●リプレイ本文
「夜十字だ。ガンナーとして同乗する」
サイレントキラーに急ピッチで燃料と弾薬が積まれていく。夜十字・信人(
ga8235)が操縦手に声をかけると、トーレスと名乗った少尉は緊張したように頷く。
そんな彼の肩を叩き、信人は頼もしげに唇を歪め幻影少女を顕現させた。
「終ったら一杯奢らせて貰おう」
街の外に掘られた塹壕へ、素早く潜り込んでいく傭兵。一般兵は退避させ、完全に彼らだけの迎撃となっていた。
その中の数人が土嚢脇で佇む人影に言葉をかけようとする。のだが。
「アロンソさんも‥‥こちらにいたん‥‥ですねぇ。よか‥‥っひぁあ!?」
彼女を知る者にとって聞き慣れた悲鳴。小走りに近付こうとした幸臼・小鳥(
ga0067)が、べちゃっと躓いた。と同時に、背後から何故か聞こえるロッテ・ヴァステル(
ga0066)の妙な声。
「‥‥! こ、こと‥‥ッ!」
「?」
不思議な事に痛くない。地面の割に柔らかいそこから小鳥が顔を上げると、アロンソの姿が想像以上に近くにあった。いやむしろ近いどころか抱きつ――
「っひあぁあああぁ!?!」
「ベタだな」
月影・透夜(
ga1806)のツッコミも吹き飛ばす勢いで小鳥が飛び上がり、ロッテの後ろへ隠れる。苦笑するしかないアロンソである。
「‥‥い、今のは後でじっくり話すとして」ロッテが自らの蒼髪を視界に入れ、意識を入れ替えようとする。「れ、冷静に、冷静に行くわよ」
「ロッテ、お前も落ち着け」
双槍の柄でコツとはたき、透夜が街の外へ視線を転じる。
「アロンソ。欧州で会うのは久々だが、積もる話はアレを片付けてからだ」
「了解」
「そちらの行く末も多少興味はありますが〜‥‥、まずは街への被害を食い止める事が最優先です」
血を見そうな漫才を横目に、ラルス・フェルセン(
ga5133)は覚醒しながら土嚢前に陣取った。
「‥‥外敵なんて無い」
伊佐美 希明(
ga0214)は深く吸い込んだ息をゆっくり吐く。心を静め、溢れる闘気と鬩ぎ合い。目前には塹壕内の土壁。そのずっと先に暴走する敵。その存在を心に刻み、敢えて消し。
――戦う相手は常に、自分自身。
希明の弓手に素直な力が篭った。アズメリア・カンス(
ga8233)とミスティ・K・ブランド(
gb2310)はそれを見つめ、そのまま空に視線を向ける。SKの音が次第に本格的になっていく。
「そう、確実に決める為にも慎重に待たないとね」
「慎重、か。まァ楽に稼げるなら是非もない」
得物が微かに音を立てる。ロッテ、透夜が遅れて塹壕へ入り込む。
まだか。敵はどれ程進んだか。鼓動が全身を駆け巡る。その時、バラバラとヘリの轟音が耳を劈き、その姿が塹壕から覗く僅かな低空を横切った。
『目標確認。是よりポケットへ誘導する‥‥!』
●空陸作戦
「さて。オープンコンバット、だな」
SKが正面を向いた時、信人がミサイルを発射した!
白煙を曳いて飛ぶ。着弾。怒号と共に凄まじい土煙が巻き上がる。が。
それすら突き抜けてくる黒馬。刹那、敵の眼光がこちらを射抜いた気がした。
「バディ、旋回して敵側面に‥‥!」
信人が警告するより早く、斜めからの衝撃がSKを激しく揺さぶっていた。
「尾部に被弾ッ! どうしますか!?」
「旋回だ。機銃で引き付けていく‥‥!」
黒煙が風に流れる。後2発も当れば撃墜されそうだ。
引鉄を引き続ける。ガガガと絶え間ない振動がSKを襲う。一筋の土煙が驀進する敵に向かい、遂に敵本体を捉えた。3、4秒。何十発もの機関砲弾が動き続ける敵を穿つ。人間ならば肉片も残らぬかもしれない。そんな攻撃を前に、この敵は表皮を削られ速度を落したのみだった。
「チィ。塹壕直前まで続けるぞ!」
敵に合せ移動するSK。信人の照準が僅かにずれたその瞬間、礫弾が機体下部を貫いた‥‥!
