タイトル:紺碧に浮かぶ復讐者マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/08 23:45

●オープニング本文


 頭がくらくらする。
 視界はぐちゃぐちゃで、自分の手を握る感触さえふわふわ。そのくせ右脚があった場所からは鋭い痛みが襲ってくる。苛立ち紛れに右脚を叩き潰そうにも、その脚が既に無いのだからどうしようもなかった。
「脚、そういえば‥‥なんで‥‥?」
 いや、そうだ。自分で切り落としたではないか。傭兵に撃たれて、使い物にならなくなって。そうだそうだ。何故こんな事も思い出せなかったんだ。傭兵だ、奴らを■■ないと。
 ‥‥、友達の為に、だよね。多分、絶対、確かそうだった。
 ――あー、暑い。
「寒い」
 ‥‥え。解んない。何が何だか認識し辛い。
 目の前にあるのは‥‥壁? 壁に向かって歩いてるの? どうして? どうやって? あれ、家から紅いものが噴き上がった。何でだろう、他のものは色が薄いのにアレだけすごく鮮やかで、それにあったかい。
「わたし、なにするんだっけ」
 ‥‥‥‥違う、違う違う違う。頑張るんだ。頑張って偉くなって友達返してもらうんだ。そうだった。これは絶対だ。だってこんなよく解らないのに覚えてるんだから。
 だから、早く殺さないと。

 ◆◆◆◆◆

 ギリシア、港湾都市カヴァラ。
 付近の親バグア派組織の1つを潰した事を軍に報告、そして組織の首領を完全に引き渡したリィカ・トローレ(gz0201)――ヒメは、報酬代わりにエーゲ海クルーズを要求した。
「いいでしょう? 私財を使って傭兵と共に行動、こんな傷を負ってまで成し遂げたのだから」
「いやそれは自業自と‥‥」
「ああ、なるほど。つまりUPC軍は、一応の成果を上げた人間の、この程度の願いも聞き届けられない、硬直しきった組織という事ね。よかった。士官学校になんか入らなくて」
「ふ、はは、全く勇敢なお嬢さんだ」
 和やかに言い繕う職員だが、目が全く笑っていない。あからさまにヒメが嘆息すると、職員は頬を震わせながら提案した。
「近くに駆逐艦が停泊してるから、それに乗せてもらって沿岸警備ついでに海を楽しめばいいんじゃないかな。今のエーゲ海、それに地中海も、クルーズと言えるほど優雅に沢山の場所を回る事なんて到底無理だし。それでもいいなら、僕が連絡しておこう」
「なら、そうなさい。少しでも快適な時間になるよう特別の配慮を、と艦長に言っておいて」
「了解。ああ、ただそれだけでは心許ないので傭兵も呼んでおいて下さいね。私財とやらで」
 言い捨てるや、非能力者とは思えぬ速さでどこかへ駆けていく職員。ヒメ、唖然。未だに薄く包帯を巻いた頭を左手で押さえた。右腕を吊る包帯がずれ、それを乱暴に戻す。疼痛がした。
「‥‥今度見たら蹴倒してやる」
「お嬢様、お言葉が」
「次お会いした時はお金の力で社会的に抹殺して差し上げますわ」
 冷笑してヒメが吐き捨て、後ろで控えていた老執事を睨みつけた。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
エレノア・ハーベスト(ga8856
19歳・♀・DF
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
ファブニール(gb4785
25歳・♂・GD
赤い霧(gb5521
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

 黄昏時。常世が現世に表出し、世界を侵食する瞬間。
 美しくも残酷で、故に人は夕暮に想いを預ける。橙の空は碧い海に溶け、常世の夢へ人を誘う。
 そこで享受する甘美な眠りは人々を永遠の世界に導き、そして――

