●リプレイ本文
橙の空が街を照らす。
指揮車から慌しく通信が飛び、その度に前線が動く。西と南は極めて薄く、北と東は大音量。解っていても薄ら寒くなった。
「いよいよ、ね。最後の決戦、やってやりましょ」
「ああ‥‥!」
智久 百合歌(
ga4980)に頷くアロンソだが表情は硬い。大規模作戦は別にして、決戦は2度目。修羅場の数が違うのだ。
「犠牲なしに辿り着けなかったこの状況。必ず、奪還しましょう!」
「散りゆくものから芽吹くものへ。オレンジ、取り戻せるよ。きっと、絶対」
ファブニール(
gb4785)と葵 宙華(
ga4067)。自ら発破をかけたとはいえ、その言葉はアロンソにとって重い。深呼吸していると、百合歌の微笑が目に映った。
「大丈夫。これ、ね?」
百合歌が指先で揺らす。それはグラナダの礼でアロンソが仲間に贈ったもの。
あからさまに彼の緊張が解けるのを見て舞 冥華(
gb4521)。
「あろんそ、百合歌のこども?」
「‥‥」
「いや弟だよな。義姉弟甘えんぼプレイ」
面白がる龍深城・我斬(
ga8283)にアロンソが律儀に反応する。
「でもあたしアロンソ兄は‥‥き、だよ?」
「‥‥。え?」「ちょま!? じ、冗談だよな妹よ!」
「まあ、色々。ね」
「おぉおぉぉ‥‥」
などと我斬が頭を抱えて1分。咳払いして平静を装った。
「まあアレだ。その話は後にして。全賭け総取り、出入禁止ってな。調整充分とは言い切れんが、まずはやってやろうぜ」
「‥‥ああ!」
「無駄に気張るな。フラメンコでも踊りにいこうぜ」
佐賀十蔵(
gb5442)の腹が音を立てる。宙華が飴を投げ渡すと、即座に噛み砕いた。
傭兵が各々のKVに向かう。その殆どが砂塵で煤け、装甲の一部も剥げ落ちていた。
少数精鋭で自身と機体をフル稼働させ敵の数に抗してきた証。整備された万全の姿とは別の美しさがここにあった。
「頭は下げなくていいわよ」
「ですぅ。気合いれて頑張り‥‥っぁみゅ!?」
ロッテ・ヴァステル(
ga0066)に幸臼・小鳥(
ga0067)が同調した時、不意に北の砲声が激しくなる。轟音が響き渡ると同時に小鳥の悲鳴が聞こえた。
「‥‥」
「流石やね、景気づけにぱん‥‥ってこんな時にブルマあかーん!」
「やめとけ。整備兵が見てるぞ」
直立から転倒という絶技を見せた小鳥のワンピ裾を覗く相沢 仁奈(
ga0099)と、その頭を小突く月影・透夜(
ga1806)。じょーだんじょーだん、と仁奈が笑う。
「皆頑張ってきたんやし、ウチも本気に決まっとるよ」
ごほーびに虐めてもらえるかもしれんし、と倒錯的な言葉が聞こえたのは気のせいだ。
透夜が生身武器まで点検し槍柄で地を叩いた。
「さて。エスコート頼む。奴とのダンスは俺に任せろ」
「了解」
「敵陣を貫くのは魔弾の真骨頂だ。たっぷり味わわせてやろう」
「当然よ‥‥」
声をかけ合う彼ら。打てば響く会話が快い。ロッテの号令が木霊する!
「出撃!!」
●The Valencian Widow
「さあ行こうロビン! 僕達なら‥‥竜にも負けない!」
空を突き抜ける。東へ、陸より先行する7機。
ファブニール機ロビンと宙華機ワイバーンが幼竜を捉えた。同時に敵も動く。
「うさたんの初陣。にゃんこまーくふやしてあげないとかわいそ」
「私達はHW、抑えるわよ」
「ん」
冥華機ディスタンからぴこんと飛び出た兎耳が風に靡く。百合歌機ワイバーンと共にHW2機へ機首を向けた刹那、敵プロトン砲が駆け抜けた。ロール、左右に展開。
「軍の皆さんはCWを。貴方がたにかかってますから」
『了解!』
百合歌の言葉に奮起する軍の3機。号令一下、加速する!
