かう。その視界の先にL字の校舎や格納庫があり、さらにその先には砲弾の跡の残る演習場がある筈だった‥‥。

 ◆◆◆◆◆

 理事長室。
「上級生の様子はどうかね」
 人のいい相貌を歪ませ、理事はため息をついた。
「全体的に学科、演習共問題ありません。あと3ヶ月もすれば、なんとか送り出せるでしょう」
「ハンスはあれからどうかね」
「そう、ですね。相変わらずな部分も多々ありますが」
「更生の兆しは見える、と。普段の様子はどうなっとる」
 理事に頷き、思い出すように答えていく教官。理事も一応、教官の報告書を読んではいたが、やはり直接聞いた方が多くの事が解る。ならば自分でハンスに話しかければ、と教官も提案していたが、その時理事は「そんな事をすれば候補生‥‥いや、大事な孫を戦場に送り出せなくなる」と自らを嗤ったのだった。
「というわけで、ハンスもおそらく猪突猛進さが少なくなってくるかと。少なくとも、我を忘れたとしても、仲間の言葉を聞く事はできそうです」
「そうか」
「‥‥ただ。問題はハンスというより‥‥」
「ルカ、かの」
 極論、現場を知らずともいい理事という立場で、しっかりと現状を把握している理事に感服しつつ、教官は言い辛そうに目を伏せた。
「こちらはより顕著になってきました。出来る限りの命を守り、戦争を終わらせたい、との思いはあるようですが‥‥その為にどんな手段に出るのか。危うい状況です」
「過去にも特に執着はしておらんようだな」
「はい。戦争が本格的になり生活が困窮したという点も、多少は彼女の精神に根付いているでしょうが」
 どうすべきか。傭兵達に小隊単位で模擬戦でもしてもらって動きを学ぶと共に、その時にまたルカと話してもらうか。
「また、傭兵に頼るしかない、か」
「申し訳ありません。エリート候補などという人間は、全く以て理解の外でして‥‥」

 そうして、次の演習に傭兵が呼ばれる事になった。
 奇しくもその日にルカが動き出す事など、今は知る由もなく‥‥。

▼今回使用する演習場の略地図
         北
                川
     林          川
   林  林        川
  林  林         川
   林          川
  林      橋 川
   丘    川 橋
  丘  川
   丘
丘    丘
  丘
         南

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
アッシュ・リーゲン(ga3804
28歳・♂・JG
八神零(ga7992
22歳・♂・FT
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
エドワード・リトヴァク(gb0542
21歳・♂・EP
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
猫屋敷 猫(gb4526
13歳・♀・PN

●リプレイ本文

 地に伏せる。腕で後ろに合図すると、数人の候補生が彼女についてきた。
「戦術の基本はアンブッシュです。戦車でさえ側背から倒せます」
 セレスタ・レネンティア(gb1731)が橋に近い窪みに身を潜め、残る3人も追従する。
 双眼鏡で敵方――北を覗くが人の影はない。『演習開始の合図という訳ではない信号弾』は上がっていないが、先程健闘を祈って『無線を切った』のだ。完全に正々堂々と思っているらしい事に嘆息し、双眼鏡を外した。
 その刹那、橋に違和感を覚えた。が、次の瞬間には霧散してしまう。
「‥‥雲行きが怪しいですね」
 彼女は気付かなかった。欄干もない木橋の縁の横に、起爆装置が固定されている事に‥‥。

