●リプレイ本文
「敵小集団はハルビン東ですか」
「稜線に沿って‥‥見つからないようにとなると‥‥疲れそうですねぇ‥‥」
国谷 真彼(
ga2331)がウーフー機内に所狭しと備えられた計器を睨みながら言うと、幸臼・小鳥(
ga0067)はシュテルンの脚を慎重に動かして応える。
動作1つ1つに注意し、軋むベアリングすら意識して。山岳猟兵の如く丘の合間を進む。にも拘らず、
「ひぁあ!?」
小鳥機がもつれて躓くのは何故だろう。金城 エンタ(
ga4154)達と丘上から前方偵察していたロッテ・ヴァステル(
ga0066)は敢えてブーストして丘を下り、小鳥機を助け起こした。
「小鳥‥‥逆に器用な気がしてきたわ‥‥」
「うぅー‥‥」
ベルトが食い込み涙目な小鳥は置いておき、ロッテが丘上のUNKNOWN(
ga4276)に訊く。
「音の具合はどうだったかしら?」
「――数回ならばいいだろう。が、多用すべきではない、な」
K‐111の風防を開け、紫煙を風に乗せて。中折れ帽を押え、視線を王 憐華(
ga4039)機アンジェリカとエレノア・ハーベスト(
ga8856)機S‐01Hに転じた。
「そっちはどうだね? 初撃は重要になる――今回は特に、ね」
「こんなんでもやらへんよりましか思いますけど‥‥」
エレノアが銃口に幾重も毛布を巻きつけたD‐02を丘中腹に発砲する。多少くぐもった銃声が響く。
「心許ないんは否めまへんなぁ」
「盾の裏から撃ったらどう?」「加えてドラム缶か何かを被せてはどうかね」
ロッテとUNKNOWNが案を出し付近の物を使って再度試すが、近距離での体感は殆ど変わらない。狙撃精度と、遠距離では違ってくるかもしれない消音効果。どちらを取るかだった。
「レーザーの方は、幾つも丘を越えた先には光も音も漏れないと思います。夜間でも」
「言い切れる、かね」
「少なくともこの状況なら、確実でしょう」
ティーダ(
ga7172)の煌くアンジェリカが前方の丘を縫って帰還するや、憐華に代って誇張も謙遜もなく言い切る。それを聞きUNKNOWNは安堵するように深く煙を吐いた。
「ですが、仕方ないとはいえ限界まで出力を下げての行軍ですので‥‥冷えますね、その、女性は特に」
「おなかに注意ですぅ」
憐華に小鳥。エンタまで何とも自然に同意して続ける。
「これはいわば前哨戦。躓く事は許されません‥‥終った後で温まりましょう」
「中国の解放‥‥その足掛りの1つとなれれば」
寒さなど感じないとばかり雪の化身の如きティーダが言う。が、そう言う2人の機体は、この隠密作戦の中でさらに存在を隠すべくシートを被っている。小鳥と憐華が恨めしそうな目を向けた。
「和んでいるところ申し訳ないんですが」
独り何とかならないかと機体を弄っていた真彼が、悔しさを滲ませ報告する。
「範囲縮小も逆探知回避も、中和装置は細工出来そうにありません。つまり。中和無しです」
●息詰まる行軍
秋深くなってきた極東。雲の流れは速く、丘を撫でる風は肌寒い。
競合地域を進軍し、敵支配都市へ進攻する。中和装置も作動できない状況で敵の砦の方へ近付くとなると、弥が上にも緊張感は高まってくる。
「敵影ありません」
「まだ太陽は中天にあるが――時が経つにつれ陽光に注意せねばならん、な」
丘に登り、エンタとUNKNOWNが西を見晴るかす。スコープで光が反射する可能性や、日光自体が狙撃を狂わせる可能性。快晴でないという事だけが救いだった。
「了解」
隊列3番目に位置して乱れがちなレーダーを見つめる真彼が情報整理しつつ。
「そろそろ通信も封鎖した方が良さそうです。となると」
行軍がさらに精神的に辛くなる。
各々が姿勢を低くし、微妙な力加減で操縦桿を倒している。瞬間的に絶妙な操作を行うのも疲れるが、長時間繊細な操作をせねばならないのも苦しいものだ。
