タイトル:砂礫の貴族娘マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/20 02:20

●オープニング本文


 真夜中に瓦礫の轟音が鳴り響く。獰猛な唸り声が人の身を震え上がらせる。
 数刻前まで人だった塊がそこかしこに散乱して紅いものを垂れ流す。魔獣はそれを我が物顔でかっ喰らい、しかしその最中でも未だ生き残っている獲物の気配にまで意識を向ける。
 死屍累々。地獄絵図。
 0100時という、襲われた時間が悪かった。10体前後の魔獣に襲撃されたその町は、1時間経たずして廃墟と化していた。
「‥‥やっぱり、ダメ。傭兵じゃないと復讐じゃないよね‥‥」
 頼りなく明滅する街灯が、惨劇を仄暗く照らす。ぐちゃぐちゃと生々しい音が連鎖するその中で、少女は高揚する事もない胸に手を当て、肩を落とした。
「かえろ。今度は傭兵に会わないと‥‥」
 独りごち、ゆっくり北西へ歩いていく少女。
 その光景を、納屋にある藁の山に隠れた少年は、虚ろな瞳でじっと眺めていた。

 ◆◆◆◆◆

「町が、襲われた?」
「はぁ、そのようで」
 0300時。真夜中にもたらされた情報に、起き抜けのリィカ・トローレ(gz0201)――ヒメは頭を振って確認した。
「少なくとも30分前には既に襲撃後だったそうです」
「ギリシアの前線に近いとはいえ、突然襲われる?」
「自分は通信を聞いただけですので‥‥。上は急ぎ調査班等を考えているようですが、場所が場所ですので、おいそれと正規兵を出すわけにいかず、と時間がかかっているようでして」
 頼りないくせに、妙に上層部の考察をしたがる兵卒に軽く礼を述べ、ヒメは爺やを呼ぶ。1人となった幕舎で、ヒメは早くも準備を整えていた。アリスパック1つ。銃と対車輌用地雷――もとい「散弾」は車の中。あとは出発するだけだ。
「爺や!」
「は。軍に先行して調査ですな」
 勢いよく幕舎を出て車――カブト虫に乗り込んだ。
「正規軍が行くにしても傭兵に頼むにしても、その間に手がかりが消えるかもしれない。なら、身軽な私が行ってた方がいいに決まってる」

 月も見えぬ夜。車を飛ばして1時間弱。町は、砂埃と瓦礫の集積場と成り果てていた。
 納屋や一般家屋の壁が一部残っていたり、歩道らしきレンガが足元に見え隠れしたりするおかげで辛うじて「町だった」と分かるものの、昏い感情をぶつけたような容赦ない破壊。まだ生暖かい血臭が辺りに漂う。
「誰か、いる?」
 ヒメが意を決して呼びかけてみる。道路脇の無残な肉塊を見ないように。
「誰か。いたらここで何があったか教えてほし‥‥」
 言い差した時、左手――西の奥まった所で微かな音がした、気がした。比較的形を保っている一帯。
 ヒメと老執事がそちらへ向かう。焼けてはいない事から火を噴いたりはしていないようだが、逆に言えば純粋な破壊のみでここまでするのはかなり強靭且つ素早いキメラでなければ難しそうに感じる。
「‥‥生き残ってる人がいるなら、返事して」
 ヒメが問いかける。
 1分はあっただろう。少しずつ、がさがさと音を立てて納屋からふらりと覚束ない足取りで現れたのは、焦点の定まらぬ目をした少年だった。

●参加者一覧

九十九 嵐導(ga0051
26歳・♂・SN
ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
ユウ・エメルスン(ga7691
18歳・♂・FT
風羽・シン(ga8190
28歳・♂・PN
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA

●リプレイ本文

 夜の静寂を3台の車が切り裂いていく。緊急の調査隊として破壊されたらしい町に赴く傭兵。駆けつけならぬ起き抜け1杯と翠の肥満(ga2348)が運転しながら牛乳を飲み干すと、車が左右に揺れた。
「‥‥やめてくれ」
「ム。いい事を聞いた。車は苦手、と」
 後部座席のユウ・エメルスン(ga7691)の声に、心なしかニヤリと口角を上げる翠である。ロッテ・ヴァステル(ga0066)はそれを無線の向こうで聞き
「‥‥いつも、いつまでも変わらないわね、グリーン‥‥」
「な、心外な! 僕は掴み所の無い柳の如きミルクマンだというに」
 一層処置なしと首を振った。
「しっかしまぁ」
 幸臼・小鳥(ga0067)のジーザリオに同乗する風羽・シン(ga8190)が、地図を弄りながらしみじみと。
「相も変わらず鉄砲玉みてぇにすっ飛んで行くお嬢だな、全く」
 地図を借りる折に軍から聞いた話、リィカ――ヒメが先行してしまっているらしいのだ。植松・カルマ(ga8288)車に乗る九十九 嵐導(ga0051)がシンの言葉に頷いた。
「襲撃直後。深夜。何もなければいいが」
「ですねぇ‥‥嫌な予感が‥‥しますぅー」
「大丈夫っしょ。ヒメさんだし。俺駆けつけるし。つーか全幅の信頼? マジ信じてる俺ヤバくね!?」
「‥‥で、何者なんだその『ヒメサン』ってのは。先行偵察して、鉄砲玉とか言われて」
 今回唯一面識のない龍深城・我斬(ga8283)が、同乗の翠とユウの方を向いて言うと、異口同音に返ってきた。
 猪突猛進娘。
「金持ちってのがまた手に負えない」
 嘆息してシンが付け加えたその時。雑音だらけの無線から、高い声が聞こえてきた。
『‥‥メラ残党‥‥。こち‥‥至急‥‥!』
 一気に緊張感が高まる。
 無線が繋がるという事は比較的近い。しかもこの時間。「残党」。十中八九、件の町だ。判断した瞬間、カルマは猛然とアクセルを踏み込んだ。
「ハローハロー。こちら貴女の俺ッス。どこからともなく現れる運命の紳士がすぐ行くッスよぉ‥‥!」
 凸凹の道路を跳ぶように走る。光芒が未明のギリシアを気味悪く照らす。遠く、微かに倒壊した建物らしき影が見えた。それを認識するや、制御できぬ激情が我斬の精神を襲う。
 ――壊された、町‥‥!
 車の振動が体を伝う。内奥で滾る力の奔流を呼び覚ますが如き、熱き振動が――。

●流動する戦場
「ヒッドいやられ方だな、こりゃ‥‥」
 徐行しつつ町らしき瓦礫の影を眺め、翠。3台の車が町に近づくにつれ、奥の方から急ブレーキ、あるいは急発進の音が響いてきた。
「こちら翠の肥満。町に南西から入りますが、こっちに来る余裕はありそうですかね?」
『‥‥解。うちの爺やを‥‥いで』
 カルマ車の窓から嵐導が乗り出し、照明弾を上げる。
 宵闇に上がった眩しい光が無残な光景を浮かび上がらせた。
 顔を背ける小鳥の髪を、ロッテが撫でる。
「一晩にして此処まで、とはね」
「‥‥胸糞悪い惨状だ」
 シートの背を叩く我斬。
 一方でシンが
「しかしこうなると車内で応戦も考えられる。なら飛び道具は専門じゃねぇ俺が運転し‥‥」
 運転席の小鳥に言い差した時、遥か前方から瓦礫の間を抜け、光芒がやって来た。光の周りに、跳ねるキメラを引き連れて。
「拙いな‥‥!」
「残念ながら、時間が許してくれそうにないわね」
 蛇行と急加速を繰り返して近づいてくる光芒。シンは舌打ちして銃に持ち替える。
 瞬間、銃声。空に向けた我斬の特殊銃が火を噴き、僅かに敵味方の注意を引き付けた。その隙にヒメのカブト虫が傭兵達の車の間を抜けていく。
「ヒメさんの後ろは俺が守るッス!」
 それに追従する形でカルマは車を反転、今来た道を引き返す。まずはヒメ達の安全を確保する。それがこの襲撃の情報を得る上で役に立つ筈。
「そっちは任せたわ。私達は‥‥」
 ロッテ達の車が町の探索に出ようとする、が。
 分散した剣牙虎が、傭兵達の車に襲い掛かってきた‥‥!