●演習
「ある意味先輩なんだから‥‥足下には注意しなさいよ」
「大丈夫ですぅ! いつも‥‥気をつけてますからぁっ」
 妙に自信あり気な幸臼・小鳥(ga0067)。ロッテ・ヴァステル(ga0066)が別働隊として離れ行く彼女を目で追っていると
「ぁきゃっ?!」
 その自信は脆くも1秒で崩れていた。
「ぅー、言った傍からぁ‥‥」
「だから足腰を‥‥それだけじゃ無理そうね」ロッテは咳払いし候補生に向き直る。「貴方達がどれだけ成長しているか。あの娘のようになっちゃ駄目よ」
「それは俺も気になるな、元陸軍士官からすると。それに」
 直立不動の歩兵達。エドワード・リトヴァク(gb0542)はその中のルカを盗み見る。
 その瞳は何を見ているのか。嫌な予感を払うようにエドワードが頭を振っていると、横のアッシュ・リーゲン(ga3804)が突如生徒の方へ進み、1人の肩を叩いた。
「お前、ちったぁマシになったらしいな」
「‥‥るせェ」
「イイ士官になれよ?」
 戦車に乗り込む前のハンスだった。アッシュは人懐こい笑顔で挨拶し、戻る。その動作の中でルカを視界に収めた。
「‥‥ハ。つーか動向を心配されるとか、末期じゃねぇか」
「常に警戒、ね」
 同意するロッテ。
「おし、信号弾上げてやろうぜ」
 アッシュはにやりとして北の敵陣を見た。

 1つ目の丘を越える間際、八神零(ga7992)は振り返った。何故か遠目にもルカの姿は目立つ。
「お前は何を考えている‥‥?」
「殻に篭ってるだけじゃ理解もされず、見方も偏ってくるだけなのにな」
 零に反応する龍深城・我斬(ga8283)。
 次第に小隊が見えなくなる。ついてきた候補生は話の聞ける位置ではないが、一挙一動から学ぼうとしているよう。猫屋敷 猫(gb4526)は
「思いを受け止めて、出来る事を頑張るです」
 自分に言い聞かせるように。が。言葉自体は真剣なのだが。
「重‥‥っひん!」
 小鳥に抱きついている姿は、微笑ましい光景以外の何物でもない。それを横目に、我斬が生徒へ呼びかけた。
「‥‥。各自装備は万全にな。命を預ける大事な相棒なんだ」

 敵方の砲声。こちらに向かってのようだが、態々位置を報せる真似をするとは。
 伏せたままセレスタが林を見据える。
「11時の方向。奥に人影」
 生徒も見る。敵は気付いていない。姿を曝した。腰を屈め、橋に近付く。引きつける。引鉄に力が入る。
「斉射」
 ペイント弾が一瞬で敵4人を染めた。

 南に遮蔽物は殆どない。戦車を伴いロッテらがセレスタの許へ到着したのは1分後だった。
「状況は」
「ご覧の通り、稚拙です」
「戦車を前面にして橋を守りますか?」
「むしろ攻めてい‥‥」
 エドワードにアッシュも加わった時、突如ハンスが主砲を動かした。轟音。
「ッ突然ぶっ放すな!」
「林から出てきたんだよ!」
 アッシュが見やると、確かに陰で数人挙手している。
「‥‥単調すぎる」
 呟くロッテにセレスタが首肯する。相手も林から橋まで遮蔽物はないのだから、戦車を使わねば突破できまい。なのに‥‥。
「囮?」
 ロッテが別働隊に無線を繋げる。
 状況をじっと眺めるルカ。その彼女を、エドワードは見つめる。無事に終ればいいと願いながら。

