タイトル:戦う貴族娘マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/09 00:52

●オープニング本文


「山に能力者が現れた、ですか。そうですか、報告ありがとうございます」
 隠れ家の自室で報告を聞いた男が通信機越しに頭を下げ、オフにする。年の頃40代後半。かなり薄くなった頭頂部とあり得ない程に分厚い黒縁眼鏡がうだつの上がらなさを醸し出しており、それが故に組織の者にも軽く見られがちだった。
 つい先日も血塗れで『手柄』を持ってきた少女が男に侮蔑の表情を向けてここを出て行ったばかりなのだ。先日の場合は強化人間候補という事で『出荷』しただけで、いずれ、より厄介な少女になって戻ってくる可能性もあるだけに悩みの種なのであるが‥‥。
 と、男はそこまで考え、思考を中断した。
 まずはこの事態にどう対処するか、だ。
「安全策でいくならば、逃げの一手ですが。‥‥しかし私もこの辺でそろそろ手柄を立てないと、あちらさんの愛想が尽きそうで‥‥そうなると組織は衰退‥‥手柄‥‥手柄、か‥‥」
 手慰みに紙に適当な文字を書きながら独りごちる。
 ――逃げただけでは駄目だ。‥‥これを機に、何とか一網打尽に‥‥折角地の利のある場所へ誘い込める‥‥。
「罠を張って能力者を殺す。あの娘の二番煎じとなりそうで嫌ですが。とすれば、私は‥‥」
 わざわざ口に出して考えを固めていく。そうして暫く。男は不意に立ち上がると、くたびれたスーツを脱ぎ始めた‥‥。

 ◆◆◆◆◆

 ギリシア北東、地方都市ドラマ。ほぼ判明している親バグア派組織の隠れ家に程近く、それでいてやや大きい街という、後方支援の拠点として充分な条件を備えた街。
 その、ホテルの一室に、甲高い声が響き渡った。
「私も、ついていくから!」
「‥‥‥‥」
 耳を塞いで少女を見上げる傭兵達である。
 少女――ヒメはそんな視線に敢えて気付かない振りをし、立ったまま続ける。
「私だって、悔しいし。それに普通の人間が相手なら、私も戦えるんだから!」
「それでまた捕まりかけるわけか」
「あ、あれは‥‥キメラに、やられたの」
「『キメラに興味ありません、普通の人間は来なさい』なんて看板ぶら下げて歩けば敵はその通りにしてくれる、と」
 傭兵達の意見に、押し黙るヒメ。老執事に視線を向けてみるが、執事にしてもお嬢様が危険の只中に飛び込むのを推奨する筈がない。救援要請はあえなく無視された。
 が。
「‥‥っ、解りました。では依頼主として、命じます。親バグア派拠点に突入する際は、私を同行させる事。これは決定事項です。私を無理矢理拘束しない限り覆せません。私のような一般人に手を出す覚悟があるならば、ですが」
 それより先日捕まえた捕虜等からの情報を再確認しましょう、とヒメは冷ややかな口調で告げた。
 隠れ家はロドピ山脈のギリシア側、ドラマ北西の7合目付近に建てられた山小屋に入口が隠されているとの事。そこから土を刳り貫いた洞窟のような隠れ家に入り、目の前の直線廊下を真っ直ぐ行けば前室があり、その向こうに組織のトップの部屋がある。
 また直線廊下の途中には幾つか部屋があり、仮眠室や簡易的な隠れ場所等に使われるのだそうだ。そして廊下途中から左に曲がって階段を下れば、雑多ながら広い倉庫があり、その奥には預かったキメラを詰め込んでおく空間がある。
 逆に最初の直線廊下の途中を右に曲がれば、調理場や電気の配線等細々した生活基盤となるものがあるのだそうだ。
「廊下は広くないみたいだから、大きなキメラを排出する通用口もあるとは思うけれど、未発見。敵が夜逃げしないうちに‥‥また脱出されないよう迅速に叩きたいところね」
「‥‥各部屋の大きさは」
「途中の部屋は基本的に1つ星のツインくらいだと思う。前室の近くには幹部の部屋もあるみたいだけれど。そして前室は横20m奥行き10mくらいの横長で、トップの部屋は1つ星のスーペリアルーム程度‥‥だと感じたわ。話を聞いた限りは、ね」
 淡々と情報を確認していくヒメ。
 眉を寄せたその顔は憤っているようにも辛そうにも見え、丁度それは、窓の外の曇天と同調しているかのようだった‥‥。