そこに翼をはためかせてくる幼竜。炎を吐き出さんとした瞬間を狙って宙華とファブニールが引鉄を引いた。
狙撃銃とAAEMが相前後して竜の胴にぶち当たる。竜の獄炎。炎の下を掻い潜る軍3機。うち1機に紫色光が迫る。左翼直撃。百合歌が操縦桿を倒す!
「相手は私。間違えないようにね?」
「軍のひといじめたらだめ。冥華のにゃんこみさいるが火をふくから」
百合歌の翼がHWを裂き、もう1機に黒猫弾頭が吸い込まれた。煙に紛れ3機が進む。敵光線が乱れ飛ぶ。大きく旋回したファブニールが竜右翼中央に粒子砲をぶち込んだ。宙華が一気に肉薄、顔を斬りつけ旋回する。敵の咆哮が轟いた時、軍KVの前に現れる青い固体!
『目標捕捉。我掃し――!?』
バルカンを撃ち込むや、滑空した竜から炎が解き放たれた。煉獄が装甲を熔かし、人を蒸す。1機爆散。通信から断末魔が響く。が。
『――もく‥‥撃破‥‥!』
更に1機墜ちるR‐01。それでも掠れる声で戦果を伝えた。直後。
「さあ貴方達に捧ぐ弔砲よ。見届けなさい」
百合歌機から500の花火が乱れ咲く‥‥!
轟。一直線に粒子砲が迸る。
埃を巻き上げ唸る閃光。小鳥機破曉がその巨体でキメラ群を怯ませた空白に4機が雪崩れ込む!
「まずは透夜さん達を‥‥届けるのですぅ!」
「ついでに受け取りなさい!」
ロッテ機アヌビスの筒がぐぽんと鳴り、頭上を飛んでいく榴弾。それがヒュルルと不気味な音を立て倉庫群の中間に炸裂した。連射。群に動揺が走る。小鳥も追いつき、5機が塊となって突き進む。
「アロンソ、援護任せたわよ!」
「了解」
「こいつァチーム戦だ。お膳立てには応えてやる!」
我斬と透夜が中で、ロッテ、小鳥、アロンソが外。楔の5機が敵群を穿つ!
倉庫の間は案外狭い。ロッテ機が高速跳躍から大剣を薙ぎ払い、流れに乗って正面上段振り下ろしで着地。そこを急襲するゴーレムを透夜とアロンソの銃弾が崩し、小鳥の機関砲が弾幕を展開した。
敵の斧が一閃。ロッテ機から幻魔炎が放たれ、瞬間的に軸がブレた。躱すロッテと小鳥。我斬機ビーストソウルが銃弾を撃ちまくる。その隙をロッテと小鳥の剣翼が斬り裂いた!
「Aller! Aller!!」
止まる事ない突撃。風防を血潮が染め、爆発が装甲を傷つける。倉庫群中盤。破竹の勢いで突っ込んだ5機だが後方にまで敵が回り込んでくる。電撃がアロンソを襲った。
だが透夜と我斬は無傷。応射で敵を殺し、止まらぬ脚は東へ駆け続ける。そして。
「此処は私達に任せて。貴方達は敵指揮官を!」
「当然!」
「後方は頼む。俺達は道を‥‥」
透夜と我斬。紅の月洸と蒼の獣魂が港湾施設へ飛び出していく。その機影を見送る間もなく反転、突破してきた道を見やるロッテ達。一呼吸。のち、再突入!
「「切り拓く!!」」
「佐賀さん!」
「味方同士の連携を保て、死角を作るな、火力を集中させい!」
仁奈に合せ軍KVと共に弾幕で北の戦線を押し上げる十蔵機ウーフー。戦車主砲がキメラを直撃し、傾いだ敵にKVが斬撃。溢れる体液を浴び、軍の5機と十蔵機が区画を1つ乗り越えた。
じりじりと機能するバディ。受身すぎた前回と違い、確実に指揮していく十蔵。そして、
「いっくでー‥‥ガルガリン、全・開・や!」
それより前方60m、単身縦に突っ込む仁奈機ヘルヘブン。ビル陰からスピンターンして路上に躍り出るや、爆音を轟かせ突撃する!
一閃!