●演習、のち
「コレ、丘の中に配水管引いて川を作ってんのか」
 丘陵の右に川を見て我斬。稜線から出ないよう進むせいで歩は遅い。2発しか砲声を聞いてない事から、まだ猶予はありそうだが、早く丘の出口にいた方が良い事に変わりない。
「‥‥15分で、2発?」
 我斬が疑問に思ったその時、無線からロッテの警告が流れた。が、それは。
「ッ散開!」
 同時に丘向こうの鉄塊が視線の先に現れた瞬間だった。
 轟音‥‥!
 4人が分かれる。小鳥、猫は転がり、零、我斬は素早く跳躍し。実際砲弾が飛来する訳ではないが、その反応が重要になる。
「さっき転んだ‥‥汚名を返上‥‥ですぅ!」
 撃鉄が弾丸を叩く。銃声。対戦車砲の敵歩兵2人を穿つ。
 零、我斬は戦車に肉薄する。我斬の銃が1人を倒し、その穴に零が飛び込む。
「良い兵士達だ。尚更、戦場で死んでほしくなくなった‥‥!」
 橋を取らず、戦車を丘に。戦術的には相手が裏をかいたと言える。だが彼らが戦うのは時に傭兵と同等に動くキメラ。個が理不尽に戦術を破る事も間々有るのだ。
 零の月詠が煌く度に歩兵が散る。戦車は同軸機関銃で零を狙う。ペイント弾を刀で弾く。さらに傭兵は零だけではない。猫、我斬も走る。
「人に主砲向けちゃメーです!」
 猫の前を塞ぐ兵を、小鳥が撃つ。移動しかけ、躓く小鳥。頭上を敵の一連射が襲った。
 原色に染まる兵の脇を抜ける猫。蛍火片手に敵左翼を猫が抉る。兵が集まる。敵右翼に零、左に猫。つまり。
「俺が止め役か」
 剣に得物を換えた我斬が、正面から戦車に駆け上がる!
「お互い学ぶ所はあったな」
 ハッチを開け、中の戦車兵に笑いかけた。

 無線から別働隊の奮戦が伝わってくる。それを聞きながら、橋の4人も防衛に徹する。
 川越しの砲撃が上手く敵を乱し、連携して第1小隊もセミオートで撃つ。橋から向こうへ渡って橋頭堡を築くのはロッテ、アッシュ、エドワードで、セレスタは小隊を率いるように銃撃する。
 ロッテが低い姿勢で懐へ入るや天を衝く蹴りを繰り出す。宙を舞う生徒。その下でアッシュの銃が火を噴き、エドワードは1番堅実にまず攻撃させるという、教育を主眼にした戦闘を行う。
 そうして30秒。無事な敵が少しずつ気圧され、しかし特攻の決意を固めたであろう頃。
「向こうは戦車も制圧できたようですね」
「ま、バグア相手でもこういう無情な事が起こ‥‥」
 セレスタの報告に、アッシュが生徒を慰めようとした刹那だった。
 ッ‥‥ォン‥‥!!
 空気震わす爆発音が、背後から轟いたのは。

「爆発ッ‥‥まさかバグ‥‥?!」
「第2小隊動くな!!」
「へぅ?!」
「爆発音? 行くぞ!」
 セレスタ、ロッテ、小鳥、我斬。4者が同時に声を上げる。
『小鳥、聞こえる?』
『だ、大丈夫ですぅ』
『其方は任せるわ』
『私達は‥‥校舎の方に向かいますぅー』
 疾ぶが如く。
 8人の対応は迅速だった。ロッテ、セレスタは丘の第2小隊本隊へ、アッシュ、エドワードは第1小隊を取りまとめる。その間に小鳥、零は校舎へ向かい、我斬、猫が微かに黒煙漏れる格納庫に走る。
 各自が奔走する。そんな中、橋の南に残る第1小隊だけが奇妙な静寂に包まれていた。

●ルカの爆弾
「どうなってる!」
「皆さん無事です!?」
 全力で南へ取って返し、我斬、次いで猫が校舎脇の格納庫に駆け込んだ。朦々と黒煙が立ち込めているが、燃えるような熱さはない。火災はないのか。
 整備員が煤だらけで転がり出てきた。2人は周辺の気配を探りつつ、詳細を訊く。
「わ、私らもさっぱりで! 奥で休憩してたら突然すげぇ振動がして『うちの子』見に来たら‥‥」
 黒煙の中、腰を屈めて進むと肝心の戦車が見えてくる。擱座で済む程度の爆破跡が、履帯や下部にあった。
「怪我人はなかったです?」
「おう。やっぱ敵さんか?」
「戦車爆破。騒ぎに乗じて攻め込む?」
 思案しつつ我斬が校舎の2人に軽く報告しておく。
 猫はさらに整備員に話を聞き、我斬は現場の状況を広く狭く見て回る。ここの戦車全てが擱座させられていた。黒煙が晴れてくる。
「親バグア派の内通者が何かをしたかったのか?」
 曇ってきた空を見上げる。と、奥から戻ってきた猫が目に入り、首尾を尋ねた。
「爆薬管理もできてるみたいです。中の人間が外から持ち込んだ可能性もあるですが」
「どうする。このご時世、外も中も怪しいぞ」
「‥‥私に任せてもいいです?」
 確認を取る猫がその後述べたのは、古代ギリシアから続く扇動的手法だった。