●参加者一覧

九十九 嵐導(ga0051
26歳・♂・SN
ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
風羽・シン(ga8190
28歳・♂・PN
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
ファブニール(gb4785
25歳・♂・GD
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD

●リプレイ本文

「懐かしい臭いです」
 山に入り2時間。彷徨うキメラを片付け漸く発見した山小屋を樹の陰から覗く。覗きつつ、翠の肥満(ga2348)はC4をぐにぐに揉んだ。
「それを持って笑われると怖いのだけれど」
「ム、流石の僕もノリで発破‥‥」
「明言してくれ」
 ツッこむ九十九 嵐導(ga0051)。山小屋を観察するも異変はない。横目にヒメの様子を窺うと、植松・カルマ(ga8288)から軍用マスクを受け取るところだった。
「とりま懐で温めといたッス!」
「訳解んない」
 ヒメがそれで口元を覆う。その姿を見て
 ――ヒメ嬢にとっての戦いか。だが、なぁ。
 嵐導が違和感を元に思案していると、ファブニール(gb4785)が同じ光景を見て目を伏せた。
「物騒なやり取りばかり‥‥う〜ん、ままならないものです」
「ヒメ‥‥さ〜んっ」
 そこに四つん這いで近寄る幸臼・小鳥(ga0067)。ファブニールが血生臭くない話を期待すると。
「今日は私の力が‥‥火を噴きますぅ!」
 無邪気に裏切られた。先は長そうだとファブニールが落胆する一方、ロッテ・ヴァステル(ga0066)は当然のように。
「力‥‥頭から火を噴くのは人としてやめなさい」
「ふにゃぁ‥‥? て、な、何ですかそれはぁ‥‥?!」
 うー、と詰め寄りかけて躓く小鳥。その体をロッテが受け止め、ヒメに向き直る。
「個人技よりチームプレイよ。それを忘れないで」
 小鳥の頭を撫でつつヒメの瞳を見据える。ヒメは解っているとばかり見返して小型銃を再点検した。
「蛮勇と勇気が違うように、臆病と慎重は違う。私は私のやれる事を果たしたいだけ」
「やれる事ってーと普通この辺までだと思うが?」
 紫煙を燻らせる風羽・シン(ga8190)をヒメの視線が射抜く。嘆息してシンが小太刀を後ろの幹に突き刺すと、毒蛇の頭がそこにあった。
「こりゃ死んでも治らなさそうだ、嬢ちゃんの突撃癖。ま、無事にじーさんの許に帰すまでが依頼だし、俺らでフォローするかね」
「危険がある事くらい解っているでしょう。命を落す覚悟があるならば今更語るべき事ではありません」
 見方を変えれば、敵にとっての的の数が増えるのだから。ナンナ・オンスロート(gb5838)が独りごちた言葉は枯葉の音に遮られる。
「まま、俺にお任せよ!」
 根拠無くカルマが言い放ち、山小屋へ近付いていった。

●爆破
 少女は見つめる。1人、山頂から。その濁った瞳が映すのは、憎き傭兵の‥‥。

「搬出口‥‥近くにあるとよいのですがぁ」
「状況からしてほぼ確実よ。高い講演料を払ったのに‥‥役者の逃亡なんて、させないわ」
 中に侵入する6人を見送り、ロッテと小鳥が周囲に気を張り巡らせる。
 直後、秘かに背後から迫っていた巨大蟻にロッテの回し蹴りが入った。酸を散らして吹っ飛ぶ蟻を小鳥の弓が貫く。
 幹に磔にされた屍と山小屋を見比べ、ロッテが提案した。
「探すわよ。この程度の敵なら中の皆も切り抜けられる‥‥」

