タイトル:ささなみの夜マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/07/13 22:05

●オープニング本文


 6月某日、アフリカ北岸。
 暗黒大陸への進攻を目指した人類がチュニジア一帯を除いて撤退していくその光景を見晴るかしながら、黒髪の彼女は僅かに唇を尖らせていた。
「むぅ。まさに潮が引くように帰らずともよいであろに‥‥ニンゲンがおらぬとここは退屈じゃ」
 こんな事になるならばいっそ降りてこなければよかったであろうか、との考えが一瞬頭を過るが、しかし一方で先の人類による進攻や、センダイなる地になんとなく寄ってみた時の事を思い出すと、やはり本星に残るよりはこちらの方が楽しそうではある。
 が、これ以上地球をフラついて何か揉め事でも起こそうものなら、もしかすると大目玉では済まなくなる可能性もあるわけで。そうなってしまうと流石に面白くない。
「ひまだのう‥‥」
 だだっ広い青空に目を向けんとした、その時だった。彼女の脳裏に面白い考えが浮かんだのは。
「‥‥うむ! 要は不用意に目立たなければよいのであろ!」
 独りごちると、彼女――北条 琴乃(gz0346)は沖合いに艦船の泊まる岸辺へ歩いていった。

 ◆◆◆◆◆

 数週間後。イギリス南西、港湾都市プリマス。
 軍港としても名高いこの都市にも、ジブラルタル等から脱出してきた艦船は戻ってくる。
 傷ついた艦。紅黒い染みの落ちない洗濯物。持ち帰ってきた銃砲弾。疲弊と安堵がない交ぜになった兵の表情。
 立入禁止エリアのぎりぎり外から、市民達は努めて明るく声を張り上げる。
 プリマスは今、長年続く異星人との戦争をタネになかなかの隆盛を見せていた。

 そのプリマスに、しかも軍人が戻ってきたこんな時期に、連続猟奇殺人事件だ。
 迅速に傭兵へ依頼が送られたのも蓋し当然と言えた。

「被害者はこれで6人目、か」
「男性の比率が若干少ないですが、老若男女問わずですからね。被害者に唯一共通していると言えそうなのは、若干小柄な人間が多い点ですか。‥‥やはりキメラの仕業でしょうか」
 刑事達が背もたれに体重を預け、持っていた資料をぱさ、と机に放る。資料に書かれている内容などとっくの昔に覚えてしまっていた。それでも事件の全貌が見えないのだから、こうなると警察の専門外である異形の仕業と考えるのが自然になってくる。
「アー。傭兵呼んだみてェだしなー。キメラだったとして。仮に殺人現場に遭遇しても俺らにゃ何もできねェわけで。ま、つまりはこれ以上俺らが働く事ァねェって事だわな」
「‥‥ッ」
 煙草に火をつけ、だらだらと煙を吐く先輩刑事に軽い反発心を抱く後輩。再び資料を手に取りためつすがめつ眺めてみるが、やはり良い案は浮かばない。
 事件のあった時間は昼夜関係なし。裏道や公園等でインバネスコートを着てツバの広い帽子を被った人間らしき姿を見たという目撃証言はあるにはある。また現場に必ず残される水の跡。巨大なナメクジでも這っていったか何かのように、現場から一方向にだけ伸びているのだ。それが何の手掛かりになるのかは分からないが。
 そしてこの事件が「猟奇」と冠される最大の理由が、死体の状態だ。身体の一部や全体が電子レンジに突っ込まれたように干からびているのだ。あるいは吸血鬼に血液を全て奪われたと表現してもいいかもしれない。とにかくミイラ化した死体なのである。胸には、拳銃で開けられたような銃創を残して。
「‥‥」
 ――資料から推察するだけではどうしようもない気がする。
 だが先輩の言うように、もしも犯人の居所が分かったとしても相手がキメラなら、余程大勢で一気に攻めない限りは返り討ちに遭うのがオチなのだ。そんなものは一介の地方警察には非現実的すぎた。
「結局、能力者が来るまで何もできないのか‥‥」
 若手の刑事が奥歯をギリ、と噛み締めたその時、窓の外、灰色の空に高速艇が見えた‥‥。

●参加者一覧

幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
ヒューイ・焔(ga8434
28歳・♂・AA
ロボロフスキー・公星(ga8944
34歳・♂・ER
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
舞 冥華(gb4521
10歳・♀・HD
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
フィン・ファルスト(gc2637
17歳・♀・DF

