●オープニング本文
前回のリプレイを見る ――前回までの軍法会議。
ドイツ、某空軍基地で行われていたのは、親バグア派への12.7mm弾を中心とした軍需物資の横流しだった。
司令から露骨な脅迫を受けるも、意気軒昂な傭兵達。しかし確たる物的証拠を上げる事がなかなかできず、時は無情に過ぎ去ってしまう。ただ1つ、横流しの真犯人が買収したと思しき通信士の言質を取ったというたった一筋かもしれない逆転の望みを残して。
そんな傭兵達に不利な状況の中、彼らの1人は『敵』に先んじて打って出る事にした。真犯人の良心に訴えかけながら、さらにその人物を擁護する司令の反応を引き出すという策だ。
が。
それは不運にも、辛うじて傭兵達と共に戦う決意を固めつつあった依頼人クルト・シェンカー少尉の心を根底から打ち砕く、悪魔の一手となってしまったのだった‥‥。
『これより10分後、特設軍法会議を開廷する』
●軍法会議
挫けない。抗いたい。主張したい。そうして、拳を振り上げた筈だった。筈だった、それなのに。
無実の罪を覆そうと必死にもがくクルトの心を地獄の淵に追い込んだのは、バイエル中佐その人だった。
少年時代から親交のあった中佐。面白く、頼もしかった近所のおっさん。その人が、罪を被せようとしたのだ。それも直接的と間接的、両方の手段を使って。
そんなに捨てたかったのか。そんなに煩わしかったのか。いや、そこまで思ってくれていたら多分良い方なのだ。きっと中佐はただ単に必要に迫られて、適当なスケープゴートを求めただけなのだ。そんな、負の感情を抱かせる事すらできない‥‥、
「しっかりしろ、立てるか?」
「すみ、ません‥‥」
我知らず膝から床に落ちたクルトに傭兵が肩を貸す。司令室中央のソファに彼を座らせると、その傭兵は静かに司令達を睨めつけた。
司令と中佐、そして傭兵達とクルトが一堂に会した司令室は非常に手狭で、物音1つ立てる事すら憚られるような緊張感に包まれる。エアコンの音が耳に煩く、珈琲の香りは鼻につく。誰かが重い口を開きかけたその音を呑み込む形で、司令が説明を始めた。
「裁判官は私、中佐、そして少尉の友人ハンスで構わんね。本来ならば有無を言わさず少尉を有罪としてもいいのだが、我が基地は清廉潔白、公明正大な基地であるからな。少尉の言い分も充分に聞いた後で決定するとしよう」
「ご大層な『公明正大』ね」
「これもひとえに私や中佐が尽力した結果だよ」
吐き捨てるような傭兵の批判も右から左に聞き流す司令。ノックの音がし、ハンスが入ってくると、司令は続けた。
「ちなみに流れについてだが、分かるかね? 冒頭から順に人定質問、罪状朗読、黙秘権告知‥‥この辺りはまぁ決まりきった作業だ。次に被告人・弁護人の陳述‥‥」
ここで改めてクルト自身の主張がなされ、次が現状最も重要なパートになる。
冒頭陳述:『敵』側からの突きつけがあり、それに対するこちら側の主張と陳述が行われる。
証拠請求:『敵』側の証拠・証言請求があり、その後こちら側の証拠・証言を請求できる。
証人尋問・被告人質問:各々が連れてきた証人への尋問、及びクルトへの質問等がなされる。
「その後、論告求刑。そして最後に、被告人・弁護人の最終陳述となる。つまり傭兵諸君が軍法会議自体に影響を与えるとすれば、初めの被告人・弁護人の陳述以降という事になる」
「何だ、随分親切だな。子ども裁判でも始まるのか?」
「たかだか特設軍法会議とはいえ、既定の流れを無視されると時間がかかるのだよ。判決がどうなるにしろ、諸君も手早く終わらせてディナーにありつきたいだろう?」
時計の針は1655時を指していた。確かに白熱すれば1時間以上は確実にかかるだろうが、断固として『戦う』人間にとってそれは望むところだった。
「残り5分‥‥」
