●リプレイ本文
背を向けた敵に弾雨が降り注ぐ。硝煙が丘の合間に立ち込める。
「気ぃつけぇ! それ以上行ったらアンチジャミングも焼け石に熱湯や!」
猛烈に突撃するシエラ(
ga3258)に、要 雪路(
ga6984)の警告。委細構わずシエラは後尾から脱落するキメラ達を蹴散らし突っ走る。それを追い越す勢いで榊兵衛(
ga0388)は雷電の操縦桿を倒すや、機動が怪しかったゴーレムを爆槍で貫いた。
「しかし逃げる奴ばかりが相手ではな‥‥」
一騎当千たる忠勝の名を冠するに相応しいKV機動。残る6機もそれに追従しかけ――
突如左右の丘から膨れ上がった気配に、一瞬にして体が反応した。
「っ伏兵ですぅ‥‥?!」「楽に抜けられる地形ではない、か」
雑音混じりに幸臼・小鳥(
ga0067)とアルヴァイム(
ga5051)の声。軍より飛び出た位置。敵の殿に近く掩蔽物も少ない。どこを狙われるにしろ、今この瞬間が1番危険だ。国谷 真彼(
ga2331)が通信を試みる。が。
「司令部。師団司令部!」耳障りな雑音だけが返ってくる。「直接伝えるしかないですね」
流石にCWも展開する敵前においてこの距離では不通か。と、兵衛の声が聞こえてきた。
「何かしてくるとは思ったが、やはり伏兵か」
「ええ。余勢を駆るのは基本とはいえ、深入りしすぎたようです」
「これだから無能な上司は。でも、兵士さん達を死なせる訳にもいきませんね‥‥!」
南部 祐希(
ga4390)、ソード(
ga6675)の嘆息。各々の機内を燐光が満たし、急速に今を打開すべく頭と体が働き始める。
「しかし追撃を緩めては前方の敵が反転する可能性も、か。合図後、同時多発的に四方を対処しよう」
「‥‥想定範囲内です」
アルヴァイムにシエラが当然とばかり。前に飛び出していた兵衛機が僅かに戻ってくる。
「安心しときー。ウチのアホ毛が揺れとるうちは好き勝手やらへんて!」
明るく振舞う雪路の手が汗ばむ。
敵最後尾は今なお逃げる。左右の気配が少しずつ動く。軍の兵卒は未だに遠距離から火砲を放つ。三方を敵に囲まれ、一方を暴走中の味方に塞がれた緊張感。8人は呼吸すら慎重に行い。
左右の見えざる動きが速まった瞬間。
「――作戦開始!」
6機が一気にブーストして軍側へ駆け戻り
「シエラ機、前に出ます」
「皆さん‥‥お願いしますぅ!」
シエラ、小鳥が敵の殿を見据えた‥‥!
●戦術行動
「前が開けば‥‥これも撃てますぅっ」
小鳥が重い引鉄を引くと同時に、大質量の粒子が解き放たれた。
悲鳴の如き轟音。大気震わす一条の光が丘の狭間を突き抜ける。最初にぶち当たった地竜が一瞬で蒸発し、粒子残滓がその向こうの群まで抉っていく。3、4秒。多くの敵を捉えんとした粒子がやっと霧散する。
それは敵群の算を乱し、1体でも多く倒すという意味で成功していた。が、問題は。
「ひんっ‥‥」
残滓によって、殿の陸上戦力全てが一斉に振り向いたという事実だった。
「‥‥また、整備士さんを泣かせる事になりそうです」
シエラは数多の視線を平然と受け小鳥機の前に出ると、徐に光線弾幕を展開した。
「中将はん! 聞こえとるか!?」
『‥‥何‥‥』
軍の弾幕の中を逆走しながら何度も通信する雪路だが、まだ通じない。一刻も早く報せねばならぬ焦燥感。ガンとコンソールを叩いた時、遂に伏兵先鋒らしき土煙が左右の丘上に見えてしまった。
「先に行く!」
「絶対、目の前で蹂躙なんかされたくない、な」
兵衛が右――南の丘、ソードが左の丘へ同時に分かれるや、更に速度を上げた。次いで祐希、アルヴァイム。真彼、雪路はそのまま軍へ。一糸乱れぬ陣形移動。1秒でも早く。その意識が一切の無駄を省き機体を躍らせる。
「軍の態勢を整えた後、救援に‥‥!」
「了解」
アルヴァイムの僅かな返事が、逆に信頼の証に思える。
