タイトル:狂い咲くはあえかなる幻マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/10 03:05

●オープニング本文


 最初に報せてきたのは一人の少年だった。
 姉の彼氏が裏切り者かもしれない、と。
 少年の姉はヴィレッタ・桂葉(17)。イタリア人と日本人のハーフである。そのヴィレッタが付き合っているのが、ロドリゴ・トパラッティ(19)。彼らは同じ高校のテニス部で知り合い、恋仲となっていた。少年も姉を取られる寂しさはあったものの、そんな感情を出すのは幼いながら、いや幼いからこそプライドが許さず、少なくとも表面上は適当に歓迎していた。
 しかし1ヶ月ほど前からロドリゴの様子がおかしい事に、少年は気付いた。それは自らの敵の粗を探そうとしていたから発見できたのであろう。姉の部屋で会話していたのを漏れ聞いたのだ。
「バグアに支配されようが、俺はお前と一緒なら‥‥」
 と。これだけならばよくある口説き文句、あるいは終末思想となんら変わらない。しかし少年は次に、奇妙な言葉を聞く。
「俺たちが殺されたりするもんか。一生愛してる。二人きりでも、お前となら‥‥」
「‥‥あたしが離しませんから」
「離れるわけない。その為ならなんだって‥‥」
「世界中を敵に回しても、ですか?」
「‥‥ああ。そんなの、当然だ。当然だろう‥‥」
 そのピロートークには耳を塞ぎたくなったが、それよりも何か引っ掛かるものを感じた。ロドリゴの言葉に、単なる雰囲気に流された台詞ではない、覚悟のようなものを。
 少年は、父親がUPC職員の友達に聞いておいた本部への番号を押す決意をした。底知れない恐怖と、微かな嫉妬を胸に。
 その報せを受け、情報部は即座に調査を開始する。そして。
 90%以上の確率をもって、ロドリゴ・トパラッティはスパイであると断定された。


『――ということだから、きみはできるだけロドリゴに近づかないでおいてくれるかな』
 少年が受話器の向こうの声に耳を傾ける。
「はい」
『それと、お姉さんにもさりげなく言っといてくれないかなぁ。あんまり仲良くしないように』
「それは‥‥難しいと思います」
 自宅廊下の先、僅かに開いたリビングのドアからその光景を覗きながら。
『‥‥え、何でだい?』
「だって」
 リビングのソファで、2人は肩を寄せ合って談笑していた。この世でこれさえあれば何もいらないというような姉の姿と、姉さえ守れるならばどんなに手を汚しても構わないというようなロドリゴの微笑み。庭から入る光で優しく輝く姉の黒髪を、男がそっと撫で付ける。姉はその腕を取りかき抱くと、ゆっくりと顔を近づけて。
「‥‥だって、姉はあいつの物ですから」
 視界の端に2人の重なる姿を捉えて少年が口に出した言葉は、彼の想像よりも遥かに渇いた声だった。
 静かに受話器を戻す。リビングに歩いていく。
「姉ちゃん。勉強教えてよ」
 即座に唇を離す態度に無性に腹が立つ。
「なに言ってるの。お姉ちゃん今忙しいから自分でやりなさい」
「そう」
 リビングを抜けてキッチンに入り、冷蔵庫から牛乳パックを取り出してコップに注ぐ。
「ん‥‥今日。帰んなきゃダメなんですか‥‥?」
「‥‥ああ。今日は‥‥」
 パックを冷蔵庫に戻す。コップを持ってリビングに戻り、廊下に向かう。
「‥‥ほんとはずっとずっと先輩を、ね、監禁してあたしの近くにいつも、おきたいの。重くてごめんなさい。あたしおかしいんです‥‥」
「いや、そんなに愛してもらえて嬉しいよ」
「‥‥今日、送っていきますね。少しでも一緒にいたいから」
「そのまま俺の家に住み着くか?」
「‥‥それがいいです」
 ふわふわした空気から逃げるように少年は廊下に飛び出す。
 後ろ手に強引にドアを閉める。けたたましい音。
 あんな男。
 少年が独りごちる。
 宇宙人に利用されてUPCに捕まって。散々拷問され尽して死んじまえばいい。
 少年が嗤う。
 あんな女も消えればいい。あれは姉ちゃんなんかじゃない。
 いつの間にか少年の手を擦り抜けたコップが、儚い音を立てて割れる。少年がその破片の上を歩いて階段を上っていく。
 世界は、もはや狂っていた。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
花火師ミック(ga4551
30歳・♂・ST
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
ソウ・ジヒョウ(ga5970
27歳・♂・SN
ナオ・タカナシ(ga6440
17歳・♂・SN
比良坂 和泉(ga6549
20歳・♂・GD

