●リプレイ本文
●秋の公園
昼下がりの公園には人けがなく、到着した能力者たちを迎えたのは秋の風ばかり。
(「秋は複雑な季節よね。実りをもたらす季節なのに寂しくもあって‥‥」)
少し感傷的になったエリス・リード(
gb3471)だが、「泥棒には罰を与えないといけないわね」と気を引き締めなおす。
「っつーか、立て看板ひとつで済ますって、杜撰だなおい」
看板をトンと拳で叩いて、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)は呆れた様子で言った。
「まだ被害が軽そうなのが幸いです」
フェイス(
gb2501)の言葉通り、今のところ重傷を負った者はないのだが、公園は街の中心のにぎわいからもそう遠くなく、キメラがいつ行動範囲を広げて暴れだすか分からない。能力者たちは一刻も早く猿キメラを退治すべく準備を始めるのであった。
霞澄 セラフィエル(
ga0495)は公園の周辺をくるりと回って安全を確認しつつ目撃者を探したが、やはり辺りに人影はなかった。今のうちにさっさと倒してしまえばたいした混乱もなく仕事は終わるだろう。
「悪いコにはお仕置きが必要ね‥‥」
つぶやきつつ、ケイ・リヒャルト(
ga0598)は公園内の遊具の様子や、林までの距離、出入口を確認する。
いちばん広い出入り口から入ると、中央は広くなっており正面奥に遊具、その右手側奥に緑が見える。雑木林までは百メートル弱といったところだろうか。周りを囲うフェンスは子どもでも乗り越えられる程度の高さしかなく、それほど閉じた空間ではない。
まずはキメラをおびき寄せるところから始めなければならなかった。
能力者たちは食べ物で釣るためにバーベキューセットを借りようと試みたが、上には必然性を納得させることができず却下されてしまった。公園管理者には火気使用許可をもらうことができたが、それもしぶしぶといった様子。街なかの小さな児童公園では、それも仕方のないことかもしれない。
本格的なバーベキューセットを借りることはできなかったが、とりあえず焼肉パーティーに見せかけようということで、公園中央に焚き火の用意をする。その周りにはおいしそうな骨付き肉をぐるりと配置。キメラがベジタリアンでなければ効果的なエサになるにちがいないが‥‥。
そして、窃盗被害は金銭と高価な物品ということから、キラキラするアクセサリーも並べてみる。
アクセサリーの提供者はおもにアンドレアスで、指輪に腕輪、イヤリング‥‥普段から大量のアクセサリーを身につけているアンドレアスは、名残惜しげにひとつひとつ外しては「返ってこいよ‥‥食われるんじゃないぞ‥‥」と願いをこめて丁寧に置いていった。
食べられる物も食べられない物も、ひととおり「エサ」を並べ終えると、囮役の幡多野 克(
ga0444)とリヴァル・クロウ(
gb2337)を公園の中央に残して待ち伏せ班は正面入り口と林側に分かれて物陰に身を潜めた。
●囮な二人
得物がキメラに見つからないよう、リヴァルはアーミーナイフをスーツの中に、克は主兵装の「月詠」はアンドレアスに預けたうえで懐に小銃「S−01」を、それぞれ隠し持っている。そして、二人の手にはたっぷり膨らんだお財布。それを目立つように放り上げてみたり、アクセサリーを高くかざして眺めているようなそぶりをしてみたり。
公園のど真ん中。まだ火の入っていない「焚き火」と骨付き肉のそばに男二人、しかも露天商のように装飾品を足元に並べ、財布やらアクセサリーやら投げ上げて重力加速度の実験なのか太陽に透かしてプリズムの観察なのか、傍目から見ればけっこう不思議な光景である。
「‥‥どう見えるんだろうな、この状況」
「さあ‥‥どう見えても‥‥キメラが現れればいいかな‥‥と思うんだけど‥‥」
●潜伏班
「‥‥」
「‥‥‥‥」
「あの‥‥何、してるんですか?」
「‥‥‥‥擬態」
声を殺してささやくように答えるのは梶原 暁彦(
ga5332)。巨体に懸命に木の葉や枝をくっつけて潜伏中である。
林側、遊具や木に身を隠して霞澄、ケイ、暁彦、フェイスの4人が待機。
出入り口側にはアンドレアスとエリスが目を光らせている。
●おサル
そして待つこと数十分。
暁彦の肩口からはらりと葉っぱが落ちたとき――
がさごそ
林側に陣取っていた4人は背後の物音にはっとなった。
がさがさ
べきばきっ
「!」
キメラは茂みから躍り出ると、公園中央、囮のほうへ突進した。
それと同時に潜伏班もキメラを包囲すべく行動を開始する。