●リプレイ本文

「‥‥きゃす爺つかえない」
 舞 冥華(gb4521)の辛辣な声が無線越しに傭兵達の耳朶を打つ。
 小ぢんまりした公園にバハムートを停めた冥華。それを見渡せる位置にロボロフスキー・公星(ga8944)は陣取り、隅の植え込みにはドッグ・ラブラード(gb2486)と愛梨(gb5765)が潜む。
 そう、一通り警察から情報を受け取った傭兵達が計画した囮作戦だ。ロボが絵描きとして堂々と姿を晒す点がウリである。
 3人の監視の下、冥華はバイク形態のAUKVに擬装を施していく。ただし、
「だいじな時にどっか行ってる。かいちょーに言いつけとこ」
 相談したかった准将と連絡が取れなかった為、段ボールをふんだんに用いた夏休みの工作状態である。
「あぁ〜何やってんのよ、後ろ剥がれてるっ」
「手伝ってきたら如何です?」
「あ、あたしはあたしでやる事あるの! ほらこれ!」
 茂みの陰で地図を広げて事件現場を印した赤い×をこれでもかと見せ付ける愛梨に、ドッグが苦笑を漏らした。空気に耐え切れず愛梨が公園の外を指差す。
「あ、あ、あんぱん!」
「は?」
「牛乳とあんぱん!」
 買ってこいとのご命令らしい。ドッグが跳ねるように駆けていく一方、カンバスを準備していたロボは無線でそれを聞き、
「英国にあんぱんって売ってるの?」
 1400時。疎らな人影しか見当らない、平和な昼下がりの公園だった。

 機械音。缶の落ちる音がし、ヒューイ・焔(ga8434)は自販機から缶コーヒーを取る。無糖ミルク入り。まろやかな苦味を味わいつつ50m先の幸臼・小鳥(ga0067)の背を見た。
「幸臼ちゃん、どんな感じ? 視線とか」
「その‥‥尾行の皆さんの‥‥視線がぁ」
「違ェよ!」
「あぅ‥‥あや怪しいのはないで‥‥はぁあっ!?」
「何だ!」
 遥か先の道端で、立て看板に躓いた挙句人にぶつかり、謝ろうとしたら看板に頭突きしている小鳥がいた。
「‥‥。忙しい子だなー」
 棒読みのヒューイである。
「そこはかとない親近感を覚えますが。しかし」
 その不幸っぷり、期待できます。とソウマ(gc0505)は小鳥より先行して肩越しに振り返る。
 懐のダイスを指で転がし、資料に目を戻す。
「手掛りは少ないですが、数日続ければ確実に出くわす筈。数、形態等不明な点が多く油断は禁物といえ、その時こそ犯人の最期です」
「吸血鬼でもナメクジでもどんと来い! ってね」
「両方来るかもしれませんけどね」
「あ、あは」吸血鬼の牙から大量のナメクジが湧いてくる光景が頭を過り、フィン・ファルスト(gc2637)は話を逸らす。「刑事さーん、どうですかー」
『異常なし』
「では引き続き巡回を。絶対無理しない範囲で!」
『了解』
 すっかり話を変えたつもりのフィンに、ソウマが嘆息する。それが無線から聞こえ、小鳥は不安げに独りごちた。
「ヘンな人‥‥ばっかりですぅ」
「幸臼ちゃんが言うな」

●日常と非日常
 時は淡々と過ぎていく。街を徘徊する小鳥班と、公園で寛ぐ冥華班。
 小鳥達は時にオープンカフェで休みつつ、ひたすら裏道から裏道へ。人通り少なく薄暗い裏道は饐えた臭いまで漂い、長居したくはない。ヒューイが3本目の珈琲を飲む傍ら、フィンは左手に目を落した。
「コレが通用するかどうか‥‥」
「どっかでヤっちまったのか?」
「んー、ロシアでちょっと」
 でもま、やるしかないか! とフィンが両手で頬を叩く。