証拠の準備は万端か。心の準備は万端か。
論理を武器に、精神を糧に。正論だけでどうしようもなければ、邪道で攻める事も必要になろう。
こちらの神輿は満身創痍。だが、それでも。戦う者は死力を尽くせ。迷う者はしかと見届けよ。
「さて、どうするか」
傭兵が天を仰ぐ。
運命の軍法会議は、間近に迫っていた――。
●リプレイ本文
時を刻む音が大きく鳴る。クルトがゆっくり呼吸し、吐いた。露骨に無視して植松・カルマ(
ga8288)が欠伸を噛み殺す。
「出ていッスかね。俺頭悪ィし」
オルランド・イブラヒム(
ga2438)と視線を交わす。カルマ2度目の演技とあって、その意図は傭兵全員に理解できた。つまり、軍法会議に出る事なく限界まで糸口を探すのだ。
「僕もやれる事はなさそうですし」
「何人もいたところで意味はないから、な」
続くファブニール(
gb4785)とクアッド・封(
gc0779)。クアッドはソファから立ち上がりざま、クルトの耳元で言葉をかける。
「‥‥気持ちは解る。だから無理に戦えとは言わない、お前が決めるんだ。だが、俺はお前を支えられるよう動くぞ。今だからこそ出来る事もある筈」
俺達を信じてくれたら、嬉しい。
苦い過去が沁み付いたその瞳で、クアッドはクルトを強く見つめる。そしてクルトが答えるより早く、扉へ向かった。
3人が退室し、小さく扉が鳴る。
「もういいかね?」
「待って」
司令に言うや、クルトをソファの背越しに立たせるロッテ・ヴァステル(
ga0066)。胡乱げな彼の腹にいきなり拳を突き入れた。息を漏らすクルト。にゃあとロッテの横の幸臼・小鳥(
ga0067)が驚愕する。杠葉 凛生(
gb6638)はソファに座ったまま「おっかないねーちゃんだ」と肩を竦めた。
ロッテは膝をつきかけたクルトの胸倉を掴んで姿勢を維持させ、顎を握り潰す勢いで挟む。
「一人前の男としての矜持があるなら、断固として戦ってみなさい!」
「く、ぅ‥‥!」
「貴方はママンに甘える子供じゃない‥‥そうよね?」
「そそ、その辺でぇ‥‥でも、あの‥‥辛いですけど‥‥一緒に‥‥がんばりましょぅー?」
わたたとロッテの腕を引っ張る小鳥。ロッテがクルトを放すと、彼はソファに手をつき咳込んだ。
「勇猛果敢な戦士は羨ましいよ」
司令が笑い、中佐を促した。
●1710時
冒頭手続が粛々と進む。淡々とした司令の声を聞き流し、オルランドは壁に寄りかかって思考を巡らせていく。
クルトが望むか望まざるか。それが問題だった。
これまでの情報から考えるに、上手くやれば内通者――中佐を蹴落とす事はできる。が、勝手にそこまでするのは流儀ではない。
――探偵の仕事は真実を暴く事だけだ。そこから先は‥‥。
じっと依頼人を観察するオルランド。クルトの表情は持ち直したようで奥歯に何か挟まったような、はっきりと判読できない。そしてそれは、やはり彼の様子を窺う凛生にしても同様だった。
「クルト・シェンカーを利敵行為の疑いによって告発するものとする。異論はないか」
「Objection! 当然、完全無罪を主張するわ」
既定路線の如くロッテが手を挙げる。そこに凛生は口を挟んだ。
「悪いが、少しいいか」
凛生がソファに座ったままクルトに向き直ると、中佐を見やり、訊く。
「クルト、お前さんは何を守る為に軍人になった?」
「何を、守る‥‥」
口を噤むクルト。
国を守る。市民の力になる。自分のやれる事をする。様々な優等生発言が頭を過る。だが考えれば考える程、必然性がなかった。士官学校を出て配属され。きっとこれからも無難に程々に昇進し、中佐かそこらで退役する。そんなどうでもいい想像が浮かんで消える。
「俺は‥‥」
「己の為に戦うか、奴の為に身を引くか、あるいは漫然と人に任せるか。『解ってる』だろうな?」
