●リプレイ本文
●戦火
爆発。
轟音が脳を揺さぶる。地に伏せる兵。幕舎から転がり出る士官。深夜の野営地は、一気に混沌の渦に叩き込まれた。
「今の声はナナ‥‥!?」
「おち、落ちゅついて‥‥下さぃー!」
幕僚の1人の幕舎に寄っていたロッテ・ヴァステル(
ga0066)と幸臼・小鳥(
ga0067)が素早く外へ飛び出し周囲を見回す。半数が我を忘れ、半数が辛うじて身を守る事は考えられる状態か。
「小鳥、貴女は司令部‥‥」
ロッテが言い差した瞬間、俄かに野営地外縁が騒がしくなった。それは波紋の如く広がり、そして2人の所にまで来た時、
「キメラ‥‥ですぅ!?」
中空に浮く鮮やかな毒蛾が見えた。ロッテの短剣が飛び片羽を貫く。鱗粉が舞った。口を覆うロッテ。小鳥が機関銃で止めを刺す。
「他にも敵がいるかもですし‥‥司令部に報せますぅ!」
「お願い。私は騒ぎの大きい所を回るわ」
大混乱の中、2人が走る‥‥!
「騒動が俺達を呼んでるって事かよ」
夜の街を歩きつつギロピタに舌鼓を打っていた宗太郎=シルエイト(
ga4261)が覚醒、一口で詰め込んで悪態をつく。
「市民を盾? 吠えやがって! 守る、倒す、シバく! 決定!」
槍片手に歓楽街を走る宗太郎。砂埃と黒煙が通りを覆い、中心地は半壊したビルに怪我人もいるようだ。
まず傭兵仲間と合流、と考えた矢先、人々の間に武器を持ち虚空を見るファブニール(
gb4785)と紅蓮(
gb9407)の姿を発見した。
「よぉ! 何してんだ、救助‥‥」
「きます!」
宗太郎が口を開いたと同時にファブニールの警告が飛ぶ。直感的にしゃがむ。風切音。見ると道路に突き立った魚。ファブニールと紅蓮は何とか受け止め、人々を庇っていた。
「‥‥成程な。紅蓮、とりあえず市民を頼む。あとこの辺に来てた筈の仲間もな」
宗太郎がファブニールと並び立つと、紅蓮は退いて後ろを警戒する。
「わ、解った。こういう荒事は初めてなんだ。せめてあんた達の援護はこなす」
「ハ。その調子ならこれから何でもできるぜ」
刺突を繰り出し、ファブニールも自分の初陣を思い出す。だが今は浸る状況ではない。ましてやあの声の主に、心当りがあるのだから。
「傭兵の方、いたら返事して下さい!」
ファブニールと紅蓮が叫ぶ。白煙の中の瓦礫が動いた時、建物の陰から放たれた昏い弾丸が3人を直撃した‥‥!
「はふ、らんらっての!」
ホテル自室から翠の肥満(
ga2348)が飛び出すと、装備も適当に、しかし瓶牛乳は銜えて向かいの扉に声をかける。
「お仲間さんやーい。2人で他の人ん所に合流しましょ」
「2人?」
「他の方は外出中ですな。戻ってきた連絡もないし」
翠の言葉でホテルの方が逆に危険と思ったのか。廊下に出てくるや早く合流、と急かしてきた。
翠は牛乳を飲み干し、階段を一足飛びに駆け下りる。そしてロビーを抜け正面へ出た所に、ランドクラウンに寄りかかり無線連絡する植松・カルマ(
ga8288)がいた。言い捨てるように無線を切り、カルマが手を挙げる。
「翠サンお疲れッス。警察には首謀者の事含め連絡したんで、後は避難勧告しながらガキ捜しスかね」
「フムン。歓楽街で遊んでた人もいるみたいですし、僕らはこの辺ですか」
「‥‥てかナンパは失敗でガキゃ釣れる俺マジパネェ‥‥」
車に両手をつき漢泣きのカルマ。通りを歩いて戻ってきたミルファリア・クラウソナス(
gb4229)が止めを刺す。
「泣くくらいなら魅力を磨きなさいな‥‥それより爆発‥‥」
ざっと大通りを見回ったが、この辺には爆弾もキメラもなかったと報告するミルファリア。翠が思案する。
「では僕のジーザリオも出して広く回りますか。混乱に乗じて暴動とかも拙い」
「呑気に深夜徘徊もしていられませんわね‥‥」
2台の車で3人は街を巡る。
●2つの戦場
司令部に駆け込んだ小鳥は街への兵の派遣と剣牙虎の相手を頼む。司令部が快諾するや、小鳥は外に取って返した。どんな敵がいるか解らぬ以上、ロッテを独りにしておけない。
「ロッテさん‥‥!」
爪先立ちで耳を澄ます。3時方向の音が1番強い。駆け出す。が、途中で毒蛾に見つかった。次々毒蛾が集まってくる。掃射する小鳥。鱗粉が肌を刺激し脳に靄がかかる。
「助けるん‥‥ですぅ! 邪魔しないで‥‥下さぃ!」
平衡感覚が危うくなってきた。だが引鉄は離さない。薬莢が足元に溜まる。羽が舞う。カマイタチが小鳥を襲う。撃つ撃つ!