体液の雨すら潜り抜け、次々キメラを跳ね穿つ。衝撃。視界が狭い。機体そのものを1つの槍に。それこそ戦線を引き上げる。巧遅すぎては敵を抜けない。拙速すぎても危険。前の仁奈と後ろの十蔵が北を引っ張る。
「串刺しにしたる‥‥!?」
チャージする仁奈機に横から突っ込む影。仁奈が操縦桿を左に倒すと、槍を振り上げ砲猫を屠った。直後影の斬撃が仁奈を捉える。回避、不可。腰部に衝撃。漏電する機体を捻り二輪解除、銃撃した。
「相沢、援護は」
「こんくらい! それより佐賀さんらは周り頼むわ」
「周辺情報は随時送る。無茶『して』生き残れよ」
「あたりき!」
追撃せんとするゴーレムに仁奈の槍が最短距離で突き刺さる。その時。
『――ッシュに突――!』
乱れた無線から仲間の声が‥‥!
●乾坤一擲
「粒子砲‥‥いきますぅ!」
「友軍両翼展開! 私達の再突入に気を取られた敵を側背からやりなさい!」
『了解!』
軍から返答がくるや、小鳥機から迸る光線。それが倉庫の間を一直線に舐めた直後、ロッテが操縦桿を倒した。続くアロンソ。小鳥が追う。
「駐屯地は‥‥多分右ですぅ」
「何時ぞやのお返ししてやらないとね‥‥!」
雷獣を両断し、ゴーレムを弾く。後退した敵機にアロンソの銃撃。敵の応射。被弾。アロンソ機の損耗が激しい。破曉が前に出て弾幕を張る。焦れたように敵が肉薄、爆槍を突き上げた。躱しきれない。ロッテが歯を食い縛り衝撃に耐え、交差気味に斬りつけた。
「小鳥!」「援護‥‥お願いしますぅ!」
「任せろ!」
正面から斬り結ばんと腰溜めから敵機渾身の一撃が放たれる!
しかしアロンソのレーザーが敵体勢を僅かに崩す。槍がロッテ機胸部を掠めた瞬間、ロッテと小鳥の剣翼が炸裂した。爆発。
「先にBFを‥‥!」
軽く舌打ちしてロッテ機が滑る。
右折。直進、ワームをぶち抜き前へ。妙に巨大な壁を発見するや、剣を前に突っ込んだ。そして。
「離陸準備‥‥!? 忘れ物よ!」
ロッテの榴弾が仰角0でBF2機に向かう。爆裂。屋根を抜いた倉庫内を蹂躙する榴弾。だが肝心のBF本体は。
「小鳥、粒子砲!」
「まだ無理‥‥ですぅ」
「く、おぉおおお!」
突っ込むアロンソがグレネードを連射する。だが無情にもBFは3人の眼前で浮かび上がる。仰角60°で銃弾が敵下部を叩くも効果は薄い。
「BF離陸を確認。百合歌、冥華。お願い‥‥!」
ロッテが警告する。忸怩たる思いで3人が見上げるうち、BF2機は一瞬で加速していった‥‥。
港湾を2機が走る。左右警戒。広い港だが施設は非稼働、停泊していた船も殆ど破壊されているようだ。その中で残存する客船を見つけるのは簡単だった。
「どうせアレだな。ジャンキーといや船上に決まってる」
言いながら我斬機が桟橋に出る。透夜は港から跳躍、直接船へ乗り込んだ。
着地の音が響く。
市街と倉庫群の喧騒が嘘のよう。耳が痛くなる沈黙が支配する船上で、透夜と我斬はソレと対峙した。
「ハ。そんなに俺が恋しかったか?」
「ああ。お前の最期を見届けたくてな」
「俺もだ、同胞」
一緒にするな、戦闘狂。透夜の双眸が剣呑な光を帯びる。我斬が猛る拳を握り締めた。
「バグアにしちゃ面白い舞台じゃねーか。生憎赤い布は持ち合せてないがな」
「折角の勝負、最高のモンにしてェだろ。うちにゃその辺解んねェ奴も多いんだ‥‥」
「お前も下衆に違いはねーぞ。人質取ったり、よ」
我斬の脳裏を過る敵の所業。洗脳者を爆発させ、市民を捕獲し、詭道を弄し続けた敵。赦せる筈がない。
と、その時船が動き出した。振り返れば次第に離れゆく港が見え、空には竜と‥‥。
「BF‥‥!」
「まだ抵抗すんのかよ!」
敵指揮官を睨みつけると、当然という声色が返ってくる。
「一応ここ任されてんだ。最後の博打くらいやんねェとな」
博打。一撃で状況が一変する? つまり奴の狙いは。
――司令部!
