●リプレイ本文
野次馬がざわめく。今や賑やかになり果てた細道で、杠葉 凛生(
gb6638)は口を開く。
「通報者は誰だ?」
野次馬はやはり首を横に振るだけ。
事前にオペレータに聞いた話では、声変わり前の少年が風邪を引いたような声だったそうだ。一応本人確認できればと思ったのだが。
「だから俺傭兵だっつってっしょ。町で今大騒ぎのアレ。野次馬整理手伝って欲しいんスよ」
「はい、念の為お願いします。この密集地での火災は大変ですから」
思案する凛生の横で植松・カルマ(
ga8288)とファブニール(
gb4785)が警察と消防に連絡する。ファブニールの方は簡単に話が通るが、カルマの方は電話を受けた警官と口論になっているらしい。
「何で俺が不審なんだ‥‥スか! マジお前じゃ話なんねェから誰か替わってくんねッスか?!」
『何‥‥憲に楯突‥‥! 貴様‥‥喋り‥‥金髪舌ピアスが目に浮‥‥!』
「はァ? マジ訳わかんねー!」
堅物警官とは全く相性の悪いカルマである。
「‥‥‥‥」
ノイズに負けず署長に繋げと怒鳴るそのカルマの後姿をじっと見つめる織那 夢(
gb4073)。携帯を持つ彼の手の甲の紋様に触りたくなるが、やめる。
「そうッス! とりま10人位でいいんで!」
漸く話がつき、乱暴に携帯を仕舞うカルマを、まだ夢は見る。
――とり、ま?
訊いてみようと近付くが、その途端別の話が始まった。
「これが罠としてだ。以前この辺りで親バグア派を直接見た者としてはどう思う?」
と月影・透夜(
ga1806)。同小隊の強みか、ロッテ・ヴァステル(
ga0066)と幸臼・小鳥(
ga0067)がすぐに思考を進める。
「あの時見た子だとすると‥‥近くで覗いてるのでは‥‥ないかとぉ」
「準備万端なのは確実ね‥‥」
2人に相槌を打つカルマ。一方でぶんぶんと否定する桃色鳥――いや火絵 楓(
gb0095)。違う見方でもあるのかとロッテが促すと、楓は全力で透夜に「解ってるゼ☆」などとウインクした。
「皆ちがぁう、その女の子はかぁいかったのかにゃ〜って訊いてるんだよ!」
‥‥。
「んじゃ行くッスか。正面から?」
華麗にスルーされる楓だ。
凛生がリボルバーに込めた弾を確認しながら。
「考えてばかりでも事態は変わらんからな。細心の注意で大胆に動かねば」
「ぁ、私、閃光弾、持ってます‥‥っ」
「何があるか解らない。気をつけろよ」
夢に加えてカルマが閃光弾を手に洋館入口に近付くや、扉の隙間に投擲した。消防と警察のサイレンがやっと聞こえてくる。突入直前。弥が上にも緊張は高まる。
「さって! 今日もハピハピ笑顔で世界征服だよ♪」
無視から復活した楓が張り詰めた空気を裂くように叫んだ直後、内部で閃光弾が破裂して。
「突入!」
内部班が飛び込んだ。
内部班:ロッテ 小鳥 夢/透夜 楓 凛生
外部班:カルマ ファブニール
●罠
勢いよく突入した音が反響する。肌を刺す殺気と死臭。
床には絨毯の道が敷かれ、大階段の上に伸びている。視線を上へ転じると慎ましいシャンデリアが吊るされ、そして。
「‥‥落ちてくる。パターンだな」
透夜が槍で皆を押し留めた矢先、それが重力に引かれ床と激突した。けたたましい音。舌打ちしようとした刹那、いち早く凛生が引鉄を引いた。万物を見通す眼が捉えたソレに。が、同時に『向こう』から炎の帯が伸びる!
「二重の罠。確かにパターンだな、月影」
「散開!」
中空から来る炎の蔦をスウェーして躱すロッテ。背後の小鳥に直撃しかけた帯を中途で掴もうとするが実体がない。炎帯の放射か。そのままバク転、右脚を蹴り上げた風圧で僅かに炎を弱めた。小鳥が両腕で顔を守る。腕の焼ける臭い。
砕けたシャンデリアの前に下りてくる「炎」。すかさず透夜、夢、ロッテ、楓が敵懐へ入り込む!