「こちらは大丈夫‥‥ですかぁ?」
 小鳥と零が校舎を回る。騒然とした雰囲気ながら、まだ被害はないらしい。各教室を回るうち我斬達から連絡が入り、小型爆弾に焦点を絞る事になる。
「何か見慣れない物はないか?」
「さっきの爆発の‥‥調査ですぅ。校舎とか部屋にあると‥‥大変なのでぇ」
 共に人付き合いは得意ではないが、懸命に言葉を紡ぐ。
『校舎班、生徒も使っちゃどうだ? 実践に勝る経験は無いだろ、きっと衝撃的だと思うぜ』
 無線からアッシュらしい助言を受け取る。悪戯的な笑みが浮かぶようだ。が、その時もう1つの声が割り込んできた。
『待つです。格納庫で負傷者多数。大火傷です。炙り出されたように』
 それは猫。語尾が強く、意図があるのは明白。それだけで彼らは全てを合わせた。
「‥‥そうだな。ここは生徒に任せ僕達は救護班を編成しよう」
 零が答え、2人は理事長室へ向かった。

 ロッテ、セレスタは丘へ急行、第2小隊を整然と橋付近に纏めるべく率いる。
「戦場では何が起こるか判らない‥‥これも経験よ」
 当初狼狽していた各員だが、やはり上官に相当する者が2人もいれば落ち着く。それだけでは成長できないのも確かだが。
「合流後、慌てず陣形を立て直して下さい。全方位に警戒」
 演習と全く違う緊張の中、橋の南まで無事帰還を果たす2人。そして次の行動を考えようとしたその時、無線の言葉が場を凍らせた。
 すなわち、先の爆発で負傷者多数という猫のデマが‥‥。

●ルカの思惑
 生徒に即興を期待する方がおかしい。案の定ルカは先程までの冷静さから一転して顔面蒼白で狼狽していた。それを看破できないエドワードらではない。
「次の相手の動きが読める人はいるかな? 俺はルカに聞いてみたい」
「学科首席だしな」
 アッシュが指で合図し、ルカを4人の許へ呼び寄せる。無線はオンのまま。
「何故私が」
「貴女の推測を教えてほしいだけよ」
 鋭い視線と違い、他の生徒とルカに配慮するロッテ。これなら断る訳にいくまい。
「‥‥外部の親バグア派」
『とか、言わないよな。この辺で声に出してみちゃどうだ』
 即座に我斬が突っ込む。計算違いと言わんばかりに苦虫を噛み潰し、口を噤むルカ。そんな彼女をセレスタが促し、小隊から離れさせた。

