タイトル:【BV】灯火を求めてマスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/17 03:04

●オープニング本文


 ケールシュタインハウス。
 標高1881m。ドイツ−オーストリア国境近辺の山頂に建てられたあのティーハウスに、今、1人の女神が働いているのを知っているか?
 ハンナ・ブラウン(17)。
 17歳と言っても角度や光の具合によっては15歳にも22歳にも見える。とにかく美しい女性なんだ。ショートボブ程度の黒髪に整った顔立ち。白い肌をもったいぶって隠すかの如くエプロンドレスを身に纏い、透き通った高音で客に挨拶していく。ややタレ目な事も相まって、雰囲気はまさに癒しだ。
 風景に見惚れた観光客達を静かに包む。ああ、彼女の魅力だよ。
 だがね、何より素晴らしいのは、その光輝く――。

「や、早く依頼内容をお願いします‥‥」
 小さい会議室に響き渡る、傭兵の冷たい言葉。依頼人代表として来たという20代後半の男は「全く‥‥まぁいい、実物を見れば‥‥」などと呟きながら説明に入った。
「君達に依頼したいのは、雪中行軍さ」
 目標の東北東、オーストリア側から山に入り、西へ向かいながら山を踏破する。ベルヒテスガーデン側のエレベータや観光用に整備された山道は使わず道なき道を秘かに接近する、その手伝いをしてほしいんだ。
 だとか、代表者は言い放った。
「‥‥え、と。何故」
「そこに山があるからだ!」
「嘘、ですよね」
「‥‥‥‥」
 何やらじっとりと汗をかき始める代表者。傭兵達にじっと見つめられ、いたたまれずに目を逸らした瞬間に彼の敗北は決定した。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい言います本当の事言いますから見捨てないでぇえぇぇっ!」
 縋り付かんとした代表者を、傭兵の1人がやんわりと足蹴にした。
「実は俺‥‥いや僕達‥‥その、目立ちすぎて‥‥」
「んん?」
「目を付けられてるだけですごめんなさい」
 事情を聞くと、どうやら彼らはその女神のハンナとやらに毎日毎日会いに行っていたのだが、結局は景色でなく彼女が目的だったのがバレてしまい、あえなく正面から行くのが難しくなった、との事。
 ならば秘かに近付いて見守るのみだ、と決意を新たにしたのが12月中旬。しかしその時には既にケールシュタインハウスは雪の中。同志5名だけで登山の訓練も少しはしてみたものの、やはり付け焼刃では恐ろしく、こうして傭兵に依頼するに至ったのだそうだ。
「お願いします! 僕達の情熱の、夢の行き場を奪わないで!!」
「‥‥や、一応依頼として通ってきている以上は引き受けますが‥‥」
「ありがとうありがとう! 行軍に必要な物はこっちで用意するよ! だから何か必要になったら言ってくれ!」
 確かに引き受けると決めたのは自分だが、この勢いはちょっと引く。
 傭兵の一部が内心思いつつ、ふと最終的な目的について訊いてみた。
 すると即座に
「今週のハンナちゃんを記録するんです! ビデオとカメラで、あの魅惑のおでこを舐め回すように!!」
 なんて答えが返ってきたのだった‥‥。

 ◆◆◆◆◆

「‥‥あれ? これ、いいのかな」
 改めて依頼の情報に目を通した受付担当は、首を傾げた。普段ならばULTの依頼掲示板に来る前にはねられるレベルの、妙な依頼に思えたのだ。しかもこれが唯一と言う訳ではない。そして、問題になるかどうかのライン引きは慎重に行われている気配があった。明らかに作為を感じる動きだ。
「どうしたんだろう。何か上で起きて‥‥あ、こんにちは。申し込みはこの任務ですね?」
 職員は内心で首を傾げつつ、今日も笑顔で職務を遂行するのであった。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
クラリッサ・メディスン(ga0853
27歳・♀・ER
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
夏目 リョウ(gb2267
16歳・♂・HD
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
ファブニール(gb4785
25歳・♂・GD
9A(gb9900
30歳・♀・FC