「炎はまずい、早めにやるぞ!」
「‥‥館を燃やす訳にはいきません」
分離させた連翹の左で突く透夜。僅かに遅れ夢の月詠が十字に敵を斬る。揺らぐ炎。帯が2人を打ち据えるが、焼ける痛みに耐え透夜は外套を敵に放り投げた。
「大人しくしていろ!」
外套が炎に触れる寸前。水の入ったボトルを投げるや、空中でそれを破壊する。
盛大にぶちまけられる雨。それが燃えんとした外套を数秒だけ守り、その数秒で外套は敵を覆い尽くした。
「あたしの番っ!」「今‥‥ですぅ!」
小鳥の銃弾が外套を突き抜け敵を穿つ。間髪入れず踏み込んだ楓が外套ごと殴りつけた。
「燃ええろ〜バーーニング!!」
「燃えちゃ困るのよ」
篭手のような楓の超機械が赤く輝く。次いで振り下ろされるロッテの踵刃!
怒涛の連撃。6人の止まる事ない攻撃が炎をみるみる削っていく。燃え尽きた外套の下から現れたのは、小さくなった敵。罠を看破した時、既に勝敗は決していたのだ。
「もう終り? なら早く燃え尽きちゃえ!!」
炎帯が楓の頬を掠める。退かず、楓は敵本体を「掴む」や、赤き放電を喰らわせた。
「うにゃ! 邪魔する男? は容赦しないん‥‥」
楓が勝利宣言しようとした刹那。
最後の炎帯が触れたのだろう。石油でも撒かれていたかの如く、玄関両脇の木壁が一瞬で炎に包まれた‥‥!
「チョッパヤで家帰れー。危険ッスよー」
「一般人には見せない気よ、奴らの処理が卑劣だから!」
「「「何だと、秘密主義の糞野郎め!」」」
「いえキメラが飛び出してくる危険があって‥‥」
カルマとファブニールが暴れる野次馬を細道の外へ押していく。が、群れた人間はなかなか動かない。苦戦する2人だが、そのうちパトカーのサイレンが止まり、圧力が弱まった。
「あー流石に2人じゃヤバかったスねェ」
「応援要請しといてよかったかも」
群の向こうで警官の整理する声が聞こえ、安堵する2人。漸く野次馬1人1人を観察できるようになってきた。
‥‥だからこそ、解った。
突如背後の洋館玄関が燃え始めた時、動じる事なく眺めていた異様な1人の存在が。
「怪しい人影発見。ファブニールサンの右斜め後方、前から4列目の帽子」
「了解。でも仮に犯人として。何故他の人は言わなかったんだろう?」
背中合せに小声で話す2人。当然の如くカルマが告げる。
「脅迫。に決まってんじゃねッスか」
襲撃初期に最前線にいた者が皆逃げたとは考え辛い。なら言えない事情があるのだ。
「内部もシュラバってるみてェだけど、一応無線報告ッスね」
ファブニールは頷き、考える。仮に今細道の外にいる件の帽子が首謀者とすれば、奴は何を思っているのか。
――幸せを奪われたというあの少女が、帽子の正体だとしたら。僕は‥‥。
「っ、消防の、消防の人はまだですか!?」
苦い感情を隠すように彼は叫んだ。
●掃討
炎は洋館をじわじわ侵食していく。黒煙が薄く天井を這う。
それにも動じず3人は進む。1階左の廊下に敵影は、ない。
「どこに敵がいるか解りませんし‥‥気をつけましょぅー」
「Extravaganza――どんな狂想曲を用意してるのかしら?」
ロッテが飾り机を引き、手前の扉の前で止まる。閉じられた扉。剣牙虎だけなら閉まる訳がない。つまり。
「夢、小鳥。行くわよ!」
夢の首肯と同時に、ロッテが棚を蹴り飛ばす!
ガァン!
棚と扉が激突して粉々になる。合せて夢が室内に飛び込んだ、刹那。
「‥‥敵」
白のコートが翻る。飛行の如き軽い側方宙返り。が、敵の左右爪が夢を捉える。
速い。凶爪が脹脛を半ば以上削り取る。生々しい血が虎を染めた。コートが裂ける。そのコートをブラインドにロッテが地を滑る!