背筋を悪寒が駆け抜ける。だがここからでは何も出来ない。出来るのは。
「‥‥成程。なら舞台は整ったな」
眼前の指揮官を、殺す事だけ。
波の影響を計算に、出力調整する我斬。透夜が右の建御雷を上段、左を中段に構えた。
「さあ」
間合いを詰める2機。斜陽が敵機に反射した。刹那、透夜が動く!
「再戦といこうか‥‥!」
百合歌のK‐02がHWを、幼竜を捉える。白煙が空を覆い尽した。百合歌と冥華が僅かな黒煙を頼りにHWへ突っ込む!
「軍のひとだいじょーぶ?」
『自分1人とてまだ戦えます!』
「むりするなー」
冥華機翼下から黒猫弾頭とAAMが連続して放たれると、異なる軌道を描いてそれが数秒後に着弾した。爆発。さらにもう1機へ向かう百合歌の螺旋弾頭。僅かに逸れた弾頭が方向調整しつつ敵へ向かう。敵実弾がそれを破壊。が、迎撃に気を取られた隙に突っ込む百合歌。煌く翼がHWを斬り裂く!
「流石に損耗がキツくなってるけど‥‥」
爆散するHWを確認しつつ白煙から脱出する百合歌。同時にロッテの警告が響くや、低空を影が飛んでいった。間髪入れず姿勢制御、一気に噴射する。
「ここで休む訳にいかないわ!」
「ん、冥華もいくー」
2機が前後しBFを追う。方角は――西。
●司令部の明暗
「早く‥‥人の許へ帰れ!」
宙華の掌の感触。操縦桿を掴む掌には生々しいフリオの骨片が握られ、その痛みが彼女を生かし続ける。
縦横に旋回して竜を挑発する宙華機メメントモリ。牙に翼端を削られるも漆黒の翼で敵の眼を斬りつけた。敵の咆哮が直接響く程の至近戦。竜の胸がせり上がったのを観測した瞬間、操縦桿を倒す!
「ファブ兄!」
「FOX2!」
中距離からファブニールがAAEMを発射する!
胴体着弾、爆発。畳み掛けるファブニール。直進して光線連射、激突直前に下へ潜り込む。次いで上方ターンした宙華が引鉄を絞る絞る。近付く敵巨体。爪が宙華機を襲う。ロールして横滑りするも避けきれない。風防に亀裂が走り、風が機内を駆け抜ける。
素早くファブニールが粒子砲で牽制。その時竜の灼熱が迸った。宙華機が直に浴びる。熔ける装甲。機内まで灼熱が蹂躙する。
「宙華さん、もっと慎重に中距離か‥‥」
「いい。あたしは戦うの。あたしは、空だから!」
「‥‥援護、します。絶対、絶対に死ぬ事だけは許さない!」
一旦離脱、緩く旋回して左右から竜へ肉薄する2機。実弾と光線と炎が乱れ飛ぶ!
そんな激しい巴戦の最中。低空を飛ぶBFを攻撃する余裕など、ない。
西へ西へ、BFが飛ぶ。地表スレスレ、対地相対速度が速すぎ対空砲も意味を為さない。百合歌が狙撃銃の引鉄を引く。途端にBFが縦列となり、1機を庇うように減速してきた。後ろの1機へ冥華もAAMを発射する。着弾の間に接近する百合歌機。剣翼を縦に交錯した。
「私はこのまま前を追うわ」
「ん、冥華、とーせんぼやっつけていく」
後尾を突き抜けた百合歌が一気に市街上空へ!
一方で冥華と軍の残る1機は中破のBFへ攻勢をかけた。装甲の剥れた敵後部を見るに、中に何も積んでいない。つまり敵の狙いはカミカゼ。なら。
「軍のひともおいでー」『はい!』
黒猫8匹が空を飛ぶ。交差してそれがBFに吸い込まれ、同時にR‐01の誘導弾がぶち込まれた。爆発に合せ弾幕を張る冥華。敵機銃にカンカンと削られるが構う必要はない。軍KVとシザーズ、十字砲火気味に浴びせかけた。
黒煙を噴き高度を下げる敵。BF下部がビルに接触し姿勢を崩した瞬間、2機の銃砲火が炸裂した。
「百合歌の掩護いく」
爆散。2機が西へ急行する。
が、その時には。
「っ‥‥無駄に耐久性ばかり有り余ってくれて!」
残る螺旋弾頭を全弾放つ百合歌。3つの白煙がBF尾部に着弾する。轟音。敵は未だ墜ちない。黒煙を噴くも確実に西へ向かっていく。
「いい加減お眠りなさい‥‥!」
差を詰め剣翼で狙う百合歌。穴の空いた箇所へ突っ込む!