 薄暗く、ゴツゴツした壁が続く。橙に光る頭上の電球は点滅を繰り返し、小さな廃坑のようだった。もっとも。
「中空注意! マスク確実にしましょう!」
「ヒメさん後ろ警戒頼むッス!」
 異形が襲い来る事を除けば、だが。
 ガァン‥‥!
 金切音の連続。ファブニールの盾に空魚が3体突き立つや、即座に盾を振って宙で突いた。毒蛾が間合いに入り込む。それをカルマの散弾銃が食い止めた。
「屋内はキツイ‥‥」
「をお、こりゃ大漁。やっぱ『くらいまっくす』はこれぐらいないとつまんないよなッ!」
 ばらけた毒蛾の群にシン、翠、嵐導、ナンナの弾が止めを刺す。
「エアタンク万歳!」
 新鮮な空気を吸う翠が最後尾。視界が白くなる程舞う鱗粉を抜け、左への曲がり角に至った。同時に正面から突っ込んでくる剣牙虎1体!
 翠がいち早く狙い撃つ。飛び出る光弾。それが敵前脚を灼いた瞬間、カルマとシンが躍り出た。
「今日は俺も漢見せねェといけねーんだよ雑魚が!」
「っと。2人並んだら流石に手狭か」
「交代で前衛をするしかありません。残りは銃を」
 ナンナの拳銃が火を噴く。敵の牙を撥ね飛ばした刹那、2人の刃が虎の体を貫いた!
 銃声が残る中、虎の倒れる音が聞こえる。
 あれだけ押し寄せた敵群がぴたりと止んだ。怪しい気配しかないが、進むしかない。
「爆弾、くれぐれも‥‥」
「誰に物言っとる。この翠の肥満様に任せんさい」
 C4を握り飯の形にし、雷管を口に銜えた翠が、自信満々で応えた。

「ん〜きょおっはたっのしー爆弾日〜♪ 僕が決っめたっさ爆弾日〜♪」
 壁に触れる翠。陽気な翠を前後から守る嵐導にナンナ。突っ込んできた空魚を嵐導が盾で受けんとするが遅い。僅かに中空に違和感を覚えた瞬間には頭部に衝撃が走っていた。
「ぐぉ‥‥危ねぇな‥‥!」
 勢いにメットが吹っ飛ぶ。半身を捻り嵐導が銃を構える。が、その時にはナンナが空魚を屠っていた。そのナンナの背後に迫る毒蛾を嵐導が撃つ。
「まだか?!」
「翠さんの手腕、参考にしたいところですが」
 2人が陣形を崩さず撃ちまくる。取り残されたような感情さえ湧き上がる薄暗さ。長くは保たない。再認識したその時。
「っし、セット完了。は〜いフッ飛ばしますよー」
 漸く翠の声が響いた。入口側へ3人が退避する。
 左右の壁と、天井と壁の境に詰め込まれた白い粘土。それらから線が翠の手元に伸びていて。ナンナがそれを目にしたと同時に。
「ハレルヤ・プラチナ・ホットミルクゥッ!」
 大轟音!!
 土煙が舞い上がる。衝撃が耳から脳へ駆け上がる。
 その後の無音と耳鳴り。ぼけた視界で翠が振り返ると、通路が完全に土砂に埋まっていた。ナンナの称賛が奇妙に反響して聞こえる。
「これでこっちに邪魔はなくなるとして‥‥俺は内部に潜ってみよう」
「では私は屋外から支援を」
 余韻に浸る間もなく初めの直線通路に戻る3人。奥へ走る嵐導の背に翠が声をかける。
「僕も外にいますんで。お気をつけて」
 そして山小屋へ戻り始める翠とナンナ。だが。
 視線の先にあった筈の地上へ繋がる道は。既に半壊していたのだった。

「オォラ、ァアぁー‥‥」
「ここもか」
 慎重に気配を窺い、銃を構えながら蹴り開け部屋に突入するも、空振り続きの制圧班。8回目の肩透かしに、前衛を担うカルマとシンも多少苛立ちが出てくる。
 精神攻撃か時間稼ぎにしか思えぬ状況だった。
「まぁタダで探索できると思いましょう」
「いや俺はカッケートコ見せてーんスよぉ!」
 ファブニールが机を調べ資料を探す一方、ヒメは土壁を叩き考える。
 時間稼ぎとすれば何の為に。分かれて内部探索した敵を縫いとめる? 普通それをするなら脇道では。しかし。
 その時、遠くから地響きが伝ってきた。真上から埃が落ちる。4人が安堵した瞬間。
 再度、爆発‥‥!
「まさか!」「やりすぎた‥‥?」
 今度は真後ろから。慌てて部屋を飛び出すファブニールだが、入口の方は土煙で何も見えない。
「塞がれた‥‥?」
「通路は罠もないと思ったが」
「壁1枚向こうに部屋があってそこを爆破した、とか」
 シンの見立てを擁護する形でヒメが推測する。
 重くなる空気。ひとまず連絡せんとした時、その空気を破るようにカルマが言い放った。
「直で道壊されたんじゃねェし俺らいるし。何とかなるっしょ! それより」
 ボス、ぶちのめそーぜ。

