●リプレイ本文
「恋人に話をはぐらかされたってやっぱり恋愛問題、よねぇ?」
イタリア南部、某空軍基地。捜索対象カルロ・ノーマンが所属する基地の食堂で、智久 百合歌(
ga4980)は顎に指を当て思案する。隣でミク・ノイズ(
gb1955)が「さあな」と答えた。
「それを探るのも私達の役目だ。しかし社交性のない奴のようだな、目標は」
「それだけ知り合いには深い話をしてるんじゃないかしら」
苦笑してミクに返す百合歌。
その間にも食堂へやって来る軍人に片っ端から声をかけていく2人。対象の名前自体はある程度有名らしいが、友人と呼べる人はなかなか出会えない。
夜の街のキャッチにでもなったかのように数をこなし、2人は漸く友人に巡り会った。
「彼が旅に出たとして、最初にどこに行きそうか判るかしら?」
「んー、やっぱロケ地巡りとかじゃないスかね。映画好きらしいんで」
「特に好きな傾向等はあるか? 最近観た、もしくは話題に上がった映画もあったら教えてくれ」
2人が矢継ぎ早に質問すると男は、聞いてくれよと言わんばかりに捲し立てる。
「最近ってか、映画じゃねーけど、もうね、ノロケ話ばっかしてくんスよ! あの裏切り者め、俺に彼女いねー事知ってるくせに昨日は手料理がやばかっただの、イルミネ」
「その情報はいらん」
ミクが一刀両断した。
●遥かな空
透き通った青空に幾筋もの白線が引かれていく。陽光が機体に反射し、6つの輝きが互いを照らす。
戦いの足音など微塵もない空のベッド。ある意味場違いにも思えるKVが、幸臼・小鳥(
ga0067)には逆に嬉しくもあった。
「んー、いい感じ‥‥ですぅー。飛行日和で‥‥空なら‥‥転びませんしぃ」
「代りに機内で脚が絡まって急旋回なんてしないでね‥‥」
「しませひぃあっ!?」
ロッテ・ヴァステル(
ga0066)の忠告から数秒と経たず、がくんと左旋回してロールする小鳥機フェニックス。むしろ器用である。
「いつもながら幸臼さんへの忠告は盛大な前フリですな」
「ぅー‥‥この子に乗るのも‥‥久しぶりなので‥‥機嫌を損ねてる‥‥だけですぅー!」
「まぁ、飛ぶには丁度良い天気、暴走日和だから仕方あるまい」
翠の肥満(
ga2348)と比企岩十郎(
ga4886)にからかわれ、必死に反論する小鳥。
和やかな飛行は続くが、きちんと周辺には気を配る。イタリアから北、もしかすると映画関連の場所と言えば結構な数が思い浮かぶ。そこでローマやら何やら複数箇所を結ぶ線を飛んでいるのだが。
「原因は‥‥なんだろう。別れる事になったなら、特に隠す事じゃないし」
明星 那由他(
ga4081)が視界から消えゆくアドリア海に目を落す。
「喧嘩?」
「それも‥‥やっぱり隠す必要ない気もします」
「んなのどうでもいいんスけど。てかリアルに充実通称リア充とかどうでもいいんスけど!」
そんな会話を遮って植松・カルマ(
ga8288)が心の叫びを吐露する。なら何故依頼を受けたと思わなくもない他5人だが、彼を知る人なら次に絶対こう思う。
『楽そうだからに違いない』
「カノジョに何か言われて自信喪失的な? ハ」カルマが引鉄に指をかける!「野郎ぶっ潰してやる!」
「それはちと拙い。僕の名にも傷がつきますから‥‥せめてぶっ壊してやるで」
「同じ‥‥では」
カルマにノる翠に、那由他が控えめにツッこむ。仕方ない、とカルマ。
「じゃあお引取り下さい。息を」
「貴方達、何しに来たの‥‥」
「決まってるじゃないスか」
訊くロッテに、カルマと翠が声を合せて答えた。
「「フラれた野郎を大笑いしに」」
スイス、ドイツ経由でフランス領空に入った一行は次第に言葉も少なくなってくる。しかしそこで変わらず、むしろ独壇場とばかり心躍っていたのが岩十郎である。
「あーテステス、只今マイクテスト中。では1番、比企岩十郎歌います」
