タイトル:押し寄せる波濤マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/16 23:50

●オープニング本文


 ――我が命に従い、来たれ熱砂の木偶‥‥
      ‥‥彼の地、彼の者に紅の粛清を――

●暗黒大陸
 彼は笑う。歓喜に満ちた声を上げて。
 彼は退屈だった。ただこの大陸に篭り、あるいはただただ欧州に散漫な攻撃を仕掛けるだけの日々に。
 と言って自らが主体となって行動したところで、誰がそれについてこよう。何の騒ぎになろう。所詮ただのいち個体、いちHW乗りに過ぎぬ自分には、物語の中心に立つ事は許されていないのだ。
 それ故。誰かが何かを仕出かさないか。彼はそれだけを待っていた。
 そして、今、それが、来た。
『カッシング』からの連絡を聞いた時の、感動、愉悦、狂気。我が意を得た、圧倒的な充足感。
 自分達が決死の思いで欧州との戦線を越え、要請に応えたところで、単なる1つの駒に過ぎない事など分かっている。しかしそれでも、今をおいて他にないではないか。今こそが、待ち望んだ秋なのだ。
 万感の思いでハンガーを見回す。でっぷり太ったHW。修理中のビッグフィッシュ。むしろ場違いにすら思える、タロスとかいう新しくここにも回ってきた1機。その中でも彼は、刺々しくも愛おしい、自らのHWに歩いていった‥‥。

●マドリード急襲
 その日、ラ・マンチャの傭兵は北と南、2つの空に異変を見た。
 北には超高高度から降ってきた黒点を。
 南には幅どれくらいなのだろうか、災厄の如き蠢く波を。
 双眼鏡を覗いたままの傭兵。暫く呆然としていた彼は、我に返った瞬間には走り出していた。何はともあれ確かめなければ。どちらに行くか。北は既にマドリードの防空圏内。ならば今から向こうに自分だけが行っても大した意味はないだろう。とすれば今せねばならない事は南の偵察。
 野を駆け、彼はなだらかなラ・マンチャでも僅かにあった丘陵の頂上付近、少し下った場所に滑り込んだ。腹ばいとなり双眼鏡を向ける。
「アフリカからの敵か‥‥?」
 それも、やはり敵と思われる北の黒点とほぼ時を同じくしたような襲撃。そんな大それた侵攻で、しかもここまでスペインの地を無差別に攻撃していないところを見ると‥‥敵の意図は、もはや明確だった。
 彼は急ぎ敵戦力の把握に努める。少しでも情報を軍に渡さねば。痛くなる目を酷使して双眼鏡を見続ける。
 前面に飛行キメラの群。その後ろに見え隠れするのは小型HWとCWの編隊、さらにビッグフィッシュも1機か2機見えたかもしれない。直掩HWは6機前後に‥‥キューブか? そしてこれ程タイミングを合わせた攻撃なのだ、おそらく後ろあたりにはタロスか何かに乗った前線指揮官もいるだろう。
 他にはないか。まだ粘ってみるか。だがそれが致命的な遅れとなるかもしれない。
 ――まずは連絡せねば!
 逡巡は数秒だった。ひとまず今見えたそれだけの敵戦力を確認し、彼は転がり落ちるように取って返した。1秒でも早く伝える。それが仲間を有利にするのだから。
 そうして、彼は必死にマドリードにまで無線を繋げる。が、しかし。
『――急‥‥! ‥‥な奴ァまと‥‥撃‥‥ぉおおお!!』『敵‥‥砲‥‥ッ!!』
 返ってきたのは、既に前線と化したマドリードの声だった‥‥。

▼傭兵が出撃時に把握している戦況
           北 ↑至マドリード

   ―――――――――――――

    ▲▲    ▲     ▲▲▲
     ▲   ▲  ▲  ▲ ▲
      ●         ■■
           ★?





           南

―:軍による絶対防衛ライン。空陸からこの辺りを死守する構えだが、北の敵本隊奇襲により結構危険。
▲:飛行型キメラと小型HWとCWの混成部隊
■:ビッグフィッシュ1機か2機+直掩の小型HW6機前後とCW1機(メイズリフレクターの可能性も)
●:中型HW(強化型?)
★:タロス?(未確認)

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
ハルカ(ga0640
19歳・♀・PN
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
アンジェラ・D.S.(gb3967
39歳・♀・JG
アーク・ウイング(gb4432
10歳・♀・ER
舞 冥華(gb4521
10歳・♀・HD
ファブニール(gb4785
25歳・♂・GD

