●リプレイ本文
「あ〜」「‥‥」
得物を手に敵と相対したものの、大欠伸が漏れる比企岩十郎(
ga4886)と視点定まらぬ智久 百合歌(
ga4980)である。
「‥‥眠い。何故。それは僕と世界が離れてるからかな」
それに謎の台詞でファブニール(
gb4785)が続く。
岩十郎は自ら頬を叩いた。早朝に渇いた音が響く。少女を押し倒し、首筋に狙い定めていた者の動きが止まった。
「あー、効く。で。この微妙に変態チックな馬鹿は何だ」
「‥‥変態ですか。そんな無粋な奴には退場してもらいましょう」
輝く剣がファブニールを覚醒させていく。その言葉に、百合歌が過剰に反応した。
「へんたい‥‥ちかん‥‥変態‥‥!」
油断しまくりで逆に愛嬌の増した百合歌が敵を半目で睨みつける。辺りに真剣な空気が漂い始めた。
が。
「ん。敵‥‥?」
寝不足は3人だけではない。他の5人も意識は定まっていないのだ。いや言い直そう。むしろ眠さの混沌を楽しもうとする者もいた。
「そこかッ」
「あぐ!」
御巫 雫(
ga8942)がグロックを影に投げつける。悲鳴を上げたのは夜十字・信人(
ga8235)だ。故意に違いない。だが無邪気な悪意に負けず、信人が立ち上がった。
「ち。こら信人。早く体勢を整えよ」
「‥‥何故か頭が痛いが、確かに心地良い気配がしやがる。貴様が俺の憂さを晴らしてくれるのか?」
傭兵も人である。格好つける信人の背に、窓際族な酔いどれ少女が顕現したのは秘密にしてやってほしい。百地・悠季(
ga8270)は後方のシートで身を起こし欠伸を噛み殺した。
「ま、しっかりやりなよ。あたしはここで周りを見張ってるから」
「俺も‥‥出ます。なんだかあまり解りませんけど」
「あああ待て!」
ティム・ウェンライト(
gb4274)は誰かの制止――アルト・ハーニー(
ga8228)の声だったが――に気付く事なく歩き出した。途端、
ぱきゃん。
儚い音を立て、何かが足下で転がった。視線を下げるとそこには陶器の欠片が。
「はがぁ!?」
「ぇと。誰か、ごめん?」
「ば、こ、俺の埴輪ぁ!!」
悲しみを呑み込み、アルトはハンマーを振り被った。敵の方を見据え、踏み込む!
「ッ水に、流す‥‥! が、ティム。俺の恨み晴らしてきやがれ、移動スキルに負けるな絶対てめェで初撃キメろ!!」
「っきゃあぁあ!」
ティムは怨念の篭った一撃を盾で受けるや、衝撃を利用し少女の方へ吹っ飛んだ。それはもう一直線に。
「む、桜の木は傷つけるなよ!」
「なん‥‥だと‥‥!」「やらせない‥‥変態を殺るのは私!!」
人が飛ぶのを平然と眺める雫、岩十郎、百合歌。獣人の後者2人は同時に地を縮めて跳び出した。
「や、確かにこれで死ぬ事はないけどね」
まぁいいか。
悠季はせっかく起きたし、と気を取り直してキムチ鍋を用意し始めた。
●吸血と触手
「にゃあぁあっ」
ティムの叫びが木霊する。その彼を追い越し、百合歌は跳んだ。
「女の敵めっ!!」
空中で体勢を整えるティムより早く。百合歌の強烈な跳び蹴りが吸血鬼の横腹にめり込んだ。ぐ、と感触を確かめ、一気に蹴り飛ばす!