斬‥‥!
殺った。少なくとも百合歌の感覚では。だが今まで酷使してきた彼女の機体は万全の威力を発揮する事なく。
不吉な音と共に、中途から右翼が弾けた。
「っこん、なに‥‥ごめんなさい、でもまだ!」
押え込む。辛うじて制御を取り戻した百合歌が目にしたのは。
中破したBFが市街中央に特攻する姿だった。
ドォ‥‥ン‥‥!!
振動が大気を伝い、砂塵が舞う。戦場が、静まり返った。呆然と操縦桿を握る百合歌。司令部へ通信を試みるも不通。唇を引き結び、眉を険しく寄せた。何故なら敵が特攻したそこは、司令部の位置に他ならず。
――最後の抵抗はあって然るべきだった。だったのに‥‥!
その時、ふらふらと飛ぶ百合歌機に冥華機うさたんとR‐01が並ぶ。R‐01が各隊に呼びかける。司令部はどうなったのかと。
そして数分。漸く返ってきたのは、
『――令部壊滅――待ってく――将閣下の――認! カテ――赤、重体ながら生存――!』
ほんの慰め程度の生存報告だった‥‥。
●戦争と戦闘
司令部壊滅。その報は瞬く間に軍を駆け巡る。そればかりか市街北部で交戦していた兵達は舞い上がる粉塵すら目撃してしまい、完全なパニックへ叩き落された。
「静まれ! 閣下は無事だ、俺達は任務をこなす!」
「無事な訳ねーだろクソ野郎! てか頭ヤられちゃ終りじゃねえか!」「何で敵がンな所まできてんだよ! こんなんじゃ俺らも後ろからズドンだ!」
「お、落ち着け貴様らァ!!」
兵達を的確に掌握し、適切に戦況を判断してきた実績が逆に混乱を引き起こす。全幅の信頼を置いていた司令部の陥落は、兵の思考を幼児にまで引き下げていた。
「あ、ああぁぁああぁあああぁあ!」
次々背を向け逃げんとする兵。その背をキメラが引き裂く。猫の砲弾が肉片を作る。ワームの体当りが数人をミンチにする。ゴーレムの大剣が人を両断する。
阿鼻叫喚の前線。途切れた指揮は戻らず、崩れた士気は還らない。
「おい、深呼吸して敵を見ろ! わしらはまだ生きとる、正気に戻れ!」
十蔵が軍KVと共に呼びかけるが、一度始まった壊走はなかなか止まらない。勢いに乗るワームを腕部ランチャーで砲撃、傾いだ敵を棘付き盾で突き倒した。破片が兵達に降り注ぐ。
押し寄せるキメラとワーム。後退してR‐01がバルカンを撃ちまくる。怯む敵。あまりの敵進撃速度に群内で孤立しかけた仁奈が、その隙にチャージで敵を撥ねながら戻ってくる。ドリフト気味に急停止、ワームへ銃弾を送り込んだ。
「どないなっとん!?」
「混乱が止まらん! 軍の能力者は冷静でいてくれとるが、今、兵卒に落ち着けと言っても聞く耳もたん」
計6機が散開、弾幕で少しでも敵進攻を妨げるが、この勢いはどうにもならない。怒号と断末魔が北部を支配する。
もはや逃げ惑う一般民となった兵の顔をモニタで捉える仁奈。彼らを守らんと動く彼女の進行すら邪魔する兵に、流石に頬が引きつってくる。そしてガルガリンの車輪にぶつかり、唾を吐いた男を見、何かが切れた。
魔弾隊長のシゴキよろしく仁奈がコンソールを叩きつける!
「しゃんとせぇ、ドアホぉ!!!」
予期せぬハウリングが周囲の兵を引き止めた。偶然か、精神力の賜物か。ともあれ気を引く事に成功した仁奈は一気に捲し立てる。
「あんた達が大将慕っとったんも解る。怖いのも解る。やけど今ここでこんなんしとったら司令部と仲間は無駄死にや! 男やったらカタキ討ちぃ!」
静まり返る仁奈の周囲。突撃してくるワームを貫いた時、兵の怒声が轟いた。
「るせェ! てめェはその鎧に守られてんだろクソ、俺達ァ生身なんだよ!」
「‥‥っ」
「クソが、俺達だって、クソ‥‥ッこのクソ女、後で覚えてろ!」
吐き捨てるや、分隊単位で集合していく兵。仁奈周辺から始まったこの波は次第に拡がり、戦線が秩序を取り戻していくではないか。
混乱前と比べ押し込まれてはいる。が、ここで拮抗する事ができればまだいける。
「はー、怖かった」
やっぱ命令はされる方がええわ、と仁奈は主張しすぎる胸に指を埋めた。
「おおぉぉおぉおおおお!!」
剣戟剣戟!