●リプレイ本文

『‥‥き情報‥‥!?』『我これよ‥‥察‥‥!』『‥‥撃ち落‥‥‥‥えぇぇ!』
 蒼穹を舞う数多の銀翼。錯乱と緊張の入り混じった軍の無線が飛び交い、時にトレド方面の電波まで混線してくる。
 グラナダ以来昨日まで小康状態を保っていたマドリード周辺は、僅か数十時間にして再び激戦区へ突入していた。
「‥‥巡り合わせに感謝、だ」
 ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)は雷電2――Inti機内で独りごちる。背後には憧憬のラス・ペンタス。前には幾重にも連なる敵の群。丁度良い、ではないか。
「どこぞにでも身を引くんですか?」
「どうだろう、ね」
 自嘲するようなホアキンの声に、周防 誠(ga7131)が髪をかき上げる。
「確かに、それが1番利口かもしれませんね。ユダだの何だの‥‥」
 その時偶然にもトレドからの無線が城という単語を伝えてきた。これですよ、と誠が嘆息する一方、月影・透夜(ga1806)は声を張り上げる。
「いいか、北の無線も運悪く聞こえて不安かもしれん! だが落ち着け、思い出せ! その手に握った力で仲間を守るんだ、マドリードの家族を護るんだ!」
「目醒めなさい! 後ろを信じ、前を見据えて‥‥!」
「私達が強いのを‥‥抑えますから‥‥その間に持ち直して下さぃー」
 ロッテ・ヴァステル(ga0066)と幸臼・小鳥(ga0067)も外部に拡声する。兵が見上げればそこには後方から来る10機のKV。陸から見たKVの頼もしさはいかばかりか。戦闘機の友軍が翼を振ってすれ違う。
「お熱いね〜。私も単純明快熱血展開の方が好きだけど」
 R‐01機内にぶら下げた種々の某社長グッズを眺めつつハルカ(ga0640)。
 無論熱血だけで兵が十全の状態を取り戻せる訳ではない。挟撃されかねないという物理的重圧は変わらないのだから。が、少なからず心構えは定まるものだ。アンジェラ・ディック(gb3967)は疲れたような嬉しいような息を吐いた。
「戦略的挟撃を前に、どうあろうと耐えるしかないわね」
「ん、こことっぱされちゃうとみんな困る。あとこれだけいればねんがんのにゃんこせんせーもきっと出る」
「せんせー?」
 不用意にも舞 冥華(gb4521)にそれを問うファブニール(gb4785)。「試してみる?」と冥華が黒猫ミサイル弾頭をファブニール機ロビンに向けた。苦笑して遠慮する。
「せんせーに追われるのも時には楽しそうですが、今はそんな場合じゃない‥‥絶対、護らないといけませんから!」
「ん。敵も本気みたいだから、アーちゃん達も覚悟を決めて戦わないと」
「カミカゼではない、生きて勝つ覚悟ですね。一応確認しますが」
 アーク・ウイング(gb4432)の言葉に反応する誠。ファブニールの表情が僅かに翳る。
 ――生きて完勝が最高だとは思う。でも挺身して護る事しか、僕には。
 歪なのかもしれない。でもそれしかないのだ。自分が笑っていられる為には。
 そんな彼をよそに戦場は刻一刻と迫る。敵前衛のキメラが戦闘機と接触した。銃砲声と白煙が立ち込める。高射砲が奥の小型HWを狙う。いよいよか。ロッテ機が飛び出した。
「一泡吹かせるわよ。透夜、両翼から締め上げましょう。小鳥、此処の死守は任せるわ!」
「気をつけて‥‥下さいねぇ?」
「魔弾の名の下に、戦線を貫き目標を撃破する!」
 一行は一気にブーストし三方に散っていく。中央、右翼、左翼。各々正面から敵とぶち当たる正攻法。
「せんてひっしょー」
 戦闘機の合間を縫って翔るハルカ、ホアキン、誠、冥華の4機からK‐02の花が咲き乱れた。白煙と爆発の狂乱。敵前線が一瞬で綻ぶ!
「Dame Angel、これより敵南方軍を迎撃、押し寄せる波濤よりマドリードを防衛する」
 軍人時代の癖でアンジェラが何気なく口にした言葉は、妙に9人の耳に残った‥‥。