「あいッむ・ざ・きーんぐ・おぶ・ざ・わああああああああるづゥッ!」

「誰かコレ早く投げ捨てて」
 船首で秘密教団首領の如く空を仰いだ翠の肥満(ga2348)を、ヒメが優しく足蹴にした。

●甲板
「広い場所の方が気持ちおすなぁ‥‥そうは思いまへんか?」
 艦はゆったり東へ向かう。10ノット――時速18km前後で揺らめくそれは、瞳さえ閉じれば遊覧船そのもの。エレノア・ハーベスト(ga8856)が銀糸を押え首を傾げると、御沙霧 茉静(gb4448)は硬い表情で頷いた。
「私は情趣に詳しくないけれど、そうだと思う‥‥この艦も良く手入れされているから‥‥」
「ふふ、可愛らしいお人やわぁ」
 隣で休憩中のクルーに気を遣うように言った茉静に微笑するエレノア。視線を受け止め、茉静は男へ話を転じた。
「今日は申し訳ない‥‥。無理をさせている、と思う‥‥」
「別に。どうせやる事ァ変わんねーし、それなら賑やかな方が俺ァいい」
「いつも、この辺りを‥‥」
「もちっと南が忙しいのかもな。俺ァまだ配属されて間もねェけどよ、大規模な海戦なんかこいつ行った事ねェって話だ」
 カンカンと床を叩く青年。その姿に
「間もない割に随分‥‥老けてはって」
「るせェ」
 ついエレノアがツッこんでしまい、しゃなりと逃げ出した。

 橙が海を照らす。速度を落としてもらい、歩く速さとなった艦。煌く波間に糸を垂らし、幸臼・小鳥(ga0067)が竿を動かす。
「にゃ、う〜」
「む」
 そして隣で機関銃座に寄りかかり小説を読み耽る赤い霧(gb5521)。シュールだ。
「いれぐいだと‥‥思ったのに‥‥」
「待てヨハン、お前アリバイがあるだと?」
「やっぱり‥‥軍艦で夕方では‥‥難しいですかねぇー」
 リールを巻く音が潮騒に交じる。長大な竿と小鳥が妙なバランスを醸し出しているが、赤い霧は無反応だ。むしろ反応したら負けである。多分。
「ぬぅ‥‥古典的クローズドサークルと甘く見たか。全く解らん」
 いや既に本に負けていた。
 波の音が寄せては返す。
 まさにまったりを体現した2人だが、得てしてそれをぶち破るのが、
「やー皆さんこんちゃー、世界の翠の肥満、駆逐艦翠的ナントカカントカ号よりお届けしますよォ」
 翠だ。勿論故意である。絶対。
「さて甲板に上がってみると? 4人5人と。何してるん‥‥」
「にゃぁ!? 来ま‥‥したぁー!」
「網は任せてくれ」
 突如銃座に本を置く赤い霧。翠の録るビデオに2人の勇士が映る。
「秘かに動向を窺いオイシイ所で飛び出す‥‥僕も見習わねば!」
「いきますよぉっ」
 小鳥が竿を引く!
 ざっぱ‥‥。
「‥‥。しかしヨハンのアリバイはどうにか崩せそうな‥‥」
 釣り上げられたソレを目にし、淡々と赤い霧が戻る。小鳥と翠の見る前で、刺々しい謎のソレがぺちんと跳ねた。

●艦内
 艦長室から外を眺める。喫水線に近いそこからは魚も垣間見え、沈む夕日に飛沫が映えた。ヒメがアーモンドロクムを摘み、口に含む。柔らかい。蜂蜜の濃厚な甘みが鼻腔に広がる。
「きれいな、夕日ですね」
「んー。貴女も見ない間に綺麗になった気がする」
 海色のネックレスに指を這わせるクラリア・レスタント(gb4258)が、俯いて頬を染める。
「あ、ありが‥‥あ、あの」
 意を決してという調子で荷からみったんセットを取り出すと、それをヒメに差し出した。
「どうぞー」
「ありがと。できればロクムを食べる前が良かったけれど」
「それで‥‥ヒメさんを描いちゃダメ、ですか? 前は風景画しか描かなかったんですけど‥‥人も、描きたくなって」
 上目に窺うクラリア。窓から差し込む橙を背景にヒメが首肯すると、クラリアはヒメが以前見た時より自然に目を細めた。