金属音。銃声。破砕音。気合一閃、透夜の大剣と敵の拳が正面から激突する!
「悪いが2対1だ!」
「悪ィ筈ねェだろ同胞!」
我斬の弾幕が敵左腕を襲う。応射しながら敵は透夜の剣を押し返し、蹴りつけた。衝撃。後退った隙を埋めるように突っ込む我斬。加速を拳に、唸る左腕が敵機顔面を捉える。
ガァン!
吹っ飛ぶ敵。船内へ飛び込みながら機体制御した敵機が、着地と同時に向かってくる!
「ありがとよ。俺の拳に合せてくれたんだ、ろォ!」
「直接ぶん殴りたかっただけだ!」
腕で受ける我斬機。衝撃波が互いを崩す。そこに小跳躍した透夜機が強襲、大上段の一撃が敵機兜を叩き割った。次いで至近から肩の砲口をぶっ放す。受ける敵。すぐさま拳の反撃。胸部強打。モニタがチラつく。
透夜に合せ背後から詰める我斬。それすら反応する敵。殴りかかった我斬機胸部を打ちつける!
「くゥ!?」
「こんなもんじゃねェだろてめェらは!」
追撃してくる敵。我斬がそれを『受けようとしているように』左拳を突き出した。
その左腕に敵が重機をばら撒く。刹那、我斬が死角の右手から鎖を射出した!
「なんてなぁ!」
不意を衝かれた敵の右拳に鎖が絡みつく。我斬が強引に引っ張った。チェーンデスマッチの如き攻防。腰部を捻り左拳を溜める我斬。が、無理に引かれた筈の敵は驚異的機動で姿勢制御、真っ向から右拳を振り上げる!
「ハ! てめェの拳と俺の拳、どっちが強ェか試‥‥ッ!?」
「最速の一閃、コレで決める!」
「が!?」
我斬に叩きつけんとしたその拳を、横合いから透夜が薙ぎ払う!
斬。さらに踏み込み、懐に入り込んだ透夜が刀を振り下ろす。左腕を前に出す敵。それを斬り落すや、敵体当りが透夜を襲う。後退しつつ一閃する!
「チィ‥‥やれ我斬!」
「うぉおるぁあああああ!!!」
軋む関節。散る油。ベアリングが嫌な音を立て弾け飛ぶ。限界を超えた腰部回転が肩から腕に伝い、肘から手首を介して拳に乗り――
轟‥‥!!
「ここは効くだろ? 整備しきってねえしょ‥‥!?」
駒送りの如き光景が、我斬の網膜に宿った。
敵腰部に叩き込まれる獣魂渾身のアッパー。相殺する関節と手首。小爆発する敵機。同時に伸びてきた敵ストレートが獣魂の胸部を穿ち、瞬間、
「るァア!!」
世界が時を取り戻した。
「‥‥、く、そ‥‥」
視界、暗転。
「惜」
惜しかったな。敵が言い『始めるより』早く。建御雷が、背後から敵機を貫いた‥‥!
「いや、終りだ」
漏電。僅かな間、そして。
爆散。
貫いた姿勢のまま透夜機月洸が爆風を浴びる。透夜が操縦桿を離し、一息ついたその、時。
「あーあァ。あの機体、気に入ってたのによォ!」
爆煙を飛び出してきた影が、風防を破って透夜に迫る――!