●リプレイ本文

 びょうびょうと風がかまくらを叩く。誰かのすすり泣く声が聞こえる。
「大丈夫です、私お祈りしてきましたしっ」
 爆ぜる火を背に橘川 海(gb4179)が明るく励ますが、5人の依頼人は体育座りのまま。
 クラリッサ・メディスン(ga0853)のパスタを分け合い食べる音が風音に紛れた。
「雪中行軍も良い経験になると思いましたけれど‥‥ここまで経験してしまうとは」
 誰にともなく呟くと、外を窺っていた夏目 リョウ(gb2267)がカップ片手に火の傍へ寄ってくる。
「やっぱり踏み外そうとしてる警告かもね」
 人の道的にも、雪山の道的にも。と上手い事言うと、紫煙を燻らせる9A(gb9900)が微笑した。
「外はどうかな。1300時の筈だけど」
「白」
「5時間前が嘘みたいッスねー」
 植松・カルマ(ga8288)の言葉が虚しい。
 出発してたった5時間で――

「何を黄昏てるの小鳥。見なさい、そこに雪山があるわ!」
 真白な山をハライン近郊から見上げ、ロッテ・ヴァステル(ga0066)が冷気を吸い込む。雪の匂いに酔いそうな程。幸臼・小鳥(ga0067)はコートにマフラーもこもこ手袋と完全防備で震える。
「何をって‥‥普通の反応‥‥ですぅ」
「普通?」
 ロッテが見回すと、依頼人を始めとしたハイな人が8人位いた。
「ヒャア! 激マブおで子ちゃんがいるってェ?! 出撃っきゃねェしょチョリーッス!」
「ふふっ! ボクも気になるかな。登山なんて初めてだけど、そんな素敵ならやる価値はあるよ」
「どんな困難が待ち受けていようとも頑張ろうぜ! あ、でも観察以上の事は校則違反だからなっ」
 カルマ、9A、リョウが5人と盛り上がる。この場の『普通』はこっちだ。ファブニール(gb4785)がアリスパックを見直し苦笑した。
「まぁ依頼ですし、僕も頑張りますが‥‥んー」
「人様の趣味嗜好に口出しするつもりはありませんけれど‥‥正直、お付き合いしたくない方々ですわね」
 ベレー帽を目深に被るクラリッサにファブニールは「それもですが、盗s‥‥」と別の引っ掛りを口にする。
「さあ行くわよ!」
「‥‥はいっ」
 手を叩いて進むロッテに海が同調する。
「何故ここに‥‥私はいるのでしょうかぁ」
 瞳の光を無くした小鳥が印象的で、入山した13人は――
 ‥‥‥‥

 ‥‥
 っ!
「ダメ! 寝ちゃダメですっ!?」
 火を囲んでいた13人がいつの間にかウトウトしていた時に海の叫びが響く。火は消えかけで、慌ててカルマがタネを足す。
「アー。天使が見えたッス」
「吹雪が少し収まったら無理にでも出発した方が良さそうね」
 ロッテは自らの頬を叩いた。

●冬将軍
「ハードだね‥‥」
 きゅ、きゅと踏み出す度に雪が鳴く。
 荒い息を吐き、9A。楽しみの1つだった景色もまだ観れていないだけに辛い。息がダウンの襟で霜になる。
「いざって時の為にマンツーマンでロープを結んだ方がいいと思うんですが」
「依頼人と、ですか」
 雪が視界を妨げる。腕を翳して男達を見るクラリッサ。曖昧に頷いた。
「不測の事態を回避する為、でしたら」
「そうだね。俺達が何とかしないと!」
「安全そうな道を選んだっつってもヤバそーなトコッスからねー」
 パンパンの荷物を背負うカルマが同意すると、リョウとファブニールが男達に近付きロープを巻く。
「使われないって事は何か問題があるかもだし」
「そもそも無理のない場所に道が作られる訳ですから、それ以外の山中は何があるか」
 最後尾から海。手に持つ地図が猛風に煽られた。合せて髪が靡く。後ろで結んだ束と、前髪。そこには例の絶対領域が広がるのだが、幸い気付かれなかった。
 山頂は見えない。灰色の雲が不気味に垂れ込める。