 車内から一気に飛び出すロッテ。漆黒の銃を片手に、跳んだ。すらりと伸びる肢体を宙に踊らせ前宙の頂点でぶっ放す。
「虚無に堕ちなさい」
 黒い空間が敵を包む。同時に敵背後へ着地、回し蹴りで敵を崩し至近から2連射した。さらにシンの散弾が左後脚を穿つ。それを見届けシンは自らも車外に出る。
「流石に俺達相手に分散すんのは舐めすぎじゃねぇか?」
 両の小太刀が暁前の微かな光を反射する。
 が、刹那、痛めた脚を物ともせず敵が動いた。独立した生物の如き尾が突如ロッテの脇腹を抉るや、そのまま本体はシンに飛び掛る。
『――■■!』
 獰猛な雄叫びがシンを一瞬縛る。牙を左の刀で受けた。衝撃を殺しきれない。敵爪がシンを引き裂かんとした時、運転席から抜けた小鳥の拳銃が前脚を撃ち抜く。
「動きは止めますので‥‥今のうちにぃっ」
「すまん!」
「行くわよ小鳥!」
 位置的に想定した状態ではないが、そのまま畳み掛けんとロッテが目配せする。小鳥が首肯した瞬間、2人は敵の左右から突っ込んだ。
 近接直前、ロッテが引鉄を引く。不気味な黒点が敵の腹を抉った。凶爪が伸びる。無意識に体が動く。跳躍して敵後方に方向転換。それを敵が眼で追った隙に反対から小鳥が潜り込む!
「全力全開‥‥ですぅ!」
 銃声銃声、零距離射撃が敵の頤から頭蓋に解き放たれる。が。
 甲高い音と共に、口腔へ侵入した銃弾が牙に受け止められた‥‥!
「にゃっ!?」
 小鳥が退くより早く、爪牙の連撃が襲う。胸から腹の服が千切れ、血が噴き出た。ロッテとシンが素早く敵に詰め寄る。それらを受け、なお猛る虎。シンが後脚を斬りつける。跳び退って虎がシンと向き合う。
 沈黙。
 と、敵は憎々しげに吼えるや、北西へ逃げていった。
「どうする」
「かなりの損傷は与えた筈‥‥なら、私達は本来の目的を果たした方がいいわね」
 葬れないのは残念だけど。ロッテが独りごちた。

「っ、できるだけ回避はやめてくれ‥‥」
「そりゃ無理な相談です」弱音を吐くユウに、翠がにべも無く答える。「僕の愛車ァ傷つけられちゃたまらん!」
 片手で車を操りながら、器用にライフルを窓枠に固定してぶっ放す。横から迫りかけた虎が体勢を崩す。そこに我斬とユウの追撃が入った。
 加速する。やや離れて前方にカルマ車。そちらにも虎が張り付いているのが見える。やはり初っ端で敵速度を殺ぐ用意がなかったのが拙かったか。主に対応すべき翠達が出遅れる結果となってしまった。が。
「ッ、お前らが、あの惨状に一役買った奴か!!」
 車に追い縋る敵を眺めるうち、我斬は我知らず叫んでいた。そのまま普段では考えられぬ連射。銃声。再装填、銃声。翠の歓声が上がった。
「いやはや熱血‥‥」「悪いが、今日ばかりはその軽口やめてくれ」
「‥‥俺も、車内じゃなければスルーするだけなんだけどな」
 同乗2人から拒絶される翠である。
「フムン。なら僕も、やりますか」
 今度は真後ろから車に飛びつこうとした敵を、一瞬のハンドル捌きで右に躱す。ユウが後部扉を開け放して撃った。後ろに流れゆく地面が妙に近く感じ、即座に閉めるユウ。
 それを確認するや、翠はアクセルを踏み込む。みるみるカルマ車との距離が縮まり、2台と2頭が合流する形になった。
「先に前へ行って下さい。こいつらは僕達が」
『了解ッス!』
 前後を虎に挟まれ、走行する翠。彼らは窓という窓から銃を乱射し続ける‥‥!