●リプレイ本文

「高速艇トラブルで欠員が生じたのは残念ですね」
 レールズ(ga5293)が開口一番。皆疲れ気味で、もはや苦笑を返すしかない。頭を切り替えるように如月・由梨(ga1805)が。
「ですが相手はスパイとはいえ、恋仲を引き裂くのは気が重いですね‥‥」
「スパイか。気持ちは解らなくはないけれど」
 きっと異星人に付き従っても殺される。アグレアーブル(ga0095)が感情を敢えて抑えたように呟く。
「不要な人間程扱いが面倒なものはありませんからね。それでも味方するというのですから」
「ああ。親バグア派ってのは信じがたい」
「そのように複雑だからこそ、人間だと呼べる気がします」
 翠の肥満(ga2348)とソウ・ジヒョウ(ga5970)が早くも良い連携を見せ、ナオ・タカナシ(ga6440)は生来の性格が表に現れた台詞。
 沈黙。やはり同じ人間が相手だと経験者も慣れないものだった。
 そこに比良坂 和泉(ga6549)が、
「ですがそんなにも好き合えるというのは羨ましいです。俺は‥‥」
 途中で女性能力者の視線を感じて下を向き、そういうの苦手ですから、とのたまった。笑顔が戻る一行。
「ふむ、なるほど」
 何気なく由梨を和泉に近寄らせる翠である。引き締めるように由梨が宣言する。
「悩んでいても致し方ありません。私達は戦わなければならないのですから」
 それが正義なのだと。
「街を、人類を危険に晒しかねない以上、仕方がありませんね」
 レールズも同意する。
 職員の用意していた安宿に入る一行。欠けてしまったキメラ対策は翠が兼任する事になる。必然的に、アパートから離れすぎない裏道に追い込む事が決まった。自宅を監視できる位置にキメラはおり、翠は処理し次第、裏道で待伏せなければならなかったからである。

●1日目――準備
 広くはない街。だが住み心地の良い街並み。パリ縮小版とも言える見事な放射状。その割に中央駅、扇子のような大通りで分かりやすく、バグアの脅威など忘れたかのようだった。
 そんな爽やかな朝。アグレアーブルは安宿で職員を通じて、今回調査した人間に話を聞く。結果、ロドリゴに不審な行動があるのは確かだった。
 カプロイア社の子会社勤務らしい彼の父に、数ヶ月前から急に部品工場の話を聞き始めた事。毎週金曜深夜、街外れの廃工場に出かけている事。最近はそれ以外の外出は大学を除いて全くない事等。ヴィレッタに関しては、アパートでの会話から今のところバグアと関与はない事が分かった事。その手段について言わないところ、やはり超法規的組織である事が窺えた。
 その後アグレアーブルは、レールズと共に弟の許を訪ねる。北西の住宅地。ベルを鳴らすと、ややあって玄関が開いた。
「誰」
 パジャマの少年。
「ヴィレッタさんはご在宅ですか?」
「姉の知り合いですか? 姉がいるわけないでしょう」
 それで弟だと理解する2人。
「俺達はULTの者です。少しお尋ねしたい事があって」
「‥‥そうですか」
 どうぞ、と静かに促す弟。玄関を上がり廊下を進む。扉を開けると南向きの大きな窓から午前の光が差し込み、桂葉宅の気だるい空気との対比が逆に気持ち悪い。3人が座る。弟は、何を知りたいんですかと口を動かさずに。
「まずお姉さんの予定を‥‥」
「予定?」
 はは。
「そんなもん姉にあるはずない。最近は奴の家にずっといますよ」
「そっか」
「と、ところでお母さんはいないんですか?」
「働いてますよ。朝から晩まで。父の分も」
 環境が少年を歪ませたのか。さらに母親代わりだったろう姉まで男に溺れて壊れてしまった。それで、世界が割れた。
「独り、か」
 アグレアーブルが僅かに目を細めて。
「学校、行こうね」
 弟は答えず、他にないんですかと素っ気無い口調。この家を誰にも見せたくないようだった。レールズが慌てて、
「あと明日ヴィレッタさんと話したいんですが」
「そう。私はあなたの友人として、お姉さんと2人だけで恋愛相談したいんだけど」
「いいですよ。何時頃がいいですか」
「できれば夜が‥‥」
 慎重に会話する2人だが、それを察したように弟は提案した。
「常識的にせいぜい夕方でしょう。じゃあ6時。場所はうちの近くの喫茶店で」
「え、あ」
 押し切られる2人。早く出て行けという視線に押されるように、リビングを後にして急いで玄関を出る。閉まる間際。
「お姉さんの事は好き?」
 閉まる。扉の向こうから「僕の知ってる姉ならね」とくぐもった声が聞こえた。