●The Valencias Will
「どう、戦況は」
『BFの影響がこちらにも‥‥我々も2機撃墜されました』
駐屯地を出たロッテ、小鳥、アロンソは軍と連絡を取る。銃砲声が心なしか小さく、確かに勢いは逆転してしまったようだ。小鳥が威勢よく告げる。
「軍の援護に‥‥いきましょぅー!」
「‥‥そうね」
気合を入れ直すロッテ。戦線を押されたという事は現在地は敵の側背。なら今度は自分達が敵陣をかき乱さねば。
「貴方達は両翼から絞って」
『了解』
3機が楔型で駆け抜ける。死屍累々。兵とキメラ、時にゴーレムの残骸が散乱し、戦場跡の様相。それを踏み越え再び戦場へ。ゴーレム背部が見えた瞬間、小鳥の粒子砲が唸りを上げた。
光が迸る。残影を追うように滑るロッテ。倉庫壁を蹴りつけ小跳躍、斜めに大剣を斬り下ろした。破片を散らし振り向く敵。それにアロンソと小鳥の弾幕が集中する。腰の入らない敵拳をロッテ機がステップ回避、流れのまま薙ぎ払った。
爆散。
「歩兵、無事!? 貴方達の戦いはまだ終ってないわ‥‥命令はやり遂げなさい!」
ロッテが遮二無二突っ込む。雷獣を撥ね、跳躍から黒翼の天使を両断した。並ぶ小鳥。後ろにアロンソ。
前方、群の隙間に兵の姿が見えてきた。左右からは敵の勢いが失われつつある。軍KVも奮戦しているのだ。最後まで戦う。揺らがぬ意志で敵を倒す!
「アロンソ、援護お願い!」
「了か‥‥!?」
その意志を確実に持ち合せていた彼と、友軍。それを踏み躙るように敵群左翼で大きな爆発が起こった。味方KVか。認識した直後、右から襲い来る敵砲弾幕。目標は――
「アロンソさん‥‥っ!?」
着弾、爆発‥‥!
衝撃が3機を襲う。砲弾の方へロッテが駆ける。倉庫の中、怪しい窓に剣を突き入れた。
「‥‥アロンソ‥‥?」
心を抑え、ロッテが問う。次第に晴れていく粉塵。最悪の予感を振り払ってアヌビスを寄せたロッテが見たのは、
「助かった、小鳥さん」
「助かった‥‥じゃないですぅー‥‥」
破曉に庇われたバイパーの姿。安堵してロッテが空に目を向けた。
「後は‥‥」
竜が猛る。2機が飛ぶ。竜という大樹を倒さんと、2つの水流が幹を削ぐが如く。3つの飛翔体は絡み合って命を燃やす。
ファブニールが粒子砲を放てば竜が灼熱を吐き、宙華が竜翼を刻めば爪と牙が機体を砕く。宙華機の翼端、尾翼はもはや空力設計の意味を為さず、死に体に近い。
それでも竜に向かう宙華。体中から血が流れ、腕は焼け爛れた。操縦桿を握る感触さえ危うい状況で尚。
「ファブ兄、顎!」
「はぁッ‥‥!」
瞳は光を失わない。機首を上げた。
ファブニールが左急旋回、敵の右から抉り込むように突っ込む!
竜翼が機体を思いきり打ちつける。姿勢を崩すロビン。機首がブレる。ブースター最大出力、僅かに安定した瞬間、粒子砲を解き放つ!
「い、けぇええぇえええ!」
『――■■!』
直撃。竜が巨体を捻って苦しむ。眼前を通過しかけたファブニール機左翼を牙が喰い千切る。黒煙を噴くファブニール機。竜が追撃する。その竜より、上空から。
「これで‥‥終りよ!」
ダイヴしてくる宙華!
引鉄からは指を離す。一刻も早く突撃し、確実に敵を落す。ただその為だけに自機すら投げ捨てる覚悟で、宙華は操縦桿を押し倒す。
眼下100m。こちらに気付く竜。70m。体ごと振り返った竜が真っ向から宙華を迎え撃つ。20m。剣翼が煌いた。5m。敵の牙が死の光を反射して振り下ろされ――!
――フリオ、ごめん。
ああ、これは失敗する。いつも自分はぎりぎり届かないのだ。だから今回も届かなかった。これだけやったのに。これだけやったのに。これだけやったのに無理だった!
宙華が最期の瞬間を目に焼き付けんと、竜の口腔を見た。
刹那。
竜の牙が、何故か横にずれた。遅れて銃声らしきもの。急降下の勢いを乗せた剣翼が敵口腔をぶち破る。直後噛み砕かれる機体後部!
相打ち‥‥!
宙華機メメントモリと竜が絡みながら墜落していく。銃声のした方――西から百合歌、冥華、R‐01が駆けつけるが、救助は間に合わない。宙華機は意地でも竜を道連れにせんとするように黒煙に巻かれ、遂に爆散した。
「宙華さん‥‥!」
4人が絶望的な表情でそれを眺める。その、目の前で。一際大きな残骸が、地に墜ちていった。
轟‥‥!