「ああっ、ティムバスターしくじった!」
アルトの悲鳴に少女呆然。再度確認しよう。8人は、非常に残念な事に眠くて仕方ないのである。
ともあれ岩十郎が敵退路を塞ぐ。吸血鬼は数m転がり立ち上がった。追撃。空飛ぶティムの刃が腕を裂く。その間に少女に接近した信人はその手を取った。
「な、何をする!」
「じゃ安全な所にお連れしますとか言っとけばいいか?」
「ぶ、無礼なのじゃ、誰ぞある! 誰‥‥」
「はいはい」有無を言わさず信人が少女を脇に抱える。「随分と個性的な格好に言葉だが、アレか、藁人形でも打ちつけに来たかい?」
即座に後退する信人。が。その背に不吉な怖気が走った。
風切音。しゃがんだ瞬間、頭上を触手が通り抜けた。少女を抱えたせいで転がれない。鞭の如き二撃目が信人の目を打ちつける。遅れて銃声が響いた。
「本当は撃つ気もせんが、特別に助けてやろう。後で隠し芸でもやればな」
「‥‥眠気覚ましに敢えて避けなかっただけだが、一応芸も用意しておこう」
後方、デリンジャーを構えた雫に軽口を叩き、クラウチングの要領で一気に駆け出す。入れ違う形で雫、ファブニールの脇を通り、
「ああ、アルト。隠し芸、付き合えよ」
「今の俺に勝負を吹っかけるか。よし心得た」
最後に、謎の約束を果たすアルトとすれ違った。
背後に銃声を聞きながら、百合歌は敵へ鬼蛍を一閃する。後転し辛うじて軽傷で済ます敵だが、そこに襲いかかるのが先回りした岩十郎だ。最短距離を貫く棍棒が吸血鬼の背を強打し、再び百合歌の方へ押し出す。その時には包囲にティムが加わり、魔のトライアングル完成である。
「あぁら。何処行くつもりかしらぁ?」
相変わらず据わった目の百合歌が敢えて刀でなく脚甲装備の右脚を振りぬく。股間を押える敵。獅子となった岩十郎の顔にすら濃い同情の色が浮かんだ。が、構わずティムも回転からの薙ぎ払い、次いで一気に振り上げる。敵牙が1本飛んだ。
「イジメに見えるな」
「捨て置けませんから」
「それに」
流石に低空飛行で目覚めているティムに対し、未だ視界のぼやける百合歌。彼女は岩十郎と敵を交互に見ながら敵をげしげしと蹴り上げる。
「変態、でしょ! こいつみたいな、女の敵がいる、から、バツなんて、ついちゃう女が、出るのよ!!」
「だ、だよなァ‥‥すまん、我輩は介錯してやる事しかできん」
次の瞬間、岩十郎の唐竹割がこの吸血鬼を地獄から解放した。
暁の桜の根元に大量の血。そんな倒錯的な風景を主に作り上げた百合歌は、眠そうに欠伸を噛み殺した。
枝に擬態していた触手が蠢く。こちらに背を向ける百合歌とティムに触手が狙いを定め、
軽い銃声。
「貴様の相手は私達だ、愚物」
雫の銃弾が頭部(?)を貫通。触手が再度動くより早く、ファブニールが間髪入れず盾を前に接近する。それに重そうなハンマーを引っ提げたアルトが続いた。
ファブニールの細剣が穴を開ける。連続刺突。触手がぴく、と動いた瞬間に盾の内へ入り込む。
衝撃。安心する間もなく盾に沿って触手が横に現れた。
「退け‥‥いや、眠いならお前も喰らっていいが」
「え、遠慮します!?」
触手の打擲がファブニールの首を掠め、遅れて後ろへ跳ぶ。と同時にその空間を通り過ぎるアルトのハンマー。重量と速度が相まって触手の半分が弾けた。
「よくも人の埴輪を殺してくれたな? この償いはしてもらうぞ、と」
雫の斜前に着地するファブニール。懐から銃を取るや、雫に合せ引鉄を引いた。
「こんな良い所に現れた報いです」
吸血鬼班と比べ物にならない真剣な戦闘。などと後ろのシートで悠季が思っていたのは秘密である。
「埴輪、止めは譲ってやろう」
流れる動作で再装填、雫は数秒にして撃ち放った。
援護を受け、左足が浮く勢いでアルトは大上段に振りかぶる。可聴域ギリギリの悲鳴を触手が上げ、アルトへ酸を吐く。が、避けない。
服が溶け白煙が上がる。構わずアルトは、一気にハンマーを振り下ろした!