4機が左右に散る一方、真彼と雪路のウーフーは軍へ急接近していく。真彼は左、雪路が右。軍の外縁を駆け抜ける。
「中将」
『何故戻‥‥敵‥‥追わんか!』
「左右に伏兵です。後退を」
『‥‥るさん! 俺の手柄を‥‥!』
雑音混じりにすら解る、中将の虚栄心。雪路は思わず「アホか!」と声を荒げていた。
丘上からの流れ弾が機体を掠める。中腹で接敵した4機が見えた。
「この状況で要らん被害出してみぃ、ええ笑いモンなるで。ここで被害被るんはウチら傭兵だけでええやろ!」
『貴様、我が軍を愚弄するか!』
「愚弄?」雪路が鼻で笑う。「アホ相手に苦労はしとるけどな。ウチらで伏兵なんとかするさかい、オイシイトコ持ってけ言うとんねん! その為に、一回下がって立て直す。ええか?」
『む‥‥』
『無茶まで入れての傭兵の値段です。存分に使いましょう。など言わずとも中将なら使えますよね』
通信に割り込む祐希。上手く乗せる形になる。
『うむ!』
2人の過激な説得に、中将がようやく後退許可を出す。すかさず真彼が付け加えた。
「万一後方にも伏兵がいたら全滅です。可及的速やかに偵察を。戦場で情報を失う事は死に等しい。それが解ったと思いますから」
通信しながら北を見やる。丁度軍の横っ腹辺りの丘。2機が伏兵を弾幕で牽制している。と。
――あれは。
遮二無二突撃するゴーレムと別に、観測機らしき姿を真彼機のモニタが捉えた。
雷電とディアブロからグレネードが間を置かず放たれる。放物線を描いたそれが丘の7合目付近に着弾するや、炎と破片が拡がった。10前後のキメラが地に倒れ伏す。その間隙を突き兵衛と祐希が攻勢に出る!
「‥‥存分に私達を狙えばいい」
それで多くの命が窮地を脱するのだから。
祐希機のアテナイが壮絶な数の銃弾をばら撒く。祐希はその自動弾幕の下を縫って跳び、勢いままにゴーレムを貫いた。小爆発と同時に振り払う。斜め後方を駆け上がっていた兵衛がそれを薙ぎ、大破させる。
が、それを気に留める事もなく、敵は逆落しを敢行していく。ただ軍に損害を与える事、あるいは追撃を受けている本隊を逃がす事だけが目的のように。
兵衛は後方に小跳躍しながら弾幕を張り足止め、怯んだ敵の体を穿った。爆散するその横を、2機のゴーレムが駆け下りる。
1機の脚部を祐希の機関銃が襲うが、残る1機は超加速していく。間に合わない。2人の感覚が警鐘を鳴らした時。
『後ろは気にせんでええよ。思いっきりイったれ!』
軍に帯同する雪路機から伸びる一条の光が、突破したゴーレム胸部を貫いた‥‥!
「‥‥助かる」
2機と3機では全く違う。兵衛は後方のモニタを切り替え、前を見る。
「ならば、この『忠勝』が御期待に応えるとしよう」
『アルヴァイム君、気付いてますか?』
「指揮官機。解ってはいる、が」
真彼に肯定で返す。しかし決定的な長距離兵装がなく、間断なく続く敵突撃のせいで奥に上る余裕もない。ソードの方も自動システムの活躍で1機分以上の弾幕を張り続けているが、それで精一杯だった。
「ッどこから来てるんだ‥‥!」
ソードが対空砲をほぼ水平にぶっ放すと、氷の大狼が飛んだ。次いでゴーレムを一閃する。
何しろ数が多い。敵本隊の一部の時間稼ぎに加え、付近支配地域からの戦力もいそうだ。
『でしたら僕が狙い撃ちましょう』
軍の誘導で忙しいだろう、真彼の頼もしい言葉が耳に入って何秒か。6本の光が地表を舐めるように上っていった。
直撃。中破。追撃するが、それは避けられる。だが今の損傷で統率の余裕がなくなったか。観測機の姿が丘向こうに消える。
「この機に、押し返す」
アルヴァイム機ディスタンの恐ろしい噴射から水平機動。強靭な複合装甲が煌く。前にした盾で敵弾を弾き敵機へ接近するや、左脚を地に、流れる動きで右腕を軋ませ敵腰部を殴り飛ばす!