ソニックフォンブラスターに声を乗せる岩十郎。「男は浪漫に女は愛嬌、歩む人生茨の道よ、女房かついでいざ行かん」と前口上を言い放ち、コブシを効かせた旋律を刻み出す。
「意外に上手いのが何とも言えないわね‥‥」
「いよォ! マジ漢ッス!」
ロッテが苦笑してカルマが囃し立てる。岩十郎は周囲の声も気にせず歌いきり、息を吐いた。
「‥‥うむ。マイクに異常はないな」
「いや歌いたかっただけでしょーに」翠がツッこむや、何故か対抗心を燃やして無線に叫ぶ。「続いて翠の肥満、宇●●事ギャ●●より‥‥」
「ちょ待、次俺っしょ、俺の美声が世界を救うっつーかマジ俺の歌を聴け状態じゃね?!」
何やら順番争奪戦を開始した翠とカルマ。2機のディアブロが絡み合うようにループし、交錯し、時に急上昇して太陽へ向かう。
「端末で少し調べたけど」
それを傍目に、ロッテが母国フランスの空を見渡しながら那由他に。
「60年代の映画といえばシェルブールもあったわ‥‥」
「シェルブール。44年の上陸作戦でも舞台になった場所、ですか‥‥」
「まぁ、この辺は映画の舞台になった場所が無数にありそうだけどね‥‥」
「きっと‥‥後発のお2人が絞ってくれる筈、です‥‥」
那由他が百合歌とミクの調査に期待する。
田園風景が眼下に広がる。どこまでもなだらかな仏の地表は少なくとも一見したところ平和一色で、心が穏やかになれた。
‥‥翠とカルマの争いを気にしなければ、だが。
●貴方の為に
「20mm、バルカン系をペイント弾に換装しておけないか?」
基地、格納庫。
ミクは整備員に言ってみた。もしカルロと撃ち合う事になった場合そうすれば意図的に外す努力をしなくて済む訳で、逆にやりやすいのだが。
「サーセン、俺らに軍の消耗品勝手に使えないんで‥‥ノイズさんが持ってればそれ使う事はできたんスけど」
「む、仕方ない。ならば牽引用ワイヤーを持っていっていいか? こちらは依頼をこなす上でほぼ必須なのだが」
それなら、と整備員がミクのS‐01Hにワイヤーを積み始める。それを見、ミクは次にカルロの暴走に巻き込まれた整備員に話を聞いてみた。が、新情報は出ない。いよいよ面倒になってくるミク。何しろ飛び出した原因らしき理由がおそらく恋愛関係なのだから、それも当然と言えた。
「‥‥そう、だな。そういえば件の男、最近恋人ができたらしい。基地の者達に報せみなで生温かく祝ってやれば、今後こんな事にならないのではないか?」
ミクが悪魔の如き提案をした。
百合歌は基地を離れ、近くの町にある一軒家の扉をノックした。
表札はノーマン。つまり目的は
「はい」
「ノーマンさんの奥様ですか?」
「そ、そんな、まだ‥‥」
カルロの恋人との接触である。
百合歌は如才ない微笑で見事に家へ入り、恋人――クラウディアの名を聞きだした上でカルロの家出について尋ねる。
「最近何か変わった事はなかったかしら?」
「‥‥その」
言い難そうにしていた彼女だが、百合歌が同性で能力者の男と結婚しており、しかも百合歌自身の柔らかい雰囲気のおかげで徐々に話し始めた。
曰く、ベッドで思わず本音が出てしまったというのだ。勿論夜の方面が多少アレでもカルロへの愛情を損なわせる要因になりえないのだが、彼は捨てられたと勘違いして飛び出したのだ、と。
「私のせいで‥‥」
「男って皆子供なのよ。彼女には何でもできる凄い自分だけを見せたいの。でも」
そんな事で良かったわ、と百合歌が微笑し、今度は彼の行く先を訊く。すると彼女は、家出した晩に『シェルブールの雨傘』を観ていた事を証言した。
百合歌が礼を言ってソファから立つ。そして彼女に女神の如き提案をした。
「彼が戻った時、出迎えてあげましょ? 貴女の気持ちを伝えてあげて」
●男はどうしようもないのです。