凛生の指摘が胸に突き刺さる。
器に穴があれば水は満ちない。満たすにはまず穴を埋めるという手順が必要なのだ。では今のクルトはどうか。答えは一目瞭然だった。
「‥‥司令。続けてくれ」
「うむ。では立証手続に入る。こちらは擬装IDと親バグア派の生き残りの証言を‥‥」
受話器を取り証人を呼ぶ中佐。暫くして包帯だらけの男が入室し、司令が形ばかりの尋問を始めた。
事前に手を回しているのだろう。そこにあるのは白々しい受け答えのみだった。
電話の向こうで呼出音が鳴る。人類圏、有線電話といえ反応は良くはなく、暫くして遠い声が返ってきた。
「バイエル中佐のお宅ですか?」
妙齢の女の声が肯定。ファブニールが名乗った上で話を続ける。
「仮に、ですが。貴方やお子さんを愛するが故に中佐が悪事に手を染めたなら、貴女はそれを赦し中佐を愛せますか?」
『? 愛があるなら当然よ。赦すって何。このご時世で、善の為なら家を失っていいとか期待してるの?』
「いえ、そうとは‥‥」
『もういい? 夕飯の準備あるんだけど』
「はい。あ、1つだけ」
呼吸。大っぴらに賛同を得る考えとは言えないかもしれない。でも、きっと中佐の心労は軽くなる。
「その気持ちを、中佐にもちゃんと伝えてあげて下さいね」
「あーつれー。さっさと帰りてー」
「さっき呼ばれたんは何だったんだ?」
「んー」
通信室、片隅。カルマが椅子に寄りかかって脚を机に乗せる。酒はもう空でぐだぐだ空気である。中央ではクアッドが別の通信士とPCを弄っているが、カルマは協力しない。
「今裁判中なんスよ。クルトとかいうのがムジツの罪だかで。よく知らねーけどデキレース? みてーな。何かあいつ泣いてんの」
誇張するカルマ。興味なさげに軍曹が返す一方、ギュンちゃんの瞳には迷いが見て取れる。カルマが勢いよく脚を下ろす。
「誰か証人でもいねーと終りなんじゃね? まー俺は関係な‥‥あ、てかよ!? 俺思いついたんスけど! ほんと俺マジパネェわ!」
「あ、何だよ」
期待する軍曹。懐の無線を取り、カルマが言い放った。
「裁判さー、基地に放送しちまったら面白くね? 史上初っしょ」
そんな悪戯心と無関係に、クアッドは協力者と共にPCを探る。
「確かに、変ですね」
「どういう事だ?」
擬装ID。簡単に調べるとクルトのIDに行き着くが、それが逆におかしいのだ。IDのプログラムコードに目を向ければ、普通なようで所々妙な雑音が見える。機械的に配布されたIDに相応しくない回り道、とでも言うのか。
「調べてみます」
協力者の指が踊るのを見、時間との勝負になりそうだとクアッドは呟いた。
●1725時
中佐側の尋問が終ると、起立する凛生。懐のジッポに触れ、疲れた『ように』息を吐いた。親バグア派の証人に向く。
「‥‥正直言うと、切れるカードなんざねえ。お前が死んでた方が助かったぐらいなんだがな」
嗤う凛生に、ゾッとする男。凛生が窓の方へ歩く。
「だがま、話さねえのも勿体ないしな。中佐から受け取った弾ァ今まで何処隠してたんだ?」
「知らん」
「『知らん』?」
目を細める凛生。喉の奥で笑いを噛み殺し、男ににじり寄るや机を叩いた。
「確かに知らねえだろうなァ! お前は『中佐から弾なんか貰ってねえ筈なんだから』」
まともに顔色を変える男。ロッテが拳を握った。司令が口を開く。
「彼はそこを訂正するより先に横流し品の行方を言わないという主張をしただけだ。何の証明にもならん!」
「かもな。だがそれなら、そんな適当な奴独りの証言など当てにならん!」
「仮に彼を信頼できずとも、他の全ての状況‥‥!?」
言いかけたその時。ぶつ、とスピーカーが鳴ると、司令自身の同じ言葉が二重に聞こえてきた。
僅かな間。そして氷解。司令が椅子を倒すように立ち声を張り上げる。