「ヒメさんはずっと先で待ってて下さいッス。ここは紳士たる俺が‥‥」
 翠に場を譲って暫く、カルマはランドクラウンで道を塞ぐように停車させた。
「奴らに止め刺すしかないっしょ」
「敵が見えたら閃光弾で機先を制しよう。と同時に、速攻だ」
『こちらも了解』
 無線から翠の声。
 車から降り、2人が並び立つ。荒れた舗装道路の感触がカルマにとって心地良い。また数本とはいえ木々で見辛いカーブの出口なら速度も遅い筈。
 激しいエンジン音が聞こえ、それが次第に近くなってくる。嵐導が閃光弾のピンを抜いた。光芒が木々の隙間から見えてきた。閃光弾をすぐそこに転がす。カルマが両腕で顔を覆いつつ前を見据える。そして。
 眼前に翠の車が出現した瞬間、音と光が爆発した。

「ッらァ!!」
 僅かに足の止まった左の敵へ、閃光から数秒と経たずカルマが袈裟に振り下ろす!
 鋼鉄の如き頭蓋が刃を受け止めた。だが効いている。純粋な力勝負だ。カルマが間髪入れず薙ぎに転換、二段撃からの刺突を繰り出す。
 咆哮と共に虎の体当り。受け、さらに爪を柄で止めた。そこに敵背後からユウが銃撃する。3連射。敵の背の中心にめり込んだ。軌道の逸れた爪をしゃがんで躱し、カルマが下から斬り上げ、下ろす。
「粋がってんじゃねェよカス!」
「‥‥ま、車上じゃなければこの程度か‥‥」
 ユウも左の銃を撃ちながら接近、尾を断つ勢いで雲隠を一閃した。敵の反撃。半身引くが敵の尾が体を追尾してくる。腹部に深々刺さる。しかしユウは銃を捨てた左手でそれを掴んだ。
「やれ‥‥!」
「オイシイトコ」小跳躍、カルマが逆手に持った剣を突き刺す!「あざーッス」
 鈍い感触。耳の下から入り込んだ刃が首へ抜け、脳漿を掻き出した。

 角の生えた虎が眩さに首を振る。そこに真正面から嵐導が引鉄を引いた。銃身に固定した懐中電灯が光の筋を示し、それをなぞって弾丸が飛ぶ。
 敵の眼の横が切れる。が、敵はそれだけでアタリをつけこちらへ向かってきた。光があれば見やすい反面、逆に狙われやすくもなる。
 嵐導が横転して移動。それすら追って爪が伸び――
「ようやく本業に集中できる」
 降車した翠が、正確に脚を撃ち抜いた。ついで勢いよく降りた我斬は1回発砲して乱暴に弾倉を投げ捨てるや、特殊剣を構え駆け出した。
「お前らが‥‥」
 腰だめから膂力に任せて振り回す。遠心力の乗った剣が豪快に薙ぎ払われた。尾を両断。片方を道路に刺し、そこを支点に位置調整。刃を抜きながら踏み込むや、今度は縦に斬り下ろした。
「お前らが、やったんだろ!」
 我斬の激情に嵐導と翠は驚きつつ銃口を合せ、撃つ。確実に体力は削っているが、ライフル連射ではこの虎の強靭な肉体は止まらない。間近の我斬に角を向ける虎。腹を庇って右の掌を貫かれた。だが我斬は傷の熱さをどこかに追いやり敵の首に剣を突き立てる!
「ッ、今日の俺は、虫の居所が、悪ィぞぉおお!!」
 幾度となく。貫き、抜き、抉り、拡げる。脳裏に焼き付いて離れぬ故郷の崩壊。あの無力だった自分を殺すように、刺し続ける。
 耳元から聞こえる咆哮が弱くなった。喰いつかれた右肩がゴリ、と嫌な音を立て砕ける。
 急ぎ嵐導と翠の猛烈な射撃が敵急所に集中する。そして。
『――■■!』
 細い鳴き声を上げ、虎は地に沈んだ。
 膝をつく我斬。途切れがちな息を深く吐いた。
「‥‥嫌な事、思い出させ、やがって」