「ロッテさん‥‥作りますよぉー」
「いつまでも足踏みしている私と思わない事ね」
「‥‥そういうのが失敗の元なので‥‥言う通りに作業して‥‥下さいねぇ?」
 調理場で小鳥を待ち受けていたのは、エスカルゴを両手に握ったロッテ・ヴァステル(ga0066)だった。
「フムン、ヴァステルさんが料理とな。全く似ああぁああ!?」
「で、小鳥。殻から出して?」
 扉からビデオを覗かせた翠に一瞬で包丁を飛ばし指示を仰ぐロッテ。刃が床に落ちた音で小鳥が振り返るが翠の姿は既になく、小鳥は首を傾げ料理を始めた。
 ロッテが内臓を除き、ブイヨン、トマト、玉葱、ベーコンの中に放り込む。それを小鳥が調味料で整えた後、自らは謎の魚を捌く。
「‥‥怖いですけどぉ」
 白身だった。半分を醤油みりん酒その他の煮汁に突っ込み、残りは揚げてみる。その間なんと30分。30分で後はさらに煮込むだけとなったのだが。
「‥‥やっぱり肉もあった方が」
「ふぇ?」
 小鳥が振り返った時には遅かった。ぐつぐつしていたエスカルゴの鍋に、殻の肉詰め(?)をぶち込んだのである。
「なな何でそんな‥‥事をぉ‥‥」
「あら、色が。もっと赤い方がトマトっぽく‥‥」
「ひぁあぁぃー‥‥!」
 小鳥の悲鳴の中、無情にも唐辛子の小瓶が参戦した。

 鉛筆が紙を滑る。クラリアとヒメの静かな空間。そんな所に、
「ではお待ちかねの艦長室ですよォ‥‥中には年中むっつり顔なヒメさんがおられる筈ですが果たして‥‥?」
 早朝突撃レポートよろしく潜り込む翠の胆力、恐ろしいと言う他ない。ビデオがじーと回る。
「‥‥」
「やや、これは女性2人のめくるめく桃色とい‥‥」
「牛乳瓶に舌突っ込んで取れなくなればいいのに」
「それはそれでアリじゃ!」
 翠がソファにダイブした時、ファブニール(gb4785)が見回りから戻ってきた。一息つくが、どうしてもヒメの包帯に目がいく。
 クラリアと翠を気にしつつ言葉をかける。
「突然ですが『今の』貴女がバグアを倒す理由って何ですか?」
 流れるようにヒメが振り向く。
「じゃあ貴方は?」
「僕は目に映る人達を‥‥」「私は家に余力があり、能力者は命に余力がある。逼迫した人に代って矢面に立つのは義務だと思う」
「義務だけ、ですか? それだけだと潰れちゃいますよ‥‥やっぱり信念とか拠り所とかがないと、独りでは苦しいです」
「義務を信念――使命とするのはいけない事?」
 そうは思わない、とヒメが自答する。その表情は先程と違い戦場のそれ。今の鋭い視線と描きかけのゼリーを口に運ぶ絵を比べ、クラリアが微笑した。
「『人は悩んでいる時、既に答えは出ている。ただ決断し、行動する切っ掛けが足りないだけだ』‥‥私はヒメさん、好きです。いつもの自信に満ちた顔が。だから、そのままでいてほしい、です」
 意外そうな顔でヒメがクラリアを見る。そこに
「ヒメ、これ作ってみたんだけど」「ぅ‥‥ごめんなさい‥‥ごめんなさいですぅ‥‥」
 ロッテと小鳥が入ってくるや、異次元が部屋に広がった。
 何ていうか、辛い。匂いが辛い。目が辛い。にも拘らずロッテは『少し失敗したかも』的な顔だ。翠、早速避難。
「トマト風味だったのが‥‥味付けが濃すぎたわ」
 そういう問題じゃない。
 誰もツッこめないまま移動机に乗せられ、ヒメの前に来る皿。小鳥作の煮魚と揚げ物が幻のように霞んだ。
「頂くわ」
 進んで少し食べる事で被害を最小限に留めんとするヒメ。でろんとした蝸牛を咀嚼した途端咳込みかけた。が、次の瞬間。
 轟音、そして警報‥‥!
『キメラ発見‥‥至急救援を‥‥!』
 茉静の声が響き渡る!

