●リプレイ本文
一度鳴り止みかけた砲声が再び勢いを増し、混乱に拍車をかける。真夜中の野営地は、一気に時ならぬ喧騒と銃声に支配された。
翠の肥満(
ga2348)が幕舎から顔を出す。
「ちぇー、もうちょいで寝付けるって時に‥‥」
億劫に装備を身につけ――ようとし、そこに誰かが来る気配がした。
「ほら小鳥、しゃんとしなさい。緊急出動よ。如何にも、雲行きが怪しいから」
「にゃぁ‥‥にくきぅが‥‥にくきぅー」
「!」
幸臼・小鳥(
ga0067)を軽々背負ったロッテ・ヴァステル(
ga0066)だった。と解った瞬間、目にも留まらぬ速さで顔面マスクを装着する翠である。そしてほっと一息。
「さて。参りますか」
「‥‥へルムがずれてるわ」
「おっと失敬」
ともあれ奇襲に対して必要な冷静さを持っているとも言えた。
「つかマジこれ運命、宿命? もはや必然っしょ! ウゼェ目覚ましブッ壊してやっかとか思って来たらヒメさんに逢っちゃうし!!」
「‥‥なら黙って出撃準備するのも必然ね‥‥」
「ぅおけッス!」
0325時。ただでさえ多くの兵が出入りする司令部が、植松・カルマ(
ga8288)の歓声でさらに騒がしくなる。いち早く着いていたユウ・エメルスン(
ga7691)、ファブニール(
gb4785)、ヒメは走り書きされたメモを見ながら耳を塞ぐ。
とはいえ事態が急を要する事は誰もが解っている。
「幕僚の方、トラブルはどうやら南西らしいですな。我々が抑える間に東で立て直し、その後援護を」
「うむ!」
翠が真剣に司令部と連携を図る一方、ロッテは背の小鳥を揺らした。
「ふや‥‥ひめさんー?」
「随分、幸せそうな‥‥」
現段階の情報を頭に入れながら小鳥を眺め、麻宮 光(
ga9696)。
砲声に関するメモを漁る。M1戦車である事は確かなようだが、連続する砲声と響き渡る銃声により詳細は不明。砲弾、機関銃両方を警戒する必要が出てきていた。
「僕がどこかで観測します。だから、どうか兵の人達を‥‥!」
「あァ俺も後方支援でもしよう。この手でぶっ飛ばしたいところだが、全員で渦中に入りこむ訳にいかねぇしな」
相変わらずの小鳥をよそに、ファブニールとユウ。
「頼む。既に交戦中のようだが、手遅れではない。観測に従い僕達が効率的に動けば‥‥」
それに八神零(
ga7992)が同意した時、やっと小鳥の目が開いた。
「ねこ‥‥」
「敵よ。早く起きなさい」
「‥‥‥‥。‥‥!」
みるみる赤くなっていき、爆発した。
「ふえぇえぇえええぇえ?! お、おおおろ、おろしてぇ‥‥っ」
「小鳥ちゃんも起きたトコで、行くッスか!」
カルマの謎の合図で徐に司令部を出る7人。ユウとヒメだけ、ギリギリまで動向を見極めようと司令部に留まる事になった。
南西班:ロッテ 小鳥/翠 零/カルマ 光
東班:ユウ ファブニール ヒメ
●混乱
「落ち着くッスよ! 俺ら無敵の助っ人ッスから!」
メガホン越しに叫びながら走るカルマ。数人の兵が振り向く。
人ごみを掻き分け進む道は狭く、仄明るい。巨大な炎に照らされたそれが逆に危機感を募らせる。
「落ち着‥‥!!」
南西、砲声の方のみを目指すカルマと光。思いきり肩がぶつかり、兵が尻餅をつき、ぎらつく眼を煌かせた。
「って‥‥誰だよてめ糞金髪!」
「んだとゴルァ! 俺らは助けに来たんだっつーの!」
「知るか! てめェが内通してんだろ!」
「ちょ、待った、俺達は傭兵で‥‥」
一触即発な兵とカルマの間に光が入るも、収まりそうにない。奇襲とあって誰もが不安で、気が立っているのだ。普通の手段では止まりそうもない。光が苦虫を噛み潰したように首を振った時、
ガァン‥‥!
