●リプレイ本文
遠雷の如き砲声が轟き、西の空には黒雲が垂れ込める。
「あっちはどんぱちたのしそ。冥華もはやくむこーにごーりゅーするー」
羽付軍帽を被った舞 冥華(
gb4521)は、堪えきれず提案した。ロシャーデ・ルーク(
gc1391)が馬上から双眼鏡で逃げる普軍を見、次いで主戦場の方を見やる。このままでは中途半端になりそうではあった。
「伝令をここに」
「ん、ほーこくは大事」
無表情で賛同する冥華。ロシャーデが言う。
「私達別働隊は1400より90分後、本隊右翼へ合流する。これを司令部と右翼へ1ダースずつ」
さらに彼女は右翼との連携案を追記させ、最後に付け加えた。
「勿論12人1組という意味ではなく、ね」
●1420‐1450:作戦準備
「陛下、左翼ですがやはり捗々しくありません。ここは現状を維持すべきでは」
館山 西土朗(
gb8573)が如才なく馬上の皇帝に進言した。皇帝は勢いよく振り返り、迸るようにまくしたてる。
「あれだけやって抜けぬままでは大損でしかない! それとも他に案はあるのか、ウェズリーめを動かす‥‥」
「恐れながら」
ぬかるんだ地面に膝をつくユーリー・カワカミ(
gb8612)。軍服の肩に縫い付けられたバイエルンの旗が皇帝の目にも映る。「何だ、フォン・ヴィッテルスバッハ中将」と本名で呼ばれ、ユーリー――ユリウスは顔を上げた。
「敵の狙いは城館に拠る事で少数にて我が軍左翼を拘束し続ける事。なればそれを逆手に取ってこちらも兵を引抜き、それを転用するのは如何」
「何だと? それでは左翼を捨てる事になる!」
「敢えて膠着状態を作り、本来の陽動へと修正すると考えては。また万一左翼の敵が攻勢に出てもそれはそれで助かる訳で」
皇帝は顔を顰めるが、そこに丁度よく別働隊からの伝令が届いた。内容を聞き、右翼を見晴るかす。
パペロットで陣形を整える右翼。その背後の歩兵師団は幾つもの方陣を築き始めていた。さらに東には普軍騎兵と思しき土煙が朦々と漂う。左翼に構う余裕がないのも事実だった。
「今度はこちらが奴らに煮え湯を飲ませてやりましょう!」
「うむ!」
西土朗の文句が効いたらしい。皇帝は一転してユリウスに命じた。
「両翼は諸君に任せる。余に勝利を献上するのだ!」
左翼、城館に散発的な砲撃を加えていたレイチェル・レッドレイ(
gb2739)は、皇帝からの伝令で慌しく引抜き準備にかかった。植松・カルマ(
ga8288)が今にも突撃せんとしていた師団の前にまろび出る。
「突撃はヤメだヤメ! 騎兵は猪狩りの的じゃねえんだぞ、名誉の為に死ぬってんならもうちっと有意義な時にだ!」
「そやって死ぬ事自体どうかと思うけど」
レイチェルが茶々を入れつつも、引抜きが露見しないよう軍旗を多く立てさせる。他に木か何かで偽兵でも作ろうとするが、仏軍左翼側には殆ど材料になりそうな物がなかった。
――どうしよっかなぁ。
レイチェルは4ポンド砲に城館の扉を狙わせ、思案する。雨上がりの湿気が気持ち悪く、服の胸元をはたはたと扇いだ。目を奪われかけたカルマが相談する。
「とりま板か何かで代用するッスか」
「そだね。ボクは城館の様子を見てるよ」
レイチェルはカルマの視線に気付きながら、無言で蟲惑的な笑みを浮かべた。