●両翼奮迅
「邪魔ですね。どいてもらいますか」
 誠機ワイバーンから放たれる正確無比な銃弾が小型HW砲身の根元を穿つ。姿勢を崩した瞬間にロッテは操縦桿を倒しペダルを踏み、敵胴体を引き裂き抜けた。小爆発しながらフェザー砲を撒き散らすHW。紙一重でロールするホアキン。驚異的機動で潜り込むや、ロッテの跡をなぞるように斬り裂いた。
 爆発するHW。ホアキンは爆煙を抜けるより早くさらに引鉄を引く。超電磁が銃身を包み、死の弾丸が一筋の光を残して敵群を貫いた。
「何が出てこようと‥‥青空の闘牛士が、この空は通さん」
「今のうちに突っ込むわよ‥‥!」
 ロッテ機アヌビスが直線上に重機をばら撒く。反動に機体が引っ張られる感覚。変わらず前へ翔る。翔る。鳥型が風防にぶち当たる。構わず滑る。紅い跡に僅かに顔を顰めた刹那、横腹にプロトン砲が叩き込まれた。
 3条4条。小型HWの群に飛び込んでしまったか。だが構っている暇は、ない!
「Inti――行こうか」
「一斉砲火で前だけを抉じ開けましょう」
 2機のエニセイが前のHWを穿つ。敵がふらついたと同時にホアキンの粒子砲が唸りを上げて空を割った‥‥!
「見えた‥‥!」
「同行させてくれて助かったよ‥‥俺は指揮官でも探してこよう」
「Bonne Chance!」
 左旋回して群の後ろを横切っていくホアキン機を横目に見つつ、ロッテと誠は正面の中型HWへ。小型までなら数は多くとも軍と仲間が何とかしてくれる。そんな信頼が人を突き動かす。
 先制して誠の狙撃銃が敵砲身付近を貫く。が、反撃してくると思われた中型は一直線に抜けんとしてきた。超速度の余波が2機を襲う。
 しかし。その余波に敢えて巻き込まれるように急旋回したロッテが機体をぶち当てた!
「急ぎのところ悪いけど‥‥Terminusは此処よ!」

 味方左翼では右翼以上の暴風が突き抜ける。透夜機ディアブロを先頭とした嚆矢型の一塊。アテナイで敵を縫いとめ、一定空間に集中した弾幕が敵を遮り、瞬間的に躍り出た透夜機が敵を両断する。
 誰が誰を補うのではない。高次元で安定した4機が1個の個体として駆け抜けるのだ。
「邪魔だ! 退かないなら翼をもがれて墜ちろ!」
「むむ、みんな速っ、けど私のお姉さまも負けてられないのだ〜」
 轟音を上げ透夜と入れ替わるように飛び出すハルカ機。翼端の水蒸気が軌跡を作り、ショーのように敵を呑み込んでいく。銃弾が飛竜の腹を穿つや、機首をそこに突っ込ませぶち破った。
「いた‥‥BFは2機っ」
「青いのは‥‥!?」
 アークの声を待つ透夜。操縦桿を握る手に汗が滲む。ファブニールとハルカが直掩HWとキメラにしかける。AAEMの爆発が進路をクリアにした。
 そしてはっきり見える――澄んだ青!
「CW!」「有難い!」
「ミサイル発射〜」
 ハルカのK‐02が火を噴く。圧倒的な爆発と共に突撃、巴戦に入った。煙の中から幾筋もの光線が飛来する。あるいは躱し、あるいは受け。斜め上方を位置取ると、ハルカを除く3機が一気にBFへダイヴする!
「ちょっとめんどいから私あっち先にやっちゃうよ〜」
「了解。僕はBF‥‥BFを墜とします。僕の持てる全力で‥‥今の僕にはそれしかできないけど、だからこそやれる事もある筈ですから!」
 ハルカの螺旋弾頭がHWに直撃する。同時にファブニール機から解き放たれる粒子砲!
 断末魔の如き砲声が連続する。BF1機が小爆発を繰り返す。敵装甲が簡単に剥げた。そこを逃さず透夜とアークが突っ込む。
「腹に溜めたものごと藻屑と散れ」
 透夜の集積砲が上部中央に風穴を開けた。見る間に近付く2機。激突寸前。堪えに堪え、スイッチを押す押す押す!
 アークと透夜の螺旋弾頭が、銃弾が、寸分違わぬ場所に吸い込まれた。同時に機体を引き上げる。急降下爆撃の如き刹那の交錯。直後BFが爆散する。だが。
 振り返って捉えた敵の残骸に、キメラが乗っていた形跡は、ない。
「?!」「‥‥。ぁ、陽ど‥‥」
 切羽詰っていると思えぬ調子でアークが言いかけたその時、いつの間にか中央から移ってきたらしいタロスの光線が4機を貫いた‥‥!

●抉じ開けられた道
「私達より後ろには‥‥絶対行かせないのですぅ!」
「右翼、敵圧力減少。小鳥殿に冥華殿、暫く左翼寄りで」
 小鳥機ウーフーの狙撃銃がキメラ頭部を正確に撃ち抜く一方、冷静に視界を覆わんばかりの敵群を分析するアンジェラ。ほぼ満遍なく放たれたK‐02の白煙が未だ漂う中、3機は軍KVに混じって八面六臂の活躍を見せる。
「護ってもらう。のはいいけど、ちょっとじゃま。にゃんこみさいる撃てないー」
 冥華の冷たい声に反応してパッと射線を退く軍KV。途端に冥華機フェイルノートが前へ出るや、ミサイルを発射してループする。そこを狙ったHWのプロトン砲連射。右旋回するも尾翼直撃。冥華の体ががくんと揺れた。
「冥華殿、出過ぎないよう」
「う、せんせー‥‥」
 押し寄せる敵群と冥華機の間に入るアンジェラ。軍KVと入れ替わるように舞い戻る。
 乱れ飛ぶ光線と砲弾。絶え間ない激突が黒煙を生み、それが戦場を覆っていく。アンジェラ機に重力波を乱されたHWの光線は時に見当違いの方へ迸り、離れた丘が抉られた。
 友軍が敵の気を引いた瞬間、小鳥の集積砲がHWを貫通した。爆発。その後ろからまたも飛来する敵。小鳥の首がかくんと下がる。
「一応倒せます‥‥けど‥‥多すぎですぅっ」
「防衛線なんてのはそんなもの‥‥」
 アンジェラが小鳥を慰めんとした、その瞬間だった。
 予期せぬ光点が、レーダーに映し出されたのは‥‥。

