タイトル:【AA】機密情報の逃亡マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/05/03 13:38

●オープニング本文


 0745時。トゥーロン沖――ラ・セーヌ=シュル・メールより南方。
 朝の眩しい光がドックを照らし、内部と外のコントラストが作業者達の網膜に試練を与える。
 大小様々なコンテナやら何やらがドックに運び込まれ、軽くなっていく運搬船。喫水線が1mは動いたのではないかとすら思える荷の移動と入れ替わるように、ドック内から出てきた人々が船に乗り込んでいく。
 元から運搬船の船員だった者。夜通し作業していたのか、目の下が恐ろしい事になっている白衣。警備の交代か、疲れ気味に背を丸めた軍服。運搬かあるいはドック内の作業か、汗を大量に吸ったような作業服が見え隠れするリュックを背負った肉体労働者。
 それら全てを運搬船は呑み込み、トゥーロン内港へ戻っていく。途中、同じく多くの荷を積んだ船とすれ違い、甲板で休息していた者同士が軽く目礼した。
 港へ着き、船は人々を吐き出していく。
 その光景を見て。
 海岸線、道路脇に停めた車内で双眼鏡を手にしていた男は、塩素負けしてチリチリの自らの髪を弄りながら瞼を閉じた。

 時を、同じくして。
 サルディニア島から放たれた無人ヘルメットワーム(HW)達が、1機ずつ全方位に散らばっていった。
 うち、1機が向かう遥か先には。
 かつてフランス皇帝が名を上げた街が広がっていた‥‥。

 ◆◆◆◆◆

「おはよう。よく来てくれた、諸君。早速で悪いのだが、諸君には警備を頼みたい」
 港湾部、某所、3階。
 集まっていた傭兵達に壮年の軍人が声をかける。襟元を見るに階級は中佐。実直そうな姿から、誰かの副官のようだと傭兵は感じた。
「警備、ですか」
「そうだ。知っての通り、ここ最近我々の動きは活発になってきている。ここトゥーロンの浮きドックも存在自体を秘匿できればよかったのだが、それは難しい。じき――いや、既に多くの目が集まっているだろう」
 敵味方問わずな、と中佐が言いながら窓の外に視線を向ける。倉庫の間を様々なトラックや重機が走り、その中で秘かに潜入したらしい記者のような男が手帳片手に奔走していた。
 ため息をついて中佐が続ける。
「港か、あるいは市街か。他にも何組か傭兵を雇っている故、全域をこの人数で、という訳ではない。一定のエリアを決め、そこからの情報流出だけは確実に防いでほしい」
「場合によっては強硬手段も?」
「当然だ」
 間を置かず返ってきたというのが、逆に事態の重さを表していた。
 情報漏洩が起こるとすれば、外部からの潜入か、内通。攻撃を加えてきて強引に抉じ開けるなどという馬鹿げた事もあり得るかもしれないが、その場合はそんな戦力をトゥーロンにまで突入させてしまった段階でのミスであり、尻拭いとして救援に駆けつけてやるしかあるまい。
 それに攻撃隊ではないにしてもHWが1機でも突入してきた場合、内通者や潜入者の逃亡、情報伝達が楽になるのは言うまでもない。
 となれば。
「敵はどうやって潜入するのか。あるいはどうやって脱出するのか。敵増援はあるのか。あるとすればどこでどのように利用するか」
「ある程度大胆にヤマを張って動かねばならないだろうな」
 相手が親バグア派ならば長距離通信はおそらくこちらと同様に使えない。よって情報が拡散するか直接バグアに渡るかする前に何とかすればいい。しかし相手がバグア兵自身だった場合、もしかすると重力波とやらで即座に暗号でも送れるかもしれない。
 欧州に続々とUPC軍戦力が集結しつつあるこの現状で、バグア兵にこんな所まで潜入される事はないと信じたいが‥‥。
「地元警察にも若干の融通は利かせられるようにしておく。検問等‥‥」
 中佐が言い差したその時、不意に無線が鳴った。不吉な響きを内包したそれは、
『――入者! 現在ドック内にて侵入者を追跡中! 我々港湾組は至急――――!!』
 危惧が実現してしまった事を伝えてきた。
 中佐が眉をしかめ、息を吸う。立ち上がり、傭兵達に告げた。
「諸君。依頼は変更だ」