「聞きなさい、偉大なる皇帝陛下の将兵達!」
ロッテ・ヴァステル(
ga0066)は騎乗して前線近くへ移動し、大音声を発した。初速の遅い銃弾が唸りを上げて顔の真横を過るが、ロッテは背を伸ばしたまま。
「今は耐え、然る後に全力で突撃すれば敵は総崩れよ。命は捨てるものではない‥‥生き残る覚悟で戦い――勝利を掴みなさい!」
「おおおお!」
砲撃が敵陣に落ちる。やり返せとばかり敵の砲弾が水平に飛んでくると、一直線に9人程薙ぎ倒された。剣が至る所でぶつかり合い、騎兵はじっと睨みを利かせる。キムム君(
gb0512)は騎兵隊に交じって戦況を見つめていた。
――まだだ、機が熟すまでは‥‥。
前線に突っ込みたくなる衝動を抑え続ける。司令部からの伝令では60分後に右翼が動くらしい。なら今は損害を増やす訳にいかない。
ロッテが前線寄りで戦線維持の為に適宜中隊単位で移動させる。
「苦しいものだな、ヴァステル少佐」
騎乗したナイ元帥がロッテに近付き、猛将らしからぬ弱気を口にした。
それら仏軍の様子を双眼鏡で観察していた英軍司令ウェズリーは、安堵の息を吐いた。
「時間の経過は我が方に有利。ここで立て直そう」
有力将帥の相次ぐ戦死で消沈していたウェズリーは、無理矢理秘書官に笑ってみせた。
●1450‐1700:別働隊の趨勢
ユリウスは右翼の様子を観察し、伝令を走らせた。
「普軍は騎兵を中心に3万前後。指揮官に方陣の再確認を。30分耐えれば勝てると伝えてくれ」
「は」
左翼中央共に膠着状態。そして左翼後方には引抜いた一個師団余がいる。後は右翼次第だ。
「陛下、近衛の位置はここで宜しいですか」
「うむ」
西土朗が訊くうち遂に普軍先頭が右翼と衝突した。
数多の方陣が波に呑まれていく。土煙が視界を覆った。結果の判らぬ緊張感。その時一陣の風が煙を少しだけ晴らした。
そして合間に見える、多くの方陣!
「よし‥‥」
ひとまず受けきれた。このまま拠点の部隊と協力して耐えれば近衛を温存できる。その後右翼から攻勢をかけたら中央突破の機が訪れる筈。
「左翼と中央に伝令を出しておきましょう。右翼は順調、総攻撃の時は近いと」
「頼む」
外見に似合わず気が利く西土朗に、皇帝はかつての忠臣の姿を重ね合せた。
――普軍を捕捉できなかった汚名、ここで返上するわ。
ロシャーデは前方の土煙を見やり、剣呑に目を細めた。
敵が戦い始めて10分、こちらは漸く戦場の端に到達しただけ。だからこそ完璧な役目を果たさねば。
「大陸軍は世界最強、だったかしら」
「ん、へーかの騎兵はさいきょー。だからはやくおじゃまするー」
「そう、ね」冥華の言にロシャーデは微笑し「あなたは歩兵達を率いてこのまま押して。私は騎兵で南から横撃をかける」
「まかされた」
2人は離れ、己が進行方向を見据えた。ロシャーデは一個騎兵軍団を率い、並足で駆ける。
「みな、この戦いに勝って国に戻ったら子や孫にこう言いなさい。お父さんはあの決戦に行ったんだぞ、と」
時計回りに迂回。次第に脚が速くなる。
「すると子や孫はこう答えるでしょう。パパは英雄の中の英雄だと」
時が瞬く間に過ぎていく。彼我の距離が迫る。敵の引き攣った顔が見えた。ロシャーデは剣で中天を指し、振り下ろす!