「貫け、2段加速砲!」
 ホアキン機Intiが翻り、タロス真上から急降下する。電磁砲の砲口をぴたりと胸部に向けるや、恐ろしい反動と共に一瞬で着弾する砲弾。間髪入れずペダルを踏み込み姿勢制御、粒子砲を解き放った!
 すれ違う。左旋回。左に敵を見た瞬間、淡紅色がホアキンを襲う。2条3条。左翼被弾。ロールしながら機首を突っ込ませた。ホアキンから逃げるが如く、敵は機体表面を蠢かせてBF側へ飛んでいく。その背にエニセイを叩き込む。が、しぶとく逃げる敵。ブーストして追う。敵光線がBFの方へ迸った。
 敵の向こう、陣形を乱す味方が見える。
「新型量産機なら素直に戦ってほしいものだ‥‥!」
 舌打ちして見据えると、速度を落した敵を中心に合せ、冷淡に引鉄を引いた。
 機体全体が揺れる反動。けたたましい砲声と同時に敵の首から上が吹っ飛んだ。痙攣して墜ちていくタロスを見、ホアキンは手近なBF班の援護に行かんとした。と、その時。

「突撃する!!」
『本星型HW』の中で彼は叫ぶ。眼前には一直線の空白。敵味方が両翼に散開した事で生じた一筋の光明。これを一気に駆け抜ける!
「ハ、ハ――!」
 愉悦に笑みが漏れる。いけるいけるいける。絶対――!?
 突如飛来する夥しいミサイル。彼と共に突撃せんとした無人爆撃型何機かに当る瞬間が目に入り、直後自らも激しい衝撃に見舞われる。
 が、墜ちない。残った。彼は残った。それを自覚するや、彼は命令を発する!
「行け! 俺が後ろを引きつける!」

『敵第2波襲来、至急中央を‥‥!』
 切迫したアンジェラの警告が届く。ホアキンが計器に目を落した。同時に背後――中央を急上昇して翔ける一団!
「妙に敵中央が薄いと思えば」
 スライスバック、躊躇わずホアキンがK‐02のスイッチを押した。大量のミサイルが白煙を曳き一団に吸い込まれる。大爆発。が。炎を抜けて北上する6機を捉えた。
「こちらQuena、敵を捕捉し‥‥!?」
 電磁砲で撃ち落さんとしたホアキン機に、黒煙から飛び出してきた本星型が迫る――!

●両翼鳴動
 左右で敵を引きつけ、戦場が動いた瞬間中央を突破する。超低空から高空へ舞い上がった敵第2波はさながら仏皇帝の近衛兵突撃。不確かな観測情報だけで満足したが故の僅かな隙を衝かれたのである。
 でっぷり太ったHW4機と直掩2機がホアキンの脇を抜けるその光景は、両翼の彼らの目にも明確に映っていた。
「‥‥まいったね」
 誠が軽く舌打ちしつつ狙撃銃の引鉄を引く。中型の機動が僅かに変わり、そこにロッテ機が交錯する。斬。浅い。翻って最後の誘導弾をぶち込んだ。黒煙を上げるHW。不規則な急停止からフェザー砲を撃ちまくる。左翼先端が弾け飛ぶ。辛うじてロールし続け姿勢保持、全力で操縦桿を倒し再突入する!
「都合が変わったの、いつまでも貴方と戯れる時間はないわ。誠!」
「了解」
 誠の弾丸が敵の出鼻を挫く。傾いだと同時にロッテ機が回転しながら突き抜けた!
「タフに改造しすぎよ‥‥!」
「熱砂仕様ですかね」
 さらにターン。敵光線と擦れ違うように重機をばら撒くロッテ。光線がロッテ機下部を掠めた。着弾に合せた誠が別角度から肉薄する。
 斬‥‥!
 深々と裂いた敵機体。折れ曲がって尚もがくHWに、ロッテの剣翼が止めを刺した。爆発。黒煙が収まるのも待たず急旋回する2機。可及的速やかに中央へ。そんな2人の思いを弄ぶように、無線からは断片的な情報が聞こえてくる。
「小鳥‥‥!」
 ロッテは雑音混じりの戦闘音を聞き、鷹の群に飛び込んだ。

