●リプレイ本文
『準備はどうなっていますか』
無線から聖・綾乃(
ga7770)の声が聞こえる。普段の綾乃からは想像できない冷めた声だが、それも仕方ない事だろう。今HW達を迎撃する空には2機――綾乃機と天龍寺・修羅(
ga8894)機しかいないのだから。
「すぐ私達も上がるから‥‥無茶はしないように」
『この数分こそが勝負。殺られる気は毛頭ないが、それは聞けない相談だな』
空母の甲板から応えるロッテ・ヴァステル(
ga0066)に、空の修羅。ロッテはアヌビスを幸臼・小鳥(
ga0067)機シュテルンと共に起動させた。
「なら、無茶はいいけど無謀は許さないわよ」
『解った』
「時間との戦いになる以上、無茶は避けられないでしょう」
「‥‥それを込みで、僕達傭兵の仕事だよ」
同意するティーダ(
ga7172)とウラキ(
gb4922)。冷酷な訳ではない。ただ、それをやってのけねば生き残れない。それだけだ。
真横からの波に、空母が僅かに傾いた。
晴れ渡った空。旋回していた2機が北西に機首を向ける。
『時間を稼ぎます。その間に発艦を』
『一斉砲撃はフェザーミサイルから30秒後に。俺達の姿が見えなくても、な』
『了解』
通信士の返答に満足し、速度を上げる綾乃と修羅。空母甲板ではロッテと小鳥の発進秒読みとなった。と、未だKVに乗らず考え込んでいたファブニール(
gb4785)が無線に呼びかける。
「海にも何か、ありませんでしたか?」
『‥‥北西に、一瞬。とはいえそれを気のせいにしてはいけません、ね』
「ありがとうございます」
綾乃に礼を言うや、ビーストソウルに乗り込むファブニール。それだけ空の戦力が減るのだから、誰もが1人分以上の働きを求められる。小鳥がこくと唾を飲んだ時、三島玲奈(
ga3848)が努めて明るく言い放った。
「安心しときー。この私がどーんと控えてんだから!」
搭乗前に小鳥が見たところによると、今の玲奈はブルマ着用だ。それが頭を掠めて苦笑しか出ないが、余計な力が抜けた事も確かだった。
「aller a la chasse――小鳥、狩られないようにね」
「ぅー、ロッテさんと一緒なら‥‥そんな事‥‥ないですぅっ」
軽口を叩きながらも甲板上で兵士が腕を振ったのを見逃さない。瞬間、ロッテと小鳥はペダルを踏み込み轟音を発して飛び立っていく。
同時に。
空では、今や完全にモニタに捉えたHWに向かって綾乃と修羅が突撃していた。
●60second
ティーダ機アンジェリカとウラキ機N・ロジーナが甲板で準備を待ち続ける。上空には軌跡を残して北西に翔る2機と、ターンして戦場に赴く2機の姿。
計器を確かめ、時計を見る。10秒と経っていない。時が長すぎた。
「僕は一旦艦尾から海に潜ります。何かあれば‥‥」
「ああ、ファブニール。支援は任せてくれ」
同小隊ならではの信頼感でウラキが返した時。
北西の空に、大量の白煙が舞った。
「誰一人奪わせはしない‥‥」
距離100。敵攻撃はない。修羅に合せて綾乃がロケランのスイッチを押す。白煙が一直線に伸び、不意を突かれたHWに直撃した。と同時に綾乃の視界いっぱいに撒き散らされるフェザーミサイル群!
「敵編隊に乱れを確認。Angie‥‥!」
「さて。行こうか」
30秒。
360°のミサイルが一斉に前に突き進む。白煙に呑まれた。敵の姿も定かでないその中を、2機はブーストして駆け抜ける。綾乃の放った滑空砲が白煙に消える。修羅の黒猫ミサイルが白煙を増やす。手応え。前方に黒煙が混じった。今のうちに敵後方へ抜ければ全て成功する。そう確信した刹那、
「っ、敵え‥‥!?」
綾乃機の真横を、何かが通り過ぎた気がした‥‥!