 一方で冥華はAUKVに腰掛け、脚を前後にぶらぶらしていた。木々の匂いが快く、つい依頼の事も忘れそうになる。
 ♪おきにいりのよーふくに いつもより〜
 鼻歌弾む冥華である。
「ごよーに出かけたおにーさんをまってるいもーと。おにーさん‥‥まねじゃー?」
 かくんと小首を傾げる冥華をドッグ達は茂みから眺める。手に牛乳と練乳パンを持ち資料を読む愛梨だが、冥華の所作がちらちらと目に入って集中できない。
「ああっ、そんなに脚振ったらぱんt」「パン?」
「‥‥」
 隣のドッグを睨みつけ、何とか資料に集中する。
「吸血するナメクジ‥‥だったら、気味悪くてイヤだけど」
 しかし、一方向に水の跡。空を飛ぶのか、地中に潜るのか、はたまた。
「霧が関係してたり?」
 愛梨が大胆に推測する。
 そうするうち、いつの間にか時計の短針は6を差し、辺りは夕暮になっていた。
 ロボがカンバスから顔を上げる。一仕事終えた充実感と共に辺りを見回すと、道行く通行人の間に着物が見えた気がした。
 こんな所で‥‥?
 その着物を目で追おうとした、次の瞬間。
『なんか、くる、かも』
 冥華の声が聞こえるや、耳障りな高音波が大気を震わす――!

●大禍時の戦い
 ガァン!
 無線と生音。それは二重に彼らの耳朶を打った。
「銃声‥‥ですぅ!?」
『――ら公園――思しき敵と交戦開始。至急――!』
「いくぜ!」「こんな時に強運の方が働きますか‥‥!」「1分で駆けつけるよん!」
 4人が同時に方向転換、一気に走り出す。
 裏道を抜け大通りへ。人の波を越えつつ覚醒、小鳥とフィンの体から光の粒子が溢れ出る。驚愕して人々が立ち止まるうち、これ幸いと4人は加速した。
 翔ぶが如く翔ぶが如く翔ぶが如く。
 4人の眼前に公園の入口が現れた。飛び込む――寸前、野次馬の中に異質な何かを見かけた。だが気にしていられない。4人は各々の得物を手に突入する!

 ――その『異質』が、歓喜に震える。
 まさか早くも出逢えるとは。普通のニンゲンは当り外れが大きいだけに、傭兵の方が平均して楽しみではある。が。
「見つかると厄介やもしれぬ‥‥だ、だがの、だが妾の好奇心が猫をも殺しておるのじゃ」
 異質が謎の誤用を口にした。

 人影が冥華に近付く。茂みからドッグと愛梨が立ち上がった刹那、ソレから何かが飛び出す!
「ッ!?」「舞さん!」
 20mを瞬く間に踏破したソレがAUKVから降りた直後の冥華の胸へ突き刺さった。ドッグが茂みを飛び越える。愛梨がミカエルを装着した。ロボは手元のビスクドールに触れるや起動、コートの敵を電磁波が襲うも、冥華に繋がった触手は引き抜けない。身を捩った冥華の体内で分子が沸騰する!
「っ、ぁ、あ‥‥」
「舞さん、伏せろ!」
 ドッグの声にも反応できない。冥華が無意識に発砲した。直撃。だが効果は薄い。その時になって漸く園内の一般人が逃げていく。
「は、あっ‥‥!!」
 目の裏が灼熱を帯び、視界が赤く歪んでくる。熱い熱い熱い。左手がバハムートに触れた。敵が手を伸ばす。AUKVを身に纏った愛梨が不可視の翼を羽ばたかせ高速移動から銃撃!
「この暑っ苦しい中いかにもなコート‥‥目立つのよ逆に! 顔を見せなさい!」
「おおぉおおおおぉぉおおおおお!!」
 銃弾が帽子を穿つ。低姿勢から肉薄したドッグが逆手に持った蛇剋で触手を断ち、返す刀で一閃する!
「舞さん!」
「‥‥だい、じょぶ。しなしなーは‥‥えんりょ」
 蛇剋に引き裂かれたコートが風に煽られ脱げていく。ドッグは冥華を庇うように立ち塞がって敵を見た。するとそこには。
「ハ、恥ずかしがる訳だ!」
 人間とは似ても似つかぬ蛙か魚の如き能面の二足歩行動物が立っていた。