装輪だけで斜面を下るエンタ機ディアブロ。稜線を進む隊列に合流する。
「は、ぁ‥‥」
「憐華はん、なんやきつそやなぁ」
「その。時々操縦桿に『当って』‥‥またシート調整しないと」
婉曲ながら破壊的な言葉につられ、小鳥がつい視線を下げてしまう。
何という事でしょう、そこには、ゆとりある空間が広がるだけだったのです。
「‥‥」
「小鳥。勝負できるポイントはそこだけじゃな‥‥では、なく」
ロッテが咳払いして本来言いたかった事を言い直す。
「狩りはTranquillement‥‥気付かれず、速やかに。適度な緊張感を持ってやらないとね」
「はぃー‥‥」
心なしか小鳥機の機動が落ち着き、むしろ隠密に最適な体勢となる。
「その、控えめが好きな人もいますから‥‥」
ティーダは子猫の如き小鳥を慰めんとし、知らずに止めを刺した。
「――さて。ピクニックもここまでのようだ、ね」
UNKNOWNが言って丘上でK‐111の腕を横に伸ばし合図する。
敵発見の合図。
無論通信はオフだが、ここまで来ればやるべき事は決まっている。
「回り込んで、挟撃‥‥」
深呼吸してエンタが操縦桿を倒し、ティーダが続く。2機は一旦南に離脱すると、3つ目の丘を越えた所で西に方向を変えた。UNKNOWNが隊列に戻る。
1620時。これ以上時が経つのは拙そうだ。
「狙撃はあの辺りなら‥‥大丈夫ですかねぇ」
「ええかと思います」
風防を開け、先の丘を指差す小鳥に頷くエレノア。憐華が外の空気を深く吸う。
「今回の戦いは、スナイパーらしい戦い方ができますね」
「では僕は支援者らしく頭脳労働としましょう。もっともこの場合、頭痛で文字通り脳を酷使するんですが」
真彼機がゆっくり動く。敵は先の丘を越えた向こうの狭間。今気付かれる事が1番拙い。
ロッテ、UNKNOWNの強襲前衛組が先頭に立った。左右の丘が妙に大きく感じる。やはり戦闘直前は幾ら経験しても緊張するものだ。同じ状況などないのだから。ただ、経験が緊張状態まで想定し、普段の如く動けるようになるだけ。
丘に囲まれた狭隘。心臓の拍動を意識的に聞く。血が巡り、神経が通う感覚。
配置についた。
「静かに深く、か」
別働隊からの発光信号を確認。丘上に隠れ、K‐111が必中の神槍を腰に構える。小鳥、憐華、エレノアの3人は銃口を稜線の上へ出し、敵を見た。丘の麓を歩くゴーレムを視界に入れ、徐に引鉄に指をかけ
「機関銃は‥‥」
発砲した――!
「使わせないですぅ!」
●波状攻撃
くぐもった銃声が共鳴するや、弾着が機関銃のゴーレムに生じた。前後するようにブーストして丘を滑る3機。瞬く間に駆け下りる!
「ほぼ一斉に発砲した事で予想外に銃声が‥‥しかし」
もはや止まれない。真彼が右に膨らみながらCWを見た。と同時にロッテとUNKNOWNはゴーレムへ肉薄する。各々の得物が敵を貫く!
「Comment Allez Vous? 元気そうで幸いよ、でも」
懐に入り込んだロッテ機が勢いのままに左の剣を薙ぎ払う。よろめく敵。剣を構えた時にはそこにロッテは、いない!
「早く御休み」
腰部ブースターで無理矢理跳ね上がったアヌビスが右の剣を突き出した。胸部を穿つ刃。そのままロッテ機は前宙するように敵を越えた。直後光線が叩き込まれる。
「前の人の背中を護るのは慣れてますから」
白銀の機体が丘上から狙い撃つ!
衝撃‥‥!
古武術の如き踏み込みからUNKNOWNの神槍がゴーレムの左腕――機関銃側を文字通り粉砕する。弾け飛ぶ破片。コマ送りに見えるその雨の中、K‐111は止まる事なく漆黒の舞踏を踊り続ける。
左脚を支点とした半回転から柄で突き、右脚を引きつけ打撃、腰部が捻られ放たれた槍が敵胸部を貫いた。同時に視界右でレックスが動くのを捉えるUNKNOWN。半壊したゴーレムを置き去りに驚異的機動でRCへ突撃する!