 夜。情報収集から戻った7人は、余分に取った部屋で会議をしていた。
「つまり明日は18時前後しか無理って事か」
 ソウが顔をしかめる。
「こちらが主導で約束の時間を動かせれば良かったのですが」
「プロは望まない状況でも遂行しなければならない時もあります。まずは‥‥」
 翠が実感のこもった台詞を吐き、本日の成果を基に詳細を決め始める。
 キメラはロドリゴ宅の東西50M、適当な家の屋根等に逆さに止まっていた。そこで対キメラ班はソウが西、翠が東を担当する。構える場所はアパートやや北西からソウ、北東から翠。さらに翠は近くの裏道で由梨と待伏せる。
 次に確保は時間が限定された事により、18時過ぎに彼の部屋に突入する事が決定。突入班はレールズ、ナオ、和泉。そこで取り逃がした際は追跡方向を利用、誘導して待伏せの北東路地に追い込む。アグレアーブルの調査によって、その時間に彼が外出している事は殆どないと考えられた。そして北への連行方法は。
「UPCでは現在、近々実行される大規模作戦の影響か、こちらには車輌が出せないようです」
 由梨が残念そうに。5人の顔にも失意の表情が表れたが、そこで由梨が続ける。
「ですが街で翠さんとレンタカーのミニバンを調達しておきました」
 一度落としてから、救済する。なかなか良い話法の由梨だ。
「という事は部屋かアパート北東で確保後、大通りに駐車している車で北へ、ですか」
「ですね。比良坂さん、運転お願いできますか? 翠さんはロドリゴさんを捕まえていて他の突入班の方は未成年、俺は今日十分に下見できていませんから」
 レールズの話をじっくり聞くナオと和泉。和泉が緊張して了解した。
「何か他に報告すべき事はあるか?」
 ソウが全員を見回すと、特にないようだったので解散となる。勝負は20時間後だった。

●2日目――決行
 1730時。7人が配置に着く。レールズ、ナオ、和泉が南、アパートの表の見える位置に潜む。幸いな事に人通りは殆どなかった。
『突入班、完了』
 和泉が胸に提げたナイフを弄って気分を落ち着かせる。
『了解。翠はどうだ?』
 答えるソウはアパート北西の3階建てビルの屋上に布陣。対して翠はやや離れた北東の待伏る裏道入口に隠れる。その路地の奥には服に小太刀を隠した由梨。
『完了です。待伏せの方も大丈夫です』
 そして1人喫茶店内にいるのは。
『私だけ仲間外れ‥‥』
 ぼそりとアグレアーブル。翠が、あなたが重要なんだとフォローする。
 1750時。部屋の扉が開き、女が階段を下りていった。
『作戦開始』