「射程‥‥200、140、80ぅ‥‥っ」
「今です!」
ラルスの合図が後衛の皆に降り注ぎ、間を置かず夥しい銃声が大気を切り裂いた!
「にゃぁあぁっ!」
連綿と続く小鳥の機関銃掃射。弾幕に紛れ一射ずつ弾頭矢で敵前脚を穿つラルス。各々異なる意味を以て斉射する2人に追従し、アロンソも必死に銃撃を加える。
硝煙が3人を包み、それでもなお薄幕の向こうの敵を見据え、あらん限りの力で斉射を敢行し続ける。SKによる敵意識分散がなければ回避されていたかもしれない。が、援護があったからこそ、今、敵はこの斉射を正面から喰らっているのだ‥‥!
「多少なりと効いてもらいませんとね。減速しましたか?」
「だがやはり射撃だけでは‥‥ッ」
片膝をつき弓を構えるラルスに、焦って返答するアロンソ。黒煙を噴きつつ塹壕上空へ到達するSKを視界に収めながら、未だ前進を止めぬ黒い体躯を睨む。微かに横を向いたと感じたと同時に、強烈な脚の蹴り上げから礫弾を飛ばしてきた。
ガトリングシールドで受ける小鳥。衝撃を体で殺し、即座に反撃する。合せてラルスの輝く腕から放たれる一矢。左前脚に突き立ち、爆発した。
「脚をやれば後は的です!」
「少しでもぉ‥‥ぁ!?」腰を落し撃つ小鳥の瞳が、弾幕の隙間から敵の動きを捉えた。
「だ、ダメですぅっ!」
飛来する礫弾。自分かアロンソか。小鳥は隣、射撃に集中するアロンソに飛びついた。
ガァン‥‥!
肩に直撃。衝撃が小鳥を吹っ飛ばす。羽が紅に染まった。が、アロンソが声をかけるより早く、小鳥とラルスは無線に必死に呼びかける。
「「距離‥‥10m!」」
完全に後衛とSKに意識を向けた敵を、倒す為に――!
「出るぞ!」
小鳥らの合図を聞くまでもなく、鏡の反射で上を窺っていた透夜が叫ぶ。アズメリアも同様に準備万端。ロッテ・透夜が向かって左、アズメリア・ミスティが右を目掛け。大地を蹴り、塹壕を跳ね上がり、4人が一気に躍り出た!
「此処で通行止めよ‥‥!!」
「街に入る前に潰さないと、ね」
敵にすれば一瞬で4人が現れた感覚だろう。塹壕を意識できなかった敵にこの奇襲を避ける術は、ない。
風を切って弾頭矢が後脚に突き刺さる。即座に二射目が腹部で爆発した。
「――――自然の理から外れた化生は、自然の理に敗れる」
極限まで研ぎ澄まされた動作で矢を番える希明。4人が敵の懐へ入るまでの間にそれを3回繰り返していた。
「体がデカイ分、脚への負担も大きいだろう!?」
だが。
それでも歩みを止めぬ敵。後脚の筋組織が露出した状況で尚前へ駆ける。希明が判断良く塹壕内へ身を屈めた直後、礫弾が頭上を過った。一歩ずつ確実に塹壕へ近付きつつある
「ッ、近接班!」
後2mで取り付かれる――刹那。
「‥‥新型の性能を試す良い機会、という訳か」
希明の警告にいち早く反応したミスティとアズメリア。側面に向かおうとしていた体を無理矢理敵正面へ差し向ける。
「素通り、ね。なら‥‥」
流し斬りで腹部から前へ抜けるアズメリア。その彼女を敵が凶悪な蹄で踏みつけようとし、間一髪ミスティがそこに割り込んだ。
ガギィ‥‥!
輝くバハムートの装甲が恐ろしい音を立て蹄を弾く!