●襲撃
 翠とファブニールがいち早く駆け出した。ヒメが立つ。その前に塞がるロッテ。小鳥とクラリアが得物を取る。
「退いて」「貴女は寛ぎに来たんでしょう‥‥肉弾戦は私達の仕事よ」
 視線を戦わせる2人。暫くして「クラリアお願い」とロッテが言い残し駆けて行く。続く小鳥。頼まれたクラリアはヒメに向き直る。強気な瞳を覗き込み、頷く。
「え‥‥」
「怪我しないって、約束、してくれるなら‥‥」
 戸惑うヒメの手を引き、クラリアが通路へ飛び出した。

 風切音!
 茉静が避けんとするが、傍のクルーが反応できない。無理矢理左へ倒れこみながらクルーを引っ張る。遅れた。茉静の右肩から血飛沫。空からの敵の追撃を躱すべく茉静が砲台の陰へ入り込む。
「ここに。この為に‥‥私達がいる‥‥」
 無線連絡後、茉静が左舷へ向かう。一方で回り込もうとする飛翔体だが、新たな目標を発見した。
『――■■!』
「歌はも少し綺麗に発声せんと」甲板中央、曲刀を一閃するエレノア!「耳障りだ!」
 斬撃が飛ぶ。が、それは敵に届く前に霧散してしまう。
 標的をエレノアに定める敵――人型。その後ろからエイが急降下してきた。剣を構えるエレノア。3体のエイが縦に連なって突撃する。激突、寸前。
「グゥォオオオオオアアア■■■ッ!!」
 横合いから両手斧を振り下ろす赤い霧!
 中央のエイが甲板に叩きつけられる。残る2体がエレノアの体を吹っ飛ばした。敵の前に赤い霧が立ちはだかる。
「その程度かぁッ! デカいだけが取柄なんて事ぁやめろよ‥‥!?」
 気迫に圧されたか、中空に退避するエイ3体。その間に茉静が赤い霧と合流する。
「中と連絡しました‥‥あなたは上の警戒を‥‥」
 茉静に従い、吐血を拭って右舷へ移動するエレノア。飛来物が甲板に突き刺さる。羽根か。確認した時にそれが左脚を貫いた。苛烈な瞳で上空の敵を睨みつける。
「‥‥何かを抱えてる? だが容赦は、しない」
 ともあれ左舷と右舷、敵の分断には成功する傭兵。赤い霧の咆哮が暮れなずむ船上に木霊した。

 雑多な物陰が移動を阻害する。中央寄りで戦う茉静に空からエイが急襲する。体当りを柄で受けた。反撃せんとした茉静の腹を敵の尾が貫く。吹っ飛びながら斬りつける!
「‥‥、‥‥っ」
 敵の体躯から噴出する血に、目を伏せる茉静。仕方ないのだ。そう言い聞かせ刀の峰を向けたその時、けたたましい銃声が聞こえた。
 硝子の破砕音。
 俯角の弾幕が艦内からエイを射抜く。無線が煩く鳴り響いた。
「御沙霧さん、赤い霧さん、もっと追い込みますぜ。準備を!」
「‥‥了解」
 艦内、艦橋に近い位置にいるのだろう。甲板上を縦横無尽に走る翠の銃弾。それが残るエイ2体、いや空の人型にすら届きそうになっていた。

 恐ろしい程の翠の即射。艦内通路に硝煙が吹き溜り、薬莢が足元を埋め尽くす。
「へん、ちょっとした機銃砲座気分だぜッ!」
 遮蔽物だらけの筈なのに、巧みに移動しエイの動きを限定していく翠。眼下では艦内から飛び出したファブニール、ロッテ、小鳥が各々エイと人型へ向かっていく。その行く先に銃口を合せる翠。人型が小鳥に急襲してきたのを弾幕で逸らす。が、小鳥の首から血潮が噴出した。
 舌打ち。
 翠の射撃が続く‥‥!