「ヴィレッタさん?」
 店入口で辺りを見回しているゴシックな女性にアグレアーブルが話しかけた。自前か詰め物か、胸の辺りの成長が著しい。
「弟の友達だそうで。早くして下さいね」
 中世から抜け出た姿で、辛辣に。早々アールグレイを頼む。
「で?」
「‥‥先輩がいるのだけど、もっと仲良くなりたいけど部活以外の話があまり‥‥」
「先輩」に反応するヴィレッタ。紅茶をストレートで飲みつつ、左指で机を叩く。
「こんなに想ったのは初めてで、それであなた達は普段どんな話をしているのかなって」
「別に。ただ心が結ばれていれば‥‥」
 進む恋愛相談。
 アグレアーブルの演技が冴え渡る。次第に彼女の方の惚気話になっていく。
「それなのに彼はあたしを見て『お前は俺のものだ』なーんて皆の前で言ってきちゃのん!」
 などとやっていたその時。
 ガガガガ。テーブルに置いた彼女の携帯が震える。画面を見て顔色を変える彼女。
「用事‥‥!」
「どうし‥‥」
 即座に席を立って店を出ると、南に駆け出す彼女。
 メールなのか。だがそれだけで急ぐ理由が解らない。
『何か緊急‥‥』言い差した時。
『対象は窓から逃亡! これより追込誘導に入ります!』
 これなのか。彼女が急ぐ意味。執念だけではない、異常を報せる仕掛け。彼から電話。窓に警報装置。あるいは。

●確保
 突入班が一般客のように歩いてアパートの階段を上る。レールズがノック。裏ポケットの拳銃を意識して。反応はない。もう一度。ない。
「警戒が強いですね」ナオが目を伏せて「荒っぽくせざるを得ないのでしょうか‥‥」
 コンコン。
 中でガタリと音がする。
「突入するしか‥‥?」
 和泉がやや震える声で問いかけると、3人で頷いた。
「UPCの調査にご協力願います」
 レールズが扉越しに。
「了承いただけないのであれば申し訳ありませんが‥‥」
 何かの開く音。そして。ダン! トタン屋根に何かが落ちたような音が響いた。
「ッ蹴破りましょう!」
 言うや突入する。台所と8畳間の2部屋。奥には開いた窓があり。
「どれだけ敏感になってるんですか‥‥!」
 レールズは愚痴りつつ無線で連絡する。幸い道の見通しは良い。3人も窓から跳び、追跡を開始した。

『作戦開始』
 ソウはゆっくりと照明銃を20M先のキメラに構えた。
「やれやれ、銃が使えんのはツライとこだな」
 しかし嘆いてばかりもいられない。多角的な視覚情報分析によって精度を上げる。見据える。引鉄に指をかけ。
「頼むぜ‥‥!」
 指を絞る。微かな抵抗。普段、天高く飛ぶその球がキメラに向かう。
 ゴッ! 投石のように蝙蝠キメラにぶち当たる。だが衝撃は吸収される。あとは光の熱。よろよろと飛び退る。ソウは即座に拳銃に持ち替える。弾はペイント弾。街に被害を与えかねないと判断した結果だった。
 動く標的に合わせて、撃つ。それは過たず敵に命中し、突然の暗黒の為か、垂直に落ちていった。
 これで時間は‥‥だが。
 街の事を考えるならば、時間稼ぎだけしても結局奴が援軍を引き連れてくるのではないか。完全に死んでいれば、背後の敵も諦めるか、援軍にしてもより遅くなる。では‥‥。
 ソウは考えるや、短剣に触れつつ急いで屋上を後にした。

『作戦開始』
 その言葉を合図に、迅速に翠が動く。包んでいた棒状の金属を前方60度の位置にいるキメラに向ける。その姿は、得物は違えど狙撃兵そのもの。今回はその棒から電磁波が発射されるだけ。
 照準を定める。そして。
 突然爆ぜる敵。紅い物が壁にこびりつく。翠の強烈な電磁波が、音もなく蝙蝠を内側から破壊していた。
「‥‥やはり撃った手応えがないと寂しいですね」
 言いつつもそこを離れ、由梨のいる待伏せ場所に移動する。
「お疲れ様です」
「これくらい僕には朝飯‥‥いや、朝の一杯前です」
 人差し指を立てて。
「牛乳ですか?」
「今度ご馳走しますよ」
「さあ、どうでしょう」
 残るは、確保。