「ふむ。スペックに偽りは無さそうだ」
●跳躍
「行かせないわ」
アズメリアの鋭い薙ぎ払いが、ラルスの矢によってできた左前脚の傷口を痛々しく拡げる。怒号を上げて急停止せざるを得ない敵。大上段から敵大剣が襲ってきた。寸での所で月詠で受けるアズメリアだが、流しきれず肩まで押し込まれる。
「ッ、頼むぞ‥‥!」
ミスティが超出力銃で目くらまし、次いで裂帛の気合と共に刀を振るった。土を巻き上げ敵が後退する。
その、巨体が離れた瞬間。
「各員退避。機関砲をばら撒く‥‥!」
黒煙を噴きながら、未だ低空待機させ続けていたSK射手――信人の声が無線を伝う!
轟音‥‥!!
機体下部の機関砲が回転し、40mmが敵左肩を吹っ飛ばす。敵の悲鳴。信人に邪悪な笑みが漏れた。
「いつまでも俺を放っとくからだ」
ロッテの短剣が翻り、透夜の双槍が煌く。初めから側面へ移動した事が裏目となり置いていかれそうになった2人だが、ミスティの押し返しによって絶好の位置となっていた。
SKの援護が薄い土煙を作る。
「図体だけの敵じゃない‥‥合せるわよ!」
「縫い止める!」
右後脚の腱を裂くようにロッテが低姿勢で踏み込む。逆手の短剣がそれを捉えた瞬間、体を捻り、その勢いを乗せ小跳躍から左回し蹴りを付根に叩き込んだ。足爪が肉を抉る。服を紅に染めロッテは敵腹部の下へ潜り込んだ。が、敵はロッテを踏み潰す暇もない。彼女に続く透夜が脚の角張った箇所に右の連翹を突きたてたのである。
『――■■!』
「心配せずとも楽にしてやる!!」
ジャケットがふわと靡き、中心の透夜が古武術的な足の運びによって反転。肩越しに刺さったままの連翹を見据え、遠心力たっぷりに左槍の柄をぶち当てた。深々と突き刺さる槍。止まる暇なくそれを今度は薙ぐように引き抜く。脚が千切れかかった。ロッテはその隙に腹を裂き横っ飛びで脱出する。
「しぶとい‥‥なら」透夜との一瞬の交錯。「急所を狙うまでよ!」
「ロッテ、跳べ!」
双槍を地に刺し透夜が屈む。高飛び選手の如く曲がりながら走るロッテ。
「存分にやってこい!」
ロッテの左足が透夜の腕、右足が肩に乗った時、大きく跳躍した。ところが。
殺気を感じたか。千切れそうな後脚で透夜を蹴り飛ばし、中空のロッテに敵が向き直ったのである。敵の大剣がピクと動き、そして薙ぎ払われ‥‥!
「ロッテさんを‥‥やらせないですぅ!」
「これでも喰らいなさい!」
銃声。
アズメリア、ミスティの頭上を通り、敵上半身を貫く実体弾と非実体弾。斉射後機会を窺っていた小鳥とラルスの集中砲火が、ここぞと火を噴き敵の動きを鈍らせた!
発達した胸筋が爆ぜ、軌道が狂う。それを跳び上がったままロッテは右足で受ける。ロッテの足爪が煌く。連続してEガンを撃つラルス。敵の優先順位が混乱する。急所を狙う爪と、大出力の銃。
結果、ラルスに――いやアズメリアらも含めた前方に敵が昏い何かを放射した。塹壕を越え精神を侵食してくる。
「っ、このくらいじゃ、退けません、ね!」
ラルスに呼応し小鳥、アロンソも照準を戻したその時。
落下の勢いを乗せたロッテの一撃が、炸裂した――!
縦回転からの踵落し。漆黒の首筋へそれが呑みこまれ、敵の絶叫が轟いた。
「Enfer――地獄を見なさい」
両手で持った短剣の逆手突きから脚を戻しての上段。いよいよ血飛沫激しくなるが、敵も死ぬ気はない。体をうねらせロッテを振り落すや、ミスティに向けていた大剣を叩きつけた。
「とうや‥‥!」
「ッいい加減大地に跪け!」
まともに喰らったロッテをカバーする透夜。敵の右肩に衝撃波を放って追撃を防ぎ、さらにロッテが抉った首筋へ左の衝撃波を重ねる。
遂に敵の悲鳴が変わる。後一押し。それを至近のロッテ、透夜、アズメリア、ミスティが感じ取る。各々の服に大量の血が滲む。痛む体に鞭打ち、最後の猛攻を仕掛ける。が。
『追撃準備でもしとけばどうだ?』
上から観察する信人の声が聞こえ、それと前後するように敵は体を振り回しだした。大剣と脚のリーチに動きを止める4人。こちらの間隙を突き、敵が動かぬ後脚で横へ器用に退却し始める。
胸を押えつつも脚を酷使し回りこもうかとロッテが動いた瞬間
「もう終りだよ‥‥素直に退場しな!」
塹壕内、波動すらかわし独り虎視眈々と狙っていた希明の連射が、敵の前脚を、腕を、側頭を貫いた‥‥!