 びた――ん!
 白く化粧した樹が林立する中、遂に小鳥がこけた。
「ひむんー‥‥んー‥‥」
「何寝てるの‥‥いくら気持ちよくても其処で寝たら逝くわよ」
 依頼人集団より先行して偵察するロッテと小鳥。ロッテがぽふと座ると、雪が3m程ずり落ちた。うつ伏せの小鳥を乗せて。
「‥‥」
 無言でロッテが近付き首根っこを掴みあげる。
「はぷぁう!? ぅうぅー逝かされそうに‥‥なりましたぁっ!」
「それはそれとして。思ったより段差があったわね」
 ロッテが無線を持った、その時。

 ガッ!
 足を捻った依頼人の1人が躓き、左に手をついた瞬間。そこが一気に滑り落ちた!
「うぁああああああ!?」
「ちょ、待‥‥!」
 同時に彼と繋がっていたファブニールが引っ張られる。踏ん張りが足りない。滑る。荷物からピッケルを出すが刺す余裕がない。左手を伸ばす!
「ファブニールさんっ」
「間に‥‥合えウルァ!」
 海が自身の体すら投げ出し左手を掴む。その海の両脚をカルマが捉えた!
 ぼむ、と海の頭が雪に埋まる。
「うみっ」
「俺達が引き上げるから! 絶対離すな!」
「ピッケルもしっかりやれば少しは助けになる筈。お気を確かに」
 リョウ、クラリッサも加わっての重労働。慎重に。2人がカルマを支え、カルマが海を引き上げる。海は取れそうな手袋を見つめ、ファブニールは膂力を信じロープと海の手を離さない。
 2分。3分。汗が滲む。
「無事‥‥?」
 どれ程経ったか。漸く引き上げた時にはロッテ達が傍に戻っており、そして。
 大声を上げ派手に動いたからだろう。畳み掛けるように震動が伝ってきていた。
「‥‥気のせいッスよね。よね?」
 縋るカルマを斬り捨てるが如く、小鳥がその言葉を口にした。
「雪崩‥‥ですぅっ!?」

●ブロンディの地下壕?
 ぴちゃ。ぴちゃ。水滴が一定のリズムを奏でる。
 快い深淵から揺り起こされる不快感。1番に力の入らない瞼を開いたのはクラリッサだった。
 洞窟か雪のドームのような、縦横10mもない空間を見回す。付近に荷物と人が散らばっていた。頭を振って荷から医療品を出す。
「確か雪崩‥‥とすれば幸運、でしたわね‥‥」
 ともあれ仲間を起こす。同じく地(?)に倒れた者、雪の壁に半身呑まれた者。意識を取り戻す者が増える度賑やかに、手狭になってくる。覚醒した海、小鳥、カルマ、ファブニールが協力して火を熾した。
「ぅー、こんな事に‥‥なるからぁ‥‥」
「折角地球に生きているのだから、自然に抱かれるのもいいわよ」
「ふふ、これも楽しみの1つ、か」
 自然体で山に受け入れられるロッテを9Aが興味深げに眺める。
「そういえば時間と場所は判りますかね?」
「1810時。これだけ気絶しててよく死ななかったって思う」
「この場所が僅かな暖気を密封してくれたんでしょうか」
 懐中時計と火を囲む依頼人とを交互に見るリョウに、ファブニール。が、場所は細かく地図と方位磁針をチェックしていたロッテ、カルマ、海にも判らなかった。
「南南西に向かっていて流されたので、目標南東の山裾に近いような」
「でも俺ら意外と粘ったと思うんスけど」
「何と戦う気よ‥‥」
 微妙な言い回しにツッこむロッテである。だがカルマの言う通り、できる限り雪崩を避けんとした記憶はある。なら一直線に流されたのでなく、川の支流の如く逸れた可能性も?
「まぁ今日は休もう。良かったらどうかな。支給品だけど、なかなかだよ」
「‥‥ッスね」
 早速沸かした湯で淹れた珈琲を持ってくるリョウに、カルマが同意した。