間近で、銃声が轟いた。付近が静まり返る。砲声が遠く聞こえた。
「俺らマジ傭兵なんスよ。さっさと帰りてェんだけど、イイトコ見せとかないといけねェ人いるんで‥‥だから、大人しくしてくんねッスかね」
睨みを利かせ、空に向けていた銃口を傍の兵に合せるカルマ。この場に大将などが現れれば即座に猫撫で声になりそうだと光が苦笑するが、ともかくも場が凍った事に違いはない。丁度良いと光が口を開く。
「落ち着いて、皆は一旦東に行くなり態勢を立て直してほしい。あと火薬借りてくな。役に立つだろうから」
光は爽やかな微笑を意識的に見せると、カルマを引張り再び南西へ足を動かした。
神速のロッテが人波をすり抜ける。1時方向、僅かに照らされる人影の乱れ。何かを遠巻きに囲んでいそうな集団に、跳んだ。
「伏せて!」
緩やかに回転しながら。驚愕した兵の相貌が暗視装置に面白い程映る。
「真夜中に開演するなんて、無粋も良いとこよ‥‥!」
右の敵へ流れるように斬りつけ着地するや、その腕を折り畳み、停止からの肘打ち。狼のような敵がよろめいたと同時に左回し蹴りを顔面に叩き込んだ。
血反吐を吐き崩れる敵を一顧だにせず、左の狼の爪を側転でかわす。突如敵口腔から放たれた炎弾を、さらに超反応でしゃがんで避ける。周りの兵数人が吹っ飛んだ。
「早く離れる! 軍人なら自分の身を守り、やるべき事をやりなさい!」
ロッテが前方へ大きく踏み込み、被害を広げぬよう瞬間的に敵を蹴り上げる。
「小鳥!」
5m程の中空へ無防備な敵の体が投げ出され。そしてそれは、ようやく追いついた小鳥の視界の真中に入っていた。
「皆さん離れて‥‥全弾‥‥叩き込みますぅ!」
銃声。銃声。
両手の銃が連続して火を噴く。倍の反動が体を蝕む。懸命に抑え、小鳥は狼の腹に照準を合せ続ける。落下。そして4回目の反動を感じた時、狼だったそれは肉塊未満となっていた。
「他にどこか敵を見なかった?」
短剣を一旦胸元に収め、ロッテが近くの兵に訊くが、答えは否。確かに、この宵闇の野営地では敵を見つけた段階で逃げる事はほぼ不可能、つまり一次情報を持つ者が散らばる事はほぼない。ならばやはり敵襲撃の付近にまで動くしかないのか。無線でユウ、ファブニールに声をかける。
「真西寄りで騒ぎの情報があれば教えて。私達はひとまず南西に走るわ」
「キメラはいないか? いたら教えてくれ、急行する」
零の呼びかけに、左の方から微かに返事がある。それは次々伝播し、そこまで一気に道が拓けた。懐中電灯で照らし様子を窺う翠。その光が熱帯雨林にいそうな4m大の毛深い蜘蛛を捉えた時には、零は月詠を手に踏み込んでいた。
「いいっ! あんなモン僕ァお呼びじゃないよ!」
懐中電灯を落し左手を即座に銃身へ、翠は敵視認後1秒で強弾を撃ちこむ。それが敵中心を穿った瞬間、兵を掴まんとしていた敵の足を零の刃が両断した!
「手を貸す‥‥化物は任せろ」
捻り、左の刃で薙ぐ。毒でもありそうな紫爪を鍔で受けるが、同時に吐かれた糸まで浴びた。兵を追いやり、瞬時に力を解放して逃れる零。一筋流れる頬の血を拭い、紅い凶刃二刀を斬り下ろす。死の感触。
「どうやら個々の能力は低いようだ。油断しなければ‥‥」
後ろの翠や兵に零が言いさしたその時。
くずおれる蜘蛛の死骸を食い破るように、2頭の大型蝶が飛び出してきた‥‥!