その背に迫る、ゴーレムの槍。が。
「奇襲が此れだけだと考えるのかね?」
プロトン砲をこちらに向けたRCの首を槍で払い、UNKNOWNは呆れたように紫煙を燻らせる。そして。
そのゴーレムに背後から突っ込む、ディアブロを見た!
「此れだから無粋な敵は――面白くないのだよ」
「明日の勝機の為に‥‥勝ちます! 必ず!!」
回り込んでいたエンタとティーダが、西から戦場へ突入する!
「そちらは任せます。私はMRを」
腕動作で伝えながらMRへ向かうティーダ。エンタは力の限り操縦桿を倒したまま左腕を前へ。装輪が軋む。土煙が一直線に丘を下る。間合いを測る左腕。一瞬のうちに懐へ飛び込んだエンタが左腕を引いた機体の流れすら利用し、全ての勢いを乗せ右腕を突き出した!
轟‥‥!!
恐ろしい反動が脳を揺さぶる。が、敵へ叩き込まれた掌底はそれ以上の衝撃を伴い、直後、ゴーレムを西へ吹っ飛ばした。
「動けない者に興味はありません」
素早く周囲を見回すエンタ。斜面に叩きつけられたゴーレムは大破、もう1機はロッテ。RCをUNKNOWNが抑え、CWとMRに真彼とティーダ。その時CWが徐々に浮かび始めた。真彼がボウガンを放つが、射線にMRが入り込んでくる。
僅かな逡巡ののち、エンタはCWの方へ駆け出す――!
初撃でMRにある程度集中しなかった事により、分裂の時間を与えていた一行。頭痛に顔を歪め、真彼がCWを如意棒で突きかけるが、僅かに早く動いたMRが巧みに壁となって阻んでくる。
MRに触れた瞬間右腕に走る不気味な感触。それを意識した途端、衝撃が真彼機を襲った。
「反射‥‥つくづく面倒な」
早くもMRは3つの子機を生みだしていた。独りで強引にいくか?
強襲班2人は問題なさそうだ。ならば。
「電子戦機は早めに潰す。双方の常識です」
変わらずCWは電波を撒き散らしている。だがまずはMR。真彼が電子戦機らしからぬ踏み込みからの棒術を核に繰り出す!
寸前。核は子機の陰に埋没するが如く後退し、代りに分裂体を貫いてしまった。またしても反動が襲う。
一方向からのみでは堂々巡りか。
「狙撃班、角度を変えないと直接コアを狙うのは‥‥」
真彼が警告するが通信はオフ。だがここで封鎖を解けば傍受されかねない。それよりは。
奥のCWが浮き始めた気がした。拙い。ボウガンを放つもMRに防がれる。
損害覚悟でいくしかない。そう決意した時、真彼の視界を雪の女王が舞う‥‥!
「させませんよ?」
光の幕がCWを直撃する!
それだけで瀕死となったCWは青い何かを撒き散らしながら高度を下げ、それでも北西へ逃げんと動く。Frau――ティーダ機は再度プラズマを発射して撃破‥‥したかったのだが、またしてもMRが庇ってきた。消滅する子機。己の力がFrauに跳ね返る。
「‥‥反射だけで、止まる筈がありません」
強引に前へ出るティーダ。青い半透明が視界に広がる。粒子斧を振りかぶり、核防衛態勢完了済のMRへ振り下ろさんとした、その瞬間。Frauを追い越したエンタ機が、MRを無手で押え込んだ‥‥!
「お願いします!」
届かぬ言葉を正確に受け取り、ティーダはMR脇を駆け抜ける。そして粒子斧を握りなおし、半死の、しかし逃してはならぬCWへ、振り下ろした。
●チェス盤
銃声。稜線に隠れて放つ銃弾がゴーレムに、RCに、MRに飲み込まれていく。
再装填。薬莢が飛び出し足元へ転がる。エレノアは敵から目を離さず敢えて丘を下り、MRを観察する。半透明の中の物体をじっと見つめ、徐に銃口を合せた。
「フレンドリーファイアとか目も当てられん。狙えるタイミングで‥‥」
MR周囲では真彼、エンタ、ティーダが囲みながらも決定的な攻勢に出られずにいた。6体となったMRは核死守の構えで次第に北西へずれていく。反射の蓄積と頭痛が、近接した機体の機動を僅かずつ鈍らせる。
「いきますえ」
エレノアが引鉄に指をかけ3、2‥‥銃声。
確かな感触。子機の隙間を縫って核に邁進した弾丸が、正確に核を穿った!