「――全軍、突撃」
「始まったスかね」
砂煙に覆われた右翼を見ようとするカルマ。レイチェルが自らの唇に指を這わせ、
「予定通りなら」
「マジやっとッスわ。やっぱ待ちは似合わねー。この俺、美男の騎士――イケメン・ド・シュヴァリエには攻めっしょ!」
「そっか、頑張ってねカルマくん」
一見優しい笑顔で突き落すレイチェルである。
ともあれ引抜いた戦力がレイ将軍に率いられ、左翼と中央の間を縫っていく。巻き上がる砂塵を眺め、レイチェルは城館へ向き直った。
「そろそろこっちも動こっか」
左右から伝う大部隊の気配を敏感に感じたロッテは、中央で掠れ気味の声を張り上げた。
「時は来たわ‥‥砲兵隊、進路を切り拓いて!」
「おおおおお!!」
農場奥の2ヶ所に砲撃を集中するロッテ。突然の変化に敵が崩れた。中央左でじっと目を瞑っていたキムム君がカッと目を見開き覚醒する。
「これより反撃に出る!」
両腕に次々浮き出る文言。魂に刻まれたラ・マルセイエーズが彼を動かし、師団を動かす。
「陣形を整えろ、このまま行くぞ!」
一団となって駆ける騎兵。左手から回り込むように友軍も合流してくる。倍に膨れ上がった騎兵軍団の先頭に立ち、キムム君は吼えた。
「チャアァァァァァジ!!」
轟く砲声。地を震わす怒号。砲撃が普軍を背後から脅かし、次の騎兵突撃が完全に敵を恐慌状態に陥れた。右翼と交戦していた敵軍は瞬く間に劣勢に追い込まれ、小集団ごとに斬り伏せられていく。
「味方はうたないよーにきをつける。あとはほーいせんめつしてぼこぼこにしちゃえー」
冥華の細い声が妙に響く。面で押す歩兵。耳を聾する砲声が轟き、敵軍にぽっかりと穴を開ける。この時とばかり逆襲に転じた仏軍右翼が普軍を揉んで揉みまくり、北からも友軍が締め付ける。
が、それが逆に敵の抵抗を強めてしまう。
完全包囲された普軍3万は死に物狂いで脱出せんとし、ばらばらに反抗してくる。ロシャーデの所で一個騎兵中隊が人の波に呑まれた。冥華が歩兵を送る。何とか相互支援を確立し、包囲を狭めた。
あっという間に時は過ぎる。そして気付けば、彼らは包囲した敵の4分の3以上を死傷あるいは捕虜としていた。時を対価にして。
「‥‥少し拙い、わね」
ロシャーデが懐の時計に目を落すと、針は既に5時を指していた。
●1700‐?:総攻撃
右翼が拠点を越えて駆け上がる。敵は緩やかな丘を背に戦線を敷いており、思い出したように砲撃が襲ってくる。冥華は至近で榴弾が炸裂したと思うや、気付けば地に倒れていた。全身の痛みを堪え、羽帽子を高く掲げる。
「てき左よくをおし上げてへーかの中央とっぱをしえんするー」
冥華の命令の下、右から左へ流れるように砲口が火を噴き、宙を舞った砲弾が次々敵陣を崩す。焦れて敵騎兵が砲兵陣地目指して吶喊してくるのを、ロシャーデが師団を割って前後から突いた。
「投入の機を見極めねば‥‥」
銃撃して減速、2列目で敵群へ突入すると、馬の勢いを武器にすれ違う人間を斬りまくる。ロシャーデは群を突破して自陣側に馬首を向け、戦況把握に努める。
「撃ち方よーい! ッてー!」
連隊単位の紡錘隊形が幾つも併走し、キムム君の号令一下、最前列が一斉に単発銃の引鉄を引く。そして次に訪れるのは
「総員抜刀! 全力で突き破れ!!」
圧倒的な、破壊力。
ロッテが2ヶ所に集中して崩した一角へ、キムム君が一気に入り込む。斬り、払い、突き。自分が何を斬ったのかすら判然とせぬ乱戦の中、誰もが服を赤く染めていく。敵歩兵の剣先が偶然馬の腹を叩き、棹立ちになる。辛うじてキムム君は落馬を逃れ停止すると、一瞬で無数の奔流が追い越していった。
「ッげほ‥‥これだ、これぞ大陸軍!」
キムム君は武者震いし、笑いながら集団を追う。
一方でロッテも歩兵と共に農場へ突入していた。
「勝利を、ただ勝利を!」
砲兵、騎兵の抉じ開けた穴に雪崩れ込む歩兵。怒声と砂塵が戦場を支配する。
ロッテと元帥が農場へ突っ込んで20分経ったろうか、敵の抵抗が突如弱くなる。ロッテが顔を上げた。
「これは‥‥」
「ようし、敵の後退だ! 間髪入れず騎兵で追撃せよ!」
「お待ちを、閣下。焦りは禁物‥‥」
ロッテが元帥を止め、乱戦から脱出する。そして農場を見回すと確かに敵影は少なく、しかも丘上の敵司令部も様子がおかしい。ならばここは。
「砲兵を前に。相互支援の下に追撃!」
ロッテが勝利の感触を掴む!