「あの、傭兵殿、敵はもう」
「ふぇ‥‥」
兵の声が聞こえた。小鳥は無意識に機関銃を背負うと再び駆ける。そしてロッテの許に着いた時‥‥。
ロッテが駆けつけた先にいたのは地獄の番犬だった。周りの兵を下がらせロッテは短剣投擲、全ての首がこちらを向く寸前に神速で飛び込む。
「これは私が引き付ける‥‥軍人ならしゃんとなさい!」
「は!」
巨体の脚を斬りつけ跳ぶと、中空から短剣を投げる。牙を躱して着地。瞬間、別の首から業火が迸る。辛うじて横に転がるが、肉の焦げる嫌な臭いがした。立とうとして姿勢を崩す。左脚の感覚が薄い。
「‥‥ナナ、ね‥‥!? 友達を想うのなら御出でなさい! 貴女は知る必要がある‥‥」
無線で呼びかけながら突っ込む。先程と変わらぬヒット&アウェイ。
少しでも時を稼ぎナナを引き摺り出すべく、単独でケルベロスに挑むロッテ。その度に煌く刹那の攻防。時に避け、時に受け、次第に傷ついていく。無論敵の脚も2本潰した。が。いくら彼女が迅くとも、人間が独りで抑え続けるのは困難すぎた。
「くひひはははは。なぁに、知る必要があるって。ね、早く言わないと死んじゃうよ? ねぇ、何かあるなら言えば?」
ナナが軍服姿で番犬の脇に現れた時には、ロッテの全身は右脚を除いて焼け爛れ、胸の裂傷からは大量の血を流した後だったのである。
「‥‥声が高いわよ‥‥妄想狂」
「何もないんじゃん。殺人者」
ナナの合図で番犬が鈍く動いた、その時。
「ロッテさぁん‥‥!!」
小鳥の一矢が番犬の左首を貫いた‥‥!
「際限ねーな」
「しかも空魚は全滅したのかも把握し難い‥‥」
宗太郎が舌打ちして炎槍を払う。剣牙虎2体が跳び退り、1体が倒れ伏した。と思った時にはビルの陰から放たれた魔女の闇弾が彼らを消耗させる。
無線からはロッテの呼びかけが聞こえていた。きっと野営地にナナは現れる。だからこそ駆けつけたいのだが‥‥
「紅蓮! 仲間の様子は!?」
「待ってくれ」
先程動いた瓦礫を除くと、2人の傭兵を発見した。煤だらけの手を引き上げる。
「骨折はあるが、命に別状はなさそうだ!」
「よかった‥‥」
安堵しつつファブニールが紅蓮達の前に滑り込んで盾を構える。
衝撃。未だ残る空魚と虎の連撃が彼を襲う。盾で押し返して突く。敵が退いた瞬間、回転斬りの要領で宗太郎が乱入する。紅蓮の超機械が輝き、4人の傷が見る間に塞がった。
「千日手みたいだ。損害覚悟で突っ込んでみる‥‥?」
「無策で特攻はしたくね‥‥」
宗太郎が虎の体当りを屈んで躱し、下から腹を突いたその時――
「んじゃソッコーぶっ潰して行くッスよ!」
サイドブレーキを引きターン気味に敵後方の道に停車するや、カルマが窓越しに発砲する!
「僕が魔女を狩る‥‥愉快な因果ですわね‥‥」
「牛乳タイム邪魔されてんだ、さっさと片付けてあの娘にゃお尻ぺんぺんだぜぃ!」
飛び出すミルファリア。続いて虎2頭を適当に撃ち、翠が駆ける。魔女が2人に向いた。カルマの銃弾が腹をぶち抜く。さらに翠の制圧射撃。数多の銃弾に守られたミルファリアが雷の如く潜り込み、魔女を薙ぎ払う!