「そこで大人しくしてるんだよ? 藁人形のようにな。クケケ‥‥」
あくどい嗤いで信人が少女を放り投げる。腹ばいの姿勢でシートに落ちた。
「ふぐ!」
お尻を突き出し涙目少女。こたつむりに潜りコンロを弄っていた悠季と目が合った。
「お、おお前! この者を打ち首にせよ、今すぐじゃ!」
「はぁ」ジト目で信人を見上げ嘆息する悠季。「宴会しながらの特典だから、こういう要員ばかり集まるのよね」
適当に愛想良くしとけば万事良好なのに。そんな視線も信人には通用しない。唇を邪悪に歪ませ十字架の剣を掲げた。
「さて。楽しいキメラハントに加わ‥‥」
「おおぉおぉ!!」
信人が敵の方へ振り向くと、丁度アルトが触手を叩き潰す所が見えた。
戦闘終了。虚しすぎる。信人背後に酔いどれ衣装で佇む幻影少女も心なしか瞳のハイライトが消えた気がした。
――ARMEN.
地に剣を刺し精一杯強がる信人だが、その頬はひくついていた‥‥。
●暁の宴
桜が有明の月に照らされる。一陣の涼風が8人の眠気と火照りを醒ます。心地良い次元の隙間だった。
「や、やっぱり無理があるよな、誰も気付かなかいのも嫌だけど、でも女に見られ‥‥」
「その装束は何じゃ?」
「‥‥メイド服、です」
少女に答えるティム。恐ろしく似合っていた。雫が含み笑いを漏らす。
「ならば場の用意をせよ。私直々に紅茶を淹れてやろう。料理は相変わらず上達せんが、こっちはまだ救いようがあるらしい」
「はい、お嬢さ‥‥」
普通に返事しかけた自分に涙するティムである。
相変わらず炬燵装備な悠季が、キムチ鍋の蓋を開けた。辛そうな匂いが早朝の空気を侵食する。
「お酒飲む人はツマミにでも。お菓子ばかりでもアレだしね。あ、でも未成年はお酒禁止よ」
「若いのまで飲みだしたら我輩が飲む分が減るしな」
心待ちといった岩十郎をよそに、意外にも悠季が仕切り、黒子の如く各自に分配していく。愛しの人もここにいない以上、多少面倒くさくはあるのだが、流石に露骨に投げ出す訳にいかない。
「私もさっき休憩した時にお弁当作ってきたから、辛いのがダメな人はどうぞ」
「では僕のも。和洋中、色んなお菓子を持ってきましたよー」
百合歌にファブニールも手伝い、炬燵の上が一杯になる。
「じゃ、飲るか」
「酔っ払ったらネクタイを頭に巻くんだっけ? わくわくしてきたなぁ」
早速クイっと蒸留酒を飲み干す岩十郎を見て楽しみなメイドティム。ティムは20歳ではないが、故郷的にOKだ。
「夜明けの桜と月の下で飲る。風流ですねぇ」
「ふふん。それより、だ。私を愉しませるバカ2人はどうした?」
一息つくファブニールと、アルト・信人を促す雫。和やかに始まった宴会は、徐に2人が立ち上がった時、狂宴に変わった。
「山田、お前の力を見せてやれ!」「俺の埴輪に敵うと思うのか?」
酔いどれ山田vs酔いどれ埴輪。LP1000なんて見えたのは気のせいだ。
「アァアア!!」
至近から睨み合う山田と埴輪。心なしか埴輪が大きくなった瞬間、信人が攻勢に転じる。
「俺のターン! 蟹の着ぐるみ!」
何故か信人本体がびし、と左手で相手を指差すと、一瞬の光の後、山田が翼をはためかせ蟹の格好で突進した。埴輪が固定された腕で絡め取る!