「通信室、止めさせろ! 盗聴‥‥いや貴様ら無線機を出せい!」
素早く中佐が小鳥の腕を取る。ロッテがその腕を払った。一触即発。だが壁際で目を閉じていたオルランドが不意に動くと、2人と中佐の間に入った。無線を出さない傭兵に、司令は視線を険しくする。
「解っているのかね? これは重大な漏洩問題だよ。依頼が云々の話ではない!」
「確かにその点は申し訳なく思う。俺が実行犯を連れてこよう」
「早くしろ」
凛生が退室する。ロッテ、小鳥、オルランドが静かに残った。
「無線を切り給え。進行の邪魔だ」
「その前に凛生を待った方がいいんじゃない?」
「そんな義理はない。では弁論放棄として最終陳述に移る」
当然断る司令。流石にそれは拙い。小鳥がロッテの顔色を窺い、12.7mmのリスト等を出力した資料を懐から出――そうとし、ばら撒けた。舞う紙を取ろうとしてソファの背にぶつかる。ソファへダイブし見事な海老反り。ワンピがくぱぁでくまさんがひぎぃした。
「ひ‥‥っっみゃぁぁ〜〜!!?」
「早くしろ、と言ったのだがね」
司令、無視である。ロッテが中佐に尋ねる。
「今回12.7mmが主に焼けたようだけど。それも含め、貴方はよく運搬の作業を手伝っていたのかしら」
「ああ」
「何故1人で?」
「手空きの者がいなくてな。連絡のついでだ」
「それがおかしい。いえ貴方の評判からすれば自然かもしれない、でもその自然さが逆に不自然なのよ」
とんだ言い掛りだと中佐が失笑する。「じゃあ」と小鳥が監視映像の一場面を出力した紙3枚を指さし君で差し、繋がりが妙だと指摘した。適当な答弁を繰り返し、小鳥達は時計を見る。まだ足りない。壁からオルランドが離れた。
「そういえばこのメモ。ご存知ですよね」
「?」
ご存知も何も30分前に意図を暴露したばかりだ。が、それを微塵も感じさせる事なくオルランドは酷薄な笑みを浮かべ続ける。
「クルトが今朝呼び出される前に受け取った物なんですがね。時系列的に司令か中佐の物だと思うんですよ。そして目視鑑定の結果、中佐の筆跡に似ている」
「だからそう言‥‥」
「ふむ。逃亡教唆とは、何故中佐は内通者にこんな物を。中佐とクルトは共犯ですかね?」
人の良い微笑を『張り付ける』オルランド。放送されているからこそこの会話に意味がある。中佐が返答に窮した隙に畳み掛ける。
「だがそうなるとこの状況は訳が解らない。つまり中佐は教唆と同時に別の共犯者を陥れようとしている?」
「戯言はいい加減にしろ。俺が少尉を‥‥」
「た、だ。目視鑑定でこんな推論をしても無駄だ。ここは数値解析法による鑑定を要求します」
放送中の今、言葉は慎重に選ばねばならない。司令が無言で口角を歪めた。
●1735時
クアッド達がPCを前に悪戦苦闘する。画面に個別の窓は然程出ておらず、それが逆に協力者の技量を窺わせた。合流したファブニールが再度監視映像を見、親バグア派がどう侵入し運び出していたのか推測するが、これといったものがない。
「‥‥どうだ?」
「順調ですよ。迂回に迂回を重ねてますが、突飛な事はしてません」
クアッドに答える協力者。
時計に目を向けた時、通信室の隣で何やらやっていたカルマ達が慌てて出てくる。荷をかっぱらう様に持つ3人組。扉から飛び出した刹那、先頭のカルマが室内に吹っ飛ばされた。
「て、てめ‥‥!?」
「司令室に来てもらうぞ。2人もな」
「クソ! 逃げろ相棒!」
相手――凛生の脚に組み付くカルマ。その隙に軍曹が逃げたがギュンちゃんの反応が悪い。凛生の一睨みで硬直した。凛生がカルマを振り解き、隣室に行き放送を止める。
「流石に司令にバレてんのは拙い」
通信室へ戻り、カルマと目を合せる。首肯。クアッドに転じる。首が横に振られた。時間はまだかかるか。なら。
「こいつで何とかするしかねえ、か」