機内に激しい衝撃。直後、敵機が丘上に吹っ飛んだ。ソードの弾幕が空中で捉える。
爆発。その爆炎すら利用し敵群に急接近するソード。システムが四方に弾をばら撒いた。
眼前の敵を撃ち、生死の確認もなく次の目標を縫い止める。たった2機が嵐の如く敵を乱していく。
一進一退の機動防衛戦。1分を数えたと感じたアルヴァイムだが、その時には既に4分が経過していた。
●反攻
シエラ機から何度目かも解らぬレーザーが放たれ、接近してくる敵に次々吸い込まれていく。それに紛れて小鳥がD‐02でCWを穿った。
超加速してきたゴーレムの大剣を盾で逸らすシエラ。だが反撃する暇がない。2時方向からの闇弾がシエラの体を直接蝕む。心臓の痛みを堪えた刹那、別機体の重機による弾幕が胸部に直撃した。
頭上から迫る大剣を辛うじて受け、腰下に構えた粒子斧を振り上げる。左腕部切断。盾で一時押し返す。
「損傷率上昇‥‥」
「下がって‥‥下さぃー!」
「軍が退くまで、だめ」
小鳥が忠告するも、シエラは小鳥機の斜め前に留まり続ける。
敵は殿軍の約半数が攻勢に出て、残りがその場で援護の構えを取ってきた。敵本隊への攻撃は難しそうだが、殿を攻撃していれば本隊も逃げるしかないだろう。
この敵攻勢を捌けたら、だ。
「粒子砲、いきますぅ‥‥1機でも多く‥‥敵をぉ!」
シエラがペダルを踏み、跳ぶと同時に、再度大質量が敵の群を貫く!
が。
「UPC軍、まだですか?」
『‥‥うじき‥‥準備‥‥』
跳躍5m程を維持するシエラが通信で急かす。何故なら。
光が消えた時、様子見していた半数までが動き出していたのだから‥‥。
「誰かここを抜いてみないのか?」
兵衛が忠勝の腰を落とし重々しく槍を構えると、敵伏兵はじりと後退する。
兵衛と祐希。2人のグレネードでキメラはほぼ全滅、3体残るゴーレムもくたびれた槍や重機で牽制し、やっと致命打を免れている状況だった。
「なら」兵衛が右の爆槍を腰溜めに、バーニアを噴かせ突進する!「このまま終らせるとしよう」
激突。
一直線に頂上付近の敵機を貫いた。敵の重機が至近からコクピットを襲う。当身で槍を抜く。敵砲弾が脚部を直撃、衝撃に視界がぶれた。それを放った敵へ、祐希が自動弾幕に合せ機関銃を撃ちつける。
兵衛は倒れた敵を地面ごと突き刺し、最後の敵を見据えた。祐希も頂上にまで上り、先程の敵機に穂先を向ける。
「早々に援護に向かいましょう」
「逆に奇襲してやるか」
同時に飛び出す2機。機関銃応射。数秒にして間合いに入り込むや、各々が眼前の獲物に愛槍を突き刺した。漏電、爆発。
残骸が丘に生々しく残る。振り返ってそれを眺め、次いで後退する軍、小鳥らに攻め寄せる敵の殿を映した。
「崖崩れでも起こそうかと思っていたが、この角度に硬さ‥‥」
「ここで起こすには、事前準備が要りそうですね」
「素直に逆落し、だな」
休む間もなく、兵衛と祐希は秘かに西へ駆ける‥‥!