 ――侵入者どのを、『丁重に』お連れしろ。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
ファブニール(gb4785
25歳・♂・GD
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
五十嵐 八九十(gb7911
26歳・♂・PN
白蓮(gb8102
18歳・♀・PN

●リプレイ本文

 薄暗い、船の陰で。
「しかしありゃ何だ?」
「いち作業員が知る筈がない」
 先程目にした長大な建造物を思い浮かべる。巨大すぎて一部しか見えず、全容はさっぱりだった。が。
 警報、警報。
 今は考える時間ではない。作業員からバッグを受け取り離れていく。
 侵入者と内通者。2人が以降、目を合せる事はなかった。

●初動
「貴公らは『盛大に』街で検問を。その間に我らが侵入者を炙り出す」
『了解』
「さて」
 月城 紗夜(gb6417)が警察と連絡を取る一方、御沙霧 茉静(gb4448)は近場の倉庫に入り、早くも捜索を開始していた。
 視線を巡らせ内部を見回し、事務所らしき部屋へ向かう。中は書類の詰った箱が多く、机も1つ。とてもいそうにはない。ドックで敵が見つかって2分足らず。むしろ2分でここトゥーロン内港に来られる程の敵の場合、1人ではやられる。
 通風孔を覗き何もなかった事を確認すると、茉静は倉庫から出た。
「突破されないだろうという場所を突けばダメージは大きい。奴らが‥‥」
 待っていたかの如く紗夜が言いかけ、茉静の顔を見る。普段と殆ど変らぬ無表情。が。
「‥‥拘束が最善との共通認識はみな持っている。それに」
 我らが捕縛すればいいだけだ、と紗夜は高潔すぎる友人に声をかける。頷く茉静の肩に手を置き、さらに続けた。
「その為の――布石だろう」

 高速でドックへ向かう小型船に6人は乗り込み、捜索の準備を行う。とはいえ今回は場所が場所なだけに難航していた。
「ドックの見取‥‥」「外に持ち出せる筈がなかろう」
 それなりに上の立場らしき軍人に守原有希(ga8582)、五十嵐 八九十(gb7911)、白蓮(gb8102)が掛け合うが、即断られた。八九十が笑みを浮かべ
「や、現地で少し見せて頂けるだけでいいですから。30秒で叩き込み、1時間で忘れますよ」
「しかしな、本来君達には‥‥」
「今優先すべきは、敵対勢力への流出かと愚考しますけどね」
「う、む‥‥」
 見取図を見る確約を得るだけでこの手間だ。
「情報は戦の根幹。渡せませんから」
「にも拘らず此処までの侵入を許すなんて、警備は大目玉ね‥‥」
「ぁ、と。です、ね」
「仕方ないですっ、侵入は一瞬頑張ればいいだけですからっ!」
 背後からのロッテ・ヴァステル(ga0066)の声に、有希が僅かに肩を震わせる。白蓮がキットから懐中電灯を取り出すのを見つつ、ロッテは幸臼・小鳥(ga0067)に
「貴女も‥‥刹那の煌きは見せなくていいからね‥‥」
「刹那‥‥? ぁ、頭なんてぶつける筈‥‥ないですぅー!」
 小鳥が抗議した時
『――そういえば』
 無線に紗夜。ファブニール(gb4785)が受けると、紗夜は『発見者もマークしておかないか』と伝えてきた。
「了解。元々話を聞くつもりでしたから、その彼と共に捜索する事にしましょう」
 着々と外堀を埋める一行。
 有希が妨害できるか解らないが重力波対策で『ドック上に』他の傭兵チームのイビルアイズでも配置するよう進言したところで。
 巨大な機密が、視界に現れた。

●口外無用
 いかにも重厚なドック。排水される内部。配管や各種重機が軍需工場の臭いを醸し出す。建造中のブツの一部が垣間見え、八九十は面倒事から目を逸らした。
 今見ている全てが最重要機密と思うと妙な圧力がかかるものだ。小鳥がくらりと頭を振った。
「作業員に紛れ込んでる可能性もある‥‥注意して」
 空気に呑まれないようロッテ。
 早速見取図を見た6人は、30秒後、動き出す。