●潜伏する敵
兵に借りた双眼鏡越しにファブニールは辺りを見回す。情報通り、東は奇妙な程落ち着き、南西の業火は戦車が原因のようだ。そこから野営地の外の方へも双眼鏡を向けるが、離れる車輌は見えない。
「戦車班、現在地を教えて下さい」
『今照明弾撃ち上げるッス』
応答が聞こえ、数秒してやや西寄りの南西で夜目に鮮やかな光が上がった。その根元を記憶に刻み、炎の方と見比べる。ここからでは詳細は解らないが、炎の下で戦車が右往左往している気がする。
――これじゃ簡単に見つからないかも‥‥。
「そこから南南西へ。人ごみがあるとはいえ3分程度で着く筈です。それと戦車隊は混乱しているようですので注意を」
『元凶の1輌だけじゃない、か。了解』
と、光の声。
ファブニールが再度双眼鏡で見晴かす。流石にキメラに襲われている場所を正確に見極めるには、光量と時間が足りない。東の見回りに行きかけた、そこに――。
「何処の部隊が攻撃を受けている? キメラの数は?」
「解らん! 戦車が混乱しとるのは確実なようだが、他にも各所でキメラの襲撃があったとか‥‥」
ユウが司令部で幕僚に問いかけるが、正確な様子は解らない。今のところ南西付近のみなのだろうか。
「ならさっきの爆発は戦車によるものか? 砲声としては軍と同じだと思うが」
「おそらくな。だが何故‥‥」
「知るかよ。ったく面倒くせぇ状況に巻き込みやがって」
膨大なメモを乱雑に整理するユウを見、ヒメが独りごちた。
「‥‥親バグア派、かも」
「昼のここの戦闘に紛れて潜入されてたって?」
頷くヒメ。ユウは再び面倒くせぇと悪態をつき、司令部出口に向かった。
「化物に頭が回る奴がついてたら、これだけじゃねぇ筈。聞き込み行くぞ」
そうして外に出た、そこに――。
風切音。
別々の場所で、同時に2人の胸部へ何かが突き刺さった‥‥!
●収拾
「ッ‥‥」
「八神さん、お気をつけっ!」
上体を後ろへ逸らす零。それを追う大型蝶。その羽を、翠の銃弾が正確に射抜いた‥‥!
零が無理矢理体を捻り、肘を使って即座に体勢を立て直す。そこへ翠が駆け込み、蝶本体へぶっ放す。一瞬の閃光が夜を何度も照らす。
「まァ、僕が外す訳ありませんけどね」
「存分に暴れさせて貰うか」
兵達が完全に離れたのを端に捉え、零の二刀が煌いた。
翠の脇から平突き、薙ぎへ転じ、翠が動いたのと同時に十文字に斬り刻む。体がピリと何かに阻害されるが、その隙を埋めるのが翠だ。強靭な体幹を活かし、低い踏み込みから銃を上に撃ちまくる。再装填。瞬時に1頭が四散した。
もう一方も鱗粉の呪縛を破った零が程なく斬り捨てる。
「さて」翠が銃身を覗きつつ「またキメラを探しながら南西へ向かいますか」
零が頷く。が、脳裏には嫌な考えが浮かんでいた。
「雑魚が連携。どうやら黒幕がいるようだな‥‥」
「皆纏めて眠らせてあげるわ」
地に両手をつきバネを溜めるロッテ。触手だらけの蠢く物体がその1本を伸ばした瞬間、彼女が爆ぜた。
ブレイクダンスの如き開脚旋回!
敵3体に囲まれていた兵の身代わりとなる形で割って入ったロッテの、その位置関係を利用し繰り出す連撃。右、左、左踵、右爪先。右踵。武器を装着していない脚だろうと関係ない。その勢いが敵を圧倒し、次に繋がるのだ。
「そこですぅっ」
小鳥の連射が仰け反った敵の頭部を穿つ。脳漿が飛び息絶える1体。再装填する間隙を埋め、ロッテはダンスから倒立へ移行、踵を振り下ろした。残る1体がロッテに触手を伸ばすが鮮やかなバク転でかわされる。
が、一矢報いようとしたのか。今度は鞭のように小鳥へ飛び掛る!
一瞬の交錯‥‥!