●紙一重
細かく機体を動かし、角度を変えつつ重機をばら撒くアルヴァイム。敵がそれに気を取られた瞬間、ソード機が懐へ潜り敵機の大鎌を弾き、槍を一閃する。
「アルヴァイムさん向こうお願いします!」
ソードが動いた穴を埋める形でディスタン。高次元の機動と重装甲を両立させたその機体が大樹の如く立ち塞がる。重機が次々ゴーレムを押し戻す。一方でキメラには手が回らず、次第に抜かれる数が増えてきた。悪い兆候だった。
「‥‥専守に徹しすぎたか」
「ッしま‥‥!」
多少の後悔がアルヴァイムの頭に過った刹那、ソードの方の敵機が隙を突いて抜け出した。元より敵の方が高地。一瞬の迷いが突破を許してしまう。
「我が追おう」
アルヴァイムがブーストし、背に凶弾を送り込む。が、悪循環は止まらない。一度後手に回れば、数的不利が2機を締め付ける。雨垂れが石を穿つが如く敵は集中し。
遂に、決壊した。
ソードが必死に立ち回る。忸怩たる思いで唇を噛み締めた、その時。今度はヒュルルと聞き慣れた音が聞こえた。それは、空から降る榴弾の――。
『司令部後退完了。君達も撤退して下さい』
敵弾幕を一身に受ける。光子磁場を展開するが、それを凌駕する勢いでシエラ機に降り注ぐ。後方から小鳥の狙撃。合せてシエラも銃身が溶けそうな程に撃ちまくる。
「リラ、頑張って‥‥」
「きっともうすぐ‥‥だからぁ‥‥!」
小鳥の脇を抜けるキメラ。それをモニタが追いかけ、途端に側面に衝撃を喰らった。
シエラが急噴射してローラーを滑らせる。
「退きなさい‥‥」
盾の奥から前を見据える。斜めの狙撃に胸部を穿たれた。風防の破片が左肩を貫く。コンソールに火花が散った。構わず操縦桿を捻る。盾で受け、反転気味の捻転から袈裟に斧を振り下ろす!
即座に後方跳躍。それを追って弾幕が宙を走る。
「幸、臼さん‥‥!」
普段視えないからこその第六感以上の何かが、シエラに小鳥への警告を言わしめた。が、小鳥は反応しきれない。2方向からの弾幕に加え、氷の大狼の突進をまともに喰らった。そのまま大狼はしがみ付き、装甲を食い破らんとしてくる。
「こんな所で‥‥やられる訳にはぁ‥‥!」小鳥が強引に銃把で殴打する。「守って下さいねぇ‥‥っ」
右の剣翼を敵にぶち当てる。転倒する小鳥機。そこを敵弾幕が狙う、と身構えたその時。
「全く同じ戦法で逆襲される気分はどうだ?」
丘を駆け下りる兵衛と祐希。砂塵の尾をたなびかせて機体が滑る。
疾く、疾く。
機体を矛に。一直線に丘を下り、一気に斜め後方から突っ込んだ!
銃弾をばら撒きながら奥深く。何を撃ち、何を貫いたかも解らぬ速度。柔らかい衝撃で体がベルトに押し付けられる。握った操縦桿は絶対放さない。
深く穿った2機は敵の態勢が整わぬうちに、そのまま群のど真中を東へ突っ切る。
「時間も稼げました。撤退準備を」
置き土産にグレネードを放つ祐希。その瞳に、東から飛来する曳光弾が映った‥‥!
「友軍に注意。榴弾は最大射程から漸次短く。――ッテェ!」
真彼の合図で中隊規模の砲が一斉に火を噴き、敵の群に吸い込まれる。紛れて雪路も機関銃掃射で大狼に穴を開けた。
「撤退や! 動けんもんはこっちで手ぇ貸したるから、早いとこ帰るで!」
小鳥、シエラに加え、群を抜けてきた兵衛に祐希も援軍に気付き、態勢を立て直す。
「最後に、いけぇっ‥‥なのですぅっ」
小鳥の粒子砲が三度戦場に死を運ぶ。地が薄く禿げる程の高エネルギーが敵群の接近を阻む。その隙に4機が戦場を離脱した。
「お疲れ様です」
無事仲間と合流し、一息つく真彼。一歩間違えば各個撃破される可能性もある殿役を、傭兵が担う。そうするのが1番多くの命が生き残れる術だとは解っているが、だからとて好んでやる訳もない。
この状況を招いた軍に苦情の1つも言いたくなる真彼だが、中将との先刻のやり取りを思い出し、一応引き下がる事にした。
『撤退援護に兵を出します。ご自分のミスで傭兵を死なせる訳にいきませんよね。シベリアは寒いですよ?』
『ぬ‥‥』
『中将。――許可を』
『うむ‥‥!!』
苦虫を100匹噛み潰した中将のあの声を、真似して聴かせてあげよう。
満身創痍の仲間の機体を見、真彼は秘かに思った。
<了>