『――■■!』
闇弾が3人の躯を喰らう。体幹を掻き回される不快感。
しかし。
「ハ! 後ろががら空きだぜ!」
「まずは片付けさせてもらいます!」
宗太郎とファブニールが突撃する!
斬り、突き、跳ね上げ。2人の攻撃で吹っ飛ばされる魔女。その先のミルファリアと翠が得物を振りかぶると、野球のように真正面から叩き落した。
「そこの動物達よぉ。てめェらの頭ァ潰したんで、尻尾巻いて逃げた方がいんじゃね? ア、俺らの手煩わせんの?」
息つく間もなくカルマが叫び、宗太郎も睨みを利かせる。その殺気に中てられたのだろう。明らかに狼狽した空気が伝わってきた。
「‥‥僕の糧になりたいのですか‥‥」
暗闇に犬歯と瞳を煌かせるミルファリア。彼女の姿が決定打となったか、6体いた虎が退き、空魚の気配も消えていった。
後に残るのは合せて10を超える虎と空魚の屍。だが一行はそれらを一顧だにせず、車に乗り込んだ。
●明暗
「ロッテさん‥‥!?」
「‥‥今は抱きつくの禁止‥‥」
ナナがケルベロスを静止してその陰に隠れた隙に、小鳥がロッテに駆け寄る。普通なら死んでもおかしくない火傷。何とか触るのを我慢し、小鳥はナナを見据えた。
「どうして‥‥こんなぁ‥‥!」
「残虐非道な傭兵と軍に訊いてみる?」
距離は30m。遠巻きに兵が見守る中で対峙する3人と1体。小鳥は無線を入れたまま進み出る。ロッテを守る為に。
「‥‥その、事で‥‥あなたは真実を‥‥知りたくないのですかぁ‥‥友達‥‥ルカさんのぉ‥‥」
「だから何。今度は口が聞けるうちに喋って」
「信じるか‥‥信じないかは‥‥任せますけど‥‥これが私達の見た‥‥真実ですぅー」
そして告げる顛末。互いの理想を求めたが故の事故のようなものだった事を。彼女はバグア側から侵略を止めんとしていた事を。できるだけ長く詳細に。
ナナの瞳の奥を射抜くが如く小鳥は見つめる。兵もじっと動かず、聞こえるのは遠くの怒号と番犬の鼻息だけ。
そこに響く、哄笑。ナナは番犬の横まで歩くと、
「本当?」
唐突に嗤いを止めて。小鳥が小さく頷こうとした、瞬間。
「なんて言うと思わないよねぇ、殺人者! くひははははははははははははははは!!」
凄惨な笑み。ナナの濁った瞳が昏く沈む。ロッテが辛うじて立ち上がり、紅い唾液を吐き捨てた。
「救えないわね‥‥捕まえるわよ」
「‥‥は、ぃー‥‥っ」
2人が得物を構える。番犬が前に出た。汗が頬を伝う。
「待ってて、殺してあげるから!」
ナナが叫んだその時。
「うおぉおっるぁあぁああぁああ!!」
兵の群を貫くように突っ込む車!
ドリフトしてロッテ達の真横に急停止するや飛び出す人影。陰の1つ――カルマが2人の前に立ち、だらしなく敵に銃を向けた‥‥!
「正義の味方、さんじょー」
「形勢逆転っと。おい、捕縛してやっから動くんじゃねぇぞ!」
宗太郎が槍を斜めに間合いを測る。
ナナは声も無く嗤うと、肩を竦めた。
「ざぁんねん。いいよーに分散できたから2人くらい持ち帰りたかったのに」
「?」
紅蓮が辺りを見回す。
何だ。何かがおかしい。目の前に復讐対象が2人どころか11人いるのにこの落ち着き。何が。そこまで考えた時、思考の欠片がカチリとはまった。
『爆発とキメラの混乱の中、何故ゆっくり我は考えられるのか。それは、ケルベロス以外の敵が別の所にいるから』
「一刻も早く彼女を捕まえ‥‥!?」
紅蓮が警告せんとした時。
ナナの背後に、人らしき物体を銜えた剣牙虎が姿を現した‥‥!