●手掛かり
 瓦礫の町をロッテらが歩く。執拗に攻撃したかのように粉砕された建物や街路樹が散見できた。その1つに近づき、ロッテは折れた樹に触れる。
「何故、此処まで。獣の本能だけで‥‥?」
 自然界において敵対した群相手ならやるかもしれない。が、町自体を壊すという点から見ても人間の指揮官の存在を疑う方が普通ではないか。
「気をつけて‥‥下さぃー。他にも残党がいる可能性が‥‥ありますしぃ」
「ま、この編成なら余程の敵じゃねぇ限りなんとかなるだろ」
 楽観的にシンが述べた直後、前方、2時方向から微かな物音が聞こえた。瞬間的に構える3人。ロッテとシンがゆっくりそちらに接近する。
「性懲りもなく、人語も解さぬ獣かしら?」
 慎重に言葉を投げかけると、今度は瓦礫の下からはっきりと子供の泣き声が聞こえてきた。警戒を解いて3人が掘り起こす。
 汗が伝う。小鳥は砂埃の付いた手で顔の汗を拭う。砂利の味がした。
 5分程して瓦礫を除くと、そこには、子供を胸の下に隠して伏せる女性がいた。
「っ‥‥」
 そして女性の周りに溜まった、紅いもの。今子供の声を聞いたのだから、女性は‥‥。
「さ、来て‥‥」
「アー、アー」
 ロッテが手を差し伸べるも、訳も解らず喚く子供。小鳥は血だまりに入り、膝をついて抱き締めた。生暖かい雫が小鳥の心まで侵食するようで。
「‥‥」
「助けられなかった命。救った命。救いたい命。単純に秤にかけられないけど。それでも」
 ――二度と目の前で失わせない。だから。
 ロッテが優しく小鳥の髪を撫でる。唯一無二の娘を慈しむように。
「ぅー‥‥っ」
「まぁ何だ、母娘みてぇだな」
 敢えて空気を読まずに言うシン。その意図を察し、ロッテも少し声を高く答えた。
「いえ、本人はペットになりたいそうよ」
「ふぇ、ち、違ぁ‥‥」
 潤んだ瞳で反論する小鳥。
 ともあれこの惨劇を起こした者を倒さねば。小鳥は小さな命をかき抱いた。

「ゼリー、いらないか? テオ」
 探索班と長時間離れるのも拙いと車で町の入口に戻りつつ、嵐導が少年に話しかける。
 水は飲んでくれた。名前も解った。ただそれ以上踏み込めない。俯いた少年――テオの顔はあまりに虚ろだった。
「そう、だな。俺は昔森に遊んでもらってたんだが。テオは好きな事とかあるか?」
「‥‥サッカー」
「なら、落ち着いたらやるか?」
「人いないし」
「人など皆集まる。だが言っておく。俺は上手いと思うな!」
「‥‥」
「お、やっと少し表情が出てきたか」
 意外と話せる嵐導である。

 町に着く。翠達の車の扉が開き、3人は外に出た。夜明け間近の空を眺め深呼吸するが、血と瓦礫の嫌な臭いは変わらず。至近に転がっていた遺体を、我斬が労るように物陰に移した。
「あークソ‥‥さっきの牛乳戻しそうだ」
「だが何でこんなどうでもよさそうな場所を襲いやがったんだ?」
 ふとユウが呟いた言葉に、翠も同意する。憂さ晴らしか何かにしか思えない。そんな2人に、我斬は持っていた瓦礫を握り潰して言う。
「そんな事、知るか。俺は赦さん。それだけだ」
「ま、そうですな。ところで男の子からは何か聞き出せましたかね?」
 翠が苦笑して頷き、話題を変える。カルマ車に寄って覗いてみるとそこには。
「大成功じゃねッスか、お絵描き作戦!」
「口に出せなくても絵なら、と思ってな」
 嵐導の肩を叩くカルマと、テオの持つ妙な落書き、そして思案に耽る嵐導とヒメがいた。
「お前はマジ戦った。お前のおかげで敵潰せるかもしれねェ。よく思い出してくれた、お前マジパネェよ」
 その絵には先程の剣牙虎と、妙な少女が描かれていた。嗤う少女。指揮官だろうか。さらに訊くと、その女は北西の方に歩いていったのだそうだ。
「ギリシア北西に、親バグア派?」
 人間相手なら自分も何かができる筈。また彼らの考え方を知りたくもある。探してみるか。
 黙りこんだヒメに、嫌な予感しかないカルマだ。
「‥‥ん?」
 その時、ユウが思い出した。
「この絵の女。あの女か‥‥?」
 同じギリシアで出会った、復讐の少女の存在を‥‥。

<了>