基地を数箇所経由して長距離通信が6機に届く。届けられた情報はシェルブールという地名と、具体的な内容は伏せた上で「彼女が待ってる」というメッセージ。6機は長閑な飛行を中止して目的地へ急行する。
「当て付けかよ! イケメンなのに何故かカノジョいない俺ディスってんスか!?」
「落ち着く事です、植松さん。そうすりゃ意中の女性なぞ一発!」
「貴方は中将を落してないわよね、グリーン‥‥」
「落してるやい! 心の底ではもー僕にデレまくりや!」
悲しい翠とカルマは置いておくとして、6機は見る間に北上し欧州を縦断する。そして眼下にシェルブールの街が見え、港が広がり‥‥。
「いました‥‥」
そこに着陸しているグリフォンを発見した。離陸される前に包囲しようと6人が考えた直後、敵機が海へダイブするや海面を滑って一気に飛び立った。
高度という有利を得ようとするカルロ。ロッテ、小鳥がその鼻先を抑えんと上から交差して肉薄する。敵が中高度で北西へ流れて躱す。岩十郎がマイクを入れる。
「カルロ・ノーマン、君は今包囲されている。大人しく基地に帰ってくれないかね」
『こ、こ、断る! 何で追いかけるんだ、放っといてくれ!』
「同じ映画好きとして放ってはおけませんな。ついでに依頼だし」
翠機ディアブロGJr3が東からアプローチする。それを避け右左と敵機が揺れた。
『依頼? 傭兵か! なら尚更関係ない! 僕は僕を失ったんだ、早く帰れ、さもなくば‥‥』
「さもなくば、何?」「止まって‥‥下さぃー! 止まらないと‥‥撃ちますよぉー!」
ロッテ機スカイセイバーが高高度から敵を追う。下には海。英仏間の強い偏西風が機体を煽る。敵機尾部を中心に据える。
その時、小鳥機が思いきり風に流された。微かな衝撃が小鳥を揺らす。そしてそれが引鉄に置いていた指を引かせた。
「ぁ‥‥」
軽い反動が小鳥を我に返らせる。弾幕が敵機へ吸い込まれ――たかに思えた直後、敵はロールしてスライスバック、ロッテ機真下を潜って小鳥機の脇を抜けた。包囲せんとしていた岩十郎、那由他を軽く撃ち抜き間を縫って南東へ。敵を追うロッテ。カルマ機が並走するように張り付く。
「つーかさー、なに、どうせカノジョと痴話喧嘩っしょ。ついカッとなって出てきちまったのは解るッスけど、俺もイケメンなんで。でも今の状態だとアンタ脱走兵よ? アンタはともかくカノジョさんとか色々迷惑かかっちまうって」
『し、知らない彼女とか知らない! もういいんだ僕なんて、僕なんてどうでもいいんだああああああああああああ!!』
「お、落ち着いて‥‥軍に不満はないんですよね? なら‥‥ひとまず戻りましょう。その後で一緒に考えますから‥‥」
『僕は終りなんだ僕はママンと静かに暮らすんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
「カノジョいねーロンリーウルフもいんだからカノジョ大事にしてやれやクソ野郎! クリスマスだってちけーんだよチクショウ!!」
カルマの魂の慟哭。だが敵は振り切ってループ、背面状態で銃口が火を噴いた。風防を貫く銃弾。カルマが偶然頭を左に傾けると真横に破片が突き刺さる。
翠機がブーストして敵機首と重なるような軌道を飛ぶ。敵が左旋回、不意に何かを射出した。
「煙幕‥‥!」
ロッテが白煙に突っ込む。小鳥、岩十郎が続いた。翠が白煙を避け上昇、計器に目を向ける。
「随分個性的な」
「おぬしも負けておらんがな」
「それは」翠が僅かに反応した計器に従い操縦桿を傾け、敵が白煙から抜け出た瞬間ロケランをぶっ放す!「褒め言葉ですな!」
爆発。衝撃が白煙共々敵を煽る。グリフォンが高度を下げつつ立て直す。刹那。
「悪いけど‥‥練習台になってもらうわ‥‥!」
直上、ロッテ機ダム・シュヴァリエが人型へと形を変える。空を踊るが如く、ロッテ機が剣翼を煌かせ飛び込む!