「皆、大丈夫ですか!?」
「タロス、味方まで撃ったのだ」
 いち早く上昇して自らの黒煙を抜け出すファブニールにハルカ。眼下には煙に巻かれた残りのBFとHW、そして仲間。数秒の沈黙が最悪の事態を想像させる。
 ――無事に決まってる。絶対!
「私、迎え行ってくるよ〜」
 機首を下に向けるや突っ込むR‐01。機関砲が黒煙に吸い込まれる。蠢く影。明らかにKVより大きい。一気に加速した。突入、直前。
「‥‥1発でやられてたまるか。それよりここを片付けて救援に向かうぞ!」
「うん、防衛線が破られたら元も子もないよね」
 ミサイルをぶっ放して爆風で黒煙を吹き飛ばす透夜とアーク。明瞭になった視界に、中破したBFとHW2機が映る。数秒前の不安を掻き消して余りある勢いで、ファブニール機が急降下した。
「はい、翔け抜けましょう‥‥ここを通す訳にはいかないんです!!」
 速度に乗って粒子砲連発。BF上部に集中的に叩き込む。狙いなどない。ただそれだけの攻撃を敢行する!
 敵装甲が溶け落ちる。交錯するファブニール機を追う敵機関銃。尾翼が削れた。が。
「お願いします!」「了解!!」
 透夜とアークが左右から挟みこむ。示し合せたように螺旋弾頭が敵に突き刺さった。透夜機の剣翼がハッチ端を引っ掛け、強引に引き裂く。HWの光線が透夜機尾部を襲う。
「邪魔しちゃダメ」
「皆無視するのは可哀相なのだ」
 右旋回からアークのAAEMがHWに向かう。急制動をかけ空中停止するHW2機だが、そこにハルカ機が突っ込みミサイルを放つ!
 弾頭が2機に当る瞬間が目に焼きつく。操縦桿を引き急上昇。直後、ハルカ機を煽るような爆風が生まれた。
「これもブラフか‥‥!」
 相前後して爆発したBFとHWの落ちる破片をモニタで拡大し、透夜。やはりキメラは積んでいなかった。忸怩たる思いでその事実を確認するが、のんびりしていられない。敵の二の矢は既に放たれているのだから。
「俺はホアキンと合流して追う。皆は抜けた敵を‥‥!」
 一斉にブーストして敵右翼を蹴散らしていく4機。跡には4条の白雲。戦場は目まぐるしく動く――!

●波濤
「新手‥‥ですぅ!?」
 今や隠れる必要もないと高高度へ進出した敵一団の姿は小鳥のレーダーにもはっきり映り、ひたすらこちらへ近付いてくる。それが小型HWの光点の群の中に消えた。
「これ以上一気に来られると‥‥困りますぅー」
「冥華のK‐02のでばん。どっちにやる?」
 スラスター銃の絶え間ない振動が冥華の声を震わせる。人鳥融合体のような敵を胴から千切った。そこを軍KVに突撃してもらい、陰から黒猫ミサイルを発射する。偶然弾頭表面が見えた。やはり黒猫。秘かに落胆する冥華とアンジェラ機が交錯する。
「第2波の優先順位が高いわ。ここで確実に墜とすしかない」
「ん、ふぇいるのーとの見せ場」
「そこ、わくわくしない」
 嬉しげな雰囲気に、アンジェラが嘆息する。解るけどね、と凄絶な笑みを浮かべ9発目のAAMを放った。爆煙がCWを覆う。その彼女に集中する敵光線。ロールするも被弾。装甲が剥げ落ちる。もはや前方180度から襲われるような感覚があった。
 ――このままでは耐え切れない。両翼どちらか‥‥間に合えば‥‥!
 キメラを相手取った軍KV4機が目前で躍動するが、全体を見回し続けるアンジェラの顔には冷や汗。姿勢を崩したアンジェラ機に殺到しかけたHW先頭を小鳥のアグニが貫いた。爆散。
 その、黒煙の合間に。
 遂に第2波らしき一団が、目視できた。爆撃型4と直掩2。ホアキンの一撃のおかげで勝算はきっとある筈。
「軍の人、ここおねがい。冥華たちべつなのやっつけてくるー」
 フェザー砲の嵐が機体下部にぶち当たる。が、構わず3機は上昇する――!

 ガァン‥‥!
 ホアキン機に体当りしてくる本星型。高速の巴戦において数秒の制御不能は致命的な隙となり得る。それが今、ホアキンに襲い掛かった。
 ペダルを踏みロール。傾ぐ視界。僅かに計器に目を落す。刹那、敵フェザー砲連射が至近から風防目掛け放たれる。衝撃衝撃。微かな亀裂が入った。しかし歴戦の彼とIntiが、それだけで墜ちる訳がない!
「成程。こいつが真の指揮官‥‥」
 お返しとばかりエニセイが火を噴く。薄い膜に阻まれる感触。さらに引鉄を引きながらホアキン機が翻る。煌く翼で敵を掠めて旋回。敵に尾部を晒した瞬間、光線が真ん前を通過する。
 ――タロスより扱い慣れた方に乗る、か。
 我知らず微笑するホアキン。素早い下方ターンから正対して対空砲を撃ちまくる。敵は東に後退しつつ砲撃戦に入った。
 明らかな時間稼ぎ。そう思った時。
「そんなものに付き合ってられんだろう!」
 敵後方から吶喊してきたディアブロの集積砲が轟いた‥‥!