断末魔を上げくずおれる巨体。土埃が舞い上がる。銃声も怒号も剣戟もなく、9人の荒い息だけが郊外を支配する。正面で受け止める事のみに注力した者がいなかった事で敵の突破を許しかけたものの、終ってみれば辛うじて塹壕より外での撃破。上々の首尾と言える。
上半身から地に墜ちた巨体を無表情に眺め、希明は口を開いた。
「周辺に敵影はないな? っし、怪我人は介抱してやるぞ! 手荒になっちまうけどね」
●森の傭兵のこれから
着陸して10分。道に無造作に着陸させたSKから出る黒煙の勢いが、やっと収まってくる。整備班もどうすべきかコスト計算を始め、一般兵も作業を再開する。前線基地建設の喧騒が、また戻ってきた。
「よう、お疲れ」信人が憔悴しきったバディに酒瓶を見せ「ワインと発泡酒。どちらがお好み?」
「‥‥発泡酒」
「死なずに済んだな」
神に接するくせに悪魔的な笑みで瓶を渡し、髪をかき上げる。ワインは仕舞い、自らは野菜ジュースをグイと飲み干した。操縦手、唖然だ。
「あ? 酒なんぞよりこっちに決まってる」
ニヒルに告げる信人。
そんなSK組の横で、残る8人の傭兵も喧騒を眺め一息ついていた。信人のように特別喉を潤す物を持参していない為、信人を見ないように。
「まずはここの復興だな」
透夜が、何やら悩んでいそうなアロンソに。
「その後は‥‥視野を広げてみるのはどうだ。欧州全体を回り、来るべき時、スペインに戻ればいい」
「事情は解らないけど、結論を急ぎすぎるな、なんてよく言うわね」
アズメリアが続く。土嚢に寄り掛かっていたロッテは不意にアロンソに近付き、肩を軽く叩いた。目が合う。
「確かに、焦れば重要な点を見失う。先ずは地盤固めが1番だと思うわ」
「ですねぇ‥‥下手に攻勢に出て‥‥アロンソさんが危険な目にぃ‥‥‥‥」
びくぅ。グラナダの折に貰った御守になんとなく触れていたロッテと、何やら言いそうになった小鳥の目が、今度は合う。背後に獅子と丸い雀のオーラが現れた気がした。
「小鳥‥‥やはりこの辺で白黒つけた方がいいかしら」
「ふえぇえ?!」
「んー、でも〜」
が、故意か天然か、ラルスが口を挟み、その緊張が霧散していく。
「この国に確実に根付く敵を倒していかない事にはー、安寧もありませんよね〜。私の祖国はまだ戦火に呑まれてませんがー、私は先制して戦うべきと思ったんですよ〜。家族を守る為に〜」
家族と、猫もですけど。と付け足すラルスに、苦笑を禁じ得ない。
「ですからー、少しずつでも打って出た方がいいのでは〜?」
「ふむ。地盤というのも解らんではないが、何か大それた事を考えておくのも面白いぞ。細かい事は嫌が応にも対応せざるを得ないからな」
「‥‥そう言われてそうですかと決めるようじゃ、大それた事もたかが知れてるけどね。問題は、これを聞いてどう考えるかさ」
男ならな。ミスティの言葉に乗り、希明の痛烈な視線が突き刺さる。が、これが隊を率いる彼女の魅力なのか。不思議と嫌な感じでなく、いつか応えて自分の存在を認めさせてやりたいという矜持を刺激される。
慎重に行くか、大胆に攻めるか。これからの道を左右する方向性。地中海の都市戦か、スペインの何でも屋か、欧州で力をつけるか。何れにしろ個人の大目標を立てておくのは悪くないと思った。
「まずはワインでも飲めよ。余り物だけどな、くけけ」
アロンソは信人の手から瓶を引ったくり、一杯だけそれを呷った。
<了>