「黒いジャージだったかな。すぐ隠れるように逃げていきやがった」
 侵入者を発見したドック内、ファブニールと白蓮が発見者に訊く。やや離れた所でロッテと小鳥が虱潰しに物陰を探る。
「その人は何処で何を? それと貴方も」
「そこの鉄骨積んでる所。そこで何かごそごそやってたんだよな。俺ァまぁ‥‥サボろうとしてたっつーか」
 苦笑する彼。白蓮が相手の体で目に付いた点を尋ねるが、中肉中背で175cm程度かも、と無難な事しか判らなかった。
「ではまずここから探しましょう!」
「犯人は現場に戻るっ、なんて事もありそうですしっ」
「一緒に来て貰っていいですか? 目撃者の目は重要ですから」
 ファブニールと白蓮に圧され発見者も2人に追従する。
『助言を聞いたからですかね。不審にしか思えません』
『安心して下さいっ、自分もですっ』
 なんて密談が彼に聞こえる事はなかった。

 ロッテと小鳥は広大な内部で効率良く物陰を見ていく。小鳥が下、ロッテが上で、頻繁に声を掛け合い確かめる。
「うー‥‥爆弾とか‥‥変な機材とかないといいですけどぉ」
「敵は情報が目的の筈。とすれば時限発破とかで仕掛けてくる可能性もあるわよ」
「発見したく‥‥ないようなぁ‥‥」
 四つん這いで鉄骨と重機の間に潜る小鳥。
 丁度その時無線で発見者からの追加情報が齎された。ロッテがクレーンの腕に上って見回す。雑多なドック。少しでも目星を付けんと小鳥に呼びかけた、瞬間。
「小鳥、手早くやるわよ」
「ふぇ‥‥何ですかぁー?」
 四つん這いで急ぎ後退した小鳥のワンピ裾が、乱暴な鉄骨のテクでくぱぁした。
「‥‥」
 気付かぬ小鳥。ロッテがなんとなく虚しい気持ちでアーム伝いに跳び下りる。
「別の所‥‥探しますかぁ?」
「‥‥そう、ね。小鳥は足元をもっと重点的にした方がいいわ」
 数秒後、意味深なロッテの視線を辿った小鳥の悲鳴が木霊したのは、言うまでもない。

 赤色灯と警報が思い出したようにドックを支配する。
 中央ドックを挟んで4人と反対。入渠中の運搬船に乗り込んだ有希は、床を叩き壁に触れ、甲板から慎重に降りていく。同じく探索する八九十だが、有希の丁寧な行動を前にするとむしろ付人のようだ。
「貨物室は下ですか?」
「今はバラストだけですが」
 船員に尋ね、顎に手を当てる有希。微笑しつつ油断なく周囲を見回す八九十に話を持ちかけた。
「五十嵐さんは貨物室をお願いできますか? 体格的にうちが狭い所の方がよさそうです」
「了解。さて、どこに居るやら鼠さん、ってね‥‥」
 通路真ん中を通って下る八九十。
 貨物室。
 広大な空間に重しが積まれ、隠れやすいと言えば隠れやすい。
「既に探してそうな気もするが」
 とはいえ敵が移動してくる可能性もある。物陰に歩を進めつつ振り返る。
 何か気配があったような?
「‥‥やっとアフリカが見えたんだ。こんな所で躓く訳にゃいかん」
「どうですか?」
「ん、あ、まだ解らないですね」
 作業員に返答し、八九十は探す。
 一方で有希は船員と共に機関室へ向かう。扉を開け点灯、エンジンが低音を響かせる室内で有希は船の見取図に目を通した。
 目測と図の差異はないか。歩きながら壁を叩く。船員と協力して天井の通風孔にランタンを入れ、覗く。何も無し。
「‥‥行きましょう」
 有希は通路へ出た。

 ――その、下層通路で。
「潜伏は無理、か」
『作業服の下にウェットスーツを着込んだ』男は、逸る感情を抑え甲板へ向かう。
 その時‥‥!

●僥倖
「やはり‥‥ここに戻ってはいない‥‥?」
 警察や作業員が東奔西走する港。雲に翳る空が重機を鈍く照らす。
「それは解らん。だがここで足場を固めた事は無駄ではないだろう」
 我らもドックへ行くか、と紗夜が茉静に告げた、その時だった。
 圧倒的な存在感と爆風を伴って、遥か東の空にソレが現れたのは。
「HW‥‥!?」
 騒然となる港。2人が陰に屈むや、HWは瞬く間に低空を翔けてくる。トゥーロン市街を舐めるように飛行、ふと気付いたかの如く途中で南――ドックに進路を変えた。一気に加速する!
「拙いな。軍に連絡後、ある程度接近してみるか」
 2人は周辺を見渡して目に付く人間がいない事を確認すると、小型艇に乗り込み発進させた。
 視線の先では、幾条もの光線が迸る‥‥!