「ついんぶーすとにゃんこあたーくっ」
 気の抜ける声と共に解き放たれる夥しいミサイル!
 ホアキン機に続き2度目のK‐02を喰らった敵編隊は幾条もの黒煙を噴き、真白な視界を黒く染める。
「速攻。爆撃型最優先よ」
「絶対‥‥外さないのですよぉ!」
 次いでアンジェラと小鳥のミサイルが飛んでいく。煙のせいで弾着は見えない。同高度に到達した時、その中から2機程度だろうか、巨大な塊が落ちていき、途中で大爆発を起こした。
 爆発に呑まれたロック鳥が炎に消えた。冥華も旋回して煙に黒猫弾を撃ちこむ。が、態勢を立て直した直掩機が垂直に上昇するや、四方に淡紅光を撒き散らす。
 真下に潜らんとする冥華。操縦桿を倒した途端、衝撃が彼女を襲う。3、4。間に入りながらアンジェラが機首を上に向ける。大口径が火を噴く。白煙の先のHWが斜めになって静止した。
「悪趣味な」
「きますぅ!」
 HWが2機の方を見た。小鳥の悲鳴が無線に乗る。イビルアイズのキャンセラが起動音を上げる。1条。掠めた。2条。降下して躱す。3条。冥華機の反応が鈍い。瞬間、射線に残るアンジェラ!
 直撃。装甲が激しく吹っ飛ぶ。小鳥のアグニが横合いからHWを貫いた。小爆発して高度を下げる敵。安堵した――その時。
 K‐02爆煙から這い出たもう1機の直掩に、側面を取られる‥‥!
「っ‥‥あんじぇら、のく」「任務は完璧に果たしたい性分なのよね」
 敵砲口が輝く。操縦桿を傾けた。機体反応は驚く程緩慢で、跳ねる汗が明確に認識できる。これが危機に瀕した脳の処理速度か、などと悠長に思った直後、アンジェラ機をプロトン砲が灼き尽した。
「ん、むー‥‥っ」
 それは陰の冥華機まで呑み込んでいく。眩い光が網膜を焼き、次の瞬間に元の空へ戻った。
 冥華機内に警報が鳴り響く。計器と視界は真っ赤に染まる。それでも彼女は黒煙を纏って墜ちるアンジェラ機を護るべく側面のHWへ向かう。黒猫を解き放った。
「さいご。せんせー、でる‥‥っ」
 縋る願いを込めた一撃はしかし、いつもの弾頭が命中するだけ。小鳥機がHWに撃ちまくりながら突撃する。
 斬。敵小破。続けて旋回した時、遂に煙の中の爆撃型が北へ急発進した。数は2。元より2倍の数だったのだ。彼女らは善戦した。だが。
 マドリードへ直進する敵2機を止めるものはもはや、ない。

●胸突八丁
 黒雲が停滞する。夥しい量の火薬は辺りを薄暗い世界に変え、砲声は雷がスペイン中に駆け巡るが如く。
 防衛線では戦闘機と軍KVが入り混じって巴戦を繰り広げ、陸では無駄と知りつつ高射砲を撃ち上げる。敵味方の破片の霰が装甲車に突き刺さる事もあれば、瀕死で墜落した敵に集中砲火、あるいは味方を機内から引きずり出す事もある。
「てめェらは目の前に集中しろ! 俺がてめェの脳ミソだオラァ!!」
 彼らは死力を尽す。頭上の砲声。混沌の無線。トレドの爆音。何分か、何時間かも解らぬ永遠の一瞬の中で。
 また1機のKVが墜ちてくる。それは錐もみ回転を止めんとスラスターを噴かしたが、努力空しく急角度のまま原野に突っ込んだ。土を巻き上げ鈍い爆発を起こす。兵が駆け寄る。網目のように亀裂の入った風防を開けるとそこには
「‥‥ハ。ま、やれる事ァ‥‥やった、か、ね」
 頭と腹から大量の血を流した歴戦の女戦士――状況開始からずっと防衛線中央で効率的に観測し続けた、アンジェラの姿があった。