静寂の後、小鳥の頬が裂け、敵の体躯が地に墜ちた。
「このキメラ、数的優位を作っていた‥‥」
「何か‥‥ありそうですぅ。場所的に‥‥その、ルカさんを思い出しますけどぉ‥‥」
ルカ。ギリシア親バグア派組織に参加し、死んだ少女。
不意に、その組織が関与しているのではという考えが過った。
カルマと光が黒煙の許に到着した時、そこは混乱の坩堝だった。
「片っ端から潰すしかねッスかね‥‥」
「疑心暗鬼に陥ってるな」
戦車が戦車に砲口を向け、煽るような言葉の応酬を繰り広げる。いきなりぶっ放さないだけマシだが、これでは誰が元凶かも解らない。想定外だ。
気合を入れ直し、刀を構えるカルマ。光が唾を飲んだ。
「歩兵は退いてくれ! ‥‥カルマ、初っ端から全開でいくぞ!」
「当然っしょ。戦車を止める男? マジパネェ!!」
閃光弾のピンを光が外し、駆け出した。
躊躇う事なく動く2人。カルマは素早い横移動で戦車兵の視界から外れる。視界の狭い兵にとって、それを追うより正面の光を狙う方が楽なのだ。後退しつつ戦車が砲弾を放とうとしたであろう、瞬間。
「悪いが、力尽くだ!」
『何だと!』
光の投げつけた閃光弾が空中で破裂した。砲弾が目前の地面に着弾する。衝撃で吹っ飛ぶ光。体中が悲鳴を上げるが、即座に立ち上がり両腕を広げた。
「下手糞だな! そんなんじゃ俺達どころか人1人やれない!」
正面に突っ込む光。どの戦車が敵か解らないが、自分が的となっていれば同士討ちも避けられる。
――後で謝らないとな。
先程と別角度からの機関銃が光を射抜く。
「ッカルマ! まだか!」
弾幕を浴びながら光が叫び
「‥‥騎士は、イイトコで出てくるんスよ」
戦車隊の側背へ出たカルマが、紅い衝撃波を連続して解き放った‥‥!
小爆発。3輌の履帯が弾けた。がくんと急停止し、全く動かない。脳震盪か。
「後は」
カルマが残る戦車を牽制しつつ、止まった車輌に接近したその視界に。
幻とも思える、僅かな時間。兵の間を抜け野営地外へ歩いていく少女の姿が、見えた気がした。
「こっちにいて良かった‥‥」
ファブニールが安堵し、自らの右胸を貫く空飛ぶ魚のような敵を掴む。じわりと抜ける感触が激痛を生む。体内に血が噴き出すのが解った。歯を食いしばる。
「僕が受けた分、傷つかない人がいるんだから‥‥ッ!!」
一気に引っこ抜くや地に叩きつけ、渾身の力で剣を突き立てた。敵の死を確認する。
が、休む間もなくファブニールは服で傷口を押え、司令部へ駆け出した。
ユウの口端から一筋の血が零れる。それを見て初めて、ヒメが事態を察した。
「皆、屈んで!」
「‥‥俺の心配は無しかよ」
後ろへ数歩後ずさり、ユウは自害するかの如く銃口を胸に向ける。空魚の尾を左手で掴んだ。
「西で陽動、東で士官狙い」あらん限りの力で引鉄を引き続ける。「手っ取り早く点数稼ぐには有効だな」
8つの薬莢が落ち、空魚の尾が弛緩した。
動かなくなった空魚を無造作に抜き、東、次いで司令部内へ目を向ける。仮に同じ敵がまだいるとしても、ここで待てば大丈夫だろう。ユウが思案するそこに、ファブニールが駆けつけてきた。服に滲む血を見、ユウは嘆息して肩を竦める。
「しばらくここで警戒しねぇとな」
「無事で良かった」
と、ユウの背後で佇むヒメの震える拳が、ファブニールの視界に入った。戦えないばかりか、戦術的にも閃かなかった自分を責めるような、表情。
「‥‥叶えたい願いは、僕達がお手伝いしますから」
過去。手を取り合えず死んでしまった少女の姿がファブニールの脳裏に痛烈に蘇る。あんな事はもう二度と繰り返したくない。
「皆で、前に進みましょう」
ヒメは顔を隠すように余所を向き、唇を噛み締めた。
<了>
「まずは全員降りてくれ!」
光とカルマに、翠と零も加わり戦車隊の混乱を鎮めていく。初っ端に力を見せつけられた戦車兵達に抗う意志は薄く、程なく完全に鎮圧できた。‥‥犯人は、見つからないまま。
その光景を遠目に眺め、少女は紅い唇で音も無く嗤う。
――私が、仇を取るから。
そうして彼女――復讐の少女は軍帽を目深に被り、人知れず闇に消えていった‥‥。