猿キメラは鳥肌が立つような奇声を発してリヴァルに飛びかかると、その首にかかっていた赤石のネックレスを引っつかんで思い切り引っ張った。
リヴァルは首に焼けるような鋭い痛みを気にも留めず、スーツに隠していたナイフを素早く抜き放つ。
猿が物を盗むため手を出す、狙っていたこのタイミングを逃すことなく、『豪破斬撃』、『豪力発現』、『急所突き』を発動して、キメラの腕に深くナイフを突き立てた。
猿は攻撃を受けて怒声を上げながらも、ネックレスを引きちぎって赤い石をもぎとったかと思うと、身をひるがえして克の財布をひったくる。が、中身は石ころと持った感触でわかったものか、思い切り財布をぶん投げた。
「わっ」
ぶっ飛んでくる財布を反射的にかわしておいて、覚醒のために金色に変化した瞳で、克は体勢を崩しながらもS−01を発砲しキメラを牽制する。
キメラは被弾しながらも、周りにあった食べ物やアクセサリーをかき集めようとする。
そして、その時には潜伏班はすでに包囲の輪をせばめつつあった。
覚醒のもたらす熾天使の白い翼を背に、霞澄は弾頭矢を「アルファル」につがえると、キメラの頭を狙って放った。顔面で矢が破裂し、猿キメラは痛みと驚きに混乱して暴れ始める。
手にしていた物を全て投げ捨て、毛むくじゃらの太い腕をやたらに振り回す。
「さ、ワルツを躍らせてあげる」
真紅に変化した瞳を妖しく輝かせ、冷たくサディスティックな微笑を浮かべて、ケイはS−01の引き鉄を引く。『影撃ち』を使い、予測不能の動きで暴れ回るキメラにも的確に弾を当てていく。
『隠密潜行』を用いていた彼女たちの攻撃は、キメラを恐慌状態に陥れた。
その隙に、アンドレアスは克から預かっていた「月詠」を元の持ち主に返していた。
そして、すぐにサイエンティストとしての仕事に戻り、
「人間様なめんじゃねーぞ!」
キメラに向かって『練成弱体』を使う。
すかさず、林側、下がり気味に位置を取っていたフェイスが『鋭角射撃』でキメラの脚を撃つ。キメラの片膝ががくりと折れてバランスを失った猿はつんのめったが、両腕も使ってなんとか体を支える。
「ターゲット確認‥‥これより抹殺にはいる」
暁彦の両目がサングラス越しに赤い光を放つや、『豪破斬撃』を発動し、『紅蓮衝撃』による赤いオーラを全身に帯びて、力を込めた掌底を突き出す。
猿の振り回した拳が暁彦の肩に当たったと同時に、暁彦の掌底が猿の腹に打ち込まれていた。
重い衝撃を腹に受けて、猿はのたうちながら胃の中身を吐き出す。
「一気に畳んじまえッ」
アンドレアスの『練成強化』の援護を受けたエリスは、覚醒のために黒い極光を纏っていた。大鎌を持った死神の幻影を引き連れた少女は冷酷な笑みを浮かべる。
「クス‥‥さあ、刈り取ってあげる」
大鎌「ノトス」を構え、『流し斬り』で斬り下ろす。猿の脚はざっくりと裂けたが、血を吹きだしながらもエリスの首を掴んだ。
「っ‥‥」
リヴァルはアーミーナイフを筋肉の盛り上がった猿の腕に突き立てる。同時にフェイスのフォルトゥナが逆方向から肩を撃ち抜いた。
猿はエリスを放す――というよりは取り落とした。
濁った黄色の目は凶暴だが、明らかに動きは落ちている。
克は『豪破斬撃』をかけた「月詠」で『流し斬り』を行い、容赦なくキメラの体力を削る。
さらに、セラフの矢が見事に首筋に突き立つ。
「お遊戯の時間はオ・シ・マ・イ」
冷笑を絶やさぬままのケイが眉間に銃弾を撃ち込み――キメラはぴくりとも動かなくなった。
●円居
財布を盗られてしょんぼりの碓氷幸(gz0147)は、いったん引き返しかけたものの、財布への未練がどうしても捨てきれず、こっそり公園に戻ってきた。
だが、さすがに公園に入る気にはなれず、近くにあったベンチにとりあえず腰を下ろした。
ベンチはとても冷たく、座ったことを後悔する。ついでに、突き飛ばされた時にお尻を打ったので、なんだか痛い。
と、公園の中から何やら複数の人間の話す声とともに、いいにおいが漂ってきた。
(「な、なんやろ。お肉焼いてるみたいなにおいするけど‥‥ここ、公園やろ? そんなことしたら、あかんやん」)
おそるおそる公園をのぞいてみると、何人か人が集まって焚き火を囲んでいるではないか。
「あ‥‥あの、ここ、キメラ出るし、帰ったほうが‥‥」
思わず公園入り口から声をかけると、彼らは幸のほうを振り向いた。
「あ」
その人たちが能力者だとすぐにわかった。見知った顔があったからだ。
幸が固まっていると、アンドレアスが差し招きつつ声をかけた。
「もうキメラはいねぇよ。良かったら一緒にどうだ?」
なんとかうなずいて、幸は能力者たちの輪に近づいていった。