「形勢? あはは。街まで守ろうとした時点で確定してるよ」
●アラストル――復讐者
ロッテが拳を握り締める。
軍に少数ながら能力者がいると解っていた、のに‥‥!
だが。
「まだやれる‥‥!」
「それでも彼女は拘束、ですか?」
小声でミルファリアが確かめる。頷き、ファブニールは一歩踏み出した。
「僕はキミの友達の最期を見届けました‥‥無念だったと、思います。僕達にも辛い結末だった」
「なぁに、殺人者の懺悔?」
表情を歪めるナナ。カルマは銃を構えたまま。翠と小鳥も狙いを定める。目的を果たしたからか、剣牙虎の姿がナナの横に複数現れた。
「確かに僕達が殺した、でもだからこそ! 彼女の理想を砕いた僕は僕の理想を生涯貫くと誓った、そして貫く為にもキミに復讐を遂げさせる訳にいかな‥‥」
「勝手に人の友達使うな!! 誓い? なら私も誓ってあげる。殺人集団から体を取り戻すって!!」
「戻らないんだ! どれだけ悲しんでも祈っても! 未知の技術でも、きっと‥‥ッ」
「仮に姿形が蘇ってもそれは友達じゃない、単なる人形だ‥‥」
必死に呼びかけるファブニール。紅蓮は冷酷な現実を突きつける。
だがナナには届かない。何故なら彼女は独りだから。暗闇に外から手を差し伸べても、傍に光がなければ進めない。故に。
「‥‥。くひひひひはははははははは。可哀相。UPCに毒されてるんだね」
ナナが純粋な少女に戻る事はもはや、ない。
「タチの悪いジャンキーですな。入院しかなさそうだ」
「‥‥1つだけ教えてくれ。君は、純粋にその子を取り戻したいのか? それとも復讐したいのか?」
牛乳中毒の翠が呟く一方、紅蓮が訊く。それはナナの心を揺さぶるに充分で、しかし遅すぎた問い。今や手段と目的が混在したナナは嗤い、憐憫を込めて傭兵を見る。
「じゃあね。今度は絶対、殺してあげる」
「ざけんな‥‥」
ナナが背を向けたその時、カルマが口を開く。同時に体で隠した左手で閃光弾のピンを抜いた。
「ふざけんじゃねェよ狂人が!!」
数秒を数えて閃光弾を真下に落すや、ナナの方に蹴り飛ばす。同時に暗闇を一瞬の光が切り裂いた!
「行く、わよ!」
「酷な様ですが‥‥貴女の事はよく存じ上げませんので‥‥」
神速のロッテとミルファリアが翔ぶ。番犬が遮二無二立ちはだかった。無事な右脚の爪で蹴り上げるロッテ。ミルファリアの大剣が中央の首を飛ばす。
ナナは手探りで剣牙虎に乗り駆け出した。兵の銃弾は虎に防がれる。翠と小鳥が鉛玉と矢を放つ。高い悲鳴。どこかに当ったか。だが手応えは少ない。カルマの拳銃が火を噴く。またも番犬が立ち塞がる。
「どきやがれェ!」
宗太郎が突進からめくって側面に出るや、番犬の体を一閃した。さらに敵の牙を躱し、足捌きの妙によって逆側面に回って薙ぎ払う!
「逃がすか!」
番犬が傾いだ。直後宗太郎の俯角気味の投石。ナナの悲鳴が続く。後少し。だが番犬も命を賭して妨害する。ロッテが走ろうとし、しかし遂に糸が切れたように倒れる。ミルファリアの俊足は残っていた虎に阻まれた。
『――■■!』
番犬の灼熱が直に8人を襲い夜を照らす。
次第に敵が遠ざかる気配。小鳥が転がりつつ暗視装置で見るが、兵が邪魔で判然としない。
そしてファブニールと宗太郎が番犬を挟み込み処理した時には、ナナを乗せた虎は篝火の間を抜け、消えた後だったのである。
かくしてカヴァラ襲撃事件は幕を閉じる。街は警察と軍によって程なく落ち着きを取り戻し、野営地も翌日には隊の整理を終えた。死傷者は一般人及び兵卒90名余、能力者――1名。
<了>
「これで、掛け合ってくれるよね」
『‥‥うむ』
「くひひひひ‥‥」
ナナの薄笑いが隠れ家に響く。彼女は傍の死体を虎に乗せると、千切れかけた己の右脚を切り落し、夜の闇に溶けていった‥‥。