「今っ!」
エレノアの合図が、真彼達にも確かに聞こえた。体勢が崩れた瞬間3機は一気に畳み掛ける!
ティーダ機が直線的に接近しながらプラズマを解き放つ。辛うじて子機で受ける敵。軽い衝撃に耐えさらに近付く。その影に隠れるように西へ回り込んだエンタは腰溜めから掌底を叩き込んだ。間髪入れず左前蹴り。これも子機。が。
「流石に詰めを誤っては叱られますからね」
がら空きとなった東側で機を窺っていた真彼が、如意棒で突く!
弾ける核。
攻撃の手を緩めぬ3機。エレノアも加わった。そうして核破壊から20秒。残る5体のMRも全て葬っていたのである。
「弓は‥‥生身と近いですし‥‥こっちのものですぅ!」
「幸臼様っ、不用意に稜線から出ては‥‥」
憐華が丘上から滑って光線を放ちつつ小鳥を追いかけるが、この状況で自分まで無闇に動いては拙い。丘上で構えるのは今や自分しかいないのだから。
「せめて‥‥援護だけでも!」
RC、ゴーレムと素早く標的を変え、それでいて確実に命中させる。その隙に小鳥は下りきり、アーバレストを射った。ゴーレムが大剣でそれを弾く。同時に剣を振りかぶるロッテ。
「この攻撃は、受け切れるかしら‥‥!?」
左で払い、回転の勢いを右剣に乗せ平突き、左に向けた刃で寸断するように連撃に持ち込んだ!
敵が体勢を崩すも重力を利用し回転斬りを繰り出す。両剣を縦にして受け止める。反撃に移らんとしたその時、やや離れた位置からプロトン砲が放たれた。一直線に伸びる光はUNKNOWNが一瞬前までいた空間を突き抜け、小鳥を飲み込み斜面を抉った。
「小鳥‥‥!」
「ロッテさぁん‥‥!」
光が収まらぬうちに飛来する一矢。ロッテが合せて大上段から振り下ろす!
漏電、爆発。息つく間もなくロッテ達はRCに目を向ける。
UNKNOWNは初撃以降ほぼ独りでRCを抑えていた。幾多の戦場を渡り歩く愛機で、機動型砲台とも言えるRCを翻弄し。
MRが思いの外抵抗した事で真彼がMRに忙殺され、他の者もMRを優先した結果この状況となったのだが、それでもUNKNOWNの優位は揺るがない。
敵装甲が色を変えようとそれは児戯に等しく。神槍が脚を貫き、反転した勢いで剣翼が敵あばらを削る。唐突に放たれた淡紅光線すら歩法の妙によって紙一重で躱した。
「一つ教えてあげよう。――ここ一番の斥候は、将校を伴った方がいい」
機内には紫煙の匂い。私室にいるような自然な動きで機体を操り、敵の横腹を貫いた‥‥!
爆発。周囲を見回すUNKNOWN。全滅を確認し、敵司令官へ思いを巡らせ独りごちた。
「――さて、次の一手はどうするかね?」
<了>
「はぁ‥‥早くお風呂で温まりたいです」
「私も珈琲が欲しいところだが――、仕上げが肝心だから、ね」
残骸が黒煙を上げるのを急ぎ土をかける事で多少食い止め、風防を開けて憐華とUNKNOWNが言う。真彼は帰るまでが遠足ですし、と前置きした上で提案した。
「大隊との合流に限定せず後退しましょう。少なくとも直線的に戻る事は避けるべきです」
異論はなく、南に抜けて軍へ帰還する一行。
簡易消音器で抑えたといえD‐02の一斉射撃や、撃破後の黒煙で感づかれた可能性も否定できない。が、彼らは出来る限り秘密裏に処理し、敵増援の来る前に帰還したのだった。
そして瀋陽を巡る本格的な戦争が、幕を開ける――。