「まだこれ程いますか」
「墜ちれないのよ‥‥戦友が戦っている限りね!!」
 誠機からK‐02が放たれる。危険を承知で直後を滑空するアヌビス。敵と相前後して城に攻め入る足軽のように、ミサイルと共にキメラの群へ突っ込む!
 爆発の衝撃がロッテまで襲う。脳が揺れる。視界が霞む。それでも彼女は翔け続ける。剣翼が敵の肉を引き千切った。主翼が悲鳴を上げる。経験が限界を教えるが、ロッテは誠が拓いた目前の空白をブーストして突き進む。遅れて誠。高度を上げつつ引鉄を引く。
「そろそろ選手交代といきましょう」
「‥‥ッ」
 前に出て猛烈に噴射する誠機。ロッテは素直にそれに追従する。無論意地を張りたい感情も僅かに燻っていた。しかしやらねばならぬ事が、あるのだ。戦友や、第1報となる目視情報を送ってくれた彼の為に。
 前にはばらばらとキメラが漂い、その合間に軍KVが見える。目標はそこかその先。ホアキンもそちらに向かうだろう。ならば。
「交代するなら、全速力よ」
「‥‥了解」
 誠は微笑して急加速した。

 比較的損傷軽微な小鳥機が冥華を庇うように、2機はマドリードへ舞い戻る。背後からは中破した直掩1機と前線を抜けた小型HW3機が迫り、間断なく光線を撃ってくる。
 左右に分かれ滑る2人。小さくターンして背面のまま小鳥が集積砲を放つ。戦果を見る間もなく旋回して北へ戻る小鳥。その尾部に小型HWがぶち当たってきた。姿勢を崩す小鳥。
 距離を稼いだ冥華がモニタでそれを見る。
「やっぱり冥華がたたかう。冥華のみさいる、ほぼしなぎれだから。時間かせぎ」
「そんな‥‥反撃もできないのに‥‥危険ですぅ!」
 急旋回して翼で刻む小鳥。三方からの光線が小鳥機を襲った。残る1機は小鳥の脇を抜け冥華へ、引いてはマドリードへ直進する。飛行も覚束ない冥華がループ、その1機に真正面から接近する!
「これでほんとにしなぎれ。きゅーしょに当てる」
 見る間に迫る敵。小鳥が息を呑む音が聞こえた。スイッチを押す。機体が軽くなる感覚。白煙を曳き飛んでいくAAM。それが爆発し――
 爆煙から、無情な敵光線が飛来した。
 避けきれない。直撃。警報が鳴り響く。アンジェラが墜ちた事と敵に抜かれた後悔、それに『にゃんこせんせー』が出てくれなかった悲しみがない交ぜとなり、冥華の頭から緊急脱出する事すら奪い取る。北の方でドスンと何かが落された衝撃が伝ってきた。
 ほんの一瞬、幼い自分が手を引かれて優しい場所を歩く姿が脳裏に浮かんだ。その甘く残酷な記憶に身を委ねかけた、刹那。

「絶対やらせない!! 僕は皆の幸せを護るんだああぁあぁぁあああああああ!!!!」

 遮二無二戦場を突っ切ってきたロビン――ファブニールが、必殺の粒子砲を解き放った‥‥!

●最終局面
 小爆発を繰り返して高度を下げる冥華機。爆散したHWと交錯し、正面からBF班3機を捉えた。
「とっぱされちゃった」
「私達にお任せなのだ」
「むね、いたい」
「安心して降りよっ?」
「‥‥、‥‥ん」
 痛む体に鞭打ち冥華が操縦桿を倒すと、荒野を貫く一本道に着陸していった。
 バトンを受け取った3機は小鳥の方に目を向ける。HW3機を相手に何とか致命傷を避けているが、長くは保ちそうにない。戦力を分けたくはないが‥‥と考えた時、右翼の誠達の姿が見えた。
 鳥を豪快に撥ね飛ばし、瞬く間に2機が小鳥と交戦中のHWへ横撃をかける。
「小鳥‥‥!」
「ロッテ、さん‥‥私はまだ‥‥大丈夫だったのにぃ‥‥」
「ホアキンさんもいないようですし、自分達はここを受け持ちますか」
 ロッテの重機弾幕が敵陣中央に張られ、それを躱した敵1機の機動を読んだように誠が無駄なく斬り裂く。小鳥機が合せて一旦降下し、包囲を抜けた。
「僕達はマドリードに‥‥!」
 左翼3機が北へ翔る。残ったロッテ、小鳥、誠とHW3機は入り乱れて互いの兵装を撃ち合う。ロッテと誠のシザーズ、敵光線が外れた瞬間1機に狙いを定めて駆け抜ける。
 十字に刻まれる敵。爆発。左手からHW2機が同時に突進してくる。それを誠は右旋回から正対へ、ロッテは強引に左上方へ向かってやり過ごす。が、敵は急停止するやロッテに光線を浴びせかけた。衝撃。小鳥の集積砲が火を噴いた。正確無比な砲撃に崩れる敵陣形。そこにロッテと誠の狙い澄ました翼が煌く!
 斬‥‥!
「峠は越えたかしら?」
 酷使し続けた翼に亀裂が走る。が、ロッテがその音を聞いた時には、HWは既に背後で爆発していたのだった。