●護送と誤算
 窓から飛び降りた3人は、和泉が装備を切り捨てた身軽さで先行。簡単に背中が見えてきた。
 容疑者は北に逃げていた。彼女と落ち合う可能性。そこにアグレアーブルの声。
『ヴィレッタが突然駆け出しました‥‥何かあるのかも』
『警報機とか?』
 和泉が一旦西に折れ、北西に逃げるのを妨害する陣形。ここで追いつく事もできるが、大通りでは目立ちすぎる。やはり裏道に追い込む方がいいと判断する。
『もしかしたら発‥‥』
『ッすいません確保に移ります!』
 一般的速度で15秒も北進した辺りで、和泉が西から北に回りこむ。容疑者は思惑通り東に折れる。まさに予測地点。前日に予行演習した成果だった。
『如月さん、翠さん!』
『了解致しました』
 由梨が手錠を取り出す。翠が路地入口から対象を窺ってタイミングを計る。
「僕が秒読みを」
 了承する由梨。4。3。2。
 爆発するように飛び出すと、翠が前に立ち塞がる。対象は避けようとするが、速度が落ちたところで由梨が一息で後ろ手に縛り上げた。ついでとばかりに地に転がす。
『確保、完了』
 追跡していた3人は、丁度男を組み伏せる由梨を目撃したのだった。

「比良坂さん、車を」
 和泉が先にエンジンをかけに行く。一方容疑者は手錠を右手にされ、逆側は翠が自らの手首に嵌めて逃亡を防ぐ。
 上にコートをかけて隠し、他の3人は周りで談笑するように装う。そして大通り、駐車中の車輌に辿り着く。暴れる容疑者だが、もはやどうにもできないのは明白だった。
「大人しくしていただけませんか?」
 運転席の和泉に容疑者が突っかかろうとし、翠に引っ張られる。どすんと翠の横に強制着席。
 安全運転気味に発進する。
「愛しの姫君とでなく、諸々不詳な野郎とで失礼」
 翠がユーモアを交え話しかけるが、相手はガンを飛ばすだけ。しかし気にせず、仕事でしてね、と翠はスバラシイ笑顔である。
「僕の横に座れるとはあなたも‥‥」
 急ブレーキ。
「どうしました?」
「い、いえ何か‥‥」
「皆さん!!」
 ナオが左手前を指す。見る。そこには。
 携帯とゴツイ銃を携えた、ゴシックな女。
 力なく横垂れた顔で、こちらを見据えていた。速度を上げる。だが女は徐に両手を水平にすると、ガァン!
 何の前触れもなく発砲した。女の真横を通り過ぎる。刹那の邂逅。その顔は悲痛に歪み、振り乱した黒髪が独特の凄みを出していた。
 女は車が通り過ぎた風に任せて車道に出ると、やはりこちらを眺めたままずっと銃を構えていた‥‥。

●狂い、乱れる
「あれがヴィレッタさんだったんでしょうか」
 車を降り、容疑者を歩かせる途中にナオが。建物も疎らになってきた北端。あの後一旦東端に出て北上した為、かなりの時間が経っていた。おかげで全員が引渡すのを見届けられる。
「何か叫んでおられましたね」
「あの細腕であの口径、下手すれば折れますよ」
 由梨が彼女の切々とした姿を捉えており、翠は銃の方に目がいっていた。
「どんな姿だったんだ?」
「黒いフリルで引き攣った顔の‥‥」
 役割上仕方ないとはいえ見られなかったソウに、和泉が優しく答える。その時アグレアーブルが職員に
「念の為に服を替えさせた方がいいかもしれません」
 提案する。あの時携帯が震え、車輌を特定できた理由。発信機だと考えての事だった。
「では‥‥」
「俺は生きる為に敵となった人を知っています」
 職員が言い差した時、レールズがロドリゴに向かって。
「悔やんでいました。自分の甘さを、大切な人を傷つけた事を。俺はあなたに悔やんでほしくない‥‥!」
 容疑者は無言で車に乗り込む。排気煙が漂い、遠ざかる。
「‥‥打ち上げでも行くか」
 ソウの言葉が空気に溶ける。恋人達の日を前に、一つの花は露と消えた‥‥。

<了>

 ――後日経過報告。
 容疑者、催眠時に錯乱。現在精神病棟にて経過観察中。ヴィレッタ・桂葉、消息不明――。