 時間とは時に早く時に遅い。外への無線が不通とあって、火を絶やさぬ事以外やる事のない一行は各々気を休めていた。
「にゃぁ」「はぁ〜」
 火の脇でごろごろする小鳥と海だ。ワンピが捲れてくまさんがちらりする小鳥だが、残念ながらぱんつに興味ある紳士はここにいない。汗と雪で濡れ、前髪が張り付く海のおでこにこそ奴らは反応した。
「やや!」「おおぉ」「ここここは一旦集合でござる!」
「‥‥」
 依頼人の凍傷具合を診ていたクラリッサが隅に行く彼らを訝しむ。が、次の瞬間に邪気を感じ、嘆息して医療品を仕舞った。
 そして。
「きき橘川さんっ!」
「はいっ!?」
「‥‥そ、その」
 口篭る彼らの視線が物語っていた。そこを舐め回すように観ていると。
 ――わ、わたし、おで‥‥!
「あうううぅうぅぅうぅっ!?」
「恥じらいきたあぁあああああ!!!」
「「にじり寄るなッ」」
 即座にロッテとリョウがはたき倒した。

「何やってんスか?」
「オシオキ。ボクらも気をつけないとね、植松君」
 冗談めかして9A。視線の先で依頼人が正座させられていた。
「やっぱりよくない、です」
 耳あてから帽子へ変身した海。涙目で口を尖らせる。
「チャームポイントに見えても、ほんとはコンプレックスかもしれないんですよ? それを『わー』とかって‥‥」
「う」
「目の前でいきなり盛り上がって詰め寄るのは、確かにやめた方が」
「で、でも僕達の希望!」
「そのノリが拙いんじゃないかしら?」
「だが」
 冷静に叱るリョウとロッテだが、5人も譲らない。
 結局10分後にファブニールと小鳥の用意したお菓子セットで中断。気まずい空気のまま就寝となったのだった。

●おでこは萌えているか
 日も届かぬ洞穴。時計で朝を確認した一行は雪壁を崩していく。
 瞬間給湯器代りにせんと持参していたリョウの機械剣は雪を灼くと水蒸気へ昇華させ、思わぬところで活躍した。他の者もシャベルで掘り進める。そして2時間後。一行は晴れ間も覗く空と対面した。
「まずは正確な位置から把握しませんと」
「付近を見てきますね」
 クラリッサに言って走る海。昨夜から変らぬ帽子姿が、依頼人への静かな抗議を示していた。
 前日以上に慎重に進む。各々が役割を果たし、昨夜の事件で多少消沈した5人もそれ故に問題を起こさず。
 1255時。
 1日以上をかけ、漸く目的地へ着いたのだった。

「さァーきたッスよぉ! 君達、俺におで子ちゃんを教えるのだ!」
 俯角5度でハウスを見渡せる木陰に陣取る一行。カルマが空気を読まず依頼人の肩を抱いた。
「ふふっ! こっそりだと少し気が引けるけど、やっぱり気になるね」
「は、はい」
 依頼人が海の様子を窺いつつ双眼鏡で見る。
「あ、あの今窓際の客にカップ持って行ってる人です!」
「っしゃキター!」
 唯我独尊、悪びれる風もなく覗き込むカルマ。海が両手で帽子を押えた。
「空も景色も、こんなに綺麗なのになあ‥‥」
「気にせず私達は周辺警戒でもするわよ。勿論この空気を楽しみながら、ね」
 海、小鳥を伴い崖の先端へ移動するロッテ。今の依頼人なら大丈夫だろう、とクラリッサも続く。
「わ、ぁ‥‥」
 樹が消えた途端、世界が体を呑み込んだ。
 地平線に吸い込まれていく雲。雲間から明るい日射し。その日射しを浴びる雪山と麓のベルヒテスガーデン。空の青と雪の白が互いに張り合い、遠くの方で溶ける。
 冬の大気は鼻腔を通り体内へ。清涼な冷気が体を浄化するようだった。
「見なさい小鳥。来て、良かったでしょう?」
「ぅ‥‥確かに‥‥景色はいいですけどぉ‥‥あわぁっ!?」
「そんな事でこれを堪能できないのは損よ」
 身を縮めて震える小鳥をロッテが抱き寄せる。柔らかいものが後頭部に押し付けられ、自身の胸元に目を落とした小鳥は心で泣いた。
「こんな時期にこんな場所へ来る事はまずありませんから。妙な依頼の余禄という事で堪能いたしましょう」
 クラリッサの指輪が澄んだ光を反射する。咄嗟に某所をガードする海である。
「あう」
 クラリッサが微笑する。
 景色とその微笑。海が深く息を吐くと、何かが氷解した気がした。