 橋に近付き、傭兵とルカの5人になる。煙草に火をつけ、アッシュが口火を切った。
「何が目的だ?」
「負傷者というのは、嘘?」
「どんなに真っ当で崇高な目的も、理解されなきゃ意味はねぇ。まずは何考えてんのか聞かして貰いてぇんだが」
「嘘?」
 無線で肯定する猫。自嘲的な笑みがルカに漏れたが、一瞬の事。自論での論破に切り替えたように、彼女は顔を上げた。
「‥‥目的は警鐘。最低限の犠牲で生き残る為に」
「で、バグアに投降しろってか? 有無を言わさず喧嘩売ってくる連中に?」
「バグアは侵略者。あれを信じる事は、人としての誇りを失う事です」
 アッシュ、セレスタが矢継ぎ早に拒否反応を示す。ルカは嘆息して首を振る。一般人の苦楽を解ってないと。
『融和の未来に進んだとして、血や涙を流した人達がいて長続きすると思うですか?』
「泥沼を招いた上‥‥全てを侵され滅ぶだけだわ」
 猫にロッテが答える形で。
 西欧、バグアに踊らされ尖兵となった少年の死に様。救う事ができず、その血が流れていく光景を語る。後悔を糧に、ロッテは懐の御守を握り締めた。
「俺も聞いた事あるぜ」アッシュが紫煙を吐きつつ「北米で新兵器だかの開発に女子供が使われたとかな」
 それでも敵に降れと言うのか。言外の圧力を平然と受け、ルカは睨み返す。
「投降ではない。交渉」
「できると思う?」
「乾坤一擲の攻勢からの停止勧告。UPCが再び面倒な新技術を投入したと思わせれば、僅かだけ交渉機会ができる筈」
「なら何でこんな事してるんだ‥‥」
 悲しげに表情を歪め、エドワードが口を開く。暗雲が空を覆う。
「君は何を守って、何と戦うんだ? 俺は、俺は大切な人と生きたいから。もう、尊敬する人も身近な人も失いたくない‥‥! 俺が抗って生き残った結果、もし辛い世界だったとしても」
 今、見殺しになんかできないから。
 真摯な瞳がルカを射抜く。零を始め無線の向こうの4人も耳を傾ける。
「‥‥私も、同じ。ただ貴方は能力者。それだけ」
『関係‥‥ないですぅ! 皆で補い合えばぁ‥‥』
 小鳥の叫びもルカに届かない。
 確かに傭兵の言葉は決意を鈍らせた。だが軍で出来るだけ早く何をやれるのか。甘い考えかもしれない。しかしこの考えに至ってしまった今、軍内部で足掻く理由がなかった。1人くらいやってみなければ解らないではないか。
 ‥‥終り。能力者に理解できる訳、なかった。
 自然に橋へ歩を進める。
「迅速に平和を模索するその為に、バグア側で反戦派を作り交渉機会を待つ。それが私の道」
「この騒動は親バグア派かどこかに信用させる実績代わり?」
 ロッテの指摘に、川へ近付くルカは顔だけ振り返る。視線は傭兵から戦車に移り、惜しむように目を細めた。
『‥‥考え直せ。お前が危険を犯す必要がどこ‥‥』
 零の不器用な優しさが全てを伝えるより早く。
 ルカは橋に差し掛かるや、北へ駆け出した。

 始めと終り、橋の横を足で叩くように走った彼女を4人が追う。が、橋に足をかける直前。
 轟音と共に橋の両端が爆発した‥‥!
「ッ馬鹿が‥‥」
 脳が揺れる。爆煙が後姿を隠す。霞む視界で、向こう岸に渡ったルカにアッシュが引鉄を引いた。2発。手応え。だがどこに命中したかも不明瞭。丘から回るか、どうにか川を越えるか。逡巡する間にルカは刻一刻と距離を広げる。
「とにかく連絡! 逃がしては駄目よ!」
 結果としてルカと生徒への配慮が、校舎に近い岸にいたのが、仇となったか。あるいは彼女を殺めてでも止める者が足りなかったか。
 戦車奪取は阻止できたが、4人が迂回して渡った時にはルカの姿はなく、ただ血溜りだけが残っていたのである。

●歯車
「何かあるです?」
 ベッド下から生還する我斬に、猫。我斬が首を振る。一方で机の下に潜った小鳥も「ないですねぇ」と悲しげに漏らした。本棚、PC‥‥。
 4人は校舎に爆弾がない事を確認後、ルカが接触したと思われる親バグア派組織の手がかりでもあればと彼女の部屋を訪れていた。
 と、その時。
「‥‥これは‥‥」
 ごみ箱を探っていた零が声を上げる。
 その紙片を広げると、そこにはギリシア戦線各所の地名と『戦車、能力者』なる文字が書かれていた‥‥。