「黒煙が上がってる。アーちゃん達も急ご!」
 雲を曳いて北上する3機。すぐさま地平線の手前に広大な街が見えてくる。突破したHW2機の方は旋回しつつ機銃掃射に入っているようだ。無防備な機影が憎らしい。
「爆撃を完全には防げなかった‥‥」
「あの規模でこれだけなら軍の人も褒めてくれるのだ」
 それが慰めにもならぬ事を知りつつハルカ。この爆撃で市民が何人も亡くなっただろう。もしかしたらトレド方面にも通信や補給等で悪影響を与えたかもしれない。そうなるとさらに人は死ぬ、かもしれなくて。
 それでも殊更明るく振舞うハルカ。R‐01に塗装されたしなやかな某社長の肢体が場違いなほど陽光に輝き、悩んでいるのもバカらしくなってくる。アークが同調して言う。
「爆撃機と戦闘機の違い、見せてあげよっ」
 頷くファブニール。後悔ばかりしても何も始まらないのだから。
 高度を上げ、街の空に進入する。やられたのは広場と軍施設近辺か。奥歯を噛み締め狙いを定めると、3機は横隊となって一息にHWへ突っ込んだ!
 そして僅か10秒後。そこには、大通りに墜落したHWが黒煙を上げるのみだったのである。

 轟音‥‥!
 恐ろしい初速で放たれた砲弾はしかし、強化FFを前に威力を減じられる。が、ディアブロ――透夜の狙いはそれだけではない。いやFFで受けさせただけでも充分目的を果たしたと言えるのだ。そして。
「他のみなはどうした?」
「先に向かっている」
「ならば俺達はじっくり確実に料理するだけ、か」
 敵機動がブレた隙を突き、ホアキン機が小回りに旋回して斬り込んだ。敵は下に潜り込むが、あまりの鋭さに砲身1つを断ち切られる。敵は急発進の衝撃波で煽り、2人にフェザー砲をお見舞いした。
 透夜は僅かに口角を上げると、ロングレンジから飛び込む!
「ああ、そうだ!」
「一応訊いておくか」透夜の吶喊に合せホアキンが95mmの引鉄を引く。「中に誰かいるなら‥‥降伏はない、な?」
 互いの攻撃が止まる。少なくなってきたキメラの群は遠く、奇妙な沈黙が戦場を支配した。
 数秒。のち、敵は否定するように翼を振るや、大口径のプロトン砲をぶっ放した。
「そうこないとな」
 2機がロールする。空を滑る戦闘機動から、直接敵に向かう透夜機。弾幕が敵FFに弾かれる。そして色濃かったソレが力を失ったかの如く瞬き消えた。その時を捉えてホアキンが上空から突っ込む!
「互いに万全の状態なら、まだ戦えただろう」
「それでも結果は」
 透夜の集積砲が輝き、断末魔の如き音を立てて放たれた。と思う間もなく着弾している砲弾。敵前面の装甲が飛散した。敵大口径が迸る。同時に上からの粒子砲!
「――変わらんがな」
 ギァ‥‥ン‥‥!
 金属を引っ掻く不快な音。直後透夜機右翼を掠めるフェザー砲と、敵のいた場所で生じる大爆発。爆炎のシャワーを快く浴びるように旋回したホアキン機が、透夜機に並んだ。
 そうして敵を片付けつつ北へ1分程行った頃だろうか。雑音混じりの無線でロッテの声が伝ってきた。
『侵入した敵は全て撃破。これより防衛線の修復にかかるわ』
 難敵はおそらくもういない。どうやら波を乗り切ったようだ。透夜が残敵掃討に入る旨を返した。
「まだ気は抜けないが、ひとまず護れたようだな」
「ああ‥‥」
 目を瞑り、天を仰ぐホアキン。周囲のキメラを軍KVと透夜が撃ち払う。
 銃砲声が妙に遠い。機内は仄かな紫煙と土の匂い。操縦桿を引く。瞼を開くと、最初に黒雲の隙間から漏れる光が目に入った。そしてその向こうに広がる、スペインの空が。
「この空は荒々しく‥‥柔らかいな」
 怪訝そうな透夜の声を無視し、ホアキンは息を吸った。眼下では掃討に入った多くのKV。
 ――往く、か。
 彼は計器を確認するや、キメラの群へ飛び込んでいった‥‥。

 かくしてマドリード南部防衛戦は幕を閉じた。
 市街に2発の爆撃を被ったものの損害は比較的軽微。獅子奮迅の活躍を見せた傭兵達は、2名の重傷者だけでこの難局を乗り切った。
 一方、防衛線の方は空軍にかなりの死傷者が出たが、アフリカよりの増援を食い止める事には成功した。連綿と続く有望なパイロットの誕生と、優秀なパイロットの死を以て。
 後は――浮遊城を巡る攻防の結果を待つばかりだった。

<了>