 と心が洗われる一方。
 双眼鏡の小さい視界に映る爽やかな笑顔。白い首筋は煽情的で、簡素ながら要所にフリルをあしらった制服は古き良きウェイトレスの鑑。流麗な髪が靡き、そして肝心の
「キタァ! 俺のガイアが有頂天ッス!!」
「た、確かにアレはなかなか‥‥」
「へぇ‥‥うん、綺麗だね。それにそこだけじゃなくて美人だし」
 魅惑のおでこ‥‥!
 前髪で見え隠れする秘境。広すぎず狭すぎず。やらかそうでまっさらな肌。ペロペロもいいだろう。だがそれよりずっとナデナデしていたい。汗で煌くそのおでこには、そんな希望が溢れていた。
「はぁあぁ‥‥懐かしの‥‥!」「心が、心が締め付けられるでござる!」「ごくり」
「飛び出さないように」
 ファブニールが静止するが、5人は我知らず前のめりとなる。とカルマ達含め8人が凝視していた時、件のハンナがカップを持ったまま躓いた。前髪がふわと宙に浮き、一瞬だけおでこ全体が露となる。

キタ――ヽ( ゜∀゜)人(゜∀ ゜ )メ( ゜∀ ゜)人(゜∀゜)メ(゜∀゜)ノ――!!!!

 5人、大興奮。道を歩く客の何人かが首を傾げてこちらを見る。慌ててファブニールが口を塞いだ。
「あはッ! おでこだけじゃなくてあの子自身面白いね!」
 9Aが覗き見る前で、ハンナはへたり込みくるくる頭を下げる。それを8回繰り返し立つと、立ち眩みでまたこけそうになっていた。
「うん。すごく‥‥っ、あでも。俺は全然!」
 吸い込まれそうな瞳を伏せる少女が頭に浮かび、リョウが頭を振る。
「おで子ちゃんもいいスけど、こーやって見る事自体がもー! が。時は残酷‥‥ずっとここで見る訳にいかねェ」
「では少ししたら下山しますか。とその前に」
 何を思ったかファブニールが依頼人に向き直り、拳を振るう!
 カメラが粉微塵に吹っ飛んだ。ビデオは無事だ。
「堪能? 成程それはいい。だが盗撮はするな! 否。お願いしろ! バレて出入禁止? こそこそやるからだ! 正面から、誠意を持って言うんですよ!」
 木陰を飛び出すファブニール。一気にハウス内に突入し、皆が双眼鏡越しに見守る中ハンナと接触した。
 そして10分。戻ってきた彼が告げたのは、
「‥‥あー。ごめんなさい。あ、でも今ここでストーキングしてる事はバレてないです!」
 泣いた。泣かなくても済んだ筈のこの場で突きつけられた悲しい現実に、5人は泣いた。
「‥‥帰ろう。僕達の楽園へ」
 とぼとぼと帰り支度を始める一行。が、そこに、
「あのっ」
 海が駆け寄ってきた。5人はびく、と目線を上げ、険しい顔を見た瞬間に目を逸らす。構わず海が続ける。
「あなた達は、おでこを面白がってるんですか?」
「ち、違う! 僕達はおでこが好きで、そんなおでこを持つ人を大切にしたくて! 好みの人と‥‥ただ仲良くなりたいだけ、なんだ‥‥」
「嗤ったりは?」
「するもんか! 尊敬してるんだ! おでこを!!」
 無駄に恥かしい会話だ。じ、と瞳の奥を見つめ、海はため息を吐いた。荷から市販の板チョコを取り出す。
「これ食べて、あったまって、帰りませんか? まだ納得はできないですけど、好意って事だけは解ったから。も少し好意の表し方を考えてほしい、かな?」
 手渡された5枚のチョコは海の体温で溶けかけで。甘くて苦くて、しょっぱかった。
 苦笑する海の前で、大の大人5人が膝をつく。
「‥‥がえろう。いぢがら、でなおずんだ‥‥おでごどうを」
 鼻水を凍らせ光降り注ぐ海を仰ぎ見る5人。
 彼らと海のその姿は、天使が矮小な人間に正しい道を示す姿に他ならなかった。

<了>