 銃声銃声!
 園内へ駆け込んだ小鳥達4人。噴水の手前の広場で入り乱れた戦闘を繰り広げる仲間を視認した直後、小鳥が銃弾を解き放つ。直に喰らう敵。合せて冥華がAUKV装着、ドッグが正面から紅く輝く蛇剋の刃を突き入れる。
「戦闘では‥‥転んだりしない‥‥ですぅ!」
 宣言するそばから躓く小鳥だが、その背をヒューイが引っ掴んで支えるや、小鳥を残して飛び出した。続くソウマとフィン。3人が近接するより早く、敵は醜悪な体躯を震わせ触手をぶん回す。
 混元傘で防ぐドッグ。2丁拳銃を構えていた愛梨が屈みかけ――ふと斜め後方ベンチ脇のソレが目に入った。
「ッこんな、トコに‥‥!」
「危ないわ!」
 咄嗟に電磁波で軌道を変えんとするロボだが効果はない。愛梨が度胸一発敵に背を向けソレ――少年と触手の間に割り込む!
 巻きつく触手。装甲が超振動に悲鳴を上げる。愛梨に伝う圧倒的熱量。そこに射程距離へ入ったソウマが間髪入れず超機械で灼き尽した。剥れる触手。痛みをおくびにも出さず愛梨が逃げ遅れた少年に微笑んでみせる。
「早く逃げる。このあたしが助けたんだから、この先変なトコで死んだりしたら許さないわ」
「お、おねーちゃ」
「早く!」
 少年が出口へ駆けるのを見届けると、子供の一生に重大な責務を負わせた当の愛梨は顔を歪めて敵に向き直った。
「あたしのミカエルに、何してくれんのよ!」

「狙いは外さねぇ!」
「一応周囲も警戒で!」「おぉ!」
 ヒューイとフィンが敵に肉薄、3本目の触手を伸ばす敵より早く懐に飛び込む。ヒューイが空缶を銃口に被せて消音器代りにしようとしたが、もはやそんな状況ではない。引鉄を引きながら右でカミツレを斬り上げた。
 手応えが薄い。後ずさった敵の体をフィンの足刀蹴りが追撃する。崩れる敵姿勢。触手がフィンの脚に絡まった。灼熱にも拘らずフィンが右手を突き出し0距離射撃、同時に左脚を軸に回転して薙ぎ払う!
「しゃがめ!」「ん?」
 フィンが膝を折るのと相前後してヒューイの刃が遠心力満点で敵を襲う。返して斬り上げ、下ろす。敵が跳び退って噴水内に入った。水でも吸収するつもりか。ロボとソウマが回り込んで電子の網を放射した。次いで小鳥の連射が猛烈に敵行動を阻害。敵がよろめいた隙にドッグと冥華が合流、4人が加速して得物を振りかぶる!
「趣味の悪ィ事してんじゃねぇよ!」
「一気に決めます!」「‥‥ん、おれーまいり」
 2本の触手を振り回す敵。それを正面のドッグが受けきった。左右に冥華とフィン、小跳躍から正面にヒューイ。3筋の煌きが敵を削る。一拍遅れてドッグの短剣が最短距離を貫いた。そして。
「こちとらお前みたいのに構ってる暇はねェんだよ!」
 軋む体に無理をして、ヒューイが渾身の力を込めた一撃を大上段から振り下ろす!
『――■■!!』
 断末魔が至近から響く。透明な体液が4人に降りかかり、敵の体がくずおれる。ヒューイが唾を吐き捨てた。
 周囲を見回す。どうやら敵は単独か。噴水内から這い出て冥華がAUKVを解くと、全員が集まってくる。体内の損傷が激しそうな冥華を気遣った、瞬間。
「‥‥着物?」
 それは4時間もの間絵を描き続けたロボだからこそ気付けたのかもしれない。公園入口で固まっていた野次馬の中の、鮮やかな色に‥‥。