「こ、こんにちは。碓氷幸、といいます。売れてへんけど、一応、演歌歌手です。よろしくお願いします」
幸は自己紹介して、ちらちらと能力者の顔を見渡した。
「前も思いましたけど、傭兵さんって、めっちゃキレイな人ばっかりですね‥‥」
と言い終ったところで、無表情で突っ立っている威圧感満点の暁彦に目を留めた。
(「わあ‥‥いかついお兄さんもおるんやな‥‥機嫌悪いんやろか‥‥?」)
「お久しぶりです。新曲が出たみたいですね」
仕事の後の一服、煙草の煙をくゆらせつつ、フェイスは幸を迎えた。
「え、はい! そうなんです。歌もちょっとうまくなったって、先生に言われました。皆さんのおかげです」
「前回と比べ成長したようだな。結構なことだ」
リヴァルが言うと、幸はちょっとはにかんで笑った。
「少しだけです」
「碓氷さん‥‥また会ったね‥‥」
克が声をかけると、幸は真っ赤になって「はい、はあ、へえ」などと変な返事をした。
(「キメラにお財布盗られたからもっかい会えたってことは‥‥私、ひょっとしてツイてるんやろか?」)
いろいろ言いたいことがあるのだが、いざ何か言おうとすると何も出てこないのである。
「そ、そうや、キメラ退治してくれたんですか? 私、あの猿にお財布盗られて‥‥」
幸が一部始終を話すと、
「碓氷さんも災難でしたね」
エリスが言い、
「元気出しなさいよ」
ケイも言って、食事を勧めた。
「はあ‥‥ありがとうございます」
「全てこちらで持つので好きなだけ食べるといい」
そう言って、リヴァルは持参した飲み物を皆に勧めた。
幸は大好きなラムネをもらうことにした。
酒はアンドレアスが引き取ったが、酒豪らしくウオッカを飲んでもけろりとしている。
「歌手なんだって? 俺も音楽やってたんだぜ」
「そうなんですか? ‥‥でも、私はまだまだです」
幸がちょっとうつむくと、アンドレアスは同じく音楽を志した者として思うところがあり、幸を励ました。
「応援しててくれるヤツ、きっといるから。今は辛くても頑張れよ!」
「ありがとうございます! 諦めんと頑張ります」
そして、ほうっと長いため息をついた。
「私、傭兵さんのこと応援しようと思ってるのに、いっつも励ましてもらってばっかりです‥‥」
そうこうするうちに、肉がじゅうじゅうとほどよく焼けあがってきた。
大食漢の克は、無表情なりに嬉しそうな雰囲気滲ませつつ、骨付き肉の焼きあがり加減を見守っている。
「あ‥‥そっち‥‥まだ焼けてない‥‥。こっちは‥‥丁度いい‥‥よ‥‥?」
皆が食べ始めたのに、暁彦だけが無言で先ほどと同じ姿勢で突っ立っているのに気づくと、リヴァルはそっと肉を差し出した。
「貴兄もいかがか?」
「‥‥感謝する」
暁彦はやはり無表情で受け取ったが、すぐにおいしそうに食べ始める。
(「‥‥ひょっとして、しゃいぼーい?」)
幸は意外に思いつつ、ちらりと暁彦を見た。
食事が終わり、きちんと片付けも終わると、すでに太陽は傾きかけていた。
公園と林の周辺の探索に当たったが、秋の日はつるべ落とし、盗品は見つからないまま日が暮れてしまった。
(「財布、見つからへんかった‥‥」)
能力者たちの手前、幸は声に出しては言わなかったが、楽しみにしていたスイーツも食べそこねたし、お気に入りのがま口だったのでやっぱりちょっぴり未練が残る。
だが、
「お疲れ様でした。‥‥きっと良い事もありますよ」
霞澄の優しい声に、幸は癒されたような思いになった。
●財布
帰り際になって、幸は枯葉の間にぱんぱんに膨らんだ財布を見つけた。
焚き火の片づけ中か、盗品の捜索中に落としてしまったらしい。
「誰のやろ。‥‥ようけ入ってるけど」
幸は悪いと思いつつ、「身分証明書とか入ってるかもしれへんし」と理由をつけてこっそり財布を開けてみた。
‥‥レシートばっかりやん。ていうか、なんでこんなにレシート溜め込んでんの? 家計簿つけるんやろか?
そこへ、持ち主であるリヴァルがきょろきょろしながらやってきて、幸の手の中にある財布に目を留めた。
「あ、拾ってくれたのか」
「は、はい」
ほっと息をつくリヴァルに、幸はにっこりして財布を返した。
だが急に真顔になって、
「私、リヴァルさんの財布の中身は札束やなくてレシートの束やなんて、絶対誰にも言いませんから!」
「‥‥いや、これは作戦で‥‥」
「ええんです! それ以上なーんも言わんとってください!」
枯葉舞う公園、たそがれ時。
焼肉のにおいが染みついた黒髪を秋風になびかせつつ能力者の懐事情に思いをはせる演歌歌手・碓氷幸、19歳の秋であった。
<おしまい>