20秒。
さらに敵フェザー砲らしき紫色光線が相次いで2人を襲う。衝撃に軌道がブレた。白煙を抜ける。目前にCW。ともあれこれを叩かねば。
綾乃が滑空砲の引鉄を引くや、1秒と経たず着弾した。2発目で爆発。その爆発を横目に修羅機が旋回する。機関銃が流れるように敵に吸い込まれ、次いで綾乃機から光線が放たれた。
その威力を減じられるのは承知の上。その上で、どれだけ効くか。それで残るCWの数が解るかもしれない。
光線が敵を貫き、爆発を起こす。素早く見回す。CWの姿はない。
10秒。
「急降下で‥‥っ」
2機に幾筋もの光線が降り注ぐ。右翼を、尾翼を貫かれる綾乃機。修羅は翼という翼がイカレた。制御できない。意地でスライスバック、機関銃をHWに浴びせかける。ロールと旋回で体勢を立て直した綾乃が、白煙から抜け出ているHWの側面に突っ込んだ。
5秒。
「『奪うモノ』はこの『槍』が貫く!」
一閃。のち、急降下。白煙が晴れてきた。そして見上げる、が、しかし。
2、1。
「! 半分しかHWが残ってない‥‥!」
あくまで敵の目標は艦隊。なれば残る半分は。
『ッテェ!!!!』
綾乃、修羅の焦燥感と裏腹に、艦隊一斉砲撃が開始された‥‥!
ロッテと小鳥の機体が交差する。一瞬にして離れるや、両側からHWに銃弾を浴びせかけた。命中。先頭の速度が緩んだ隙に再度2人が交錯する。交わる点は、HW。
「煩わしいのよ‥‥墜ちなさい!」
2機の剣翼が縦と横に敵を斬り裂く。大破。最期の意地か、先頭はフェザー砲を小鳥機に放ち、黒煙を上げて墜落した。駆逐艦に程近い海面にぶつかり、水柱を上げて粉々となる。
迎撃場所が艦隊に近すぎる。ロッテが押し返そうとするが、その時には他のHW3機が突撃してきていた。
「艦を‥‥ッ」
「まだCWが‥‥でもぉっ」
小鳥が意を決して一際大きいスイッチを押す。ふわっと一気に軽くなった感覚。
刹那K‐02の華が咲き誇り。同時に一斉砲撃が2人とHW3機を掠めて北西に飛んだ。
●120second
海が震える。水が伝える鈍い衝撃を機体で感じ、ファブニールは上を見た。
光が海中に進入し、次第に力を失っていく揺らめき。ある種幻想的な空間を背負い、ビーストソウルが深度ギリギリを進む。
「‥‥空と海の襲撃。セオリー、か」
北西。耳が痛くなる孤独の中、ファブニールは蠢く黒点を発見した。
艦隊への速攻の為か、敵はかなり浅い。敵深度約60。正体を見極めるべく、深さを維持して近付く。400m。300m。鮫1とゴーレム2を視認する。
「爆雷要請。深度――」
ファブニールが通信しつつ戻りかけたその時。
ほんの僅か。操縦桿を倒しすぎてしまった。俄かにスクリューが回転しだす。その音が、敵にまで伝わった。速度を上げる敵。頭上通過。このままでは向こうが先に艦隊に着く‥‥!
「く‥‥! ッ気付かれました、早く爆雷を!!」
苦し紛れに放った対潜ミサイルが、泡の道を残して敵前方で破裂した。
けたたましい音を立てて発射される銃砲火!
北西の空に飛んで数秒、一瞬の空白を挟んでパッと光が生まれた。爆発音と爆風が空母にまで届き、眩い光が世界を一瞬白くする。
『命中! これより我々は回避行動に‥‥!』
「離艦する。乱流に警戒‥‥頼むよマスタング。ファブニールが待ってるんだ」
通信士の声を聞く間すら惜しみ、ウラキとティーダがブーストして空へ舞い上がる。甲板に1機残った玲奈がそれをクールに見送ろうとした時。
一条のプロトン砲が水柱を作り、別の一条が輸送艦を直撃した。
「っ水芸はド派手にすればいいもんじゃない‥‥!」
「積んだ甲斐があったね」
「投下後、私はHWの掃討に加わります。ウラキさんは‥‥」
「ああ。僕は艦を護る」
海面間近を滑空する2機。ウラキが言い差した時、背後の輸送艦が敵光線の直撃を受けて盛大に沈んでいった。モニタに映る救命ボートが、波にさらわれ転覆する。
歯噛みして海面に目を戻すウラキ。真上から紫色光が降り注ぐ。前方で舞い上がった水柱が風防に落ちる。ティーダはループの要領で機首を持ち上げるや、G放電のスイッチを押した。苛烈な知覚力が1機を縛り付ける。
「これでは‥‥正確に‥‥!」
ウラキの呻きを聞いたが如く、放電を逃れたHW2機が急降下してくる。海面を気にしつつロール。そして敵機と距離を測ろうとした刹那、
「貴方達は急いで爆雷を」HWを追って降下するロッテが「小鳥、近場を片付けるわよ!」
剣翼で敵を斬りつけながら軌道に割り込むと同時に、上空から放たれた小鳥のK‐02が2機のHWに殺到する。その隙を突き。
「今です!」「投下、投下! ファブニール、巻き込まれるなよ?」
2つの爆雷が、まさに海中を驀進する敵の進路上に放たれた‥‥!