●最大の罠
「規模からしてそう遠くではない筈だけど」
 ロッテが樹上から見下ろす。葉や茂みで細部が見辛い。が、直感を頼りに違和感を探すのであれば有効なだけに、焦る訳にいかない。
「小鳥、9時方向。下った所の岩石地帯」
「あそこが‥‥何ですかぁ?」
「通路の予測からずれるけど‥‥あの岩は何故『そこに』あるのかしら」
 首を傾げつつも小鳥が小走りで向かう。と。
 轟音と振動が伝ってきた。
 爆破完了か。早く見当をつけねば逆にキメラを野に放つ事になりかねない。ロッテが眉間を押えたその時。
「ぁ‥‥岩の間に洞穴みたいなぁ‥‥!?」
 小鳥の嬉しそうな声が響いた。

「今度こそ行くぜオラァ!」
 ガァン!
 通路正面、前室の扉をぶち破るカルマ。シンが雪崩れ込むや、眼前に迫った剣牙虎を薙ぎ払った。血潮が舞う。怒声を上げ虎が跳ぶ。振るわれた爪を左の小太刀が受けた瞬間、横合いからカルマの凶刃が虎を襲った。
「ヒメさん、通路は!」
「っ、敵影なし」
「僕も速攻で打って出ます!」
 言いながらファブニールが虎の胸を貫く。傾いだと同時にシンの刃が首を刎ねた。
「人間出てこいやァ!」
 虎が倒れるより早くカルマの散弾銃が火を噴く。秘かに天井から急襲せんとした毒蛾群が散った。が、次の瞬間に机の下から影が飛び出してくる。シンとファブニールが1匹ずつ仕留め、残る影が通路を向くヒメの背に――
「ハ! 俺の最警戒エリアだっつーの、そこ」
 散弾銃を携えたまま小跳躍したカルマが大上段から振り下ろす!
 斬‥‥!
 影――空魚を防ぎきり、ヒメ含め前室に進入する4人。残党の毒蛾を蹴散らして進む。焦茶の扉へ。左右にシンとファブニールが張り付き、カルマが取っ手を掴む。
 軋む音。目配せ。躊躇なく開け放つ!
「ULTです! 大人しく情報を渡し投降‥‥!」
「もう無理だろ? さっさと終らせてくれんかね」
 一気に突入する3人。ヒメが続く。
 広めの部屋。中央に革のソファセット、奥に執務机。そしてそこに座るもの。帽子を目深に被り座ったそれは、得物を構えるこちらに反応が無く、前室が嘘のようだった。
「? と、とにかくお前を捕縛する。が、その前に。この組織に女の子はいたか? いたならその子は今どうしてる」
 扉の近くから鋭い言葉を投げかけるファブニール。だが無反応。焦れたヒメが飛び出した。拳銃を突き出し机に飛び乗るや相手の胸倉を掴み――!?

 ロッテが駆け、小鳥が撃つ。搬入口らしき場所を連絡後侵入した2人を待ち受けていたのは、5m大の物でも運べそうな通路と毒蛾、その先の拓けた空間と。
「む。一網打尽とはいかんか」
 ケルベロスを従え立つ、黒縁眼鏡のYシャツ。
「‥‥小鳥」「はぃー‥‥!」
 小鳥の報せが駆け巡る。
 ――首領を、発見した報せが。

 気付いた時には遅かった。
 ヒメが胸倉を掴んだ拍子に帽子がずれ落ちる。その下にあったマネキンの顔を4人が認識した直後、頭上で爆発が起こったのである。
「!」「■■ッ!!」
 轟音轟音。
 崩落が部屋を押し潰す。粉塵が視界を覆う。ヒメの腕を巻き込み岩が人形を破壊した。悲鳴が耳朶を打つ。懸命にカルマが腕を伸ばす。ファブニールが盾を掲げて岩を防ぐ。ヒメの後頭部に瓦礫が直撃した。漸く手を掴み引き寄せるカルマ。シンが入口に向かい――
「――る!」
 爆発に合せて落ちてきたらしい大岩を斬りつけ散弾銃をぶっ放す。その間にも部屋は砂塵と岩に埋もれゆく。後半分。扉付近に全員が集まる。呼吸できない。ヒメの意識が薄くなる。遮二無二突撃せんとした、その時。
 小爆発‥‥!
 突如弾け飛んだ大岩が礫となって4人を襲う。が、おかげで脱出できる。4人が前室へ駆け出すと
「弾頭矢を直接叩きつけるなんて真似、やめた方がいい、な」
 焼け焦げた右腕に息を吹きかける嵐導が出迎えた‥‥。