「甘すぎる」
合気道よろしく投げ飛ばされる。舌打ちと共に信人が山田へ命じた。
「ならばウニの着ぐるみ!」
「衝撃波!」
着ぐるみが変わる隙を狙い埴輪の追撃。実際衝撃波は出ていないが、腕の筋肉を強調するマッスルポーズ(?)が山田(ウニ)を怯ませる。
「ッ!」
「所詮俺の埴輪愛の敵ではない、か」
アルトが近付いたその時、信人を新世界の神的な笑みが支配した。
「計算通り」「ッな!」
「行け! 海老の着ぐるみィ!」
びかーん。激しい明滅が場を覆う。次の瞬間には、山田(海老)が埴輪に飛び掛っていた。取っ組み合い(?)が続く。両者のLPが同時に0になった。
「見事だ」「信人も、な」
何故かやり切った表情である。
「‥‥訳が解らぬのじゃ」
「いわゆる、徹夜明けのテンションというやつであるな」
圧倒的なボケを前に、雫だけではツッコミが足りない。2人は満足げに膝をついた。
――ねぇ 紅い泉に浸らせて 兄殿と2人
お返しに雫の歌声が響き、百合歌がヴァイオリンで参戦する。短調の耽美的調べ。妖しい旋律が雫の声を包み、百合歌自身を耽溺させていく。
――狂おしい匂いで 私の胸を支配して
少女らしからぬ歌。アルトと信人は完全に食に走っているが、他は聴き入らざるを得ない。
「舞台もいけそうだな」
岩十郎が感心する傍ら、兄上と呟いた白装束少女の言葉は誰に届く事なく霧散する。
――黒耀の檻 私に頂戴‥‥
切々たる歌が終る。その緊張感から、ティムは手に持っていた物を確認もせず呷った。雫が座る。
「む。紅茶がなくなった」
「ぇ?」
あんな歌の後で何を言い出すかと思えば。ファブニールが反応する。
「じゃあ僕買出し行きます」
立ち上がる、が。
がくん。何かが彼を縫い止めた。視線を下げると
「らめ。これ、つけれぅ」
ヘッドドレスを持ったティムが、スーツを鷲掴みしていた。振り乱した金髪から覗く目が怖い。近くに蒸留酒の瓶が転がっている。逃げようとするファブニールだが、何故か岩十郎まで阻んできた。
「まァ、何事も経験だ」
「ちょ‥‥」
「みんなおんらになっちゃえばいいんら――!!」
「ひぎぃいぃ!!!」
ファブニールの悲鳴が虚しく木霊した。
●暁の姫
夜明け前の小宴会が、驚異の6時に突入していた。だが早朝からこれでは流石に一部気力が続かなかったらしい。雫は炬燵で寝息を立て、ティムとファブニールは半裸のまま横たわっている。
「何してるんだか」
雫に炬燵布団をかけ直し、悠季。まだ余裕な岩十郎の方を見ると、見事な皿回しが行われていた。
「何か芸でもないと業界やってけない、みたいな?」
「人生そんなものだ。これはこれで楽しい」
手慰みにさくら変奏曲をギターでかき鳴らす百合歌に。朝の光が桜を彩るその下で、エッジの効いたさくらアレンジが流れる。
「女は芸なんて強制されないけど、こっちも色々あるものよ。ね?」
炬燵に座る少女に百合歌が近付き、腰を下ろす。その振動で雫が身じろぎした。
「ふや‥‥爺さま‥‥」
幼い寝言を聞いたのは幸運にも百合歌らだけである。
「爺様、か」
「お弁当、お口に合った?」
こく、と頷く少女に百合歌が微笑む。バカ騒ぎの後だけに、穏やかさがすっと胸にクる。
「ところであんな時間に1人で何してたの? 私達も何してるの、って感じだけど」
「‥‥何もないのじゃ」
「そ?」
欠伸を噛み殺す百合歌。柔らかな視線が居た堪れず、少女は勢いよく突っ伏した。
ごちーん。
「っぱらぐあい!」
「‥‥痛い」
雫と少女、激突。謎の目覚めの単語はもはやスルーだ。雫が目を伏せる。
「‥‥‥‥夢、か」
「どんな夢よ」
間髪入れず悠季が突っ込むも、雫は動じず冷めた紅茶を口に含む。
「まだ食べているのか、そこな埴輪達は」
「いいだろう。開花直前祝いだ」
「まぁそうか」
適当に流し、寝転がったまま雫はノビをする。花弁がはらりと舞った。
「‥‥長い冬を越えて咲く。今が最後の我慢の時であるな」
「さまざまのこと思ひ出す 桜かな、なんてな」
ふと岩十郎が漏らした芭蕉の句。少女の胸に何かが去来した。
暖かな炬燵から立ち上がり、前を向く。
「もうよい。‥‥妾は、行くのじゃ」
「また、ね」
百合歌の微笑に見送られ、歩いていく。そして1本の桜に隠れた瞬間、見えなくなった。
「‥‥桜の精かしら」
「この城の姫かもしれんぞ」
百合歌と岩十郎が驚く事もなく。
雫はそんな2人、次いでアルトに信人、悠季を見回し、最後にティムとファブニールを揺り起こし、元気に言い放った。
「正体など何でも良い。まだまだ私を愉しませよ!」
<了>