海に進出する異物。その確かな投下位置に、全力で敵を追うファブニールは快哉を挙げた。深度はこちらが圧倒的に深い。ならば影響は少ない筈。ペダルを踏み続ける。
コマ送りの如き光景が続く。進む自分。落ちてくる爆雷。避けようもなくそれに突っ込む敵。爆発的な水蒸気が敵を覆う。水が一気に巻き上げられる錯覚。
そして衝撃と爆発音がこちらに届いた瞬間、光景は2倍速に変わった。
有無を言わさぬ爆雷の余波が敵を白く覆ううちに、ファブニールは艦隊への先回りに成功する。振り返り、ガウスガンを泡の方へ早速ぶっ放す。
「絶対、近づけさせない!」
「私達など標的ではない、と‥‥」
種々の銃砲弾が炸裂する。轟音と煙が支配するそこの真下をすり抜けつつ、綾乃の瞳がすっと剣呑な光を帯びた。すかさず修羅機は上方ターン、煙も収まらぬ戦域へボロボロの機体で舞い戻る。
「俺達の仕事は艦隊に敵を近づかせない事。それに変わりは、ない」
「了か‥‥っ!」
頷いて同じく機首を上げ、綾乃は思い出す。修羅機の損傷具合を。しかし。
ここは引き受ける。そう告げる暇もない。晴れてきた煙からHWが飛び出してきた。急降下しながら撃ってくる光線を修羅はロールして回避、交差の直前に誘導弾を発射する。
「待って下さい、ここは私‥‥」
「ここで叩かねば差し込まれるだけだ」
修羅の誘導弾で中破するHW。綾乃の2条の光が引導を渡した。その間にも修羅は上昇し続ける。微かに黒煙を噴くHW3機は艦隊へ行かず、待ち受ける。修羅が残数少ない誘導弾を放った。
「‥‥なに」1機に命中。機関銃に切り替え1連射。艦隊方向へ操縦桿を引いた。「女神の加護がある」
敵光線が修羅に集中する。綾乃が全力で追従しながら敵にレーザーを浴びせる。だが間に合わない。敵フェザー砲は無情にも修羅機を後ろからまともに貫き、不死鳥を墜とした。
「天龍寺さんっ!」
綾乃は3機に突撃しつつ、その爆発をモニタで見届ける。剣翼が1機を中破させた。その時、爆発の中で無事射出されていく黒い物を視界端に捉え、一応安堵する綾乃。だが今度は自分と艦隊が矢面に曝される番だった。
修羅が即座に攻撃したからこそ敵はここに留まった。しかし1機では足止めも難しい。左右から自分を抜けようと動き出したHWに、操縦桿をぎりと握り締めた瞬間。
「待ちかねた出番がキタで。リリーフエースのお出ましや!」
最後に離艦した玲奈が、中破していたHWに遠距離から銃弾を叩き込んだ‥‥!
●180second
いち早く立ち直ったメガロがファブニールに突進してくる。それを人型で受け止めたファブニールは、水中で巧みに機体を操り膝蹴り、僅かにできた隙間に合せて粒子爪を突き上げた。腹を抉る感触。よく見ると敵は背のヒレから尾にかけて火傷のように削れている。
――イケる。でも‥‥!