●1つの決着
「まずは足を‥‥止めるのですぅ!」
 小鳥の魔弓が撓る。神速の一矢。番犬の足に突き刺さるや、肉薄したロッテがローを繰り出した。脚爪が突き立つ矢を砕きながら肉を抉る。咆哮を上げ炎を撒き散らす敵。側転してロッテが躱す。にゃあ、と燃える上着を脱ぎ捨てる小鳥。
 番犬の爪がロッテを襲う。スウェー、流れのまま左蹴り上げで右頭の顎を叩く。宙で捻って右ハイを喰らわせるも、別の首の牙が迫る。
「ロッテさん‥‥!」
 心臓を狙う牙。小鳥の矢が敵の胴を貫く。傾ぐ敵。ロッテの左腹部に食いつかれた。痛苦を噛み殺して肘打ち。
「ッ大丈夫‥‥男を‥‥!」
 それでも離れぬ牙。小鳥の二の矢が中央の首に射ち込まれる。怒声を上げた拍子に牙が抜けた。血を噴きつつロッテがバク転、蹴り上げて跳び退る。
 一進一退。2人といえ正面からケルベロスに当るのは苦しい。並び立つロッテと小鳥を悠然と眺めていた男が倉庫の方へ退いていく。そこには『炎』の罠を用意していたのだ。が、しかし。
「そうはさせません」
 銃声が響き、男の足首が爆ぜる。右、左。床に倒れ驚愕の眼差しを向ける男。その視線の先に。
「ム。ヘーワ主義者としては目を背けたくなる光景」
「積極的自衛権という名の何かです」
「なら仕方ない」
 砂塵に塗れたナンナと翠の姿‥‥!
「や、遅れました」
「その分働いてくれるのかしら」
 ロッテに目を向けず超出力ライフルを構える翠。ナンナがSMGを番犬の胸部に合せた。
 銃声銃声銃声。2人が左右に分かれ撃ちまくる。炎が舐めるように拡がる。小鳥も続く。ロッテが縮地の如く一旦敵後方へ跳び、即座に反転して蹴り落す。撃つ撃つ撃つ撃つ!
「さて。どれだけ働けばいいやら、と」
 自信満々に翠が独りごちた20秒後。
 そこには、地に伏した番犬と捕縛された首領が転がっていた‥‥。

●各々の行方
 隠れ家が崩壊する。黒煙と砂煙が山頂に舞い、ヒメの老執事も慌てて駆けつけた。付近の警察、軍にも報告せねばなるまい。
「お前の知る限りのバグアの情報を話せ」
 ファブニールに首を振る男。ならここに少女がいたかと問うとバグアに渡したとの答えが返ってきたが、それ以外は全く無意味だった。
 そしてヒメは。

「で。満足したか?」岩上に座らせ、カルマが言う。「やっぱどう言ってもコレ遊びじゃねーんだわ。死んじまうかもしれねーし、人を殺らなきゃなんねー時もある」
 頭に包帯、腕を吊ったヒメが鋭く睨みつける。遠巻きに銃身を拭きつつ眺めるナンナが目に入った。
「遊びで、私が、やってるって言‥‥!」
「それは知らんが、目的を失っちゃいないか?」
 激昂するヒメを制する形で嵐導。
「別に戦いは否定せん。が、それは目的を果たす為の単なる手段だ」
「‥‥そんな事、解っ‥‥」
 詰る言葉。今の世の中、軍人でもない非能力者の小娘が広い見地からやれる事など少ない。でも何かしたい。なら専門家の領域に踏み込むしかないではないか。
 言ったところで正論を返されるのは解っている。伝えきれぬ感情。腕が痛む。
「ま、それでもあんたに戦う意志と覚悟があんなら」
 カルマが空を仰ぐ。そして3秒、キリッ、と効果音が聞こえそうな動きでヒメに向き直って拳を突き出した。
「頼りンなるこの俺が、トコトン付き合ってやるよ」
 精一杯爽やかさを演出する笑顔と上を向く親指が似合わない。ジト目が集中した。翠だけ何故か羨ましげだ。
「あ、あれ? 感動して抱きつくとか、そーいう場面じゃね?」
「あり得ない」
「ちょ、リィカちゃーん!」
「るさい」
 弛緩した空気に変えさせられる一行。ヒメは微笑してカルマの足を蹴りつけた。

<了>

 少女は嗤う。戯れる傭兵を見下ろして。
 ――必ず。
 独りごちると、少女は傭兵に背を向けた‥‥。