透夜機風防をぶち破ったバグアが裂帛の気合を解き放つ!
機内計器が弾けた。席に押し付けられる透夜。強烈すぎる衝撃が一気に体力を奪う。
が。
「そうくると思っていた!」
唯一生身も対策していた透夜。連翹を手にして前蹴り、機内から吹っ飛ばした隙に躍り出る!
「既に血塗れか。最後の勝負にしては味気ないが‥‥仕方ない」
左右の連翹を突きまくる。敵が機体から滑り落ちた。穂先を下に飛び降りる透夜。横に転がって敵が刃を避ける。首跳ね起き、敵の拳が透夜の腹を抉った。同時に薙ぐ透夜。
残り数合。拳と刃から伝う互いの余力。船上、数m隔て睨み合った2人が動いた――その時。
「‥‥んな爽やかに‥‥して、たまるか‥‥地獄で‥‥詫びろぉおおお!」
「な、てめェま‥‥」
辛うじて再起動した機体を引き摺り、霞む視界で我斬が操縦桿を押し倒す!
ガァン‥‥!
「は、ざまぁ、みろ‥‥」
最後の力を振り絞った我斬機の拳がバグアの真上から降り注ぎ、敵を叩き潰す。それを見届け意識を手放す我斬。
だが、それでも。
拳の下から這い出てくる敵。頭を砕かれても戦意を失わぬ敵に透夜が迫る。弱々しい拳打を繰り出してきた敵に一種の哀れみを抱くも、透夜は
「このまま船と心中は嫌なんでな」
それをおくびにも出さず貫いた‥‥!
吐血する敵。体躯が傾ぐ。そして、爆発。
1913時。
それが、バレンシアを支配する敵の、最期だった‥‥。
<了>
夜は戦闘を一時沈静化させてくれる。
散発的な最前線の銃砲声を聞きつつ、8人は新たな指揮車で体を休めていた。
結局司令部は壊滅。大将は重体のまま後送され、さらに宙華と我斬も後送してもらっていた。軍の死傷者は半数を超え、可及的速やかな増援が必要だった。
「銅菱勲章の申請をしておきます。我々にはこれだけの働きに勲章で報いる事しかできませんが‥‥ありがとうございました‥‥!」
暫定的に軍の指揮を執る大佐が頭を下げる。冥華が珍しく、
「みんなもしょぼしょぼ装備でがんばった」
なんて褒め言葉で返した。
達成感より疲労感。完全勝利と言い難い状況に言葉も少ない。が。
「ぁ、アロンソさん‥‥私が手料理、ご馳走しますから‥‥一緒に食べましょぅー」
無理に盛り上げんとしているのか、出撃前の宙華の台詞を聴いていたか、小鳥が言い出した。ロッテが反応する。
「待ちなさい!」跳ぶように、いやむしろ跳躍してアロンソの首根っこを掴み着地した。「私が料理してあげ‥‥」
「‥‥」
じーと集中する視線、知覚力1000。とても耐え切れずロッテが膝からくずおれた。
「なんという強敵‥‥」
「で。頭突き女と毒‥‥もとい手料理女、どっちにするんだ?」
「あら楽しそう。私もまたあの人とドロドロしたいわ」
透夜に百合歌が囃し立てる。仁奈が涙を拭うフリをし、
「これからが本当の地獄やね‥‥にしても」
智久さんみたいなんがドロドロ言うとなんや怖‥‥。言い差して仁奈が口を噤む。
「あろんそ、もてあそばれるの好き? 冥華もふみつけてほしい?」
「‥‥やめて下さい」
もはや無抵抗主義な友人――アロンソを見、ファブニールが目を細める。やはり日常が1番だと。
そして「日常」の重要な要素は他に、
「そんなもんより飯だ。鴨料理でも食いに行こうぜ」
食欲全開な十蔵だった。
次第に言葉が戻る一行。空には銃砲火の影響でできた暗い雲。星は見辛い。だがその向こうには確実に夜空が広がる。
バルセロナやジブラルタル、ピレネー等、スペインも未だ戦火は絶えない。命を失った者や意識の戻らぬ者が大勢いる。だがそれでも。ここで戦った事は無駄ではないし、助かった人もいるのだ。
レコンキスタ。市民蜂起。イベリア半島の得意技だ。地道にやろうじゃないか。
そんな事を、借りてきた猫状態のアロンソは考えてみたりした――。