いつの間にか体勢を整えたゴーレム2機が、急加速して抜けていく。それに気を取られたと同時に、鮫の強靭な牙に左腕部を砕かれた。弾かれる。反動に合せて爪を振るった。
漏電、爆発。残るは爆雷2発で小破しているだろうゴーレム2機。空母へ向かった敵へ振り返ったその時、海上からの砲弾が海に降ってきた。
「穴が空いたら艦は沈む。やらせる訳にはいかないね」
それは、艦首に近い甲板端から海面に撃ち続けるウラキの砲弾。安定しない体勢で、ウラキは正確に敵近辺を狙い撃つ。
「ファブニール、片付けようか」
「はい! 鋼鉄の砲手達の力、見せてやりましょう!」
思いもよらぬ迎撃に、ゴーレム達の動きが乱れる。その間隙を突き接近するファブニール。海中で機体が煌く。粒子爪一閃。敵が腕に仕込んだ銃を向けるが、それをウラキの銃弾が遮る。海面間際とはいえ海上と海中においてこの連携。信頼の強さだった。
「ただ群れただけなら小隊とは呼ばない‥‥」
ウラキの援護を受けファブニールが1体を穿つ。爆発。泡に紛れ、もう1体へ突撃した。
「個を昇華させるから、それで大きな盾と矛になれるから小隊なんだ!」
喫水線から上に上り始めていた敵の下半身を爪で掴む!
砲撃砲撃砲撃。
そうして動きを封じられた敵を、ウラキの砲弾が貫いた。
「天下無敵のリニア砲、喰らえ!」
「‥‥挟撃します」
玲奈のリニア砲が鈍い音を響かせ、綾乃の脇を抜けたHWに直撃する。爆煙に包まれたそこに急上昇していくティーダ機。螺旋を描いて急接近、輝く機体から粒子砲を解き放った。煙を貫く光線。直後、大爆発。
「前を飛ぶ敵は、悉く焼き払ってあげましょう」
爆発の黒煙に突入し、一瞬で抜けながら独りごちるティーダ。その絵になる飛行に玲奈は直交する形で歓声をあげた。
残りHW2機。綾乃機の周りを回るようにして玲奈が敵後尾につける。猛烈な噴射で高度を上げたティーダは右翼を下に曲がりながら、今度は敵に急降下を仕掛ける。2人を無視して艦隊に向かう敵。遠距離からプロトン砲が放たれた。駆逐艦の艦首に命中。もう1条が輸送艦に伸びていき――
「これ以上の狼藉、許さないわ」
ブースト全開。驚異的機動で射線に割り込んだロッテ機の腹に、ぶち当たった‥‥!
「‥‥、小鳥!」
「ロッテさんの‥‥仇ですぅっ」
「勝手に殺さない」
小鳥のスラスターライフルに合せてロッテも即座に引鉄を引く。HW下部に命中。
「‥‥それとも、死んでほしいのかしら?」
からかい半分にあり得ない事を言うと、小鳥の泣きそうな声が聞こえた。心なしか微笑して唇を舐め操縦桿を引く。
「玲奈、ティーダ。一気に決めるわよ!」
「玲奈颪が吹くで!」
前後から敵を追い詰める4機。
フェザー砲を掠めつつ反撃する小鳥機を見、綾乃は一息ついた。傷ついた翼が痛々しい。
「では私は天龍寺さん回収補助と後詰に回ります‥‥」
降下していく綾乃。
4vs2。
ロッテと小鳥による正面からの銃撃を敵が躱し、受けた瞬間、後方の玲奈とティーダが引鉄を引いた。D‐02が敵を穿ち、体勢の崩れたそこを荷電粒子砲が突き抜ける。1射2射。ティーダ機Frauの翼が白銀に輝き、ロールと光線の軌跡を残す。
そして。10秒と経たず2つの炎が空に弾けた。
「母なる海に抱かれて眠りなさい‥‥ラ・ソメイユ・ぺジーブル」
散り行く破片が陽光に煌く。ロッテは旋回して艦隊を見下ろす。
輸送艦1隻を失い、駆逐艦1隻は小破。緊急事態だった事を考えると上々の首尾だろうが、人は死に、物資の一部は沈んだ。
空母に引き上げられる修羅と波間を漂う輸送艦の欠片を眺め、傭兵達は、今まで辛酸を舐めさせられてきた仇敵を討伐するこの一大作戦への決意を新たにした。
<了>