●1750時
司令室。凛生が戻り、司令がギュンちゃんを詰問するより先にロッテが告げた。
「彼を証人として尋問するわ」
「何?」
困惑の表情を見せる司令。中佐が僅かに眉を顰めた。凛生が中央へ歩かせる。
「お前さんよ、この場で言う事があるんじゃねえか」
刻々と時は過ぎる。通信士を揺さぶり、証人として呼ぶまでは良かった。が。
「‥‥実はあの金髪に盗聴器を仕込んでいてな。全部、解ってる」
「う、う、嘘だ!」
オトせない。この場で、良心か恐怖心かを煽る手数が足りないのだ。こちらからカルマが得た情報を喋っては誘導尋問云々と反撃されよう。どうするか。
1800時を回った。論告求刑に移る、と司令が遂に宣告する。舌打ちする凛生。
駄目か。そんな思いが傭兵達に広がった、直後。
「待った!!」
勢いよく扉が開かれるや駆け込むクアッドとファブニール。時間稼ぎの甲斐があった。ロッテとオルランドが会心の笑みを浮かべた。
クアッドが言い放つ。
「例の擬装ID。あれが真の内通者――中佐の仕業である証拠を持ってきた」
逆転の一手。決定的証拠である筈のそれは、しかし‥‥。
‥‥‥‥‥‥。
‥‥‥‥。
‥‥。
●2300時
「お話、宜しいですか?」
暗闇の格納庫でファブニールが中佐に声をかける。気怠げに中佐が顔を向けた。
「何だ」
「僕の持論というか。人の縁はそう切れるものじゃないと信じてます。貴方はクルトさんを巻き込みたくなかったんですよね。きっと今後この基地が摘発されたりする予兆を感じ取ったんです」
「‥‥買い被りすぎだ」
ただ家族に見栄を張りたかった、それだけだ。と中佐が呟く。嘘ですとファブニールは頭ごなしに否定した。
「貴方は少し人の想いを背負いすぎてるだけなんです‥‥」
紫煙が夜風に消えていく。兵舎屋上。柵に寄りかかり、凛生はじっと煙草を燻らせる。既に指に火が触れる程短い。
「お前さん、どうすんだ。司令の用意する職にでも就くのか」
「どうするんですかね」
柵にだらりともたれるクルト。オルランドがコートを靡かせ、懐のアンダカ認識票を指で弄った。雲が夜空をひた隠す。
「自らを捨て組織に尽す。それも生き方さ」
「基地を生かした訳じゃないですけどね」
「裏切られても、中佐が大事?」
「昔からよくしてもらったし。俺が軍で生きるより‥‥」
納得いかないロッテ。クルトが苦笑した。
クアッド達が乱入した時。
擬装IDのコードを解析し、真に擬装した根源に辿り着いた。そしてそれを突きつけた。物的証拠が出てはどうしようもない。逆転無罪だ。傭兵が確信した次の瞬間。
クルトは、戦いを放棄した。罪を被り、依頼人命令で傭兵に全ての情報を秘匿させて。
「でも‥‥折角辿り着いたのにぃ‥‥」
小鳥はロッテの手を握ったまま。
「どうしても、しっくり来なかったんだ」
「‥‥確かにここで身を引いた方が幸せかもしれん、な」
クアッドが深呼吸して地平線を見晴るかす。この暗い何処かに親バグア派の拠点はある。やり切れない思いが頭を巡った。小鳥が努めて明るく振舞う。
「私達に出来る範囲なら‥‥これからの事‥‥お手伝いしますからねぇー」
大事な時に翼で包んであげられる。そんな『強い』小鳥だからこそ、ロッテや小動物も彼女を見捨てない。その心がもう少し早くクルトに伝わっていれば、この今はなかったかもしれない。
「ULTの職員なんていいかもね」
「んなマジメくせーモンお勧めしねーッスけど」
忸怩たる思いでロッテとカルマが滑走路を見やる。そこにはじき離陸準備が整う高速艇が鎮座していた。凛生が煙草を宙に放り、ブーツで踏む。
「‥‥さあ、どうするんですかね」
淡々と、クルト。やれる事はもうない。傭兵達が兵舎へ入る。
暗闇の滑走路では、高速艇が彼らの思いを代弁するように唸りを上げていた。
<了>