「場違いな獣。元の場所に還してあげるわ!」
徐に伸身前転、遠心力を味方に左踵を振り下ろす。虎の胴を抉る鈍い感触。すぐさま脚を引き着地するや、右で蹴り上げた。爪と脚甲が耳障りな音を奏でる。
拮抗する力。夢が横合いから突く。牙で受けられた。だが口腔から血が噴き出る。
「小鳥、速攻!」「いきますぅ!」
低姿勢からさらに左脚を振るロッテ。敵の体躯を中空に押し上げた。見逃さず小鳥の左右の銃から次々弾丸が飛ぶ。
銃声銃声‥‥!
両手撃ちの3連射が虎の体をこれでもかと蹂躙する!
「‥‥排除します」
血潮飛び散る中、夢が落下する虎を斬り上げ、下す。床に跳ねる敵。弱々しく振るわれた爪をロッテは躱し、渾身の右脚ミドルを繰り出した。ぐ、と命中した感触を確かめ、一瞬で解き放つ。
吹っ飛び、壁に叩きつけられる虎。どろりと血溜りが広がった。
「ぁ」
敵がどうやら動かなくなり、初めて気付く。奥のベッドに、紅い肉塊が喰い散らかされていたのを。
小鳥が口を押え嘔吐感を堪えた。
「無関係の一般人を、如何してここまで」
「行きます。夢は‥‥排除するだけ。です」
息を整え小鳥を抱き寄せるロッテに、夢が告げた。
「燃え広がる前に脱出したいところだが」
1階右の2部屋を調べ終え、ロビーの階段を上りつつ透夜。外からの放水も多少あるのだろう、炎自体はまだロビー半分も達していないが、室温と黒煙がみるみる上昇していた。
「生存者とか怪しい子とかいるかもだよ?」
「俺達はいつでも脱出できる。ならばまだ探索した方が建設的ではないか? 外に放たれた敵を殺すより、な」
楓と凛生が言ううち、2階廊下に辿り着く。戦闘時はここに誘き出し、どうにでも動ける態勢を維持する条件で透夜は頷くと、先頭に立ち右へ向かった。
やると決めたらやる。中途半端が1番拙いのだ。
腰を屈め、煙に巻かれぬよう。手前の扉を開けた。何もない。奥か。黒煙が滞り、扉自体からして見えない。
「誰かいませんか〜? 怖くないよ〜、ただの愛くるしいだけの鳥さんだよ〜♪」
「愛くるしく拳を打つ鳥とは珍しいな」
大人の悠然さを見せる凛生。透夜と楓が奥へ足を進める。
「誰か〜、返事して〜? あ、できれば美人でお願いしま〜す♪」
「真面目にや‥‥」
透夜が言い差した、その時。
奥の黒煙から何かが飛び出した!
「迎撃!」
床から伸びてくる攻撃。槍柄で往なそうとするが僅かに届かない。腹に喰らった。1歩引き薙ぐ。影――虎が跳び、天井を蹴って横の楓に襲い掛かる。
甲高い音。咄嗟に楓が懐から出した右短剣で牙を受け、爪を左拳銃の銃把で逸らした。掠った腿から大量の血が噴き出す。構わず楓は短剣を着地した虎に投擲、自らも拳を突き出し放電する!
「そこ!」
「今のうちに退くぞ。煙に敵、そして挟撃の危険が高‥‥」
凛生の銃弾が前の虎を穿った時、危惧していた事が起こった。
「チィ‥‥!」
透夜が反応できたのは常に退路を考えていたからか。凛生の脇を抜けた彼が後方――2階左から一直線に突進してきた虎正面に躍り出るや、半身ずらしながら槍を前に振り抜いた‥‥!
「こいつは俺だけで充分だ。そっちを頼む!」
「了解」
透夜の頬から血が垂れる。すれ違った虎は腹から腸が。透夜は前に出て突き、再度虎との位置を変えた。
2頭の手負い剣牙虎に挟まれた3人。
凛生と楓が右奥の虎を撃ちまくる。虎の体当りが楓を直撃。吹っ飛ぶ楓を凛生が受け止めた。軽く礼を言いつつ楓は滑る。
「お願いしまっす♪」「任されよう」
楓が直進する一方、凛生は真横に動きながら銃撃する。それがほんの僅か敵の注意を逸らした。その間隙を突き。突風の如き楓の拳が叩き込まれる!