 ド‥‥ッ!!
 一瞬でドック外壁に炸裂した光線が、鈍い衝撃を内部に伝えてきた。6人全員が即座に上を見る。さらに衝撃。
 ――敵攻撃!
 認識した途端、作業員達が封鎖された内部で騒ぎ始めた。ロッテ、ファブニール、有希が各々何とか鎮めんとするが効果は薄い。遂には隣のドックと連絡を取り、一部封鎖が解けてしまった。軍人がその穴を塞がんと走り、それが逆に騒ぎを大きくしていく。
 そして。

「何か知らんが、助かっ‥‥」
「助かりました、ですか。成程?」

「‥‥」
 運搬船、甲板。いつから見張っていたか。
 作業服のままドックに降りゲートを開きかけた男を、八九十が見下ろす。男――下層で一言交わした男の手が止まった。数十cmの隙間から水が入り込む。警報と振動にも増して互いの鼓動が互いを揺さぶる。
「はは。実は昔HWと体1つでニアミスしたのを思い出し‥‥ッ!」
 男の言葉は、八九十の縮地に掻き消された。
 八九十が翔ぶ。同時に男が駆け出す。服を脱ぎ、障害物を回り込むように船の下へ!
「守原さん!」「了解!」
 下部へ直接着地する有希。水が跳ねる。男が有希の脇を抜けた。その背に手を伸ばす有希。届かない。反転から軸足をずらし神速の当身!
「貰う、重当て!」
「ッ、ぁが‥‥!!?」
 吹っ飛ぶ男。が。身柄確保を優先したせいか。男は倒れながらもゲートから水流に翻弄されるように抜け出した。
「く‥‥緊急連絡! こちら3班、侵入者を発見! 繰り返す――!」
「バカかあいつ、気合入りすぎだろ!」
 心なしか楽しげに、八九十が走る!

 HWが傍若無人に暴れ回る。迎撃する対空砲。そのうち軍のKVが2機3機と空に現れ、巴戦を開始した。一方でドック内部は変らず人が右往左往し続ける。
 その喧騒を横目に。
 ファブニールと白蓮は、第一発見者と共に静観を貫く。
「信じなさい! 軍なら奇襲程度鎮圧するわ!」
「騒ぐのは‥‥敵が有利になるだけですぅー」
 同じ区域にロッテと小鳥がいたのは幸運だった。2人が人を制御するおかげで白蓮達の周りが無風状態になる。傭兵が4人。現状最も強固な布陣かもしれない区域で、彼らは事態を見守る。
「応援、行かないんですか?」
「今からではHWにも侵入者にも後手を踏みますよ。それに」
「怪しいニオイは他にもしますしっ。爆弾、と・か・っ」
 重機の陰を調べつつ、2人。発見者が同じく不審物を探す素振りでロッテ達と別の反対の出口へ歩いていく。
 さり気なく間に入るファブニールと白蓮。発見者――いやもはや不審者は「じゃあ俺は向こうを」と小鳥の方へ歩を進める。次第に速くなる脚。駆け出す直前に白蓮が叫ぶ!
「怪しい人発見っ!」
「‥‥ッ」
 走る男。追う2人。ロッテがこちらを振り向いた。男が懐からバールを取り出し振りかぶる。白蓮が神速を飛ばして回り込む。その彼女の頭に振り下ろされた。上体を捻って回避。その隙に男が出口へ飛び込む!
 瞬間。

「Chasserは終りよ」

 ロッテが沈みながらソバット、そのまま膝裏で男を押さえ込み地に叩き伏せた!
「ク、ソアマてめ‥‥!!」
「全く。油断も隙もない」
「って、ロッテさんー‥‥っ?!」
 傍にいた小鳥の切れたワンピ裾をさらに千切り、男の口に突っ込む。
 涙目な小鳥をよそにファブニールと白蓮もやって来て男の身包みを剥していく。白蓮が瞳を輝かせた。
「さてっ、洗いざらい話してもらいますかね〜っ★」