斬り、薙ぎ、刻む!
主翼を狙った3連撃が見事に敵右翼を半ばから切断する。敵がバランスを崩すも補助翼で辛うじて立て直す。ロッテ機が変形、その隙を衝き敵が左旋回から誘導弾を解き放った。まともに喰らうロッテ。小鳥、岩十郎が白煙から抜けて十字砲火気味に牽制する。敵が高度を下げた。後1撃で不時着させられる。
しかし。
「‥‥やっぱり、やめませんか‥‥? 今のだって単なる牽制って解ってますけど‥‥でも、僕、それでも‥‥」
那由他が言うや、グリフォンを庇った。
『君‥‥』
「僕でよければ話は聞きますから‥‥だから‥‥」
『だ、騙されない、騙されるもんか!』
飴と鞭。勿論那由他は本心から心が痛んだのもあるが、打算もあった。だがそれも疑心暗鬼の彼には通じない。そのうち敵機は高度を回復しながら北西へ機首を向ける。ロッテ達が追う。
その時。
●シェルブールの雨傘
――――。
雑音混じりの筈の無線から、美しくもの悲しい旋律が、聴こえた。
「青空の‥‥雨傘なしの空は楽しめたかしら?」
空の、向こうから。百合歌機ワイバーンとミク機S‐01Hの姿。
自動航行に直進を任せ、百合歌は機内でヴァイオリンを奏でる。狭く、技術的には本来の音色は創り出せない。だが心は変わらず相手を想う。
聴く相手の事を考えた演奏は人の琴線を驚く程揺り動かす。それはこんな、非日常的な状況でも同じだった。
「基地で、貴方の帰りを待ってる人がいるわ」
「基地で存分に語り明かすといい。色々とな」
と、百合歌とミク。ミクの言葉も百合歌の後なら自然に聞こえるが、整備員にした提案を考えると若干楽しんでいる気がしなくはない。
『この曲、映画の‥‥』
「どんな事になろうと‥‥好き、なんですよね?」
『‥‥あぁ。ああ‥‥本当に、すきなんだ‥‥っ』
那由他が問うと、堰を切ったように彼の想いが溢れ出す。那由他も秘かに準備していたモヒカン鼻眼鏡のリラックス(?)用グッズが必要なくなり、ほっと一息である。
「だったらさっさと帰りやがれ」
カルマが悪態をつく。翠がへん、と何やら笑った。
「お前さんの愛は充分伝わったぜぃ。それを彼女にも言えば万事解決じゃ! まぁ、僕のあのお方への愛に比べれば児戯に等」
「それはそれとして」
「ちょヴァステルさん、僕とあの方のグリーンデ」
「そ・れ・と・し・て」
徹底的にスルーするロッテである。
「色恋如きの挫折で自分勝手に機体を使うなんて赦される事じゃないわよ‥‥小一時間、いえ数時間説教させてもらうわ」
「色恋如き、ですか。成程彼に言っておきましょ、アr‥‥」
「グリーン」
ぴゃーなどとSEでもつきそうな勢いで翠機が急降下して逃げる。ミクが嘆息してカルロ機に訊く。
「手酷くやられたようだが。牽引等は必要か?」
『いや、いい。うん。そうだ、ね‥‥戻らないと』
「悩むにしても独りで悩まない事。了解?」
百合歌の楽しげな声に、彼が「‥‥了解」と返答した。
斜陽が煌く。
1530時。
一行は、互いに想いながら結ばれる事のなかった架空の2人の生きた街を眼下に、帰途についた。
<了>
ちなみに。
基地に戻ったカルロが恋人に出迎えられ、次いで多くの兵、職員に嫉妬やら何やらでもみくちゃにされたりなんかしちゃったりして、それを見たカルマとミクが、
「リア充爆発しろ」
なんて呟いたのは内緒の話である。