敵の後退は司令部からも判別できた。西土朗が拳を握って歓声を上げる。
「陛下、ここが攻め時です! 今こそ近衛部隊を投入し、敵援軍が来る前に片をつけましょう。号令を!」
「うむ!」
「ただしナイ元帥と連絡を密に。敵はかのウェズリー、一歩間違えば大損害を被る可能性が」
「お前に任せた、フォン・ヴィッテルスバッハ」水を差すなとばかり皇帝が口角を上げ「ゆくぞ、余が先頭に立つ!」
皇帝出陣。
軍楽隊のラ・マルセイエーズが高らかに戦場に響き渡り、誰もがそれを理解した。
最強が来る、と。
「やあやあ遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ! これこそ我らが皇帝‥‥」
「何だ、それは」
「気分にて」
皇帝が西土朗に苦笑して白馬を進め、先頭へ。近衛を前に、むしろ気楽さを感じさせる号令を発した。
「参ろうぞ、友たちよ。――Agressions!」
「了解、チビの伍長さん!」
勇壮な響きが戦場を支配する。
中央を津波の如く駆け上がる近衛の姿は左翼、カルマ達からも確認できた。
「生きて栄華を極めてこその人生よ! ここらで一発名ァ挙げろや!」
浮き足立った城館へ攻勢を増す左翼。砲兵は既に窓という窓を破壊し終え、4ポンド砲は中庭入口。小隊に分かれた歩兵が正面、裏口と攻め寄せる。遂にカルマまで剣を片手に城館へ乗り込んだ。右手からの発砲に脚をやられるが「突っ込め!」と叫ぶや兵卒が一気に制圧していった。
「抵抗が弱いね」
「この俺、が、乗り込んできたッスから、ねぇ」
痛みに耐えてのたまうカルマにレイチェルは生暖かい笑みを向け、次いで外を見た。
「んー、ボクはもう少しいってくるかな」
「じゃ俺が守っ」「うん、いらない」
可憐に切り捨てるレイチェルである。
そのまま歩兵と砲兵を伴って左翼を進み、敵の後退位置を見定める。12ポンド砲は間に合わない。レイチェルは6ポンド砲で直接敵司令部を狙う。
「歩兵はこっちに来る敵の露払いを。砲兵は本陣を衝いて!」
一続きの轟音が伝い、幾つもの砲弾が飛ぶ。敵は丘向こう、つまり射程が足りずとも敵本陣まで届くのだ。そして狙いは、奏功した。
1発2発と敵陣へ砲弾が飛び込み、人を薙ぎ倒していく。遠目に司令部が狼狽するのが分かり、レイチェルはさらに前進する――!
●決着
沈みかけの太陽が仏軍を照らす。
農場を呑み込み、丘を登る近衛。彼らは圧倒的な破壊力で敵を一蹴し、瞬く間に丘を登りきった。
キムム君が左前方からそれを支援し、ロッテは右前方。中央には皇帝、西土朗、ユリウスが位置し、最終局面をしっかと見守る。
「これなら憎き奴めを捕捉できます!」
「陛下、最後の突撃を」
敵は丘の麓。左翼からの砲撃が敵を乱した今、人馬一体となって逆落しをかければ一気に蹂躙できる。皇帝が剣を掲げ、それを振り下ろ――!?
「「おおおおおおぉぉおおぉおおおおおお!!」」
刹那。
決定的勝利を前に誰もが視野狭窄気味だったその時。右前方から、新たな軍が突っ込んできた。
「普軍‥‥!」
咄嗟に時計を見るユリウス。いつの間にか2000時になろうとしていた。
「いかん、陣を整えねば!」
「口惜しいですが仕方ありません」
西土朗が忸怩たる思いで奥歯を噛み締める。そのうち近衛を含めた中央が普軍突撃を受け止め、その間に連合軍司令ウェズリーはより北へ撤退していく。
混戦は次第に仏軍優勢となっていき、30分後、日没と共に両軍が退いた。
「長蛇を逸しました‥‥」
ユリウスが眉を寄せ、分析する。
準備等で仕方ない面もあるにせよ多くの時間を空費した事。そして全体的に攻勢が漠然としており、敵本陣打倒という確固たる目的がレイチェルと冥華を除いて薄かった事。またその冥華を含む右翼は本陣を狙える位置に素早くつけなかった事。それらが最大の要因だと思われた。
「‥‥此度の天下は短いやもしれぬ。すまぬな」
中央へ集いつつある両翼の将帥に向け、皇帝は頭を垂れた。