●予想外の幕切れ
 HWとKVの戦いを見上げつつ、茉静と紗夜は小型艇の上で無線を聞いていた。
「内通者‥‥」
「組織と裏切りは表裏一体。金と命を天秤にかける知恵すらない者もいるのだから仕方あるまい。それより」
 海に逃げた侵入者を探さねば。
 紗夜が視線を下げる。空のHWは既にKV相手で手一杯のようだ。ならば後はこちらの仕事である。
 敵がボンベを用意していたのかは解らない。しかし海を泳ぐ以上、余程熟練者でない限り時折浮上して方角を確認する必要がある筈。そしてそこを――捉える。
「建造中の物の中を‥‥探す手間は省けたけれど‥‥」
「機密など触れん方がいい。下手をすれば我らの方が『丁重に』お招きされかねん」
 首輪を触る紗夜を見つめる茉静。
 と、揺れる海面を裂くように有希達の船が合流する。
 ドックから北に数百m地点。慎重に、根強く。僅かな変化も見逃すまいと4対の目が光る。
 息を吸い、吐く。瞬きの時間さえ惜しむが如く、目を皿にして。20秒。60秒。180秒。そして。

 ――こ、ぽ。

 60m西北西。天の配剤か直感の成せる業か。波間に弾ける気泡を、有希が捉えた‥‥!
「あそこです!」
「いや待った、また見失うのも面倒です。陸の近くまで待った方がいいのでは?」
「海だと‥‥誤って命を奪う可能性もある‥‥」
 八九十と茉静が静止する。泳ぐ算段をしていなかった有希も反対する理由はない。
 船長に付かず離れずでの航行を頼み、小型艇の方に4人が集まる。
 それからどれだけ経ったか。
 ドック方面はHWも撃墜し、落ち着きを取り戻した頃。ラ・セーヌ=シュルメールの浜辺に男が辿り着いた。泳ぐだけで精一杯だったか、艇には気付かない。
 男は急ぎボンベを外し、濡鼠のまま走り出す。その、背に。
「命まで奪うつもりは無い。投降して‥‥」
 茉静が声をかけた。
 時が止まる。寄せては返す波が4人の足を洗う。腿まであった水深は歩くに従って浅くなっていく。足首未満になり浜へ上がった時、男は振り返った。
「俺、頑張ったと思わね?」
 疲れた顔で男が笑う。唖然とする4人。八九十が口角を上げた。
「確かに。行き先がアフリカだったら肩を並べて泳げたかもしれませんね」
 慎重に半包囲していく。紗夜が口を開く。
「HWとは繋がっていたのか?」
「いや偶然だよ。俺にもツキが回ってきたと思ったんだけどな」
「親バグア派組織の人間ですか?」
「‥‥組織に売出し中?」
 軽口叩きながら腰を落す男。有希がどの程度中を見たのか詰問する。
「半分くらい? でも解んねーよ。軍艦かと思いきや何か変だしよー」
「そうですか。では。ご同行、願えますね?」
 瞬間。砂が爆ぜる。
 3方から肉薄する傭兵。男が砂を周囲に蹴り上げ逃げ出す。八九十が跳んだ。紗夜がペイント弾と共に銃を取り出さんとして、彼女唯一の準備不足に気付く。無手で沈み込む茉静。方針転換、逃げる男に紗夜の腕が伸びた。辛うじて躱す男。体勢を崩した男の手首を茉静が掴み引き倒す!
「命を無駄に‥‥しないで‥‥」
「ぐ‥‥!」
 抵抗せんとした男の顔の真横に、ダァン、と八九十が前宙して着地する。砂が舞い、降りかかった。男が唾を吐き舌打ちする。
「その行動力があればこれから何でもできますよ」
 八九十が妙に爽やかな笑顔で肩を叩いた‥‥。

<了>

 後顧の憂いを取り除き、数日。引渡しその他の事務作業は終り警備もやり果せた8人の前で、遂にドックは動き出す。
「アフリカに橋頭堡を築いて、欧州から敵追い出して‥‥そうすれば後はサルディニアで‥‥♪」
 芳醇な命の水を思い浮かべ皮算用する八九十だが、それはともかく。
 時は、満ちた。
 暗黒を切り裂く大天使の光が、今、解き放たれる――!