左ジャブ、右、放電、背から抜いた刀を斬り下ろし、流れのまま半回転を乗せた右の裏拳を鼻っ面へ!
「覚悟はOK?」裏拳が接触する瞬間、赤が爆ぜる!「燃えろーー!!」
「大型犬は外で寝ていろ!」
楓が必殺の拳を叩き込むと同時に、後方では透夜の槍が敵前脚を払う。
1人で1頭を完全に抑え続ける透夜。狭い廊下で分離させた連翹を器用に操る。払い、突き、気迫で敵を圧倒していく。その時敵の向こう――階段を上がってきたロッテらの姿が見えた。
言葉もなく、互いに理解する信頼感。小鳥の銃弾と争うかの如くロッテが、次いで夢が敵背後へ迫る。
「今‥‥ですぅ!」「助かる」
背後からの奇襲に虎も虚を突かれた。銃弾がまともに後脚に命中し、跳び損ねた敵をロッテと夢の刃が襲う。そして必殺の1本と化した透夜の連翹が口腔、頚椎、背、腹と貫いた!
「情報では5体。まだ油断‥‥」
言い差した時、無線に声が響いてきた。
●非情な分岐
野次馬を掻き分け辛うじて辿り着いた1人の消防官が放水を始める。やはり野次馬がネックとなって活動も遅れがちだが、これなら脱出不可という事態は避けられるだろう。
カルマとファブニールが火の様子を見るフリをして野次馬の方を見た。
直後2人の目に映る、例の帽子がここを離れんとする姿。
「疑わしきはクロっしょ!」
「不審人物逃亡。追います!」
無線に叫びつつ走り出す。人を押しのけ、押しのけ、押しのけ。それでも野次馬は退かない。『命令でもされたかのように』邪魔される。帽子が遠のいた。安全を考え人々を遠ざけた事が逆に、相手の逃げる助けとなっていたのだ。
「ッ、止まって下さい! 僕達を狙ってるんでしょう!? なら止まるんだ!!」
なかなか進めない。せめて足止めになるかとファブニールが言うが、帽子は遂に人の群を抜け、挑発するようにゆっくり通りを歩いていく。
多少乱暴に押し倒していくカルマ。刹那、中空に何かが見えた。
「危‥‥!」
それがカルマの眉間に突き刺さる――!?
「ッるァ!」「皆さん下がって!」
首を曲げ眉間をヘルムで防御、さらに飛来した次の矢をなんと右手で鷲掴みにしてカルマが吼えると、ファブニールが即座にヘルムの方を両断した。カルマは掴んだ空魚を地に叩きつけ、一刀の元に斬り捨てる。
以前までは後手に回っていた敵だった。空魚に関する対策はもはや完璧と言える。が。
「逃げられた‥‥」
首謀者に関しては。怪しんだ時点で動くか、野次馬を遠ざけなければ捕まえられたのだろうか。
2人が忸怩たる思いで無線に報告しようとした、その時。
少女の声が、割り込んできた。
『あははははははははは。よかったね、退治できて。次は絶対コロすから』
それは宣戦布告。最後の分水嶺。その言葉を口にするごとに少女の心は蝕まれていく。
「‥‥、君はダレ? 何で」「何の為の復讐なんだ?」
ファブニールと凛生が無線越しに相次いで訊く。
少女は嗤う。割れた硝子で互いの血を流すように。
『コロして取り戻すの。コロしたら幸せを掴めるから』
「誰を取り戻すの‥‥ですかぁ?」
『お前達にコロされた友達』
「まさか‥‥ルカさ」『黙れ!!!!』
その名を漏らす事さえ赦さぬかのような大音声。少女は一転して嘲笑もなく毅然と言い放つ。
『私――ナナ・アラストルが必ず「殺して」あげる。お前らが殺して人を統制するなら、私は殺して幸せを取り戻す』
それきり少女の声は聞こえなくなった。
適当な周波数にしていた事が逆に少女――ナナと接触できる要因になったと喜ぶべきだろうか。だが接触して聞いた言葉は呪詛の如き怨嗟ばかり。
傭兵達は苦い思いを抱えたまま、鎮火しつつある洋館に残っていた2体の剣牙虎を処理したのだった‥‥。