●少女の興味
「騒がせてごめんなさい、私達は‥‥」
 ロボが野次馬に説明する。件の着物は人波の只中で横を向いており、人相は判り辛いが艶やかな黒髪が目立つ。もう終りかと散っていく人々。その着物も離れようかとした時、ソウマと小鳥もやって来た。そして。
「ッ、禍つ‥‥!」
「あ、あれはぁ‥‥?」
 普段から不幸体質だったおかげか、何かを感じ取った。さらに小鳥の方は直感を推し進める記憶を持ち合せている。
「前‥‥仙台駅でぇ‥‥。あ、あのぉーっ!」
 小鳥にびくと反応する着物の少女。袖を口元に当て面を隠し、逡巡して振り返った少女は、くぐもった声で「何かありや」と返した。傭兵が集まってくる一方、少女の周りは人が減っていく。
 黄昏から宵闇へ姿を変えんとする街並。街灯がチカチカと点る。遠く潮騒が香った。
「また‥‥会いましたねぇー。大丈夫‥‥ですかぁ?」
「う、うむ」
「よくキメラに遭‥‥あ、そういえば名前‥‥言ってなかったですぅ」
 小鳥が自己紹介すると、少女は困ったように「うー、その」と繰り返す。が、それこそが彼らの記憶を決定的に繋ぎ合せた。
「その、声?」
 同時に漏らす小鳥とドッグ。瞬間、砂漠の光景が圧倒的な奔流となって脳を駆け巡る。
「あのタロス――!?」
「な、何?」
 要領を得ない残る6人と、渋い顔の少女。だがその空気も次の言葉で豹変した。
「「ホウジョウ・コトノ!!」」
「‥‥。‥‥ッ、オ・マ・エ・か――――!!」
 直後動いたのは3人。フィン、ヒューイ、愛梨が懐の銃を手に取る!
 が、それより早く
「待て! いえ、待って下さい」ドッグが覚醒を解きながら制止した。「ここで戦うのは拙い。それに彼女なら戦闘は回避できる筈」
 冷や汗が滲む。3人が銃把から手を離すと、それを見た少女――北条琴乃はよよと落涙するフリをした。
「妾の身を案じ‥‥」
「違ェよ」

「お、お茶でも飲みませんか!」
 沸騰しかけた空気が冷めた頃を見計らい、ドッグが大胆な提案をしてみる。が、答えは否。
「みだりに人について行ってはならぬと教わっての」
「はん。チュニジアじゃフラフラKVについてったくせに」
「ちゅにじあ?」
 堰を切ったようにフィンが思いきり指を差して言い放つ。
「この前の! 進攻作戦で! お前が、あたしの仲間チギりやがったの!」
「妾はかように面倒な事はせぬ。む、だがこの前と言えば1つだけ妙なけえぶいを見かけての、可愛くはないが面白そうな‥‥」
「それだよこのアホ! 謝れ、皆に謝って治療費と修理費返せ!」
「うぅ、誰ぞ助けてたもれ。妾は脅されておる」
「だー!!」
 話の通じない相手に苛立つフィン。落ち着け、とヒューイが空缶の底でフィンの頭を叩く。ドッグは両手を後ろに組み、毅然と告げた。
「とにかく、今日は貴女と戦うよう命じられておりません故。剣を抜くつもりはございません。お互い平和裏に帰りましょう」
「うむ。妾も今は無用な騒ぎを起したくないのじゃ」
 物分りの良い様子に拍子抜けする愛梨。やっぱり着物はいい人、と同じく和服な冥華が誇らしげに薄い胸を張るが、次の瞬間、
「ただし。お前達が騒ぐのならば、ここを火の海にしてでも帰らせてもらうがの」
 と琴乃は調子を変える事なく宣告した。そして陰で彼女の目元から前髪付近をスケッチしていたロボに目を向ける。その動作だけでソウマは薄氷を踏むような動悸を覚えた。
「? 冥華よくわかんないけど、これ、いる?」
 突如ふりふりな日傘を取り出す冥華である。
「むぅ。妾の趣味ではないのう」
「ざんねん」
「あなたは‥‥ずっとこの街に‥‥いるのですかぁ?」
 勢いに任せて小鳥が訊いてみる。琴乃は袖で顔を覆って小鳥に振り向くと、30秒かけて頷いた。
「暫くはの。さればお前達、軍勢など率いてくるでないぞ」
 園内で骸を晒すキメラを一瞥すると、彼女は何か言いたげなまま雑踏の方へ歩いていく。園外と園内、不可侵の境界が引かれたよう。傭兵は琴乃の揺れる黒髪が街角に消えるまでその背を目で追い続ける。
「‥‥今回のところは、勘弁したげるだけだから」
 愛梨の強がりも敵には届かない。
 彼女の行動にバグア軍全体としての戦略的意図はないだろう。だが。
 ロボが描きかけの似顔絵を眺め、額の汗を拭う。ヒューイが空缶をゴミ箱に放ると、乾いた音が響いた。

 だが。厄介な要素が英国に潜り込んだのは、紛れもない事実だった。

<了>

「妾も」
 遊びたい。だが今は我慢せねば。今は‥‥。
 ともすれば溢れかかる欲望の波を、彼女は辛うじて封殺した。