「赤い霧さん!」「ぬぅあああ■■アア■■!!」
 ファブニールと赤い霧がエイを挟み込む。赤い霧が薙いだ直後に1体が突撃してきた。体で受け止める赤い霧!
 同時にファブニールの連続刺突が迸る。悲鳴を上げ中空へ逃げる敵。一方でもう1体が赤い霧に仕掛ける――と思った刹那、ファブニールの来た方――扉の1つに方向転換した。怪訝に思う2人だが、振り向いたそこには、
「な、何で‥‥!?」
 クラリアとヒメの姿!
 咄嗟にクラリアが盾を構える。衝撃。後ろのヒメを巻き込み後退するクラリア。敵の尾が巻きついてくる。素早く鎌に持ち替えたクラリアが下から振り上げた。
「叫べ! サリエル!」
「援護します!」
 疾風の如く踏み込んだファブニールが敵の回避を妨害する。直後鎌が翻る!
 斬。紅の雨を拭い、クラリアが振り向いた。
「今日はここで見届けません、か?」

 赤い霧の斧が敵を叩き割る!
 体当りとぶん回しの正面衝突。敵の勢いにたたらを踏みながらも赤い霧は斧を振り続け、真向から戦い続ける。
 中空に逃げんとした敵が突如反転、尾を真上から振ってくる。それを左腕で受ける赤い霧。血潮が顔を濡らす中、痛みなど無いように尾を掴んで甲板に叩きつける!
「ぬぅおぉおお■■■!!」
 跳ねて斧を避ける敵。空戦機動の如く敵が至近から突っ込んでくる。それを。
 赤い霧は斧を縦にして待ち受ける!
 交錯する獣と魚。猛烈な勢いで突っ込む敵の目に斧の刃が映り、その刹那、それが中心線を駆け抜けた。
 断‥‥!
 斬った。否。断った。敵の体が左右真っ二つに裂け、赤い霧の両脇を抜けていく。びしゃと生々しい音がし、赤い霧は雄叫びを上げた。

●アラストル――復讐者
 可聴域限界の高音が人型から溢れるや、散弾の如き羽根が降り注いだ。剣を掲げ防ぐエレノア。ロッテは首から血を流す小鳥を脇に抱え致命傷を避ける。
 一進一退の攻防。
 小鳥が何とか立ち、弓を引き絞る。人型が急降下。放つ。同時にロッテが飛び込む、が、凶爪が2人を引き裂いた!
「っひぐ!?」「く‥‥!」
 低空、無理矢理左脚で蹴り込むロッテ。人型が受けた瞬間、エレノアが突進からまくり気味に一閃、袈裟から下段へ瞬く間に4筋の剣を繰り出した。身を丸めて受ける人型。
 そこで漸く解った。敵の抱えた物が、人であると。くらくらした頭で小鳥が辛うじて言葉を発する。
「‥‥なな、ちゃ‥‥」
 ロッテの腕の中から手を伸ばす小鳥。その腕が、炎に包まれた。声すらなく気絶する小鳥。ロッテの意識が、爆ぜた。
「貴女は‥‥貴女は!」見据える瞳。人型に抱かれた少女――ナナと視線が交錯した。「どれだけ罪を重ねるの!!」
「何処の誰かは知らんがその敵意、諸共に消え去れ」
 小鳥を抱いたままで腰を使えない。脚のみで放ったミドルは軽々往なされるが、直後エレノアの刺突が敵の腕を貫いた!
『――■■!』
 空へ退避する敵。それを翠の弾幕が襲う。連射連射連射!
 が、再装填するうちに敵の片翼が胴に巻きついていた。撃っても先程までの手応えがない。歯噛みする翠だが、その時には戦況は膠着状態となる。
 空に敵。対してこちらの攻撃手段は乏しい。
「キミは、覚えてますか? 友達の事。その人の名は? 心は? 理想は?」
 エイを打倒、急ぎ救援に来たファブニールが開口一番問いかける。ロッテが小鳥の体を横たえ、前に立った。
『おぼ‥‥るよ、‥‥された! 傭兵どもに殺された!!』
「だからそれは事」『事故!? じこじこじこじこきひひひははははは』
 人型の中で哄笑するナナ。翠の銃弾とエレノアの斬撃が唐突にそれを止める。
 一転してナナに表情が無くなった。
『いっぱいくるしめてころしてやる』
 舐めるように見回し捨て台詞を吐くと、高速で遠ざかっていく敵。ファブニールは胸の痛みを堪えて眉を寄せた。
 ――反応があるならまだ望みは‥‥?
 解ったのは、彼女があの速度と戦闘に耐え得る体となってしまった事。そして。
『沿岸にて黒煙を発見。我が艦は救援に赴きます』
 再び、町を襲った事だけだった‥‥。